二度目の中学校は”暗殺教室”   作:暁英琉

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温かなぬくもりに身を寄せて

「…………」

 

 一切言葉を発することなくカタカタとキーボードを叩き続ける。時々記憶を掘り返すために指の動きが止まることはあるがそれもほんの数秒で、室内には変わり映えのしないタップ音だけが響く。

 目の前にあるディスプレイの無機質なウィンドウには指を動かすたびにアルファベットと数字の羅列が並べられていく。羅列が合わさって文字や記号となり、それがさらに合わさって意味を持つ内容へと変貌する。

 一見当たり前のことだが、こうして“新しいこと”をやっていると、こんなことにさえ感動してしまうから不思議だ。未だにものぐさなきらいがあると自負している俺だが、やれることが増えるというのは単純に楽しい。

 

「ふう……こんな感じか?」

 

 締めの記号を打ち込んで出来上がった内容を保存する。一応もう一度中身を確認してから今度は別なソフトを起動し、今しがた保存したファイルを読み込む。

 成功なら専用のシンプルなウィンドウが開く――はずだったのだが……。

 

「えぇ…………」

 

 出てきたのはエラー発生を示す画面で、思わずガックリと項垂れてしまった。なんかエラー内容十個くらい見えたし、俺ってばほんと馬鹿……。

 

「まあまあ八幡さん。どれもケアレスミスですし、だいたいの形はできてますから」

 

 エラー画面の裏から顔を出した律が宥めてきたので顔を上げてエラー内容を確認してみると、確かにエラー内容は細かいミスばかりを示していた。不等号が逆だとかそんなのばかりで、ちゃちゃっと直せば問題なく起動するプログラムになるだろう。

 俺が今やっているのは所謂プログラミングである。と言っても、始めて一ヶ月も経っていないからまだ基礎くらいしかできていないのだが。

 手早くソースコードのエラー箇所を直して再度プログラムを起動してみると、今度はうまく起動できた。プレイヤーキャラクターとして読み込んだ黄色いタコが、キーボード操作に基づいて左右に動いたりジャンプしたり、攻撃したりしている。目の前に置かれた真っ黒な棒――棒というか太線。影も何もついていないので画像抜けにしか見えない――に攻撃が当たるとガッというSEと共にその棒が少し後退した。

 新しいことを学ぶときに自分の趣味の延長線として捉えるのもモチベーションを上げる方法の一つ。ということを実践してみせていた担任を思い出し、ゲームプログラミングから手を伸ばしてみたのだが、確かに普通の堅苦しい勉強よりものめり込みやすい。アニメと勉強を繋げた竹林が急成長したわけだ。

 

「もうちょっとイラスト素材を増やせばもっとアニメーションが滑らかになりますね」

 

「簡単に言ってくれるなぁ……」

 

 いかに我らが担任が某RPGのスライム並に描きやすいディティールをしているとはいえ、俺みたいな素人じゃあ一枚描くのも相当な労力だ。おかげでサンドバッグのイラストを描くことすら放棄してしまった。やはり世の中のイラストレーターたちは神であった。

 しかし、一応格闘ゲームプログラミングの参考書を教材に使っているのだが、これゲームの形にするのにどれくらいかかるのだろうか。コマンドとかどうなんの? 他にもダメージ計算とか無敵時間とか……ああ、NPCのAIとかもあんのか。まだまだ先は長そうだなぁ。

 まあ、一つずつこなしていけばいいか、なんて背もたれに体重を預けていると、突然ソースコードの新規ウィンドウが開いた。何事かと首を傾げているとキーボードに手を触れていないにも関わらず、真っ白な画面に文字列が浮かび始めた。

 一分もしないうちに組み上がったらしいソースコードが保存されると、さっき遊んでいたゲーム画面もどきが新しく起動される。なんとなく察しつつ同じように操作してみると、俺が作ったコードと同じ挙動をしてみせた。

 

「こっちのコードの方が短くてスッキリですよ!」

 

「わー、体育のときの殺せんせーみたい」

 

 ドヤ顔している律に抑揚のない声で返しつつコードを確認してみると、確かに俺が書いたコードより使用行数は少ないのだが、そもそも俺の知らない文字列まで存在していて意味不明もいいところだった。

 この勉強を始めて分かったことだが、こと情報分野のことになるとこの律という奇跡のAI娘、加減というものを知らないということだ。まだ基礎だからと言っても応用を教えようとしてくる。そしてドヤ顔する。

 なんというか……あの先生の悪い部分の影響受けちゃってるなぁ、と思う次第なわけだ。まだ勉強すれば俺にも可能なレベルなあたり、傷は浅いようだが。

 まあ、これも新たに見えた一面というやつか。そう考えると微笑ましいものである。

 

「それにしても……」

 

「ん?」

 

「こういう触手生物が攻撃してるって、ちょっといやらしいですね」

 

「おい待てその思考プログラムは早く切り捨てなさい!」

 

 その思考はどこから学習したんですかね、律さん。それも殺せんせーですか、それとも既にハードディスクからサヨナラバイバイした俺の秘蔵データからですか。俺のせいだとは信じたくないので、ここは岡島のせいということにしておこう。ごめんな岡島、とりあえず一ヶ月出禁で。

 夜になってそれを伝えたら、岡島から悲痛顔のスタンプが送られてきた。あいつ案外余裕あるな。慣れてしまったのかもしれない。

 

 

     ***

 

 

「はち兄、ここがちょっと分からなかったんだけど」

 

「ん? ふぉれ?」

 

「……質問したの私だけど、せめて口のもの飲み込んでから答えてよ」

 

「……ん」

 

 茅野に言われてお茶で米を流し込む。ペットボトルから口を離して小さく息をつき、改めて彼女が出していた教科書に目を落とした。

 場所はいつも俺が昼食を摂っている特別棟裏。つまり今は昼休みである。俺の幸せぼっち空間は千葉たちにバレたことで長く続くはずもなく、今ではだいたい誰かが来る、元E組の集会場と化していた。短かったなぁ。来るのが知り合いだけだからまだマシだけど。

 

「あー、そこはな……」

 

 自慢ではないが去年の二学期末以来学年一位を維持している男。特に今茅野が苦戦しているところはちょうど俺が入院と不登校のダブルコンボで苦しんだところ。あの時はまだヌルヌルの触手に慣れていなかったこともあって、やけに特別授業の記憶が鮮明なのもあって、スラスラと教えることができた。

 

「なるほど、わかった! さすがに新しいところはすぐ飲み込めないところもあって苦労するよ」

 

「ま、しゃーないだろ。特にお前ら、菅谷や岡島と違って“予習”できてないし」

 

 中高一貫故に多少高校の勉強に片足を突っ込んでいたとはいえ、あくまで多少に過ぎない。新しいことを学んですぐに自分のものにできるのなんて、あのトンデモ親子や赤羽のような、それこそ才能に恵まれた人間くらいにしかできないものだ。趣味を職にしたいと考えていた菅谷や岡島のように数人は俺と一緒に高校三年までの範囲をざっと予習する機会があったが、いくら茅野の地頭がいい――触手に苛まれていながら二学期末にあの成績を出す時点で十分な地力があるということだろう――とはいえ、分からないことがあるのは当然だ。

 

「ま、努力すればいくらでも追いつけるさ。勉強なんてすぐできるかちょっと時間をかけてできるかくらいの違いしかねえよ」

 

 芸術みたいなものに比べれば、勉強は答えが用意されている分、才能の差を努力でカバーすることは容易い。まあ、竹林が昔詰め込み勉強法で失敗したように、努力の仕方を間違えることはあるだろうが。

 

「経験者は語るってやつ?」

 

「そりゃあ俺なんて努力努力アンド努力よ」

 

 たぶん地頭はいい方だと思うが、それだけではたとえあの日事故に遭っていなくても学年一位、いや現国一位すらなることはできなかっただろう。

 今の俺があるのはあの教室のおかげ。あそこで楽しさを学んで、刃を研ぎ澄ます方法を教えてもらったからだ。以前努力の才能、なんて言われたものだが、あそこで学ぶことの、身につくことの楽しさに気づかされなかったら、きっとその先の人生で努力なんて碌にしない人間になっていた自信がある。アルバイトすら碌に続かなかったのではないだろうか。

 人生は結局競争と共闘の連続だ。努力をすれば夢は必ず叶う、とは言わない。

 しかし――

 

「努力は人を裏切らないからな」

 

 これだけは、俺は声を大にして言えるのだ。

 

「そんなこと言われたら、私も努力しないわけにはいかないなぁ」

 

 にへ、と笑みを浮かべながら嘆息した茅野は教科書を閉じて自分の食事を再開する。

 俺も昼食の続きに入ろうとして――不意に肩に圧迫感を覚えて首を傾げた。

 

「ふみゅ……」

 

 視線を向けた先には天使がいました。実際には蛇なのだが、蛇の姿をした天使もいると言うから間違ってはいないな。

 天使改め渚は俺の肩を枕代わりにして穏やかな寝息を立てている。試しに頬をつついてみたが、起きる気配はなかった。珍しく会話に入ってこないと思ったら、夢の世界に旅立っていたのね、渚君。

 

「渚、教室でも眠そうにしてたんだよね」

 

「あれじゃないか? 不破の漫画爆撃」

 

 唐突かつランダム――住み分けの関係で竹林はターゲットにならない――に発生する不破のおすすめ漫画紹介はマジでなんの脈絡もなく始まるから油断ならない。しかも、それがまたどれも興味をそそられるものばかりだから余計に質が悪く、次の日の睡眠不足は必至なのである。

 

「あー、そういえば不破さんからなんか受け取ってたなぁ」

 

 どうやら予想はビンゴだったようで、茅野は遠い目をまばらに雲が流れる空に向けた。おそらく前回自分が爆撃を受けて夜更かしをしたことを思い出しているのだろう。読んでる最中は天国だが、次の日は転じて地獄の底なんだよな。上げて落とすとは、不破……恐ろしい子!

 

「まあ、寝不足じゃなくてもここは眠くなるよなぁ」

 

 思わずくあ、と欠伸を漏らす。太陽はポカポカと暖かい陽光を降り注いでくるし、等間隔に植えられた木々の葉がカサカサと擦れ合う音も耳に心地いい。何よりも沿岸部から流れてくる風が、早く寝てしまえと絆してくるようだ。

 要するに絶好の昼寝スポット。

 

「眠いのでしたら昼休み終了五分前に起こしましょうか?」

 

「じゃあ頼もうかな……ふあ」

 

 時間を確認すると、昼寝をするには十分な時間がある。ここは律の提案に甘えるとしよう。

 音声が聞こえやすいようにスマホを胸ポケットに入れ、渚を起こさないように注意しながらゆっくりと特別棟の壁に背を預けた。

 そのまま渚同様夢の世界に旅立とうとして――

 

「んあ?」

 

 反対の肩に増えた重みに少しだけ意識が浮上した。片目だけを開けて様子を確認すると、まあ当然というべきか愛すべき妹のウェーブがかった黒髪を確認。

 三人中二人が寝るならもう一人が寝るのも必然と言えば必然だろう。人を平然と枕にするのはどうなのかと思わなくもないが、めちゃくちゃ軽いのもあってそこをとやかく言うつもりはない。柔らかい髪先がちょっとこそばゆいけど。

 ただ、一つ言わせてもらえば。

 

「こっちでいいのか?」

 

 だいぶ深い眠りに入っているとはいえ、ターゲットに聞かれるわけにはいかないのであえてぼかした物言いをしてみる。

 つまり、「渚の肩を借りなくてもいいのか?」という質問。

 頭を少し傾けてちらりとこちらを見た元天才子役は、ほんのりと頬を赤らめながらふい、と反対方向を向いてしまった。

 

「今日はこっちの気分だから」

 

「ふーん」

 

 単純に恥ずかしいだけだろうに、なぜ強がっているのだろうか。まあ、そういうところも愛い奴なんだけどね!

 顔色をうかがうことができない黒髪をわしゃわしゃと撫でる。最初こそ恨みがましい抗議の声が聞こえていたが、次第に大人しくなり、やがては反対の肩の利用者同様穏やかな寝息を立て始めた。

 

「くあ……」

 

 二人の寝息のせいか、余計に眠気が襲ってきた。このまま身を任せれば、五分も経たずに意識が落ちてしまうことだろう。

 まあ、そもそも抗う理由なんてないのだけれど。

 

「おやすみなさい、八幡さん」

 

「ああ、おや……すみ……」

 

 両の肩にぬくもりを感じながら、ゆっくりと瞼を落とし切った。




 今回はちょっとまったりとしたお話を一つ、二つ。
 八幡にプログラミングをさせたいっていうのは前からの構想であったのですが、E組編を書いてる最中にpixivで読んだクロスSSでプログラミングさせてるものがあったのでちょっと悩んでました。今後いろいろと書けそうなので結局書いたんですけどね。

 渚カエと三人でお昼寝っていうネタもずっと書きたい書きたいと内心思っていたんですが、E組編だと茅野の関係でできなくて、ようやく形になりました。満足。

 それでは今日はこの辺で。
 ではでは。

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