二度目の中学校は”暗殺教室”   作:暁英琉

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きっと今の環境は

 その後も平日は殺せんせーによる集中講義と生徒同士の相互授業、時々身体をなまらせないように訓練を交える日々だった。殺せんせーはそれぞれに合ったテストでの取り組みパターンを提示してきたり、各生徒が自分なりに編み出した学習法も参考になる。岡島の『エロで覚える歴史』とか、悔しいことにびっくりするくらい分かりやすかった。もう本当に悔しいんだけど、インパクトがありすぎて頭から覚えたことが離れねえんだよな。

 それに、そうして同じ空間で勉強をしていると結束力が上がっているような気がする。勉強なんて個人競技だと思っていたが、E組で勉強をしていると案外団体競技なのかもしれないと思えてくるから不思議だ。結局のところ、ターゲットが違うだけで勉強も暗殺も大差がないのかもしれない。

 そして放課後になれば理事長の教育を殺すための勉強だ。足りない資料は律にネットで集めてもらい、時間を見つけて目を通していった。

 

「八幡さん、そろそろ小町さんの勉強を教える時間では?」

 

「ん? ……もうこんな時間か」

 

 律に言われてディスプレイの右下に表示されたデジタル時計を確認すると、確かにそろそろ小町に勉強を教える時間だ。ついさっきまでまだ一時間あると思っていたのに、時間の進みが早すぎて苦笑してしまう。隣の部屋で頭を悩ませているであろう妹のために、ずっと同じ姿勢を維持していた腰を上げて――

 

「あ、そうだ律。ちょっと調べてほしいことがあるんだけど」

 

「はい? 椚ヶ丘学習塾について以外で、ですか?」

 

 コテンと首を傾げた律は、調べてほしい内容を伝えるとハッと目を見開いた。

 最近になって手に入った新しい情報も多い。その中で新しい疑問も生まれてきた。だからこそ、この情報収集には十分な意味があるはずだ。

 律によろしく頼む、と伝えて部屋を後にする。廊下を出てすぐ隣の扉の前に立ち、ドアノブに手を伸ばしかけて――手の甲でコンコンと扉をノックした。俺の部屋には無遠慮に入ってくるくせに、自分の部屋に入るときはノックをちゃんとしろとは我が妹ながらなかなか太い神経をしていると思う。

 ノックをして数瞬待つと、「はーい」と声が聞こえてきたので今度こそドアノブに手を伸ばす。クイッと捻って中に入ると、勉強会用に引っ張り出した丸テーブルに教科書が広げられていた。ノートを見る限り、一人の間も少しは勉強をしていたらしい。

 

「じゃ、始めるか」

 

「はーい。よろしくお願いします、お兄ちゃんせんせー」

 

 やばい、超うざい。マイシスターをこんなウザキャラにしたのはどこのどいつだ。「せんせー」のところが完全にトレースだったから犯人は倉橋だな。おのれ倉橋……。

 

 

 

 勉強を教えると言っても、さすがにE組でやっているような似非授業をやるわけではない。基本的に小町が教科書や問題集の問題を解いて、分からないところを随時俺に聞く方式だ。質問がない間は俺も自分の勉強をしているので、実質普通の勉強会と言っても差し支えない。

 いかにエスカレーター方式で普通の中学校よりも進みが早いと言っても、さすがに十二月ともなると高校とのペースはまるで違ってくる。その部分は、殺せんせーの個人授業と自主学習で補わなければならない。今は今回のテスト範囲の中でも新しいところを重点的に復習しているところだ。

 

「…………」

 

 ふと視線を感じて顔を上げると、妹が教科書を持ったままポケーとアホっぽい顔で俺の顔をまじまじ見つめていた。首を傾げてみると、鏡越しの光景のように同じ方向にコテッと頭を転がしてくる。かわいい。

 

「……何、どうした?」

 

「いや、お兄ちゃん真面目だなーって思ってさ」

 

「おう、久々にお兄ちゃんのデコピン食らいたいならそう言えよ」

 

 この一年で指の力も強くなったし、たぶん今ならめちゃくちゃ強いデコピン打てる。豆投げつけるのと実弾ぶっぱなすくらい火力差ありそう。やだ、小町のきれいなおでこに風穴空いちゃう!

 シャーペンをテーブルに置いて右手をワキワキさせると、小町は顔を強張らせながらバッと両手で額を押さえた。実際にデコピンをするつもりはないんだけどね。お前案外反応速度早いな。

 

「いやー……真面目なのは元からなんだけどさ。去年受験勉強してたお兄ちゃんって、なんかつまらなそうに勉強してたけど、今はちょっと楽しそうって言うか、前向きな感じだよなーって思ってね」

 

「前向き、ね」

 

 確かに受験勉強は至極つまらなかった。元々学力の高いところに行きたいというよりも、中学の連中が誰も行かないところに行きたいと思って勉強していたのだから、当然と言えば当然だろう。

 それに、今はあの時とは環境がまるで違う。

 

「先生もクラスメイトも、他にもいろんな人に会ったからな。中学の頃に比べると恵まれすぎた環境だ」

 

 いや、結局のところは、中学の頃の環境だって本来ならそこまで悪いものではなかったのかもしれない。俺の踏み込み方が悪かっただけで、少し違えばあるいは今みたいな生活もできたのかもしれない。ただ、それにしては今までの環境は失敗が許されなくて、結局俺はそれが怖くて成長の機会を全てスルーするようになったのだ。

 そういう点でも、やっぱり今の環境は恵まれすぎている。失敗しても離れてしまうどころか皆寄り添って考えてくれるし、次はどうすればいいかを一緒になって考えられる。そんな今が楽しくないわけがないし、こんな楽しさを知ってしまったら、きっともうプロぼっちになんて戻れないんだろうな――

 

「あれ……?」

 

 失敗してはいけない。それは浅野が言っていた言葉に似ている。

 それに、体育祭の後に浅野が理事長に言われたという言葉。

 

『負けたというのに君はどうして、死ぬ“寸前まで”悔しがっていないのかな?』

 

 浅野が敗北や失敗を恐れる理由は理事長の教育故だ。そしてその話をされた時に聞かされたという理事長が空手の黒帯を三日で倒した時の話。次負ければ自分の人格を保てずに発狂死してしまうとまで考えて自分を追い詰め、空手師範を倒したという理事長自身も、敗北への強い恐怖を抱いていた。

 失敗から学ぶことは大きい。現に失敗や敗北によってE組に落とされたあいつらは、そこから得た力で立ち向かおうとしている。しかし、取り返しのつかない失敗をしてしまえば学ぶ前に人生が終わってしまうのも事実だ。その可能性を恐れて失敗を一切させないという方針も理解はできる。

 ――いや待て、ちょっと待て。一度頭の中の思考部分をリセットして再度思考を巡らせる。

 確かに最悪の失敗をさせないために一切失敗をさせない方針自体は分かる。けれど、そんなことは不可能だ。あの化け物みたいな理事長はならともかく、普通の人間が失敗しないなんて無理な話だし、聡明な理事長なら理解しているはず。その人がその夢想を求めて狂気に囚われてしまうほどの失敗って……。

 

「……まさか」

 

 音を紡がずに舌の上で転がした言葉は、もう一度身体の中に飲み込まれて、腹にストンと落ちてきた。

 

「お兄ちゃん、どったの?」

 

「っ……いや、なんでもない」

 

 小町の声に頭を切り替えて意識を現実世界とリンクさせる。キョトンとした表情で俺の顔を覗き込んでいた小町は、ハアと息を吐くと教科書を閉じた状態でテーブルに置いて、カーペットに後ろ手をついて後ろのめりに姿勢を崩した。

 

「まったく律さんに手伝ってもらってるからって、勉強以外も頑張ってるから疲れてるんじゃない?」

 

「いや、夜更かしはしていないしだいじょう……!?」

 

 ぶ、と続けようとして、驚きのあまり喉がググッと妙な音を立てる。空気が逆流して、あやうくむせるところだった。

 

「なあ、小町。俺が勉強以外に何かやってるって、なんで知ってるんだ?」

 

「ぁ……」

 

 「あ、やべえ」って顔をして視線を逸らしてももはや遅い。理事長について調べているときに部屋に入ってきたことはないのにいつ気づいたのかと記憶を掘り返してみたら、そういえば最近になって俺の部屋に入るときにノックをするようになったな。なるほど、あの時か。

 俺の目を見て観念したのか、小町は中途半端に倒していた身体を完全にカーペットに倒す。実の妹の思考は大体分かるから、どうやら俺の予想が正解ということも目を見て理解できた。

 

「……お兄ちゃんがなんか勉強とは別のことやってるのに気づいたのは、お兄ちゃんの予想通り小町がノックを始めたときだよ。いつも通り部屋に入ろうとしたら自殺だなんだって言ってたし、パソコンには明らかに勉強とは関係なさそうなリストみたいなのが映ってたもん」

 

「なるほど」

 

 まあ、具体的なことは分かっていないようだ。その点はほっとし――

 

「それに……律さんってエーアイってやつでしょ?」

 

「ゴフッ!?」

 

 今度こそむせ込んでしまった。何度もゲフッ、ゲフッと変な音を出しながら「なんで」という視線を小町に向けると、妹はもう一度大きくため息を吐きながら身体を起こして、両手で頬杖をつきながら横目で俺の視線に合わせてきた。

 

「律さんって小町がコンタクト取る筆頭だし、それなのに直接会ったことはないし。この間お兄ちゃんのパソコンに律さんがいて、勝手にブラウザとかが起動するのも見ちゃったからね」

 

「……そういうことね」

 

「それだけじゃないよ? お兄ちゃん律さんのこと『病弱だから』って言ってたけど、そのときのお兄ちゃん、嘘ついてる目だった」

 

 お兄ちゃんが小町のこと分かるみたいに、小町だってお兄ちゃんのこと分かるんだから。とそっぽを向く妹は、どうやら拗ねているらしい。俺の一番の理解者は、俺の仲間を紹介されなかったことがだいぶ不服だったようだ。

 

「……悪いな」

 

「別にいいよ。お兄ちゃんが隠すってことは、何か事情があるんだろうし」

 

 口では許しつつ、その声色はやはり納得がいかないようで幾分の“いじけ”が入っていた。実際、自律思考固定砲台という存在も世界的な機密事項に入る。律の存在から殺せんせーにつながる可能性を考えると、安易に紹介できる人間ではなかった。

 それでも、嘘だと分かっていてずっと何も言わなかった妹には非常に心苦しい気持ちがあるわけで。

 

「嘘を吐いたのは俺だし、今度なんか埋め合わせしないとな」

 

 頭をクシャッと撫でると、小町は気持ちよさそうに目を細めて、けれどキュッと一度瞼を閉じ切ると、縦に振ろうとした首をゆっくり横に振った。

 

「そんなことしなくてもいいって。ただそれなら、絶対無理しないでよ? また倒れたとかなったら、次は小町も怒るからね」

 

「おう、律の監視もあるし、それくらいなら任せとけよ」

 

 あいつらを心配させるわけにもいかない上に妹にもここまで言われたら、終わった後に倒れることなんてできないな。全力で、けれど無茶をしないようにという気持ちを乗せて、さっきよりも少し強めに妹の頭を撫でた。

 

「あ、あと改めて律さんも紹介してよ?」

 

「……それは、また今度な」

 

 正確には暗殺が終わってからかな。というか、暗殺教室のことがばれたら小町に怒られるのではないだろうか。ひょっとして律のことを紹介できないのでは……?

 それ以前に、小町に律のことを口外させないように口止めしておかないと。一応烏間さんにも報告しておくべきかしら。まさか小町の記憶消去とかしないよね?

 

 

     ***

 

 

 烏間さんに報告したら、盛大にため息を吐かれながら「絶対に他言しないように言い聞かせなさい」とだけ言われた。どうやら小町の記憶改ざんは免れたらしい。すみません、烏間さん。厄介の種増やしちゃって。

 そんなこんなで律と一緒に烏間さんに平謝りしたりした平日を終えた週末。俺は久しぶりに千葉を離れて東京の方に来ていた。

 

「わー、千葉も十分都会だと思っていましたが、やはり東京は首都なだけのことはありますねー」

 

 コートのポケットからスマホのカメラだけを出して風景を眺める律が聞き捨てならないことを言っていたが、残念ながらこれだけ人が多いと安易に声を出すこともできない。ここで律にツッコミでも入れようものなら、独り言をしゃべる変人だと思われてしまう。おのれ律め、東京だって西の方は田舎っぽいんだからな!

 在来線を神田で降りて、律が表示した地図に目を落とす。目的地は少し歩いた先にある高層マンションだ。

 

「一応会社の方を調べてみましたが、今日は間違いなくお休みのようです。マンションの監視カメラを見ても、お出かけしている様子もありません」

 

 お前もびっくりするくらいナチュラルにハッキングするよね。ありがたいし、正直もう慣れたまであるんだけど、そこまであっさりとやられちゃうと日本のセキュリティがガチで心配になるんですよ。

 休日ということでそこそこ込んでいる神田の街をスルスルと抜けていく。こういう時訓練で得たスキルは役に立つ。中学の時なんかも人の隙間を縫ってデビルバットゴーストごっことか一人でしていたが、しっかりと技術を習得した今ではごっこではなくマジでできそうで怖い。いや、やんないけどさ。

 ほどなくして目的地である高層マンションが見えてくる。ここ家賃どれくらいなんだろう。ここに一人で住めるというだけでも、あの人の教育の成果が見て取れた。

 

「ここの902号室がターゲットのお部屋です」

 

「この場合はターゲットというよりも聞き込み対象な」

 

 いやまあ、大体合ってはいるんだが。

 入口の扉を開けると、セキュリティロックのかかった自動ドアが目に入る。その隣には呼び出し用のインターホン。

 さあて、大丈夫かな。結構込み入った話まで聞きたいところなんだが、俺でちゃんと聞き出せるかな。やばい、いざここまでくるとめちゃくちゃ不安になってきた。帰りたい。

 ただまあ、ここまで来て本当に帰るわけにもいかないわけで、十二個のボタンから「9」「0」「2」を押して、一瞬瞑目すると「呼出」と記されたボタンを押した。どこかのコンビニのオマージュのような軽いサウンドがインターホンから聞こえてくる。

 

『……はい』

 

 サウンドが四回ほどなったあたりでブツッという音と共に女性の声が聞こえてくる。インターホンに表示された部屋番号をもう一度確認して、すっと軽く息を吸い込んだ。

 

「突然すみません。森さんのお宅で間違いないでしょうか」

 

『はい、そうですけれど』

 

 ここまで来たら下手な小細工をしても意味がない。接触できても聞きたい内容が聞けなかったら意味がないのだ。

 だから、一番聞きたい内容をそのまま言おう。

 

「比企谷八幡と言います。あなたが通われていた椚ヶ丘学習塾、そして浅野學峯さんについてお話が聞きたいのですが」

 

『――――――――』

 

 インターホン越しからの声は、すぐには返ってこなかった。

 




今日はここまでです。期末試験編と言いつつ期末試験あんまり関係ない気がしてきた。いやあれですよ。八幡は門スターと戦わないからこういうところで魅せて行かないとみたいなところあるんですよ。
どの道、あのテストしてるのか決闘してるのかよくわかんないシーンを文章にするのは難しそうなんで、こっちの方が楽なんですけどね。

東京はぶっちゃけコミケの時くらいしか行った記憶がないうえに、大体上野御徒町秋葉原くらいですべてが完結してしまっているので路線とか全然覚えていません。国際展示場までなら任せて! って感じなんですが、あの入り組んだ路線覚えられる気がしないんですよねw
なのでまっこと申し訳ないんですが、そこらへん色々端折っちゃいました。コミケ以外で東京に行って、大体の地理感とか空気感を自分の中に取り込みたいところ。あと千葉。

それでは今日はこの辺で。
ではでは。

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