二度目の中学校は”暗殺教室”   作:暁英琉

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その教官は再び。

 浅い川も深く渡れ、という諺がある。たとえ浅いと一目で分かる川でも、渡るときにどんな危険が潜んでいるかもしれない。故に深い川と同じように用心して渡れという意味だ。慎重さを表すものである。

 実際、台風の時に「川の様子見てくる」なんてフラグを立てる馬鹿だけでなく、平時の穏やかな下流河川でも水難事故というものは起こっている。用心するに越したことはない。

 しかしながら、用心しすぎるのもどうだろうか。例えば「川で事故が起こるのなら、川を埋め立ててしまおう」なんてすれば人類の大好きな環境保護・生態系保護を手放すことになるし、公共事業として行えば大量の税金が投入される。特に川に近づく気もない納税者からすれば“無駄な金”に他ならず、批判の対象となるだろう。俺も後三年もすれば納税者になるのか。いや、学生のうちは扶養のままだから免除されるんだっけ? よく分からん。今度調べよう。

 あるいは自治体が埋め立てをしないと知ったどこかのば……行動力のある人間がダムを作るビーバーよろしく手ずから川の埋め立てをするフレンズになったとする。しかし、自然の力に逆らうというのはそれこそ自然を舐めているというもの。無理に埋め立てられ、行き場を失った川の水は別の所に流れ込み、人災に繋がってしまう可能性も考えられる。

 つまるところ、何事もやりすぎは良くないよね、とも思うのだ。

 そういう意味では――

 

「本日付で赴任した烏間です。担当は体育になります、よろしく」

 

 これは用心のし過ぎでは? と思うわけですよね、ボク。用心の七乗はありそうな用心度合い。

 毎週火曜日の朝、体育館で行われる全校朝会にて壇上に立った烏間さんに女子たちが露骨なざわめきを上げている。全校朝会という固い空気の場所故にこの程度で済んでいるが、これが教室やグラウンドであれば耳が痛くなるような黄色い声になっていたことだろう。まあ、実際イケメンだもんな、烏間さん。磯貝とか葉山みたいな爽やか系とは違うが、イケメンなのは間違いない。ツキノワグマ倒すような化け物だけど。毒ガス抵抗でアフリカゾウに勝つような化け物だけど。そういえば、なぜ初代ポケモンの図鑑説明にはゾウがよく出てくるのだろうか。それでいてシリーズを通してポケモンではないゾウは出てこないのだから不思議である。まさかあの図鑑に出てきたゾウは全部ドンファンだった……?

 いかん、思考が脱線してワイルドエリアに飛び込んでしまった。

 校長や教頭の一ミリも身にならない話を子守唄に仮眠でも取るかと思っていた俺であるが、一ヶ月ぶりの恩師の姿に完全に目が覚めてしまった。反射的に左側、先生たちが集まっている空間に視線を滑らせる。

 正確にはその一人、教頭の顔を見たのだ。

 この一ヶ月、何度か職員室に行くことがあったし、最初に平塚先生に呼び出された時の反応から大体教頭の性格は想像がつく。保身的な気質の彼からすれば、防衛相の人間が学校内に入るなんて受け入れがたいに違いない。俺に向けていたような警戒心マシマシの目をしていると思った。

 しかし、そんな俺の予想に反し、生徒のざわめきに対してかすかに口元を引き結んだだけで、ごく普通の目をしてた。思わず「おや?」と口の中で音が転がる。幸い、ざわめきに溶け込んだその音を気にする人間はいなかった。

 ごく普通の高等学校に防衛相の自衛官が入り込む。しかもあの“化け物”の記憶もまだまだ新しいこの時期に、だ。面倒事の香り百パーセント。俺が教頭の立場ならさっさとこの場から消えるまである。

 それがごく普通の態度……考えられるのは――

 

「それでは、全校朝会を終わります」

 

 思考を埋没しかけたところで、全校朝会の終了が告げられる。イケメン体育教師というサプライズはあったが、朝っぱらから集められて堅苦しい話を聞かされるイベントという本質は変わらない。皆が皆、早く教室に戻ろうと、入口と左右計三つの扉から流れ出ていく。

 三又の人間渓流に逆らうほど捻くれていないし、そんなことをする体力がまず勿体ない。同学年の集団に続く形で体育館を出る。

 開かれた扉から出ると、それまで折り目正しく流れていた人の波がふわりと広がり、意思を取り戻したように思い思いに動き出す。教室へ向かうという目的は同じだろうが、授業が始まるまで時間がある。自販機あたりに寄り道する生徒もいるだろう。

 そんなことを考えながら――気配を消して脇道へと抜け出す。

 別に気配を消す必要はないのだが、人と違うことをする後ろめたさからつい消えてしまった。癖になってるんだ、消えるの。まあ、特技を披露したがるのは男の性って奴だな。消えたら見る相手がいないんだけど。

 コツコツと荒いコンクリを上履きの底で鳴らし――さすがにナンバ歩きまで併用はしない――ながら、体育館裏を目指す。え、カツアゲでもされに行くのかって? さすがにうちにそんな生徒いないでしょ。たぶん、知らんけど。

 向かう理由はそこに一人分の気配があるから。

 後はまあ……勘である。正確には、こちらの勘が働くように誘導されたと言っていい。

 

「やはり来たか」

 

 体育館裏を覗き込むと、ピッと背筋を伸ばした教官が視線を投げてくる。やはり上手く誘導されたようだ。釣り針が大きすぎると、逆に掴んでみたくなるものである。

 まあ、今回釣られたのは俺だけではないようだが。

 

「烏間先生!」

 

 反対側から駆け寄ってきたのは磯貝と片岡の委員長コンビ。それなりに走ってきたらしく、額には若干汗が滲んでいる。

 その姿を見て、思わずもう一度周囲を見渡した。

 

「渚とかは?」

 

 こういう時、真っ先に来そうな人物の名前を口にする。E組において最も気配察知に優れているのは渚だ。俺だけでなく、このコンビも気づいたというのなら、あいつだって当然気づいたことだろう。特に今回は茅野のことが起因することを考えれば、有無を言わさず来そうなものなのだが。

 

「他の皆も来たがってたみたいですけど、あまり大勢で押しかけても目立つだけですから」

 

「なるほどな」

 

 口ぶりからして、全員烏間さんがここで待っていることには気づいたのだろう。一人二人ならさして気にされないだろうが、十数人が揃って教室と反対方向へ向かえばさすがに目立つ。特に未だ警戒心を持っているであろう教師陣からすれば悪目立ちもいいところだ。

 諸々を加味した上で、この二人が代表として来た、というわけか。

 

「何も連絡を入れずに来てしまってすまない。作業に追われてしまってな」

 

「いえ、こっちこそすみません。まだ忙しい時期なのに……」

 

 地球滅亡の危機に世界が震えたあの日から未だひと月弱。最前線の主軸となった防衛省は各種対応に追われているはずだ。しかも烏間さんは当時の現場責任者。忙しさの度合いが他の比較にならないのは想像に難くない。

 

「いや、あいつ関連で俺ができることは粗方終わったからな。後は上と細々した調整をするだけだったから問題ない」

 

 その言葉に、さすがに三人揃って驚いてしまう。いやだってあなた、世界の危機の事後処理ですよ? それをたった一ヶ月弱でって……うちの教官有能すぎひん? そういえば有能だったわ。超が付くレベルの有能だったわ。一歩間違えれば化け物。

 

「それに、手すきで高校の教員免許を持っているのが俺くらいだったからな」

 

「待って。そういえば中学と高校で教員免許別枠じゃないですか。え、両方とも持ってるの烏間さん?」

 

「なんなら小学校まで行けるぞ」

 

 なんで防衛省なんだあんた……。あれか? 某元理事長みたいに休日の暇潰し感覚で資格取っちゃう人か?

 改めて実感させられる恩師の有能さに揃って変な引き攣り笑いを浮かべていると、「それに」と続けながら柔らかい目を向けられる。

 

「国民を守るのが我々の役目であり、生徒を守るのが教師の役目だ」

 

「…………ありがとうございます」

 

 ほんと、なんでこういうことをサラリと言えてしまうのだろうか。人間出来すぎてませんかね? さすが将来参考にしたい大人暫定一位(俺調べ)である。殺せんせー? あの人は参考にできないというか、先生してる時以外がダメダメすぎるのでちょっと……え? 触手の影響? 知らん知らん。

 

「総武高校はE組出身者が多いからな。諸々の可能性も考えて、要員を送り込もうという話は前から上がっていたことだ。用務員として部下を入れるのも手だったが、万一の時に教師が生徒を守るという構図の方が自然だろう」

 

 ちらりと視線を向けてきた烏間さんに俺は無言で頷き、磯貝たちも納得したようで相槌を打つ。

 確かに、もしこの間のような輩が接触してきた時に用務員のおじちゃんが生徒を守るより教師が生徒を守る方が傍から見て無理がない。そう考えると、彼の赴任は既定路線と言ったところか。

 

「だから、迷惑をかけたなんて思わなくていい。必要なら俺から茅野達にも伝えよう」

 

「いえ、大丈夫だと思います。茅野さんたちには私たちから伝えておきますから」

 

 おそらく今回の件に一番責任を感じているであろう茅野の心配をする烏間さんに片岡が首を横に振る。まあ、当事者本人から心配するなと言うより、片岡を経由した方が茅野も納得しやすいかもしれない。あの子もね、なかなか繊細なんですよ。

 何はともあれ、恩師とまた同じ学び舎で過ごすことができるというのはなかなか幸運だ。そういう点では、あの記者には感謝……する必要ねえな。一生悔い改めていただきたい。

 一通り説明を終えたようで、腕時計を確認した新任教師が教室への帰宅を促してくる。あいにく俺は腕時計などしていないので正確な時間は把握できないが、寄り道しなければ授業に遅れることはないだろう。今日の一時間目はなんだったか。数学以外ならなんでもいいんだけど……いやまあ、そんな発想が出てくる時点で数学なんですけどね。

 一応高校の授業範囲は予習済みだし、これでも学年一位の成績なのだが、成績が良くなったからと言ってその授業が好きになるというものでもない。正直寝ていていいなら全力でお昼寝タイムに入ることもやぶさかではないのだ。全力でお昼寝って、逆に交感神経フル稼働しそうだな。

 などとどうでもいいことを考えながら後数分で始まる苦手教科に想いを馳せていると、「あっ、そういえば」と片岡がポスンと両手を合わせた。

 

「ビッチ先生とはどうなんですか?」

 

 何事かと思って耳を傾けると、話題はコイバナであった。なんだかんだ君、そういう話好きだよね。さすが実は乙女回路規模E組トップクラス説のある片岡である。あの姫系の服はちゃんと着てあげてるのかしらん?

 まあ、片岡のオシャレ事情という下世話な話は置いておいて、ビッチ先生のことである。軽く聞いた話ではあの後殺し屋を廃業して防衛省に入ったとか。正確な部署までは教えてもらえなかったが、経歴から考えて「ちょっと言えないところ」という奴だろう。

 そして今は烏丸さんと同棲……下世話な話じゃん。片岡のオシャレ事情より下世話な話じゃん。というかビッチ先生と同棲が組み合わさっただけで完全にシモだよ。そういうの岡島の領分だよ。……そういうのに思考が行きつくあたり、俺も同類ですね、はい。

 キラキラした目を向ける片岡を見た烏間さんは、ふっと表情を和らげる。

 

「ああ、元気でやっていると報告を受けている。半月前からアメリカの方に行ってもらっていてな」

 

「「「…………」」」

 

 同棲……してないじゃん!!




今年最後の投稿になります。冬コミの刺激を受けて勢いで書いた次第。

やっぱりコミケ、イベントは創作意欲を掻き立てられていいですね。ここ数年は夏コミに1日参加できるかどうかでしたが、転職引っ越しを敢行した結果、次の夏コミからはもっと余裕を持って参加できそうです。
まだまだ書きたいものも多いので、もっと創作の時間を増やしたいですね。

今回の冬コミは〆切時期にバタバタするのが確定だったので一般参加だけでしたが、次の夏コミ(GWコミ?)は俺ガイルで書こうと思っています。完結したことで、元々考えていたネタに原作の設定をうまく組み込めそうです。

それでは、更新頻度が悪かったですが、今年はこの辺で。
ではでは。

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