比企谷八幡の消失。   作:にが次郎

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その時は突然にやってくる。

 

 

 

 

と思ったのだが、雪ノ下と葉山はサッと俺の前に出て、俺の格好を不審に思って尋ねてきた教師に臆することなく、でっち上げた理由を堂々と述べた。

よくよく聞くとおかしなことを言っているのだが、理由を聞いた教師はなぜか納得したようですぐにその場を去っていった。イケメンと美少女が言うとデタラメでも説得力があるように聞こえてしまうのはなぜだろう。ちなみにこの雪ノ下は普通に嘘を吐くようです。

 

 

上履きの件だが、やはり他人のものは拝借させるわけには行かず、教員玄関にあった来客用のスリッパを借りた。

 

 

部室までの道中、雪ノ下が尋ねてくる。

 

 

「そういえばまだ聞いていなかったことがあるのだけれど」

 

「なんだ?」

 

「あなたの話を聞く限りでは、誰かが姉さんの力を利用してあなたをこんな目に合わせている。そういう解釈でいいのよね?」

 

 

雪ノ下をここに連れてくるために後回しにしたが、それは必ず解決しなければならない問題。

 

 

「君の言う小説では”長門”というキャラクターがそれを行ったことになっていたんだろ?」

 

「ああ」

 

「なら、君が見舞われている現象を引き起こした犯人は長門役の由比ヶ浜さんという子でいいのかい?」

 

「いや、可能性はあるが、断言できない」

 

 

ここまでで絞れている犯人は由比ヶ浜。と雪ノ下、葉山だ。

由比ヶ浜はあくまで役柄的に可能性があるだけで、他に要素がない。

あの部室でのやり取り。陽乃さんの力を知っている。この2つからあとの2人は十分に可能性がある。

 

だが、それを口に出すことができなかった。

雪ノ下と葉山は陽乃さんを必死に探している。それなのにこの改変を行ったのは2人かもしれないなんて言えるわけがない。こんなにも探し求めている人物を消したのはお前らだと言うのはあまりに残酷過ぎる。

 

 

気がつけば足が止まっていた。

そんな俺を見て雪ノ下は少し表情を曇らせて言う。

 

 

「候補は他にもいるのよね?」

 

「いや……」

 

「あなたの言いたいことはわかっているわ」

 

 

まぁそうだろうな。俺がわざわざ言わなくてもすべて語ってしまっているのだ。こいつの頭があればそこに辿り着くのは簡単だろう。

 

 

「そんなに黙り込むことはないわ。それはもう承知している」

 

「そうか……」

 

「もし私たちがやったことだったとしたら1つお願いがあるのだけど……」

 

 

雪ノ下は曇らせていた表情をやめ、葉山を一瞥してから、俺を見据える。

 

 

「あなたが元の世界に帰れたなら、もしくはこの世界を元に戻せたなら、私たちを叱ってやってちょうだい」

 

「は?」

 

「お願いできるかしら?」

 

 

彼女の瞳には強い意志が秘められている。

 

 

「できることなら、自分でやりたいのだけれどね。あなたにしか頼めない」

 

「わかった」

 

 

了承したものの、俺が雪ノ下を叱れるかどうか不安だ。まぁ雪ノ下本人からの頼みだ。やるしかない。

そんなことを思っていると、雪ノ下は茶化すように微笑む。

 

 

「な、なんだよ」

 

「容疑者は3人。でももう1つ見落としてないかしら」

 

 

雪ノ下にそう言われて頭を回す。

見落としとはなんだ?

彼女が犯人について言っているのは間違いない。

誰だ?他にあげられる人物がいるのか?

頭を悩ませていると、雪ノ下は言う。

 

 

「あなたよ」

 

「は?俺?」

 

 

いやいや、ちょっと待て。いくらなんでもそれはない。なんで俺がこんなことをしなきゃならない。自分で自分を困らせてどうするってんだよ。

 

俺は雪ノ下の発言の真意を問う。

 

 

「どういう意味だ?」

 

「まぁ言ってみればただの勘ね」

 

「勘?」

 

「ええ、あなたの話を聞いた第三者からの客観的に見て浮かんだただの勘」

 

「小説の読みすぎなんじゃないのか?」

 

「あなたに言われたくないわ」

 

 

俺の言葉に雪ノ下はややムッとした表情をする。なんで怒ってんだよ。

そんな彼女の顔を見て、俺はあることに気がつく。

もしかして雪ノ下はやや重くなってしまった空気を和ませようと冗談を言ったのか?

だが、時すでに遅し。

余計、重くなった空気を葉山が取り持ってくれる。

 

 

「ほら、時間もないんだろう?早く行こう」

 

「そうだな」

 

 

葉山にそう言われて俺たち3人は部室への廊下を歩く。

冗談だとしても雪ノ下の言ったことを完全に否定する術を俺は持たない。確かにそんな要素も含まれている。でもそんなオチは認めたくない。

 

 

 

そんなことを考えながら、俺たちは部室の前に到着した。

 

 

 

 

×××

 

 

 

既に陽は傾きかけていて、窓から差し込む陽の光は弱くなっている。

そのおかげで、部室内に明かりが灯っていることがよくわかった。

 

とうとうこの時が来た。

 

俺の中にいろんな感情が渦巻く。

期待、不安。俺の動きを止めるそれらの感情を振り払うように両手で自分の頬を叩く。

 

 

「行くぞ」

 

「ええ」

 

「ああ」

 

 

2人の力強い返答を聞いて、俺は戸に手をかける。

 

 

ガラガラと音立てて開けた先にはいつもと変わらぬ場所で読書に耽っている由比ヶ浜の姿があった。

彼女はすぐに俺に気がついて驚いた表情をした。それを見て、自分がノックし忘れたことを気がつく。

 

 

「突然、悪い」

 

「ううん。今日は来ないのかと」

 

「1人か?」

 

「さっきまで折本さんがいたんだけど……あっ!」

 

 

そこまで言って何かを思い出したように立ち上がる。なぜか目線を泳がせ、心なしか頬が染まって見える。そして何よりどこか不機嫌なような気がする。

 

 

「ど、どうかしたか?」

 

「折本さん……」

 

 

由比ヶ浜は折本の名前を呟くように言った。それを見て、なぜ彼女がそんな表情をしていたのかすぐにわかった。

数時間前に自分がやらかしたことを思い出す。そうだよね。あんなに大きな声で言えばそりゃみんな知ってるよね。

 

 

今は俺が見舞われている現象とは、まったく関係のない焦りが俺を包見込んでいく。やばいな。なんでこんな焦ってんの俺。

 

 

「いやー、あれはな。その」

 

「べ、別に比企谷くんがその折本さんのこと……」

 

 

ほら、やっばり誤解してる。

いや、あれを実際に見てたやつなら冗談だとわかるかもしれないが、人から聞いたならたぶんそうではない。それにこの由比ヶ浜はかなり純粋そうな感じだ。

こんな誤解を解く必要はないのではないかと思いもするが、この後の話を進める際に厄介そうなので解いておくことにする。

 

どう言い訳をするかと考えていると、後ろから背中を突かれる。振り向くと、困ったように笑う葉山と訝しむ顔の雪ノ下がいた。

 

 

「なんの話をしているの?早く中に入れてくれないかしら?」

 

「ええ?あー」

 

 

そんなことを言っている間に雪ノ下は俺を押しのけて部室内に入っていく。

彼女は部室内を見渡すようにしながら一言。

 

 

「ここが”奉仕部”の部室ね」

 

「ほうしぶ?」

 

 

由比ヶ浜は突然現れた雪ノ下に困惑しながら言う。

そんな由比ヶ浜に雪ノ下はゆっくりと近づいていき、一礼してから口を開く。

 

 

「突然、訪問してしまってごめんなさい。私は海浜総合高校、2年の雪ノ下雪乃です」

 

 

雪ノ下の自己紹介を聞いて、葉山も教室内に入り、彼女の隣に並んで自己紹介をする。

 

 

「俺は葉山隼人。雪乃ちゃんと同じ海浜総合高校の2年だ」

 

「ゆ、由比ヶ浜、結衣です」

 

 

2人の登場にやや気圧されながら引き気味に自己紹介を返す由比ヶ浜。突然こんな2人が現れたらそうなるよね。ごめんね。

 

由比ヶ浜は俺になんで?という視線で尋ねてくる。

 

 

「あ、えーと、この人たちは?」

 

「あー、そのだな」

 

 

なんと説明すればいいか言いあぐねていると、雪ノ下が中途半端な回答をした俺を切り捨てるように言う。

 

 

「ここには比企谷くんのお願いで来たわ」

 

「お願い?」

 

 

雪ノ下の言葉を聞いて、由比ヶ浜の視線が訝しむものに変わる。

ちょっと待って。雪ノ下さん、変な言い方やめてね?確かにお願いしたけど。

由比ヶ浜の視線には”お前、折本さんに愛してるぜ!なんて言っておきながらまた違う女の子連れてきやがって”みたいなことが含まれているな、たぶん。

 

 

いろいろあったが、ようやく揃えることができた。

違う制服を着ていても、見た目が物凄く真面目になっていても。

 

 

 

 

ここには”雪ノ下雪乃”と”由比ヶ浜結衣”がいる。

 

 

 

 

今、こうして奉仕部の面々が揃ったわけだが、今のところ何も起こる気配がない。

この部室でこの2人を前に心臓の音が大きくなっていくのがわかる。

 

そのまま黙り込んだ俺に由比ヶ浜が尋ねてくる。

 

 

「ど、どういうことかな?」

 

「彼女にはまだ話していないの?」

 

 

俺が答える前に雪ノ下がそう言う。

 

不思議なことに心臓の鼓動は高鳴っていても、冷静さを失ったわけではなかった。

なんだろうか、この感覚は。

 

そうだ。固まっているわけにはいかない。由比ヶ浜にも経緯を説明しなければならない。

 

どこから話すべきか。

そんなことを考えていると、その時は突然やってきた。

 

 

「比企谷くん?」

 

「ああ、ちょっと待っ……」

 

 

口に出そうとした言葉は消えてしまう。

その瞬間に頭の中にノイズが走る。それとともに頭に激しい痛みが襲う。

 

 

悲鳴にも似た情けない声が聞こえた。たぶん俺の声だろう。先ほどよりも床が近く見える。俺はいつの間にか片膝をついていた。

 

 

激しい痛みを感じているというのに、なぜ冷静でいられるのだ。訳がわからない。

身体と意識が分離されたような感覚。いったいこれはなんだ?

 

 

マジかよ。またかよ。

ここまで激しい痛みが走ったのは初めてだ。

この痛みが”緊急脱出プログラム”なのか?ここからどこかにタイムスリップでもするのか?

だからってなんでこんなに痛みを伴う必要がある。俺は失敗したのか?

もしかしてタイムリミットが来てしまったとか?

 

 

どうすればいい?

この状況から抜け出すには何をしたらいい?

 

 

声が聞こえる。

 

 

たぶん、由比ヶ浜や雪ノ下が俺の突然の変調を心配しているのだろう。

何やってんだ俺。ここまで来てこれかよ。情けねえ。

 

 

『…………か?』

 

 

誰の声だ?

 

 

『…………かって聞いんだよ』

 

 

男の声だな。でも葉山のものではなさそうだ。

 

 

じゃあ誰だ?

 

 

『早くしろよ、間に合わなくなるぞ?』

 

 

誰のものかわからない声に耳を傾けているうちに分離した意識が身体に戻っていく。

 

 

頭を掻き毟りたくなるような痛み。

俺はその耐え難い痛みに頭を抱えて蹲っていた。

 

 

声はまだ聞こえている。

 

 

『早くしろっての。ほら、こっちだ』

 

「お前は誰だ?!」

 

『いいから早く来い』

 

 

必死に頭を上げて、部室内を見回す。

そこには心配そうに見つめてくる雪ノ下と涙を浮かべて口を押さえる由比ヶ浜。何が起きたか理解できない顔をしている葉山。

 

 

それだけしかいなかった。

 

 

「比企谷くん、あなた一体何を言っているの?」

 

 

どうやらこの声は彼女らには聞こえていないようだ。

俺の予測が正しければこの声の主はおそらく。

 

 

俺をこんな目に遭わせた奴だ。

 

 

ギリギリ思考は保てているものの、痛みはどんどん増していく。

その痛みに俺はとうとう耐えかねて声を上げる。

 

 

「畜生!!痛えんだよ!!くそったれ!!」

 

 

行かなきゃならない。

俺をこんな目に遭わせたど畜生が俺を待ってる。

なぜか行くべき場所はわかっていた。

 

 

なんとか立ち上がる。

頬に何が流れたのがわかった。

あまりに痛すぎて涙が出たのかとも思ったが、流れたはそれは涙ではなく、汗だった。

俺は気付けば髪が濡れるほど汗をかいていた。

手を見ると、黒く染まっている。あの黒毛戻しのスプレーの塗料が汗により溶け出しているのだろう。ということは俺の髪のあの部分がさらけ出されてしまっている。

 

 

「あなた、その髪……」

 

 

誰に問われたのかもはっきりと認識できない。

もうそんなことはどうでもいい。

 

 

俺は必死に言葉を捻り出し、彼女らに伝える。

 

 

「悪い、ちょっと……行かなきゃいけない。ここで……待って…くれ」

 

「そんな状態でどこに行くと言うんだ!?」

 

 

この声は葉山か?

 

 

誰かが俺の手を掴んだ。

 

 

「大丈夫だ。必ず戻ってくる」

 

「ダメよ!行かせられない。何かあったらどうするの!?」

 

 

俺の手を掴んだ主の方に目をやる。

掴んだのは雪ノ下だった。

俺を見る彼女の瞳は潤んでいる。

俺の手は強く掴まれていた。が、俺の視線から何かを読み取ってくれたのだろう。次第に掴む力は弱くなっていった。

 

 

「悪い」

 

 

俺はそう告げて、雪ノ下を手を優しく振りほどき、部室を出た。

 

 

 

×××

 

 

 

そこから俺は必死に足を動かした。

あの部室からは誰も追ってくることはない。

 

 

ふらふらと小走りで、あの場所へと向かう。

 

 

頭痛のせいか、息が切れている。

苦しい。まだまだあの場所へは距離がある。

挫けて今にも倒れ伏してしまいそうだ。

 

 

ダメだ。ここまで来たんだ。

雪ノ下や葉山には悪いことをした。

由比ヶ浜にも。

 

俺の我が儘に付き合ってもらったというのに何も告げずに飛び出してきたんだ。

 

必ず、辿り着いて、達成しなければならない。

 

あの場所へ行けば、すべてがわかるんだ。

 

 

まだまだ距離がある。

なんでこんなに遠く感じる。

まずい。視界が霞み始めている。

辛い。なんで俺はこんな辛いことをしているんだ。もうやめたい。逃げたい。

 

強く持っていた気持ちがどんどん揺らいでいく。

 

足が重い。

 

もう歩くことすらままならない。

 

端から見れば、酔っ払っているかのような千鳥足。

 

とうとう俺の足は止まった。

 

そのまま前のめりに俺の身体は倒れる。

 

視界は暗転。

 

だが、床に叩きつけられる衝撃を感じることはなかった。

 

その代わりに受けたのは柔らかい衝撃。

 

目を開けると、柔らかい綺麗な金色の髪があった。心なしかいい匂いがする気がする。

 

どうやら誰かが俺の身体を受け止めてくれたらしい。

 

全体重を預けてしまったせいで、受け止めてくれた誰かは、俺を支えきることができず、そのまま崩れるように膝をつく。

 

まだ身体に力が入らない。

 

少しだけ間を置いてから、その誰かは俺の両肩を掴んで、俺の身体を自分から離す。

 

 

そこでようやく誰かの声が俺に届いた。

 

 

「ちょっと八幡、大丈夫!?」

 

 

目の前にいる女性。

俺を受け止めてくれたの三浦優美子だった。

 

 

 

 

 

 


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