―謁見の間―
翌日、四人の勇者たちは謁見の間に集まった。前回集まったのはもう三週間以上前の話だ。
「では今回の波までに対する報奨金と援助金を渡すとしよう」
報奨金と聞いて、どうやら他の勇者たちは多めに資金をもらえるようだ。
「ではそれぞれの勇者達に」
渡された袋の中には銀貨が入っていた。目算500枚、支援金のみの支給だろう。
「モトヤス殿には活躍と依頼達成による期待にあわせて銀貨4000枚」
アンデルセンの袋よりも重そうな袋がキタムラに渡される。国王から依頼とやらを受けていたようだ。
「次にレン殿、やはり波に対する活躍と我が依頼を達成してくれた報酬をプラスして銀貨3800枚」
同じくらいの袋を渡されるアマギだが、何やら釈然としない様子。小声で「王女のお気に入りだからだろ……」と愚痴ていたので、キタムラに負けたのが気に入らないらしい。
「そしてイツキ殿……貴殿の活躍は国に響いている。よくあの困難な仕事を達成してくれた。銀貨3800枚だ」
当然といった顔で袋を受け取るカワスミ、こいつも何かしらの依頼を受けていたようだ。
「ふん、盾にはもう少し頑張ってもらわねばならんな。援助金だけだ」
名前すら呼ばずにそう吐き捨てたが、当の本人は全く気にしていない様子だ。
受け取った銀貨の数からも分かるが、自分の娘が所属しているキタムラがお気に入りのようでアンデルセン以外の勇者の間でも差が出ていた。
「言葉もありませんね、全く」
ラフタリアは前日の事も踏まえてそう愚痴を言う。
「受け取るものも受け取った、用事もあるので御暇させてもらおう」
感謝の言葉も述べずに謁見の間から出ていこうとする。
「まて、盾」
「何だ?手短に頼むぞ。国王」
「お前は期待はずれもいい所だ。それが手切れ金だと思え」
一番安全な場所からふんぞり返っているだけのクズに、期待はずれと言われるとは滑稽なものだ。
「……」
何も言わないラフタリアだが、まだ顔が無表情のままだ。ある程度無自覚で出来るようになってもらわないと困るのだが。
「それだけか、大したことではないが頭の片隅くらいには留めておこう」
嫌味を残して二人は王城を後にした。
―城下町―
「それで、用事とおしゃっていましたがなんの用事ですか?」
後ろからラフタリアが聞いてくる。
「奴隷紋のことだ」
「奴隷紋、ですか」
自分の胸を抑える。今はもう無いとはいえ、あの日々のことは思い出したくないのだろう。
「どういった条件で消えるのかはっきりしておかんと、何かの拍子に戻ったら困るだろう」
「あ、そ、そうですね!」
心配してくれていた、なんだか嬉しくなる。
「ということは目的地はあのテントですか?」
「まずはそこを目指す」
そう言って裏路地へと入っていった。
―奴隷商のテント―
「これはこれは勇者様。今日はどのような用事で?」
テントの中に入ると、奴隷商人が出迎えてくる。
「おや?」
奴隷商はラフタリアを見つめて関心したように声を漏らす。
「驚きの変化ですな。まさかこんなにも上玉に育つとは」
そう言ってアンデルセンの方を見てにやりと笑う。
「やはり貴方は私共とは違いますが、私が思った通りの方だったようですね」
「褒められた、と受け取っておこう」
どういった意味で行っているのかは聞かない。
「して、この奴隷の査定ですな……ここまで上玉に育ったとなると、非処女だとして金貨7枚……で、どうでしょうか?」
「あら、売られた時よりもかなりの高値ですね。あと私はまだ処女ですよ?」
奴隷商の冗談になぜだかラフタリア本人が受け答える。
「なんと! では金貨15枚に致しましょう。本当に処女かどうか確かめてよろしいですかな?」
「申し訳ありません、ある事情があってそれは出来ないのですよ。死ぬ覚悟があるのなら構いませんが」
更にとんでもないことを言ってくるのに、どうしてそう簡単に言えるんだ。
「二人して何馬鹿なことをしているのだ」
「ちょっとしたジョークですよ、ふふふ」
「本気にされないでくださいよ」
するつもりもないし、本気だったら再教育五割増しぐらいで叩き直さなければならなくなる。
「今日ここに来たのは、聞きたいことがあるからだ。奴隷紋の特徴を詳しく教えてくれ」
「よろしいですよ」
そうして話を聞く。
まとめると
・奴隷紋は奴隷であることを示すとともに、奴隷に命令を下すための魔法がかけられている
・奴隷使役者の血を専用のインクに入れて奴隷に付けることで、その奴隷は使役者の命令しか聞かなくなる
・奴隷紋を消す、つまり奴隷でなくすには魔法がかかった専用の水を使うことで行うことが出来る
・ただし、完全に消えるわけではなく再びインクをかければ紋は復活する
といったところだ
「つまり奴隷でなくすことはできるが、いつでも奴隷に戻すことも出来ると?」
「その時の使役者様限定でですが」
思っていたよりも簡単に奴隷でなくすことは出来るらしい。
「とはいっても、奴隷紋を打ち消すとなるとかなり高位の魔法が必要ですね、誰でも使えるようになると逃亡奴隷が多発してしまいますから」
そこら辺はよく考えてあるようだ。
「色々聞かせてもらった、そろそろ…ん?」
ラフタリアが木箱の中に入った何かを凝視している。
「あの木箱の中身はなんだ?」
見る限り卵のようだが、知っている卵よりも大分大きい。
「ああ、あれは私共の表の商売道具ですな」
「表の仕事?どういったものだ」
「魔物商ですよ」
奴隷商の表の顔が魔物商、対象が人から魔物になっただけか。
「魔物というと、町中で馬車を引いているあの大きな鳥みたいな奴も含むのか?」
「はい。あれはフィロリアルと言いまして、魔物使いが育てた魔物です」
飼育係のようなものだろうか。
「私の住んでいた村にも魔物育成を仕事にしている人がいましたよ。牧場に一杯、食肉用の魔物を育ててました」
「そうなのか」
牧場などの仕事が、ここでは魔物の飼育になっているようだ。
「それで、あの卵は一体何だ?」
「魔物は卵からじゃないと人には懐きませんからねぇ。こうして卵を取引してるのですよ」
「刷り込みを利用しているのか」
「既に育てられた魔物の方の檻は見ますか?」
興味はあるが今すぐ見る必要もない。
「今回は遠慮しておこう。それよりも箱の上にある看板のほうが気になる」
この世界の言葉は聞く分には自動で翻訳されているのだが、読み書きとなると適応されなくなる。一応時間を見て本などを読んではいるが、なかなか時間がない。
「銀貨100枚で一回挑戦、魔物の卵くじですよ!」
「なかなか高いじゃないか」
金貨1枚相当だ。
「高価な魔物ですゆえ」
「それでもくじに出来るくらいは安く抑えているのか」
「成体になると銀貨200枚は下りませんね。羽毛や品種に左右されます、ハイ」
「全部がその魔物なのではないのだろう?」
「違う魔物の卵も混じっていますよ」
「なるほど」
おそらくハズレの魔物はかなり安いもので、当たり用の魔物は元が取れる仕組みになっているのだろう。元を取るために何度もくじを引くわけだ。
「やり方があくどいな」
「これでも商売ですので」
よくこんな方法を思いついたものだ。
「それで、あたりの魔物は何だ」
「勇者様が分かりやすいように説明しますと騎竜でございますね」
「ああ、騎士団の将軍らしい男が乗っていたやつか」
騎乗する竜と書くのだろう。
「相場ですと当たりを引いたら金貨20枚相当に匹敵します」
「その当たりは幾つのうち幾つ入っているんだ」
「今回のくじで用意した卵は250個でございます。その中で1個です」
確率は実に0.4%
「見た目や重さで分からないよう強い魔法を掛けております。ハズレを引く可能性を先に了承してもらってからの購入です」
「徹底しているな」
「ええ、当たった方にはちゃんと名前を教えてもらい。宣伝にも参加していただいております」
「どの道当たりは期待できないな、確率が低すぎる」
「十個お買い上げになると、必ず当たりの入っている、こちらの箱から一つ選べます。ハイ」
「金貨20枚の魔物は入っていないのだろう?」
「ハイ。ですが、銀貨300枚相当の物は必ず当たります」
卵を十個買う(銀貨1000枚)と最低銀貨300枚相当の卵が一つもらえる。
商売方法が泥沼へ引き込むつもりのものだ。破産しかねない。
しかし、馬車を引いているというフィロリアルには興味がある。移動の時徒歩だと何かと不便だろう。
「私としては、馬車をひっぱてくれるフィロリアルがいると不便しないと思います」
「必ず当たるわけではないが、当たれば御の字だろう。一つもらう」
「ありがとうございます!」
早速箱のなかから一つ、右側にある一個を適当に取り出す。
「では、その卵の記されている印に血を落としてくださいませ」
親指を爪で割いて、卵の上に落とす。
カッと赤く輝き、視界に魔物使役のアイコンが現れる。
使役については奴隷と同じ方式のようだ。
奴隷商人が孵化器のような装置の扉を開ける。
その中に卵を置く。
「いつ頃孵化するか分かるか?」
文字が読めないアンデルセンの代わりにラフタリアが確認する。
「明日ぐらいには孵化しそうですね」
「ではまた寄らせてもらおう」
「勇者様のご来場、何時でもお待ちしております」
孵化器に入れた卵を持って、二人はテントを後にした。
―リユート村―
あの後二人は、波に見舞われた村の状況を確認するためにリユート村に訪れていた。
「やはり、まだ魔物の残骸が残っていますね」
「一日で片付けられる量ではないからな」
しばらく歩いていると、村の住民達が一際大きい魔物の残骸を片付けている最中だった。
「あ、盾の勇者様」
「大変そうだな」
大きさがかなりのもので、一人や二人でどうにか出来るものには見えない。
「恐ろしいものです」
残骸を見ながら住民が言う。
原型はとどめているが、肉や皮といった部位の殆どが無くなっていた。
「少しもらっても構わんか?」
「どうぞどうぞ、処分に困っていた所ですから、何なら村で加工して装備にしますか?」
「ほとんど骨だけになってしまっているがな」
かなり大きいので残っている部分も比較的大きいが、元の大きさと比べると圧倒的に少ない。
ラフタリアと回収できそうな部分を回収し、自身の盾に吸収させてみる。
『キメラミートシールドの条件が解放されました』
『キメラボーンシールドの条件が解放されました』
『キメラレザーシールドの条件が解放されました』
『キメラヴァイパーシールドの条件が解放されました』
基本盾を使わないのでこういった盾の性能が上がってもなかなか実感できない。だが吸収できるものはしておく。
「さて残りをどうするかだが」
持っていても腐っていくだけ、だが埋めるだけではほとんど捨てているようなものだ。
「しばらくこの村で保管していてくれないか。案外欲しいと言ってくる連中もいるかもしれん。その時は売ってくれて構わん」
「盾の勇者様がそうおっしゃるのでしたら大丈夫ですよ」
結局干し肉などに加工してリユート村に預けておくことにした。
波の影響は思ったより深刻だったようで、この村は半壊状態になっていた。住民は破損が少ない建物に集まり、纏まった生活を強いられていた。
「難儀なものだな…」
「そうですね」
王城では勇者たちの活躍を豪勢な料理で祝っていたのに、実際に被害にあった住民たちは苦しい生活を送る。これが本当に国としてのあり方なのだろうか。
「主よ、彼等にやすらぎの時を。AMEN」
「AMEN」
就寝前の祈りを捧げ、住民たちが提供してくれた宿屋の一室で二人は眠りについた。