二度目の中学校は”暗殺教室”   作:暁英琉

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 お久しぶりです。
 ようやく高校編を書き始めようと思います。リアル優先だったり、ほかのSS書いてたりでペースはだいぶ遅いと思いますが、よろしくお願いします。


市立総武高校
新学期初日から職員室に呼び出されたわけだが。


 春。かすかに冬の名残を残しながらも空も風も校庭の木々も麗らかな青を孕んだ放課後。

 こんな日にはぜひとも直帰して手早くジャージに着替え、ジョギングでもしたいところだ。もしくはそんな景色をたまに眺めながら自室で読書に勤しんでもいい。自分で言うのもなんだがアウトドアとインドア両極端な選択肢だ。まあ片方は元からの趣味だし、もう片方に至ってはこの一年で完全に定着してしまった日課。どちらも俺にとって重要であることには変わりない。

「失礼します。二年F組の比企谷です」

「おお、比企谷来たか。こっちに来たまえ」

 しかしながら思い通りにいかないのが人生というもので、放課後俺は職員室に赴いていた。より正確に言うなら入り口近くの席から俺を手招きしている現国教師――確か平塚先生だっただろうか――に呼び出されたわけだが。

 彼女の席に近づきつつ、意識を室内全体に巡らせてみる。

 “比企谷”という名前が出た瞬間から、明らかに俺に刺さる視線が増えた。訝しみ、警戒、あるいは畏怖。そこに多少の興味なんかが複雑に混ざり孕んだ視線。特に奥の席に座っている教頭のものなんて露骨だ。いや、たぶん隠すことができないという方が正しいのだろう。

『表向きは国の教育プログラム下にいたことになっているとは言え、さすがに総武高校の教師数名にはその教育機関が椚ヶ丘だということは伝えてある』

 あの教室を“卒業”する日、親愛なる体育教師から打ち明けられたことを思い出す。彼の堅物先生はしきりに謝ってきたが、元を辿れば原因は逃げ出していた俺だ。逆にこちらが頭を下げねばならないところだっただろう。

 国からの要請で特段優秀でもない生徒が件の“危険生物”のいた学校に通っていた。それだけの情報があれば、真相には辿り着けずとも一つの結論には大抵の人間が至るだろう。

 ――比企谷八幡は椚ヶ丘中学校三年E組、暗殺教室に在籍していた、という結論に。

 春休み中に起こしたちょっとした俺たちのアクションのおかげもあってか、不用意になにか口を出そうとする教師はいない。それでも抑えることは難しいのが好奇心というもので、口よりも雄弁に感情が視線に乗ってくるのだ。

 月を三日月に変え、さらには地球をも破壊しようとした超生物。その授業を受けながら、一年かけて暗殺しようとした生徒は、本当にマトモなのだろうか、と。

 致し方ない。実に致し方ない。俺が教師陣の立場だったとしても、同じ目でこの異質な一年を過ごした生徒を見ただろうから。

 とは言え、それは分かっていてもこの手の視線は気分のいいものではない。なんなら今すぐ消えてこの場を退散してしまいたいまである。

 まあそんなことをしてしまえばそれこそ俺ないし元E組の評価に関わるのでしないのだが。

 

「それで、用ってなんですか?」

 

 極力周りの視線を気にしないように、平塚先生に質問を投げかける。それに伴って彼女を観察することも忘れない。人間観察は元々趣味とか痛いことを言っていたが、あの教室で身に着けたスキルその他諸々の関係上もはや生活基盤に組み込まれるレベルにまで染みついていた。

 そもそも一番最初に抱く感想は「なぜ白衣を着ているのだろう」というものなのだが。いやほんとなんでこの人白衣着てんの。現国教師ですよね? 俺が知らないだけで実は化学も受け持つのだろうか。もしくは趣味……? 殺せんせー然りビッチ先生然り、伝聞で知った雪村先生然り、教師というのは妙に服装に拘るきらいがある気がする。

 本当に趣味だったら「なぜ?」なんて質問は不躾の極みだろう。ツッコミは内心に留めておくことにする。

 さて、改めて観察を再開してみると、彼女のデスクの上には一枚のプリントが置かれていた。

 

「……そのレポート、なんかマズかったですかね」

 

 『高校生活を振り返って』と最上部に印字されたレポートには俺の名前が俺の文字で書きこまれている。紛れもなく、今日の現国の授業で俺が書いたレポートだろう。

 となると、呼び出された理由は一つと考えていい。レポートの内容がこの教師の気に入るところでなかったわけだ。

 総武のことを一切振り返っていない、というのは問題ではない。そもそも俺が振り返ることのできる総武高校での生活そのものが存在しないのだから。ただただ勉強に追われ、自己嫌悪で逃げ出した事実が長くて二行程度に記されたひどいモノができあがるに違いないし、この人もそれは分かっているだろう。

 となると問題なのは……あの教室のことを“いい思い出”として記したからだろうか。

 政府がメディアに対して緘口令を敷く前にどこかの大学教授だか学者だかが「E組の生徒はストックホルム症候群に陥っている」なんてテレビでのたまった。俺たちは脅されているうちに当の危険生物に同情や愛情を抱いてしまったのだと。全容はその一切を文章と文章の間の深淵に隠したが、あの教室でのことを少なからず肯定的に記したレポートを書いたのは失敗だったか。筆が乗ってしまって、特に何も考えずに書ききってしまったからなぁ。これはブラックリストに入れられてしまったかもしれない。

 

「いや、レポートは特に問題ないよ。『青春とは悪である。』なんて一文を見たときは頭を抱えたがね」

 

 しかし、俺が卓上のレポートを見ていることに気づいた現国教師は苦笑しながら首を横に振ってきたので、内心「おや?」と首を傾げた。表情を観察してみても、後ろ暗い感情は引っかからない。

 まるで、本当につい一ヶ月前の出来事など気にしていないように。

 

「君を呼んだのは単に話してみたかったからだよ。一年で……というか数ヶ月で成績を急上昇させたコツも教育者として気になるところだが、会うたびに君がいい表情をするようになったことにも興味があってね。……もちろん、話したくないなら無理にとは言わないが」

 

 ……あー、どこか聞き覚えのある声だと思ったら、この人去年現国のテストを毎回監督してた先生か。詰まるところ、去年から比企谷八幡を知っている人物なわけだ。

 というか――

 

「俺、そんな顔変わりました?」

 

 思わず頬を掻き、手持無沙汰に前髪なんぞ弄ってみる。確かに変わった部分もあるかもしれない、という思いを込めてレポートを書きはしたのだが、実際に「変わった」と言われると……違和感があるというか……。

 

「変わったよ。二ヶ月に一度ほどしか会わなかったから余計にそう思ったさ。初めて見た、一学期の期末試験の時の君は、そうだな……腐った魚のような目をしていたからな」

 

「……そんなにDHA高そうにしてました?」

 

 小町からも常日頃「目が腐ってる」とは言われていたが、まさか人間の目ですらなかったとは……。インスマス八幡。出会ったらSANチェックすることになりそうだ。たぶん1D10くらい。や、本当にSANチェックとかされたら泣くけど。臆面もなく泣くけど。

 いずれにしてもまだ会った回数が手の指で足りるような人に評されるほどだ。たぶん「変わった」のは事実なのだろう。

 

「まあ、いろいろありましたからね」

 

「それはいい意味でか?」

 

「んー……ご想像にお任せする、ってことで」

 

 だってあんなに楽しくておかしくて、不思議で大好きだった空間の話を断片でも口にしようものなら、文字にするのとは比較にならないくらい止まらなくなってしまうだろうから。

 雑にはぐらかした俺に、けれど先生はそうか、と表情を綻ばせただけでそれ以上追及してこなかった。

 いい先生だと思う。生徒指導担当だからってわざわざ生徒と何でもない話をしようとする高校教師なんて少数派に違いない。学校から逃げ出した一生徒に公務員がここまで時間を割こうとは、普通しないだろう。

 

「ん? どうかしたか?」

 

「いえ、なんでもないです」

 

 いい先生だと思う。生徒と向き合おうとする姿勢は、どことなくあのヌルヌルとした笑みを浮かべる教師や、いつもは冷静沈着なのにこと教育のことになると熱くなる完璧超人とどことなく似ている。

 

「まあしかし、やはり私はまだ君のことをよく知らん。今後も何かと絡んでいくつもりだから覚悟したまえ」

 

「――うっす」

 

 案外、教育バカとは皆似たようなものなのかもしれない。そう思うと、自然と笑みが漏れてしまうのだった。

 

「失礼しまーす。今日の授業のプリントを――あれ? 比企谷君?」

 

 ガラッと開いた扉から聞き覚えのある声が俺の名を口にしてきた。声変わりしたかも怪しいアルト調の声色。振り返ってみれば、俺より一回り小さいプリントの束を抱えた小動物が目に入る。特徴的な明るい色の髪をツインテール――ではなく短く切り揃えており、それでも総武校の特徴的な制服に身を包んでいなければ、女子と間違えられてしまいそうだ。まあそこはご愛敬ということで。

 

「おう渚、クラスの仕事か?」

 

「うん。国語委員だから」

 

 潮田渚。元暗殺教室出身でこの春からここの一年生になった彼は、卒業と同時に今まで結っていた髪をバッサリと切った。過去との、母親のプレイヤーキャラクターだった自分との決別のために。春休みに会った時に見せた前に進もうとする意思と少しだけ寂しさが混在した笑みは、こいつのこれまでを知っている手前そうそう忘れられそうにない。

 まあ、相変わらず小さいしひょろっこいから、短髪になったところで男らしい、とは言えないわけだが。春休み中もことあるごとに赤羽や中村から弄られたようだ。いや、お前ら四月から別の学校になって寂しいからって手加減してやれよとは思ったのだが……当の渚もなんだかんだ楽しんでいたし、仲裁など余計なお世話だろう。

 そして潮田渚がいるということを認識したと同時に、半ば自然と湧いてきた直感。むしろ予定調和の事実を確認するために、首を動かしてちょうど渚の陰になっている入口を見やる。

 

「やっぱ茅野も一緒か」

 

「ありゃ、バレた」

 

 わずかに気配を隠していた少女はいたずらが失敗した子供のように不満げな間延びした舌打ちを漏らして渚の横に並び立つ。E組一のニコイチコンビの片割れ、茅野カエデである。

 とは言っても、こちらも中学時代とはシルエットが違う。渚とおそろいのツインテールだった髪は緩いウェーブを靡かせながら背中まで流されており、鮮やかな緑だった色も自然な黒に変わっていた。正確には戻した、が正しいのだろうが、俺にとっては初めて見る姿だ。

 

「ほー」

 

「? なに?」

 

 いやまあ、なんつうか。

 

「似合ってんじゃん、黒」

 

 元々の顔立ちよさがあるのでE組時代の緑ツインテールも十分似合っていたのだが、なるほど、こちらの方が確かに自然な似合い方をしている。

 

「おー、はちにいの『似合ってる』はかなり高評価! へへーん、戻した甲斐があったね」

 

 楽しそうにカラカラ笑う茅野は、けれど少しあの頃とは違って見える。偽るためにしていた演技をやめて、なおかつ『茅野カエデ』を『雪村あかり』の一部だと納得したからか、明るい茅野らしさを感じさせながらもどこか落ち着いた雰囲気だ。

 

「よく言うよ。茅野、春休みのころは『なんか違う』ってしょっちゅう言ってたくせに」

 

「あー! 渚それ言わないでよ!」

 

 渚の暴露に茅野が慌てるのを見て、思わず苦笑してしまう。まあ、一年ずっとあの髪色髪型を続けていたのだ。本来の姿が自分の意識に馴染むにはそれなりに時間がかかったのだろう。

 

「一年C組の潮田と……雪村だったよな? カヤノというのは……」

 

「ああ、僕たちの間での彼女のあだ名みたいなものです」

 

 聞き慣れない名前に首を傾げた平塚先生に、渚がそれとなく説明する。間違ってはいないし、そもそも中学時代に使っていた偽名です、なんて言っても余計に先生が混乱してしまうだけだから、俺たちも口裏を合わせることにした。

 当然と言えば当然のことだが、この学校の生徒に『茅野カエデ』は存在しない。一年C組に在籍しているのは雪村あかりだ。聞いた話では椚ヶ丘中学校のデータベースにあった茅野の名前も、全て雪村に置き換えられているらしい。そんな献身的なお節介を焼く人、あの学校で一人しか知らないのだが、もう“なくなってしまった”話題を掘り返すのは無粋というものだろう。

 しかしながら俺らの中ではやはり茅野は茅野なわけで、本人の希望もあって今でもあの頃の呼び方を続けている。

 

「そういえば比企谷君はなんで職員室に?」

 

「まさか、新年度早々呼び出されるような悪事を」

 

「なんで悪事前提なんだよ……」

 

 ガシガシ荒く頭を撫でてやると、キャーキャー言いながら逃れようとしてくる。だが残念だったな、茅野よ。女優業と暗殺業のおかげで同年代より身体能力が高いと言っても、体格的に俺の方が圧倒的に有利なのだ。

 

「楽しそうだな、君たちは」

 

「ん、あっ。すみません、職員室で……」

 

 しまった。ついいつものノリで妹と戯れてしまった。おのれ茅野め……や、なんも考えず手を伸ばした俺が悪いのだが。

 

「いや、気にするな。むしろ少しほっとしたよ」

 

 背もたれに深く身体を預けて笑う平塚先生に首を捻っていると、「深い意味はないさ」と渚からプリントを受け取りながらより顔の彫りを深くしてきた。

 

「まあ、高校生活はあっという間だ。特に比企谷はあと二年だからね。存分に楽しみたまえ」

 

「うっす」

 

「「はい!」」

 

 せっかく一年越しに戻ってきたのだ。先生の言う通り、存分に楽しもう。なに、こいつらが一緒ならそれだけで楽しいに違いない。

 本来の時間より一時間早く登校しようとしていた去年の入学式の頃のように、静かに胸の奥を弾ませるのだった。

 

 

 

「それにしても、お前ら結局どこでも一緒だな」

 

 職員室を後にして、三人揃って下校している最中なんとなく隣を歩く二人にぼやいてみた。クラスも同じで担当係も同じとは恐れ入る。うちの高校、一年の最初の委員は勝手に決められるはずなのに。

 

「席も隣同士だからね。ちょっとできすぎかなとは思ったよ」

 

 なにそれ、さすがに怖い。なにか大人の事情とか絡んでない? 防衛相とかそこらへんの。いや、さすがにないと思うけど。

 まあ、しかし――

 

「…………なに?」

 

 俺の視線に気づいた茅野は一瞬だけキョトンとして、なぜかすぐに不機嫌そうに双眸を細めた。なんでちょっと怒ってんだよ。

 あれかな? 渚と二人っきりじゃないからかな?

 偶然に偶然が重なって同じクラス、同じ係、隣同士の席になった。それはまあ分かるのだが、茅野が“渚の陰に隠れる”必要がなくなった今、なぜこの二人がクラス外でも、なんなら学外でもまるでニコイチを誇示するように一緒にいるのか。

 

「……いや」

 

 その理由を思わず口に出しそうになって、すんでのところで唾液とともに飲み込んだ。

 だってほら、せっかく応援している妹の奮闘を邪魔するとか、千葉のお兄ちゃん的にありえないからね。

 しかし、行動を無理やり変えて否定の声を漏らしてしまったわけだが、ここで言葉を切るのも「なんでもない」と続けるのもどうもしっくりこない。なにか適切な言葉はないものかと元より優秀な方だった現国知識の引き出しを引っ張り出して――

 

「がんばってるなーって思った、かな」

 

 とりあえず褒めることにした。たぶん現国とか読破した本たちの知識は一切関係ない。たぶんどころか皆無だな。むしろ絶無。

 で、その結果――

 

「~~~~~~~~ッ!!」

 

 爆発。爆発が起こりました。声を出さなかったのはさすがと言うべきか。元実力派子役は伊達ではないな。

 瞬間沸騰という表現が比喩にならなそうなくらい顔を真っ赤に染めた茅野が声を出さずに口をパクパクさせて抗議してくるのを、素知らぬ顔でスルーする。そもそもあの時ならともかく、平時のこいつは殺気らしい殺気は出せないのだから威圧感の欠片もないのだ。

 

「? がんばってるってどういうこと?」

 

 その上、ひとたび妙な反応を示せば俺たちの間に挟まれてこっちを向いている渚に気づかれてしまうとなれば、余計に何かできたものではない。

 

「なんでもない。聞き流してくれ」

 

 なのでこちらもスルー安定。仮に渚が茅野の変化に気づいても面倒だからな。茅野からしても、俺からしても。

 茅野カエデの、雪村あかりの恋慕にはもはや当の渚以外全員が気づいている。気づいてはいるし、俺に至っては相談役もどきみたいなこともしているわけだが……外野からなにか明確なアクションを起こすことはない。進学先が違う赤羽や中村のみならず、同じくうちに入学した矢田や倉橋コンビですら。

 俺だって、普段の無自覚ながら茅野といて楽しそうにしている渚を見ていれば、なんとかしてやりたいというお節介心もついつい顔を覗かせてしまうのだが、そこをぐっと堪えて愚痴を聞く程度に留めている。E組にとっちゃあの件はトラウマものだからな。俺にとっちゃ恋愛なんて中学の頃からトラウマだけど。

 あくまで見守るだけ。それがE組の暗黙の了解だった。

 ではなぜさっきあんな発言をしたかと言えば――

 

「もう……渚、早く行こ! お店閉まっちゃうよ!」

 

「え、まだ時間は……あれ、茅野? なんか怒ってる?」

 

「怒ってない!」

 

 プリプリ不機嫌に怒る茅野、めっちゃ可愛くありません? なんか小町に通じるところがあるし、普段の――本来の、とも言えるが――落ち着いた雰囲気とのギャップがね。く、これがギャップ萌えというやつか! 速水でも人類絶滅するレベルの破壊力だと思っていたのに、こいつはこいつでなかなかの破壊力である。……なに言ってんだろ、俺。疲れてんのかな。久々の登校だったしマジで疲れてるのかもしれない。

 

「茅野、あんまり引っ張ると――あ、比企谷君また明日!」

 

「おう」

 

 引っ張られて前のめりになりながらも空いた手を振る渚を、こちらも軽く手を上げて見送る。

 まあ、ギャップ萌えが見れる代償として割とガッツリ茅野が怒ってしまうのだが、これなんとかなりませんかね。そもそも見ようとするな? ……ですよねー。

 駅へと繋がる交差点を曲がった二人が消えた――完全に見えなくなる前に茅野が“あっかんべー”をしてきた。渚に見られても知らんぞ――のを確認して、スマホから伸びているイヤホンを耳に取り付ける。

 

「あんまり苛めると、そのうち口も利いてくれなくなりますよ?」

 

 付けたと同時に聞こえてきた声に苦笑しながら、「それは困るな」なんて適当に返してみる。ポケットに突っ込んでいるスマホには、きっとあざとい3Dグラフィックの少女が映っているに違いない。

 しかしまあ、本当に口を利いてもらえなくなったらショックで一週間は寝込みそうだ。妹に嫌われるなんてお兄ちゃんの沽券に関わる。やっぱり控えるべきかなぁ。

 だがしかし、そうは思いつつもついついからかってしまうのだ。

 

「バカみたいなことができるのは平和な証だからな。こればっかりは当分やめられそうにない」

 

 つ――、と顔を上げてまだ青々とした空を見上げる。目を凝らしてみると、薄らと物理的に三日月になっている月が視認できた。

 宇宙探査チームや学者の話では、七割が消し飛んだ月は今後徐々に崩壊を始め、自らの重力によって以前より小さいながら時間をかけて元のような球体に戻るだろうと言っていた。地球の引力に引かれたり、そもそも爆発の際に地球にある程度近づいたこともあって、完全に球体になる頃にはあの先生がE組の担任を始める前の月と見た目はさして変わらなくなるのだろう。

 そもそも表立って何かが行われたのはあの一週間だけ。きっと五年も経つころにはあの超生物のことも皆忘れ去って、ごく稀に「あの事件の真相は!」みたいなアホなタイトルのテレビ特番かゴシップ雑誌が組まれる程度になるだろう。そもそも緘口令が解けない限りそれが日の当たる場所に出ることはないとも思うが。

 で、現実はと言えば一月も経っていないのに、下手をすれば爆心地になっていたかもしれない住人たちはさも当たり前のように日常を享受している。それが武装を放棄して七十年ばかり経った我が国故なのか、それとも案外実害がなければ人間とはそういうものなのかは、まだ十七年弱の短い人生観では答えを出せそうにない。

 まあ結局――

 

「世の中ってのは、そんなもんなんだよな」

 

 悲劇の被害者に仕立て上げられたり、かと思えば掌返しのように救世主のように扱われたり、そんなのも一瞬で忘れ去られたり。

 結局のところ俺たちみたいなちっぽけな人間は世の中ってやつに振り回されるものだし、むしろそんなものに振り回されているうちはきっと平和に違いない。あの黄色い触手生物なら大気圏でシャカシャカポテトでも作りそうなくらい平和そのもの。

 

「さっさと帰ってジョギングするかぁ」

 

「その後は“勉強”しますか?」

 

「そのつもり。九時から神崎たちとゲームの予定だけど」

 

 ならばまあ、俺だってその平和を楽しんでもバチは当たらないだろう。一年前、あの超生物な先生と出会う前とは、きっとその楽しみ方も変わっているのだろうが。

 押していた自転車のサドルにまたがり、力いっぱいこぎ出す。

 暗殺教室は終わった。運命の日を過ぎても俺たちはここにいる。楽しみながら、悩みながら、前に進めている。

 椚ヶ丘とは違う始業のベルが耳を震わせるのは――今日から。




 改めてお久しぶりです。構想はだいぶ前からできてたんですが、別のシリーズにかまけてたりリアルがだいぶ変化したりでなかなか手を付けられませんでしたが、さすがに一年も放っておくのはなってことでようやく筆を取りました。
 元々はR-18ありにして別のシリーズとして投稿する予定でしたが、いろいろと構想を練っているうちに「別にR-18展開にする必要ねえな」と思い直したのですシリーズにそのままぶっこみます。もしそっち方面の話を期待してた人がいたら許して。渚カエで去年書いたそういう話がpixivに転がってるからそれで許して。

 で、ちょっと補足というか今後のシリーズの展開予定なんですが、高校編はメインストーリーの他に、そこから分岐したifストーリーを交えた形式にしようと考えています。世界観はあくまでメインストーリー準拠のオムニバスみたいな感じになるかなと。あくまで予定ですが。
 なので最新話には「★New★」を付けておくので更新個所はそれで判断してください。あと、シリーズ登録の関係で、ifストーリーはハーメルン先行になる予定です。やったね!

 それでは今日はこの辺で。
 ではでは。

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