異世界に来てから一ヶ月ほどが過ぎた今日も、俺は
「いらっしゃいませ!」
丁寧な姿勢で気を付けから、体を少しだけ前に傾けて礼、そしてにっこりと営業スマイルで客人を出迎える。
目の前には50近くか前半のオッサンが脂汗と気色の悪い笑みを浮かべて俺を視姦している……お盛んなこった。
やたら胸を強調する
仕事を終えて、これまでのことを振り返り観る。
バイトを始めて3日目で50人近くの固定客が付く始末でこの街は一体どうなってやがるとも言いたくなるが、もうここまで来たらもはや諦めの境地だ。
尻を触ったりのセクハラしようものなら、その手を最小限の力で関節を極める小手捻りで締め上げながら「おやめくださいね? お客様?」とお願いすれば、みんなコクコクと必死に頷いて学習してくれたのでよしとしよう。
とまぁ、そこそこエリスも貯まってきたことだし、そろそろ本格的に冒険の準備をしようと思う。
まだ冒険の「ぼ」の経験すらないからな、俺は。 このままじゃ冒険者になった意味がない。
ここ一月、あの喫茶店でバイトして8時間働いても、日当は2000エリスだ。 時給にして250エリス……最低賃金なんてあってないもんで、そもそもここは日本じゃないしな。
初心者向けのクエストを受けるためにも装備を整えたい俺は、節約とバイトを頑張ってさすがに馬小屋は嫌だから宿の物置に泊めてもらっている。 そもそも、俺は元男だったが今や女でステータス的に見たら最弱の筋力値だ……もしもの事を考えたくもないので、狭い物置で寝泊まりしているわけ。 仲間がいるのならば馬小屋でもオッケーだと思うがな。 1日250エリスで泊めてもらえるよう交渉もしたしな……起きる時に体がバキバキなのは仕方ないことなので、もはや諦めたけど。
そんなことを考えながら、毛布をハルナの保有結界から引き摺り出してくるまり、俺は眠りについた。
☆ こ の す ば !! ☆
「せぁっ!」
「まだまだ甘いですよ、マスター?」
俺の持つ木刀をハルナの木剣がいなす。
「そんなんじゃ、ジャイアント・トードに丸呑みにされておしまいです」
「そうならねぇために、稽古頼んでんだろうがっ!」
軽口を叩きながらさらに連撃を積む。 袈裟斬り、斬り上げ、逆袈裟斬り!
この3連撃をハルナは紙一重まで引きつけて最低限の重心移動で、すり足で避け切って見せた。
俺は現在、ハルナの指導下でトレーニングを積んでいた……え? 寝てるんじゃないのかだって?
ここは俺の体の存在する場所ではなくて、ハルナの保有する宝具が作り出した空間だ。
空間から時間を切り離した限定領域で、俺の魂を体から引っこ抜き、ハルナの創生魔法で一時的な肉体を作ってもらい移動、この結界内で動いている。
俺の体の方は今、魔法的なコールドスリープ状態なので死んでいるわけじゃあないのでご安心を。 なので今の俺はホムンクルス状態ってわけで、俺の本体が疲れるわけではないので問題ない。 まぁ、精神は少し磨耗するが。
今は効果的な剣術の指導を受けつつ、体捌きを魂に刻み込んでいる。
なぜ魂なのか……これは俺の体を騙すためでもある。
因果律が狂っている俺の肉体は、呪われてるかのように筋力と体力のパラメーターが伸びにくくなっていると言うことで、完全に知識職向きの肉体ってわけなのだ。
で、その狂った因果律を騙すべく、その結果に至る原因を騙すべく魂に経験を積ませている。
ハルナ曰く、この結界内での経験は俺の魂に記憶されていると言う……だが、体にはそんな形跡がない。 つまりは矛盾が起こるのだとか。
それで何が起こるかと言うと、魂と肉体の経験の差の帳尻を合わせるためにその矛盾を快復させようと身体の成長の起点たる「基礎ステータス」に変化が起こると言う。
この場合、魂に刻まれた経験には相応の筋力を得ているはずなのに、体には予定を下回る筋力しかないとする。 すると肉体はその矛盾を快復させようとしてその筋力を補填しようと成長しやすくなる……と言うことだ。
ちなみに、基礎ステータスはその人間の素質によって振り分けが決まる。
俺の場合は、知力と器用、敏捷、魔力がダントツで伸びやすいとハルナに聞いた――筋力はともかく、体力はスタミナとHPに影響するから伸びやすくしないとこの先まずいらしい。
「あれから一月、だいぶマシにはなってきましたね、マスターの動き」
「褒めてんのか貶してんのかわからねぇいい方すんなよ」
「いや、褒めてますからね!?」
とまぁ、皆さんはお気付きか? このハルナ、俺と同程度の身長になっていることに。 見目麗しい美少女の姿は町のどんな男も絶対に振り向かせるに違いない。 まぁ、俺は今現在は同性なので興味がないし百合になるつもりも、毛頭ないしね。 と、タネを明かすと、ハルナに質量保存の法則は通じないだけだ。
霊体だし、実体は本来持ち合わせちゃいないからな、こいつは。
「明日は休みだし、装備を買いに行きますか」
「と言うことは、そろそろ本格的に冒険の準備を始めるんですね?」
「……いつまでも物置小屋で過ごすのは癪だからな」
「なるほど。 じゃあスキルもついでに覚えますか?」
「ああ、そうだな。 じゃあ、まずは起きないとな」
こうして俺は目を瞑ると、ハルナに導かれるがままに魂が肉体へと飛んだ。
◯
「資金は40500エリスか。 皮鎧と剣は持ってたし、双剣で戦いたい」
「んーとですね、双剣を使うなら同じ長さに近い剣を使うのが一番です。 だから、これなんてどうですかね?」
頭の上に座るハルナと相談しながら、装備を選ぶ。
武器屋の店主は俺の頭上のハルナに興味津々なようだ……このひと月の間で、ハルナはアクセルでその名を知らぬ存在となった。 ハルナが俺の周りを飛び回り、付いてくる姿はまるで妖精のようだからだろうか?
「鋼の剣か、値段は……12500エリス」
「剣としての長さは及第点でしょう、買いですかね?」
「まぁ、そうだな」
店主にお金を払い、鋼の剣を鞘に収めて腰のベルトに吊るす。 他に買ったのは矢を数十発に矢筒だ。
矢筒と矢はハルナの保有結界に放り込み、ながら俺はアクセルの外に出た。
門番の人に冒険者カードを見せて、外に出たのだ。 使えそうな素材を探すために。
「木の枝だけでいいのか?」
「はい、それだけあれば弓は作れますよ。 弦は必要ない魔力で編むものを使ってもらいますから」
今回の素材集めはハルナの道具作成陣を試験的に試させてもらうのが目的だ。 この魔法には俺も使用できるらしいので使えるものは全て使おうという方針で意見が一致した。
ちなみにだがハルナの言い分を信じると、作ろうと思えば戦闘機でも作り出せるらしい。
あくまでも人に作れるものならば何でも作り出せるらしいからな。 つまりは、神代の古代都市に生きた人々が創り出したような物も作り出せるということ……コストバカにたかそうだけどな! AUO並みの黄金律があればいくらでも作り出せそうだが、そんなもん無い物ねだりだ。
「っとまぁ、こんなもんか……ん?」
「あ、これはマズイですね……」
近くの草むらが揺れてそこから毛のないチンパンジーみたいな、醜悪な猿っぽい何かが出てきた。
各々粗末な盾や石刃の手斧、石刃の剣やらを持っているのが5匹ほどかな?
「ギギィッ!!」
「ギィッ!」
「マスター、彼らはゴブリンです。 今のマスターじゃ太刀打ちできるか怪しいですよ――「魔法の練習相手がノコノコ出てきたわけか」ええ!? ちょっかい出すんですか!?」
「少なくとも、奴らは俺を逃してくれそうにないし」
いっちょまえに角突きの兜を被った個体が騒いでいるし
「オンナ! オンナ! 肉ウマソウ!」
「ギギィーッ!!」
人語を話すのはリーダー格だからだろうか? とりあえず俺は魔法を唱える。
「紅蓮に燃えよ! 《フレイム》ッ!」
中級魔法を覚えると使える火の魔法、《フレイム》はバレーボールくらいの大きさの火球を作り出せるポピュラーな魔法だ。 俺は火球を投げてゴブリンたちの足元の枯れ草を燃やした。
枯れ草ともなると、すぐに燃える。 そのぶん燃焼時間も短いが、脅かすには十分なはずだった。
「マホウ? ヘボイ! ヤッチマエ!」
ゴブリンどもは足元の火なんざ平気と言わんばかりにこちらに走ってきた……って何っ!?
火見たらさすがに逃げるだろっ!? どうなってんだこいつらの思考!?
「追い払うつもりだったけど、飛んだ誤算だなオイ!?」
「この世のゴブリンはたくましく、食物連鎖の下の方でも集団で自分たちよりも強いジャイアント・トードを狩りますからねー。 舐めてかかったら死にますよー?」
「それを、早く言えっつーのぉぉぉ!?」
ベソかいても仕方ねえ! 俺は中級魔法の一つで
ちなみにだが、エンチャント系の魔法には武器の耐久値を肩代わりする効果があったりする。 切るたびにその効果が薄れる感じかな? 言い換えるとエンチャントが続く限り、剣が折れることはない
貧弱な俺の体力で、当たれば死にかねないゴブリンの攻撃力を舐めるつもりはない。 同人RPGの敗北イベントでモンスターに輪姦されるリョナ的展開はさらにノーサンキューだッッッ!!
「いくぞ……」
集中、まずは飛びかかってきた手斧と木の粗末な盾を持ったゴブリンAを狙い、風の刃を纏う鋼の剣を逆袈裟斬り気味に斬りあげる。
ゴブリンAはそれを盾で受け止めようとするが甘い! 鋼の剣は盾を両断しつつ、ゴブリンの胴と腰をサヨナラさせた。 エンチャント・ウインドの効果は斬れ味上昇と、瞬間リーチ延長。 振り抜いた刀身が一時的に倍加する効果を持つ!
次に右手の剣を真横に振り払うと三日月のような形の炎の塊が空を舞う。 炎の塊が、直撃したゴブリンBは一瞬で灰燼に帰した。
2匹のゴブリンはそれを見て武器を捨てて逃げ出すが、リーダー格のゴブリンは俺を睨みつけていた。
「オレノテシタ! ヨクモ!」
こいつの武器は鉄製の刃こぼれしたシミターだろうか? まぁ粗末な武器に違いはないだろう。
駆けてきたゴブリン・リーダーと切り結び、受け止める。
「仕掛けてきたのはお前らだ……悪く思うなよ……」
俺は、剣を手放しながら後ろに飛ぶ。ゴブリン・リーダーはつんのめって前に転びかけるが踏ん張って持ちこたえる。 そりゃ俺が丸腰になるわけだからな……本来なら
「全ての空を統べる颶風の女王よ。 汝に我は願う。 我を滅ぼそうと、我を倒そうとせん彼の敵に嵐天の鉄槌を与えよう! 〈テンペスト・ブレイク〉ッ!」
その詠唱を終えたハルナが放った真空刃の塊の、強力な精霊魔法を受けたゴブリン。 その瞬間に、ゴブリンは血煙と化した。
後にまた書き足すかも?