二度目の中学校は”暗殺教室”   作:暁英琉

70 / 75
例え叶わないと分かっていても。

 今日も今日とて学生の本分たる勉学に精を出し切り、時は既に放課後である。

 いやもうほんと頑張った。今日はこれ以上何もできないくらい頑張った。故に帰宅部の俺はクールに、かつ神速の勢いで帰るのである。

 

「そう思っていた時期が俺にもありました」

 

「? 何か言ったかね?」

 

「いえ何も」

 

 隣に座る平塚先生に力なく首を振り、手元の作業に集中する。

 そう、HR早々最速帰宅をかまそうとした俺は、同じく早々入口前に待ち構えていた平塚先生に捕まってしまい、雑用を言い渡されたのだ。

 とはいえ、本人曰く強制ではない。実際断れば大人しく引き下がったと思う。たぶん。そもそも学校の手伝いなど面倒なことこの上ないのだ。

 故に最初は断ってしまおうと思っていたのだが――

 

『まあしかし、やはり私はまだ君のことをよく知らん。今後も何かと絡んでいくつもりだから覚悟したまえ』

 

 月の頭に言われたことを思い出し、首を縦に振ったのだった。

 そしていざ職員室隣の生徒指導室に入ってみれば、待っていたのは職場見学アンケートの集計なるもの。A4用紙に書かれた希望業種、施設をカウントしてリスト化するというなんとも地味なお仕事だった。あれだよね。教師ってなんだかんだ地味な仕事多いよね。暗黙の了解で時間外労働も多そうだし。

 まあ何はともあれ職場見学である。総武高校では毎年一学期中間試験後にこのイベントが発生するらしい。対象学年は二年。つまり俺の学年だ。

 夏休み明けにある文理のコース選択。そのさらに先にある進路に向けて意識を持たせるためのものだとか。

 

「ま、その有効性は疑わしいものだがね」

 

「はは、どう考えてもプチ遠足ですしね、これ」

 

 最終的に大抵の人間が行きつく「就職」に目を向けさせたいなら、少なくとも見学ではなく体験学習をさせるべきではないだろうか。一週間くらい。最終的に何人かは「働いたら負け」「やっぱ俺ユーチューバーになるわ」とか言い出しそうだな。去年の俺なら間違いなく言ってた。もちろんユーチューバーにはならんけど。

 

「もしくは興味のある業種について調べさせてレポートとか」

 

「それなぁ、想像以上に生徒のモチベーションが上がらないんだよなぁ」

 

 そうなのか。まあ、強制されるというのが嫌なのだろう。

 で、生徒のモチベーション、スケジュール、学校側の都合諸々が合わさった結果が職場見学という中途半端なイベントなわけか。まあ、公立校だし、こんなもんだろう。そういえば椚ヶ丘はこの手の行事は何をやっているのだろうか。……合同説明会みたいなの開催してたらさすがに笑う。引きつったものになりそうだけど、笑う。

 

「県下有数の進学校、なんていえば聞こえはいいが、逆に考えると将来の明確の目標がないから普通科に通っているとも言える。国際教養科も似たようなもんだな」

 

「ま、この歳ではっきり将来を決めてる人間の方が少数派なのは当たり前でしょ」

 

 俺自身、この学校に来た理由は「中学の同級生が誰も行かない所に進学したい」だったからなぁ。大学進学は考えていても、学部までは考えていなかった。当時の理系全滅な俺では文学部くらいしか選択肢はなかっただろうが、かといって文学の道に就職を考えていたかと言われれば否だ。

 

「高校だって、モラトリアム期間増えるー程度にしか考えてませんでしたからね」

 

「それを教師の前で言うのは感心せんぞ……。しかし、『でした』ということは、今は違うのだな」

 

 苦笑から幾分真面目なトーンになった先生の声に、自然と首を隣に向ける。

 国語教師なのになぜか常時白衣を羽織っている生徒指導担当は、その手に一枚のざら紙を握っていた。

 

「……なるほど。それが呼び出しの理由っすか」

 

 名前欄に「比企谷八幡」と俺の筆跡で書かれたアンケート用紙。その第一希望には「防衛省」と記載されている。

 この時期から国家公務員を将来に見据えている。教師からすればさぞしっかりした高校生に見えるだろう。

 しかし、俺と「防衛省」という組み合わせは例外だ。

 椚ヶ丘中学校三年E組。暗殺教室で一年を過ごした人間が防衛省を目指す。それを周りはどう見るか。

 

「そこら辺、分かってて書いただろ」

 

「まあ、合法的に中に入れる機会はなかなかないっすから」

 

 実は前防衛省に入った時は全電源を落とした上に監視カメラに細工して隠密潜入しました、なんて口が裂けても言えない。

 それに、その希望は紛れもなく俺の第一希望だ。職場見学の、そして将来の。

 

「……本来生徒指導の教師としては、君になぜここを選んだのか問いたださねばならんのだろうが」

 

 小さくため息を漏らした平塚先生は用紙を八折にして、細かく千切った。ゴミ箱に捨てられた紙屑の群れは、意識しなければアンケート用紙だとは分からないだろう。

 

「君に答える気はなさそうだし、この一ヶ月見ただけでも君はいい生徒だ。教科担任の先生方からの評価もすこぶる良好だしな。さっきのは見なかったことにしよう」

 

「どもっす」

 

 まあ、当然と言えば当然。むしろ温情極まりない対応。これが明らかに保身主義の教頭あたりなら、ノータイム三者面談だったであろう。

 ただまあ、ダメ元だったとはいえ第一希望をこうもすげなく却下されると、ちょっと凹むものだったりするのだが。

 実際防衛省に行ったのは後にも先にもあの時だけだし、将来“行かなければならない”所が普段どんな仕事をしているのかも気になる。恩師たちの本業を見てみたいという思いもあった。

 故にこそ、リスクを覚悟で記入した第一希望。見学候補地となる上位十件を決めるためのアンケートで、他に誰もいないだろうと思いながらも書いた我儘。

 ま、仮に数十人が希望したところで、機密満載の魔窟に行けるとは思えないけど、見れて自衛隊とか防衛大見学が関の山ってところか。ビッチ先生の所属とか、どう考えても国民にばれたらあかんやつだし。

 

「じゃ、この工場に一票ってことで」

 

 比較的票を集めているところに一つカウントを増やす。世界単位で有名なドリンクメーカーの工場だ。

 

「今度はやけに普通のところを選ぶんだな。別に他の先生たちが訝しまなければ、多少奇抜な業種とかでもいいんだぞ?」

 

 自分の意見が通らなかったので適当に選んだと思ったのだろう。平塚先生が眉をひそめる。

 実際、問題だったのは俺と防衛省という組み合わせだ。仮に俺が「ディスティニーランドの仕事を見たい」と言えば、なんだかんだで有効票として認められるに違いない。現に平塚先生が集計している方には「吉本興業(大阪)」なんてものも入っている。なぜ職場見学で関西まで行こうとしているのか。せめて東京にしておけ。

 閑話休題。

 

「いやまあ、なりたい業種って意味では確かにここは違うんですが」

 

 将来工場で働きたいなんて微塵も思っていないし、飲料メーカーに就職しようとも思っていない。そういう意味では、俺の選択は職場見学として不正解と言える。

 だが、第一希望が塵芥となった以上、俺にはここ以外考えられなかった。

 なぜなら――

 

「だって、マッカンの製造レーンが見れるんですよ? 百億出しても行く価値がありますよ」

 

「比企谷……お前、周りから変態って呼ばれたことないか?」

 

 大変に心外な評価を先生が持ってしまったようである。教師とはよくわからん。

 

 

     ***

 

 

「あ、比企谷先輩」

 

「ん? 磯貝と片岡か。クラス委員の仕事か?」

 

 先生の手伝いを終えていざ帰ろうと思っていると、我らがW委員長たちに呼び止められた。それぞれトップクラスの入試成績を収めた二人は、真面目な性格も相まって各々のクラスでクラス委員を務めている。二人とも人望あるからなぁ。当然と言えば当然の帰結と言える。

 だからこんな時間まで残っていたのもクラス委員としてなのかと思っていたが……どうやら違ったらしい。

 

「いや、さっきまで図書室で勉強してただけですよ」

 

 家だと下の子たちが騒がしくて、なんて苦笑する磯貝。生活がだいぶ安定し、兄も表情を曇らせることがなくなったせいか、弟妹たちはずいぶんとやんちゃをしているらしい。確かにそんな状態では、家で勉強は難しいか。

 

「比企谷先輩も小町ちゃんが小さい頃は似たようなもんだったんじゃないんですか?」

 

「いや、あいつはあいつで一人遊びすることのが多かったし、空気読むの上手いって言うか、やることあるときは基本邪魔しないからな」

 

 さすがハイブリットぼっちである。特にコミュ力に関しては非の打ちどころがない。俺と違って。俺と違って。

 そもそもいじめられっ子で情けない兄にべったりな妹とか、正直やばすぎる。ダメダメ人間かダメ人間製造機になる未来しか見えない。ダメダメなのは出来た妹を心の支えにしていた俺だけで十分なのだ。

 余計なことまで考えてしまった。溢れ出しかけたため息をひっそりと飲み込む。

 

「まあ、小町ちゃんと比企谷先輩は歳も近いですからね。うちはやんちゃな上に割と歳が離れてますから……」

 

 確かに、遊びたい盛りの小学生ではなかなか自制も効かないか。小町がしっかり者で助かった。

 ところで、そろそろ突っ込んでもいいだろうか。

 

「あのさ、その“先輩”呼び、やめない?」

 

 元々俺に対して律儀に敬語を使っていた二人は、ここに入学すると同時に俺の敬称を先輩に変えていた。初めて呼ばれたときはなんかやらかしたかと本気で焦った。

 まあさすがに一月近く呼ばれればこれが今のスタンダードだと理解はしているのだが。

 なんというかこう……今更そんな呼び方されるとむず痒いというか、恥ずかしいというか。

 

「「やっぱり同じ学校の先輩な以上、最低限の礼儀かと」」

 

「あ、はい」

 

 いやまあ、一理あるけどね。相も変わらずはっちゃん呼びの倉橋あたりは見習っていただきたい。や、倉橋がいきなり「比企谷先輩」とか呼んで来たら引きこもるレベルの衝撃だけど。

 このやり取りももう一度目や二度目ではない。二人とも戻すつもりはないようだし、俺自身本当に嫌というわけではない。今の無意味な会話もただの話のタネに過ぎない。

 

「比企谷先輩も帰るとこですか?」

 

「ああ、雑用も終わったしな」

 

「じゃあ、駅まで帰りましょう」

 

 ……うーん。

 一瞬逡巡する。しかし本人たちは俺が入ることをまったく気にしていないようで、むしろ断るほうが悪手に思えてきた。なので仕方なく、ほんとーに仕方なく同行することにする。決して二人と一緒に帰れてうれしいとか思ってないから。本当に仕方なくだから。あ、そこまで聞いてないね。

 

「そういえば……」

 

 自転車置き場から自転車を押して二人と合流する直前、活発な掛け声が上がるグラウンドになんとなく目がいった。今日は葉山達サッカー部がグラウンドをメインで使っているようだ。二種類のゼッケンをつけて紅白戦をやっているフィールド脇には、マネージャーであろう女子といかにも真新しい体操服を着こんだ男子が固まっているのが見える。

 それを見たからこその質問。

 

「お前ら、部活とか入らないのか?」

 

 E組に落とされる前、つまり中学二年生まではこいつらも部活に入っていたと聞く。確か磯貝はテニス部で片岡は水泳部だったはずだ。それなのにこうして直帰を選択している二人を見ると、思わず問わざるを得なかった。

 俺の質問に顔を見合わせた二人は、それぞれ違った笑みを見せる。片岡は苦笑じみたもの。磯貝は……なにか迷っているのか嫌に中途半端な表情だった。

 

「私はもう入ってますよ、水泳部」

 

「あ、そうなん?」

 

「ええ。今日は学外の屋内プールが使えないから、練習はお休みなんです」

 

 知らなかった。元E組の面子とは学内でもよく話すし、LINEでも現状報告とかを頻繁にする。片岡が部活に入ったという情報は聞いたことがなかったから、てっきり帰宅部なのかと思っていた。

 ただまあ、わざわざ報告するほどのことでもないか。聞かれれば答えればいい程度、と言われればその通りだ。

 

「この時期はまだ水が冷たいもんな」

 

「そもそもまずは掃除からですよ……」

 

 あー、使わないからって落ち葉とか浮きっぱなしだからな。あれの掃除は骨が折れそうだ。

 しかし、片岡が既に入部済みということは、磯貝も実はテニス部に入部しているのだろうか。確かグラウンド隅のテニスコートでは、今日もテニス部が練習していたと思うが。

 

「……俺はまだ考え中です」

 

 俺の視線に気づいた磯貝は緩慢な動きでかぶりをふる。その様子になぜ、と疑問を抱くよりも先に、自分の中で一つの答えが導きさだれた。

 

「バイトでも考えてんのか?」

 

 暗殺報酬から大学までの学費を受け取り、低所得者家庭に対する授業料補助も利用している磯貝だが、下の弟たちのことを考えると少しでも金を残しておきたいところだろう。そもそも総武高校を選んだ一因にバイトの可否もあったはずだ。

 そんな予想はどうやら半分正解だったようで、「バイトはもちろんするつもりだけど」と前置きした磯貝は一瞬だけテニスコートの方に視線を向けて、さっきと同じ曖昧な笑みを浮かべた。

 

「ちょっと見学したんだけど、ここのテニス部、ちょっとやる気がなさそうだったんよね。基礎の練習メニューもなんかおざなりだったし」

 

「あー、まああっちと比べちまうとな……」

 

 文武両道を地で行っていた椚ヶ丘の部活に比べれば、総武高校の部活はおまけみたいなもんだ。本気で全国クラスを、いやそれどころか関東大会で相応の成績を収めることを目標にしている部活動生が一体この学校に何人いるだろうか。

 むしろ、青春のスパイスとして遊びや友人関係の一環程度に捉えている奴の方が多数派だろう。別に、それが悪いわけでもないしな。

 しかし、テニス部か。

 

「確か、毎日昼休みに一人で壁打ちしている女子がいたと思うが」

 

 少なくとも俺が昼食を食べにベストプレイスに向かった日は、必ず壁打ちをしている姿を目にしていた。傍から見た感じでは、随分と真剣にやっていたと思うが……。

 

「そうなんですか? んー、見学した時は女子テニス部もいたけど、そんな熱心にやってる先輩いたかな……」

 

「たまたま休みだったとかじゃないか? 今度また見学行ってみれば?」

 

 俺の提案に少し瞑目した磯貝は、やがてゆっくりと表情を綻ばせた。どうやら興味が湧いたようだ。まあ、男子と女子では一緒に練習はできないかもしれないが。

 

「そういえば、先輩は入らないんですか?」

 

「ん?」

 

「部活」

 

 磯貝の返しに、今度は自分が瞑目する羽目になった。実はこの間、葉山からサッカー部に入らないかと誘われたばかりなのだ。体育の時に運動部に交じって走っていたのが目に留まったらしい。

 まあ、その誘いは丁重にお断りしたのだが。

 だって――

 

「二年になって新入部員とか、なんかちょっと恥ずかしいし……」

 

 直後、二人から残念なものを見るような目で見られたのは、言うまでもないことかもしれない。




 お久しぶりです。
 ここ最近また生活が変わって、なかなか書く時間が取れませんでしたという言い訳をするのも何度目でしょうか。

 原作では職場見学アンケートで呼びさだれるのは大天使降臨後ですが、今回は諸事情により繰り上げとしました。まあ、言うほど変わらんやろ(適当
 ところで、書いててちょっと疑問に思ったんですけど、なんで自由に三人一組で組ませるのに個別に希望アンケート取ったんでしょうね、総武高校。いや、アンケートを取った後に三人一組案が可決されたのかもしれないんですが、それならそれでなぜ八幡は集計を手伝わされたのか。完全に無駄雑務では……。
 と思ったのもあり、三人一組制を完全撤廃して、希望上位十件に見学候補地を絞るためのアンケートということにしました。正直職場見学の話はあんまり面白そうなものを思いつきそうにもないので、こんなところでいいかなと。

 あと、立場が変わるとしっかり敬称から変わるイケメンクラス委員の二人が書きたかった。

 それでは今日はこの辺で。
 ではでは。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。