二度目の中学校は”暗殺教室”   作:暁英琉

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けれど俺は、あの場所で青春ってのも悪くないと思えた

『片岡さん、竹林さん、アウトです』

 

「なっ! もうですか!?」

 

 外側から進行していく最中、新しく超体育着に内蔵された小型通信機から律のアナウンスが聞こえてきた。足を止めそうになる神崎をハンドサインで前進するように促した。別動隊の俺たちがここで後退しても、状況を悪くするだけだ。

 この状況は予想できていた。相手がスナイパーを二人抱えているということは、その二人とも開幕長距離スナイプでこちらの要所を潰してくる可能性があるということだ。こちらの明確な要所と言えばメインリーダーの磯貝、小隊統率に長けた片岡、近接の大物である前原や杉野、暗殺の天才渚と隠密能力を持っている俺、そして他の生徒が習得していない爆薬技術を持っている竹林と言ったところか。俺と渚は視認できていないだろうし、残りの奴らが狙われるとは思っていたが……竹林と片岡を狙うあたり、向こうの参謀はこっちの戦力をよく理解している。

 

「……磯貝、二人が撃たれた方角は分かるか?」

 

『竹林は敵軍の大樹方面から、片岡は審判側にある丘からだな』

 

「了解。丘上の占拠に回る」

 

 通信を切って「うへぇ」と肩で息を吐く。大体二人とも予想通りの場所にいるが、千葉が構えていると思われる丘上から片岡の初期位置なんて百メートル以上距離があるんだぞ。普通のエアガンより強化されているとは言っても、ブレずに飛ぶのは五十メートルくらいまでだ。改めて規格外な精密射撃能力だと思う。

 

「だからこそ、ここでキルしておかないとですね」

 

 完全に冷静さを取り戻した神崎がにっこりと微笑む。いつもの清楚な笑みにも見えるが、その奥には強い闘争心と嗜虐心が溢れ出ていた。サバイバルゲームという戦場が、どうやら有鬼子を目覚めさせたらしい。磯貝が俺と神崎を組ませたのは、神崎がこうなることも踏まえてだろうか。

 目標である丘に意識を向ける。視覚と聴覚、気配察知能力をフルに活かして、“ゲームでいつもやっている”ように敵の位置を把握する。ゲームに比べて余計なノイズが多いことに苦労しながらも、なんとか目標を補足できた。

 

「丘上に二人、おそらく片方が千葉だろう。それとフラッグ方面の丘下にもう一人だ」

 

「了解です。奥に回って丘上を潰します」

 

 ニッと歯を見せて笑った神崎が気配を抑えて背後に飛び込む。前方に意識が行っていた千葉と警護に回っていた岡島が気づくころには、蜂の巣にされていた。一発当てれば十分なのに、有鬼子さん容赦ないっすね。

 にこやかな笑顔で返り血のように頬についた青いペイントをペロッと舐めて――

 

「苦い……」

 

「当たり前だろ。ほらぺってしなさい、ぺって」

 

 たぶん有害なものではないだろうけど、まず食用ではないだろう舌に乗せたペイントをティッシュで拭った神崎は、次の敵を狩るために丘を飛び降りた。不思議とゲームのときと役割が重なり、俺はスポット役としてさっきまで千葉が構えていた位置で愛銃のスコープをのぞき込んだ。

 

「丘下にいるのは菅谷だな。武器M4。そっちにはまだ気づいてない」

 

『了解しました』

 

 崖や岩肌を跳ねるように移動して距離を詰めた神崎はすれ違いざまに菅谷に銃弾の雨を降らせた。神崎の移動射撃能力はE組の中でもかなり高い。スナイパーコンビのせいであまり目立ってはいないが、菅谷に向けた弾丸も八発全てが命中していた。だから一発当てればいいんだけど、ヘッドショット三発とか白鬚のおじさんだって立ってられないだろうよ。

 

「うへぇ、鮮やか」

 

「さすが『有鬼子』と『ゴースト』だな。というか、完全にそのこと失念してた」

 

 アウトになって撤収準備をしていた二人の声に、危うくステルスが解けそうになった。相変わらずその通り名は恥ずかしい。むしろ通り名は全部恥ずかしいまである。千葉なんて時々FPSゲームで小隊を組むせいか、特にその通り名で弄ってくるから面倒くさいことこの上ない。

 まあ、そういう点もこの教室の楽しいところには違いないのだが。

 

「またゲームやろうぜ。皆でさ」

 

「そうだな」

 

「ついでに俺の出禁も解いてくれよ……」

 

 あ、うん。そういえば君まだ出禁になってましたね。後で律に交渉しておくよ。

 苦笑しながら再び視線を神崎の周辺に索敵の手を伸ばして――

 

「っ! 神崎、下がれ!」

 

 いきなり現れた気配に通信機でストップをかけたが時すでに遅し。木の陰に潜んでいた赤羽に神崎が拘束されてしまった。あいつ、いつの間にあんなステルス能力身に着けてたんだ。それに、突然の強襲に正面からではなく潜んで待ち構える冷静さ。

 やはり赤羽、このE組の中でも底が全然見えない。

 

「神崎がやられた。戻ったほうがいいか?」

 

 口の中で小さく舌打ちを転がしつつ、青チームのリーダーに通信を飛ばす。単身で敵陣に乗り込むことには慣れているが、敵のレベルがFPSの比ではない。深追いは命取りになってしまう。

 しかし、俺の提案を指揮官である貧乏委員は「いや」と否定した。

 

『比企谷君はその位置に潜んで、可能な限り偵察してください。それに、そこにいるだけで少なくともカルマの動きを制限できると思います』

 

 なるほど。おそらく俺が神崎に同行していたことに赤羽や、千葉と一緒にFPSに興じたことのある速水あたりは勘付いているかもしれない。そこを逆に利用してステルス能力に長けた俺を残すことで、戦闘能力として厄介な赤羽をフラッグ周辺に抑えることが可能というわけだ。

 貧乏委員の指示に了解、と短く返して、スコープで敵の姿を探る。俺が近くにいる。けれど、どこにいるかが分からない状態を維持するのがこの作戦の肝だ。今はまだ見つけても発砲はしない。

 

「……人面岩の陰に寺坂、吉田、村松。大樹の上に速水、その下に堀部がいる。赤羽と中村はフラッグ付近に待機しているみたいだ」

 

 ここから少しずつ、状況を動かしていく。

 

 

 

 戦争は一進一退の様相を見せていた。主戦力で劣るわりに青チームも奮闘していたが、赤羽が指揮する赤チームも予想外の動きでこちらを攪乱してきていた。

 俯瞰視点で状況を把握することが上手い三村の偵察に、狭間による強襲。特に、戦闘が得意ではない狭間がこちらの主力である杉野を含めて二人倒したのは完全に想定外だった。戦闘面で不安がある人材もうまく使ってことを運ぶ。赤羽の奴、指揮官としての爪を隠していやがった。三村と狭間を俺が視認できない位置で動かしていた点から、俺が偵察役を担っていることに気づいていたのだろう。

 こちらも倉橋茅野の甘党コンビで引きつけた岡野木村の高機動コンビを原のトラップで仕留めることができたりと互いの戦力を徐々に削り合っていた。

 そして、そんなこの戦いが、心底楽しい。本気で戦うから、相手の今まで見えなかった部分まで見えてくる。相手の想いへの本気も伝わってくる。

 それを、ちゃんとあいつらにも体感してほしいから。

 ここからが、俺の神経の使いどころだ。

 

『そろそろ勝負を仕掛けないと、このままじゃジリ貧だ』

 

 通信機にかすかに乗ってきた磯貝の声には、焦燥感が入り混じっている。現状の残り人数は青六人と赤七人。拮抗しているように見えて、青チームがかなり押されていた。相変わらず大樹の上ではせわしなく動きながら移動砲台として速水が磯貝たちをマークし続けているし、その反対側には中村率いる寺坂軍団が防衛に構えている。無理に中央突破しようものなら、フラッグ付近の赤羽も含めて三方向からあっという間に制圧されてしまうだろう。

 正直言って、速水が厄介すぎる。照準を合わせるのが遅い俺に備えているのかほぼ止まることがないし、その上でテリトリーは赤のフラッグもカバーできる範囲がある。少ない人数でフラッグダッシュを狙うのならば、最終的に全員を相手にしなくてはいけない寺坂たち側よりも速水を倒すルートを狙うべき。というか、それしか手段がない。

 

『けど、それもカルマの思う壺なんですよね』

 

「ああ、あいつはそこまで読んでる。というか、そうなるように戦局を誘導してきたって感じだな」

 

 片岡、竹林を最初に狙ったのは、序盤の切り崩しだけでなく終盤の作戦を狭めるためでもあったか。二方向を同時に相手しようにも、指揮系統を担えるのが磯貝のみなのが辛い。それに、寺坂たちに指示を出している中村はフラッグを離れた時からずっと丸腰だ。おそらく、三人を壁にして身軽な自分が旗を奪取するつもりなのだろう。

 いや、ここでうだうだ迷っていても、状況は悪くなる一方だ。速水の狙撃にさらに人数を減らされたら、寺坂たちに数でねじ伏せられる可能性が出てくる。そこで俺が狙撃したとしても、せっかく隠れていたところを赤羽や速水に見つかってアウトだ。

 

「磯貝、そこにいる四人全員で速水と堀部を狩りに行け」

 

『えっ』

 

 ならば即断即決即時実行が最善手だ。

 

「“俺たち”の仕事は、あの二人を仕留めることだ」

 

 幸い、“ずっと見えている”あいつも自分の現状の役割に気づいているようで、殺気を最小にまで抑えながらギラつく眼光をバッチリ開いていた。あの様子なら問題ない。あの目の前にあらゆる戦略、あらゆる攻撃、あらゆる防御は通用しない。

 

『……防御は捨てる。速水とイトナを全力で倒して、そのまま敵陣に流れ込むぞ!』

 

 俺の提案に指揮官は指示を飛ばす。それを聞き届けて、スコープを赤の旗を挟んだ大樹に向ける。堀部の固有スキルであるラジコン戦力は、どうやら不調らしい。しかし、戦闘とは基本的に防衛側が有利に働く。俺の役割は、磯貝たちが仕留め損ねた場合の後処理係だ。

 それに――

 

『じゃあ、比企谷君。……“セッティング”任せましたよ』

 

 なるほど、こいつもこいつでよく見ているし察しがいい。俺と同じことを考えていたようだ。そんな委員長に少しだけ笑って、俺は短い返事だけを返した。

 

 

 

 あちこちで白い煙が湧き上がる。奥田の用意したカプセル煙幕だろう。広範囲に充満した煙が速水の精密射撃を不可能にしたことで、防衛側の二人は弾幕を張って応戦する。運が悪いことに、攪乱役の奥田がその弾幕の一発に当たってしまった。

 追加の煙幕がなくなったことで、隠されていた磯貝、前原、矢田の姿が見えてくる。巧みに移動しながら速水が狙うのは……磯貝だ。突出した指揮系統を潰すのは定石。正確に照準を合わせた速水は堀部が弾幕を張り続ける中、寸分違わぬ射撃で磯貝の頭部にペイント弾をヒットさせた。

 

「……やばいな」

 

 防御が硬すぎる。こちらは二人やられているのに、未だにどちらも落ちていない。このまま二人とも生き残ったら最悪だ。

 その時、大樹下の茂みに身をひそめていた堀部に側面から前原が仕掛けた。さっきまで構えていたM4カービンを捨て、二本構えたナイフの片方で切りかかる。前原はE組の中でもパワーがある。堀部はエアガンで受け止めたが、小さな体躯ではその衝撃に耐えることはできずたたらを踏んだ。

 その隙はあまりにも大きく、一撃目の振りの流れのまま斬りつけられた二本目の刃を、堀部は防ぎきることができなかった。

 しかし、堀部を倒した前原も肩で息をするほど体力的に限界だったようで、速水が放った必殺の一撃に反応することもできず、左胸を赤いペイントに染めた。これで状況は一対一。

 そして、アウトになった磯貝の後ろから樹上の速水に照準を合わせたのは、青チームで残った一人、矢田だった。半身になって的になる面積を減らし、両手でガバメントを構える。遠距離暗殺がそこまで得意ではない矢田は、ついでに言えば戦うこと自体をあまり好まない奴だ。今までの暗殺でも積極的に協力はするが、積極的に暗殺をするタイプではなかった。その矢田があんなに真剣な顔で銃を構えている。

 きっと、それだけで十分だったのだろう。反応の遅れた速水に矢田が引き金を引く。遅れて速水からもエアガン特有の軽い発砲音が響き、二発の弾丸が空中ですれ違った。矢田の弾丸はまっすぐに的である速水に伸び――しかしすんでのところで軌道が逸れ、速水の顔のすぐ横を通り過ぎて行った。逆に速水の弾丸はスッと伸び、半身にしたその身体に突き刺さる。

 ――――ッ! ッッ!!

 結果から見れば、速水が生き残って赤チームの勝利。けれど、ここまで持ってきただけで十分だった。混戦を経て速水の集中力は落ちている。

 それに、さっき青の旗周辺から聞こえてきた発砲と斬撃音、自分たちの勝利が決まるかどうかの音にどうしても意識は持っていかれる。それだけの要因が重なった速水は動き続けることを忘れてしまっていた。

 

「……ナイスファイト」

 

 誰に向けるでもない声と共にトリガーを引く。ワルサーWA2000の銃口から放たれた銃弾は綺麗な直線軌道を描いて、樹上から顔を覗かせたスナイパーの肩に着弾した。

 それと同時に近づいてくる殺気と通信機から聞こえてくる律の報告。中村たち四人の名前がその中に入っているのを確認した途端、丘下から紅いインクをまとったナイフが飛び出してきた。

 

「っ!?」

 

 愛銃から手を放し、引き抜いたナイフで何とか受け止めたと思ったら、ぐわっと伸びてきた腕に危うく超体育着の襟をつかまれそうになる。

 地を蹴って後方に逃れて距離を取ると、赤髪の悪魔は舌打ちを漏らしながら同じ土俵に上がってきた。さっきの発砲音一発で、俺の位置を完璧に特定したらしい。

 

「……まんまとやられたよ。俺は比企谷君をずっと警戒しなくちゃいけなかったし、積み上げてきた策はあっさり渚君に潰されちゃった」

 

 青チームの防御が手薄になった状態で旗に突撃を行った中村たち。本来なら勝敗が決している状況をひっくり返したのは、自衛隊迷彩を施して審判をしていた烏間さんの陰に潜んでいた渚だった。俺も、渚の出した音に速水が気を取られたのを利用してペイント弾を当てたのだから、ほとんどあいつ一人に状況をひっくり返されたことになる。

 そしてそれを目撃した赤羽の目は、すでに俺を見ていなかった。それは俺を舐めているからというわけではなく――

 

「早く渚と戦いたいんだろ?」

 

「っ――!」

 

 審判である烏間さんから死角になる位置で“避けずに”ナイフを腹部に受けた俺に、赤羽はグッと睨みつけてきた。その目は「本気でやってなかったのか」と言いたげだった。

 本気でやっていなかったわけではない。律も含めて、参戦した二十九人全員が開始からずっと本気で戦っていた。

 同時に誰もが、大なり小なり“それ”を感じていたのだ。そして俺は、正確に言えば俺と磯貝はそのセッティングのため、赤羽なんていう曲者を相手に“一対一”が成立するように必死に場を調整していたのだ。

 だってこの戦争は、元を辿れば赤羽と渚の喧嘩から始まったのだから。

 

「“初めて”の喧嘩なんだろ? だったら思いっきりやって来いよ」

 

 もう三年も“友達”をやっているというのに、この二人はまともに喧嘩をしたことがないのだろう。自分に自信がなかった渚が常に身を引いていたのか、人畜無害な小動物に対して赤羽が戦闘態勢に入らなかったからか。理由は定かではないが、普段の近いようでどこか一歩距離を置いている態度と、殺せんせーが仲裁案を出す直前に見た、なにか溜め込んだものを吐き出そうとするような二人の目が、なんとなく俺たちに一つの結論を導かせたのだ。

 この二人が直接対峙しないと、“皆”が納得する答えは出ないと。

 

「……なんか俺が勝ったのに言い回しずるいなぁ、年上って」

 

 ずるくねえよ、と笑うと赤羽はやはり不機嫌そうに鼻を鳴らしながらも目に闘志をぎらつかせながら堂々と、渚の潜むフィールド中央へと歩いて行った。

 ずるくなんてない。だってそんな感情、俺はいままで感じたことがなかった。感じられる相手がいなかった。

 きっと俺は、あいつらの関係が羨ましくて仕方がないのだ。

 

 

 

 この戦争は、皆が納得しなければ勝敗が決まっても意味がない。それはあいつら二人もよく分かっていた。

 だから銃を捨ててナイフでのタイマン戦闘を持ちかけてきた赤羽に渚は乗ったし、赤羽は避けることもできるはずの渚の攻撃を全て真正面から食らっていた。クラスのため、そして自分の願いを一番理解してほしい相手に伝えるために。

 故に、この結末は当然だったのかもしれない。

 

「そこまで! 赤チームの降伏により青チーム、殺さない派の勝ち!」

 

 自分の武器である暗殺者の殺気。それを捨て駒にして腕で頸動脈を締め上げる肩固めを仕掛けた渚に、赤羽が降伏したのだ。一度は赤いインクのついたナイフを手にした赤羽だったが、朦朧としながら渚とナイフを見比べた赤髪の少年は、そのナイフを振り下ろさずに降伏を告げた。小動物相手に獅子が武器を使って勝っても、誰も納得しないと考えたのか、それともフェアじゃないと考えたのか。喧嘩っ早い赤羽も、そういうところは律儀と言うか……。

 

「てかさ、俺らいい加減呼び捨てでよくね?」

 

 喧嘩の後で「君」つける気がしないと苦笑する赤羽に、渚は恥ずかしそうに「今更呼び方変えるのもな」と頬を掻く。自分に勝った草食動物が縮こまるのを見て赤羽はことさら大きく息を吐くと、未だに地面に尻を落ち着かせている渚に手を伸ばした。

 

「じゃあ、俺だけ呼ぶよ。それでいいの、渚?」

 

 本気でぶつかって疎遠になることもある。本気でぶつからなくたって疎遠になることもある。けれど本気でぶつかるからこそ、互いが近づくこともあるのだ。これも殺せんせーの言うところの「教育」だろうか。

 

「……わかったよ。じゃあ……カルマ」

 

 差し出された手を取った渚は恥ずかしそうで、けれど同時に嬉しそうでもあった。

 

「さて……」

 

 クラスの総意が「殺せんせーを殺さない」となった。しかし、寺坂たちが言ったように助ける方法がない可能性が十分にあるのも事実だ。だから烏間さんは、助ける方法を模索する期限をこの一月一杯までという条件で、俺たちの意見を聞き入れてくれた。

 となると、これについて調べた甲斐もあったということか。

 

「律、例の資料の準備を。皆に知らせるのは、怪我の治療とかが終わってからになるけど」

 

「分かりました!」

 

 律本体に保存していたデータがスマホに展開される。唯一殺せんせーを救う可能性を秘めている研究、アメリカ第十三研究チームの「触手細胞の老化分裂に伴う反物質の破滅的連鎖発生“抑止”に関する検証実験」に目を通しながら俺は一足先に教室に戻った。

 

 

     ***

 

 

 そして時は流れて新年度の四月。暗殺教室を“卒業”した俺は総武高校に戻ってきた。地球の余命になりかけた三月十三日を過ぎても、なんとか俺たちと俺たちの住んでいる星は生き続けてきている。これは、うまくいっているってことでいいのかな。あの日から時々考えてしまう。もっとうまくやれたのではないかと。

 けれど、きっとそんなたらればには意味がない。あの時小町が言ってくれたように、大事なのはこれからなのだ。過去は引きずりすぎてはいけない。それはきっと、あの恩師への冒涜だ。あの一年の非日常な日常は、確かに俺の中で糧になっている。きっとそれだけでいい。

 

「さて、今日から君たちも二年生だ。いきなり授業をしてもなんだから、この時間はこのレポートを書きたまえ」

 

 新学年が始まって最初現国の時間。平塚というらしい女性教師が配ってきたのは「高校生活を振り返って」とプリントされた学校でよく見るざらついたコピー紙だった。そういえば椚ヶ丘って、E組でも全部のプリント真っ白な紙だったよね。こんなどうでもいいところで私立と公立の違いに気づきたくなかったけど。ところで平塚先生、やけに男前なしゃべり方しますね。宝塚かどこかの出身でしょうか。

 それはそうとて今はこのプリントだ。俺の高校生活は実質二週間しか未だに経験していない。どこかの教育バカ二人にみっちり高校三年までの勉強をやらされたと言っても、“高校生活”自体はほぼ経験がないし、今となっては記憶にないまである。そんな俺がこれに何を書けばいいのだろうか。

 むーんと悩んで、よくやるように適当な持論でも書いてお茶を濁そうかと考えてみる。しかし、殺せんせーにはウケが良かったけど過去の教師には総じてウケが悪かったんだよな。あれは殺せんせーがおかしいだけかもしれない。

 ただまあ、それもありなのかな。そう考えてしまう。どんなに非日常を繰り返しても、人間根本的なところは変わらない。相変わらず俺は、知らないクラスメイトとはほとんど関わらない人間だし、きっと初めて会話をしたらどもってきもがられるに違いない。

 だからそう、まずはこういう書き出しから始めてみよう。

 

『青春とは悪である』

 

 あの教室に出会う前に思っていたことを。

 しかし、人間確かにそうそう変わらないものだが、逆に言えばまれに変わることができるのだ。もしくは新しい一面を見出すことができるのだ。一学年下のあいつらが、何人かこの学校に入学したことを心から喜ぶことができたように。

 だから、次の行にはこう書いてみることにする。

 

『けれど俺は、あの場所で青春ってのも悪くないと思えた』

 

 あの教室に出会ってから感じたことを。

 一度書き始めてみると筆が乗るもので、気の向くままにシャーペンを走らせる。

 ポケットにしまっていたスマホが、楽しそうに震えた気がして、思わず口元がほころんだのは自分だけの秘密だ。




 読了ありがとうございます。今回が一応の最終回ということになります。“このシリーズでは”ですけど。

 元々書き始めの段階で17巻まで読んでいて、結末を明文化せずに「暗殺教室を卒業した」という事実が残るというのもありかなと思って書いていました。八幡一人が関わってもそうそう結末は変わらないだろうなと思っていて、なら過程や八幡・E組生徒たちの心情が少しずつ変わったりする話を書こうと考えて執筆をしていました。書いている最中に原作が完結しちゃったんですが。
 ガラッと原作から変わるような話などを期待していた人がいたらすみません。
 と、いうわけで。
 感想などで高校編はあるのかという質問も結構いただいていたのですが……あります!
 と言うよりも今まで読んでいただいたものは実質的なプロローグというか、アドベンチャーゲームで言う共通ルート的な感じで書いていました。

 実は前にpixivのメッセージで暗殺教室と俺ガイルのクロスでR-18を書いてくださいと言われて、その時はお断りしたんですが、原作読んだりアニメ見たりしながら、「どうせR-18書くなら暗殺教室に参加した方がいいよなー、けど暗殺教室中にくっつくのもなんか違うなー」と思って、「じゃあ暗殺教室に参加させた後にイチャイチャさせればいいんじゃん!」という結論に至ってプロットを練ったのがこのシリーズでした。
 つまりですね。総武高校編はR-18要素があります。しかもマルチエンディングというか、このシリーズをベースにした短編集詰め合わせみたいな形を予定しています。
 なので、別シリーズとして書いていこうと考えています。このシリーズにR-18タグをつけてしまうと、未成年で読んでくれている人たちが今までの話を読めなくなってしまいますから。

 とりあえず、17巻以降の話とかも小ネタみたいな感じで用意したいので、まずは原作の読んでいない話を原作の本編終了まで読んでから書き始めようと思うので、すぐに書き始めるわけではないです。俺ガイル単体のSSや暗殺教室単体のSSも書きたいですし。
 新シリーズを書き始めたのを見つけて、おもしろそうだと思ったらまた読んでみてください。
 二ヶ月ちょっとの間、読んでいただきありがとうございました!

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