二度目の中学校は”暗殺教室”   作:暁英琉

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離島での暗殺は――

 羽田から飛行機で那覇まで向かった俺達は、近くの港で待っていた貸し切りのフェリーで目的の離島、普久間島へ向かっている。フェリーというのは大体二十ノット、時速四十キロ程度のものだとなにかで見た記憶があるが、直に流れるような風を肌で感じるせいか、体感ではもっと早く感じた。

 デッキの縁にもたれかかり、仄かに潮気を帯びた風が頬を凪ぐ感触にじっくりと浸る。快晴の青空から降り注ぐ日差しが目に眩しいが、潮風のおかげで思ったほど暑くない。

 

「気持ちいいね、比企谷君」

 

「そうだな。この風はインドア派の俺にとっても悪くない」

 

 風にポニーテールをたなびかせながら、矢田が隣で目を細めている。船に乗ったことがほぼない俺としても新鮮さも相まって存外に気持ちよく感じて、これだけで来たが意味あったなと思わないでもなかった。

 ただまあ、一つ不満点を上げるとすれば――

 

「にゅやァ……。船はやばい、マジでやばい。先生頭の中身が全部出ちゃいそうです……」

 

 こんな気持ちいい風と水平線まで伸びる広い景色をぶち壊しで船酔いしている超生物が視界にちらつくことだろうか。酔うんなら飛んで行けよ。その方がばれる危険も少ないんだし。

 

「殺せんせーの頭の中身って何が詰まってんだ? 粘液?」

 

「普通に脳とかじゃないの?」

 

 いやまあ、確かにあれだけ頭がいいんだし脳みそなんだろうけど、あんな頭ぐにゃぐにゃさせて大丈夫なのだろうか。脳みそとかも触手みたいに丈夫なのか?

 また一つ触手生物の謎が増えて首を捻っていると、殺せんせーと戯れていた倉橋がこじゃれた麦わら帽子を手で押さえながらとてとてと駆けよってきた。

 というか、いくら夏だからって矢田も倉橋も露出高すぎじゃありません? 二人だけでなく女子の大半がノースリーブを着ていて、白い肩とか色々見えるせいで八幡目のやり場に困るんだけど。

 

「はっちゃんがインドア派ってなんか想像できなーい。訓練も一番最後までやってるのに」

 

「訓練をやってるからアウトドア派っていうのはおかしいだろ。俺は基本、家で本読んだりゲームするのが好きなの」

 

 むしろ家から出たくないまである。

 というか、その格好であんまり近づかれると精神的負担がマッハなんだが……。

 

「……おっ、見えてきたんじゃないか?」

 

 精神安定も兼ねて視線を進行方向に向けると、水平線を遮るように一つの島が見えてきた。それほど大きくない島。それでも皆のテンションを上げるには十分なものだ。

 関東から六時間。そこは殺せんせーを殺す島なのだから。

 

 

 

「ようこそ普久間島リゾートホテルへ。ウェルカムサービスのトロピカルドリンクをどうぞ」

 

 ホテルにチェックインするとウェイターからドリンクを差し出された。さすがリゾートホテル、俺の知っているホテルとサービスが違う。小町に話したら羨ましがること間違いなしだな。

 ホテルから直接ビーチに向かえて、様々なレジャーも用意されているらしい。名目上は特別夏期講習となっているが、ここに来て勉強する奴なんていないだろ。ここで勉強するなら普通に家で勉強した方が絶対捗るし。

 そもそも暗殺のためにここに来たE組がこんな環境で勉強をするはずもない。暗殺は夜なのだからと昼間は遊ぶことで満場一致になった。

 

「修学旅行ん時みたく班別行動で遊ぼうぜ!」

 

 ふむ……ふむ?

 修学旅行の班ってなにかな? 八幡その時いなかったから分かんない。これはあれか、久しぶりにぼっち的サムシングが来るやつですか?

 危うく過去のトラウマが想起しそうになったが、それは杞憂だった。

 

「比企谷君、一緒に行かない?」

 

 トロピカルドリンクを飲み終わって席を立つと、不破が声をかけてきた。どうやら班へのお誘いらしい。どこの班でも入れれば問題ないのでその申し出はありがたいのだが……なんか一緒に来た速水が不機嫌じゃありません? 俺が入るのが嫌なのだろうか。お前あんまり発言するタイプじゃないもんな。きっと言い出せないんだな。

 

「速水が嫌そうだから遠慮しようかな……」

 

「嫌じゃない!」

 

 うおっ、びっくりした。嫌がる奴のところに入るのも気が引けるので丁重にお断りしようとしたら、食い気味に速水が否定してきた。

 俺と不破が驚きのあまり固まっていると、顔をぶわっと紅く染めた速水は一転そっぽを向きながらぽしょぽしょと続けてくる。

 

「……べ、別にあんたと一緒にいるのは嫌じゃないし、入りたいなら……その……入ればいいじゃない……」

 

「「…………あー」」

 

 なるほど、ツンデレですね分かります。こいつ口下手な上に妙に捻くれてるから、ある意味ツンデレになるのは当然なのかもしれん。ん? お前が言うなって? ほっとけ。

 

「比企谷君、私なんで世の中にツンデレキャラが溢れているのか、分かった気がする」

 

「同感だ。これは流行る」

 

「あんたら、……撃たれたいの?」

 

 ハハハ、撃たれたいわけないじゃないか速水さん。俺達は今世界の心理の一つを共有しただけですよ。

 だからその対先生エアガンを仕舞ってください。死にはしなくても当たれば十分痛いんで。

 

 

 

 遊ぶと言っても俺達の場合はただ遊ぶのではない。夜には本命の暗殺が待っているし、場所は慣れていない離島。いつも以上に綿密な調査、準備が必要になる。それも、できればターゲットに気づかれない形で。

 故に班単位で行動して、一つの班が殺せんせーと遊んで注意を引きつけている間に他の班が準備をする形が採用された。そして二班のメインの仕事は狙撃地点選びだ。三村と岡島は精神攻撃用の動画制作もあるが、今はまだ俺達と一緒に行動している。

 

「三班が殺せんせーを引きつけてる間に狙撃地点選ばないとな」

 

「サクッと決めちゃいますか」

 

 というか、これ俺達は必要ないのではないだろうか。なんか仕事人二人が淡々と狙撃地点を選んでるし、狙撃に関しちゃ二人以上に精通している生徒もいない。二人に任せるのが一番だろう。

 というわけで、実質他の班員は雑談するくらいしかやることがなかった。

 

「そういえば、この班って修学旅行のって聞いたが、修学旅行はどこ行ったんだ?」

 

「京都っすよ。プロの殺し屋に協力してもらってそこでも暗殺を狙ってみたりしたんす」

 

 京都か。そういえば総武高校の修学旅行も京都だった気がする。もうちょっと参加するのが早かったら二年連続京都旅行の可能性もあったのか。いや、さすがに他生徒も参加する旅行は理事長からのOKが出ないと思うけど。

 

「あー、あの時旅館で気になる女子投票とかやったなー。殺せんせーにメモられたせいで最終的に旅館内での暗殺始まったけど」

 

「なんでそんなもんメモ取るんだよあの先生……」

 

 不破と中村が言うにはイリーナ先生のコイバナにも紛れ込んでいたらしい。あのエロダコ下世話すぎない? ちょっと今後の付き合い方を考え直さなくてはならないかもしれない。

 

「気になる女子って言えば、比企谷君はどうなんだよ」

 

「は……?」

 

「あ、それ私も気になるー。ほれほれ、言ってみ?」

 

 ……なんか、殺せんせーだけ悪く言うのもどうかと思えてきた。岡島も中村も十分下世話だわ。他の奴らも口に出さないだけで聞き耳立ててるし、あの先生にしてこの生徒ありと言ったところだろうか。

 しかし、気になる女子……か……。

 …………。

 ………………。

 

「…………ノーコメントで」

 

「あ、ずりぃ!」

 

「それじゃあつまんないじゃん」

 

 ずるくもないしつまらなくもない。こんな質問に堂々と答える奴の方が少ないのが普通だろ。

 

「決まった。そろそろ俺らの班の番だし、戻ろう」

 

「お、おう。よし戻ろうすぐ戻ろう。遅れたらターゲットに怪しまれるぞ!」

 

「? どうしたの比企谷……?」

 

 頭上にクエスチョンマークを浮かべながら首をかしげる二人をよそに、機を得たりと先行してビーチに戻る。

 他の班も着々と準備を進めているし、元より今日のために皆努力を重ねてきた。確かに複雑で繊細な作戦だが絶対に成功する、いやさせる。

 

 

 

 そう思っていたのに――

 

『あんたの生徒たちは人工的に作りだしたウイルスを飲んだ。一度感染したら最後、全身の細胞がグズグズになって死に至る』

 

 完全防御形態というここに来ての隠し玉での暗殺失敗。それだけでも十分ショックだというのに、今烏間さんのスマホから聞こえてくる声の主が仕込んだというウイルスによって、生徒の半分近くが高熱を出して倒れてしまった。

 犯人の要求は山頂のホテルまで“動ける中で一番身長の低い男女”に完全防御形態の殺せんせーを持ってこさせること。一番身長の低い男女、つまり渚と茅野だ。

 

『礼を言うよ。よくぞそいつを行動不能にまで追いやってくれた。天は我々の味方のようだ』

 

 下卑た笑いを漏らしながら切られたスマホを……ただじっと見つめる。

 第三者、別の暗殺者の介入。想定していなかったわけでは決してない。しかし、皆が努力して、失敗したとは言え二十四時間は自由に身体を動かすことができない状態にまで追い詰めて……その結果が交渉に乗らないと半分が死ぬ……?

 そんなの、あんまりじゃないか。そんなこと……そんなこと……。

 ――許せるはずがない。

 

「待て!」

 

 ギッと奥歯を噛みしめて息を殺し、広間を出ようとすると、肩に手を置かれた。伸びてきた腕をたどると、案の定烏間さんだ。

 

「落ちつけ比企谷君」

 

「これが落ち着いていられますか? 仲間の命を弄ばれて……キレるなって方が無理な話だ」

 

 確かに今倒れているあいつらの命を優先するのなら、交渉に応じるのは一番の選択かもしれない。しかし、そもそもこんなことをする相手が素直に交渉するとは思えないのだ。しかも交渉役は渚と茅野、単純戦闘においてはE組の中でも間違いなく下位に入る二人だ。二人が人質になってさらに要求が増えれば最悪の展開になってしまう。

 それならばいっそ……。

 

「…………怒っているのが、君だけだと思うな」

 

「ぁ……」

 

 俺の肩を抑えているのとは反対側の拳が固く握り込まれ、あまつさえ小さく震えているのが目に入って、何も言えなくなってしまった。

 そうだ。こんなことをされて怒らないはずがない。しかし、感情に任せる場面では決してないのだ。こういう時こそ冷静に対応しなくては、取り返しのつかない失敗をしてしまう。

 

「それに感情を露わにしては“消える”こともできないだろう?」

 

「……そう、ですね」

 

 ロヴロさんに言われたことだが、俺のステルスは普段感情をあまり表に出さないからこその完成度だと言う。今の感情が乱れた状態ではまともに“消える”のは無理だろう。まだ完成しているわけでもないのだから。

 大きく深呼吸を繰り返して、高ぶる感情を必死に抑え込む。大丈夫、期限には一時間ある。なにかこの状況を突破する方法が絶対にあるはずだ。落ちついて考えろ。

 相手に主導権を握られている以上、どこで監視されているか分からない現状で外に連絡するのは愚策。奴の言葉通り人工的なウイルスならどこの病院でも対応できないはずだ。交渉云々以前に山頂のホテル、普久間殿上ホテルに行く以外の選択肢はない。

 しかもこの殿上ホテルというのが厄介だ。国内外からマフィアやそれに関係した財界人が違法な取引やドラッグパーティをやっていると噂される場所。こちらの味方をしてくれる可能性は万に一つもない。

 ならばどうする。「我々」と言っていた点から相手は複数、しかもプロの殺し屋の可能性が高い。どうするどうするどうすればいい……。

 ああだめだ。やっぱりこの状況で落ちついてなんていられない。どんどん思考が混濁していく。考えれば考えるほどドロドロと溶けて形を失ってしまう。

 

「比企谷君!」

 

 それでもなんとか考えを絞りだそうとドロドロの思考の中をかき分けようとして――パンッと目の前ではじけた音に意識を無理やり引き上げられた。顔を上げると、さっきの音はどうやら不破が手を叩いた音だったらしい。相当強く叩いたのか、痛そうに両手をフルフルと振っている。

 

「なにやってんだよ……」

 

「いたた……。ほら、比企谷君から借りたラノベでこういうシーンあったからさ」

 

 ああ、そういえばそんなシーンもあったな。パニックになった女の子を目の前で手を叩いて驚かせることで逆に落ち着かせるシーン。

 

「落ちついた?」

 

「ああ……」

 

 案外馬鹿に出来ない効果だ。さっきまでごちゃごちゃしていた思考が霧散して、不思議と落ちついていた。肩も動かして大きく息を吐き、椅子に深く座りこむ。

 

「比企谷君は一人で考えすぎなんだよ。せっかくここにはE組が全員集合してるんだから、皆で考えようよ!」

 

「……そうだな」

 

 確かに不破の言うとおりだ。ぼっち生活が長かったせいでその考えに全く思い至らなかった。差し出された水を一気に飲み干して、思考のゴミを流してリセットする。

 

「しかし、実際のところどうするべきか……」

 

「「「「…………」」」」

 

 呟いたそれに返ってくる声はない。十人の命が握られているのだから無理もない。まさに八方塞がりだ。

 

「ヌルフフフ、どうすればいいかは比企谷君が最初に半分答えを出したじゃないですか」

 

「半分……?」

 

 しかし、重い空気をすべて払いのけるようにいつものように超生物が笑う。半分とはどういうことだろうか。そもそも俺が最初に出した作戦は――

 盗聴の可能性を考えて外に出ると、ポリ袋に入れられた殺せんせーが透明な球体の中から声を張り上げた。

 

「敵の意のままになりたくないのなら、手段は一つ」

 

 殺せんせーの声に合わせるように全員のスマホが震える。届いた律からのメールを開くと、目的のホテルの見取り図と思われるものが添付されていた。

 

「患者十人と看病に残る人を残して、動ける全員でホテルに侵入。最上階の敵へ奇襲を仕掛け、治療薬を奪い取るのです!!」

 

「な、危険すぎる!」

 

 烏間さんの反論はもっともだ。明らかにプロの相手、しかも敵の規模も明確には分かっていない。しかもその未知の敵に気付かれないように最上階まで侵入する高難易度の隠密ミッションだ。

 だが……。

 

「確かに危険です。大人しく私を渡した方が賢明かもしれない。しかし、君たちはただの生徒ではない。一人一人が高度な訓練を受けた特殊部隊だ」

 

 さあ、どうしますか?

 そう問いかける担任に、皆の答えは決まっていた。

 

「「「「もちろん、こんなことをした落し前までキッチリつけさせる!」」」」

 

 今の俺は一人じゃない。一人では無理なことでも、こいつらがいれば無理じゃなくなる。……こんな簡単なことにも気付けないんじゃまだまだぼっち脱却は無理そうだな。

 

「さて、生徒たちは答えを出しましたが。烏間先生、どうしますか?」

 

 確かに俺達は短期間とはいえ特殊な訓練を受けてきた。しかし未知との敵、未知の環境での戦闘の訓練は受けていない。この作戦を実行するには指揮官の存在は必須要素だった。

 その俺達の指揮官は深く瞑目する。そして、いつものようにまっすぐ迷いのない目で俺達全員を見渡した。

 

「目標、山頂ホテル最上階! 隠密潜入から奇襲までの連続ミッション! ハンドサイン、連携については訓練のものをそのまま使用する! いつもと違うのはターゲットのみだ!」

 

 ――三分でマップを叩きこめ!

 

「「「「おう!!」」」」

 

 どこの誰だか知らないが、俺らを敵に回したことを後悔させて、絶対に薬を奪ってやる!




離島暗殺編が始まりました。

原作に沿ってじっくり書いたらたぶんこれだけで5,6話くらい書けそうですが、あんまりん長くなっても間延びしそうと言うのと、原作とあんまり変わらないところを書いても原作読んでる人達は面白くないだろうなと言うことでちょこちょこカットしています。
ほとんどいないと思うけど、原作やアニメを見ていない人達はこの機会にチェックだ!(露骨なステマ、むしろダイマ

ということで今日はこの辺で。
ではでは。

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