―大英帝国 ロンドン―
崩れたビル、少しずつ昇る朝日。地獄と化した倫敦、男は地に倒れ灰になりながら、目の前の泣き続ける鬼に笑いかけている。
「鬼が泣くな 泣きたくないから鬼になったのだろう 人は泣いて涙が枯れて果てるから 鬼になり化物に成り果て 成って果てるのだ ならば笑え 傲慢に不遜に笑え いつもの様に 俺はいく お前はいつまで生きるのだ 哀れなお前は一体いつまで生きねばならぬ?」
「膨大な私の過去を 膨大な私の未来が粉砕するまでだ 何直ぐだ 宿敵よいずれ地獄で」
宿敵は不敵に笑いながらそう言った。
―――あぁ、これ程良い気持ちで逝けるのか。負けたというのに、笑って逝けるのか。
「…声が聞こえる…ああ、あれは、童たちの声なのか…皆が遊ぶ声がする…子供らが…行か…なきゃ…みんなが…まって…マクスウェルが…みんな…泣いて…は…いけ…ま…せ…ねる…まえ…に…おい…の…り…を…エイメン。」
「…エイメン。」
一足先に、待たせてもらうぞ… 「化物」、よ
後悔も無念も何もなく男は果てた。それは必然、されど偶然へと繋がる軌跡。
―???―
…水の中を浮かびながら流れてゆくような感覚、しっかりとしたものではないが確かにあるもの。
男はそれだけを認識していた。
(・・・貴方なら)
聞こえる、いや何かが聞こえているような。それが何か確かめる術はなく只々流れてくる。
(貴方を巻き込んでしまう、けれどもどうか、どうか力を・・・)
懺悔か懇願か、それは嘆きのようでもあった。それを最後に男は感覚も沈んでいった。
―???―
「おお……」
感嘆と取れる声。男はその声で覚醒した。
「何だ、一体…」
見渡すとローブのようなものに身を包んだ男たちが唖然として立っていた。
(どういうことだ、俺は奴との戦いに敗れ死んだはずじゃないのか?)
石レンガに囲まれた室内は、どことなくバチカンの教皇庁を思い起こした。
(ではここが辺獄?いや、どうにも様子がおかしい。)
自分以外にも状況を把握出来ていない人間が3人、いずれも由美江と同じ東洋人のようだ。
(状況が把握できないなら確認するべきか…ん?)
周りにいる人間に確認しようと思うと右腕に違和感を覚え、見てみる。
「これは、盾?」
何故か盾が付いていた。自分は銃剣を使うので盾を使ったことはない。
だが自分の腕には確かに盾が付いている。
ますます疑問は深まり盾をじっと見ていると声が掛かる。
「おお、勇者様方! どうかこの世界をお救いください!」
「「「は?」」」
男以外の三人が答える。
(世界を、救う?)
咄嗟に考えを張り巡らせる。
(こいつは今たしかに『救ってください』と言った。救いを求めているということか。しかし、この世界?まるで違う世界に連れてきたとでも言いたげな言い方だな)
かつて培った判断力を総動員して、少ない情報から現状を理解しようとする。
(奇跡でも起こったというのか?だがこいつらの言い方では、自分たちが呼んだと言外に言っているな。俺が死んだのは間違いないことだと思うが…)
(いかんな、情報が少なすぎる。連中の真意を確かめる必要がありそうだな)
思考を中断して顔を上げる。先程からあまり時間は立っていないようだ。
「それはどういう意味だ?」
目の前にいるローブの男に聞く。
「色々と込み合った事情があります故、ご理解する言い方ですと、勇者様達を古の儀式で召喚させていただきました」
(召喚だと?)
ある程度予想はしていたが、これで確信を持てた。
こいつらはこの世界の危機とやらをどうにかするために、男を含む四人をここに『召喚』した。
(……くだらん)
男は落胆、いや呆れた。危機的状況をどうにかするために関係のない他人を勝手に連れてきたというのか。
(こいつらはそれを理解しているのか?……いや)
再び周りを見渡しながら男は考え続ける。
(これだけの大人数と儀式に使ったような、陣というのか?を見る限り本気ではあるようだな)
「この世界は今、存亡の危機に立たされているのです。勇者様方、どうかお力をお貸しください」
ローブの男はそう続けた。
「何故そのようなことせねばならん」
「嫌だな」
「そうですね」
「元の世界に帰れるんだよな? 話はそれからだ」
他の三人も男と同じように不快感を示したようだ。
だが男は見逃さなかった。
(こいつら、笑っているな)
呆れたことに、口では拒否しているように感じるが心の中ではこの状況を楽しんでいるのだ。
(見た限り十代後半ぐらいの子供か、遊びか何かと勘違いしているのか?)
冷めた目で見られているとも知らず、三人は続ける。
「人の同意なしでいきなり呼んだ事に対する罪悪感をお前らは持ってんのか?」
剣を持った男がローブを着た男に剣を向ける。
「仮に、世界が平和になったらっポイっと元の世界に戻されてはタダ働きですしね」
弓を持った男も同意してローブの男達を睨みつける。
「こっちの意思をどれだけ汲み取ってくれるんだ? 話に寄っちゃ俺達が世界の敵に回るかもしれないから覚悟して置けよ」
槍を持った男も凄んでそう言った。
(……何だこいつら、まるでそういうことがあるのを知っていた様な言い方だな)
楽しんでいるのは間違いなく、しかし聞くことは確かに的を射ている。いや、射すぎているのだ。
だが言っていることに間違いはない。男も確認したいことを聞く。
「お前が責任者か?確認したいことが山ほどあるが、違うならそう言え」
時間を無駄にするぐらいならさっさと次に進めろ、と目で伝える。
「ま、まずは王様と謁見して頂きたい。報奨の相談はその場でお願いします」
王、この国の体制は王政で間違いないようだ。そいつがこの召喚とやらを実行させた張本人だろう。
男は他のローブを着た男たちに扉を開けさせる。
「……しょうがないな」
「ですね」
「ま、どいつを相手にしても話はかわらねえけどな」
「ふん」
大して面白くなさそうに男は鼻を鳴らし、他の三人に付いて部屋を出る。
長く続いている石造りの廊下を歩き、男たちは「謁見の間」とやらに向かう。窓の外には、男がかつていたイタリアと見間違うような古風な町並みが広がっていた。
(懐かしいように感じるな……)
最後に見た光景は、瓦礫の街と男にとっての怨敵の姿。届かなかった自分の銃剣は、ハインケルや由美江が引き継いでくれるだろう。怨敵との決着は、辺獄で待つつもりだがどうも嫌な感じがしていた。
―謁見の間―
仰々しい扉が開かれると、まず王座に座っている男が目に入る。綺羅びやかな装飾に囲まれた謁見の間、王にふさわしい場と言えた。
「ほう、こやつ等が古の勇者達か」
値踏みするような目で見ながら男、国王はそう確認した。しかし
(こいつ……)
品定め以外の視線、見下しているような視線も感じる。歓迎されているとはお世辞にも言えない視線だ。
(どうやら、嫌な勘があたってしまったようだ)
長い戦いの中に身をおいていたため、くぐり抜けた死線はもはや数えきれない数だ。特に宿敵との戦いではそれに磨きがかかり、些細と言って良いことも察してしまうようになっていた。
「ワシがこの国の王、オルトクレイ=メルロマルク32世だ。勇者共よ顔を上げい」
王らしく高圧的な発言だが、32世。王朝としてはかなり長いものだろう。
「さて、まずは事情を説明せねばなるまい。この国、更にはこの世界は滅びへと向いつつある」
…………
「終末の予言に、次元の亀裂か。」
国王の話をまとめると、この世界には『終末の予言』と言うものが存在し、それによると世界滅亡をもたらす『波』というものが発生する。それを乗り越えなければ世界が滅びるというものだ。
今年がその予言の年であり、それを知らせる『龍刻の砂時計』の砂が落ち始めた。
それは『波』の発生一ヶ月前を知らせ、『波』が一つ終わると次まで一ヶ月猶予が生まれる。
最初の被害はこの国、『メルロマルク』にもたらされた。次元の亀裂から『魔物』というものが這い出てきたという。
その時はこの国の軍である騎士団と、冒険者(どうやら遺跡の宝の回収や、未踏の地の調査をしている者達のことらしい)によって食い止めたが、このままでは国が持たずに災厄阻止が不可能であると判断した。
話し合いの結果、勇者つまり男たち四人の召喚を行ったということだ。
何気なく言葉が通じていたのは、今持っている『伝説の武器』とやらのおかげらしい。
「話は分かった。で、召喚された俺たちにタダ働きしろと?」
「都合のいい話ですね」
「……そうだな、自分勝手としか言いようが無い。滅ぶのなら勝手に滅べばいい。俺達にとってどうでもいい話だ」
歓喜が見え透いた上辺だけの言葉を聞きながら、男は再び呆れていた。だが、聞いた限りでは危機に瀕しているのは本当らしい。
「俺達でなければならない理由はないのだろう?悪く言えば人さらい同然のことをしたわけだ。拒否は当然だと思うが?」
「ぐぬ……」
ほか三人はともかく、男は協力するつもりはなかった。何故ここに召喚されたのか、自分は死んだはずなのに感覚は間違いなく生きている、など疑問は尽きないが
(異教徒共のために振るう銃剣はない)
服の中にあった銃剣を確認しながら、機会を伺う。どのみち自分は一度死んだ身、宿敵が来るまで辺獄で待つ必要もある。
だが、それはいつでもできる。魔物とやらがどういった存在か、倒すべき
(少なくとも、しばらくは情報を集めるとしよう)
「もちろん、勇者様方には存分な報酬は与える予定です」
王の側近の一人が、鼻薬を嗅がせてくる。流石に無報酬は納得出来ないものだろう。三人の勇者は拳を握りしめていた。現金な奴らだ。
「他に援助金も用意できております。ぜひ、勇者様たちには世界を守っていただきたく、そのための場所を整える所存です」
「へー……まあ、約束してくれるのなら良いけどさ」
「俺達を飼いならせると思うなよ。敵にならない限り協力はしておいてやる」
「ですね」
弓を持っている奴はともかく、残り二人は自分が置かれている状況をよく把握していないようだ。右も左も分からない状況でよくも高圧的な発言ができるものだ。
「では勇者達よ。それぞれの名を聞こう」
ようやく話は一段落し、自己紹介を求められた。
「俺の名前は天木錬だ。年齢は16歳、高校生だ」
(アマギ・レン、か。思った通り未成年だったな)
剣の勇者は比較的小柄で、ショートヘアーの黒に茶色が混じっている髪をしている。
「じゃあ、次は俺だな。俺の名前は北村元康、年齢は21歳、大学生だ」
(21歳?その割に一番浮かれているな、キタムラ・モトヤスか)
槍の勇者は髪型が後ろで縛ってあるのが一番の特徴で、遊び感覚でいる印象を受ける。
「次は僕ですね。僕の名前は川澄樹。年齢は17歳、高校生です」
(カワスミ・イツキ、おとなしめの子どもだな)
弓の勇者はおとなしめの印象を受け、我が弱い風に見える。
全員日本人のようだが、由美江から聞いた話だとこういったことには基本不慣れ、いや日本人に限らず初めての経験のはずだが
(やはり気になるな、がそれも後だ)
「アンデルセン、アレクサンド・アンデルセンだ。年齢は、すまん思い出せん。」
そう、ここに来てからどうしても年齢だけが思い出せなかった。ここに来た後遺症だろうか、特別困ることでもないが何とも違和感を感じる。
(何だ、自分のことがわからんのか?まあ、いい年だったのはなんとなくだが覚えて―――)
「見た限り僕達と同じくらいですね」
「…何?」
弓の勇者、カワスミの言葉に驚く。
(何だと、同じに見える?そんな訳が…待てよ)
(こいつら、どうして俺の
どう考えてもおかしい。他の奴らは外傷のたぐいはないが、自分は左頬に―――
(……そん、な バカな!!)
ない、傷がないのだ。多くの化物との戦いで傷ついていたそれは、全く無くなっていた。
(クソ、どうなっているのだ本当に。調子が狂う)
「どうかしたか?」
槍の勇者、アマギが聞いてくる。
「…いや、大丈夫だ。少し混乱していたようだ。神父をしている」
取り繕いながら自己紹介を続けた。
「神父?確かにそれっぽいな、お前」
妙に馴れ馴れしく剣の勇者、キタムラが話しかけてくる。と言うより、なんとなく見下したような感じである。
「ふむ。レンにモトヤスにイツキか」
(…あからさまだな、こいつ)
わざとかどうかは知らないが、アンデルセンの名前を国王は呼ばなかった。ほか三人は特に気にはしていないようだ。
その後、自分の能力を見られる『ステータス』とやらの説明や、強くするために『レベル』を上げる必要がありそのために四人ともバラバラに行動することになった。一緒に行動すると、伝説の武器とやらが過干渉して正常に使えないらしい。
「今日は日も傾いておる。勇者殿、今日はゆっくりと休み、明日旅立つのが良いであろう。明日までに仲間になりそうな逸材を集めておく」
「ありがとうございます」
「サンキュ」
そう言って四人は国王が用意した来客室に向かった。