好きなものは百合&パンツァーです!   作:葉川柚介

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もうすぐリリアン……じゃなかった聖グロリアーナ戦です!

 Ⅳ号が、目覚めた。

 みほはそう直感した。

 

「え、動いてる!?」

「五十鈴殿はまだ気絶してますよ!?」

 

 大洗女子学園の戦車道、本格始動1日目。

 教官として招かれた蝶野陸尉の大雑把すぎる指導の結果、ロクに操縦方法すら教えられないままに始まった練習試合。

 みほたちが乗るⅣ号戦車は、いきなりのピンチに陥ることとなった。

 

 試合が始まる前に店長がチラつかせたスイーツフリーパスにまんまと釣られ、下手をすれば西住流すら上回るほど勝利に対して貪欲になった生徒一同。彼女らが示し合わせて狙った最初の獲物が、唯一の戦車道経験者、みほを擁するⅣ号戦車となるのはある意味の必然だったのだろう。

 

 カエサル達の乗るⅢ突、そしてバレー部チーム操る八九式。いつの間に話をつけたのか協調する二両の戦車に追い回され、橋の上へと追いつめられてしまっていた。

 そのうえ、今回操縦手を務める華はまだ戦車の運転に不慣れ。結果、操縦を誤り橋を支えるワイヤーの一部が切れ、バランスを崩した衝撃で頭を打ち、意識を失ってしまった。

 

 Ⅳ号戦車は5人での運用を想定した戦車。

 今回は通信手がほぼ必要とされないため4人でも何とか動かしてきたが、ここにきて華が戦線を離脱したのは痛い。橋の後方にはⅢ突と八九式。さらに前方からは生徒会の38(t)と1年生たちのM3まで迫る始末。

 

 いよいよもってボコのごとく前後から蜂の巣にされるのかと、みほがちょっとの期待と覚悟を決めた、そのときのことだった。

 

 

「……大体わかった」

「冷泉さん!?」

 

 あっという間に立て直されるⅣ号の体勢。

 片側のワイヤーが切れて不安定になった橋の上でなおしっかりとバランスを取り、水平を取り戻す車体。さっきまで華が運転していた時のたどたどしさを感じさせない巧みな操縦。

 一体何が起きたのかと驚くみほの耳に届いたのは、試合で使われているこの練習場で昼寝をしていたところを拾った、冷泉麻子の声だった。

 いつの間にか操縦席に収まり、目の前には開かれたⅣ号戦車の操縦教本。しかし既に視線は教本にはなく、まるで最初からそこにいたかのようにどっしりと構えている。

 

「……西住さんには借りがあるからな。手伝う」

「手伝うって麻子……戦車の運転、はできてるみたいだけど、どうして!?」

「説明書を読んだんだ」

 

 当然のことのようにそう言って、麻子はよどみない手つきでギアを操作。橋から落ちそうになっていた場所からバックで抜け出し、今度は前進して橋の中央部分へと移動する。戦車の操縦席ははっきり言って視界が悪い。周りの様子などほとんど見えないに等しい。それでありながら、一番安定している場所へと速やかに移動してのけた。しかもその間、他のチームからの砲撃が飛来しているのに全くひるまず、だ。

 

 今日初めて戦車に乗っただろうに、教本の一読で操縦を覚え、視界が効かない中で車長の指示もなく的確な操縦をしてのけた冷泉麻子という少女。

 みほは、その資質に息を呑む。戦車道の名門、黒森峰にいたころですらここまで才気に溢れる人を見たことはあっただろうか。

 

 ……ただ、いまにもアレな大戦を引き起こしそうなことを口走っているのはなぜなのだろう、という疑問も湧くのだが。

 

「……秋山さん、まずはⅢ突を狙ってください!」

「了解であります!」

 

 ともあれ、好機だ。

 いまだ戦車の操縦に不慣れな他チームのメンバーが戦車の感覚を理解する前の、この一瞬こそがⅣ号の勝機。砲手の優花里に最初の標的として指示したのは、直撃を受けた場合の危険が最も大きいⅢ突。

 ここで倒しておけば、あとはかなり有利に運ぶことができるはずだ。

 

 

 みほは、気付いていない。

 装填手の立場でありながらてきぱきと指示を下す自分が、とても生き生きとしていることに。

 生まれて初めて、戦車道を楽しいと感じ始めていることに。

 

 

◇◆◇

 

 

「Ⅲ号突撃砲、八九式、38(t)、M3、行動不能。よって、Ⅳ号の勝利!」

「西住ちゃん達の勝ち、か。他のみんなも惜しかったなあ」

 

 大洗女子学園、戦車道の授業一日目。

 他の何物をも置いて真っ先に始まった練習試合。バトルロイヤル形式の殲滅戦は、当初大洗女子学園唯一の戦車道経験者、西住ちゃんを擁するⅣ号対他全部という図式となった。

 が、結果を見ればその状況を覆してⅣ号の勝利。

 戦車の操縦に不慣れなメンバーが揃っていたこと、その結果各車が移動よりも攻撃を重視した結果、足を止めたままにしてしまった戦車が多かったことが逆転の理由だろう。

 

 だが、そんなことよりもはるかに重要なことがある。

 

 

「……むむっ! 秋山殿が喜びのあまり西住ちゃんに抱きついている! ……ふぅ。いいモノ見せてもらっちゃった。スイーツフリーパス使ってもらうときは一層サービスしないと」

 

 そう、勝利の喜びで西住ちゃんに思いっきり抱き着く秋山殿!

 いつかやってくれると信じていたぜ! さすが戦車道! こんなにもわずかな時間で女の子の絆パワーを高めてくれるなんて! イヤッホオオオオオウ! 最高だぜえええええ!

 

「あら、サービス羨ましいわね。……前にお姉さんからもらった干し芋美味しかったし、帰りにあなたの店でお土産買って行こうかしら」

「へい毎度」

 

 新しいお客さんも確保できたし、今日は本当にいい日だ。

 やっぱり戦車道には人生の大切なことが詰まっている。この学園で店をやって、本当によかった……!

 

 

◇◆◇

 

 

 そんな幸せな気持ちに浸っているうちに、戦車道の授業が終わった。その頃はもう空がうっすらと茜色に染まる夕刻だ。

 

「では、スイーツフリーパスを進呈します」

「店長、ちょっと待って。これフリーパスじゃなくてお米券」

「おっといけない、うっかり間違えちゃった。こっちが本物だ。いつでも来てね。店の在庫全部食べ尽くす勢いで来てくれて構わないし、あらかじめ日程を言っておいてくれればメニューのリクエストも受け付けるよ」

「やりましたよ、西住殿!」

「うん、がんばってよかったね」

「私ももらっていいのか」

「もちろんです。今回の勝利は、冷泉さんのお力あってこそですから」

 

「……」

「お許しください、会長!」

「桃ちゃん、不憫……!」

 

 喜ぶⅣ号戦車チームのみんなと、対照的にお通夜の雰囲気を醸し出す生徒会チームと、その他の面々が集合している。

 ちなみに、生徒会チームは杏ちゃんが無言でうなだれ、河嶋ちゃんが四つん這いで杏ちゃんの椅子になっている。砲手を務めながら外しに外しまくったことに対するちょっとしたお仕置きらしい。そんなに勝ちたかったのか杏ちゃん。

 

 ともあれ蝶野陸尉からの全面的なお褒めの言葉も賜って、戦車道を本格的に始めた初日としては上出来なのではないだろうか。

 これからの寄り道の算段を話しあっていたり、さっきの練習試合の反省点を話しあっていたり、特に関係のない歴史談義にふけっていたり。解散の指示が下されて三々五々散っていくそんな彼女らの様子を見るに、なんだかんだで楽しんでくれていたようだ。

 戦車を楽しむ少女達。ああもう、この光景だけで頑張れるってもんだ!

 

 

 だから、みんなと別れてから、中途半端な時間ながら店を開けることにした。

 営業時間は割とフリーダムな俺の店だが、だからこそ気分が乗ったらいつでもいつまでも開いている。まして今日は、戦車道の日。こんな気分のいい日には店を開けなければ損というものだ。

 

 なにせ。

 

「えーっと……あ、やっぱりお店開いてる!」

「いらっしゃい、武部ちゃん。みんなも」

 

 きっと、西住ちゃん達が来るという予感があったから。

 

 

「今日はお疲れ様。みんな頑張ったね。フリーパスはどうする?」

「それはまた今度で。今日はちょっとお茶飲みに来たんだー」

 

 飲食スペースに案内したのは、今日の試合でⅣ号戦車に乗り込んでいた5人。さっきフリーパスを渡したときにも気付いていたけど、いつの間にか冷泉ちゃんが混じっている。なんでも試合の途中でフィールドに紛れ込んで居眠りしていたのを拾ってみたら、あっという間に操縦を覚えてなんやかんやの結果正式に戦車道受講を決めたのだとか。

 いいことだ。Ⅳ号戦車は乗員が5人揃ってこそ真価を発揮するし、何より仲良くしている女の子が多ければ多いほど俺得。6人でM3を運用する1年生チームに次ぐこの人数、車内の様子を想像するだけでうっとりしてしまいそうだ。

 

「それにしてもすごかったね、戦車。大きいし硬いし、いろんな音がすっごく大きくて。どかーん! て撃ったり撃たれたりした時なんて、空気がぶつかってくるみたいだったよ」

「うん、慣れないうちは特にすごいよね」

「でもそれが戦車のいいところですよ! 私なんてもう感動しちゃって……!」

「わたくしも……ちょっと、気持ちよかったです」

「店長、とりあえずスイートポテト」

 

 戦車のことを興奮気味に話す武部ちゃん達四人と、クールに注文してくる冷泉ちゃん。それぞれが好きなことをしているのにしっくりくるこの感じ、どうやらこのチームはさっそく仲が良いらしい。

 

「へいお待ち。スイートポテトと、それに合う紅茶人数分ね」

「……飲み物まで頼んだ覚えはない」

「サービスだから、気にしないで。今日はみんな戦車道頑張ってたし。当店からのささやかな応援ということで」

「なら、もらう」

 

 なので、つい嬉しくなってサービスを充実させてみたり。

 やる気がなさそうでいて義理堅くやることはやる、なんだかんだでしっかりした面もある冷泉ちゃんと、その世話を何くれなく焼いている幼馴染の武部ちゃん。

 ちょっと恐縮しつつも俺お手製のスイートポテトを一口食べて目を丸くしてからはぱくぱく食べてくれている西住ちゃんと、そんな西住ちゃんに憧れ100%の目を向ける秋山殿。

 そして、みんなを優しく見守る五十鈴ちゃん。既にしてなんかもう、こっちまで幸せになる波動が漂ってくる。こいつはいいチームになると見た……!

 

 

「えっと、改めてありがとう、冷泉さん。冷泉さんが操縦手をやってくれてすっごく助かったから」

「……気にしなくていい。西住さんへの借りを返すだけだ」

「あと遅刻免除と単位ね。麻子、やればできるけど低血圧のせいでそもそも全然できないから……」

「でも、冷泉ちゃんは戦車道に向いてるんじゃないかな。普段はやる気なさげだけど、根っこの部分は燃えるハートでクールに戦う子だから。英語で言うと、ターイプ・テークニーック!」

「なんで唐突に美声になるんです、店長。というか、そんな声どこから出しているんです?」

「……ベルトかな?」

 

 ちなみに余談であるが、当店は喫茶店にありがちなBGM、土産物屋で流れているような商品紹介的なご当地ソングのようなものは流れていない。そんなもの流すより、落ち着いた雰囲気の中で談笑に興じる女の子たちの声を聞いてた方がいい。俺の作業速度と、作るお菓子と軽食の味が3倍くらいになるからね!

 

「それより、さっき買いこんできたこのクッションとか早く戦車に置きたいなー。これで大分快適になるよ」

「あはは……その発想はなかったな」

「私もであります。戦車といえば戦車らしくというイメージがありましたから。……店長殿はどう思いますか? 武部殿の提案で、こういうの戦車に置こうという話になったのでありますが」

 

 そういう風に真面目に仕事をしていると、たまに話を振ってもらえることもある。そういう時はこの仕事やってよかった、と背骨が溶けそうになったりするんだけど、何とか足を踏ん張って耐える。

 まだだ、まだ終わるな! 多分こっから先の方が楽しいから……!

 

「……いいんじゃない? 戦車はあんまり乗り心地良くないっていうし、こういうので居住性上げた方が長丁場の試合でも集中力が保てるし」

「本音を言いましょうね、店長」

「ガチガチの戦車の中にふわふわの可愛い女の子(複数)とか我々の業界ではご褒美です本当にありがとうございました」

「おい、こんな店長がいる店に来て本当にいいのか。鼻血出てるぞ」

「いいんじゃない? 時々キモい以外には本当に害がないし。……それに、スイートポテト美味しいし」

「……確かに」

 

 いやはや全く、戦車道は戦車と女の子を一緒に見られるというそれだけでも俺にとっての極楽なのに、さらに戦車の中を女の子の部屋みたいな可愛いグッズで彩ろうだなんて、それはもう極上のケーキを一流のパティシエがクリームとフルーツで飾り立てるようなもの。

 大洗の戦車道を見るたびに、あのⅣ号の中には女の子たちの素敵空間が広がっているんだと想像するだけでなんかもうゾクゾクしちゃいそうだ。

 

 と、そんな風にわいのわいのとした話に混じっていると、ふと気付く。

 さっきから西住ちゃんがしゃべっていない。

 どうしたのだろうと思ってそちらに目をやると、きょとんとした顔で俺を見ていた。

 

「西住ちゃん、どうかした?」

「え? あ、いえ。……こんな風に戦車道をするの、初めてだったから」

 

 戦車道を知ってる店長までそれでいいって言ってくれるなんて、思ってなくて。西住ちゃんはそう続けた。

 ほっとしたような、でもちょっと泣きそうな表情で。

 

「……戦車道、楽しいかい?」

「……はい、すごく」

 

 俺が聞いたのは、一番重要なこと。

 西住ちゃんははっきりと答えてくれた。

 すぐに言葉が出なかったのは、きっと西住ちゃんにとって、それは簡単に言えるようなことではなかったから。

 でも確かに西住ちゃんの本心はそこにある。それだけは、間違いないだろう。

 

 

「みんな、やっぱり戦車に色塗らない? その方がかわいいよ。店長はどんな色がいいと思う?」

「赤で」

「それ三倍速くなるやつだろ」

「いえ、店長殿の場合だと赤い悪魔と呼ばれるヤツの方ですね。あれはあれで渋くてたまらないであります」

 

 戦車道はどんな自由な発想でやってもいいんだ! というのは主に弱小校の戦術として言われていることだけど、楽しいんならそれが一番だ。戦車道をして、女の子たちが健やかに凛々しく成長して、楽しそうな笑顔をこぼす。それこそがきっと本来あるべき姿で、俺の望む戦車道だ。

 

 

 たとえ、その裏に思惑があっての物だとしても。

 今こうして女の子たちが笑っていられるなら、それを守りたい。

 その気持ちだけは、戦車道をやっていない男の俺でも持っていいはずだ。

 

 

◇◆◇

 

 

 数日が過ぎた。

 大洗女子学園の戦車道は、順調に進んでいると言っていい。

 日々訓練を重ね、操縦に慣れ、砲撃が上達し、役割分担がはっきりとし始めた。

 当然、初めてからの日は浅くまだまだ未熟の域を出ないものではあるが着実に一歩ずつ前に進んでいる実感がある。

 

 ……ということを、毎日どこかしらのチームが俺の店を訪れて教えてくれる。

 

「てんちょー! 焼き芋ちょーだい! 桂梨奈、はんぶんこしよ」

「あいー!」

「そっちの焼き芋機で焼けてるから、好きなの取って。お代はこっちにちょうだいね。……くくく、リーズナブルかつ大きめの焼き芋を用意することで、女の子たちが半分こしたりする姿を拝むことができる。これぞ一芋二鳥の計……!」

「そ、そんな思惑が……」

 

「いやー、今日も頑張ったな二人とも! あ、店長干し芋ちょうだい。いつものやつ!」

「毎日お疲れ。柚子ちゃんと桃ちゃんもとりあえず紅茶どうぞ」

「わあ、いつもありがとうございます」

「桃ちゃんと呼ぶな! 何度言ったらわかるんだ!?」

 

 こんな感じで、毎日どこかしらのチームが練習後のお茶会に使ってくれるようになった。

 なんでしょうね、この幸せ時空。

 

 俺はただ、この世に仲の良い女の子たちがいるというだけで幸せだった。

 大洗女子学園の学園艦に店を構えているのも、なんとなくそんな雰囲気が感じられるからだ。たとえその光景とかさらにその先にあるちょめちょめのぱやぱやをこの目で見ることができなくても、多分そういうのがあるんだろうなーと思うだけでご飯三杯行けます。

 

 戦車道で汗を流した女の子たちが、仲良くお風呂に入ってさっぱりした後に空いた小腹を満たしたり、あるいはその日の練習の反省会をするために俺の店を使ってくれる。

 

 

 ……時々、俺は思う。

 この店に照明の類は一切不要なのではないか、と。

 

 だってほら、見てごらん。

 俺の店には光が溢れている。

 

 普通の女子高生らしい、昨日見たテレビの話。学校での出来事。最近食べたお菓子の味。なにくれとなく話しては、その一つ一つを嬉しそうに受け止めている西住ちゃん達。

 戦車道の話とバレーの話を等しくとっかえひっかえに、そしてどちらも楽しそうに話すバレー部。

 放っておくと際限なく調子に乗っていく仲間をたしなめ、でも自分も結局は楽しそうに笑う中に混じってしまう澤ちゃんを筆頭にした1年生。

 常に歴史用語を交えた会話をしつつ、5分に一回くらい「それだ!」と唱和する歴女の面々。

 常に干し芋食ってる杏ちゃんと、杏ちゃんに対する上限マックスな忠誠心が垣間見える桃ちゃんと柚子ちゃんたち生徒会。

 

 彼女らから迸るこの太陽より眩しく、月よりも優しい光。

 世界にあまねくこの光が満ちれば、きっとそこには美しい夜が……!

 

「店長、干し芋おかわりちょーだい」

「……へいまいど」

 

 そんな感じでクリーンで無害で尊い未来のエネルギー、百合力発電に想いを馳せていたのだが、今日のお客さんである生徒会チームの首魁、杏ちゃんの声で現実に引き戻される。

 このエネルギーの実用化について深く考えるのは有益なことだが、目の前のお客さんをないがしろにしちゃいけないよね。

 

 

 基本的に、俺はこんな感じで毎日幸せに生きてます。

 

 

◇◆◇

 

 

 とかなんとかやってさらに数日後。

 俺にとってはただただ幸せだったが、そんなぬるま湯につかってばかりいるわけにもいかなかった。大洗女子学園の戦車道は、単純に邁進するだけでは済まない。どうしても成し遂げなければならない、それも途方もなく達成が難しい目標がある。

 

「……順調ではあるけど、今のままじゃダメだね」

「確かに。燃料も弾薬も店長のおかげでガンガン使えて練習してるけど、足りないね。……試合経験が」

 

 みんな、戦車の動かし方には慣れつつある。

 整備の面でも、自動車部や明日都先生に教わって切れたり外れたりした履帯の修理くらいならできるようにもなってきた。

 そう進捗を教えてくれた杏ちゃんが、それでも思いつめたようにテーブルを見つめている。

 

 今日店を訪れているのは生徒会チーム。

 戦車道では38(t)を駆り、生徒会チームとは名ばかりで杏ちゃんがほとんど何もしないから実質柚子ちゃんと桃ちゃんの二人で戦車を動かしている、戦車内の搭乗人数的にも実質の運用人数的にも最小のチームだ。

 

 そして彼女らの目下最大の課題は、いかにして短期間で大洗女子学園の戦車道チームを強くするかにある。

 戦車が現在あるチームの分だけ見つかったとはいえ、いまだ十分な数ではないが、こちらは今後も折を見て捜索を継続することで結論が出ている。

 しかしなにより一番の課題は、メンバーのほとんどに経験が足りないこと。

 たとえどれだけ戦車の動かし方に習熟しようとも、相手がいて、死力を尽くしてぶつかり合わなければ強くなれないのはどの分野でも同じことだろう。

 

 そのため、生徒会メンバーは今、戦車道の練習試合を申し込む相手を探しているのだった。

 

「店長、どこの学園に相手を頼んだらいいか、何かいいアイディアない?」

 

 そして、こういう時こそ戦車道ファンとしての知識の生かしどころというもの。

 こんなこともあろうかと、いろいろ調べておいたのだ。今こそその結果を示す時。だから俺は、迷わず告げる。

 

「聖グロリアーナ、だね」

「ええ!? そこって、たしか強豪校だったような……」

「その通りだ。店長、いくらなんでも相手が悪すぎでは?」

 

 そして、予想通りの反応。そりゃそうもなる。

 なにせ聖グロリアーナは戦車道の全国大会で準優勝の経験もある強豪校。今年になって戦車道を復活させたばかりの、実質ゼロからのスタートに近い大洗女子学園の相手としては格上に過ぎるという判断は極めて適切だ。

 

 だから俺は、丁寧に理由を説明する。

 ここでのプレゼンこそが大洗女子学園の将来を左右するかもしれないのだから、熱意を込めて。

 

「理由はいくつかある。一つ目は、学園艦の位置。今回練習試合をする場所は大洗に決まったんだよね?」

「はい。大納涼祭の余興の一つとして、大洗の市街地と周辺の山岳地帯を使わせてもらえることになりました」

「となると、まず時間と位置の制約として、日程に合わせて大洗に寄港してもらえる海域に学園艦がいることが大前提になる。オホーツク海のプラウダ高校や東シナ海辺りのサンダース大付属高校は、その点でまず候補から外れる」

「いや、だからどうしてそう強いところを上から順番に選ぶようなことを……」

 

 杏ちゃん達が持ち込んでいた地図上に、最新情報に基づく学園艦の位置へと角砂糖を置いて行く。

 プラウダ、サンダース、黒森峰と言った強豪校は日本の北と西に集中しているため、そういったところを除いて行くと大洗へ来ることのできる学園がまず絞られる。

 

「強ければ強いほどいいからさ。……考えてもみてくれ。もうすぐ始まる全国大会で優勝を目指すにあたって、途中で聖グロリアーナ未満の実力の高校としか戦わない、なんてことがあり得ると思うかい?」

「うっ、それは……」

 

 険しい道を行くのなら、覚悟が必要だ。

 今はまだ生徒会チーム内でしか共有されていない情報だが、大洗女子学園の戦車道が目指すのは紛れもなく全国大会での優勝。高校戦車道における頂点だ。

 そこへ至る道のりは、簡単なものでなどありえない。

 

 西住ちゃんの母校であり全国大会9連覇を成し遂げた黒森峰女学園。

 その牙城を崩した前年度優勝校、プラウダ高校。

 最大の戦車保有数を誇るサンダース大付属高校。

 そういった有名所はもちろんのこと、今の大洗の戦力では突撃至上主義の知波単学園や、戦車自体は高性能と言えないながら練度が化物じみているという噂の継続高校といった相手でさえ、とんでもない強敵となるだろう。

 

 だが、そんなことを言っている暇はない。

 少しでも早く強くなるためには、可能な限り強い相手と戦ってその戦車道を知る。これ以外にはない。

 

「聖グロリアーナは、基本的に挑まれた勝負を拒まない。戦車保有数もサンダースほどじゃないから、最強戦力の一角くらいなら出て来てくれる。そして、今の聖グロリアーナ戦車道隊長のダージリンさんは大局を見通す力に優れている。今の大洗女子学園にはないものだ。学ぶことは多いと思うよ」

「な、なるほど……」

「すごい、店長が真面目に見える……!」

 

 はいそこ、柚子ちゃん。普段俺のことどう思ってるの。

 これでも俺は、最大多数の女の子の最大幸福のために日夜頭を使っているんだからね! ちなみにここでいう「最大幸福」とは「女の子同士でキャッキャウフフいちゃいちゃする」で不動だけど。

 

「……ちなみに、もう一つの理由は?」

「戦車道の幹部の子達が代々紅茶の名前を受け継いだりしているって話だ。先輩のことを『お姉さま』とか呼んだりする子達の戦車道、ぜひ見たい……!」

「相変わらず私利私欲にまみれているなこの人は……!」

「ま、まあまあ桃ちゃん。一応言ってることに筋は通ってるんだし」

 

 そんなことを考えていたせいか、隙があったのだろう。杏ちゃんの誘導尋問にうっかり乗っかって本心を喋らされてしまった。なんということでしょう。ちょろすぎだろ俺。

 いい加減、女の子に乗せられるとうっかり本音を言ってしまう体質は何とかした方がいい気がしてきた。

 

「……うん、店長の言う通り聖グロに打診してみるのがいいね! かーしま、頼んだ」

「はい、すぐに連絡を取ります」

「待って桃ちゃん、私も行くよ」

 

 大洗女子学園の生徒会は、フットワークが軽い。

 話がまとまるなり杏ちゃんが鶴の一声で命じると、桃ちゃんは一切迷うことなくその指示に従う。今は大洗女子学園を存続させるために一分一秒が惜しい。この機敏さが学園を守る一助になってくれれば。俺はいつも心からそう思う。

 

「……勝てるかな、私達」

「そこは戦術と腕さ」

 

 戦車道に偶然はない。あるのは実力だけだと、とある流派の師範は言ったそうだ。

 全国大会が始まるその日までに、どれだけの実力を積み上げられるか。それが勝利の鍵だ。

 そしてきっと聖グロリアーナは多くのものを大洗女子学園にもたらしてくれる。

 少なくとも俺は、そう信じた。

 

 

◇◆◇

 

 

「いい天気! まずまずの人出! こりゃあ商売日和だぜ!」

「店長さん、元気いいですね……」

 

 青空は春風を吹き降ろして白い雲が生える青色に晴れ渡り、街に響くのは人々の楽しげな賑わいの声。

 最良と言っていい天気に恵まれ、学園艦が寄港した母港、大洗の大納涼祭はまさに天が味方した祭り日和と言えた。

 

 そう、今日はお祭りだ。

 久々に大洗女子学園が大洗に帰ってきて、街では出店の類があちこちに置かれ、そしてなにより久々に地元学園艦の戦車道の試合が行われるとあって、例年以上の観光客が大洗に押し寄せていた。

 

 ここは、そんな祭りの一角。地元大洗、あるいは学園艦上の店の出張所的なところで、それぞれの店の自慢の一品が観光客向けに売られている。

 今日俺がいるのはその片隅。当店もめでたく出張開店の運びとなり、朝から干し芋を中心とした芋系の土産物を販売しているのであった。ちなみに売れ行きは結構いいです。

 

「そりゃあもちろん。商店街との付き合いで出店は出さなきゃいけないけど、これから戦車道の試合も始まるからね。……それまでに全部売って店畳んで応援に行かなきゃいけないんだから。今こそ、俺の商売力を最大に高めるとき! へいらっしゃい!」

「……それで本当にどんどん売れてるからすごいです」

 

 次から次へと押し寄せるお客さんを速やかにさばいていく俺。そしてなんか手伝いに来てくれてる西住ちゃん。

 干し芋を売り、焼き芋を売り、この日のために作ってきたサツマイモを使ったスイーツを売る。陸の方の大洗に住んでるおじいちゃんおばあちゃんや観光客の人たち、若い女性もいればお年寄りもいるバラエティ豊かなお客さん達に笑顔を返し、どんどこ売りさばいて行く。よし、この調子なら試合が始まるころには間に合いそうだ。

 

「それより、西住ちゃんはこんなところにいて平気なの? 手伝ってもらっておいてなんだけど、試合前だからいろいろあると思うんだけど」

「……はい、大丈夫です。戦車の整備はもう終わってますし、作戦は生徒会の方で立ててくれましたから」

 

 西住ちゃんのその言葉に、さすがの俺も驚いた。

 戦車道を避けて大洗女子学園にやってきた西住ちゃん。そんな彼女を脅迫してまで無理矢理戦車道に再び引きずり込んだのは、何もお飾りや箔付けのためではない。大洗女子学園で唯一の戦車道経験者たる西住ちゃんの実力を買ってのことだ。

 

 ……これは、桃ちゃんあたりがキレたかな。

 あの子、紛れもなく優秀なんだけど杏ちゃんに対する忠誠心が犬じみているところがあるし、人に意見されるとすぐにキレる。だからおそらく、今回の聖グロリアーナ戦での作戦を立案。それに対して西住ちゃんが意見して、キレて、遠慮した西住ちゃんがここに来た。大方そんなところだろう。生徒会メンバーのことは1年生のころから知っているから、そんなことになったのだろうというオチが容易に想像できた。

 ……大丈夫なんだろうか。桃ちゃんが優秀なのは副官としてであって、自分から計画立てたりすることまで上手いかどうかは、正直未知数なんだけど。

 

 ちなみに、お客さんを捌く片手間に今日の大洗女子学園の作戦を聞いてみると、囮によって聖グロリアーナの部隊をキルゾーンにおびき寄せ、高低差を利用して包囲殲滅するというものらしい。桃ちゃんらしい、とにかくぶん殴る系の作戦だ。

 

「……私達、勝てるでしょうか」

「さて。勝負は時の運だから、格上の相手に劇的な勝利を起こすこともあるかもしれない。でもやっぱりジャイアント・キリングはその名の通り奇跡の親戚でしかないかもしれない」

 

 西住ちゃんの表情は暗い。

 戦車道を知っているからこそ、あの聖グロリアーナにこの作戦が通用するかどうか、予想がついているのだろう。

 

「西住ちゃん」

「はい?」

 

 だから俺は言っておく。

 戦車道をする女の子に、そんな顔は似合わない。

 

「逆に考えるんだ。『負けちゃってもいいさ』と考えるんだ」

「えっ」

 

 今回の相手は聖グロリアーナ。イギリス風で行こう。

 

 

「しょせん、練習試合だからね。それに戦車道を立ち上げてまだほんの少ししか経ってない。胸を借りるつもりで、戦車道のなんたるかを教えてもらうつもりで行けばいいんだよ」

「でも……生徒会の人たちは、必ず勝てって。……それに、負けたらあんこう踊りをさせられるって」

「え、なにその外道の所業」

「あんこう踊りってよく知らないんですけど、そんな風に言うほどのことなんですか!?」

 

 いかん。生徒会は本気だ。

 負けたときの罰ゲームとはいえ、年頃の乙女にあんこう踊りをさせるなんて……! 大洗の北方に伝わる謎の伝統舞踊、腰蓑がユニフォームのキタキタ踊りに匹敵する恥ずかしさだぞ!? 闇のゲームの罰ゲームより怖いじゃないか!

 

「……ごめん、さっきの言葉を撤回する。がんばってくれ西住ちゃん。でないとお嫁に行けなくなるかもしれない」

「あの、店長にそう言われると不安がごんごん増していくんですけど」

 

 どんどん青ざめていく西住ちゃん。無理もあるまい。あんこう踊りをさせられるとなればそうもなる。

 ……あれ、そのこと気付かせちゃったのもしかしなくても俺? いかん、不安を取り除くつもりで何してるんだ。フォローしなければ。西住ちゃんならたとえそんなことになっても心配はいらないと教えてあげるんだ。

 

「あ、いや、うん。でも大丈夫。もしお嫁にいけないようになったら、そのときは……」

「え!? そ、そのときは!?」

 

 そう、あんこう踊りは凄まじい。それこそ、正月の駅伝で区間賞を取れなかった男子大学生でもなければ一生モノの恥をその身に刻むことになる。だからそうなったときは、責任を取って西住ちゃんをもらってあげる人が必要だ。

 そう、もちろん。

 

 

「責任を取って、西住ちゃんをお嫁さんにしてあげるよ。……秋山殿が!」

 

 

 力説。

 拳を握りしめ、未来の不安などひとかけらもないと示すような眩しい笑顔もセットでつけよう。これなら西住ちゃんだって安心できるはず!

 秋山殿辺りになら、安心して西住ちゃんを任せられるしね。

 

「………………………………………………………………………………………………はぁ」

「……あれー?」

 

 そう思っていたのだが、なんか西住ちゃんはお気に召さなかった様子。

 可愛らしい唇から零れ落ちるのは歓喜の悲鳴ではなく、ティーガーⅡ(70t近く)より重そうなため息だった。そんな馬鹿な。

 

「……とりあえず、頑張ってきます。店長さんも、少しは期待してくれてるん、ですよね?」

「少しは、なんてもんじゃないよ。すっごく期待してる。……西住ちゃん達が、いい試合を見せてくれることを」

 

 だけど俺が西住ちゃんに語る言葉の全ては、紛れもない本心だ。

 失意と共に大洗女子学園に転校してきた西住ちゃんの進む道に、より多くの笑顔があって欲しいと思っている。

 戦車道を再びやってくれるなら、当然その中でたくさんの人たちと、たくさんの幸せな思い出を作って欲しいと祈る。

 だって戦車道は、人生の大切なものが詰まっているんだから。

 そこに、悲しい顔は似合わない。

 

 

 負けて涙することもあるだろう。

 思い通りにいかないことに悔む日だってあるはずだ。

 でもどんな辛いことだって、戦車なら。仲間と共に進む戦車道なら、主砲で砕き、履帯で進み、きっと幸せにたどり着けるはずだと、俺は信じているのだから。

 

 

「がんばれ、西住ちゃん。きみたちの、きみたちだけの戦車道を、俺はいつでも見守ってるから」

「……はい。見ていてください。私も、みんなも、精いっぱい頑張ります!」

 

 時間が来た。

 西住ちゃんはそう言って、試合会場に向かって行った。

 はにかみながら、でもしっかりと笑顔で。

 

 西住ちゃん達がこれから挑むのは強豪校、聖グロリアーナ女学院。

 フラッグ車さえ倒せば勝利になる試合とはいえ、20年ぶりに戦車道を復活させたばかりでまだ日も浅い大洗女子学園に勝機はあるのか。その答えを、しかと見届けさせてもらおう。

 

 

◇◆◇

 

 

『それでは……試合開始!』

 

 始まった。

 ついに、大洗女子学園の戦車道の本番が。

 

 高らかに響く審判の宣言と、打ち上げられる信号用の花火。

 大洗マリンタワーのふもとに用意された観戦スペースの前にどでんとおかれた巨大スクリーンに映し出される映像内では、それぞれのスタート地点から大洗女子学園都聖グロリアーナ女学院の戦車隊が動き出している。

 

 試合開始地点は、大洗市街地の外に広がる山岳地帯。開けてはいるが視界を遮る高低差も多く、どちらが先に発見し、有利な地形を取るかが勝敗を大きく分けることになるだろう。

 大洗側が地元としての地の利を生かせるか、はたまた聖グロリアーナが実績に裏打ちされた実力差で蹴散らすことになるか。

 どちらにせよ、俺としては大洗を思いっきり応援するしかねえ!

 

 

「西住ちゃーん! みんなー! がんばれー!」

「ダージリン様ー! ドっ根性ですわー!」

 

「……ん?」

「……ですの?」

 

 ……と、思って声援を上げた矢先。

 シートを広げてピクニックの趣でのんびりと観戦している大洗側のお隣、これまたテーブルとイス、パラソルを用意して優雅なティータイムのごとき雰囲気を醸し出しながら試合の様子を観戦している聖グロリアーナの方から、俺に負けないくらい気合の入った声援が飛んだ。

 

 何事かと振り向いた俺はそこで、これまた俺と同じようにきょとんとした顔でこちらを見ている女の子と目があった。

 ウェーブのかかったピンク色の髪を額で二つに分け、片手に紅茶の入ったカップを持った聖グロリアーナの制服を着た女の子。間違いなく観戦に来た聖グロ生なのだろうが、他の子達がおしとやかに紅茶を嗜んでいるのとは雰囲気からして違う。

 そして、直感する。

 この子こそが、俺と張り合う声を上げた張本人だ。

 

 

 人は言葉という意思疎通の手段を手に入れた。

 だが、言葉を交わすまでもなく通じることもある。

 一度目が合うだけで、はっきりとわかる。今日俺が負けてはならない相手は、この子だ。

 

 この子が聖グロリアーナを応援するのなら、俺は負けない大声で大洗を応援しよう。

 唇の端を釣り上げ、挑発的に笑う俺。

 対するピンク髪の子も、正しく意図が伝わったのだろう。不敵な笑みを返し、スクリーンを振り向く。

 

 負けて、なるものか!

 

「いっけぇー! Ⅳ号! 八九式! 三突! M3! 38(t)!」

「ダージリン様! がんばれ♡ がんばれ♡ ですわー!」

 

 大洗マリンタワーの麓で熱い声援が木霊する。この声が枯れても構うものかとばかり明日を考えない俺達二人のその声は、きっとこの試合が終わるまでやむことはないだろう。


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