二度目の中学校は”暗殺教室”   作:暁英琉

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勝ち続けるだけではないからこそ。

 あたりに凶悪な攻撃力を伴った音の楽団が襲来する。手榴弾の破裂音を皮切りに、自動小銃の全自動射撃が弾幕を作り上げた。音からして、二人での一斉射撃か。

 

『どうします?』

 

「どうするっつってもな……こっちは一歩動いた瞬間ハチの巣だ」

 

 思わず舌打ちを漏らしてしまう。敵は俺を完全に封じ込めようと考えているらしい。

 

「“見られた”からな。俺が敵でもこうする」

 

 こうも徹底した攻めを受けては、自分の戦いに持ち込むのは無理か。

 となるとこちらの狙撃手に突破口を作ってもらうしかないのだが――

 

『さすがに、上手いな。射線がものの見事に通らないぞ』

 

 相手もここまで生き残ってきた猛者。容易にヘッドショットなんて取らせてくれない。そもそも、そんな雑魚なら開幕一分で誰かの“餌”になっていたに違いないのだ。

 そして、もっと早く気付くべきだったのは。

 

『とりあえず、別の狙撃地点に移動する』

 

 こちらのスナイパーが相手に捕捉されている、ということだった。

 

『! 待って千葉く――』

 

『えっ……うわっ!?』

 

 通話越しに聞こえてきた爆発音が、俺の位置から聞こえてきた爆発音とハモる。地雷を踏み抜いたであろう小隊メンバーの状況を確認しようとして、結局なにも声をかけずに息をひそめた。

 “ゲームの仕様上”、狙撃を完全に防ぐなんて神スポットは存在しない。そして俺に弾幕を張り巡らせているうちの一人は、ピンポイントにスナイパー・千葉の位置からの射線のみを防ぐ木の陰から攻撃を仕掛けていた。俺が敵二人をスポットしているように、敵も千葉をスポットしていたということだ。

 そこで千葉を倒すのは容易だっただろう。それをあえてやらずにトラップで仕留めたのは、追撃を恐れたから。もし安易に発砲をしてしまえば、“鬼”に居場所を知られてしまう。喰われてしまう。

 だからこそわざとからめ手で仕留めてきた。憎たらしいくらい冷静だ。

 

『さて、どうします?』

 

 そんな鬼、神崎から再度の問いかけ。どうするもこうするも、状況はさっきより悪くなっているのだ。叶うことならさっさと白旗を上げてしまいたい。

 まあ、そんなことするわけがないのだが。

 

「二対四。狙撃手は落ちて、残っているのは見つかったお化けと鬼だけ。奇策も秘策もできる状況じゃない」

 

 だったら――

 

「真っ向勝負?」

 

『そうなりますね』

 

 ヘッドホンユニットを震わせる笑いがしたのもつかの間、息遣いだけでも分かる研ぎ澄まされた空気に、思わず息を飲む。殺し屋というよりは戦士を思わせる雰囲気は、いつでも戦闘に入れると強く主張していた。

 それに薄く苦笑して、瞑目する。意識を聴覚に集中させる。

 ――無数の発砲音に紛れて、近づいてくる足音が二つ、いや三つか。

 弾幕と言っても、相手の使っている武器の装弾数は二十六発。相当気を使っているようだが、これだけ派手にバラまけばすぐに弾切れを起こしてしまう。相当数の弾丸は所持しているのだろうが、それでもこのまま睨み合いを続けていれば不利になるのは相手の方だ。

 だからこそ、千葉が落ちたこのタイミングで攻めてくる。短期決戦に戦場が切り替わる。

 だったら……その誘いに乗ってやるだけだ。

 両手に携えた二丁拳銃を握りしめ、タイミングを計る。木々で視界が阻まれる中、真に信じられるのは聴覚情報だ。弾幕が薄くなる時、自動小銃使いの片割れが弾切れを起こす瞬間を探る。

 ――――ッ、――――ッ。

 そして。

 ――――ッ、――っ。

 重なっていた二つの音の一つが不自然に途切れたとき――

 

「行くぞ」

 

『はいっ』

 

 最終決戦の火蓋が、切られたのだった。

 

 

 

 まあ、結果は負けたんですけどね。

 

「いやぁ、負けた負けた」

 

 表示されたリザルト画面を眺めながら大きく息を吐きだす。ゲーム中はずっと集中していたせいか、どっと疲れが押し寄せてきた。

 今日は日曜日。俺たちは天気のいい昼間っからそれぞれ自宅に引きこもり、先にベストプレイスで作戦会議を行っていたFPSの大会に参加していた。え、お前はだいたい休日は引きこもってるだろって? ジョギングには出かけてるからセーフ。

 

「皆さんお疲れ様です。三位、おめでとうございます!」

 

「負けた直後におめでとうは、ちょっと複雑な気分だな……。ま、ありがとな、律」

 

 PC画面に現れた律に、スカイプ越しからも笑いが漏れる。トーナメント形式のこの大会では三位決定戦が設けられていない。準決勝で負けた俺たちはもう一小隊と共に同列三位、となるわけだ。

 敵の数少ない隙を突いて飛び出したわけだが、もう一人の弾幕役と恐らく千葉を吹き飛ばしたであろうトラッパーが俺を狙っていたわけで、自動小銃の弾が右肩に当たって負傷。相手の腕と足を一本ずつ道連れにするのが精いっぱいだった。

 

『すみません。スナイパーには注意していたつもりだったんですが……』

 

『いや、注意していたからこそ、って感じじゃないか?』

 

 敵小隊の編成は自動小銃の前衛が二人、トラッパーが一人、スナイパーが一人の編成だった。一人残された神崎はこれをすべて同時に相手しなくてはいけなく、結果的に最も警戒していたはずのスナイパーによるヘッドショットで幕引きとなってしまったのだ。

 まあ、それでも二人キルをしている所はさすがだと思うが。有鬼子のあだ名は伊達ではないな。

 ……と、そこまで考えて、会話の人数が一人少ないことに気づく。スカイプのグループ画面には確かにもう一人のアカウントが表示されているのに、まるで反応がない。

 

「速水、落ちてんのか? マイク繋がってる?」

 

『……いるけど』

 

 あ、いたわ。しかし、もう一人の小隊メンバー、速水の声にはやけに覇気がない。普段から元暗殺教室メンバーの中では大人しい方だが、今はいつもの三割増しくらいで大人しくなっている感じだ。

 

『気にすんなよ速水。開幕落とされることもあるさ。E組でのサバゲーの時だってそうだったろ?』

 

 ああ、どうしたのかと思ったらそういうことか。まあ、速水は開幕早々落とされてしまったからなぁ。

 

『私があの時落ちなきゃ、は……が見つかることもなくて勝ってたのに……』

 

「あん? それは違うだろ」

 

 確かに、速水がやられた直後に俺が見つかった。……見つかったって俺のことでいいんだよね? 状況から考えて俺だろう、うん。

 まあ何はともあれ、あれは俺の立ち回りが悪かっただけだ。中途半端に反応して、普段の自分のプレイをしていなかっただけ。それは速水のせいではなく、単純に俺自身がポンコツかましてしまった、それだけ。

 

『相手の連携も上手かったですからね。野良のゲームじゃ四人であれだけの連携はなかなか見ませんし』

 

 究極的な敗因はそこだろう。四人小隊としての力量の差。俺たちもそこそこ小隊を組むほうだが、それでも相手チームの方が一枚上手だったと言える。

 それに、やはり音声通話による連携を相手取るというのはなかなかにきつい。前に二対十五の戦いをこなせたのは、いくらトップランカーとはいえ相手がレスポンスの遅いチャットで連携を取って――あるいはそれぞれが個別に動いて――攻めてきたからこそだったのだと思い知らされた。四人相手でこのザマだ。音声で完璧な連携を取ってくる十五人を相手にした日には、それこそ秒殺されるに違いない。

 

『練習あるのみだな。他の奴らとももっと小隊組みてえ』

 

「俺ら以外なぁ。けど、不破でさえたまにやる程度だろ? タイミングが合わないんだよなぁ』

 

 後思いつくのは赤羽とか……いや、浅野たちと競い合ってるあいつを誘うのは気が引けるか。

 

『渚は? 結構やってたと思うけど』

 

「え、マジで?」

 

 挙げられた名前に、思わず聞き返してしまう。俺の中では、あいつはとっくに引退したと思っていたのだが……。

 というのも潮田渚という少年、FPSがすこぶる下手なのだ。慣れとかそういうレベルではなく、マウスによる視点移動に首が同期するタイプのプレイヤーで、当然碌に画面を見ていない間にキルされる、ということを連発していた。渚……このゲームはVRではないんだ……。そもそもまだ某フルダイブゲーム機はその影すら見せていない。

 

「今はあの時ほどではないですよ。少なくともマウスの動きと首の同期はほとんど発生しなくなりました」

 

『ほとんど、ってことは、たまに同期するんだな……』

 

 まあ、そこはご愛敬というやつだろう。あいつも結構努力家タイプだからな。その粘り強さはどこか暗殺スタイルに似ている。

 それなら、明日学校であった時にでも誘おうか。そう思案していると、「でも……」と律が電子音声の海に溶け出してしまいそうな曖昧な声を漏らした。

 どうしたのかと顔を上げると、どこかおかしそうに苦笑する彼女の顔が目に入る。

 

「渚さんが遊ぶときは、茅野さんと小隊を組むときだけですから」

 

「よし、渚を誘うのはやめよう」

 

『『賛成』』

 

「そうですね」

 

 即決である。今まさにこの小隊は最高の連携を見せたと言っても過言ではない。……これが最高の連携とか過言であってほしい。

 しかしまあ、頑張ってるなぁ茅野。その努力が結実しそうかと言われると言葉を濁さざるを得ないのだが、こればかりは地道にいくしかないだろう。渚だし。

 

「他のプレイヤーをお探しでしたら、いつでも参加できてプレイスキルもある人材がいますよ。私なんですけど」

 

『『『「それはない」』』』

 

「ひどい!?」

 

 いや、まず間違いなく駄目だろ。一切ミスをしない上、一度用いた戦術を全部学習して対応してくるプレイヤーとか即効通報余裕である。なんなら小隊メンバーも巻き添えBANまである。俺のWA2000が電子の海に消えちゃうでしょ!

 まあ、律もジョークのつもりだったようで、他の奴らの笑い声に自分のそれを重ねている。後でなにかオフラインゲームで相手してやろう。カードゲームとかそこら辺で。

 

『あー、けど、やっぱ悔しいな』

 

『そうだね。せめて決勝まで行きたかった』

 

 ひとしきり笑い終えた千葉と速水が嘆息交じりに口にした言葉に、短く同意する。

 小さなミスも大きなミスもあった。相手との力量差もあった。敗北に納得はしている。……けど悔しい。あの時後半秒早く動けていれば、もう少し警戒していればあるいは――

 たらればなんて考えてもどうしようもない。分かっていても、やっぱり悔しい。

 

『けど、だから勝った時が嬉しいんじゃないですか』

 

「違いない」

 

 負けると悔しいから努力する。だからこそ、勝った時の嬉しさはひとしおになるのだ。思考停止で勝つだけのゲームなんてオフラインで十分。勝って負けて、勝つときもギリギリの駆け引きの中勝利をもぎ取るからこそ、対戦ってのはやめられない。

 

『じゃあ、今から次の大会で優勝できるように練習しようぜ』

 

「ま、そうだ――ッ!?」

 

 きっと前髪に隠れた双眸をキラキラと輝かせているであろう千葉の少し弾んだ声に苦笑しながら同意の声をかけてやろう――としたのだが、反射的に口をつぐんだ。

 突然、ひりつくような殺気を感じたのだ。

 なんだ? 何の変哲もない日曜の住宅街でこんな殺気を感じるわけがない。窓の外からは“いつも通り”視線こそ感じるが、殺気が伴うものではないのだ。

 

『気持ちはわかるけど千葉君、ちょっと待ってね』

 

 ではこの未だに消えない殺気はどこから……何事もなく会話に入ってきた神崎からして、通話相手たちは気づいていないようだが――

 

『今から人のことを鬼なんて言ってた人と、格闘ゲーム十本勝負をしなくちゃいけないから』

 

 殺気の出処お前じゃねえか!! どおりで千葉も速水も、おまけに律さえも黙ってたわけだよ。よくよく見たら律の奴、画面端で震えてるし。

 いやしかし、神崎のことを鬼なんて言って……言いましたね。そういえばゲーム中に状況確認したとき普通に言ってました。なんで普通に神崎と呼ばなかったのか。数分前の自分にヘッドショットをかましたい。

 どうしたものか。逃げ――たところで状況を悪くするだけだし、神崎相手に言いくるめなんて無理だろう。笑顔でさらっと流されて本筋に引き戻されるのがオチだ。

 と、言うわけで。

 

「とりあえず……決勝の試合観戦しない?」

 

 醜くも数分の引き延ばしを図るしか、俺には残されていなかった。

 

 

 その後行われた格ゲー十本勝負では、当然のように毎勝負十割の完全試合の的になった。なんなら九本目にポロッと「鬼」なんて口にしてしまったせいで、さらに十本試合数が増えたりもした。神崎怖い。下手に刺激しないように心に刻もう。

 翌日、憐れむような千葉と速水の視線が逆に痛かったのだが、それは別のお話だ。




 神崎さんはゲームやってる時と同じで、大和撫子な表情ですごい殺気放ちながら怒りそう(偏見
 個人的な四人のFPSスキルは神崎さん>八幡>千葉>速水の順番。プレイ時間の影響もありますが、速水は微妙にゲーム内での狙撃手の立ち回りに苦戦して、突撃兵と狙撃手の中間みたいなことやってそうなイメージがあります。現実だと高機動移動砲台ですし。
 律は実際対人ゲームやったらどうなるんですかね。千葉との将棋を見た感じ、某都市伝説ゲーマーのお兄ちゃんクラスのブラフ張れないと完敗しそう。その点、カードの引きに左右されるトレーディングカードバトルとかならなんとかなるのかなぁと思わないでもないです。

 そういえば、この間ようやくドラクエ11買いました。少しずつ進めてますが、PS4でのドラクエが初めてなのもあり、フィールドで動き回る魔物とか風景とか延々眺めてます。来月にはスイッチが届くので、初めてのイカにも挑戦できそう。出費が結構やばいんですけどね!

 それでは今日はこの辺で。
 ではでは。

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