「それでは、今日の練習はこれまで。解散!」
「お疲れ様でしたー!」
「オツカーレ」
「オヤスミー」
「おい待て、なんだ今の!?」
大洗女子学園、戦車格納庫前に今日も元気な声が響く。
いよいよ全国大会一回戦を控えた今、戦車道の練習は本格的に対サンダース戦を想定したものになっている。
戦車としての立ち回りはもちろん、座学で相手の主戦力であるM4シリーズについての知識も頭に叩き込んでいる最中だ。
「えーと、昔はほとんど手が付けられなかったけど、最近はじめんタイプなら大体何とかできるんだったわよね」
「キャプテン、それは違うサンダースです」
一部脳筋勢を中心に知識面での不安が残るのだが、まだわずかながら猶予はあるし、バレー部の4人は特に成長著しく、試合形式になれば八九式という戦車の不利を補って余りある奮戦を見せてくれるため、ほとんど誰も心配していない。
「ふぃー。今日も頑張ったね。ねえみんな、どこか寄って行く?」
「いいね、パフェでも食べに行こうか」
「沙織さん」
「あっ……。ご、ごめんみぽりん。私達用事があるから、今日は先に帰っててもらっていいかな?」
「え、うん……。それじゃあ、また明日」
一方、こちらはみほたち。
練習帰りの寄り道といういかにも女子高生らしいことが日課になりつつあるが、今日は珍しく沙織たちに用事があるのだという。みほとしては少々寂しい気もするが、また明日も明後日もきっと機会は巡ってくる。
大洗に来て、友達が出来て、そう思えるようになったこと。それもまた尊いことだとみほは思う。だからそのまま別れを告げて、一人で家路についた。
「……あ。さ、作戦ノート忘れちゃった!」
そして、学校を出てしばらく進んでからうっかりが炸裂。気付く忘れ物。
戦車に乗って戦場に出れば敵の些細な隙でさえ見逃さないみほであるが、一歩降りればこの有様であった。
サンダース大付属との試合を控えて作戦立案が重要な時期。優花里が必死で集めてくれた情報と、日々の練習の中での大洗チームの面々の能力や得手不得手をまとめた作戦ノートは一晩たりとも手放すわけにはいかないものだ。だから、みほは慌てて学校へと引き返す。
「よかった、すぐ見つかって。……あれ、戦車の音?」
ノートは、予想した通りみほの机の中にあった。改めてしっかりと鞄の中にノートをしまい、ほっと一息ついたところでかすかな物音に気が付く。
これは、戦車の音だ。履帯がきしんで土を抉り、エンジンが咆哮を上げる。この聞き慣れたエンジン音、おそらくⅣ号の物。チームの仲間は用事があるということだったが、こうして音が聞こえるということはひょっとして。
どうしても気になったみほは、音のする方、戦車格納庫へと再び舞い戻ることにした。
すると、そこには予想通りの光景があった。
「……よしっ! タイム縮まったよみんな!」
「本当でありますか!?」
「よかったです。これなら試合までにはもっと縮められそうです」
「おなかすいた」
練習も終わったというのに、校庭を走り回るⅣ号戦車。
おそらくルートを決めてそれに沿った行動をする訓練だろう。直進し、停止し、左右に曲がり、蛇行し、後退する。砲塔もまた右へ左へ前へ後ろへと向き、射撃練習ができる場所ではないので発砲こそしないものの、想定しているであろう的の方向を向いては別の方向へと振り向くことを繰り返している。
みほが見間違えるはずもない。あれは、自主練習だ。
「みんな……」
「うわあ!? み、みぽりん!?」
近づきながら気付いたその事実。当然のことながらそれを為していた沙織たちに声をかけると、沙織は驚き、いたずらが見つかった子供のような顔をする。
「さっき言ってた用事って、ひょっとして……」
「あー、うん。実はそうなんだ。私達、まだどうしてもみぽりんには色々及ばないから、こっそり練習して上達してびっくりさせようかなー、なんて」
「すみません、みほさん。で、でも私達、最初のころよりすっごく上手になったんですよ!?」
それは戦車から顔を出した華も、恥ずかしそうに顔の半分を隠した優花里も同じだった。麻子だけは操縦席から顔を出さず頭の上の方しか見えないが、それでもきっと同じだろう。
友人たちが、戦車道に真剣に打ち込んでいる。それだけは、間違いない。
「ううん、謝ることなんてない。ありがとう、みんな。……でも、今度から私も誘ってね。一人ぼっちは、寂しいから」
「あああああごめんなさい西住殿! お願いですからダージリンさんともろともに自爆しそうな顔しないでください!」
しかし、結果として秘密にされたのがちょっと寂しかったのも事実。だから、こんな風に少しくらい意地悪しても許されるだろう。それが、仲間という物だ。
「おーい武部ちゃん、今日使った燃料と弾薬の量教えてくれるかな。また補充しておくから……って、西住ちゃん!?」
「え、店長さん?」
そんな風に談笑していたときのこと。格納庫の中から姿を現したのは、片手にバインダーを持った店長だった。
この男がここにいること自体は、さほどおかしなことでもない。なにせ男にして戦車道好きで、かつ女の子の仲良くする姿が大好物という性癖を持つ変態だ。これまでも差し入れにかこつけて見学に来たり、特に理由もなく気付いたら練習してる様を応援していたり、練習後の戦車清掃を手伝っていたり、練習後にタオルやらスポーツドリンクやらを渡したりする。マネージャーか。
ちなみにその辺、一応は部外者な店長だが引き入れることは会長が直々に許可している。そのとき山ほど干しいもを抱えていたのは、いつものことなのかそれとも賄賂の類なのか、生憎とみほたちには区別がつかなかった。
しかし、今の言葉。到底聞き流せるものではない。
「燃料の報告って、もしかして……店長さんが燃料と弾薬を供給してくれてたんですか!?」
「いや、ははは……まあ、ちょっとした後援的な?」
みほが驚いたこと。それは、こっそり気になっていた大洗の練習量に関しての物だった。
戦車道で強くなるために必要なものはいろいろある。
強力な戦車。優秀な指揮官。相手チームと戦場の情報。チーム全体、ひいては1年先、2年先を見据えたチームの運営と後進育成。それら全てを高いレベルで実現した学園こそ、全国大会で上位成績を獲得し、強豪校と呼ばれる地位を築いている。
だが、それらを達成するためには絶対に必要なものがある。
それこそが燃料、弾薬。消耗品の類だ。
戦車道を行うにあたって戦車の存在は前提条件となるが、それを扱う人間が強くなるためには動かし、練習し、慣れるしかない。すなわち、戦車道の場合はどれだけの燃料を消費できるかが重要な鍵となる。
しかし戦車は燃費が悪い。死ぬほど悪い。最近の戦車でリッターあたり数百m、戦車道に使われる第二次大戦期の戦車でもリッターあたり数kmが限度であるうえ、戦車は元々悪路を行くのが宿命。そうなればますます燃費が悪くなり、購入するための予算は溶けるように消えていく。
全国大会の常連校でもそれは変わらず、備蓄燃料が潤沢とは言えないがために泣く泣く練習時間を削るところもあると聞く。
しかし、大洗女子学園にそれはなかった。
戦車道は選択必修とはいえ授業の一環なのだから、燃料がありません、練習できません、という話が通じないのはわかる。だが、これまで大洗の戦車道に許されてきた練習時間に限界はなかった。戦車を見つければ翌日から試合形式で動かし、その後も操縦訓練、射撃訓練。それらが燃料、弾薬の制限によって終わるということは、みほが思い返す限り一度もなかった。
不思議に思ってはいたその原因。まさかそれが、店長にあったとは。
「でも、どうして……? 燃料も弾薬も、安いものじゃないはずですけど」
「いやー、その辺は大人の事情というか家庭の事情というか。資金そのものとか戦車を提供することはできないけど、その代わり燃料弾薬の類は俺の伝手で仕入れさせてもらってたんだよ。……なあに、実家に帰った時にデート一回すれば済むだけだから」
「店長さん!? 目が死んでますよ店長さん!? 実家に帰ったら何が……いや、何かありますよね、うん」
「みぽりんも目が死んでるよ!?」
「伝染るんです、というやつですね」
「そういう五十鈴さんもな」
「この話題、阿鼻叫喚でありますな!?」
とまあ、迂闊に実家の話題を出すとひどいことになる者が若干名混じっている大洗女子学園なので有耶無耶にはなったが、それでもみほは嬉しかった。
自分たちは、多くの人に支えられている。戦車道を共にする仲間はもちろん、店長をはじめとしたそれ以外の人たちにも。
だから、その期待に応えたいと思う。強く、優しく、美しく。戦車道のあるべき姿を見つけて、それを店長たちに見てもらえたら何よりだと。
かつて重荷として背負っていたそれを今は自然に受け入れていることに、今はまだ気付かない。
◇◆◇
晴天の空に雨の気配はなく、森林と草原が両立する今日のフィールドに、索敵と悪天候の心配はないと思われる。さして大きくもない島であるため、市街地のような人工物の多いフィールドではない。
戦車道全国大会、一回戦。
大洗女子学園とサンダース大付属高校の試合が、ついに始まろうとしていた。
「あっ、店長! お疲れ様です!」
「いらっしゃい……って、君だったか。放送部まで駆り出すなんて、生徒会もいよいよ本気みたいだね」
戦車道の試合は、ある種のお祭りだ。大洗の大納涼祭での余興がそうであったように、最近下火になりつつあると言われてはいても伝統的に観客が多く集まる。いまだファンは多く、近場で試合があるとなれば足を運ぶ人もまた然り。
そして戦車道は試合時間も長くなることがままある。そうなってくれば楽しく快適に観戦をするために必要なもろもろも多くなり、それらを提供するための出店がずらりと並ぶのは自然の成り行き。
そんなわけで、例によって俺は今日もめでたく出張開店。大洗女子学園をアピールするための特産品たるさつまいもシリーズやなんかを売りに来ているのだった。
そこへ顔を出してくれたのは、大洗女子学園の生徒。なかなかどうして話が合い、俺の店の常連にもなってくれている放送部の少女だ。メガネとおさげが似合う、フットワークの軽いジャーナリスト系女子。今日もマイクを片手にバッグを提げて、既にあちこちでインタビューをしてきたようだ。
「はい、戦車道チームの人たちにがっつりインタビューしてきました! ……戦車道の試合を取材するんなら費用全部生徒会持ちの上に今後の予算も融通するって言われたもので。もちろん、それに釣られたのは私自身が取材したかったからですが。興味深いです!」
「さすが杏ちゃん。情報の重要性をよくわかってる」
大洗女子学園の戦車道受講者、並びに支援や絶賛募集中の義捐金はまだまだ少ない。そもそもこの試合すら勝てるかはまだわからないが、勝てたとすればこれから先人と資金の重要性はますます増していくだろう。準決勝、決勝と進めば試合に投入できる戦車の数も増えていくわけで、そのときになってチームも増やせなければ戦車も増やせません、なんてことになったらシャレにならない。20輌の戦車を投入可能な決勝戦に現在と変わらず5輌のチームで挑むなんて……冷や汗ものだ。
だからこそ、広報は極めて重要なわけで。
「大洗の戦車道は、いいですね。店長が入れ込むのもわかりますよ」
「だろう? ……どう見た」
「まず、西住さん。既にしてチームの中心になっている……ように見えてあの気弱で自信なさげな態度を皆さんが頼りつつも支えていますね。特に秋山さん! あれなんですか! ペットですか! ペットですね!? 私には犬耳としっぽと首輪と西住さんの手に繋がるリードが見えましたよ!」
「ああ、俺もしょっちゅう見えてるよ」
この、俺と同じく百合妄想を趣味とするこの子ならその任において最も適任だろう。
見てくれこの嬉しそうな顔。戦車知識に関してはさておき、女の子同士の関係性を邪推することにかけては俺が知る限り大洗女子学園一。その実力は俺にも並ぶほどだ。
そのせいで彼女が店に来るとついつい百合論争に熱が入ってしまい、気付いたら他のお客さんがいなくなっていたりするんだけど、あれは一体どういうことなんだろうね?
ともあれ、戦果は上々のようだ。この調子で戦車道のことを学園に広めてくれれば、そのうち戦車そのものの購入は無理でも、今ある戦車の改修キットを買うくらいのことはできるようになるかもしれない。
戦車道は女性の物。試合が始まってしまえば、なにがどう転んだところで俺は関わることはできない。
だからせめてそれ以外では。試合が始まる前と後は思いっきり応援しよう。その思いをたっぷり込めて、俺は屋台で出す料理の仕上げにかかる。試合前に差し入れできたら、そして喜んでもらえたらいいなと願いながら。
「この調子で試合の取材もしっかり頼むよ、ウォンタイガー」
「王大河です! なんで店長は毎回私の名前を間違えるんですか!?」
「……あれ?」
◇◆◇
「ヘイ! アンジー」
「アンジーって、会長の名前が杏だから?」
「みたいだね。やあ、ケイ」
「お互い正々堂々、いい試合にしましょうね!」
「発言の意味が不明です」
「会長、それはアンジー違いです」
試合前、戦車の最終チェックを終わらせた大洗女子の面々の元へ来客があった。
その人こそ、サンダース大付属高校の戦車道隊長、ケイ。こういった試合前後の交流も戦車道ではよくあること。だから隊長直々の挨拶にこそ大洗女子も驚いたが、こうして訪れたこと自体に不思議はない。
むしろなんかいきなりわけのわからないことを言った会長の方こそ意味不明だ。多分、珍しい呼び方をされたことで変な電波でも受信したのだろう。よくあることだ。
「まあ変なセリフはさておき、試合前にうちのところで食事でもどう? おごるわよ」
「へえ、ありがたいねえ。それじゃあみんな、ご馳走になりにいこうかー!」
「おー!」
一方、ケイたちが現れた理由は、これだった。
サンダースらしいブルジョアジー溢れる大盤振る舞い。会長はその辺おおらかなので、遠慮なくご馳走になることを決めたようだ。そのこと自体は悪くない。
「あっ! オッドボール!」
「ひゃう!? に、西住殿、助けてください!」
「ええ!?」
ただ一人、先日サンダース大付属高校へ潜入した優花里を除けば。
さすがに顔を合わせづらく、かといって露骨に隠れるとそれはそれで目立つかもしれないということで隅の方で気配を消していたのだが、ばっちり見つかった。しかも顔と名前を憶えられていた。
そんなバカな、店長殿からもらった潜入美人捜査官メガネをかけていたのに、とかなんとか呟くくらいに狼狽中だ。
「オッドボールくん、恐れることはないのよ。……友達になろう?」
「おおお、お気持ちは嬉しいんですがいつの間に後ろに回り込んだんでありますか!?」
しかも、なんか後ろを取られている。ねっとりと耳の中に囁くような勧誘の文句、おそらくこの場に店長がいたら即座にカメラを構えているだろう淫靡な光景だ。
そんな感じでツッコミ所もあるが、優花里による試合前の潜入調査はサンダースらしい懐の深さで許されたようだ。優花里の心に残るトラウマに、ちょっとした隠し味を追加して。
全国大会の試合相手とはいえ、戦車道は乙女の嗜み。試合前後の交流もまた欠くべからざる要素として存在する。たまにそれが啖呵の切り合いになったり何故か試合後の宴会になったりもするが、それもまた学園ごとの個性という物だろう。
そして、サンダースの場合。
「わあ、すごい! なんでもある!」
「お風呂に美容院! あ、あっちには食べ物も色々! ハンバーガーとかホットドッグとか!」
それは、ずらりと並ぶ売店車両という形をしていた。
驚く大洗女子の面々が叫ぶ通りに、まさしく何でもある。思わず祭りの場所はここかぁ、とか口走りたくなるほどにあらゆるものがある。
ノリのいい1年生たちはさっそく食べ物系に突撃し、いつの間にかそこに混じっていた華と一緒に元気よくハンバーガーなどかじっているが、その気持ちもわかる。
戦車道の試合前だというのに、みほでさえわくわくしてしまう、そんな楽しげな雰囲気がここにはある。
「そーそー、みんな楽しんでね! それじゃナオミ、アリサ。私達もなんか食べよっか。ヘイ、マスター! フライドポテト大盛りで!」
「へいらっしゃい。盛るぜぇ~超盛るぜぇ~」
大洗の生徒たちでさえそうなのだから、元からハイテンションジョックスオーラをばしばし放つケイならなおのこと。慣れた様子で店舗車両の一つへと戦車もかくやの勢いで突撃し、注文したのはジャンクフードの代表格。店員がなんか言ってた世迷言そのままに、驚異の山盛りである。
みほたち、鼻も恥じらう女子高生からすればあの量の揚げ物など狂気の沙汰でしかない。サンダース大付属にはカロリーという概念が存在しないのか。あまりのスケールの大きさに試合前から圧倒されるようだった。
あるいはこれも、サンダースの強大さを見せつけるための場外戦術では。そんなありえないだろう想像が一瞬脳裏をよぎる。
「んー! すっごい、おいしいわねこれ!」
「へえ、中々だ」
「あら、本当。衣はサクサクで、中身もいもの風味がしっかりしてて、ほどよい甘さで」
しかも、美味しそうに食べること。実際にかなり美味しくもあるのだろう。
ひょいぱくひょいぱくとつまむ端から口へ運ぶ、やめられないとまらないの理想形。
誰もが笑顔で味わうそのフライドポテト。
「美味しいですね、この……さつまいもの天ぷらぁ!」
パシーン! アリサ、怒りのあまりフライドポテト――のフリをしたさつまいもの天ぷら――についてきた紙ナプキンを地面に叩き付ける。
そう、それはさつまいもの天ぷらなのだった。
サクサクの衣に包まれた揚げたて。それは美味かろう。フライドポテトと呼んでいいか、を別にすれば。
「ちょっと! なんでサンダースのシマでこんなの売ってるのよ! 詐欺!? 詐欺なの!? ああもう……! 美味しいのが余計に腹立つ!」
「マスター、天つゆちょうだい」
「私は塩を」
「はいどうぞ」
「隊長もナオミもそれでいいの!? よく見たらこのお店の人もサンダースの関係者じゃないし! ……ちょっと、私にも天つゆちょうだい! 大根おろし入りで!」
「へい、おろしたっぷり」
「……何やってるんですか、店長?」
「おや、西住ちゃん。いらっしゃい」
そして、こんなところでさつまいもを揚げている人物が、みほたちの知り合いでなければなお心穏やかでいられたのだが。
サンダースの移動キッチン車の中に陣取り、手慣れた様子で次々天ぷらを揚げているこの男。誰あろうみほたちにおなじみのあの店長である。
店長の手になる料理なら、ケイたちの堪能ぶりも納得だ。きっとさつまいもは大洗産のものであろうし、普段からお菓子や軽食で味わっている店長の腕ならばなおのこと。
「いやね、屋台の準備してたらサンダースの子達が余ってるらしいここを使わせてくれてね。設備が割としっかりしてて、おかげで色々やりやすいよ」
「そ、そうだったんですか……」
おおらかでリッチ。サンダースのらしさはここにもあった。
優花里の潜入もなんだかんだでおとがめなしとなったわけだし、これは強豪の余裕かそれとも彼女ら自身の気質によるものか。
いずれにせよ、みほは店長のいつも通りな様子に苦笑いを浮かべながら、それでも楽しかった。
今この場には、緊張感がなく、話すことも他愛ない。
神経を張りつめて戦車の状態を何度も何度も確認するわけでも、試合開始時間ギリギリまでの作戦会議に追われるわけでもない。
かつて、黒森峰にいたころはそうだった。それが嫌だったわけではなく、あの緊張もまた仲間と共有するなら心地よいものになってくれた。
しかしそれでも、仲間と笑いあえる一分一秒。
みほは、なによりそれを愛する人間だった。
かつて黒森峰にいたころは気付かなかった。いや、気付くわけにはいかなかったその事実。
それを自覚したとき、みほはまた一つ、自分の戦車道の欠片を見つけることになる。
「サンダース大付属の戦車道チームも個性豊かなメンバーだなあ。ケイさんなんて明らかにジョックスなのに、アリサさんからは濃厚なギークアトモスフィアが。……むむ! スクールカーストの壁を越えた友情がほのかな百合の香りを放っている気配!」
「店長、ぐだぐだ言っていないでわたくしが注文した天ぷらを早く揚げてください」
「……はい、お客様」
「店長さん……」
そんなみほにとって仲間は、同じ大洗で暮らす人たちはとても大事な欠くべからざる存在なのだが、そういう認識がちょっと間違ってるんじゃないかなーと不安にさせてくれるこの男。本当に、救いのないヤツである。
◇◆◇
準備は、全て終えた。
大洗女子学園はこの日のためにどんな強豪校にも負けないくらい練習を繰り返して試合に臨む。
サンダース大付属高校はずらりと居並ぶM4の威容を並べ立てる。
俺は俺で、フライドポテトの皮を被ったというか衣を被ったさつまいもの天ぷらを売りに売りまくった。大洗で聖グロと練習試合を行ったときと同じく、さっさとしないと試合を見逃すからだ。
通りすがるサンダースの女の子にも、少数ながら応援に駆けつけてくれた大洗の子にも、さすがに強豪サンダースの試合だからか偵察に来ていた他校の生徒らしき子達にも。俺のセールストークをもってすれば通りすがりを一網打尽にする程度のことはたやすい。
そうやって全ての準備を終えれば、あとは西住ちゃん達の頑張りを見届ける以外にできることは何もない。
男の身でも戦車道を好きでいることはできる。試合を見て、選手をサポートして楽しむこともできる。
だからあとは、信じよう。
西住ちゃん達の勝利を。
戦車たちが彼女たちを導いてくれることを。
戦車道が乙女を強く、優しく、美しく素晴らしい女性を育ててくれることを。
『試合、開始!』
青空で花開く試合開始の花火に、巻き起こる歓声に、そして遠くから響いてくる戦車のエンジン音に、俺はそう祈った。
活動報告に1、2話分のネタ解説も投稿しましたので、よろしければそちらもどうぞ。