二度目の中学校は”暗殺教室”   作:暁英琉

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本当にそいつは死神と呼ばれる存在なのか

 電車に乗り込んで椚ヶ丘市まで向かい、最短距離で山の上のE組校舎に向かった俺を待っていたのは、やはり超体育着に着替えて各々準備を進めていたE組メンバーだった。まあ、ゲスなサポートをするくらいだからな。イリーナ先生を見捨てるなんて選択肢は誰にもないか。

 ここに来るまで常時ステルスを使った状態で周囲を警戒していたが、特に監視されているような感覚はなかった。相手の技量は未知数だが、俺もステルス強化のために観察スキルはかなり上げてきたし、たぶんその点は大丈夫なはず。

 

「比企谷さん、体調崩してるのにすみません」

 

「もう治りかけだから気にすんな。……それで状況は?」

 

 頭を下げようとする片岡を制して教室内を確認する。教卓近くの床には散乱した花束と、破壊された小さな機械。どうやらイリーナ先生がいなくなった日に花屋に扮した死神から買った花束に、盗聴器が仕掛けられていたらしい。ブラジルにまでサッカーを見に行く殺せんせーと防衛省の仕事で烏間さんがここを離れるタイミングを見計らっていた、ということか。

 

「……ていうか、こんな時にサッカー観戦なんてしてんじゃねえよ」

 

 元はと言えば生徒たちのゲス行為に便乗した責任の一端があるというのに、あの担任教師がいればまた状況は変わっていただろうにな。いや、その場合は死神が決行を遅らせるだけか。

 

「十八時までにクラス全員でここまで来いってさ」

 

 木村から見せられた地図には椚ヶ丘市の端、吉田の家が経営しているバイク屋の近くにバツ印が記されていた。先生たちは当然ながら、外部の人間に知られた時点でイリーナ先生の命はない。死神の目的は奪還のためにやってきた俺たちをさらに捕まえて、百億の賞金首をおびき寄せる“花束”にするためだろうが、本人が言ったように俺たちが従わなければ、躊躇なく彼女を殺すだろう。そして次は生徒の誰かを“花”にしようと近づいてくる。

 

「……倉橋、花を持ってきてから盗聴器を破壊するまでの間……俺の名前を言ったりしたか?」

 

「え? うーん……たぶん、言ってないよ。さっきLINEで通話したのも前原君が壊した後だったし」

 

「ふむ……」

 

 そうすると、あの時チャットだけで済ませた倉橋の対応はファインプレイだったかもしれない。しかし、やはり独断では決められないし、実行に移すには決定打に欠ける。相手は最高の殺し屋と恐れられる存在だ。

 

「比企谷君、ちょっと気になることがあってさ」

 

「あ、俺もちょっと考えがあるんだよねー」

 

 素直に死神に従うべきかと思案していた俺に、声をかけてきたのは不破と赤羽だった。その目は暗に「一人で考え込むな」と訴えかけてきている。自分の中に閉じこもっていた今は、その目がなによりもありがたかった。どうも多少の意識改革が起こっても、つい自分の考えをアウトプットすることを忘れてしまうようだ。

 

「ああ、俺もプランを考えていたところだ」

 

 そうだな。ここはE組全員で考えを出し合わなくては。

 

 

     ***

 

 

 指定された場所にあったのはシンプルな構造の建物。道路に面している方向以外は木々で目隠しになっている建造物の一キロほど先から、俺たちは全員で様子をうかがっていた。上空ではかすかなプロペラ音を響かせながら、偵察ヘリとして堀部の糸成三号が建物の周囲を偵察している。

 

「あの規模の建物だと、中に手下がいても少人数でしょうね」

 

「相手は暗殺者だからな。白兵戦慣れしている軍人じゃないから、その点でも大人数で待ち構えている可能性は低そうだ」

 

 双眼鏡越しに呟いた速水に千葉も同意する。そもそも暗殺者というものは正面戦闘をする職業ではない。不意を突いて必殺の一撃を与える殺し屋において、同時行動する人間が多いということは自分の行動を制限することに繫がると言っていい。数で待ち構えているということはないだろう。

 

「空中から見てみたが、周囲や屋上に人影はない」

 

「イトナさんのヘリカメラからサーチしてみましたが、監視カメラの類は四方向に計四つ。いずれも建物から百メートル程度の場所までしか視認できないようです」

 

 糸成三号を回収した堀部と律の報告を聞いて、磯貝が頷く。ガストロのように気配で接近は気づかれているかもしれないが、相手は建物の中で、こちらとの距離は一キロ以上。正確な人数なんかは把握できていないだろう。

 

「つまり、まだ最初の作戦が可能ってことだねー」

 

「そうだな」

 

 近くの木に寄りかかりながら本物のナイフで手遊びをする赤羽にさらに頷いた磯貝は、声を抑えながら「よし、皆」と集まったE組全員を見まわした。

 

「いいか、この超体育着や、皆が対殺せんせー用に開発した武器。いくら相手が世界一の殺し屋だとしても、俺たちの情報を完璧に把握はできていない」

 

 その強みを活かして、隙を見て先生を救出して逃げ出す。危険だが、潜入する以上それは承知の上だ。

 ハンドサインで潜入を促した磯貝に続いて、皆が建物に近づく。目指すのは指定にあった来客用入口。侵入するには、必ず監視カメラの範囲を通らなくてはならない。

 そして俺は皆の最後尾に――ついていかずにそのまま立ち止まっていた。最後尾にいた神崎が振り返るのを見て、心配ないと首を横に振る。

 俺を含めて何人かが考えていた可能性。それは死神が比企谷八幡という存在を知らない可能性だった。書類上、俺は間違いなく総武高校に通う高校生であり、椚ヶ丘学園のデータベースに俺の情報は載っていない。電子上の情報から俺とE組の関係を割り出すのは難しいはずだ。誰かのスマホがハッキングにあっている可能性もなくはないが、俺たちの連絡網はかなり前からその一切をLINEで行っている。このLINEがまた特別仕様で、防衛省の秘匿回線をベースに統合情報部に所属した経験のある烏間さんと律が構築した強固なロックがかけられているものだ。律が言うには仮にハッキングされてもダミーのチャットや通話記録が表示されるようになっていて、本当の記録まで行きつくことは自分がハッカー側でも難しいとのことだった。

 それに、「E組が命令に従わなかった場合、イリーナ先生を“二十八等分”にして平等に届ける」という死神の言葉。俺はここが引っかかってこの可能性に思い至った。二十八名という生徒数は椚ヶ丘中学校三年E組に“正規”で登録されている生徒数だ。つまり、死神の中で俺が頭数に入っていない可能性があるということ。

 しかし、これだけではまだ確定できない。例えば、死神が俺が風邪を引いて寝込んでいることを知っていたから俺を外した可能性もあるし、あくまで機械である律を生徒として見ていない可能性もある。イリーナ先生のバラバラ死体を俺たちに送るというのは生徒側に精神的ダメージを与えるための行為だろうし、そう考えると一般的に“人間ではない”律に送る意味は薄い。まあ、今の律なら精神的ダメージすら負ってしまうかもしれないが。

 だから一歩踏み出せなかったのだが、不破の言葉が後押しになった。

 

『花束に盗聴器を仕込む必要があったってことは、逆に考えるとそうしないと今のE組の状況を把握できなかったってことだと思うんだよね』

 

『前に烏間先生が言ってたけどさ、盗聴器とか監視カメラは取り付けても速攻で殺せんせーが外しちゃってたらしいよ』

 

 花束の盗聴器が回収されなかったのは強い花の香りにかき消されてしまったからだろう。もしくは、イリーナ先生がいなくなったという事態に殺せんせーが動揺していたからか。

 

『いずれにしても、いままでのE組の状況はほとんど把握できていない可能性があるよね。比企谷君のことなんかは特にさ』

 

 続けて補足した赤羽の言葉が決め手になり、今回の作戦が設定した。

 つまり……。

 

「俺は潜入ミッションに参加せず、烏間さんや殺せんせーに報告する」

 

 秘匿回線加工のLINEを用いれば、死神に気付かれずに二人に連絡を入れることは可能だろう。しかし、潜入する前に連絡を入れて、何かしらの手段で相手に気づかれたら、イリーナ先生の命を危険に晒すことになってしまう。だから全員が潜入したのを確認してから俺が行うというのが作戦A。

 ただし、俺の存在に気づいていないというのはあくまで可能性の一つに過ぎない。だから最初から別行動ではなく、ここまでついてきたのだ。潜入した際に死神が俺の存在を知っていたことが分かれば、遅れて中に入ればいい。風邪を引いているという紛れもない事実があるから、それを命令違反と取る可能性は低いだろう。そうやって俺も中に入ってイリーナ先生奪還に参加するのが作戦Bだ。

 だから今は息を殺してじっと待つ。ステルスでひたすら存在を消し、状況の変化にいつでも対応できるよう皆が入っていく入口に意識を集中させていた。

 そして、最後の神崎が入った数秒後――

 

『全員来たね。じゃあ閉めるよ』

 

 スピーカー越しと思われる男の声が聞こえたと同時に扉が勝手に閉まった。それを確認して静かにその場を離れる。

 やはり死神は比企谷八幡という存在を把握していなかった。なら俺の仕事は当初の予定通り救援要請を出すことだ。

 

「律、中の様子は?」

 

「それが、あの建物内部はジャミングされているようで、スマホの回線は入ってすぐ圏外になってしまいました」

 

 チッ、外部との連絡遮断は当然か。ひょっとしたら、ただの掘建て小屋に見えて色々トラップなんかもあるかもしれないな。こちらも急いだほうがよさそうだ。

 

「律、フリーランニングで校舎まで向かう。最短距離でナビゲートしてくれ」

 

「分かりました!」

 

 

 

「比企谷君、風邪で休んでいたんじゃ……何があった?」

 

 律の完璧なナビゲートで一切地面に足を着くことなくE組校舎のある山までたどり着き、道も何も関係なく校舎に飛び込んだ俺に、防衛省の仕事が終わって戻ってきていたらしい烏間さんは目を見開き――俺の様子を見てすぐに仕事をする人間の目になった。

 

「イリーナ先生が、死神に攫われました。俺以外の、全員はその救出に……」

 

 息切れのせいで言葉を切りつつの俺の報告に、上官はグッと息を詰まらせ「もう来たのか」と天を仰いだ。

 

「どういうことですか?」

 

「ついさっき、殺し屋屋から連絡があってな。彼を含め何人もの殺し屋が死神に襲われていたらしい」

 

 同業者を潰す。どうやら俺たちの気づかないところですでに色々と動いていたようだ。イリーナ先生がロヴロさんから連絡がないと前にぼやいていたが、それが理由だったのか。

 

「とにかく、あいつらが潜入したことでとりあえずイリーナ先生の安否は大丈夫なはずです。ただ、相手が死神ともなると……」

 

「分かっている。すぐに俺もそこへ向かおう」

 

「私もすぐに行きましょう!」

 

 烏間さんの声に被さるように聞こえてきたこの数ヶ月よく聞いていたヌルヌル声に振り返ると、開けっ放しだった窓からちょうどうちの担任が入ってきた。

 

「殺せんせー、ブラジルまでサッカー見に行ってたんじゃ……」

 

「ヌルフフフ、数学の問題を作っていたら現地の人たちがなぜか怒り出しまして、理由を前原君あたりに聞こうと思ったのに誰も電話に出なかったんですよ。これは何かあると思って、観戦せずに帰ってきました」

 

 理由はよく分からないが、これは僥倖だ。いかにマッハ二十とは言っても地球の裏側からだと相応の時間がかかる。早い段階で二人ともに連絡ができたのはラッキー以外の何物でもないだろう。

 

「烏間先生、ロヴロさんは大丈夫なんですか?」

 

「ああ、一ヶ月ほど昏睡状態にあっていたようだが、とりあえず動けるまでには回復したらしい。他にもお前の暗殺に参加したことのある殺し屋が何人も被害にあっている。今のところ死んでしまったのを確認したのは二人程度だが……」

 

 殺せんせーの質問に答える烏間さんの内容に、はたと俺の動きが止まる。邪魔者を潰して自分に有利な暗殺環境を作る。その点は特に問題はない。しかしちょっと待て、その結果はこの場合おかしくないか?

 

「死神に襲われて、そのほとんどが生きているんですか?」

 

「ああ、ただし当分仕事はできそうにないと殺し屋屋は……」

 

「仕事の可否はこの際どうでもいいですよ。問題は『E組とコンタクトが取れる殺し屋を殺さなかった』って点です!」

 

 病院送りにした直後に今回の作戦を実行するのなら、確かに足止めで十分だ。わざわざ命を刈り取る必要なんてない。しかし、死神は一ヶ月以上前に殺し屋屋を襲ったと言う。襲った手段は分からないが、プロがそんなにノロノロと仕事をするだろうか。時間をかけて慎重に暗殺を実行するなら、俺なら確実に殺している。

 

「確かにそうですねぇ。現にロヴロさんは烏間先生に忠告を入れています。多分自分がやられた状況も、ですよね?」

 

「……そうだ。人差し指を突き出された瞬間、左胸から血があふれ出したと言っていた。把握している限り、彼の子飼いの殺し屋たちもほとんどその手段らしい」

 

 人差し指を突き出されただけで血が……? まるで魔法か特殊能力ででも攻撃されたかのような状況説明に、どんなことをされたのか俺には皆目見当もつかない。しかし、同じくその説明を聞いていた超人的頭脳を持っている生物は、ふむふむと考えると答えを言い当てた。

 

「おそらく指の中に極小の仕込み銃を埋め込んでいるのでしょう。弾は十口径前後、サイズ的に音もほとんどしないそれを筋肉と骨の隙間を狙って打ち込み、心臓近くの大動脈に裂け目を入れる」

 

 あとは自分の血流によって裂け目が広がっていき致命傷に至る。撃った弾は血管を流れていき発見できない。誰がやったか、凶器は何か、判別することもできないということらしい。……それを今判別したこの超生物、相変わらず頭の回転早すぎだろ。

 

「そんなことが可能なのか?」

 

「一般的には不可能ですが、万に通じるほどの暗殺者なら可能かもしれません」

 

 確かに死神と呼ばれるほどの殺し屋なら。何人もの殺し屋を見て、様々な高等技術を見てきた今なら、そんな一見不可能そうな暗殺技術もあるいはと思えた。

 ただ、同時に今までも思考の奥底で渦巻いていた考えが顔をのぞかせる。

 

「……本当にそいつは、“死神”なんでしょうか?」

 

「にゅ? どういうことです?」

 

「だって、世界最高の殺し屋って肩書にしては……やけに雑に感じます」

 

 何十人もいるのではとすら言われたという殺し屋界の最上位、死神。しかし俺の存在を知らなかったり、ロヴロさんが烏間さんに忠告を入れることを考慮していなかったり、その能力の高さ、多様性に対して今回の作戦はあまりにも雑すぎる。だから俺はこうして二人に報告することができたし、殺せんせーも死神の使った技術の正体を判別できた。

 そんな雑な作戦を立てる人間が噂に聞く伝説の殺し屋なのかと言われると、どうしても疑問に感じてしまうのだ。

 

「……まあ、今回の殺し屋の正体が死神でもそうでなくても、高度な能力を持つ人間が相手ということに変わりはありません。烏間先生、気を引き締めて行きましょう」

 

「お前に言われるまでもない。比企谷君、報告ご苦労だった。まだ体調も万全ではないだろうから、休んでいなさい」

 

 そう言って対人戦闘の準備を始める烏間さんに、俺は首を横に振った。作戦上の俺の役目は確かに終わった。しかし、あとは休んでいろと言われて大人しく休むほど、比企谷八幡という人間は素直ではないのだ。

 

「いえ、俺もまだやることがあるので、……あいつらのこと、任せました」

 

 二人の返事を待たずに校舎を飛び出す。向かうのは椚ヶ丘駅。

 

「八幡さん、やることって一体……」

 

 スマホから律の心配そうな声が聞こえてくる。別に戦闘とかするわけじゃないんだが、こいつも変に心配性になったものだ。

 

「ちょっと防衛省を脅しに行くだけだから、安心しろよ」

 

「え? ……え!?」

 

 あんまり大きな声を出さないでほしいのだが、イヤホン越しだから耳が痛い。




死神編という名の裏工作編。感想で勘付いてる人が割といて「っべー、っべー」と一人戸部になってました。勘のいいガキは嫌いだよ!

データ上E組ではないという今作の八幡の利点を最大限に活かそうとずっと考えていました。まあ、理由の一つに、八幡が対死神戦に参加しても特になにも変わんなさそうというのがあるのも事実なんですけどね!
クラップスタナーみたいにステルスに上位互換があるようなつもりはありませんし、ある意味八幡のステルスも猫だまし→クラップスタナーみたいな感じで一段階は成長はしてますからね!
影薄い→ステルスって感じ。
影薄いって……。


それでは今日はこの辺で。
ではでは。

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