「渚……」
「ひ、比企谷君……。なに……かな?」
敵が根城にしている普久間殿上ホテル裏の崖からクライミングと律のハッキングで通用口から潜り込んだ俺達は現在、ホテル六階のテラスラウンジまで来ていた。
途中、あいつらに毒を盛った張本人であろう毒使い“スモッグ”と超人的な握力を武器にしている“グリップ”という二人の殺し屋と対峙することになったが、なんとか切り抜けている。
いや、マジで“なんとか”なのだが。スモッグの麻酔ガスで烏間さんは磯貝に支えられて歩くのがやっとだし、その状態で遭遇した“ぬ”の人も赤羽がいなければ突破どころか奴らの言うボスに連絡をされて、今頃治療薬を爆破されていたかもしれない。
ひどい綱渡りだ。しかし、ここまできた以上は戻るなんて選択肢は存在しない。前に進むしかないのだ。
それに、今は自分で身動きすら取れない担任は言った。今まで教室で学んできたことをしっかりやれば、俺達がこのミッションをクリアできない道理はない、と。あの超生物が太鼓判を押してくれたんだ。そんなの……応えるしかないだろう。
そう、たとえ――
「大丈夫だ。違和感がないのがむしろ違和感なくらい似合ってるぞ」
「そういうフォローはいらないよ!?」
渚が女装をすることになったとしても!
この六階、ガラス張りのラウンジとプールのあるテラスで構成されていて、パーティの最中なのかDJが鳴らす大音量の音楽とガヤガヤとうるさい笑い声や奇声で満ちていた。
そしてラウンジの入口からでも鼻をついてくるアルコールとタバコ、そして嗅いだことのない匂い。
「恐らく違法薬物、ドラッグの類でしょうねぇ……」
入り口近くからのぞいてみた限り、俺たちと大差ない子供もいるが……明らかに堅気ではなさそうな連中も見える。この中に顔も知らない暗殺者がいる可能性を考えると危険すぎる。
しかし、七階に続く階段は店の奥だ。七階以上は所謂VIPルームというやつらしく、階段前には警備もいる。観察して見た感じだと女子へのチェックは甘いが、さすがに女子だけでこの中に向かわせるわけには……。
「あ、じゃあ渚君を女装させればいいじゃん!」
どうしたものかと頭を悩ませている中で赤羽が出した提案。確かに華奢な渚ならちょっと女物の服を着せるだけで紛れ込めるだろう。どうしても男手は欲しいところだから特に反対意見も出ることはなく。
ついでに渚の反対意見は完全に黙殺され――
「じゃあ、私たちと渚で階段近くの勝手口開けてくるから、男子は待機してて」
どっかから速水が調達してきた服を着せて、片岡を中心とした女子チームwith渚は店の中に入っていった。ああ、マジで服を変えただけなのにあいつ女にしか見えないな。やっぱり俺が一月もあいつの性別を勘違いしたのは俺のせいではなかったようだ。
「……なあ、赤羽」
「ん? なあに、比企谷君?」
確かにこの作戦、男手はあったほうがいい。そして渚は男子の中で最も違和感なく女装できる。一見この作戦には渚が適任のように見える。
しかし……。
「この作戦……渚の投入必要か?」
俺の質問に赤羽は目を楽しそうに細め頭の後ろで両の手を組むとわざとらしく「んー?」と鼻から声を漏らした。こいつ……。
「やっぱり面白半分かよ……」
「えっ、男手のためじゃないのか? 女性に化けた暗殺者だって歴史上には何人もいるし」
いやね磯貝君、確かに赤羽が言葉巧みに誘導したから俺もさっきまで気がつかなかったが、そもそもここで必要なのは女性陣のボディガードなわけで、男子の中でも最下位レベルのパワーの持ち主である渚よりも、片岡や岡野のほうが適任まである。男子が潜入、という固定概念にとらわれてしまって、赤羽の魂胆を見逃していたのだ。
「せっかく渚君を女装させられるんだから、しないと損じゃん」
ケケケと悪役みたいに笑うE組一の悪戯小僧に思わず額を押さえる。ぬのおっさんにも鼻にワサビやカラシ詰めてたし、やっぱりこいつとは敵対したくねえな。
「殺せんせーもせっかくの夏休みだって言ってたからね。今できそうなことは積極的にやって楽しまなくちゃ」
でも、と赤羽は壁に背中を預けながら笑いを引っ込める。あごを覗かせて視線は天井に、その先にあるであろう最上階に向けていた。
「もちろんやるべきことは忘れてないよ」
「……当たり前だ」
潜入を開始してそろそろ三十分。殺せんせーや烏間さんがいることもあって生徒たちの表情にも少しずつ余裕が出てきている。しかし、もちろん誰もがこれが重要なミッションであることを忘れていない。むしろ自然に振る舞えるようになった分、潜入ミッションに適応出来ていると言える。
「あ、渚が男に連れて行かれた」
「渚……」
「女子よりも渚かよ……」
いや、ただ……まじで渚が行く意味なかったな……。
有名球団のキャップを被った少年は渚をテーブルに連れて行くと、慣れた手つきでウェイターから酒を受け取ってきた。こういう場所には慣れているのだろう。酒にも、そしてドラッグにも。
「麻薬ねえ……幻覚とか見えたりするんだろ? なんであんなのやろうと思うんだろうな」
「ダイエットに効果あるとかでだまされたり、後はかっこいいからとか……だっけか」
木村と菅谷が終業式前に授業でやった麻薬の授業を思い返している。確かに麻薬を使う主な理由はそこら辺だ。
そしてもうひとつ――現実からの逃避のため。
「ん? どうしたんだ?」
渚が少年から奪った明らかにタバコではない筒状の物体に視線を向けていると、千葉が声をかけてきた。こいつも無口かと思えば、案外しゃべるんだよな。
木村たちが言っているように、俺もドラッグを使う人間の気持ちはわからない。気分を高揚させるには代償が大きすぎる。
けれど……もし、もしもあの時この教室に来なかったら、今も夜な夜な当てもなく街を徘徊するような生活をしていたら。
その時に麻薬なんかに出会っていたら、手を出していなかった自信は……ない。
「あー…………」
そう考えるとあの日殺せんせーを見つけたのはラッキーだったのかもしれない。そしてこいつらを仲間だと思えるようになったのも。
ただ、それを口にする気になんてなるわけもなく――
「……なんでもねえよ」
後ろの壁に全体重を預けつつ、ガシガシと頭を掻くだけにとどめた。
「お、通れたっぽいぞ」
やがて浅く息をして待っていると、女子たちが通用口まで到着したらしい。反動をつけて壁から背中を離し、赤羽たちの後に続いた。
さて、いよいよ後半戦だ。
***
七階で警備の人間から寺坂の所持していたスタンガンを使って拳銃を奪った俺たちは、そのまま八階まで来ていた。人っ子一人いない通路を進むと、開けた空間に出た。
円形の舞台にはでかいスピーカーにいくつもの照明が置かれていて、その周りには半円状に備え付けの椅子がいくつも並んでいる。天井には吊り照明もあり、何の用途で使われるのかは明白だった。
「音楽ホール……?」
「そのようですねぇ。さすがVIPと言ったところでしょうか」
八階はこのホールだけのようで、反対側の入り口を出れば九階に上がれるようだ。残り時間もそこまで余裕がない。急がないと到着する前に治療薬を爆破されかねない。皆も逸る気持ちは同じようで、足早に抜けようとして――
「皆さん! 上の階から誰か来ます!」
「「「「っ!?」」」」
監視カメラの一部をハッキングできたらしい律の声に全員の動きが止まり、否が応でも緊張が走る。
八階に上がる階段にいた二人組は恐らく敵の一味と思われる。トラブルが怖くてすれ違う相手とほとんど顔を合わさない連中が泊まっているホテルだ。まだ上の階層に客がいるのにそこまで露骨な警備を敷くのはそれこそトラブルを引き起こしかねない。ということは、上には敵グループしかいないと考えるのが妥当なわけで、今ここに向かってきている人間も――恐らくは敵だ。暗殺者の可能性も高い。
「……ここで迎撃態勢を取りましょう。鉢合わせするよりもずっと作戦の幅が広がります」
「よし、全員椅子の後ろに散開するんだ」
殺せんせーと烏間さんの指示に従って、観覧席の後ろにそれぞれ隠れる。息を殺して入り口の方を確認していると、一人の男が入ってきた。さすがにここまでくるとおじさんぬことグリップと同じように雰囲気でわかる。こいつは……プロだ。
そいつはなぜかおもむろに取り出した銃の砲身を咥える。そして舞台の中央に立つと、ぐるりと俺たちの隠れている方を見渡した。これはまさか……バレてる……?
「十四、十五……いや、十六か? 呼吸も若い。ほとんどが十代半ば……か」
「「「「!?」」」」
バレてるなんてレベルじゃねえ! 人数まで完璧に把握されている!
目の前の暗殺者は驚いたなと呟くと銃を口から抜き取り、後方に向けて引き金を引いた。劈くような音ともに並べられていた照明の一つが割れる。耳に残る本物の銃の発砲音に我知らず背筋が伸びてしまった。
「このホールは完全防音。お前ら全員撃ち殺すまで誰も助けにこねえ。お前ら人殺しの準備なんてしてねえだろ! 大人しく降伏してボスに頭下げとけや!!」
トリガーガードに入れた指でクルクルと拳銃を回しながら暗殺者は降伏勧告をしてくる。
確かに俺たちはあくまで殺せんせーを殺す訓練を受けているだけで、人を殺す訓練も準備もしていない。そもそも殺せんせーから不殺を義務付けられているのだ。速水と千葉に渡された銃も殺すためには使わない。
となるとその使いどころは――相手の無力化だ。
「っ…………!」
――――ッ!!
座席の間からステージに銃口を向けた速水の放った銃弾は相手の手元に飛んでいき…………手と頭の間を通り過ぎて奴が破壊した隣の照明に命中した。ガラスの割れる音の中、相手の目の色が変わる。さっきまでの多少余裕のあるものではなく、血に飢えた獣のそれを鈍く光らせながら、口角をギチッと歪ませた。
「いいねえっ、なかなかうまい仕事じゃねえか!」
手元にあった機械を操作するとステージ側にある全ての照明が一度に点灯する。突然の光量の変化に視界が眩み、ステージにいるはずの敵の姿が目に入らない。
「今日も元気だ、銃がうめえ!!」
――――ッ!
ガンマンの声が聞こえたかと思うと再び銃声がホール内に響く。バシュッと着弾音が鳴ったのは座席の隙間から顔を覗かせていた真後ろのシートだ。あの隙間、何センチだと思ってるんだ。ちょっとの誤差で前の座席に当たっちまうような精密射撃だ……。
「もうお前はそこから一歩も動かさねえぜ」
相手は今までの二人と違い、ただの暗殺者ではない。軍人上がりのこいつは一対多の戦闘にも慣れているし、そもそも実戦での経験値が違う。
「中坊ごときに後れを取るかよ」
ジュルリと調子を確かめるように銃口に舌を這わせる姿はまるで隙がない。位置がばれている速水はおろか、千葉が顔を覗かせただけで奴の銃口は火を吹くだろう。
「速水さんはそのまま待機!! 千葉君、今撃たなかったのは賢明です! 先生が敵を見ながら指揮するので、ここぞというときまで待つのです!」
どうするべきかと皆が動きを止め、ジリジリと照明が鈍く火花を散らす音が漏れ聞こえるホールに殺せんせーの声が響く。確かにここは教師陣の指示に従った作戦を展開するのが最善だ。しかし、敵を見るってどこから……。
「テメー何かぶりつきで見てやがんだ!!」
「ヌルフフフ、無駄ですねぇ。これこそ無敵形態の本領発揮です」
……ああ、どうやら最前列の座席から堂々と見物しているらしい。プロの銃手が発砲する音と、弾丸を完全に弾いて防ぐ音が聞こえてくる。いや、今は味方なんだが、端的に言ってずるいわ。座席の後ろに本調子ではないと言っても烏間さんがいるのも分かっているだろうから、下手に手を出せないよね。
「それでは木村君、五列左へダッシュ!」
「っ…………!!」
殺せんせーの指示に木村がワンテンポ遅れて動く。さすがE組最速なだけのことはあり、敵は動いた方向を見るのが精いっぱいだった。そして、その最初の指示だけで、暗殺訓練を積んだ俺たちはどういう作戦を展開するのかも理解する。
次いで寺坂と吉田が左右に散り、死角ができたところで茅野が二列前進。赤羽と不破が右に跳ねると磯貝は左に。指示に従ってそれぞれ瞬時に場所を移る。
シャッフルと呼ばれる撹乱戦法。名前だけではたった十五人なんてすぐに記憶されてしまうので、出席番号や髪形なども交えてどんどん指示を出していく。こうなってしまえば、どれが千葉か相手には見当もつかないだろう。
「最近竹林君イチオシのメイド喫茶に興味本位で行ったら、ちょっとハマりそうで怖かった人!! 撹乱のために大きな音を立てる!!」
「うるせー! 何で知ってんだてめー!!」
寺坂……お前いつの間にそっちの世界に行ったんだ。あれか? 強敵が味方になったらギャグ要因になるとかそういう法則に巻き込まれてしまったのか?
「ツインテール二人とも左三!! 高校生は一列前へ!」
寺坂の撹乱の音が響く中も、殺せんせーはどんどん指示を出していく。俺も指示に従って動くと、ちょうど烏間さんの後ろの座席に隠れた。俺が隠れたのを確認すると、烏間さんが小声で話しかけてくる。
「比企谷君、君も撹乱に回ってほしいとのことだ」
「撹乱……ですか?」
「『面白い技を修得したようですから、存分に役立てて下さい』とのことだ」
……どこで聞きつけたんだよ。あんたあの時エベレストで避暑中だったじゃねえか。
ただ、確かに使うなら今だ。相手は自然界を超越する速度も暗殺者を匂いで嗅ぎわける嗅覚も持っていない。さらに同時に動く仲間が十四人もいる。今の状態でなら恐らく……。
「了解」
大きく、ゆっくりと二回深呼吸をする。閉じた瞼の中はわずかに入ってくる光で濃い紺色だ。その色を自分の心の中に染み込ませ、染め上げていくイメージ。温度を感じさせない闇に浸された心臓は、その鼓動を一定の落ち着いたリズムに整える。
そっと開いた視界は動きまわるには充分にクリアだ。どう行動するか、どこを通るかを把握して――音を立てずに床を蹴った。
「漫画好き右へ五列動いて待機。カラシ持っている人は前二列左に四列移動!」
座席と座席の間を通り抜ける。奴の視線が前進した赤羽に移っているのもあって俺の移動に気付いた様子もない。更に一列後ろに下がって移動を続ける。相手の視線の隙をついて気付かれずに動き、同心円状に設置された椅子の間を縫うように駆け抜けて、メインステージ横の舞台通路までたどり着いた。音を立てずに自立タイプの照明の一つに手をかけて、倒した。
「何……!?」
ガシャンという不快な音に反応して暗殺者は顔を向けるが、すでに俺は移動を開始している。その反応でできた死角を利用してさらに他の生徒はシャッフルを行い、ステージへと距離を詰める。千葉と速水の射撃に加えて近接戦闘に持ち込まれる可能性も考えねばならなくなるので、余計に相手は全員に意識を向けられなくなる。最も気配を隠している俺はそうそう無茶な動き方をしても見つからないだろう。
まあ、近接戦闘には持ち込まないだろうけどな。特攻覚悟なんてあの先生がするとは思えないし。そもそも元軍人なら俺たちが徒手空拳で戦えるとは思えない。
奴の視線の動きを意識しながら移動中に座席を叩いて音を鳴らしたり、再びステージまで接近して照明を倒す。逆光が少なくなれば、その分こちらの射撃はやりやすくなるし、相手からすれば俺たちの姿が多少とは言え見えにくくなるはずだ。
「撹乱組、撹乱行為をやめて左へ三列!」
殺せんせーの合図を受けて、座席の後ろに身をひそめる。いよいよ仕留めにいくわけだ。
「さて、いよいよ狙撃です、千葉君。速水さんは状況に応じて千葉君のフォローを」
「「…………」」
しかし、肝心の千葉と速水の表情はギチッと強張ってしまっている。特に、俺から近い位置に待機している速水なんて歯がカチカチと震える音が聞こえてきそうだ。
無理もない。二人はつい一時間ほど前に決死の狙撃を失敗したばかりだ。その上で本物の銃への恐怖もあるだろう。
「……がその前に、表情を表に出すことの少ない仕事人二人にアドバイスです」
まあ、うちの先生がその辺のことを考えていないわけがないか。
「大丈夫、君たちはプレッシャーを一人で抱える必要はありません」
狙撃が失敗したら、次は人も銃も全てシャッフルして誰が撃つかも分からない戦術を取る。失敗してもいい。このクラス全員が失敗を経験し、その上で今まで訓練を重ねてきたのだから。
「君たちの横には同じ経験を持つ仲間がいる。安心して引き金を引きなさい」
「「…………!!」」
殺せんせーの言葉に返すように、二人はカチリと拳銃のハンマーを下ろした。千葉の表情は、まだ緊張が見えるが先ほどよりも幾分柔らかい。
「では、行きますよ……」
相手も合わせて全員の呼吸が一段階浅くなる。ジジジ、と照明が光を作る音だけが聞こえる空間で、ただ殺気同士がぶつかり合う。
「出席番号十二番! 立って狙撃!!」
指示に従って座席の後ろから影が伸び――
――――ッ!!!
劈く銃声。辺りをつけていたらしい銃手が座席の後ろから影が見えた瞬間に引き金を引いたのだ。寸分狂うことのない弾道はそのまま影の額を正確に貫いた。
そう――
「!? 人形!?」
菅谷がずっと息をひそめて用意していたダミーの人形の額を。極限の緊張状態にある今は、急ごしらえとはいえE組きっての芸術家の作ったダミー人形はさぞ本物のスナイパーに見えたことだろう。
そして、本物のE組スナイパーは今度こそ顔を出して、トリガーを握りこんだ。
――――ッ!!
…………。
………………。
「……フ、ヘヘ……ヘヘヘ……」
完全防音のホールに銃声の残響がかすかに残る中、ターゲットの笑い声が漏れてくる。その姿のどこにも……傷はない。
「外したな? これで二人目も場所が……」
自動小銃の砲身を千葉に向けた元軍人は、再び火を吹かせようとして――ゴッ、と鈍い音を立てて吹き飛んだ。
「っ!? ナ……!?」
奴の背中に当たったのはステージの天井に吊るされていた照明。千葉が狙ったのは奴でも、銃でもなく、吊り照明の金具だったのだ。
「く、そが……」
しかし、さすが戦場を生き残った経験のあるプロだ。あれだけの衝撃を完全な不意打ちで受けながら、銃は全く落としていない。やはり銃そのものを叩き落とさなければ……。
「…………」
フォロー役の速水は……トリガーにかけられた指がまだかすかに震えている。戦闘直後に外したミスを引きずっているのかもしれない。このままでは十中八九外してしまう。
ギチリと奥歯を噛みしめて、できる限り感情を、気配を消す。
「深呼吸してみろ。少しは落ち着くだろ」
こんな時に俺ができることは決まっている。小町にやるように頭に手を乗せて、ゆっくりと髪を梳くように撫でると、はっとした速水は驚愕に顔を染めて振りかえった。
「っ、あんた……!」
何か言おうとしてくる速水を空いている手で制する。速水は再び何か言おうと口を開いたが、やがて困ったように閉口して視線を前に戻した。
「……ん、もう大丈夫」
一つ深呼吸をした速水の指から震えが取れたのを確認して手を離すと、迷いの取れた指がその引き金を引いた。放たれた弾丸は一直線に鉄の軌跡を描き、見事に相手の銃に命中した。
最後の力で握っていたらしいピストルは手から離れて後方に吹き飛び、気力も切れたのか鉄柱にもたれかかるようにズルズルと倒れていった。
「よっしゃ! 速攻で簀巻きにするぜ!!」
寺坂達が暗殺者を拘束するのを眺めながら、座席の後ろでズルリと腰を下ろす。視線誘導の人数もいたし、寺坂を始め他の誘導組も頑張っていたのでなんとか行けたが、何度か気付かれた場面もあった。もっとステルスは修行しないと次にうまくいく自信ねえわ。
というか、さすがに走り回るのは疲れた……。
「…………」
ステージに視線を投げると……、全く……プロの暗殺者相手にあれだけのことをやってのけたっていうのに、楽しそうに談笑して、照れくさそうに笑って……ちゃんと中学生してやがる。
そんなあいつらより先に、年上の俺がバテるわけにはいかないな。小さく首を振って冷たい空気を頭に当て、膝に力を込めて立ち上がる。
奴の設定した残り時間はあとわずか。
離島での三人の殺し屋ではガストロが一番好きです。銃うめえ。
八幡のステルスを見せるなら、フィールド的にもここかなと思っていたので、重点的に書けてにんまりしました。
ところで、感想でいくつか質問が来ていたのでここで解説を。
八幡がトロピカルジュースを飲んでいるのになんで平気なの? という質問なのですが、八幡のジュースにウイルスが入っているかいないかは別として、原作を読む限り全員がジュースを口にはしていると思っています。
というのも、スモッグがジュースを差し出した次のコマで三村がジュースを持って椅子に座っているシーンがありますが、同じコマに木村も一緒に映っています。しかも、木村の前にもジュースが置いてあります。さすがに提供されて飲んでいないということはないでしょうし、木村もジュースを飲んだけどウイルスに侵されていない人間と言えます。
そもそも、ウェルカムドリンクをクラスの半分にだけ提供すると言うのもおかしな話ですし、ウイルス入りのジュースと無毒のジュースの両方を提供したんだろうと解釈しました。
それでは今日はこの辺で。
ではでは。