遊園地内に大学選抜を引き入れての縦深防御。
西住ちゃんたちが選んだその戦術は成功を収め、パーシングを立て続けに撃破してのけた。
入場ゲートでの侵入阻止こそできなかったものの、ジェットコースターのレール上から戦場を俯瞰するアンチョビが相手の戦力配分を的確に見極めた活躍もあってのことだろう。
迅速にして的確な戦力振り分けによって先手を取られざるを得ない状況でありながらほぼ互角の勝負に持ち込み、大洗側の観客たちは歓喜に沸き立った。
「……」
「うふふ」
観客席の中でただ一か所、俺と、西住流、島田流両流派の家元が座すこの場を除いて。
西住流家元から漂うのは重苦しい沈黙。
元から寡黙なお方ではあるが、今は妙に殺気立っている。ちらりと横目で拝んだご尊顔は修羅のそれか。モニターを睨む眼差しは険しく、膝を掴む指に力が籠る。
一方、島田流家元は優雅なものだ。
しとやかに口元を隠し、しかし嬉しそうに笑う。まるで深窓の令嬢といった趣だが、瞳にうっすらにじむ優越感。それだけは紛れもなく戦車道を収めた淑女のそれ。得物を牙の間合いに収め、あとはどう食らいつこうかと算段をつける獣の目だ。
観客席の予想と真逆を思わせる二人の様子。
それこそが、一面からは推し量れない戦車道の深淵。
景気よく撃破数を重ねることが有利なのか、はたまたそれすら布石と断じる罠に絡め取られつつあるのか。
それを見通しているのは、きっとこの二人だけなのだろう。
◇◆◇
「なんかさっそく大変なことになってる……!」
「どうしよう、助けなきゃ!」
大洗女子学園、絶体絶命の大ピンチである。
廃遊園地の片隅にある、野外音楽堂。大洗女子学園のほとんどの戦力が、すり鉢状になっているその舞台部分へと押し込められていた。
背後は壁。大学選抜は周囲を完全に包囲し、すり鉢の縁から見下ろしている。
T-28までおそるおそる段差に車体をひっかけて狙いをつけているあたり、この場で決着をつけるつもりであることは明らかだ。
あとついさっき、せっかく大学選抜の背後をつける位置にいた知波単学園が例によって突撃して、華麗に避けられて包囲される側に加わったことは全力で見なかったことにしたウサギさんチームがここにいる。
「あっ、西住隊長たち……でもダメ! 邪魔されてる!」
「これ、ヤバすぎない?」
野外音楽堂をさらに見下ろす丘の途中。この場所からは逃げ場もなく追い詰められた大洗の大部分がはっきりと見える。
みほたちも援護に来てはいるが、遮蔽から顔を出した途端に鼻先へ砲撃を受けてうかつに顔を出せなくなってしまっている。大洗の縦深防御に付き合うように見せかけて、多少の損害もかまわずこうして周到に追い詰める。その手腕にゾッとするほどの恐ろしさを覚えながらも、ウサギさんチームはなんとかしようと頭をひねった。
一応迎撃に参加したものの、一時退却する際に本隊とはぐれて迷うことしばし、たどり着いたのがこの場所だった。すでに何もかもが終わっている感があることを嘆けばいいのか、むしろ逆に誰からも忘れ去られ、状況を俯瞰できることをチャンスと思えばいいのか判断がつかない。
何とかしなければならない。
しかしM3が1輌だけではできることも限られている。
突撃による状況の打破は全然全くなんの効果もないことはさっき知波単学園が示してくれたので除外。
みほたちと連携しようにも敵戦力が圧倒的過ぎてまともな効果を発揮するとは思えない。
だからなにか、もっと別の策が必要だ。
大学選抜の度肝を抜いて、みんなを助け出すことができる、ウサギさんチームにしかできないことが。
「……」
「……沙希? ちょうちょはあとにして! いま大事なときだから!」
そんなとき、ウサギさんチームの車長であるあずさの肩を叩いたのが沙希だった。
極めて寡黙でおとなしく、そういえばエキシビジョンの時以来声を聞いてないような、とか思ったりするのだがそれはそれ。全国大会決勝ではエレファント撃破の突破口を見つけてくれた一方、エキシビジョンにおいてはちょうちょを見つけるに終わった、同じチームの仲間でありながらなんだかよくわからない少女。
沙希の提案はだからこそ有益なのかどうかが判断がつきづらく、今はそんな不確定な話に付き合っている場合ではないのだ。
しかしそれは、沙希の見つけたものが全て無駄ということを意味しない。
「……観覧車」
沙希が指差す先にあったのは、この遊園地の巨大観覧車。
丘の上にあり、当然車輪の両側から支えられており、そしてもしうっかり坂を転がり落ちたなら、ちょうど野外音楽堂へ突っ込みそうな、そんな位置。
「観覧車? ……あ、そうか! 観覧車と言えば!」
「え? ……ああ、あの映画!」
そして炸裂するのは現代っ子ならではの映画戦術。黒森峰戦でもエレファント撃破のきっかけとなった、彼女たちの発想の源である。
「……ねえ、それはそれとして沙希ちゃんの近くを飛んでるアレ、なに? ちょうちょ? それとも蛾?」
「しっ! 見ないふりしておくの!」
なんかこの作戦の守護神様も見守ってくれているし、やるっきゃないというのが結論だった。
◇◆◇
「それじゃあ……モスラ作戦、行きます!」
「それだと転がすんじゃなくて横からたたきつけることになるよ?」
◇◆◇
「は、ははははははは! さすがウサギさんチーム! やることが一味違うな! ざまあみろ役人!」
「戦車道とは一体」
「大洗女子学園は面白い子たちばかりですわね」
思わず叫んだ俺を、誰が責められるだろう。
絶体絶命の大洗女子学園。誰かが何とかしなければどうしようもないその時、救いの神となったのはなんとウサギさんチーム。M3リーの2つの砲塔を生かして観覧車の軸を同時破壊。見事丘の上から野外音楽堂へとパンジャンドラムよろしく観覧車を転がすことに成功したわけだ。
その結果、大学選抜は控えめに言って大混乱。
そりゃそうだ。いきなり直径数十mの観覧車が転がってくれば驚きもする。結果、しっちゃかめっちゃかのてんやわんやの後に大洗陣営は野外音楽堂からの脱出に成功。西住ちゃんたちとも合流し、大学選抜が体勢を立て直す前に姿をくらますことに成功。自他ともに分散しての遭遇戦という、戦況に引きずり込むことに成功した。
「さあて、ここからが西住ちゃんたちの本領発揮です。見逃せませんよー」
「……邪道ですが、それもあの子の道なのでしょう」
「うちの愛里寿はとっても素直ないい子ですよ?」
白熱しつつある試合と、白熱する娘自慢。両方を楽しめる最高の席にいる喜びに震えながら、モニターに映る各地の戦況に心を飛ばした。
◇◆◇
「はわわ、ジェロニモ様騎兵隊がきちゃいましたぴよ!」
遊園地内、ウェスタンエリア。
いかにも西部劇っぽい色あせた荒野の大地と風通しのよさげな建造物が立ち並ぶエリアに、アリクイさんチーム、レオポンさんチームが迷い込む。
彼女らを追う大学選抜はパーシング3輌。互角以上の戦力を送り込むあたり、大学選抜側が大洗を全く侮っていないことが見て取れる。
数の上では同じだが、三式に乗る素人に毛が生えた程度のアリクイさんチームと、言わずと知れた欠陥戦車のポルシェティーガー。むしろ戦力過剰と見る者さえいるだろう。
「誰がジェロニモよ!」
しかし、ここにはカチューシャがいる。
自身以外のプラウダが全滅してなお、カチューシャの威光は衰えるものではない。さっきまではちょっと気張り過ぎてもいたが、今は大洗のメンバーこそが仲間。ここでカチューシャの健在を示すことこそが、その身に変えてカチューシャを生かしてくれたノンナたちの想いに応えることにつながると考えを改め、ここにある。
「まあまあ、それよりどうするにゃジェロニモ」
「指示をお願いしますモモジェロニモ!」
「私たちは言われた通り頑張るよ、ジェロニモン」
「誰が怪獣酋長よ!?」
あからさまにいつもと勝手が違うことに戸惑いながら、しかしカチューシャは仲間を率い、いつもと同じ笑顔で戦った。
◇◆◇
『パーシング撃破されました! すみません!』
『誰か援護してー!』
『オメガ11、イジェークト!』
「……」
大学選抜隊長、愛里寿のもとに次々入る戦況報告。
戦車の質も乗員の練度も明らかに上で、しかし決して油断せずに臨んだ試合。しかしその状況は遊園地あとに入ってから悪化の一途を辿っていた。
あちこちで次々撃破される自陣営の戦車。一度は完全に包囲して追い詰めたというのに、その状況を覆してすでに三つの中隊がほぼ機能しなくなるまでに撃ち減らされている。
左翼突破時の知波単撃破といい、カールの砲撃による黒森峰とプラウダの半壊といい、何度窮地に陥っても必ず立ち上がってくる。
その姿に、愛里寿はボコを思わずにいられない。
「まるでお前みたいだね。強くはないのに、何度ボコボコにされても必ず立ち向かってくる。勝利を、信じて」
ポケットから取り出したのは、小さなボコぬいぐるみ。
大洗のボコミュージアムでみほから譲られたものだ。あの時の恩を仇で返すようなことになるのは心苦しいが、それでも愛里寿の戦車道に手加減という文字はない。
まして大洗は強い。このままでは敗北すらあり得るだろう。
「だが、しかし」
それでもなお、島田愛里寿は揺るがない。
「まるで全然、この私を倒すには程遠いんだよね……!」
そして始まるは、島田愛里寿のファンサービス。
ボコのテーマとともに進撃するセンチュリオンの後に残るのは、敵の屍以外にあり得ないのだ。
◇◆◇
「データによると、T-28の弱点はここです」
「アッサムのデータ主義も、たまには役に立つのね」
大学選抜本隊の先陣を切ったり、野外音楽堂でやたら恐ろしい雰囲気を醸し出しては大洗陣営を恐怖に陥れたT-28。横へ二重になっているという極端に幅の広いT-28の横幅より狭い通路に誘い込んで動きを封じた、と思ったらなんか爆砕ボルトで外側の履帯を切り離すという魔改造を示し、どこまでも追撃してくる黒い悪夢。
その脅威を振り払うために一肌脱いだのがダージリンだった。
全面側面後ろ側、どこを狙ってもまともにダメージを与えられないこの戦車の中で唯一撃破できそうなところは、下面装甲しかない。
相手が陸橋を渡るのに合わせて欄干の間にチャーチルをねじ込み、ファイアフライにピンポイントで橋を崩してもらって空いた穴から狙い撃つ。おそらくこれが、いまの戦力でT-28を撃破する唯一の策だ。
そうと決まれば、ダージリンの覚悟は早い。優雅という言葉を今だけは忘れて、みほの勝利のために死力を尽くす。それこそが聖グロリアーナの、そしてダージリンの流儀である。
「こんな格言を知ってる?」
その格言は同じ戦車に乗る仲間に向けたものではなく、聞こえないとわかったうえでT-28の乗員へと向けたもの。敗北を贈るための、ダージリンからの餞だ。
「『この距離なら、バリアは張れないな』」
「バリアは張ってないです。装甲は分厚いですけど」
T-28、撃破。
直後、欄干下で立ち往生していたチャーチルもまたパーシングとチャーフィーにより撃破。
◇◆◇
「このままじゃマズいわね……!」
「ちょっと、追いつけないじゃない!」
「まあ、ティーガーⅡとポルシェティーガーだからねー」
なんやかんやで大洗女子学園も大学選抜もお互いの戦車が1桁にまで撃ち減らされた。
西住姉妹と島田愛里寿は中央広場へと向かい、それを援護せんとする大学選抜中隊長たちがサンダース大付属の3輌を瞬く間に片づけて中央広場へ駆けつけようとしている。
追いかけるのは、ここまで何とか残ったレオポンさんチームのポルシェティーガー、エリカのティーガーⅡ、カチューシャのT-34。
真っ向勝負となれば個々の実力では決して負けていないが、今の状況はまずい。
前に大学選抜、後ろに大洗。この配置、この編成で追いつくことは不可能に近い。
カチューシャのT-34ならば最高速度がパーシングを上回っているが、残るティーガーシリーズはいずれも整地上での速度はパーシング以下。カチューシャ一人が追いついても、さすがにサンダースを瞬殺してのけたコンビネーションを前にしては歯が立たない。
なんとしても同数以上でぶつかるしかなく、しかし大洗側の手札にそれを可能とする術はないのだ。
「これは……チャ~ンス!」
この場にいるのが、魔改造に定評のあるレオポンさんチームこと大洗女子学園自動車部でなかったならば!
「ようし、カッちゃん、エリカさん! 私たちの後ろについて!」
「だからカッちゃんて呼ぶんじゃないわよ!」
「ちょっと、なにをする気?」
あからさまに怪しげな自動車部の注文に、しかし迅速に応じるカチューシャとエリカ。どのみちこのままでは中央広場への到達までには大学選抜側が先行し、一時的にみほとまほに2倍の戦力との戦いを強いてしまうことになる。そうなるくらいなら、得体の知れない策であっても乗った方がマシだと信じた。
……信じて、しまった。
「リミッター解放レベル10!」
「メインバスブースターコントロール、オールクリア!」
「無限の力、今ここに解き放ち! 次元の彼方へ突き進め!」
「GO! アクセルシンクロ!
「ちょっとなにその速さあああああ!?」
「なんで戦車まで引っ張られるのよおおおお!?」
明日都先生の薫陶厚き自動車部は、戦車道のルールに則りエンジンの改造は規定内に収めつつ、モーターに対してはあとで戦車道連盟に知られたら確実にルールに1行加えられるだろう魔改造の限りを尽くし、人知を超えた速度でかっとビングしていくポルシェティーガーと、それに追従するT-34とティーガーⅡという光景が現れた。追われる方からしたら控えめに言って悪夢である。
「ぬわー!? あちこちから火を噴いたー!?」
「ありゃー、やっぱ無茶させ過ぎたか。カッちゃん、エリカさん。あとよろしくー」
「緊張感ないわね!? でも任せておきなさい!」
大学選抜側の幸運は、ポルシェティーガーの車体そのものがさすがにこの改造に耐え切れなかったこと。もしあと少し耐えていたら、火の玉となって突っ込んでくる60t近い鉄塊という質量兵器にさらされることになっていただろうが。
「いくわよ! 私が先行して隙を作るから、何が何でも1輌撃破しなさい!」
「ええ、わかってるわ」
ポルシェティーガーから託された速度をそのままに突っ込むT-34。この時点ですでに1輌脱落し、カチューシャもエリカも3人の中隊長全てを倒すことはさすがに困難であると認めている。
だが、それならそれで、たとえ刺し違えてでも1輌は屠る。餓狼の決意とともに二人は駆けた。
相手は大学選抜の3隊長。相手にとって不足なし。
「私の前を走って、隊長のもとに……!」
そして、あの子のもとに、とは口にせず。
「全員揃っていけるなんて、思ってんじゃないわよ!!」
逸見エリカ、吼える。
その叫びは愛車の叫びと同じで、雄たけびを上げた虎の王のアギトの前に、あらゆる戦車はひれ伏す定め。
中隊長3人のうちの一角、ルミをその牙で貫き。
そのことに動揺してなお冷静なアズミとメグミによってカチューシャともども撃破され、ここに最終局面は決定した。
大洗女子学園、西住姉妹の2輌。
大学選抜、島田愛里寿とメグミ、アズミの両中隊長。
数の上では2対3。それぞれの戦車が中央広場に集結する。
それぞれ外周部をゆっくりと回り、出方を窺う5輌の戦車。
まだ砲弾を交えてこそいないが、一度始まってしまえば決着がつくまで終わらない、本当の最終局面。いっそどちらかが撃って今すぐにでも初めてくれた方が楽とさえ思える緊張感があらゆる遊具を押しのけていく。
大洗女子学園の命運をかけた最後の一戦がいま、始まろうとしていた。
◇◆◇
「あっ、あー! あああーー! いいぞそこ……うおわああー!?」
「歓声を上げるのはいいですが、もう少し静かにしなさい」
「はい! ごめんなさい!」
中央広場での戦車戦を見ている間中、俺は大体こんな感じだった。
完璧な連携を誇る西住姉妹と、一角が欠けながらもいまだ強力な大学選抜の中隊長、そして別格の島田愛里寿。
当初2対3であった数の差は西住ちゃんたちが協力してひっくり返した。姉妹の連携による撃破と、西住ちゃんがセンチュリオンを抑えている間にまほさんが遊具まで使って独力で最後の中隊長を撃破。
ここに至って、ついにこの試合は真の姿を見せる。
西住流の正統後継者候補筆頭たる、西住まほさん。
西住流から生まれ、自分自身の戦車道へと至った西住ちゃん。
そしてその二人と対峙する、島田流を幼い身でありながら余すところなく体現する島田愛里寿。
西住流対島田流。誰もが実現を夢想し、しかしあり得ないだろうと思っていた夢の対決の実現だ。
富士山状のオブジェの頂上から地上を見下ろすセンチュリオン。
山肌に張り付いて包囲する西住姉妹。
上を取った有利と数の不利。
姉妹の連携と性能の差。
色々と勝敗を図る要因はあるが、ここまでの試合を見てきた限り超人的に強い島田愛里寿と西住姉妹の実力はどちらが上かわからない。
実際に試合が動いてからも、観客席からは驚愕と悲鳴とが交互に上がり、目まぐるしい試合展開に翻弄されるばかりだ。
西住姉妹の連携は完璧だ。
だが、たった一人でそれと互角以上に渡り合う島田愛里寿も末恐ろしい。
「いいぞー! いけ、西住流!」
「がんばって島田流!」
「うおおー! まほさんティーガーで俺を撃ってくれー!」
「愛里寿ちゃんかわいいー!」
しかしそれ以上に、いい試合だった。
観客たちはみんな、モニターの中で繰り広げられる3台の戦車の共演に夢中だ。
センチュリオンが、ティーガーⅠが、そしてⅣ号が持てる力の全てを引き出されて走る。
主砲の発砲間隔はなんか信じられないくらい早く、各車の装填手もスタミナなんて考えずに最速を期していることが知れる。
激しく、すさまじく、そして美しい。そんな言葉しか出てこないほどに次元の違う、まさしく戦車道の神髄がそこにはあった。
誰もが夢中になる時間。
声を枯らして応援して、砲弾の行方に一喜一憂する。
戦車道は楽しい。戦車道は美しい。戦車道は尊い。
その道を進む乙女たちのみならず、見る者全てを魅了する、そんな力がある。
だからこそ、失いたくない。
かつて西住ちゃんたちが信じたその先が初めからなかったなんて未来はノーサンキュー。その思いで、俺は今日まで日本中の学園艦を飛び回ってきた。
どれだけ西住ちゃんたちの力になれたかはわからないけど、少なくとも今、その結果が形になろうとしている。
富士山型オブジェの頂上に身を寄せ合うⅣ号とティーガーⅡ。
広場入口近くで睨みあげるセンチュリオン。
画面越しにもわかる、ひりつく空気。
両隣に座っている家元たちからも緊張感が漂いだした。
間違いなく、これが終局だ。
決着がつくまで、おそらくあと1分とあるまい。
乾いた喉はもはや景気のいい声援を上げることもかなわず。そしてそれを必要とする場面でもないだろう。
今の俺にできることはただ一つ、西住ちゃんたちの戦車道を一瞬たりとも見逃さずこの目に焼き付け、生涯忘れぬよう魂に刻み付けることだけだ。
Ⅳ号とティーガーⅠが坂を下る。
センチュリオンが迎え撃つ。
ティーガーⅠがⅣ号のすぐ後ろ、主砲の先端が降れるほどに接近して並走し……。
そして。
◇◆◇
◇◆◇
大洗女子学園の顛末を語ろう。
結論から述べると、西住ちゃんたちは勝った。そして学園艦の存続を勝ち取った。
実のところ、俺は勝利の瞬間のことをはっきりとは覚えていない。
とんでもなく、それこそ人生で一番ってくらいうれしかったことは覚えてる。誇らしくて、みんなを褒めてあげたくて、雄たけびを上げていたような気もする。
うっかり理性が消し飛んで西住流と島田流の両家元を抱き合わせようと画策して見事見抜かれて西住流奥義・顔面右ストレートを叩きこまれたような気もするけど、そんなわけではっきりとは覚えていない。
あとになって何度となく記録映像を見直した最終局面は見事の一言。
捨て身の覚悟でティーガーⅠの空砲を受けて加速したⅣ号による突撃。
思いついた西住ちゃんも、完璧に実行してのけた両戦車の操縦手も、とんでもない速度の中で確実に当たる距離まで冷静に引き付けた五十鈴ちゃんも、そして西住ちゃんの作戦を信じて賭けた全ての女の子にも、俺は祝福を送りたい。
そんなわけで、大洗女子学園に平和が戻った。
試合が終わって意識を取り戻し、興奮冷めやらぬまま姉さんに電話で一報を入れたら即座に学園艦を大洗へ戻してくれて、翌日さっそく北海道からフェリーで大洗へ戻った西住ちゃんたちを学園艦が出迎えてくれた。
しばらくはあれこれごたごたしたけれど、数日も経てばあちこちに散らばっていた学園艦の住民たちも戻ってくる。そうすれば、そこに広がるのは見慣れた、しかし尊い日常の風景。
道行く人たちはいつもより少しだけ笑顔で、西住ちゃんたち戦車道隊員はすれ違う人すれ違う人に声を掛けられて嬉し恥ずかしで大変だと少し困ったように、でも笑いながら語ってくれた。
そして、俺は。
試合が終わって姉さんに電話をしてからぶっ倒れるようにして寝てしまったらしい。
さすがに、廃校の話が出てからしばらくあちこち飛び回った疲れがたまっていたようだ。
おかげで西住ちゃんたちにおめでとうを言うのも学園艦に帰ってからになったけど、その辺は戦車道チームのみんなを店に招待して盛大に祝勝パーティーを奢ったことで許してほしい。みんなが一度に来るとちょっと狭かったです。
学園艦は守られた。
大洗女子学園は日常に帰った。
だから今日も、俺は店を開けている。
この店が誰かの憩いや楽しみになるように。
大洗女子学園で干しいもほかサツマイモスイーツをお求めでしたらぜひ当店へ。
お土産のほか、喫茶スペースもございます。
お支払いは、現金、カードのほか、百合っぽい女の子同士の仲の良さを見せてくれるだけでもバッチこい。
戦車道が守ったこの大洗女子学園での楽しいひと時を、あなたも是非味わってください。
当店はいつでもお客様を歓迎しています。
「……こんにちは」
「はい、いらっしゃい。……西住ちゃん」
大洗名物の干しいもと、そして戦車道チームのメンバーに出会えるかもしれない当店を、どうぞごひいきに。
◇◆◇
「『来ちゃいました』」
「『西住ちゃんならいつでも歓迎だよ』。……やだもー、店長ったら当たり障りのない会話して! みぽりんがあんなに乙女の顔してるんだから、もっとムード作ってあげなきゃ!」
「捏造のアテレコで文句を言うのはやめましょうね、沙織さん」
「でもたぶん大体合ってると思うであります」
店長の店から見て道路を挟んだ向かいにある茂みの中。そこに、待ち伏せ中の戦車よろしく身をひそめる4人の乙女の姿があった。
言うまでもなく、店内にいるみほを除いたあんこうチームの4人である。
目のいい麻子と恋愛番長の勘を生かした沙織が店長とみほの会話を読んだふりをしつつ二人の様子を窺っているのだ。
「だって、気になるでしょ!? みぽりんが試合前より覚悟決めた顔してたんだよ!? これはもう絶対店長に告白する気だよ!」
「だからといってのぞきは趣味が悪いと思うが……興味があるのは否定しない」
「恥ずかしながら、わたくしも……」
「西住殿、どうかお幸せに……!」
とまあ、そんなわけである。
大洗女子学園の存続が決まった。戦車道も日々楽しくやっている。店長は相変わらずたまに見学しに来たり店で優しく気前よく迎えてくれたりと、ようやく廃校騒動前の平和が戻ってきた。
全国大会優勝からこっち、ずっと続いていたドタバタはまだまだ長く、しかし嬉しく尾を引くことだろうが、それでもようやく日常と呼べる日々が返ってきた。
だから、ついにみほも決意を固めたのだろう。今日は一緒に帰れない、と断りを入れてきたみほを、沙織たちは笑顔と励ましをもって見送った。
「いいぞ、みぽりんそこだ! 大胆な告白は女の子の特権よ!」
「西住さんには無理な注文だと思うぞ」
「でも、みほさんには頑張ってほしいです」
「はい! 店長なら安心して西住殿をお任せできる……かは、微妙ですけど」
でも結局こうやって顛末を覗き見してるのだから台無しである。
沙織たちが見守る中、みほと店長は会話を楽しんでいる。
話に聞く、店長の店でのみほの幸せな時間そのものだ。
だが今日は違う。確実に違う。
店長に向けるみほの目に宿る親愛と信頼、そしてほんのわずかな決意の色。
戦車道と改めて向き合い、大きな戦いを乗り越え、いつでも仲間たちの応援があると知ったからこそたどり着いた、勇気の証。
店の扉と道路を隔て、何を話しているのかは当然聞こえない沙織たち。
だが、みほと店長の会話が途切れたその一瞬に空気が変わったことを見落とすほどみほとの付き合いは浅くない。
みほが口を閉じ、わずかに俯く。
しかしあれは逃げではない。覚悟を決めているのだ。
みほが再び顔を上げたとき、その口から紡がれるのは間違いなく彼女の想い。
あんこうチームの4人は祈る。
その思いが店長に届くように。そしてみほに幸せが訪れるように。
閉じていた眼をあけ、ゆっくりと顔を上げ、店長の目をまっすぐにのぞき込み、柔らかく可憐な唇を開いて。
ポロロン♪ と。
まるでそのタイミングを見計らっていたかのように、店の奥からミカが現れた!
「継続の隊長さんんんんんん!?」
「なんでいるんでありますかああああ!?」
「というか今、明らかに店の奥にある住居スペースから出てきたんですが」
「修羅場だな」
あんこうチーム、大混乱。
全国大会決勝で黒森峰から奇襲を受けたときでさえそうはならなかったというくらいにしっちゃかめっちゃかである。
が、もっと困惑しているのはみほの方だろう。遠めでもわかるほどにうろたえて、しかし相手がミカだとわかるとピタリと落ち着き、なんか道を隔ててもわかる変な雰囲気がぶわっと噴出した。ゴゴゴゴゴ、と地鳴りのような音が聞こえたりみほの背後にボコのオーラが見えるのは女子力による幻覚なのだろうか。ちなみにミカの背後には店長の店にあるぞうもつアニマル、首を吊った犬のぬいぐるみのオーラが見える。
「あっ! ここが店長のお店ですわダージリン様! さあさあ、店長のおっ紅茶を飲ませていただきましょう!」
「ええそうね、ローズヒップ。……嬉しいわ。どうやら、この店のメニューには最高のお茶請けもあるみたいね」
「趣味が悪いですよ、ダージリン」
「それでも日を改めようとはしないんですね、アッサム様」
「アニキー! 大洗の会長さんに、大学選抜との試合で約束した干しいもパスタ作ってもらいに来たらアニキに作ってもらえって言われてきました! 干しいもパスタ、私とカルパッチョとドゥーチェの分で3人前よろしくぅー!」
「ちょっと店長ー! サンダースで干しいもがめっちゃ好評でこの前仕入れた分がなくなっちゃったの! だから今度はファイアフライ1輌分注文しにきたわ!」
「同志店長、大学選抜の試合の前後に撮ったカチューシャの写真が仕上がりました。アルバム1冊に収まらなかったので上下巻にしてあります。一緒に見ましょう」
「ちょっとノンナ!? 私あの試合のときってそんなに写真撮られた覚えないんだけど!?」
そしてさらに深刻さを増すカオス。
狙い澄ましたかのように今日この場に集結する戦車道女子、女子、女子。
先日催された大学選抜相手の祝勝会を思い起こされるほどの繁盛ぶりで、店長は自分の店に学園艦の垣根を越えた女の子たちがたくさん訪れ和気あいあいとしてほっこり。
みほも、それに釣られてか毒気を抜かれ、仕方ないなとばかりに苦笑している。
店の奥から出てきたミカも、人見知りでもするのか一番隅っこのほうでカンテレを弾いていた。告白とは一体。
「……行こっか」
「早くいかないとスイーツが売り切れそうだしな」
「急ぎましょう」
「ちょ、五十鈴殿!? 引っ張らないでください! そんなにすぐにはなくなりませんから! 多分!」
こうなってしまえば告白も何もない。ならばここは車長の援軍に向かうのがチームの役目。よだれでも垂らしそうな華に引きずられるようにして、沙織は、麻子は、優花里はみほの元へと向かう。
本当に呆れるほどに笑顔が満ちる、あの店に。
これからも、ずっと。
半年と少しの間、お付き合いいただきありがとうございました。
とはいえ、まだ最終章が残っているのでそのころ再びお目にかかるかもしれませ。
もし気が向かれましたら、その時もどうぞごひいきに。
そして最後に。
ガルパンはいいぞ。