大学選抜VS大洗女子学園(を母体とした高校生連合チーム)との試合は、至極定石通りの始まりとなった。
両チームともに部隊を3つに分けてまっすぐ互いに向かって前進。左右両翼がまず接触して砲火を交え、その間に黒森峰とプラウダの戦力を中心とする大洗の中央部隊が高地を占拠。先手を取られた状況を高所からの支援砲撃によって取り戻す……かに見えた。
少なくとも、西住ちゃんたちはそういう作戦を思い描いていて、大学選抜相手にもその作戦は通用しつつあった。
「おのれ、レギュレーション違反ギリギリの自走臼砲ねじ込んでくるとは卑怯な……!」
相手が、試合寸前になって戦車道的にギリギリアウトな可能性の方が高い自走臼砲なんぞを無理矢理試合に投入していなかったならば、の話だが。
観客席前に据え付けられた大型スクリーン。
そこに映し出される映像には、大洗の中央集団が布陣する高地頂上に膨れ上がる巨大な黒煙があった。
どよめく客席。混乱冷めやらぬうちに着弾する第二弾。そして、早々に撃破される黒森峰のパンター2輌。姿を見せることすらなく、それは瞬く間に大洗の戦力を奪い去っていく。
カール自走臼砲。
600mm砲弾を発射する、戦車道に使っていいのかかなり微妙な怪物。それが、なんとしても大洗を廃校にせんと跋扈する役人の用意した切り札だった。
「島田流には似合いませんね」
「本当に。まあ、これは大学選抜の試合ですから」
そしてそれは、島田流としてもあまり歓迎できる事態ではないことを俺の後ろのお二方は語っている。大方、役人権限で強制的に押し付けられてしまったのだろう。
なるほど、権力ってやつか……!
その後も、大洗の受難は続く。
例のごとく突撃を敢行してさっそく2輌撃破された知波単学園。
湿地帯で釘付けにされたまま無為に時間が過ぎていく西住ちゃん率いる大洗右翼。
そして、クラーラさんの乗るT-34、ノンナさんのIS-2、街道上の怪物としての面目を果たしたKV-2。プラウダが誇る戦車隊がほぼ壊滅するという、大洗側の客席がお通夜状態になるような出来事によって。
「大洗、ピンチですわね。あのプラウダ高校の戦力が壊滅するなんて」
かの島田流の家元でさえ、そう評した。
いずれ劣らぬ優秀な戦車と乗員を誇る黒森峰とプラウダ。その戦力がすでに半数以下に減らされた現状は極めて危機的である、と。
「いいえ、そうでもないですよ」
「……あら?」
しかし、俺は異を唱える。
戦車道の、それも島田流の家元に対して文字通りの門外漢が何をと言葉を吐いてから自分でも思うが、それでもこれだけは言っておかなければならない。そうでなければ、俺は二度とノンナさんのことを同志と呼べなくなるのだから。
「プラウダの戦車を3輌も落としながら、それでもカチューシャを仕留めそこなったのは紛れもない大学選抜側の失策です。……カチューシャはプラウダ高校の最大戦力。プラウダとはカチューシャのことで、カチューシャこそがプラウダです。彼女を逃したことは、プラウダの戦力がそのまま残ったのと変わりません。そのことを必ず思い知らせに行きますよ、彼女は」
「……あらあら、うふふ」
モニターから目を逸らさず、というか島田流家元の方なんて怖くて見ることもできず、俺は言っておいた。プラウダの戦力なんて百も承知だろう家元に生意気言ったかなーと冷や汗が垂れるが、仕方がない。
仲間を次々に失い、敗走を強いられたカチューシャ。きっと彼女は立ち上がる。きっと彼女は強くなる。それこそが、彼女の戦車道なのだから。
「……ところで、どうして二人は相合傘をしてるのかしら?」
「西住流の家元が頑として雨具を使わないからです」
「……お気遣いなく」
「いやいや、風邪ひいちゃいますから!」
……でもとりあえず雨は早く止んで欲しいなあ!
◇◆◇
「発射音と着弾までの時間、爆発の様子、飛翔音。それらまとめて考えると、あの砲撃はおそらく……」
「うん、きっとアレだと思う」
大洗女子学園右翼部隊。
大隊長車、Ⅳ号の車内で優花里とみほが相談を交わす。その内容は当然、未知の砲撃。どう考えても戦車の砲撃ではありえず、それこそ自走砲、それもⅢ突のようなものではなく砲兵科が運用するような類のものであることは間違いない。
突然の廃校通達、大学選抜との殲滅戦などこれまで数々の工作を仕掛けてきた文科省役人のさらなる策が突き刺さっただろうことは想像に難くない。
しかし、だからといって負ける気などさらさらなかった。
大洗のため、そして戦力をかき集めてくれた店長のため。みほの喉はさっきから店長の淹れてくれるコーヒーを飲みたくて悲鳴を上げているのだから。
「会長、磯部さん、アンチョビさん……ミカさん、お願いがあります」
みほは一部戦力を抽出して小隊を編成。砲撃の元を潰すための別働任務を頼んだ。
「……ああ、構わないよ。私はそのためにここに来た。他ならぬ、伊織の頼みだからね」
「伊織……?」
「あっ」
「なんでしょう、急に寒気が……!」
「ねえ、なんか空気がピリピリしてきたんだけど」
「修羅場、か」
そして、避けられない戦いは試合だけではなかったりする。
「ああ、知らなかったのかい? 君たちが『店長』と呼ぶ彼のことだよ」
「……へえ、そうなんですか。ミカさんは、どうして知ってるんですか?」
吹く風が妙に涼しいのは、ここが北海道だからというだけではないだろう。キューポラから上半身を出したみほと、同じくカンテレをつま弾くミカ。互いに視線を合わせることはなく、しかし死線スレスレを行ったり来たりしている感がある。
「私と伊織は古い付き合いなのさ。大洗のエキシビジョンの時に再会してね。……ふふふ、伊織と来たら気に入ったもののために寝食を忘れるところは変わっていないな」
継続高校のミカ、「自分くらいしか知らない昔の思い出」で軽いジャブ。
みほは指揮官として鍛えられた鋼鉄の表情筋をもって平静を貫くが、地味に効いている。
しかし! やられたらやり返す、それも倍返しなのが西住みほの戦車道!
「そうみたいですね。店長さん、戦車道が好きだからお店に行くといつも嬉しそうにしてくれるんですよ」
みほ、「最近再会したばかりということは知らないだろう最近の店長の様子」でやり返す。
ミカもまたクールな表情を崩さず、しかしカンテレの音が外れた。
「……これ、ひょっとして仲間割れが始まるのかしら?」
「データによると十分あり得ますね、ダージリン」
「アッサム様、そのデータの出元ってひょっとして今見てるネットの掲示板ですか?」
通常の戦車道の試合としてはあり得ないほどの状況が次から次へと襲い掛かるこの試合。
神ならぬ身で先を見通せるものは、いなかった。
◇◆◇
大洗女子学園は高地を破棄したのち、中央と右翼から戦力を出した。
臨時で結成された小隊は大学選抜中央集団に向かっていき、一斉射を避けて別方向へ向かったことからして、砲撃を排除するための別働隊だろう。
「アヒルさんチームの八九式、アンツィオのCV33、カメさんチームのヘッツァーに、ミカのBT-42か……これは、なかなか面白いことになるかな?」
その編成がまた面白い。
チームとしての練度は大洗屈指のアヒルさんチームに、ドゥーチェ含む3人を無理矢理詰め込んだタンケッテ、なんか踏み台扱いが板についてきたヘッツァーと、ミカが乗るBT-42だからして。
みんなそんじょそこらの大学生チームくらいとだったら十分渡り合えるだろうメンバー揃いだ。
特にミカの試合はこれまでそうと気付かなかったからあまり見てこれなかったし、さっきの右翼集団での動きも他の戦車と歩調を合わせたものだった。だけどこういう編成ならきっと子供のころより成長した戦車道を見せてくれるだろう。
いまいちスッキリできそうもない事情がまとわりついているとはいえ、戦車道。俺の心はワクワクと期待に膨らみ始めていた。
「ミカさん……ですか?」
「ええ、幼馴染、と言っていいんですかね。昔近所に住んでいた子です。継続高校のBT-42の車長をしてるって言ってました。強いですよーミカは」
「その口ぶりからするとずっと一緒だったわけではないようですが、ずいぶん信じているのですね」
「それはもう。俺に初めて戦車道ってものを教えてくれた子ですから」
そしてなぜかミカについて説明することになってました。
両家元からの視線が痛い気がするのはどうしてなのかさっぱりわかりませんです。
とはいえ、大画面モニターに映し出される戦況図では大洗右翼が敵と交戦している一方、他の集団は互いをけん制し合っているのか、そちらの戦場に乱入する様子は見えず、膠着状態に陥りつつあった。
おそらく、どういった形にせよ戦況を変えるのはあの大学選抜側の砲撃だろう。
大洗の戦力をさらに削って均衡を崩すか、あるいはミカたち別働隊があの砲撃の元を断つことができるか。
観客席と、そしておそらく試合真っ只中の西住ちゃんたちもまた、その行く末に注目していることだろう。
◇◆◇
砲撃の間隔、発射音と着弾までの時間差、周辺の地形。
それらから割り出された砲撃の発射元と推測される地点を探していたどんぐり小隊は、ついに発見した。
600mm砲を発射可能な、オープントップの規格外。
文科省役人がこの試合のために、あるいはこの試合のためだけになるかもしれないことすら覚悟のうえでねじ込んだイレギュラー。
カール自走臼砲である。
戦車道の試合において、自走砲自体は使用が許可されている。
大洗女子学園のⅢ突や、アンツィオ高校のセモヴェンテのようなものがそれにあたる。
しかし、カールは違う。
運用のためには乗員が車外に直接身を晒しての作業をするのが常となり、いかに特殊なカーボンがあるとはいっても危険に過ぎる……はずだった。
「乗員の姿が見えない……いや、見えても困るけど、って自動装填装置使ってるぞー!?」
「特殊なカーボンのような安全措置の一環、ということなのでしょうか」
「ずりーなおい!?」
アンツィオ勢、叫ぶ。
なんと、安全上の制約を明らかに1945年当時にはなかっただろう装置でカバーするという策に出ているのだ。そりゃあ叫ぶ。誰だって叫ぶ。
だが嘆いてばかりもいられない。
ああして今この場で動いているということは、殲滅戦のルールにおいてどうあっても倒さなければならない敵の一角なのだからして。
……この小隊の戦力で倒せる代物なのか、という疑問は置くが。
「しかしどうする……一筋縄じゃ行かないぞあれは」
「護衛にパーシングが3輌も……どうしよう、モモちゃん」
「撤退だ! あんなのに敵うか! 会長、撤退しましょう!」
その結果、さっそく敗北主義にまみれる桃。この子はいつもこんな感じだが、完全にビビっている。ただでさえ少ない小隊の中に逃げ腰が1名。それだけでさえ部隊としては致命傷になりうる。
「――待ってください!」
そんな傷を吹き飛ばして焼き尽くす、アヒルさんチームのキャプテンの頼もしさがこの場になかったらの話だが。
「私にいい考えがあります!」
「おい待てそれはダメなフラグだ」
若干の不安を感じさせながらも、どんぐり小隊はカール撃滅のため、「殺人レシーブ作戦」を敢行した。
◇◆◇
結果。
「
「なに言ってるのミカー!?」
◇◆◇
「BT-42が飛んだー!?」
「戦車とは一体なんだったのか」
「CV33が飛んだー!?」
「でも落ちてひっくり返ったー!?」
「ヘッツァーが飛んだー!?」
「ヘッツァーマッハキーック!?」
以上、カール自走臼砲に挑んだミカたちの小隊が繰り広げた作戦に対する客席の反応でした。でも実際こんな感じだから困る。
ミカの乗るBT-42が10m以上はあろう、干上がった湖の元岸らしき位置から元中州のあたりまで飛んで、パーシング1輌を撃破。残りの2輌を引き連れて中州(?)を降りてカールの護衛を引き剥がし、それを待っていたアヒルさんチームがなんか八九式にCV33を乗せて橋の上を疾走。カールのいる中州への途中で橋が崩落している地点の寸前で急ブレーキをかけてCV33を飛ばした。
その後もまあ、すごい。
BT-42は装輪モードで突っ走るわ、ヘッツァーがCV33を踏み台にして履帯の回転を加えたジャンプを披露するわ、まさかのこれだけの編成の小隊でカールとさらにパーシング3輌をBT-42が1輌で撃破するわと、すごいものを見せられた気分だ。
「……」
「……」
「おおう、観客がみんな唖然としてる……。まあわかりますけど」
「……来年こそ大洗を叩き潰したいものね。あれが戦車道だと思われたら困るわ」
「今回飛んだの、半分は大洗以外なんですけど」
「……黒森峰は混じっていないからセーフよ」
そりゃもう、観客席はあまりの事態に脳が処理しきれなくなって沈黙。
お隣の西住流家元も軽く頭を抱える有様だ。
戦車道の家元だけに恐らく自分なりの状況打開策を考えてはいたのだろうが、娘である西住ちゃんとゆかいな仲間たちの行動はその想像をはるかに超えたものだったようだ。気持ちはわかる。俺もこんなことになるなんて全く思っていなかった。
まあ、それこそ俺が戦車道を、西住ちゃんたちの戦車道を大好きな理由でもあるんだけど。
「うふふ、面白い一戦でしたね。特にBT-42」
「アッハイ」
そして大変楽しそうな島田流家元。
なんだろう、この話題にしたら余計なやけどを負いそうな雰囲気。
淑女然とした微笑みを浮かべているんだけど、目が笑っていない。
文科省からカールみたいな反則ギリギリのものを押し付けられたせいか、そこまでしたのに撃破されてしまったせいか、大学選抜のパーシング3輌がたった1輌のBT-42にいいように翻弄されたせいか、それともあるいはまた別の何かなのか。
画面に映る白旗が上がったBT-42をじっと見る様子からは、何が理由なのかちょっと想像がつかなかった。
「……とりあえず、あの子たちの合コンの予定はキャンセルっと」
「そんなので大学生を釣ってたんですか」
……普通に自分が指導してる大学生たちの不甲斐なさに怒ってるだけかもしれないけどさ。
「さて、それじゃあちょっと席を外します」
「いまですか? 試合中ですよ」
「はい。試合を見逃したくはないんですが、今でなければできないことがあるんです」
しかしともあれそれはそれ。
俺は、どうしても外せない用事のために席を立った。
全く、世話を焼かせてくれる。
◇◆◇
「よう、ミカ。おかえり」
「……うん。ただいま、伊織」
俺が声をかけると、わずかな沈黙を挟んでミカがこちらを振り向いた。
激しい試合の結果だろう、少しくたびれた感じになりつつもミカの髪はさらりと美しくなびく。こういうところを見ると、ミカは本当に美人になったと思う。
……自分たちの出番が終わるなり、その後の様子を見ることもなくさっさと帰り支度をするあたり、変わらず変わり者だとも思い知らされるんだけど。
「すごい試合を見せてもらったよ。ありがとう」
「ふふふ、満足してもらえたならよかった。参加した甲斐があるというものだね」
「……エキシビジョンのときは参加すればいいってもんじゃないって言ってたよね」
「つまり、それ以上の意味があったんだろう」
「……ああ~」
後ろの方でアキちゃんとミッコちゃんが楽しそうに話してるのを聞いたミカがプルプルしているけど、どうしたんだろう。ミカって、子供のころから興奮すると眼輪筋がピングピングいって、ちょっと暴力的な気分になるんだよね。さっきの試合も結構荒れてたんだけど、あれはまだ普通の範囲。今の会話が何か琴線に触れるようなものだったのか。
「試合の結果を見て行けばいいってのに。でももう帰るんだろう?」
「ああ。うちの学校は遠いからね」
適当な口実をつけてさっさと引き上げようとするのは本当に昔ながら。きっとそんなこったろうと思ったからこそ、こうして見送りに来たのだが。
「ほら、うちの店の干しいもとスイーツ。それから、BT-42を乗せたらいっぱいのその船だと居住性もよくないだろう。毛布とかマットなんかも用意したから乗せておくよ」
「わー、すごい! ここ数日野宿だったけど、ようやくいい感じに寝られるかも!」
「やったなアキ!」
そして、ここまで乗ってきた軽トラに積んでおいた荷物をミカたちがBT-42を載せている船に移していく。案の定というべきか、船に積まれていた荷物は最低限の食料と水、なんか大学選抜のマークが刻印された嗜好品の食料パックくらいのものだ。まーたパチってきたなミカのヤツ。さすが、プラウダからKV-1を鹵獲する継続高校といったところか。
「ふう、こんなところかな」
「ありがとう、伊織」
「お礼を言いたいのはこっちさ。ミカたちがいてくれなかったら、カールを倒せてたかどうかからして怪しい。本当は試合のあとに盛大に宴会でも開いて労いたいところだけど、そうもいかないんだろう? だから西住ちゃんたちに代わってお礼を言わせてくれ。……本当に、ありがとう」
「ふふっ、悪くない気分だ」
そして、そんなひねくれもののミカでも礼を言われるのは素直に嬉しいらしい。ご満悦といった表情で、後ろの方のアキちゃんとミッコちゃんも笑っている。あの二人の方は、なぜかちょっと生暖かい笑顔だったけど。
「そうだろうそうだろう。観客席で隣に座ってた島田流の家元も褒めてたよ」
「……そ、そうかい。アキ、ミッコ。そろそろ行くよ」
「え、もう? 店長さんともうちょっとお話してもいいんじゃ……」
「それじゃあね、伊織。次は、伊織の店で」
「お、おう。待ってるよ」
でも、なんか褒められてた話をしたらそそくさと船に乗り込んであっという間に帰ってしまった。昔から笑いどころや驚くところのポイントがよくわからない、だからこそ面白いミカだったけど本当に謎が多いなあ。
そんなことを思いながら、大破してなお誇らしげなBT-42を載せて継続高校に帰っていく船を見えなくなるまで見送り、踵を返す。
ミカたちと一緒に試合を最後まで見られないのは少々残念だけど、引き留めるのも野暮だし、西住ちゃんたちの活躍を見逃すわけにもいかない。
カールを撃破して両陣営ともに仕切り直しに入っていたから戦況はそう動いていないだろうが、あまり長いこと離れてもいられない。観戦場へ戻ろう。西住ちゃんたちの戦いは、まだまだ続いていくのだから。
◇◆◇
「残りの戦力は、大学選抜24輌に対してこちらが22輌、ですか」
「すみません、互角くらいには持ち込めると思ったんですけど……」
「いや、よくもった方だろう」
カールの脅威がなくなったことで、当初3つに分けていた部隊を集結させた大洗女子学園。緒戦の結果は敗北ではないが劣勢、といったところだろうか。
黒森峰とプラウダ、そして継続高校の戦力が削られたことは痛いが、ティーガーⅠとⅡ、そしてカチューシャが今も健在で、カールからの砲撃の危険も排除できた。決して安心できる状況ではないが、まだまだ勝負はわからない。
みほは責任を感じているが、仲間たちはそれでもみほの力を信じている。
「みほは、みほのやり方でやればいい。私たちはそれを信じる」
「お姉ちゃん……ありがとう」
それはもちろん、みほ自身も同じだ。
こうして自分を信じてくれる人たちがいることがみほを強くしてくれる。
気弱で自信がないみほだが、誰かが信じる自分を信じることは出来る。信じる力が勇気になるのが、西住みほの戦車道のいいところだ。
「で、隊長。これからの作戦は?」
「部隊を再編成します。これまで以上に細かく分けて、遭遇戦のやりやすい場所……あそこを目指します」
その真価は、部隊長の命令を行きわたらせて部隊を手足のごとく扱うことではなく、チーム一人一人の判断と力を生かすときに最も発揮される。
これから行われるのは、その極地。部隊を細分化し、各々の判断をもって最良を成す。大学選抜を相手に、それぞれのチームワークで上回る、そういう戦いだ。
向かう先は廃墟となった遊園地。
遮蔽や妙な地形も山ほど詰まった、既に破れた夢の国。
再び未来をつかみ取り、夢を取り戻すことができるのか。何かの暗示のように思えなくもない、最後の決戦場だった。
「……あっ! みなさん、ちょっとお待ちになってですわ!」
「ローズヒップ?」
そしてその戦場に入ってすぐ、ローズヒップが戦車から飛び降りた。
当然というべきか、自身が乗るクルセイダーが停車する前に、である。しかも片手にティーカップを持ったまま。
華麗な着地、跳ねる紅茶、そしてカップからは一滴たりとてこぼさない聖グロリアーナの意地。絶対に技術の使いどころを間違えている、とはこの場に残った全てのメンバーが思うこと。
しかして彼女もまたダージリンによってこの試合への参戦が許された栄えあるメンバーの一人。考えなしの行動とは、誰一人として思っていない。
「えーと、多分この辺に……ありましたわ! この遊園地のパンフレット! 案の定地図もあるから使えそうですわ!」
「本当ですか!? 残っていてよかった……!」
その証明はすぐに果たされた。
入場ゲート脇のスタッフ用スペースに潜り込んだローズヒップがごっそりと持ってきたのは、取り残されていたらしき遊園地のパンフレット。多分にデフォルメされているとはいえ、遊園地内の見取り図を見ればどこに何があるかが一目瞭然となっている。
しかも、屋根のある室内にあったからか状態も万全。みほも落ち着いてから探すつもりではいたが、こんなにも早く見つかるとは。ローズヒップの野生の勘に感謝である。
「みなさんどうぞどうぞですわー! もちろん、西住さんも!」
「ありがとうございます、ローズヒップさん」
配るのも素早いローズヒップ。あちこち戦車を巡ってばっさばっさと配る様、新聞配達のバイトでもしてたのですかという勢いだ。
そしてみほにも手ずから渡し……ローズヒップは手を離さず、みほと二人でパンフレットを掴み合って、見つめ合う。
「……え、えっと?」
「……先日のエキシビジョン。完敗でしたわ」
ローズヒップの口から出てきたのは、みほとローズヒップ、そして彼女の率いるクルセイダー部隊が直接ぶつかったエキシビジョンについてのことだった。
「え、えーとその、あのときは……」
「本当に、すごかったですわ。Ⅳ号1輌を相手に、わたくしたちで全く歯が立たないなんて、実力の違いを思い知らされましたでございますわ」
ちょっと妙なお嬢様言葉だなあと思いつつ、みほはローズヒップが自分を見つめる眼差しに一片の恨みも隔意もないことを知って驚く。
戦車道は勝つことだけが全てではないが、勝者が生まれ、敗者が生まれてしまう。ローズヒップは先日の一戦を負けと認め、悔いてもいて、しかし未来に希望を見出したのだと知れる。その境地に至れる者はそうおらず、そこにいる女の子は必ず強くなる。
みほが知る中では、エリカがそれに該当する。だからローズヒップも、きっともっと強くなるのだろう。
「ですがそれは、戦車道を進み続ければそこまで行けるということ。ダージリン様のご期待に応えるためにも、今日は必ず活躍して、大洗を助けてご覧に入れますわ! 店長のお店でお茶する約束もしてますし!」
「……はい、がんばってくださいローズヒップさん。そして、店長のお店に行きましょう」
「もっちろんでございます! ローズヒップは自分を曲げませんわ!」
はるか遠く、高くを行く先達を、あるいは同年代の実力者を見て何を思うか。
自分には無理だと諦める者もいる。必ず追いついて見せると爪を研ぐ者がいる。そして果て無き遠くを希望と照らし、迷いなく進める者もいる。
ローズヒップは、どこまでも高く、どこまでも遠くを目指して進む。そんな少女なのだろう。
なんかその途中にしれっと店長が混じっているような気もするが、仕方ない。聖グロリアーナとの練習試合のころからの知り合いのようだし。
そしてローズヒップ以外にもペパロニとは店を開く前から、そして継続高校のミカとは子供のころからの知り合いらしい。本当に、油断も隙もないったら。
「……西住さん?」
「はっ! ご、ごめんなさい! それじゃあ、みなさん中央広場に集まってください! そこで改めて戦車の修理と再編成を行います!」
などと試合と関係のない思索にふけっている場合ではなかった。
着々と迫る大学選抜の戦車と、自陣営の満身創痍の戦車たち。自動車部が健在なのでそれこそ根性で完全復旧さえ不可能ではないだろうが、相手がこの遊園地の敷地内へいつ、どの入口へどの程度の戦力を差し向けてくるかはわからない。あとの展開を有利にするためとはいえ、最初の一手は相手に取られることを避けられない。
これまで以上にそれぞれが臨機応変に対応することを強いられる――大洗得意の戦いだ。
互いの数はほぼ互角。
自走臼砲の脅威はすでにない。
遭遇戦がやりやすくなる複雑に入り組んだ遊園地は大洗にとっての有利になると同時に、逃げ場をなくす背水の陣。
最後の1輌になるまで戦い抜く最終決戦の地はいまだ大洗の戦車が走るのみの静けさで、決着の時を待っていた。