二度目の中学校は”暗殺教室”   作:暁英琉

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教えるということは――

「さあ、それではこの一年の「学」の集大成。決戦の期末試験に向けて本腰を入れていきましょうか」

 

 浅野からの依頼がある前から、この期末試験でのE組の目標は総合上位五十位以内と決まっていた。超生物が担任となって約九ヶ月の間で成長した頭脳と精神力で堂々と全員が本校舎復帰条件である五十位以内に入り、堂々と全員が復帰資格を獲得した上で、堂々とE組として卒業する。だから依頼があったからと言って、やること自体は何も変わらない。

 しかし、それでもあの依頼は発破をかける効果があったようで、皆のやる気は今までの比ではなかった。

 

「殺せんせー、この問題なんだけど……」

 

「こっちの解き方はこういう感じでいいんだよね?」

 

 分身してマンツーマンどころか一人に二人以上の分身を付けた担任に教室中から次々と質問が飛んでくる。ハイレベルな授業を受け続けた頭脳は最小限のアドバイスで不明箇所を理解し、次の問題へと思考を切り替えていっていた。そして、そのハイスピードの追い込みは殺せんせーにとってもだいぶ体力を使うもののようで、分身の形も大きく乱れ――

 

「…………」

 

「ど、どうしましたか、比企谷君?」

 

「いや、殺せんせー余裕ありそうだなと思いまして。……暗殺しながら勉強します?」

 

「にゅやっ!?」

 

 なんで大きく乱れた結果、顔の形が人類の進化みたいな変化してるんですかね? 現代人の形とか胸とへその位置に目とタコ型に尖らせた口を合わせているのがさらに煽り性能を高くしている。その顔ちょん切られたいなら言っていいんですよ? すぐに対先生ナイフ取り出しますから。

 

「よ、余裕なんてありませんし、遊んでいるつもりもありません! ただ、先生ギャグキャラなのでこうやってたまにギャグを挟まないと死んでしまうんです、キャラが」

 

「ネット芸人かなんかですか?」

 

 黙ると死ぬ男とかネタを挟まないと死ぬ男みたいな感じ。いっそどっかのユーがチューブするサイトとか常にニコニコしているサイトで実況者にでもなれば人気が出るかもしれん。ダメか。国家機密がそんなことしちゃダメか。

 

「ま、別に余裕ぶっこいてるわけじゃないのは分かってますよ。あ、ここの解き方なんですが……」

 

「はいはい、これはここの数字に着目するといいですよ」

 

 止まってしまっていた筆が、たった一ヶ所アドバイスをもらっただけで再発進を始めて、ノンストップで答えまで行きつく。苦手と自覚している数学がこんなにスラスラ解けるようになるとは俺自身この教室に入るまで思ってもみなかった。仮に今総武高校に戻っても、授業には十分ついていけるだろう。

 まあ、暗殺が終わるまでは俺だってこの教室を抜ける気はないのだが。

 

「そういえば、比企谷君は今回の目標はどうするつもりですか?」

 

「目標、ねえ……」

 

 そういえばここに来てから受けたテストは、なんだかんだ目標なんて考えていなかった。一学期期末はそもそも自分への自信が皆無だったし、二学期中間はテストなど二の次だった。となると、今回総武高校のテストで初めて目標をつけて勉強することになるわけだ。

 この高いレベルの教室で勉強しているのだから、目標は学年一位と言いたいところなのだが、お節介なAI娘が持ってきた情報によれば、過去三回の定期試験では一位二位は不動になっているようだ。しかも一位は毎回ほぼ満点を取っているとか。どこにでもいるもんなんだな、浅野みたいな奴。

 そこに確実に切り込める自信は未だにないわけで。ただ、この担任教師に今までの成果を見せたいのも事実なわけで。

 

「ま、過去最高の順位が目標ってことで」

 

 濁した言の葉の中に、密かに刃を忍び込ませた。

 

 

     ***

 

 

 授業が終わり、最低限の訓練をこなすとそそくさと帰宅して自室にこもる。ここから先、勉強は一時中断だ。パソコンを開いて、浅野から渡された資料が格納されたスマホのアプリも起動させる。同時にパソコン内のソフトが自動で開き、PDFファイルが表示された。椚ヶ丘学習塾の過去塾生名簿とその進学先、就職先の情報が一覧になって列挙されている。基本的に小学生を中心に教える塾だったようで、大体今は社会人二、三年目や大学院に通っているようだ。

 

「私はこういうことにあまり詳しくありませんが、三年程度経営をしていた個人塾で二百人も塾生がいるものなのでしょうか。おかげで結構時間を費やしてしまいました」

 

 超高性能とはいってもさすがの律にも限界というものはある。膨大なデータを取捨選択しながら収集するのは防衛省のデータベースにハッキングをかけるよりも難しいらしい。いいのかな、防衛省それでいいのかな。

 というか、経営最後の年に至っては一人で百二十人受け持ってるじゃねえか。あの人マジで化け物かよ。

 

「すまんな、お前も替え玉役に勉強教えなきゃいけないのに」

 

 さすがにAIを定期考査に出すわけにはいかないということで、定期考査の時だけ情報本部長の娘、尾長仁瀬が替え玉としてテストを受けていると烏間さんから聞いていた。ただ普通の公立中学に通っている生徒のようで、椚ヶ丘のレベルに合わせるために律が家庭教師をしているようだ。

 

「いえ、仁瀬さんも私を通してずっと殺せんせーの授業を受けていましたし、そこまで稼働メモリを割く必要はないので大丈夫です」

 

 人の心配するなら厄介事ばっかり引き受けないでください、と続けた律は……少し怒っているのだろうか。二学期を通して特に感情表現が豊かになった律を微笑ましく思う反面、なんで怒られるんだろうとちょっと悲しくなった。いや、心配してくれてるんだよね、分かってる。

 

「それにしても、恐ろしい経歴だな……」

 

 中学、高校共にほとんどの塾生が有名私立や進学校に進学し、大学卒業後は有名企業や最近業績を伸ばしている企業へ就職している。まるで椚ヶ丘学園卒業生の経歴を見ているような気分だ。

 創立十年の新しい学校である椚ヶ丘学園は、創設当初から現在の授業形態が確立している。普通に考えれば、塾からさらに事業を拡げて学校経営に乗り出した、と考えるべきかもしれないが、どうも理事長の変化、というよりもE組に対するブレが気になる。その答えがこの塾にあるかと思ったのだが……。

 

「ん?」

 

 データをスクロールした一番下。さすがの理事長も最初から多くの生徒を受け持っていたわけではないらしく、第一期生と括られた名前は三人だけだった。一人は有名企業に、一人は大学院に、そしてもう一人は……。

 

「なあ、律。この『池田陸翔』って生徒、なんで高校で学歴が止まっているんだ?」

 

 その生徒の学歴は高校までで止まっている。当然ながら大学に行かずに就職する生徒もいるだろう。現にパラッと目を通しただけでも高校卒業後技術職などに就職している塾生も目に入る。しかし、律をしても就職先が分からないのはなぜ――

 

「……その方は、既に亡くなっているそうです」

 

「え……?」

 

 俺の質問に瞳の奥を悲しそうに揺らしながら答えた律に、思わず乾いた音が漏れる。高校在学中に死んだ? 事故か何か?

 いや、分かっている。それよりももっと確率の高い死因が頭の中をチラついているのだ。それを無視しようと振り払おうとするが、律の表情を見て、もう逃れられなくなる。

 

「……自殺、か」

 

「……はい」

 

 インターネットブラウザが起動して、一つの新聞記事が表示された。十二年前のその記事のほんの小さな領域。そこには『○○高一年生、いじめにより自殺か』と記されていた。

 十二年前、椚ヶ丘学園ができる二年前だ。そして、椚ヶ丘学習塾がその門戸を閉めた年。これは偶然か?

 

「とにかく、もっと調べる必要がありそうだな」

 

 データだけでは足りない。やはり元塾生の人たちに直接聞いてみた方がいいか。しかし、学園の生徒でもない俺がそんなことまで聞いていいのだろうか。依頼のためとは言え、踏み込みすぎることにはならないだろうか。

 

「大丈夫ですよ、八幡さん」

 

「律?」

 

 行動に移すべきか悩んでいた俺に、パソコン越しのAI娘は優しい声色で微笑んできた。

 

「八幡さんが理事長さんや浅野さん、E組の皆さんのことを心配していることはきっとお話しされる人たちにも伝わります。だから大丈夫です。この九ヶ月、ずっと隣で見てきた私が保証します」

 

 どうやら心配させてしまったらしい。感情を手に入れたこいつも大概お人好しになったもんだと少し笑いを漏らす。とりあえず、求める情報が眠っているのは人の中のようだ。平日はさすがに厳しいから、接触を試みるのは週末あたりになるだろう。

 

「とりあえず、それまでは少しずつ情報を精査しながら勉強か」

 

「数学ならお教えできますよ?」

 

「よし、今日は英語をすることにしよう」

 

「今数学の問題集手に持ってたのに!?」

 

 抗議してくる律をなだめていると部屋の扉がコンコンとノックされる。次いで聞こえてきたのは小町の夕飯を知らせる声だった。時計を見ると確かにちょうどいい時間だし、飯だと聞いた瞬間に腹の減りを自覚してしまった。腹が減っては戦はできぬと言うし、先に飯を食うことにしよう。

 リビングに降りると、ちょうど小町が二人分の料理を配膳しているところだった。親父もお袋も今日も残業か。働くのはいいが、社畜にだけは絶対なりたくない。

 

「そういや、小町がわざわざノックなんて珍しいな」

 

 席についてふと思い至った。この妹は実の兄とはいえ異性の部屋に入るときに全く遠慮がない。躊躇なく扉を開けて侵入してくるのだ。そしてそのせいで俺の着替え中なんかに出くわして、俺が怒られる。やばい、考えてみたらめちゃくちゃ理不尽。しかも全く学習しないで「見る」「怒る」を繰り返すあたり、だいぶ前からおつむが弱いのを露呈させていたんだなぁ。

 

「ふぇっ!? ほ、ほらあれだよ。お兄ちゃん試験に向けて勉強頑張ってるみたいだし、やっぱそういう時に無遠慮に入るのはどうなのかなって小町も思ったわけですよ」

 

「なぜ敬語」

 

 何気ない質問だったのだが、なぜか嫌に狼狽した小町に首を捻りつつ、手を合わせて食前の挨拶を済ませてから純和風然とした夕食に箸を伸ばす。そして、妹が作った料理に舌鼓を打ったことで大事なことを思い出した。

 

「試験と言えば、小町の試験勉強も手伝ってやらんとな」

 

「ゲッ……」

 

 その低音濁音ボイスは女の子が出すべき声ではないと思うんだけど。色々あってすっかり忘れていたが、マイマザーから仰せつかった比企谷小町改造計画を確認しただけだというのに、そんな反応をされると八幡泣きそうになるぞ。

 

「や、でもほら。小町のせいでお兄ちゃんのが勉強を疎かにしちゃうのもどうかなって思うんだよね。あ、今の小町的にポイント――」

 

「大丈夫大丈夫。むしろ教えることでお兄ちゃんの理解力も上がるから」

 

「あっ、はい……」

 

 なんか小町の目が死んでるんですが、やばい全然かわいくないし元がアホだからDHA豊富そうにも見えない。

 しかし、実際に教えるという行為は勉強において大きな意味を持つのだ。特に十分に理解していると思っている分野では。

 

 

     ***

 

 

 期末に向けた学校での勉強では、今までの試験勉強と毛色の違う時間が存在する。

 

「じゃあ、よろしくお願いします! はっちゃんせんせー!」

 

「やべえ、馬鹿にしてるようにしか聞こえない」

 

 そもそもテスト範囲は通常の授業で網羅しているし、授業以外でも皆積極的に質問している。そこで授業の半分を「生徒が生徒に教える時間」にあてることになった。教えるということは相手以上に自分がその分野について理解している必要がある。自分では理解していたつもりでも相手に教えるとなると存外難しく、どこが分かっていなかったのか、どこをより重点的に理解するべきなのかが分かる。やってみると、授業とは教師と生徒、相互の勉強の時間なのだと思えた。

 で、今は俺が国語を担当する時間なのだが、実は国語教師が一番難しいのではないかと思えてきていた。数学のように常に明確な答えが存在するわけではなく、読解問題なんて大筋は似ていても回答内容は人それぞれで、どこが減点対象になるかの判断も難しい。むしろ教えながらなぜ俺は国語が得意なのか疑問に思えてきていた。

 

「けど比企谷君の授業、分かりやすいよ?」

 

「ああ、一緒に勉強してた時も思ったけど、コツを押さえてる感じだよな」

 

 矢田や千葉がフォローを入れてくれるが、俺としてはいまいち納得できないし、殺せんせーや烏間さんのように堂々と教えることはできそうにない。

 そう考えていたが、そういえば鷹岡に渚をぶつけた時の烏間さんは悩んでいたよなと思い直す。ビッチ先生もずっと悩んでいたようだし、けれどそれをあまり表に出さなかった。それに、殺せんせーだって必死に隠そうとしているが時折悩んでいるように見える。

 案外、教師ってやつは悩んで悩んで、それでも生徒に悟られまいと堂々とふるまおうとしている生き物なのかもしれない。

 

「は……あんたのくせに答えがめちゃくちゃ綺麗なのはちょっと気持ち悪いけどね」

 

「速水……ひどくない?」

 

 まあ詰まる所、俺は教師というものに向いてはいなさそうだ。ただ、今は教える立場。ならば俺なりに、必死に堂々としてみよう。




祝! 50話到達! ☆-ヽ(*´∀`)八(´∀`*)ノイエーイ

過去こんなに一つのシリーズで続けたことがなかったので、改めて50話も書いたことに自分で驚いています。クロスオーバーだということを除いてもすごい(自画自賛

昨日もあとがきで書いたのですが、期末試験編はなかなかの難産になりそうです。今までも新しい要素を追加したり、展開を変更したり試行錯誤はしていましたが、今回は今までの非じゃないです。やばい。
そして難産しているせいもあって、せっかくのGWなのに感想の返信もろくにできていません。ちゃんと目は通しているので、また落ち着いたら返信しようと思います。

それでは今日はこの辺で。
ではでは。

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