二度目の中学校は”暗殺教室”   作:暁英琉

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数よりも力よりも重要なこと

 この体育祭での棒倒しにはいくつかルールがある。勝利条件は相手の棒を倒すことのみであり、制限時間はない。殴る、蹴るなどの暴力行為と武器の使用は禁止だが、腕や肩を使ってタックルをしたり、棒を支える者が足で追い払う行為は許可されている。ただまあ、A組の狙いはE組を負傷させることだから、多少の違反は審判も目を瞑りそうだが。

 しかもA組は見分けがつきやすいようにと称して、ヘッドギアと長袖を装着してきたし、もうすでにやりたい放題だ。まあ、浅野も徹底的にやるって言ってたからね、多少はね。

 

「むぅ、ずるい……」

 

「ま、これくらいはやってくるだろ。ギャラリーもあいつらがボロ負けするのを見たいだけだからな」

 

 頬を膨らませて唸る倉橋をなだめながら改めてフィールドに視線を向ける。人数差、四人の助っ人外国人に加えてA組限定の武装。傍から見れば余計にE組が不利な状況だが、ひょっとしたらこれは逆に……。

 

『それでは……始め!』

 

 アナウンスと共にA組は布陣を敷く。浅野とバスケのサンヒョクを中心に棒を守り、その前方にレスリングのカミーユと格闘家のジョゼが小隊を作る。残りを三つの隊に分けてその一つにアメフトのケヴィンを入れて前衛に据えるという、三重の防御が敷かれている状態だ。

 人数的に圧倒的不利なE組が勝つには、防御を最低限にして残りの全員を攻撃に回すしかない。そこを確実に潰そうといったところだろう。確かにそれが一番可能性があり、一番定石と言える。

 

「お、おい。E組の奴ら、誰も攻めるやつがいねえぞ!?」

 

 しかしあいにく、うちの教育者は常識の外のことをしろ、なんてどっかの殺し屋屋みたいなことを言う先生なんでね。

 E組の初期陣形は全員が棒に張り付いて守る〝完全防御形態”。守備陣形対守備陣形ではただのにらみ合いになってしまう。そして、そういう状況で先手を打つのは決まって数的、実力的有利な側なのだ。相手は普通の中学生ではなく浅野学秀、ここで驕って全軍突撃をかますような奴ではない。常識的なところ、前衛一、二部隊をよこすあたりだろうと磯貝と事前に計画を練っていた。

 

「SHU~~~~……」

 

 予想通りアメフト選手率いる前衛一部隊が悠々と接近してくる。いや、予想通りなのはいいんだが、普通棒倒しってそんなゆっくり近づくものだったっけ? やっぱアメリカ、日本とはなんかちげえな。

 先頭に立つケヴィンは見上げるほどの大男だ。それがゆっくり、しかし確実に近づいてくる光景は、それだけで押し潰されそうなプレッシャーを受ける。観客席から見ている俺ですらそうなのだ。実際に対峙しているあいつらの受けるプレッシャーは計り知れない。

 

「くそっ……」

 

「無抵抗にやられっかよ!」

 

「吉田! 村松!」

 

 敵部隊に一番近かった二人が痺れを切らして飛び出す。磯貝の制止も意味をなさず――トラックにでもぶつかったのかと思うほどの衝撃で空気を震わせて、E組の中でもでかい部類に入る二人の身体が宙を舞った。現役アメフト選手のタックルに弾き飛ばされたのだ。あまりの光景に、観客席で見ていた女子たちの空気がヒュッと冷える。俺も右手で顔を覆い、肩を落とした。

 

「ややややばいよ殺せんせー!」

 

「吉田君と村松君、大丈夫かな……」

 

「あんなの食らったら、本当に怪我しちゃうよ」

 

 女子たちの言うとおりだ。観客席まで吹き飛ばされるタックルなんて食らえば、下手したらマジで大怪我をしかねない。

 ならば……そのタックルを封じてしまえばいいのだ。

 浅野が親指を振り下ろすのを確認した威力偵察部隊は防御に入っている男子ごと棒を吹き飛ばそうとするように全員で突撃してくる。

 そして、もう少しでその手が棒の前方を守っている奴らに触れそうになったとき、リーダーの指揮が飛ぶ。

 

「今だ皆! “触手”!」

 

 磯貝の合図とともに、磯貝自身を含めた前方防御が全員上に逃げる。E組を徹底的に痛めつけることが目的のA組は棒をここでは倒さない。棒の前方で丸太のような腕を空振りさせたケヴィンと後に続く部隊員たちは、重力によって落下してきた前方防御組に上から抑え込まれた。

 

『なんとE組、自軍の防御を半分倒して、棒の重みで抑え込んだ五人を拘束した!!』

 

 さらに定石破りの方法、自陣の棒を使った拘束。作戦名“触手絡み”で、本職タックルの使い手を封じ込めたのだ。

 ……ところで、やっぱりこの作戦名やめない? 確かに作戦の全てに常識外れを混ぜろと言ったのは殺せんせーであり、俺たちの中で常識外れの人物と言えばすぐ隣で観戦している超生物なのだが……まあ、あいつらが分かりやすいならいいけどさ。

 

「しかし、これだけやっても数的不利は変わらんぞ? ここからどうするつもりなんだ?」

 

「まあまあ烏間先生、ここは静かに見守りましょう。さすがに我々が手を出すわけにはいかないんですし」

 

 教師二人が話す中、A組は残りの攻撃部隊二つを投入してくる。両端から挟み撃ちにするような動きで、自然と中央にスペースが出来上がり、それを見た磯貝は前原たちに視線を投げた。

 

「出るぞ、攻撃部隊! 作戦は“粘液”!」

 

 磯貝、前原、赤羽、杉野、岡島、木村の六人が攻撃部隊として敵陣に突撃をかける。自分たちの真横を通り過ぎたあいつらにA組の攻撃部隊は厭らしく笑い、進路を反転させてきた。

 

「何ィ!?」

 

「攻撃はフェイクかよ!?」

 

 目ん玉をひんむきそうな勢いで驚く杉野と岡島。前方には格闘家とレスリング選手を擁した防御陣だ。挟まれてしまえば六人ではひとたまりもない。再び女子たちが顔を青くする中、俺は顔を地面に落とし、額のところで祈るように指を絡めた形で手を押し当てて“表情を隠して”――

 

「あいつら……演技うまいな」

 

「「「「え?」」」」

 

 笑いをこらえて震える声を漏らした。いや、まじで今はこの状態じゃないと無理。笑ってるところを浅野に見られたら、勘づかれてしまうかもしれない。

 

「演技ってどういうことなの?」

 

「見てりゃわかるぞ」

 

 俺がそう言った矢先に聞こえてきた男女交じりの悲鳴と、パイプ椅子がぶつかったり、倒されたりする音。どうやら作戦通り、A組のほとんどを引き連れて攻撃部隊が“観客席”に飛び込んだようだ。作戦名“粘液地獄”、場外というルールがないことを逆手に取った常識外れだ。

 

「他のA組連中はともかく、あの外国人四人と浅野の位置取りはだいたい予想通りだった。……赤羽のな」

 

「カルマ君の?」

 

 喧嘩のスペシャリストである赤羽はスポーツにも明るい。そして、四人の所属スポーツを教えると、あっさり初期陣形を言い当てたのだ。

 

「あいつらの目的はゲームに勝つ以前にE組をボロぞうきんにすることだ。そして、それがやりやすいのは混戦だ。“定石通り”なら一気に攻めるしかないE組を相手にするなら、混戦フィールドはA組陣地になりやすい」

 

 そして、四人のスポーツの中でもろに人を壊すことができる格闘技系である二人は防御寄りになると踏んだ。派手なタックルが本職のアメフト助っ人はそこから視線を逸らすためにも前衛が望ましい。赤羽の予想の一つではバスケ選手の方も前線に来るものがあったが、当の浅野はリスクの低減を取ったのだろう。

 

「だから、アメフト野郎を封じ込めて、格闘技組と一緒に棒を支えている連中以外を場外に誘い出して攪乱しようってわけだ。障害物のあるフィールドではこっちの方が有利だし、パイプ椅子で相手の方がちょっと痛い思いをする可能性も出るしな」

 

 作戦は大成功、と身体の陰で小さくブイサインすると、隣に座っていた矢田の地面に伸びた影がコテッと頭を傾げた。

 

「けど、さっきの相手が挟み撃ちにしてきたところって、攻めてきた人たちが戻ってこないで棒のところに行ったらどうするつもりだったの?」

 

「あー……、その可能性はゼロではないんだが……」

 

 確かに百パーセント戻ってくる保証はなかった。なかったが、逆に言えば戻らないとA組にメリットは薄いのだ。

 

「E組を潰したいA組の戦力の六割がE組の棒を取り囲んだら、普通に考えて一気に倒さないと不自然だ。十数人で防御組数人を延々リンチして、それを俺らに撮られてみろよ。立場が悪くなるのは浅野たちの方だ」

 

 あくまでA組は偶然を装う必要がある。しかも、主力部隊には赤羽、磯貝、杉野がいるのだ。成績上位者の喧嘩好きと万能委員長に加え、球技大会で野球部に勝った時は杉野も含めて三人の印象が強い。潰すなら攻撃部隊の方が華があるというわけ。

 ようやく笑いが収まって顔を上げると、端的に言ってカオスだった。赤羽とか生徒の頭わざと狙って移動してるだろ。ま、今はそれも合法なんだがな。

 だが、この状況でもさすがは浅野といったところか。突出した生徒を呼び止めて、守備が手薄になりすぎないように冷静に状況を見極めている。

 

「っ、……!」

 

 じっと注視していると、ハッと目を見開いた浅野が、一瞬だけ俺の方を見た気がした。それも一瞬で、すぐに外野の混戦地帯に真剣な視線を向けたが、今はちょっとタイミング悪いなぁ。けど、そろそろ席を離れなくちゃいけない理由があるんだよな。

 

「さて、そろそろ出番かな」

 

「にゅ? どこへ行くんですか?」

 

「ちょっと“お兄ちゃんの献身的なサポート”をしにですよ」

 

 なぜかみかんを剥きながら訪ねてくる殺せんせーに少し口角を吊り上げながら返して、俺は気配を完全に絶った。

 

 

 

 人間というのはどうしても自分の前をしっかり守ろうとする傾向にある。古代重装歩兵が側面や後方からの騎兵の攻撃にはめっぽう弱かったことからもこの心理は証明されるだろう。盾だって基本的に前方を守るためのものだし、剣道の防具なんて背中ががら空きだ。そもそも戦闘とは正面向かってやることが基本であり、側面や後方を取られたらその時点で負けも同然なのである。

 

『なっ、ちょっ……どこから湧いた!? いつの間にかA組の棒にE組の二人が!』

 

 必要なものを取りに行って戻ってきた頃、そんな実況が聞こえてきた。最初に観客席まで“吹き飛ばされる演技”をした吉田と村松がA組後方の観客席から飛び出したのだ。いかな浅野と言えども、前方で激しい鬼ごっこが展開されて、しかも目の前に全戦力がいると思っていれば、後ろは警戒しない。受け身は烏間さんから嫌というほど教わっているし、怪我の心配はないだろう。

 

「逃げるのは終わりだ! 全員“音速”!」

 

 そしてそれを機に、逃げ回っていた六人が一気にA組の防御陣に距離を詰める。作戦名“音速飛行”。防戦一方だったはずのE組が一気にその戦力の半分を棒に張り付かせた。浅野のいる棒の中ほどの高さに八人。一言で表すなら、ほぼチェックメイトといった状況だ。

 ……普通なら。

 

「君たちごときが僕と同じステージに立つ。……蹴り落とされる覚悟はできているんだろうね」

 

 棒の最上部に居座りながらラスボスのような威圧感を放つ浅野は、吉田を軽く投げ飛ばし、岡島を蹴飛ばして棒から突き放すと、バランスを維持しながら取り付いているE組の排除を始める。多少大きな動きをしても、サンヒョクとか言う韓国人ががっしり支えているから大丈夫ということなのだろう。

 ……やっぱり、早く作業を済ませないとな。

 俺が来たのはさっき磯貝たちが暴れたのとは反対の観客席。その観客席の少し手前に竹林と奥田の合作である小さな豆粒大の秘密兵器をばら撒く。地面に着地したそれに瓶に入った無色透明の液体をまぶし、E組の観客席に戻ってステルスを解除した。

 

「どこ行ってたの、はっちゃん! 今すごいピンチだよ!」

 

「うん、詰みかけてる。散り散りになってたA組が戻ってきたら、リンチになるよ」

 

「落ち着けって。……まあ、浅野が武術までできるのは予想外だったけどな」

 

 倉橋と速水を手で制して、磯貝たちの方――ではなく、さっき準備した観客席に視線を投げる。

 そして、ちょうど磯貝が浅野に振り落とされたタイミングで――

 ――パパパパパパパッ。

 

「きゃっ」

 

「うわっ!?」

 

「な、なんだ!?」

 

 軽いマシンガンをぶっ放したような音が響く。単一なら一瞬驚く程度のそれは、連続で鳴り響くことで、しかも自分たちの真後ろで炸裂することであっさりと冷静さを奪ってしまう。

 その結果、さっきとは逆に今度は生徒たちが前方、つまりフィールドに流れ込んだ。

 

「比企谷君……なにやったの?」

 

 やはり浅野に勘付かれる可能性を警戒して、できるだけ無表情のまま視線をフィールドに戻す俺に、口元を引くつかせながら不破が訪ねてくる。俺の仕業確定なのね、まあそうだけど。

 

「爆弾。と言っても爆竹みたいなやつだけど」

 

 竹林が作った水で爆発する純マグネシウムを基礎とする爆弾の周りに過酸化水素は通さずに水だけを通す極薄フィルムをカタラーゼを表面に付着させた状態で貼り、過酸化水素をまぶして放置したのだ。カタラーゼに反応して過酸化水素は酸素と水になり、生成された水がフィルムから侵入。純マグネシウムと反応して爆発した。調整して実質音だけが鳴るようにしたし、爆発時の匂いも極力抑えている。フィルムも粉々になって視認できないレベルになるし、そもそも生徒が食べ散らかしたスナック菓子の袋なんかに紛れれば怪しまれない。分解されなかった過酸化水素も放っておけば自然分解されて消えてなくなる寸法だ。

 

「あ、それって……」

 

「……この間作ったやつか」

 

 化学薬品と火薬を使うということで、竹林と一緒に烏間さんと奥田にも協力してもらった。調整による安全性は烏間さんからのお墨付きだ。

 

「そういうのなら、私たちだって手伝えたのに……」

 

「いや、お前らはむしろここに全員ずっといることが重要なんだよ」

 

 本来のE組の人間が誰か一瞬でもいなくなれば、たとえ証拠がなくても難癖をつけられるだろう。だからこそ「全員仲良く観戦してました」という事実を用意しておく必要があったのだ。体育祭の最初の頃こそ俺に視線を向ける人間もいたが、体育祭も佳境でしかもメインイベント中に部外者なんて気にしている余裕はない。

 

「証拠が立証不可能なら、問題は問題として表面化しないんだよ」

 

「……うわぁ、悪い顔してる」

 

 おい倉橋、もうカマクラの相手させねえぞ。俺が逆にカマクラから攻撃されそう。

 

『選手以外の生徒の皆さん、落ち着いてください! 観客席に戻って……ああ、なんだよこれ!』

 

 爆竹の効果は絶大だったようで、パニックになった生徒たちが、学校指定の半そで体育服にヘッドギアをつけていないE組選手とほとんど変わらない格好の生徒たちがフィールドに出現する。A組は、即座にE組を判別できなくなる。

 そして、混乱はさらに混乱を招く。不測の、本来競技中にはありえない事態に、普通の中学生であるA組生徒たちも浅野の指揮やカリスマに関係なく困惑する。困惑すれば浮足立って、自分の仕事が疎かになる。防衛に戻ろうとした選手も足が止まり、棒を支えている生徒も警戒することを忘れる。

 

「なにが……うおっ!?」

 

「わっ、いつの間に足元に!?」

 

「ちぇ、女子の足じゃないのが残念だぜ」

 

 後は支えの一角をさっき突き飛ばされた岡島あたりが崩せば――

 

「油断するな! 立て直しに入って奇襲に警戒するんだ!」

 

 棒のてっぺんで暴れていた浅野は元の位置、中ほどのところにバランスを取るために戻らなくてはいけなくなり。

 

「浅野クン、かーくほ」

 

「くっ、赤羽……!」

 

 降りてくる間のわずかに無防備になった隙を赤羽が逃さない。烏間さんから盗んだ格闘技術で駆使しながら、振り落とされないように足をつかんで自由を制限する。

 これで、機は熟した。やはりトドメの鍵はあいつだ。

 

「こい、イトナ!」

 

 振り落とされた後、棒に再び取りつかずに待機していた磯貝の声に、堀部が自陣から飛び出す。スピードを緩めることなく人の隙間を縫って、磯貝の身体の前で組まれた手のひらに足をかけた。

 

「よっ……と!」

 

 ピン、と張った腕を背中を反らしながらリーダーが振り上げて――E組の中でも小柄な堀部の身体は宙高く舞い、勢いを殺すことなく棒の頂点に飛びついた。

 いくらごつい外国人が支えているとしても、もっとも力が伝わる位置からの攻撃に耐えられるはずもなく。

 ――ズシン、とA組の砦はその側面を地につけたのだった。

 

 

     ***

 

 

 次の日、図書館に入荷された新刊を読んでいると、さも当然のように向かいの席に浅野が座ってきた。なんでそんなナチュラルに座ってくるのん? いや、別にいいけどさ。

 

「……比企谷さん」

 

「なんだ?」

 

「あの時、なにかやりましたよね?」

 

「…………」

 

 俺は本から顔を上げない。言葉尻にはあまり棘があるようには感じないが、どこか確信めいた言い方だ。

 

「……証拠はあるのか?」

 

「得てして犯人とはそう言うんです。『証拠はどこにあるんだ』『素晴らしい想像力だ。君は小説家にでもなるといい』『俺、この戦いが終わったら結婚するんだ』」

 

「お前、そんなギャグ言うタイプだったか?」

 

 最後のはもうただの死亡フラグなんだが、と顔を上げると……どこか自嘲気味に笑う浅野が適当に取ってきたらしい本をパラパラとめくっていた。

 

「まあ、証拠なんてないんですけどね」

 

 そりゃあそうだ。証拠が一切残らないようにしたのだから。

 

「そういえば、この間比企谷さんが言ったこと、思い出しましたよ」

 

「それは……ちょっとばかし遅かったな」

 

 きっと気が付いたのは棒倒しの最中、磯貝たちが観客席に乱入して、競技が異形のものになったあたりだろう。あの時、俺を見た浅野の目は何かを確認するようなものだったのを覚えている。

 

「『ゴールが違えば強者も弱者も関係ない』。もっと早く気づいていたら、勝てたんでしょうね」

 

「そりゃあな」

 

 あの戦力差で一気に攻められたら、きっと何もできずに瞬殺だっただろう。伏兵を用意できる実際の戦争とは違って、最初から戦力をすべて見せているのだし、E組攻撃部隊が先行したときにわざわざ挟み撃ちなんて面倒な真似も必要なかっただろう。

 

「ま、いい経験になったんじゃねえの? しょせん中学生の勝負事だし、次に活かせばいいだろ」

 

「ダメですよ!」

 

「っ!?」

 

 いきなり声を荒げた浅野に、図書館中の視線が集中する。俺自身、一瞬身体を強張らせて警戒してしまった。自分に集まる視線に気づいた浅野は、作り笑いを浮かべて周囲の生徒たちに軽く弁解する。持前のカリスマで、すぐに視線は散り散りになって、霧散した。

 

「僕に敗北は許されません。僕は全てにおいて完璧でなくてはならないんですから」

 

 その目に映っているのは、怯え、だろうか。絶対の自信と能力を持っているこいつが怯える相手……俺には、それが一人しか思い浮かばなかった。

 瞳の中のそれを見せないように瞼を伏せた浅野は「じゃあ、今日はこれで」と図書館を後にする。呼び止めようと開いた口を、ゆっくりと閉じて、開きっぱなしだった本に目線を落とす。

 E組のあいつらにとっては倒すべき敵、なのは分かっているが。

 きっと皆の期待の的なあいつだって、心を鎖で縛られている。

 

「……なんとかならないもんかね」

 

 そう思うと、どうしてもその言葉が口から溢れ出してしまうのを抑えられなかった。




体育祭回終わりです。最初はあまり変えずに行こうかと思ったんですが、参謀って言っちゃったし、少しは八幡の独自戦略入れたいなぁと。ついでに原作生徒会選挙のオマージュとかちょっと入れたいなぁなんて考えて書きました。

そうそう、実は昨日の地震で今福岡に釘づけにされています。この話はネカフェでふてくされながら書いてました。
明日には家族に迎えに来てもらって帰る予定なのですが、なんか車に六時間ほど揺られるみたいなので明日はほぼ確実に投稿できないと思います。投稿できたらしますが期待しないでください。

あと、今日は4/16です。一色の誕生日です。おめでとういろはす。私は昨日から横になったらなんか揺れてる錯覚に陥っていてあんまり寝れていないので、一色の膝枕で寝たいと割と本気で思っています。
そして、そういえば膝枕の話って前書いたなと思ったら八幡が一色にしてました。なんで逆で書いたんだ。いやいいけど。

それでは今日はこの辺で。
ではでは。

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