砕蜂のお兄ちゃんに転生したから、ほのぼのと生き残る。 作:ぽよぽよ太郎
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「――君、少しいいかな?」
ついこの前二番隊第三分隊監理隊所属の席官になった浦原喜助は、そう声を掛けられて立ち止まった。いつものように出舎するため、瀞霊廷内を歩いているところだった。
寝不足だからか、気だるげな声音で返事をして振り向く。
「どうしまし、た……?」
だが、そこにいる人物を見て一瞬言葉を詰まらせ、すぐに態度を改める。
「ス、スイマセン、藍染副隊長……」
護廷十三隊五番隊副隊長、藍染惣右介。慌てる喜助の前には、護廷十三隊でも屈指の人気と人望を誇る副隊長が立っていたのだ。どこか不思議な雰囲気を持つ男でもあり、龍蜂が彼のことを注視しているのを喜助も感じていた。卍解こそ覚えたものの、まだ権限その他は一般隊士と大差ない喜助にとっては、全く面識のない相手だ。
「いや、慌てなくて大丈夫だよ。それより、龍蜂副隊長がどこにいるか知らないかい?」
「龍蜂副隊長……っスか?」
現在龍蜂は夜一とともに修行中だ。転神体のことも含めて機密事項にあたり、三日間籠りきりになるとのことを喜助は夜一から説明を受けていた。喜助と龍蜂の二人で修行した時は毎夜家に帰っていたが、今回は泊まり込むらしい。
(龍蜂サン、たぶん泊り込みってこと聞かされてないっぽいっスよねえ……)
ウキウキとした夜一のことを思い出し、喜助は苦笑い。さっさとくっつけと思わなくもないが、現在のあの二人の関係も見ていて面白いものがある。それを近くで見ているのも良いかもな、と喜助は思った。
「確か夜一隊長とどこかで修行をするとか言ってましたね。三日後には戻ってくるとか」
喜助はとりあえず、当たり障りのないようにそのことだけを伝えた。藍染はそれを聞いてなにやら考え込む。
龍蜂は隊士たちに毎日夜には顔を出すと言っていたが、その後に夜一が三日間戻らないと訂正して回っていたのを思い出しながら。夜一がそう言ったからには、本当に龍蜂を帰す気はないんだろう。そのせいで隊内では早くも新婚旅行かと話題になったりもしていた。
(そういえば龍蜂サンの妹さん、すごく機嫌が悪かったっスねえ……)
喜助が
「まあ、いないのならしょうがないかな。一応、僕の始解の説明をしておこうと思ったんだけどね……」
(確か藍染副隊長の斬魄刀は流水系。”霧と水流の乱反射により敵を撹乱させ同士討ちにさせる能力を持つ”でしたっけ)
喜助が聞いた限りだと、定期的に藍染の斬魄刀の能力説明会は行われていた。もっとも、藍染目当てなだけの女性隊士もたくさん訪れたりするらしいが。
「では、三日後くらいにまた来るとするよ。龍蜂副隊長によろしく言っておいてくれ」
そして、結局藍染はそれだけ言って去っていった。
特におかしなところはない。喜助は藍染に対して、
「――疲れてるんでしょうかねえ……」
サボりの常習犯のくせに、そんなことを呟く。
喜助は去っていく藍染の後ろ姿から、言いようのない不安を掻き立てられていた。
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靄の中、修行の一日目を終えた俺は例の温泉へと浸かっていた。全身からジュウジュウと音がして、傷が治っていくのを感じる。鳴神との修行は壮絶なものになった。喜助の時は静かだったということもあり、どこか甘く考えていたのかもしれない。
雷を纏って突っ込んでくる鳴神に対し、ひたすら白打や瞬歩を使って応戦。そこまでは別に良い。だが、鳴神に触れるごとに身体や脳のどこかに電気が流れ、例えば五感のうち一つが閉ざされたりするのだ。攻撃しようとした瞬間に目や耳が使えなくなったり、はたまたいきなり足が動かなくなったりとか。
そんな状態で応戦するのは骨が折れた。いや、物理的にも折れそうになったりしたけど。とにかく、夜一さんのストップ……というかタイムリミットが来なかったらやばかったかもしれない。正直鳴神のジャージ姿を視姦する暇さえなかった。
肝心の卍解習得の条件については、詳しいことは聞いていない。鳴神が打ち合うといったら、そうするしかないのだ。それに拳を交えていくうちに、なんとなくだが鳴神のことをさらに身近に感じることができてきた。これを残りの二日間続けることで、例え卍解を習得できなかったとしても俺は後悔しないだろう。
問題はここからだ。
俺は事前に隊士たちに毎夜隊舎に顔を出す、と言っておいた。愛しの我が妹、砕蜂の顔も見たかったしな。まだ副隊長呼びを撤回してくれないが、それでも顔を見るだけでやる気が出るのだ。
なのにだ! 一日目を終えて帰ろうと思っていると、夜一さんが三日間缶詰だ!とか言い出した。しかも俺たちが不在中の仕事の段取りなどは全て整えてあるらしい。実際にそれらの段取りの書かれた書類を見せられ確認してみたが、想像以上に完璧な段取りだった。むしろ、今俺が顔を出したら逆に面倒になるだろう、という程度には完璧に。
「くそ、あの人真面目にしてればあんだけハイスペックなのに……。いや、まあそこが良いんだけどさ。でも普段の俺の苦労って一体……」
夜一さんの普段の業務態度が頭にちらつき、温泉の水面に顔をつけてうなだれる。
「……なにをしてるんじゃ、龍蜂?」
しばらくぶくぶくとして遊んでいると、夜一さんからそう声がかかった。少し気恥ずかしいが、男の裸なんぞは見られたところで減るもんじゃない。夜一さんに恨み言を言ってやろうと、何の気無しに顔を上げる。
「――oh……」
そこには、見事なプロポーションを惜しげもなく晒した夜一さんがいた。いや、身体にタオルは巻いているみたいだが、それでもあのナイスバディを隠しきれるわけがない。艶やかな褐色の肌に、揉み応えのありそうな双丘。扇情的な腰のくびれとムッチリとしたお尻のラインは、どうしようもなく雌を感じさせる。
いや、てっきり服を着ているもんだと……。
「そ、そんなに見るでない。儂とて羞恥心くらいはあるんじゃぞ……」
夜一さんのその言葉で、俺は我に返った。
「いやいやいやいや、なんで一緒に入ろうとしてるんすか!?」
「ぬ、なんじゃ? 嫌なのか?」
「いやむしろ大歓迎――って言わせんな恥ずかしい!」
「まあ細かいことは気にせんことじゃ。ほれ、そっちに詰めろ」
夜一さんはそう言うとわざわざ俺の右隣に腰を下ろし、俺に背を向けて座った。右肩には夜一さんの背中が触れていて、彼女の体温を感じる。タオルは付けたままだが、そこに突っ込む余裕は俺にはなかった。
「ふぅ〜……やはり風呂というのは気持ちが良いのぉ」
なんでもないように息を吐く夜一さん。後ろから見える彼女の耳は、恥ずかしさからかすでに真っ赤になっていた。
……恥ずかしいならするなよと思わなくもないが、俺も同じように顔を赤くしているはずなのでなにも言えなかった。商売女が相手なら躊躇せずにむしゃぶりつくだろうが、相手は夜一さんだ。跳びかからないようにするので精一杯だ。
「のう、龍蜂。おぬしは卍解を覚えたとしたら、どうするんじゃ?」
不意に、夜一さんがそんなことを聞いてきた。
「どうするって、随分アバウトな質問なんすね」
「いや、まあ喜助にも言えることじゃが、隊長になるには卍解習得は必須じゃ。そして、この修行がうまくいけば、おぬしは隊長になるための資格を有することになるじゃろう」
確かにそうだ。他の隊長などが立会のもと厳格な試験も行われるが、副隊長経験があり卍解も使用できるとなれば、隊長への推薦はほぼ100%通るだろう。もっとも現在は隊長格に空きはないが、もし空いたらファーストチョイスということになる。
取らぬ狸のなんとやらというが、なんとなく、夜一さんの聞きたいことがわかった気がした。
「おぬしが卍解を覚えたら、儂から推薦することだってできる」
俺のほうを見ようとせず、背中を向けたまま話す夜一さん。その声音には、いつもの彼女らしくない弱音が混じっているような気がした。
「じゃから、もしおぬしがそれを望むなら――」
「――夜一さん」
俺は、夜一さんの言葉を遮る。俺の答えなんて最初から決まっているのだ。隊長と副隊長という、それ以上の関係になれないとしても。この先起こることを知っていたとしても、俺の答えは変わらない。
「俺はずっと、貴女の副隊長でいます。貴女を一番近くで見ていたいし、支えていたい」
「――っ……」
背中を向けたままの夜一さんに、そう真っ直ぐに声をかける。告白のような物言いになってしまったが、偽りない俺の本心だった。
俺の声に反応してか、夜一さんの肩がかすかに揺れる。そしてその揺れはだんだんと大きくなっていき、小さな嗚咽も混じるようになっていった。後ろから抱きしめたくなる衝動を抑え、俺は夜一さんが落ち着くのを待った。
そのままどれくらい経っただろう。夜一さんはゆっくりとこちらへ振り返った。目元が少し赤くなっていて、恥ずかしそうに俺と目を合わせようとしない。
「……す、すまぬな。変なことを聞いて」
「い、いえ……」
そんなしどろもどろな会話をしてしまい、二人で小さく苦笑した。そしてそのまま何も言わず、隣同士で座り直す。肩が触れるくらい距離で、お互いを感じられるように。
会話もなくそうして座っていると、夜一さんが俺の肩へとコテンと頭を乗せた。思わずそちらを見ると、夜一さんが悪戯が成功した時のような笑顔を浮かべている。
羞恥か熱か。理由はともあれ、頬を染めた夜一さんの笑顔はどうしようもなく魅力的で、蠱惑的だった。正直、そろそろ理性の限界だ。
「……あ〜、夜一さん。いまさらなんですけど、俺だって一応男なんすよ?」
俺は理性を総動員してそう言った。言外に、そろそろ限界だと伝えるように。とりあえず間違いが起こらないよう先に出ようと、腰を浮かせる。否、浮かせようとした。だがそこで、夜一さんに肩を抑えられた。
そんなことをさせると思わなかったため、俺は少し慌ててしまう。うむ、恥ずかしい。夜一さんはそんな俺の様子を見て楽しそうな笑みを浮かべている。その顔は依然として真っ赤なのだが、どこか覚悟を決めた表情をしていた。そして身体にタオルを巻いたままゆっくりと立ち上がると、口を開く。
「――儂がなんとも思っておらん奴相手に、こんなことをすると思うか?」
「いや、それって……」
隊長と副隊長というだけの関係。喜助も含めて、ただの腐れ縁のようなものだと思っていた。そう、思い込もうとしていた。こんな魅力的な女性に、俺は釣り合わないと。本来死んでいたはずの存在は、彼女の枷になるかもしれない、と。
それなのに――
「龍蜂。わ、儂はおぬしを好いておる。儂の隣で、儂のことを支えてほしい……っ」