好きなものは百合&パンツァーです!   作:葉川柚介

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ビオランテのため息です!

「殲……滅戦……!?」

 

 夕刻。

 会長が大洗女子学園の存続を改めて決める戦車道の試合の機会を勝ち取ってきた翌日、早速試合会場である北海道へと向かい、作戦会議にいそしむ大洗戦車道チームのもとに再びあの役人が訪れた。

 それも、飛び切り悪い決定事項を携えて。

 

「殲滅戦ってなんだっけ?」

「あれでしょ? 全ての戦車を戦って戦って戦い合わせ、最後に勝ち残った戦車だけが戦車道オブ戦車道の……」

「相手チームをすべて倒すってルールだよ! そんなバトルロイヤルみたいなルールじゃないから!」

 

 大洗女子学園の癒し、ウサギさんチームのボケすら冷える絶望の緊張が満ちる。

 

 殲滅戦。

 それは全国大会でも採用されているフラッグ戦と対を成す戦車道における試合のルール。聖グロリアーナとの練習試合で採用された、相手チームの戦車をすべて撃破することによってのみ勝利を得られる過酷なルールだ。

 当然、大洗女子学園がこの試合に投入できる8輌に対し、ただでさえ実力が上の大学選抜チーム30輌という状況で本来採用されるような形式ではない。

 野試合同然のタンカスロンですら数に差があるときはフラッグ戦を主としているのだ。外道、ここに極まれり。

 

「プロリーグでの試合は殲滅戦が基本となっています。今回の試合は後々の戦車道の世界大会を見据えた諸事情をチェックする意味合いもあるという体でセッティングしたのです。そちらに合わせるのは当然でしょう」

「そんな……!」

「試合の辞退はまだ受け付けています。諦める場合は、早めに連絡をお願いしますよ」

 

 言うことだけを言って去るその様は、まるで勝利を確信しているかのよう。

 付き添ってきていた戦車道連盟の理事長は終始申し訳なさそうに縮こまっているだけで、状況の改善は期待できそうにない。明日の試合が30対8の殲滅戦で行われるのはもはや揺るぎない決定事項なのだと、わかりたくもないのにわかってしまう。

 

 みほたちは、これが決して対等の条件で為される「試合」ではないのだと、改めて思い知らされた。

 

 

 だが、それでも。

 

 

「……作戦会議を続けましょう」

「西住ちゃん……?」

 

 西住みほは、諦めない。

 たとえどんな状況だとしても、掴みたい未来があるのなら。

 

「まだ負けると決まったわけじゃありません。ここで少しでもいい作戦を立てられれば、必ず勝利の目はあります。……信じましょう。学園艦のために、そこに住むすべての人たちのために。私たちのために」

「……はい!」

 

 みほの目は、未来を見据えている。

 そこで過ごした時間は決して長くないけれど、それでも愛しいあの部屋、あの通学路、学校の教室と戦車のガレージ。

 そして何より、練習の後にみんなと寄ったあの店。

 救いようのないド変態が、仏さまのような慈愛のまなざしで女の子たちを迎えてくれる素敵……と素直に評するのはちょっと無理がある場所。コーヒーも紅茶もお菓子もおいしくて、他愛のない話を振ると楽しそうに聞いてくれて、戦車道の話になると優花里と一緒に目の色が変わるあの男。

 在りし日のことを思うと、それだけでみほの胸が熱くなる。また、必ずあの場所へ。その願いと決意が力をくれる。

 たとえどんなに絶望的な戦いであったとしても、諦めない勇気が湧いてくる。

 

 だから戦おう。

 西住みほの戦車道は、未来を創るためにある。

 

 

◇◆◇

 

 

『伊織くん、悪い情報です。今ココさんが急にお茶をたかりに来たんですけど……あっ』

『もしもし伊織、元気ー? フフーフ、どうやらいい男になろうとしてるみたいじゃないか?』

「ココさん、お久しぶりです。……なんか、後ろの方で姉さんがダダこねてる声が聞こえるんですけど」

『気にしなくていいよ。学園艦を追われたのに一度も顔見せに来てくれない、と君のお姉さんが拗ねているだけだから』

 

 大洗女子学園の存続を賭けた最後の試合が始まるその前日。

 北海道の試合会場へ向かう俺の元へ一本の電話が届いた。

 相手は姉さん。しかしその本題は姉さんのもとを訪れたお客さんからだったらしい。

 

『君も知っての通り、私は戦車道に使う戦車も売ってるんだけど、今回珍しい注文があってね』

「……珍しい、ってことは戦車じゃないですよね?」

『戦車だよ。少なくとも、「お客はそう言っていた」。領収書にもそう書いてある。傑作だろう? ……まあ、一人の商売人として私もこれ以上のことは言えないけどね。守秘義務というやつだ。普段から戦車を売っている私が、「今日もつつがなく、戦車を売った」という話をした。それだけのことさ』

「……ええ、ごもっとも。ありがとうございます、ココさん。ヨナくんにもよろしく」

『ああ、伝えておくよ。それじゃまた』

 

 ……いやはや本当に悪い知らせだよ。

 なにせ、人として当然あるべき慈悲というものを、全て手放していいってお墨付きをもらったんだからねえ?

 

 

「もしもし、蝶野一尉。アレ、やります」

『あー、やっぱり? 一応こっちでも双方のチームを同等に扱うって建前で大洗側も30輌扱えるように準備はしてあるけど、最後の最後で大学選抜側が拒否したら終わるわよ』

「その心配はありません。彼女たちは確実に受けて立ちますよ」

 

 なので、全開でやることやらせてもらおうじゃないの。

 待っていろよ役人。大人の武器はルールだけど、それで一方的に殴れると思ったら、相手をするのが目の前の西住ちゃんたちだけだと思ったら大間違いだ。

 

『あら、根拠あるのかしら?』

「それはもう。……大学選抜にとってみれば、この試合は厄介ごと以外の何物でもありません。……全国優勝したとはいえ、8輌そろえるのがやっとの高校生に対して、30輌出して殲滅戦で、自分たちが勝ったら相手は廃校? 負けるなんて論外で、でも勝ったが最後前途有望な後輩たちに引導渡したド外道呼ばわりは避けられません。この試合、間違いなく一番の貧乏くじ引かされてるのは大学選抜の子たちです。どう転んでも悪役か実力不足の烙印押されることになるんですから、『全力を出して戦うに足る相手』ってのは望むところだと思いますよ?」

『……あなたとお姉さんのことだけは敵に回さないようにするわ』

「そうしてください。俺も姉さんも、蝶野さんとは友達でいたいですから」

 

 無理を通せば道理が引っ込むのが世の常だが、引っ込んだ道理は自然と無理を押しのけ元に戻ろうとするものだ。わきが甘いぜ、役人さんよ。

 

 

◇◆◇

 

 

「秋の日の」

 

 月明りと、紅茶の香りと、詩を吟じる乙女の声と、エニグマ解読機。

 優雅と優雅と優雅と優雅をぶち壊す何かが同居する、ここは聖グロリアーナ学園艦。その通信室であった。

 

 部屋に座すのはメッセージをつぶやくダージリンと、それを暗号化されたモールス信号で発信するオレンジペコの二人。

 急きょ学園艦の行き先を変え、ある男の仲介を通して誼を通じた者たちへと参集の号令を送る、その最中だ。

 

「ビオランテのため息の」

 

 ヴィオロンですね、と口に出すまでもなく通信上ではしれっと直すオレンジペコ、有能。

 

「ひたぶるに身にしみて、うら悲し」

 

 ダージリンが思い返すのは、先ほど届いた一報。

 作戦の決行を告げる、申し訳なさそうな男の声。

 数日前に話をしてから今日まで、学園艦から学園艦への八艘飛びをかましたと情報部からの報告にあったあの男。面白く、ローズヒップの友人にして、大洗女子学園のために粉骨砕身の覚悟で戦っていた興味深い男だ。

 

「北の地にて、飲み交わすべし」

 

 そして今この瞬間も戦っているのだろう。

 ダージリンがこうして各校に「お茶会の誘い」を送っているのが、何よりの証拠。

 戦車道が乙女を育むというのなら、その乙女を支える男もまた、強く育てる者なのだろう。あの男を見ているとそんな風に思える。

 先日はあちらが急いでいたのでゆっくり話をする暇もなかったが、ぜひもっとしっかり話をしてみたい。アッサムとオレンジペコを連れて、ローズヒップに案内を任せて。

 

 もちろん、彼が、大洗女子学園の生徒たちが愛する、彼の店で。

 いずれお茶を楽しみたい店を守るため、友に力を貸す。

 聖グロリアーナが戦う理由として、これ以上のものはない。

 

 

◇◆◇

 

 

「諸君。私は戦車道が好きだ」

 

 男が囁く。

 

「諸君。私は戦車道が好きだ」

 

 男が一歩進み出る。

 

「諸君。私は戦車道が大好きだ」

 

 そして静かに、しかしどこまでも通る声で、告げた。

 覚悟と決意と雌伏の時を終わらせる、決定の言葉を。

 

 

「……というわけで理事長、あとよろしくお願いしますね」

「最近の若い者は人の黒歴史を暴いて遊ぶのかね!?」

 

 そして、見事な禿げ頭をまばゆく光らせ、手で顔を覆って嘆くおっさんと、寝起きのハイテンションでついうっかり煽ってしまった俺がいた。

 ちなみに先の演説は戦車道連盟理事長が就任あいさつのときに披露した演説の冒頭部分です。やー、かっこいいよね。

 

 ともあれ、ようやくたどり着いた北海道。西住ちゃんたちは大洗から直接フェリーで来たようだけど、俺は聖グロリアーナから知波単、アンツィオ、黒森峰、サンダース、継続、プラウダとほぼ日本を時計回りに一周してここまでたどり着いたわけで、しかも1週間とかかっていない日数の強行軍だったのでさすがに体が大分キツい。

 

 だが休んでなんていられない。

 今日この日が、いよいよ大洗女子学園の命運を決する最後の日。その行く末を見逃すわけには絶対にいかないんだからして。理事長含め、挨拶回りは大事なのである。

 

 

 

 

「試合開始まで、あとちょっと、か……」

 

 みほは、空を見上げた。

 試合の舞台となる演習場の空は広い。北海道まで来ると暑さも大分マシになり、空の青さと雲の白さがひときわ強いコントラストを描いている。

 だが、少し風に湿度を感じる。これはひょっとすると、試合の最中に一雨来るかもしれない。

 指揮官としての本能であらかじめ調べておいた天気予報と現実の状況をすり合わせながら、みほは少しだけ寂しげにつぶやく。

 

 今日は、大事な試合だ。

 全国大会決勝の時と同じように、いやその時以上に切実に、大洗女子学園の未来が掛かっている。自分たちが勝てば未来が、負ければ廃校がもたらされる。その細い双肩にかかるのはチームの勝敗だけではなく、多くの人の人生までもが載せられていた。

 

 こんな時、あの人の顔を一目見ることができたなら。

 そう思ってやまない姿を目蓋に映し、胸に手を当てる。

 

 きっと、どこかで見守ってくれているに違いない。だがそれでも、せめて一言声が聴きたい。そうすれば、たとえ圧倒的に不利なこの戦いにも、臆さず進むことができるのに。

 

 みほはわがままに過ぎないと知りながら願う。これまであったことが今日もあるように。

 どうかこれからもそうあってくださいと祈るように。

 

 

 そして、そんなみほの願いは全てかなえられる運命にある。

 神によってではなく、一人の男の手によって。

 

 

「に、西住……ちゃん」

 

 大洗女子学園チームのピットの片隅に行き倒れている、男の手によって!

 

 

「……店長さーん!?」

「あ、店長殿。到着したんですか。ギリギリですね」

「きっと、お店がなくなったのをいいことに全国学園艦巡りでもしていたのでしょう。観光目的ではないかもしれませんが」

「へんじがない ただのしかばねのようだ」

「ちょっと麻子、並んで寝ようとしないの」

 

 みほが急いで駆け寄り、助け起こしたのはいつものごとく店長。

 憔悴しきった様子でこそあるが、きっちり試合開始までに間に合うあたりがこの男の根性を感じさせる。

 とはいえ、今日の様子はさすがに異常。何かがあったと想像するに余りある事態だ。

 

「うぅ、ごめんよ西住ちゃん。ちょっとここ数日忙しくて……悪いけど、手を繋いでくれないか」

「はい、いくらでも!」

「……秋山殿と」

「両手恋人繋ぎでいいですか!?」

 

 しかしこの変態、どこまで行っても平常運転である。

 

「いやっほおおおおおおおう! 西住殿のてのひら最高だぜええええええ!」

「いやっほおおおおおおおう! 西住ちゃんと秋山殿の恋人繋ぎ最高だぜええええ!」

 

「みほさん……店長のためなら躊躇なく女の子と手を繋ぐようになって……っ!」

「前途多難だなあ、みぽりん」

「いや、ある意味ちょろいのかもしれないぞ」

 

 そして、なんかもう順応しているみほに涙を禁じ得ないあんこうチーム。

 ここはお互いそっと手を繋ぐところだろうに、ご所望は優花里となどと、みほが不憫で仕方がなかった。

 

 

「ふう、落ち着いた。……遅れてごめんね、西住ちゃん。辛い試合になるだろうけど、がんばって。大洗の人たちみんなと一緒に応援してるから」

「……はい、任せてください。必ず勝つ……とは言えませんけど、みんなと一緒に精一杯頑張ってきます」

 

 そんなこんなで、結局みほと店長との会話は結局いつも通りに終わった。

 しかしそれはみほにとってかけがえのない日常を再び思い出させる一助となる。今のみほは、大洗女子学園の未来を担う軍神にして女神。仲間たちの不安を払い、期待に応えるべく戦車を駆る女の子であり、それはすなわち無敵ということだ。

 決然と背を向け、仲間たちとともにⅣ号へと向かっていく様に店長は心底からの頼もしさを祝い、その細い肩に命運を託すしかない自分の不甲斐なさを呪う。

 

「……もっとも、ただ応援するだけで終わらせる気はないけどね」

 

 だから、今日まで走ってきた。

 日本を一周する勢いで会った人と結んだ契約、費やした時間は伊達ではない。

 

 さあ、始めよう。

 「大洗女子学園」の戦いを。

 

 

 

 

命令はただ一つ(オーダーはオンリーワン)見敵必殺(サーチ・アンド・デストロイ)

「物騒!」

 

 

「勇敢なる生徒諸君。我らにとって、大洗女子学園はかけがえのない戦友だった。鎮魂の灯明は我々こそが灯すべきもの。失われゆく戦友の魂で、我らの戦車は復讐の女神となる。T-34の裁きの元、75mm砲で奴らのアギトを喰いちぎれ!」

「あの、まだギリギリ首の皮1枚繋がってる感じなんで、すでに一度終わってるみたいなのは勘弁してもらえませんかプラウダの校長先生」

 

「あ、そうそうノンナさん。プラウダのみんなに着てもらう大洗女子の制服はこれです。配ってもらえますか」

「はい、承ります。……こ、これは!?」

「フフフ、やはり気付きましたか。それはカチューシャの制服です。……いやあ、忙しかったもので、うっかり少し大きいサイズを用意してしまいまして。袖が余ってしまうかもしれませんね?」

「くぅっ!? 想像するだけで鼻の奥が熱く……! さすがです、同志店長。完璧な仕事ですね!」

「スパシーバ!」

「クラーラさんにも喜んでもらえて何よりです」

 

 

「――そして、君たちが許す限り、私は先頭に立ち戦い続けるだろう。なぜなら私は、サンダース大付属高校校長だからだ!」

「落ち着いてください大統りょ……じゃなかったサンダースの校長先生。これ戦車道の試合ですから。男の出る幕ありませんから」

 

 

 もう、俺にできることは何もない。

 大洗女子学園の廃校が決まったその日、姉さんが学園艦の延命を図ってくれた。

 大洗と、あるいは俺自身と縁のある学校や人を頼って力を借りる約束を取り付けた。そして今、西住ちゃんたちの元へ仲間となって駆けつけようとしてくれている。

 試合開始の合図が響けばその瞬間に俺が、男が介入できる余地はなくなってしまう。

 だから、今日まであがいた。

 だから、こうしてみんながいてくれる。

 

 今の俺にはよく見える。

 試合前の礼を交わすために審判たちの前に向かう深刻そうな、しかし決意を秘めた西住ちゃんのもとに集う、7つの星が。

 

「大きな星がついたり消えたりしている……。彗星かな? いや、違う。違うな。彗星はもっとこう、バァーッて動くもんな」

「なぜ戦車道連盟理事長の真似をしているのです」

「あら、この子が西住流の気にしているという男の子ですか? うふふ、いい男の子みたいですね」

 

 ……それを、俺はどうして西住流と島田流の家元に挟まれた観客席で見てるんですかね!

 

「あなたが暗躍していたからです。蝶野一尉が持ってきた手土産、日本酒かと思ったら芋焼酎ではないですか。バレバレです」

「な、なんのことやら……」

「お相伴にあずかりましたけど、美味しかったですよ。あとで私も注文させてもらいますね」

「アッハイ。毎度」

 

 

「それでは、大洗女子学園と大学選抜の試合を開始します。双方、礼!」

「よろしくお願いしま……」

 

『待てぇい!』

 

 おかげで、眠気も覚めて試合開始寸前に西住ちゃんちのお姉さんが割り込むのもしっかり聞き届けられましたともさ!

 ……でも、何で試合開始寸前に割り込んだまほさんはロボっぽいヘルメットをかぶってるんだろうか?

 

 

◇◆◇

 

 

「えーと、それでは各チームはそれぞれタンポポ、トケイソウ、バラでお願いします」

「ちょっと、何かチーム名に仕組まれた何かを感じるんだけど」

 

 試合開始の礼を交わしたすぐあと。

 その寸前に滑り込んだ黒森峰、サンダース、プラウダ、聖グロリアーナ、アンツィオ、知波単、継続各校のメンバーを加え、大学選抜と同数の30輌の戦車を擁することになった(一応)大洗女子学園は作戦会議を行うこととなった。

 各校の隊長、副隊長が会議用のテントの中だけでも10人。極めて優秀ながら、だからこそ作戦の方針を決めておかなければ船頭多くして船山に登るということになりかねない。

 各隊長はみほを立ててくれているので指揮系統の混乱の心配こそないだろうが、そこだけは決めておかなければならなかった。

 たとえ、エリカからチーム名にツッコミが入ったとしても!

 

 

 みほは、突然の協力を申し出てくれた各校のメンバーから事情を聴いていた。

 この状況を作ってくれたのは、店長だ。

 どの学校も店長に言われるまでもなく大洗に協力してくれるつもりだったというが、それでもあの人が頑張ってくれたからこそ今がある。

 最初に姉が大洗女子学園の制服で現れたときは目を疑ったが、短期転校手続きやらなにやらの大人でなければできないあれこれを中心になって取り仕切ってくれたのが店長であったという。

 

 元々、みほが頑張る理由の根源に店長の存在はあった。

 そんな店長が、今回はこれほどまでに力を貸してくれている。

 ならば、がんばらねばならない。西住みほは、そういう女の子なのだから。

 

 

「……」

「…………」

 

 あと、なんかよくわからないがこのテントの中にいて、しかし一言もしゃべろうとしない継続高校のミカ。

 基本目を閉じて謎の楽器を弄っているのだが、妙なプレッシャーを感じる。

 なんか常に動向を監視されているというか、一挙手一投足を品定めされているというか。

 

 以前、黒森峰にいたころに練習試合を戦った優秀な隊長。継続高校の謎多き戦車道女子。

 しかしなんかこう、それとは違った縁を感じるのだ。

 

 みほの女の勘が叫ぶ。

 「ここで無様は許されない」「必ず勝たねばならない」。何に勝つのかは、わからないが。つまりはそう言うことなのだろう。

 みほはさらにさらに、覚悟を決めた。

 「この戦い」には、絶対に勝つと。

 

「それでは、作戦名はタンポポ、トケイソウ、バラチームでがんばるのでタトバ作戦で!」

「却下ですわ」

 

 ちなみに、作戦名はこっつん作戦になりました。

 

 

◇◆◇

 

 

「相手戦車の数は、こちらと同じ30輌。土壇場でよくかき集めたものね」

「高校生とはいえ、相手は全国大会の上位から順番に引っ張ってきたような編成です。油断はできないかと」

「しかも私の後輩までいるし……まあ、助太刀したくなる気持ちはわかるけど」

 

 大洗女子学園のチームとは演習場内の高地を挟んで反対側に布陣する大学選抜チーム。

 試合開始直後は双方距離があり、接敵の可能性はない。大洗女子学園側ほど必死になる理由もなければ、実力もそれに伴う余裕もある大学選抜は、試合が始まってから通信で打ち合わせをしていた。

 当然、試合会場の地形などは全員頭に叩き込んだうえでのことではある。

 

 そして何よりもう一つ、彼女らが戦略レベルでの思考を積極的に披露しない理由はもう一つ。

 

 

「まずは、黒森峰とプラウダの重戦車を倒す。各中隊は広く長い一列横隊で前進。偵察は情報収集に専念し、敵を見つけても発砲はするな。相手の状況を見て出方を考える」

 

 大学選抜隊長、島田愛里寿がいるからだ。

 

 日本戦車道を世界に知らしめた、ニンジャ戦法と名高い島田流宗家の一人娘。大洗女子学園に、あるいは黒森峰女学園に西住流があるならば、大学選抜には島田流の神童がいる。

 大学へと飛び級を果たし、大学選抜での隊長を務めあげる彼女の実力を疑うものはチームの中にいない。

 指揮官としても戦略戦術両面で非凡。そして島田流の真骨頂たる単騎での戦力においてはまさしく無双。かつて社会人チームに金星を上げられたのも愛里寿がいればこそである。

 

「油断はするな。だが、過度の警戒も必要ない。作戦状況は随時端末に転送する」

「了解。メグミ中隊、前進」

「右翼アズミ中隊、前進します」

「ルミ中隊、行くよー」

 

 愛里寿は手元のタブレット端末に登録済の作戦パターンの一つを起動させる。

 相手の出方がわかるまではセオリー通りに動いておく。実力的に見れば大学選抜の方が上だろうが、相手は高校戦車道屈指の実力者たちの混成チーム。指揮系統が混乱して途中で瓦解する可能性もあるが、思わぬ化学反応を起こして強大な敵となるかもしれない。まずそれを図ることが肝要だ。

 

 

 ちなみに全くの余談であるが、愛里寿が操作するタブレット端末は試合で使うために大学選抜の備品であることを示すテープを張ってはいるものの、実態は愛里寿の私物だ。

 小学校時代、同じ名前のよしみということで仲良くしてくれていた女の子から、飛び級で進路が別々になったときにプレゼントされたものだ。

 「お互い大変な名前ですががんばりましょう」と、愛里寿は特に自身の名前に悪印象は持っていなかったのだが、妙なコンプレックスがあるらしいあの子に懐かれ一緒に過ごすことが多かった。

 なので普段は名字で呼んでいて、一度うっかり舌がもつれてダディヤナザァンと言ってしまったときはめちゃくちゃ嫌そうな顔をされた。

 歌や音楽を仕事にしたいと言っていた夢をかなえたのか最近はアイドルになったようで、テレビなどで姿を目にすることも増えてきた。クールだったりブラックだったり絶対的だったりしているので、どうやら元気らしい。

 

 閑話休題。

 ひょっとしたら、あの子もこの試合を見てくれているかもしれない。

 そうと思えば手は抜けない。たとえ、どれほど気が進まない試合であっても。

 ましてこの試合に勝てば島田流が大洗にあるボコミュージアムのスポンサーになってくれる。そうすれば、ポストアポカリプス感溢れるミュージアムもいい感じになって、ボコに人気が出て、ますますボコボコにされてくれることだろう。

 

 

 守るべきものに貴賤はなく、戦う理由に軽重はない。

 戦車道にまぐれなし。大洗女子学園とボコミュージアム。西住流と島田流。

 多くの命運を天秤の両端に乗せた試合の戦端が開かれるまで、いましばし。

 空は高く、しかし雲は多く、戦場は広い。

 

 

 選手たちの心に広がる波乱の予感を知らぬげに、両軍の戦車は雄々しく進んでいた。


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