好きなものは百合&パンツァーです!   作:葉川柚介

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ダージリンさんのネタ・・・・・・げふんげふん。格言と練習試合です!

「あああああ、逃げちゃダメだよ1年生ズ! 怖いかもしれないけど、戦車の中にいた方が安全なんだから! 外に顔出しても平気なのは西住ちゃんくらいだから!」

「おーーーーーーーーっほっほっほ! 38(t)恐るるに足らず! ですわ!」

 

 大洗女子学園と聖グロリアーナの戦車道練習試合。

 その展開は、試合前の予想を覆すものではなかった。

 

 当初こそ大洗側が先に聖グロリアーナの隊列を発見し、Ⅳ号戦車の挑発によって予定していたキルゾーンへの誘導に成功。一気に有利に立った……と思ったのも一瞬のこと。

 聖グロリアーナは高台に布陣して待ち受ける大洗側からの攻撃に怯みもせず、整然と隊を分けて斜面を登り、逆に包囲して見せた。

 

 大洗側の戦術は初心者集団が取るものとしては悪くなかったが、状況の変化に対応しきれなかったのだろう。包囲されつつある状況でもひたすらに攻撃を続けるだけで、敵が左右に分かれたことでそれらを狙う火力も分散。元々全体的に火力に難がある大洗の編成と、逆に装甲に優れた聖グロリアーナのマチルダⅡとチャーチル。

 あっという間に戦況がひっくり返った。

 

 恐れをなして戦車から逃げ出す1年生チーム。

 なんかもうびっくりするくらい明後日の方向へ無駄に主砲をぶっ放しながら、ずるずると履帯が外れてまともに動けなくなる38(t)。状況、戦力、どちらも圧倒的不利に陥った。

 

 とりあえず、澤ちゃん達が戦場に生身で出ちゃってるから、弾が当たらないようにおまじないを唱えておこう。昔、どこぞのエージェントが戦う時にどこからともなく聞こえてきたという呪文。この響きがある限り、ドレス姿でオサレポーズを決めると決して弾が当たらなくなるとかならないとか。

 

 

「よっしゃいけですわー! そのままボッコボコにしちゃってくださいまし!」

「諦めるなよ、西住ちゃん……!」

 

 そしてこれは戦況とはほぼ関係ないが、隣から聞こえてくる声援がどんどこ調子に乗っていくのが無性に癪だ。

 どこから持ち込んだのか、オシャレなテーブルにティーセットを並べて優雅に紅茶を嗜みながらも手に汗握る他の聖グロリアーナ生とは違って、常時スタンディングでの熱烈な応援。片手に紅茶の入ったティーカップを持っているので声を張り上げるたびにばっしゃばっしゃと跳ねまわっているが、一滴もこぼさない無駄にすごいバランス感覚。

 聖グロリアーナの生徒としてはイレギュラーなのかもしれないけど、彼女の目を見ればそれだけでわかる。

 この子は、戦車道が好きだ。

 

 戦車道が好きで、仲間を信じて、声の限りに応援する。

 まさに、俺がしているのと同じように。せめて応援くらいは負けられない、負けたくない。そんな気にさせてくれる。西住ちゃん達と年の変わらない女の子が、だ。

 

 ……なら、俺もより一層応援するしかないじゃないか。拳に、喉に力が入る。

 試合展開が白熱してきて、周囲のお客さんたちも徐々に歓声を、声援を上げ始めている。ならその先頭は俺が行く。誰より大きな声を出して、この試合を盛り上げてやるともさ。

 いつも俺に力をくれるのは、女の子が女の子に向ける純粋な眼差しだ。

 

 まったく、女子高生と戦車(ガールズ&パンツァー)は最高だぜ!

 

 

「……ん? 西住ちゃんたちが山岳地帯を抜けた……市街地でゲリラ戦を挑むつもりか!」

「ぬぅ!? 小癪なですわ!」

 

 そんな風に決意を新たにしているうちに、試合に動きがあった。

 完全に包囲された状況を打破するため、西住ちゃんのⅣ号を戦闘に残存しているⅢ突、八九式が山岳部を離脱。大洗の市街地に入ってきた。

 

 観戦会場のスクリーンに映し出されている大洗女子学園の戦車チームが今いる場所は、磯前神社から南下してきた先にある大洗鳥居下信号のあたり。そこから信号を左折し、サンビーチ通りに入った。

 

 ……と、いうことは。

 もしこのまましばらく通り沿いに進んできたとしたら、すぐそこの道を通ることになる!

 

 

 そこまで気付いた時、既に俺の足は動いていた。

 スクリーンに背を向け一目散。大洗リゾートアウトレットの外周に出て道沿いに。大回りしてサンビーチ通りへ。上手くいけば、先回りして直接応援の声をかけられるかもしれない!

 

 声が戦車の騒音にかき消される可能性なんて、考えもしなかった。

 とにかく少しでも、応援を。戦車道の試合において、男の俺にできることなんてそれだけだ。

 

「あっ!? このわたくしを差し置いて……! 負けてられませんわ! 鷹嘴さん!」

「はい、お嬢!」

「!?」

 

 ……と思って走る俺の背後から、戦車にも負けないくらいの迫力を感じさせるエンジンの咆哮が迫ってくるんですが。

 そんなことしてる場合でもするべきでもないとわかっちゃいるが、放っておくのも怖すぎる。なあに大丈夫、お隣の県のどっかにあるという「振り返ってはいけない小道」じゃないんだから。自分にそう言い聞かせながら、ちらっと背後に目線を飛ばし。

 

 

 ……やっぱ見なきゃよかった。

 さっそく後悔する。

 

「ほんの少しの距離とはいえ! このわたくしが遅い、わたくしがスロウリィなど許されないのです! おっ父様に怒られてしまいますわ!」

「任せてください! この俺の最速送迎理論で、お嬢を誰よりも早く目的の場所まで送り届けて見せますよ!」

 

「……なんだあれ」

 

 

 そこには、なんか見たこともないくらい長いリムジンが!

 

 

 全長、目算でもざっと二桁mを越える。

 そんなリムジンが、さっきまで俺のすぐ隣で聖グロリアーナを応援していた子を乗せてかっとんできている。というか、すぐに抜いて行った。そりゃそうだ。人の足で車に勝てるはずがない。

 ……いやちょっと待て。今あの車、普通に角を曲がったぞ。

 なんか一瞬過ぎてよくわからなかったけど、どう考えてもカーブを曲がりきれないあの長さでどうやって!?

 ……いや、考えるのはやめよう。今は西住ちゃん達の応援に集中するんだ、俺!

 

 

「ぜえ、ぜえ……! 西住ちゃん達は……来た!」

「くっ、せっかく先に着いたのにうちの戦車隊がまだ来ないなんて、誤算ですわ!」

 

 全力スプリントで200mほど。大洗リゾートアウトレットの外側を半周するほどの距離を走って、何とか大洗の戦車道チームが市街地へ入る寸前に間に合った。

 道路上は試合会場として立ち入りが禁止されているが、歩道部分は応援可能な区域と設定されているから俺達以外にもちらほらと観客がいて、声援を上げている。

 当然のように聖グロの子が先にたどり着いていたが、大洗の戦車がこの場所へ来るのにはまだ時間があるから問題ない。というか車使うまでもないこんな距離にあれだけのリムジン呼んだのか。本当にすごいなこの子。

 

「西住ちゃーん! がんばれよー!」

「……!」

 

 十字路へ最初に侵入してきたのは、八九式とⅢ突を先導するⅣ号戦車。

 キューポラから上半身を出して油断なく周囲を見渡す西住ちゃんの目。それは普段俺の店に来てくれる時のようなぽやっと、それでいて友達からすら一歩引いたような傍観者の眼差しではなく、紛れもなく戦場に立つ指揮官のそれ。

 あんな目をされたら、惚れるに決まってる。

 女の子が。戦車道やってる女の子が。この試合で勝って、俄かに大洗で戦車道の人気が高まり、ミーハーな女の子たちにちやほやされる西住ちゃんとか、想像するだけで干し芋が食べられそうだ。

 そんな邪念には気付かず、しかし俺がいることには気付いてくれたらしい西住ちゃん。こちらを見て笑顔でちょっと手を振ってくれたのが嬉しくて、思いっきり手を振り返してみたり。よし、通じた!

 

 

「キャプテン! 大洗の市街地なら地の利はこっちが圧倒的だ! 相手がチャーチルだろうがマチルダⅡだろうが、八九式の主砲でも狙いどころはあるはずだ!」

「はい! 頑張ります! 根性ーーーーーーー!!!」

 

 八九式に乗り込むバレー部の面々も、戦車の装甲の薄さの割にここまでしっかり生き残っている。市街地ならば山岳地帯以上に至近距離での戦闘がやりやすくなるから、これなら八九式でも撃破は夢じゃないぞ!

 

 

「エルヴィン! 言うまでもないだろうけど、隠れての待ち伏せはⅢ突の独壇場だ! 持ち味を生かせッッ!」

「Jawohl!」

 

 回転砲塔を持たないが、主砲の威力は大洗屈指のⅢ突。ましてそれを駆るのが第二次大戦に詳しいエルヴィンであるならば、この市街地での戦闘で一番戦果を挙げられるのはあるいは彼女たちかもしれない。そう願っての声援を張り上げる。

 ……まあ、各人好みの歴史的なシンボルを派手にペイントした上に高々と幟を掲げていることからするに、あれが何らかのフラグになりそうな気がして不安でしょうがないんだけど。

 

 こうして、Ⅳ号、八九式、Ⅲ突を無事見送ることができた。

 この先に広がるのは複雑に入り組んだ大洗の市街地。そこで生まれる地元の利点を生かしても、なお聖グロリアーナとの戦力差は互角とは言えないだろう。

 だが、だからこそいい。

 彼女たちは考えに考えて、最善を尽くす。その先にこそ、きっと掴みとれる何かがあるはずなのだから。

 

「あっ、ようやく来ましたわ! もう、クルセイダーだったら絶対に遅れたりしませんのに……! ダージリン様ー! 大洗のチームはあっち! なんかあっちの方行きましたわー!」

 

 そして、聖グロリアーナの子はぴょんぴょこ跳ねてアピールしているが、聖グロリアーナの戦車隊は車長が一人も顔を出していないので気付いてもらえているかどうか。しかし本当に面白いなこの子。

 

 

 でもとりあえず、また来た道を全速で走ってスクリーンの前に戻らないと。いつまでもこの場所にいても戦況がわからないし!

 ……学生生活を終えて数年。体育の授業で体を動かす機会が確保されてた時代ってとても貴重だったんだな、と思い知る今日この頃。久々に全力疾走したから、筋肉痛で動けなくなるのは明日か、明後日か。恐怖の未来は必死に考えないようにして、俺は再び来た道を走った。

 

 

◇◆◇

 

 

「行き止まり……! 麻子さん、転回してください! 別の路地に入って!」

「了解……いや、無理だな」

 

 絶体絶命。

 みほたちⅣ号戦車に乗り込む大洗女子学園の戦車道Aチームの前に横たわるのは、そう名付けられた現実だった。

 背後には、工事中の柵が封じる通行禁止区域。左右は家屋に挟まれ、唯一進める道にはついに、聖グロリアーナの残存車両が集結していた。

 

 マチルダⅡが3輌と、チャーチル1輌。市街地に入ってからのゲリラ戦、みほに曰く「もっとこそこそ作戦」によってⅢ突がマチルダⅡを1輌撃破。八九式が他のマチルダⅡにダメージを与えることに成功はしたが、その後逆に撃破されてしまった。

 

 

「ルクリリー! うしろうしろですわー!」

 

 ちなみに、八九式がマチルダⅡを攻撃する際、立体駐車場を利用したトラップに見事ひっかかったマチルダⅡに対してそんな声を飛ばす聖グロリアーナの少女もいたのだが、みほは知る由もない。

 

 

 そうした一つ一つの結果が積み重なった現在が、今の状況だ。

 圧倒的な敵の数と、たやすくは貫けない装甲を有する戦車の質。どこを見ても覆しがたい圧倒的な不利が、厳然とそこにある。

 

「うぅ……!」

 

 素早く視線を左右に走らせるみほ。

 敵戦車の配置と砲塔の向き。自車の状態と地形、覚えてきた大洗市街地の地図。

 一矢報いること自体は可能かもしれない。だがそのためにはどうしても一手が足りない。

 

 大洗市街地外周の山岳地帯から始まり、どこかでヒーローと怪人が戦ってたりしないかなあと思うほど理想的な荒地での窮地を何とか切り抜け、ここまでやってきた。

 幼いころから西住流を学んで培ってきた勝利を求める姿勢は今もみほの中に息づいている。だがそういった事情とは関係なく、みほは、勝ちたかった。

 

 大洗女子学園の仲間達と一緒に、ここまで来た。

 戦力差にもめげず、諦めず。せめて仲間達に、一矢報いるところを見せてあげたい。西住流だから、戦車道をするのが当然だからという理由ではなく、みほ自身の心がそう叫ぶ。

 

 そして、もう一人。

 同じ戦車に乗り込んでいるわけではない。それどころか試合に出てもいない一人の男の顔を思い浮かべる。

 あの人は、この試合を見てくれている。さっきは沿道すぐそばまできて応援してくれた。息を切らした様子だったのは、おそらく観戦スペースから思い切り走ってきてくれたからだろう。

 

 その時みほを見ていた、店長の目。

 

 みほに何かを求める目ではなかった。

 成し遂げて当然、という目でもなかった。

 みほは、これまでの人生であんな目を向けられたことはない。

 

 ただそこにあることを喜んでくれる。

 みほ自身があんな目を向けられたのは初めてだが、良く知っているものでもあった。

 

 あるいは、みほがボコを見るとき。

 ボコボコにされてあちこち包帯やら絆創膏だらけになりながら、しかしそれらを勲章と誇って立ち上がる姿に向ける憧れ。

 あるいは、日曜朝とかに欠かさず見ているヒーローに向けるまなざし。

 かつてはよく知らなかったが、ヒーローの不屈な姿がボコに重なると気付いてから大好きになった、数多のヒーローたちの活躍へ向けるそれら。

 

 あの人が自分に向けてくれていたのは、そういうものだ。

 まさか自分が誰かからそんな風に思ってもらえるなんて思ってもいなかった。

 

 だからせめて、がっかりさせないような試合をしたい。

 自分と同じものを好きなあの人に、少しでも喜んでもらえるように。

 

 

 みほの中に、戦車道を進むべきみほ自身の理由が生まれたのは、あるいはこの瞬間だったのかもしれない。

 

 

 

 

 勝機を願いながら必死に勝機を探るみほの目の前で、チャーチルのキューポラが開いた。

 砲塔の中から姿を現したのは、ダージリン。チャーチルの車長。聖グロリアーナの戦車道隊長。大洗側の作戦を見抜き、冷静に対処してのけた、噂通りに優秀な指揮官。

 

「こんな格言を知ってる?」

 

 そんな彼女が口を開く。噂によればさまざまな格言を操るという。おそらくこの状況に合わせ、みほたちの戦意をくじくようなことを言ってくるに違いない。

 場外戦術の一種だろうと、今は怯むわけにはいかない。

 みほは覚悟を決め、その言葉を受け止めようと身構えて。

 

 

 

 

「芝刈り機は、イギリス人の魂」

「……え?」

 

 

 

 

 ……ひゅるん、と吹き抜ける風。

 季節外れの枯れ葉が舞うほどに、冷たい風だった。

 

 格言とは一体。凍りついた時の中で、哲学的な問いがみほの心中に去来する。

 

「聖グロリアーナ! 覚悟ー!!」

「!?」

 

 その時、突如38(t)が乱入してこなければ、その沈黙は永遠に続いていたかもしれない。少なくとも当事者たちにそう思わせるだけの重みはあったと、のちにみほは語る。

 あの格言は一体なんだったのだろう、とも。

 

 しかし、ここが好機。

 38(t)のおかげで生じた隙を最大限に使うべく、みほは操縦手の麻子にこの窮地を脱するための指示を出す。

 

 まだまだ、勝負はこれからだ。

 

 

◇◆◇

 

 

 勝敗とは、時に残酷なものだ。

 混じりようのない白と黒。歓喜と悲哀。美酒と辛酸。

 

「ああああああああああああああああああああああ!!!」

「おおおおおお……!」

 

 決着がついた時、その差は明白となる。

 勝者は天に拳を突き上げ快哉を叫び、敗者は地を這い嗚咽を漏らす。

 たとえ勝負の当事者ではなかったとしても、心の底から喉を潰す勢いで応援していたのなら、それは変わらない。

 

 大洗女子学園対聖グロリアーナによる戦車道練習試合。

 38(t)の乱入で状況が動き、一時は1対4という絶望すら生ぬるい状況に陥った大洗女子学園は、最後に残ったみほちゃん達の駆るⅣ号戦車が奮戦。Ⅳ号とチャーチルの1対1にまで迫り、しかし、大洗女子学園は敗北した。

 

 

 意味を持たない感情そのままの声で勝利の喜びを叫ぶ、聖グロリアーナのかしましい少女。その隣で敗北の痛みに這いつくばる俺。誰が見ても勝敗は明らかだろう。

 

 くそう……!

 西住ちゃん達の頑張りは最高だったけど、あと一歩届かなかった……!

 

 

 悔しいとか、ああしていればこうしていればとは思わない。彼女たちならきっと、この敗北を糧に大きく成長してくれるはずだ。それが戦車道。それが乙女の嗜みのあるべき姿。

 ただ、最後まで諦めなかった西住ちゃん達が、それでも勝利を掴みとれなかったことが残念でならない。

 

 ……あと、ちょっとしばらく立ち上がれそうにない。

 負けたショックではなく、隣にいる子がさっきから勝利の喜びのままにぴょんこぴょんこ飛び跳ねているから。

 聖グロリアーナの制服姿で、当然スカートを履いていること忘れてないかねこの子。

 今の状態で少しでも顔を上げようものなら、即座に変態の烙印を押されるぞこの状況……!

 

「はぁ、ふぅ……。ちょっと、いつまで打ちひしがれてんですの」

「……うん?」

 

 あるいは西住ちゃん達が直面した危機以上の難局が我が身に降りかかったか、と打開策を必死に考えていた俺に振ってきたのは、まさにその(社会的)生命の危機を叩き付けて来ていたその子自身の声だった。

 視界の端に入るのは差しのべられた手。言動とは打って変わって、聖グロリアーナのお嬢様らしくほっそりとした指先だ。

 ……これなら、大丈夫だよね? スカートの中見えたりしないよね?

 

 この期に及んでなおそんな危惧に苛まれながらゆっくり顔を向けると、仕方ないなあとばかりに苦笑する、その子。聖グロリアーナ応援団長かという勢いで、俺に負けない勢いでの応援と、勝利の咆哮を上げていたのが嘘のように、穏やかな表情を浮かべていた。

 

「貴方は、大洗女子学園を応援していたのでしょう。わたくしたち聖グロリアーナを相手にあれだけの試合を見せたのです。悔やむ必要などひとっつもありませんわ!」

「……そうだね、ありがとう」

 

 手の先、勝利の特権として俺を見下すその顔は、しかし勝者の傲慢とは全くの無縁な、眩しいばかりの笑顔だった。

 勝敗は確かに存在する。だがそれはそれとして、互いの健闘を心から讃えあう。すっきりからっとした気性の発露がそこにあった。

 

 だから俺は、その手を掴み、自分の足で立ち上がる。

 それでも俺達は手を離さず、握手したまま視線を交わす。

 

「大洗女子学園、いいチームでしたわ。次に試合をするときには、ぜひともわたくしもお手合わせ願いたいですわ」

「ああ、やっぱり君も聖グロリアーナで戦車道を?」

「もっちろんですわ! 今日はその、参加車両数が限られていたことと……先日の練習でリミッター外しすぎて戦車の調子が悪くなったので参加できなかったのですけれど。でも次は必ずわたくしもやりますわ!」

 

 まっすぐに、楽しそうに。

 この子は心から戦車道を楽しんでいるんだろう。今日は聖グロリアーナが勝ったけれど、もし大洗が勝っていたとしても、同じように聖グロリアーナを誇り、大洗を讃えていただろう。

 眩しいくらいだ。こんな子を見ていると、俺も女に生まれて戦車道をやっていれば、と思えてしまう。もちろん、今は今で幸せなんだけどね。大洗女子の戦車道を陰ながら見守る今この瞬間も、俺にとっては最良の時間であることは間違いないのだから。

 

「……そういえば、名乗っていませんでしたわね」

「ああ、確かに。俺は大洗女子学園で土産物屋兼喫茶店をやってるんだ。もし大洗女子学園に来ることがあったら遊びに来てよ」

 

 そして、ここまできてようやく気付く。

 俺、この子の名前知らない。

 お互い試合観戦の最中に偶然近くにいた、程度の相手だったのだからそれも当然なのだから、ここまでくれば名前の一つも知っておきたい。そんなわけで俺もさっそく店のことを教えたり、名乗ったりした。

 

「ええ、ぜひ。……そして、わたくしは!」

 

 そしたら、なんかバックステップで距離を取りましたよこの子。

 

 

「追跡!」

 

 左手でずびしっ、とこちらを指さして。

 

 

「撲滅!!」

 

 左の拳を右掌に打ち付けて。

 

 

「いずれも~~~、マッハ!!!」

 

 どうですの!? とばかりに両手を大きく広げて見せて。

 

 

「聖グロリアーナ一の俊足、ローズヒップですわ!」

 

 

 どかーん、と背後で爆発の一つも起きそうな勢いで、名乗りを上げた。

 ……うん。でも最後のそのポーズはやめた方がいいと思うな。制服着てそんなに足を広げて腰を落とすと、スカートの裾が大変なことになってるから。

 

「よろしく、ローズヒップ」

「こちらこそ、店長」

 

 ともあれ、中々に楽しい子のようだ。改めて握手を交わし、互いの名を呼ぶ。

 普通の握手の形で手をつなぎ、握り替えて腕相撲のような形に。そして手を離し、互いに拳を作って正面、上下とそれぞれに拳を打ち付けあう。

 ……すごいなこの子。当たり前のような顔してよどみなく一連の流れをやったぞ。

 まあそんな感じで、俺に聖グロリアーナの友達ができたのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「店長さんが、聖グロリアーナの子と仲良くなってる……!」

「西住殿が、野球少年を見守るお姉さんみたいになってるであります」

「言っておくけど、戦車探してる私達に話しかけようとしてたときのゆかりんもこんな感じだったからね」

「青春ですわね」

「今の段階だとただのストーカーだがな」

 

 その時、こっそり建物の陰から様子を伺うみほがいたことを、店長とローズヒップは知らない。

 試合を終え、ダージリンと少し話をしたあと、会長から負けた罰としてのあんこう踊りを言い渡され、乙女としては耐えがたい恥をこの身に刻む前にせめて一言応援のお礼を言おうと探してきたのだが、結果はご覧の通り。いつの間にやら新しい女の子と、それも周囲に女の子の影が見えない子単独と仲良くなるなど、店長に一体何が起こったのかという驚愕がみほを襲う。

 

「どうしよう、あの子と店長が連絡先の交換なんてしちゃったら……私もまだなのに!」

「西住殿、案外ヘタレですね」

「戦車に乗ってるみぽりん見てると忘れそうになるけど、基本的に引っ込み思案だから」

 

 後ろの方でⅣ号戦車の乗員たちにさんざん言われていることも耳に入らないほどの狼狽。

 なんかもう面白くなってきたのでしばらく放っておこうという空気が形成されつつあるのだが、みほは全く気付いていない。

 なんだかんだで可愛がられていることの利点か弊害か。みほに区別のつくはずもなし。

 

 ただ、少し離れたところで握手を交わし、楽しげに談笑する店長とローズヒップを羨ましく思い、自分もそうありたいと強く強く願ったことだけは、事実であった。

 

 

 

 

「みほさんを応援したいのですが、どうしましょう。……そうです、戦車に乗せたまま店長とお話ししてもらえばいいのでは?」

「それ、かなり性質の悪い脅迫だぞ」

 

 

 

◇◆◇

 

 

「ふう、楽しい試合だったわね、アッサム、オレンジペコ」

「はい、ダージリン様」

「……そう、ですね」

 

 学園艦、聖グロリアーナ女学院。

 そこには試合を終えた戦車道部隊の隊員たちが帰ってきて紅茶を楽しむ姿がある。

 試合後に少し大洗の町を観光したときは、大洗女子学園との練習試合を余興としていたイベントの本番たる大納涼祭が開催されていて、中々に楽しめた。

 なんか大通りの方から軽快な祭囃子のような音楽と、さっきまで試合をしていた相手の恥じらい混じりの悲鳴が聞こえたような気がしたが、そこは乙女の情けで聞かなかったことにした。

 

 そして、今。

 なんか友達が出来たと嬉しそうに話していたローズヒップが山ほど持ってきた、大洗名物の干しいもをお茶請けにしつつのお茶会。ダージリンとアッサム、そしてオレンジペコという隊長車に搭乗する三人が一つのテーブルを囲んでいる。

 

 言葉通り満足げに、楽しそうに紅茶を味わうダージリン。同意を示すアッサム。

 そして、疑問顔のオレンジペコ。

 

「どうかして、ペコ?」

「あ、いえ。……今日の試合のことが、少し気になって」

 

 オレンジペコの様子に気づいたダージリンが声をかける。それを受け、オレンジペコは少し迷いながらも、心中を明かす。聖グロリアーナは戦車道の強豪校であり、あだ名を授かるのは有望な幹部とその候補。そういった制度はあるが、しかし発言は誰でもそれなりに許されている。

 まして、1年生ながらオレンジペコの名を賜り、隊長車に搭乗する彼女ともなれば発言は当然のこと。むしろ、疑問を抱いたのならば問い、ダージリンの真意を知ることこそ、聖グロリアーナの戦車道の将来を背負って立つ自身の義務。オレンジペコは、そう思っている。

 

「……今日の試合で、私達聖グロリアーナの取った行動は全てが最善、というわけではなかったと思います」

「ええ、そうね」

「……えっ?」

 

 あるいは、隊長批判になるか。

 そんな覚悟も込めての問いはしかし、ダージリンにあっさりと認められた。

 思いもよらない返事に、虚を突かれるオレンジペコ。

 その様子にくすりと笑みをこぼす、ダージリンとアッサム。

 

「山岳地帯での包囲で履帯が外れた38(t)にトドメを刺さずに放置したこと、市街地での戦闘時にルクリリのマチルダⅡを1輌だけで行動させたこと、乱入してきた38(t)を撃破する際に全車一斉に発砲したこと。あなたが言いたいのはそういうことですね?」

「は、はい。その通りです、アッサム様。……あと、『ベリーソー……クランベリーは囮よ』とか言ってたダージリン様も。クランベリー様は普段クルセイダーに乗っているので、今日の試合には出場していませんでしたが」

「…………………………………………ちょっとしたジョークよ」

 

 オレンジペコが感じていた疑問のほとんどが指摘された。1件誤魔化された気もするが、多分そこはつついちゃいけないところなのだろう。

 さすがアッサムは聖グロリアーナ一のデータ主義と尊敬を新たにするが、だからこそわからない。どうして、あえて隙を晒すような真似をしたのか。

 

「言っておくけれど、手を抜いたわけではないのよ? その場その場で、取るべき行動を取った。その結果があの試合よ」

「取るべき行動……」

 

 ダージリンは、まだはっきりとは答えを言わない。

 それはきっと自分の考えを促しているのだろうとオレンジペコは推察する。期待をかけてもらっていることは知っている。ならば少しでもそれに応えられるようにならなければと思考を巡らせた。

 

 考えるべきは試合だけではなく、それ以外の要素も含めての全て。

 ダージリンは高校戦車道の隊長の中でも屈指の大局眼を有している。だからこそ、今日の大洗女子が繰り出してきた奇策や、最後にⅣ号がフェイントを交えながら一度命中を与えた砲塔側面を狙って突撃してきたことを看破してのけたのだ。

 だとするならば、重視すべきは試合運びではない。この試合をしたことで聖グロリアーナが得るもの。そしてそれをこの先に使うべき機会。

 

「もしかして……情報収集ですか?」

「正解。それを抜きにしても、本当に楽しい試合だったけれど」

 

 オレンジペコがたどり着いた答えは、全国大会を睨んでの物という結論だった。

 今年から戦車道を復活させた大洗女子学園。聖グロリアーナの諜報部からの情報によれば、その性急な動きの裏には昨今活発化している学園艦統廃合計画の標的としてかの学園が選ばれる可能性が極めて高いかららしい。

 

 つまり、大洗女子学園は手負いの獣。

 これから戦うとなった時、なりふり構わず何をしてくるかわからない敵になりうる存在ということだ。

 だからこそ、そのありようを計った。

 どの程度の実力を有するか。どれだけ懸命か。戦車道をする高校生の本懐たる全国大会でもしぶつかったとき、どれほどの脅威となるかを知るために。

 

 M3は、乗り込んでいた1年生が戦車を捨てて逃亡した。

 38(t)は履帯を修理して戦線に復帰した。

 八九式は火力こそ乏しいものの、奇策によって完全にルクリリの虚を突いた。

 Ⅲ突はなんか余計な飾りがついていたせいで撃破されたものの、その運用自体は車両の特性に合致したものだった。

 

 そして、Ⅳ号。

 たった1輌になってからマチルダⅡを3輌撃破して、チャーチルさえあと一歩のところまで追い込んだ、西住流師範の娘が車長を務めた、あの戦車。

 

 オレンジペコは口を閉じる。

 ダージリンは、大洗女子学園をどう見ただろう。

 最後の1輌になっても諦めずに立ち向かってきた、あの学園を。

 

「こちらが見せた隙には、全て食らいついてくれるんですもの。素晴らしかったわ。……というわけで、ペコ。大洗女子学園に紅茶を贈ってもらえるかしら」

「……はい!」

 

 聖グロリアーナの戦車道において、紅茶を贈るということは相手を好敵手として認めることを意味する。

 

 今回の試合における大洗女子学園の動きは、オレンジペコの目から見ても稚拙といえる部分が目立った。

 だが、惹かれる物がある。そんな相手を好敵手と認められることを、ペコは自覚のないまま喜び、いそいそと紅茶を選ぶ。

 

 オレンジペコは、アッサムは、ダージリンは、来たる全国大会に期待を膨らませる。

 願わくば、より強くなった大洗女子学園ともう一度戦うことができたなら、と。

 

 

 

 

 一方そのころ。

「……やっべーですわー! 店長におっ紅茶をプレゼントしようとしたの、すっかり忘れてましたわー!? ペコー! オレンジペコー! ちょっと手伝ってくださいなー!」

 

 店長からもらった干し芋を戦車道のチームメイトに配り歩いていたローズヒップは、店長に友情の証の紅茶を贈ることをすっかり忘れていたことをいまさら思い出していたりする。

 

 

◇◆◇

 

 

 ズドオオオオオン、という砲撃音があちこちから響き渡る。

 しかしここは戦場でも戦車道の試合会場でもなく、喫茶店だ。

 

 戦車喫茶ルクレール。

 戦車をモチーフとして、店内の装飾類も戦車に関する備品で統一した喫茶店。

 そんじょそこらの学園艦には支店がなく、訪れるためには本土に足を踏み入れるしかなく、ましてやこの内装。男の俺が入るにはかなりためらわれる場所だったのだが、今日はそんな店にやってくる機会を得た。

 

「誘ってくれてありがとう、みんな。前々から興味はあったんだけど、こういうお店は男一人じゃ入りづらいから、助かるよ」

「いえ、こっちこそありがとうございます。全国大会の抽選会場まで車を出してもらって、すごく助かりました」

 

 その機会を与えてくれたのは、みほちゃん達だった。

 今日は、戦車道全国大会の組み合わせ抽選が行われる日。抽選会場は本土上のとある多目的ホールで、今日の俺はこの地へみほちゃん達Ⅳ号戦車の乗員と、一応の責任者である生徒会の面々を連れてくる際の運転手役を任せてもらうことになった。

 

 戦車道はれっきとした大洗女子学園の選択必修科目であり、その活動実態は部活動に近いものがある。だからこういったときの引率は教員がやるべきところなのだが、大洗女子学園は今のところそういったバックアップの体制が極めて貧弱だ。

 今年度になってから急に復活が決定した教科であり、まして主体となっているのは生徒会。さすがに戦車で抽選会場にのりつけるわけにもいかないということで、俺が運転手役を買って出たというわけだ。

 

 

 そんなわけで、ワゴン車に西住ちゃん達を乗せ、気を抜いたら変身ヒーローと怪人の一組も湧いてきそうな多目的ホールへとやってきて、つつがなく全国大会への出場が決定された。

 

 全国大会決勝戦の舞台となる東富士演習場のような世間一般にも知られた聖地とは違って知名度はさほどでもないが、今回の多目的ホールもまた、数多の戦車道女子の注目を集める施設。てなわけでかの地は俺にとってはパワースポットも同然で、今日もなんかめちゃくちゃ元気になれました。

 

 しかも抽選会のあと、引率のお礼として西住ちゃん達が戦車喫茶に誘ってくれたんだからもう天にも昇る気持ちだね!

 

「うーむ、見れば見るほど戦車尽くし……。噂には聞いていたけど、ここまで徹底して女性向けの内装は初めて見るよ」

「本当であります。私もぜひ一度来て見たかったんですが、想像以上です。こんなに戦車グッズがいっぱいだと……興奮します!」

 

 そう、戦車喫茶だ。

 店内にはあちこち燃料缶やら土嚢やらが積み上げられていて、ウェイトレスの制服は軍服にエプロン。注文を取った後は敬礼し、注文を運んでくるのは専用のレール上を走るドラゴンワゴン。そしてケーキも戦車の形にされているという徹底ぶり。

 

 ……少しだけ、羨ましくなる。

 俺の店はじいちゃんの代から続く歴史があって、そのころから通ってくれている常連の中にはおじいちゃんもおばあちゃんもいるわけで、だから今の店の内装は大洗女子学園の女の子たちにも楽しんでもらいつつ、昔からのお得意さんも気楽に来てもらえるようにバランスを取っている。

 そのことに悔いはない。その有り方が俺の店にとっての最善であることを確信している。

 

 でも、戦車喫茶ならば。

 徹頭徹尾女性向けにターゲットを絞り、辺りを見渡しても俺以外のお客さんはほぼ全員が女性であるこの店ならば。

 日々さぞや上質な百合アトモスフィアを摂取することができるだろうに……!

 

「店長がまた何かおかしなことを考えていますね」

「さすがにもう慣れた。いつものことだろ」

「これさえなければなあ……」

 

 一人打ちひしがれる俺と、それを苦笑しながら見てくる五十鈴ちゃん達。

 なんかもういい加減慣れっこの雰囲気になりつつあるな。

 

「あ、ケーキ来たよ。えーと、どれが誰のだっけ……」

 

 そんなこんなで談笑しているうちに、注文したケーキが届いた。

 他の席で見られた光景と同様に、ドラゴンワゴンに乗せられた戦車を模した形のケーキが続々とテーブルに並ぶ。ちなみに俺が頼んだケーキは一応戦車の形をしているのだが、なぜか砲塔部分が人の上半身みたいな形で、右肩に当たる部分から前方へとやたら長い砲塔らしきプレッツェルが伸びたケーキだった。なんだろう、戦車要素が車体、というか脚部に相当する部分にしかないような気がするんだけど。

 

 しかし、まあいいやと思い直す。

 俺の店にはない造形的な遊び心と、肝心の味。同業者のお手並み拝見ということで、みんなと同じくフォークを手に取り。

 

 

 そのとき!

 

 

――百合ーん!

 

「むう!?」

「え、どうしたの店長。なんかこめかみのあたりで光が弾けたみたいなエフェクトが見えたんだけど」

 

 その時、俺が感じ取ったものを正確に言い表すことは難しい。

 直感、シックスセンス、気、小宇宙、霊圧なんかそんな感じのもの。だがあえてもっとも伝わりやすい言葉にするため、俺はこう呼ぶ。

 

 戦車道全国大会の抽選会場からほど近い戦車喫茶ルクレールにおいて、俺が感じ取ったもの。

 

 

「副隊長?」

「……え?」

「……ああ、『元』でしたね」

 

 それは、すなわち。

 

「……みほ」

「お姉、ちゃん……!」

 

 

 百合の気配、であった。

 

 

 

 

「ねえ、店長がシリアスな空気をぶっ壊してる気がしない?」

「いつものことです。……この紅茶おいしいですね」

「ケーキも美味いぞ」

「みなさんもはや全く動じないでありますな」

 

 第63回戦車道全国大会。

 大洗女子学園にとって、西住ちゃんにとってのそれは、黒森峰女学園の戦車道隊長と副隊長とのいきなりの邂逅という、大いなる波乱の前兆から幕を開けるのだった。


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