好きなものは百合&パンツァーです!   作:葉川柚介

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戦車探しといえば金属探知機です!

「やだもー!」

 

 そんな鳴き声、ならぬ泣き言を聞いたのは出前から帰る途中のことだった。

 土産物屋にして喫茶店たる俺の店で出前とはなんぞやとお思いかもしれないが、うちはなんだかんだでじいちゃんがやってた純正土産物屋のころから数えると結構商売の期間が長い。

 結果、じいちゃんの代からのご贔屓さんには年配の方も多く、うちの干し芋を食べたいけどちょっと店まで来るのは難儀するという人もいる。そんなときはお呼びとあらば即参上。すぐさま当店自慢の干し芋やら新作スイーツやらをお届けすることも厭わない次第です。特に、女性たちが集まってのお茶会であれば通常の三倍のスピードで配達します。

 

 ちなみに今日行ってきたのはまさにじいちゃんが店をやってたころからよく来てくれていたおばあちゃんの家。友達とのお茶会用の追加注文だった。そのおばあちゃんはとても上品で、しかも友達というのが学生時代に戦車道をやっていた仲間だという。おばあちゃんを訪ねてきた同じくいい感じにお年を召したその人たちは普段、陸にあるせんしゃ倶楽部でなんか怪しい整備の仕事をしていると冗談交じりに言っていたが、指先に染みついた機械油の色からするにあながち間違いでもないのかもしれない。大洗での戦車道復活を聞きつけて、遊びに来たのだそうだ。

 かつて戦車道に打ち込み、綺麗に年を重ねて今も仲良くしている。俺の理想のような生き様を見せてもらって、ふわふわしながらの帰り道。

 

 その途中、駐車場のそばを通りかかった時に聞こえてきたその声。

 これは紛れもなく、武部ちゃんのものだ。

 

「もう、どうして戦車がどこにもないのよー!」

「さすがに駐車場に置いてあることはないと思いますけど……」

「確かにねえ。せめてビルの地下駐車場を探さないと。もしくはジャンク山?」

「ですよね……って、わあ!?」

「店長!? なぜここに!?」

 

 なので、自然に混じってみたり。

 

「いや、出前の帰りに声が聞えたんで寄ってみたんだよ。戦車をお探しかな?」

「は、はい。そうなんです。戦車道をやるのはいいんですけど、実は戦車がなくて……」

「今あるのはⅣ号戦車が1輌だけで……。だから、みんなで探すことになったんです」

「なのに! どこにもないし!」

 

 やだもーやだもーと連呼する武部ちゃん。まあ確かに、これから戦車道を始める女の子に、いきなりどこにあるかもわからない戦車を探せというのは酷な話だろう。

 大洗女子学園で戦車道が行われていたのは20年前。そのころ使われていて、今もどこかに眠っているのを探すなんて……すっごく燃える話だけどね?

 

「まあ確かに、そう簡単に見つかるものじゃないか。俺も普段生活する中では見たことないし。……こういう時は、詳しい人に聞くのがいいんじゃないかな」

「詳しい人……?」

 

 こてん、と首をかしげる西住ちゃん。

 なんだろう、いちいち可愛いなこの子。黒森峰時代に戦車道の試合で見たときは凛々しく冷静な顔ばかりだったけど、普段はこんな風なのか。

 実に眼福なのだが、俺の個人的な嗜好としてはそういう顔は女の子にこそ向けてあげて欲しい。

 特に。

 

「うん。……そこに隠れているのはわかっているぞ! ナズェミテルンディス!」

「ひぅ!?」

 

 西住ちゃんたちと仲良くしたいんだけど引っ込み思案で言い出せず、物陰から様子を伺ってるオーラを漂わせてる子とかにね!

 

「なんでいきなり滑舌悪くなってるの」

「店長、とても満足そうですね」

 

 

 おどおどと木の陰に隠れていたその子だったが、俺の声にびっくりして、しばらく迷い、しかしようやく出て来てくれた。

 ふわふわと広がる髪は天然パーマ。そこはかとなく距離を置いていたのは友達の少ない子に特有の雰囲気で、それでもこうして近くにいたこと、そして西住ちゃんに向けるあの熱い目からするに、きっと友達になりたかったのだろう。

 俺の百合センサーの感度は高いから、こういう勘は大体当たる。

 

「わ、私はその、戦車道を受講してるC組の秋山優花里です。よ、よろしければ西住殿たちと一緒に戦車を探させてもらえないかと! 戦車の知識だけはたっぷりありますので!」

「わあ、本当? もちろん、一緒に行きましょう」

 

「ふふふ……秋山殿からは西住ちゃんに対する忠犬じみた愛を感じる。こいつぁ面白いことになってきたぜ……!」

「ねえ華、今すぐ店長を学園艦の端から海に投げ捨てるべきじゃない?」

「やめておきましょう。どうせ泳いででも追いついて、艦の壁を這い上がって戻ってくるのがオチですから」

 

 隣でちくちくと言葉の針が刺さるけど、気にしない。

 その程度のことで傷ついていたら、学園艦を百合花畑になんてできないのだからして。

 

「でもちょっと面白い喋り方だよね、優花里。うちの近所のお坊さんみたい。毎朝『おはようですぞ、武部殿おおおおおお!』って叫んでるの」

「面白い喋り方、と言えば西住ちゃんもちょっと意外だったかな」

「そうでしょうか? 熊本出身と聞きましたが、そちらの言葉はあまり使っていないようですよ」

「うん、まさにそこ。俺の知り合いの熊本人は『闇に飲まれよ!』とか言うからさ」

「その人の喋り方、絶対熊本出身なのが理由じゃないと思うよ、店長」

 

 

 

 

 ともあれ、西住ちゃんたちは戦車を探す。

 新しく一行に加わった秋山殿は、この学園艦で床屋を営む秋山さんちの娘さんだ。俺も秋山さんちで髪を切ってもらっている。

 

「大洗で戦車道が復活するとなったらきっと何かしら関わるとは思っていましたが……やはりいましたか、店長殿」

「そりゃもちろん。そういう秋山殿だって、戦車道をしたいのはもちろん、西住ちゃんとお近づきになりたいんだろう? わかってる、わかってるよ俺は。さあ、勇気を出してもっと話しかけるんだ。そして友達に、さらにその先へ、そして伝説へ……!」

「伝説でありますか……!」

「秋山さん、惑わされてはいけません」

「店長、洗脳しようとしないで」

 

 そしてこの秋山殿、戦車道好きでちょっと有名だ。

 噂によると自室に砲弾やら何やらいろいろあるとかなんとか。戦車道が好きで戦車が好きでミリタリー知識や実践的なスキルにも精通しているという猛者。大洗の戦車道に加わってくれれば、大きな力になるだろう。

 ……まあこの子は放っておいても勝手に参加していただろうし、その原動力の一部が去年の高校戦車道全国大会で西住ちゃんの活躍を見たことにあるんだから、俺としては全力で応援せざるを得ない。

 がんばれ秋山殿。いろんな意味で。うちの店でデートしてくれたらめっちゃ応援するぞ。

 

 

 で。

 その後の戦車探しについては西住ちゃん達に任せることにした。

 俺に戦車の心当たりがあるのなら地の果てから学園艦の底まで案内する覚悟があったのだが、生憎とこれまでとんと見た覚えがないのが残念でならない。

 だからそっちは若い子達に任せるとして、西住ちゃん達とはそこで別れた。かくなれば、俺は俺で今日これからの仕事をすっ飛ばして戦車を探し、大洗戦車道に捧げるしか!

 

 

◇◆◇

 

 

「やった! 戦車だ! 見つけましたよキャプテン!」

「ほんとだ! しかもすっごく身長が高い! これならレシーブし放題よ!」

「私達向きですね!」

「ええ、これがバレー部復活の第一歩よ!」

 

「……んん?」

 

 てなわけでとりあえずやってきていた山岳地帯。

 空母の甲板上に町があるため平坦な地形を基本としている学園艦には珍しく、高低差のある自然にあふれた区画だ。このあたりは市街地と違って人が足を踏み入れることも少ないし、生い茂る木々によって見通しも悪い分、細かく探せば戦車の1台や2台くらい埋もれているかもしれない。

 そう思ってやってきてみたところ、どうやら同じことを考えた先客がいたらしい。

 

 とても嬉しそうに万歳三唱しているのは、大洗女子学園バレー部の面々。……いや、「元」バレー部というべきか。

 20年来途絶えていた大洗の戦車道を復活させる原因の一つともいえる生徒数の減少と、学校の経営状況の悪化。そのあおりを特に食らっているのが彼女たちだ。

 部員数の減少による、廃部。今年になってついにそう言い渡された彼女たちが涙ながらに俺の店でやけスイーツバイキングをしたのは記憶に新しい。体育会系だけあって無茶苦茶食ってました。

 でも、心配はしてない。

 

「食べた分のカロリーは、動いて汗と筋肉にする! 私についてこい! 根性ー!!」

「どこまでもついて行きます、キャプテン!」

 

 食べ終えるなりこんなことを叫んでランニングに出かけたから、多分この子らはめげないだろう。たとえ廃部を宣言されたとしても、気合と根性で必ず復活を成し遂げるに違いない。

 おそらく、メンバー四人が揃って戦車道に参加しているのもそれが理由と見ていい。ここで実績を上げて、戦車道受講者に約束されている豊富な特典や知名度の向上を利用して部員確保とバレー部復活。なんだかんだで優秀なキャプテンである磯部ちゃんなら、そのくらいのことは目標にして動くに違いない。

 

 ……なのだが。

 

「あー、ちょっといいかなみんな」

「はい? あ、店長! この前はお店で騒いですみませんでした!」

「それに、なんだかんだでおごってもらっちゃって……!」

「なあに、それはいいってことよ。あれですっきりして、元気が出たんだろう? なら、俺はそれが一番嬉しい。……ただちょっと、気になることがあってね?」

 

 どうしても言っておかなければいけないことがあるから、ちょっと声をかけた。

 礼儀正しく暑苦しく、先日のやけスイーツバイキングのことを謝ってお礼を言ってくるのは素直に受け取っておいて、彼女たちが見つけた戦車を眺める。

 

 戦車道好きとして、実際に戦車に乗っている女の子たちほどではないものの俺にも多少の知識はある。細かい型式やスペックは勉強中で、操縦方法となるとさっぱりだが、それでもシルエットを見れば大体の特定はできる。

 その辺の知識は、さすがに最近戦車道を始めたばかりのバレー部チームよりは豊富だと思う。

 

 ……だからこそ、気付いたからには指摘しておくべきなんだろう。

 

「はい、なんですか?」

「いやね、みんなが見つけたこの戦車(?)なんだけどさ」

「すごいですよね! てっぺんまでの高さが5mくらいありますよ!」

「どんなスパイクだって止められそうです!」

「……ウン、ソウダネ」

 

 ちなみに現時点で所在が確認されている大洗唯一の戦車、Ⅳ号戦車の全高が3mに届かないくらいなので、現状この戦車がどれくらい大きいかわかっていただけるだろう。

 というか、履帯じゃなくて足みたいなのが生えてるし、腕みたいなのまであるし、ミサイルポッドも見える。

 

 

 確かに戦車だろう。

 だがこいつ、確実にスタンディングモードで死んでるんですが。

 

 

「これね、多分戦車道のレギュレーション的に使えないと思うよ」

「なん……ですって……!」

「キャプテン! 気を確かに!」

 

 そして崩れ落ちる磯辺ちゃん。

 気持ちはわかる。こいつと一緒に戦車道を出来たらどんなにいいかとは思うんだけど、とんでもないことになるからやめといたほうがいいと思うな。

 

 

 ちなみに、その後やけくそになったバレー部の面々と根性で山岳地帯の崖をロープ伝って降りながら探してみたら、崖のくぼみで八九式中戦車を見つけることができました。

 これなら戦車道でも大丈夫。ようやく戦車を見つけて、抱き合って喜ぶバレー部の面々。またいいモノを拝ませてもらったぜ!

 

 ……まあ、見つけたのは八九式中戦車なんだけど。豆鉄砲に紙装甲もいいところ。そもそも戦車相手を想定していないこの戦車でどう戦うか。バレー部の根性に大いに期待せざるを得ない。

 

 

◇◆◇

 

 

「戦車見つからないねー」

「ほんと、どこにあるんだろう」

 

 バレー部の面々が戦車を見つけた後も、俺はさらに探索を続けていた。

 今度はちょっと市街地的な辺りに来てみた。なんだかんだで20年前は盛んだった戦車道。実は結構生活の中に馴染んでいるのではないかと思ってうろうろしてみたら、これまた戦車道履修者と思しき子達を発見した。

 全体的に小柄な六人組。どうやら1年生の子達のようだった。

 

「戦車をお探しかい」

「あれ? 店長だ。こんにちは!」

「そうなんです。戦車道で使う戦車がどこかにあるらしいんですけど、見当たらなくて」

 

 わいわいとにぎやかな感じはバレー部とまた違った雰囲気で、きゃぴきゃぴ華やかな成分が多めな感じだ。これはこれでいいよね!

 とはいえ、なんとなくぽやっとしてるというかミーハー感が漂うというか、西住ちゃん達から聞いたところによると大々的に宣伝したらしい戦車道復活の勢いに乗せられたんじゃないかって気がする。

 しかし、それもまたよし。きっかけが何であれ一人でも多くの女の子が戦車道に触れてくれることこそ俺の望み。

 ……だからこそ、この子達のためにもしっかりと戦車を見つけないと! この子達、下手すると戦車と普通の車の区別もつかなそうだし!

 

「あ! 紗希がなんか見てる! ……あれ、戦車かも!」

「ほんとに!?」

「なんか大砲ついてる……きっと戦車だよ!」

 

 そんな感じでサービス兼宣伝がてら持ってた干し芋を提供しておやつにしてもらいつつ練り歩いていたら、とても無口で聞き上手、基本的にしゃべらない丸山ちゃんがある場所を凝視したまま動かなくなった。

 ペースが独特というか不思議ちゃんなのでそれ自体はよくあることらしいのだが、そういう場合はなにがしかの発見をしているのがこの子の常。

 どうやら今回もその例に漏れることはなく、なんと戦車を探し当てたようだ。わーきゃーと嬉しそうに叫びながら駆け寄っていく1年生組を、ふらーっと歩いてるんだか浮いてるんだかわからない足取りでついて行く丸山ちゃん。この子、やはり只者ではない雰囲気だ。

 

「わーなにこれ、かわいい!」

「私達にぴったりじゃない!?」

「んー、でもちょっと小さいかも。これじゃ全員は入れないんじゃないかな」

「えー」

「……」

 

 そしてついに見つけた戦車。

 今度の奴は、バレー部の面々が見つけたあのスタンディングモードの奴と比べて大分小さい。全高で言うなら半分以下。しかもなんだこれ、履帯が逆立った鱗みたいになっている。あと多分、戦車のくせにジャンプしたりしゃがんだりできる。この履帯周りはそういう構造をしている。

 そして、なによりも。

 ……このサイズ、絶対一人乗りだ。

 

「ごめん、こいつ多分戦車道で使える戦車じゃない」

「そんなー!?」

「天は我らを見放したー!?」

 

 なので、残酷だがその事実を告げる。

 ああもう、どうして大洗には戦車道に使えない戦車ばっかり転がってるのかな!? 熊本を本拠地としてる、西住ちゃんの元母校でもある黒森峰学園には通常の戦車の3倍くらい整備が大変な人型戦車が転がってるって噂は聞いたけど!

 

 その後、消沈する1年生たちを励ましながら歩かせた結果、ウサギ小屋の中でオブジェの一つと化していたM3中戦車を何とか発見。気を取り直してもらうことができた。

 よかった、これで何とかこの子達も戦車道ができそうだ。

 

 

 西住ちゃん達のように強要されたわけではない。

 杏ちゃん達のように使命感に駆られたわけではない。

 バレー部のように望む何かがあるわけですらない。

 

 ただ、だからこそ彼女らは戦車道の本質に近い、かもしれない。

 ごくごく普通の女の子たち。彼女らが戦車道を通して一体どんな女の子に成長していくのか。今からとても楽しみだ。

 

 

◇◆◇

 

 

「おお、店長」

「やあ、みんな。……って、どこに立ってるの君ら」

 

 次に散策して遭遇したのは、大洗女子学園の制服の上に各々独特なアイテムをつけた女の子たちだった。

 赤いマフラーのカエサル、軍帽のエルヴィン、紋付を羽織ったおりょう。さらにもう一人、なんか見える範囲にいないが弓道の胸当てをつけた左衛門佐の四人がいつも一緒に歴史談義やら何やらしている。正直、その趣味で良くまとまっていられるなといつも思っているのだが、だからこそ彼女らの絆パワー的なものがね、うん。実にいい。

 だってこの子ら、女子高生なのにシェアハウスで四人一緒に住んでるんですよ!? 一つ屋根の下に! その仲の良さったらないですよね! ありがとうございます!

 

 で、そんな歴女な彼女ら。

 なんか、池の水面に立ってるんですが!

 

「アイエエエ! ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」

「そりゃまあ、私達は去年の選択必修で忍道を取っていたからな」

「ラストニンジャ=サンの教本、『エセ外国人でもわかるニンジャ入門』はとてもわかりやすかったぜよ」

「大体『ノーカラテ・ノーニンジャ』で説明できる話ばかりだったしな」

 

 と思ったら、去年の選択必修で学んだことだったらしい。それなら仕方ないね。納得。

 

「それはそれとして、左衛門佐は? 一緒にいないなんて珍しいけど」

「いや、いるぞ。ここに」

 

 ここ、と言ってエルヴィンが指差したのは、彼女らの足元、水面から生えていた竹筒。

 ……確か彼女らは去年忍道をやっていて、そして水蜘蛛で水面に立っているということは。

 と、そこまで気付いた俺の目線の先、竹筒のあたりが俄かにぶくぶくと泡立ちはじめ。

 

「見つけたぞ」

「うおわー!? 大体わかってたけどほんとに水の中潜ってた!?」

 

 ざばあと湧き出る女の子が一人。片目をつぶっているのは水の中にいたからではなく基本いつでも。左衛門佐だった。

 

「む? こんなところで珍しいな店長。戦車探しの手伝いか?」

「ああ、うん。そうなんだけどどうやら必要なかったみたいだね。……え、ちょっと待って。この池の中にあったの?」

「いかにも」

 

 そして今明かされる衝撃の真実。歴女チームのみつけた戦車、なんと水の中に沈んでるらしい。大丈夫なのかそれ。20年間水没してるのって。

 

「まあ、なんとかなるだろう」

「日本でも800年前のハスの花のタネが咲いたというしな」

「沼の中から見つかったT-34だろう」

「「「それだ!」」」

「それだ、じゃねえ」

 

 仮にレストア可能なものだったとして、水に浸かってたわけだから復活にどれほどの苦労があるのか考えるだけでも修理担当の子達に頭が下がる。大洗の戦車道は、始まりからして本当に大変そうだ。

 

 

 だが、これで戦車は揃った。

 西住ちゃん達も38(t)を見つけたというから全部で5輌。強豪校の保有する戦車の数とは比べるべくもなく、性能面でも勝っているとは言いがたい。

 それでも、戦車道はできる。勝負ができる。

 大洗女子学園復活の狼煙は、確かに上がったのだ。

 

 

 

 

「……あれ、ひょっとして俺が発見に関わった戦車って全部レギュレーション違反?」

 

 そして俺は変な因果を引きずり込んでる気がするので、やっぱり傍から応援に徹しておくのがいいんじゃないかと思います。

 

 

◇◆◇

 

 

「みんな、よく戦車を見つけてくれた。今日のところはこれまでだ。あとのことは自動車部に任せ、明日までに戦車を稼動可能な状態にしておく」

 

 戦車道受講者がなんとかかんとか戦車を見つけ、どうにかこうにか学園にまで運んできて、この日の戦車道は終了となった。

 戦車道経験者のみほとしては、20年間水没してた戦車を含めた全5輌を一晩で修理するというなんか耳を疑うような発言もあったような気がするのだが、良く考えたら戦車道をやっていればその程度はよくあることだったので、気にしないことにした。

 

「よっしゃあ、私らの腕の見せ所! がんばりましょうね明日都先生!」

「ああ、うん。……はあ、また無茶振りだ。たとえ遅くなっても君らは日付が変わる前には帰るんだよ。そのあとはこっちでやっておくから」

 

「……あの人は?」

「ああ、あちらは自動車部顧問の明日都那智先生であります。すっごい整備士さんらしいですよ西住殿。なんでも戦車を宇宙空間でも使えるように改造できるとか。あとサラダ作りも得意らしいです。なんやかんやあってまともに食べられた人はいないって話ですけど」

「それもうすごいってレベルじゃないよね!? あとなんでサラダ」

「常識外れですね……」

 

 どうやら大洗においてその辺の無茶を担っているのは自動車部らしい。顧問という、ちょっと鼻の高い先生からみほは自分の父親と似た雰囲気を感じる。そりゃあの人ならこの戦車たちを一晩で復活させるくらいしてみせるだろう、と妙に納得した。

 これならもう心配はない。明日には到着するという教官の指揮の元、いよいよ本格的に戦車道が復活することになる。

 改めてそう思うと、みほの心がちくりと痛む。

 自分が再び戦車道に舞い戻る事には、どうしても罪悪感が疼いて仕方がない。

 

 

「あ、ねえみなさん。良ければ今日の帰り、寄り道していきませんか? これから戦車道をするなら、行っておきたいちょうどいいお店があるんですよ!」

「いいですねえ、せっかくですから、予習していきましょうか」

「さんせーい。みほも行く?」

「……うん、私も行きたい」

 

 しかし、このお誘い。普通の女の子になりたくて大洗に来たみほとしては、また戦車道をすることになった誤算を差し引いたとしてもこの上なくありがたい申し出だった。友達と、学校帰りの寄り道。なんと心躍るフレーズか。

 みほは沙織たちとともにようやくうきうきしてきた気分で優花里の言う「ちょうどいい店」について行く。色々と大変なこともあるが、やはりこの学園に来たのは正しかったのだろう。

 確かな思いとして、みほはそう思っていた。

 

 ……この時までは。

 

 

◇◆◇

 

 

「……ねえみほ。優花里も、なにやってるの?」

「ドラム缶を押すことに何の意味が……?」

 

「……はっ!?」

 

 

 気付いた時、みほは優花里と一緒になってドラム缶を押していた。

 

 

 ここは、学園艦にある商店のうちの一つ。まだこの学園艦に転校してきて日が浅いみほはこのあたりに足を踏み入れたことがなかったために知らなかったが、店の名前は「せんしゃ倶楽部」。戦車道に関連する商品を扱っている店だった。

 普段から使えるようなちょっとしたグッズの類はもちろんのこと、実際の戦車の部品や戦車っぽいアーケードゲームなど各種取り揃えた、戦車道をやるなら知っておいて損のない店だ。そういう意味で、これから戦車道を始める沙織と華のために、優花里のチョイスは悪くなかった。多分に優花里自身の趣味が反映されたものではあったが。

 

 ちなみにこの店、優花里の説明に曰く本店は陸にあるのだとか。

 そして本店地下には謎の工廠があり、戦車道のレギュレーション的に怪しいものも含めて日夜開発に勤しんでいるとかなんとか。

 

 

 ともあれ、大洗に居を構えるせんしゃ倶楽部。

 その店内には、ドラム缶があった。

 

 

 なぜか屋内なのに土の敷き詰められたスペースがあり、そこに引かれた白線と、端に置かれたドラム缶が五つ。

 それを目にした後のみほはふっつりと記憶が途切れ、沙織と華に声をかけられて気付いた時にはドラム缶を押していた。当然、横に倒して転がすなどということはせず、立てたまま。

 

「あ、あわわわわ! えっとこれはその、違うの! なんというか、ドラム缶を見ると本能的に押したくなるというか!」

「わかります、わかりますよ西住殿! そんな戦車乗りに応えてくれるのがこのお店ですから!」

「……戦車道やるとこういう風になるのかな」

「わかりません。割と本気で一から十まで」

「あああああ、違う、違うのおおおおお!」

 

 必死で沙織たちに言い訳をするみほ。

 やっぱ戦車道はやめた方がいいのでは、と一抹の不安が過る沙織と華。大洗女子学園の戦車道は、さっそく危機に瀕していたりする。

 

 

◇◆◇

 

 

 翌日。

 あのあと、なんとかかんとかドラム缶を押したのは変なことではないと説明し、納得の苦笑いを受け取り、みほの家で夕食を取った。友達で集まって料理をして、食事をする。かつては考えられなかったような楽しいひと時を過ごし、明けた朝。

 今日は再び、戦車に乗ることになる。そう思うと、扉を開けて一歩家を出るだけでも決意が必要だった。学校へ向かう足取りは、決して軽いとは言えない。

 

 そんなわけで覚悟と共に出てきたのだが。

 

「……ふぅ」

「わああああ!? 危ない!」

 

 朝の登校途中、千鳥足もいいところのふらつきっぷりから車道に向かって転びそうになっている大洗女子学園の生徒を見かけ、朝っぱらから慌てる羽目になる。

 慌てて駆け寄るが、間に合わない。幸い車道に車の影はないが、意識があるかすら怪しいあの様子、もし転んでしまえば頭を打ってしまうかもしれない。みほは必死で足を動かすが手は届かず。

 

「おっと、危ないよ冷泉ちゃん」

「……んぁー」

「あ、て、店長さん……!」

 

 ひょい、と横から伸びた手が彼女の腕を掴んで止めた。

 その手の主は、例の店長。冷静かつ手慣れたその様子からは、まるでその子がこうしてぶっ倒れそうになるのはいつものことであるかのような雰囲気さえあった。

 

「おや西住ちゃん、おはよう。今日から戦車道が始まるんだって? がんばってね」

「あ、はい。がんばります。……というかあの、その人は。なんか当たり前のような顔で肩に担いでますけど」

「ああ、冷泉ちゃん? この子、低血圧でね。放っておくと多分このまま寝るから、学校まで運ぼうと思って。なあに、よくあることさ」

「運ぶ……」

 

 その予感、間違いではなかったらしい。

 店長は冷泉ちゃんと呼んだその子をひょいっと肩に担ぐ。

 繰り返すが、担いだのだ。おんぶとかお姫様抱っことか生易しいモノでは断じてない、米俵かなにかのように肩へ乗せる形で。そして、後にちゃんと名を教えてもらうことになる冷泉麻子もまたそれに疑問を抱かないのか、既に眠っているのか。当たり前のように目を閉じている。なんだこの光景。

 

 結局、みほはこの日店長と共に登校した。

 正直、年頃の女の子としては男の人と並んで登校というちょっとドキドキもののシチュエーションで、店長も他愛のない話を振ってくれたのでそれなりに楽しかったのだが、店長の方を見るたび視界に入るのは優しい笑顔と肩に担がれて普通に眠る同級生。どうしようもない頭痛をこらえるのが、辛かった。

 

 みほは大洗女子学園に感謝している。

 また戦車道をやることになったことこそ複雑だが、友達ができた。憧れだった、普通の女の子のような生活ができてもいる。

 ……だが、年頃の女の子らしい甘酸っぱい体験だけは出来そうもない気がすることが、ちょっと悲しいのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

「さーて、それじゃあさっそく練習試合、やってみましょうか!」

「ええ、いきなりですか!?」

「実戦に勝る練習なし! とにかくやってみるものよ! さあ、戦車に乗り込めー!」

「わぁい!」

 

 以上、戦車道教官としてやってきた陸上自衛隊富士教導団の蝶野亜美一等陸尉による指導のほぼ全てであった。

 経歴と西住ちゃんのことを知っている、西住流師範の薫陶も受けていることからして大丈夫だとは思うのだが、この大雑把さ。秋山殿はめっちゃ嬉しそうにⅣ号に向かって走って行ったが、他の子たちは結構戸惑っているようだった。

 

 仕方ない。ここは俺がひと肌脱ぐとしましょうか。

 

「あー、みんな聞いてくれ」

「あれ、店長だ」

「なんでここに」

「杏ちゃんに呼ばれてね。戦車道が好きだし後方支援的なお手伝いすることになったのさ」

 

 のこのこと出てきた俺に向けられる疑問の声。それも当然のことだろう。学園艦で暮らしているとはいえ、大洗女子学園と直接の関係はないし戦車道を教えられるわけでもない俺がいることが不思議だったのだろう。至極ごもっとも。

 だが、勘違いしてはいけない。

 たとえ戦車道と直接の関わりが無くても、できることはあると教えてあげよう。

 

「というわけで、お手伝いの第一弾。……この模擬戦に勝ったチームには、『これ』を進呈しよう」

「そ、それは……!?」

 

 たとえば、そう。

 もったいぶって取り出した、1枚の紙切れとか。

 

 これはただの紙切れだ。

 だが、魔法がかかっている。

 女の子たちは、これをひと目見るや手に入れようととんでもなくやる気を出してくれると、誰かが言っていた。

 

 その名を人は、こう呼ぶ。

 

「そんなまさか! めったなことでは発行されないという、あの!?」

「店長の店の……スイーツフリーパス!」

 

 甘い物をどれでも、好きなだけ。

 女の子なら、きっと心揺られるものだった。

 

「店長! 質問が! そのスイーツフリーパス、1枚につきスイーツ何個までOKですか!?」

 

 なにせ相手は女子高生。

 日々カロリーと戦う宿命を背負いつつ、いやだからこそそのリミッターを解放したときは激しく、強い。

 さっそく有効となる範囲を確認しようとするその堅実な姿勢、極めて優秀できっと戦車道でも生かすことができるだろう。

 だから俺も応えなければ。彼女たちの期待を一身に集めるこの手の中の紙切れが、君たちにどれだけの夢と希望を与えるかを。

 

 ふう、とため息。

 ちっちっち、と舌打ちしながら指を振り。

 舐めてもらっては困る。

 

「――当然、当店が用意できる全メニュー、制限なし。……食べ放題だ!」

 

「行くぞみんなあああああああ!」

「一年舐めんな!」

「かーしま。……絶対に勝つぞ」

「会長がいつになく本気だ!?」

 

 そして、あっという間に目の前から消える少女達。

 凄まじい勢いで戦車に乗り、エンジンをかけて所定の場所へかっとんでいく。いやはや、ウチの店のメニューに女の子を喜ばせる力があるなんて嬉しいね、本当に。

 

 

 20年放置されていたものを一晩で直したとは思えないほど絶好調な様子の戦車を見送ってしばし。

 最後に残っていた、西住ちゃん達が乗るⅣ号戦車からはエンジンがかかるなり「チョーイイネー! サイコーーー!!」という叫びが聞こえてきたが、あれは声からして秋山殿だろう。気持ちはわかる。V型12気筒エンジンの咆哮を体で感じれば、そうもなる。

 

 そうして全ての戦車が格納庫を出て、所定の位置へ向かうのを見届けた俺は、格納庫脇に高々とそびえる監視塔に上る。今日の模擬戦で使われるフィールドを一望できる絶好のスポットだ。

 ……まあ、てっぺんまでエレベーターもなくビル数階分に相当する高さを階段でのぼるのが結構大変なんだけどさ?

 

 

「はぁ、ふぅ……。やっぱ体鍛えないとダメだな。これから全国大会が始まったら、あちこち応援に行くわけだし」

「あら、あなたも来たのね」

 

 ひーこらいいながら階段を上ったその先。

 待ち受けていたのは、当然のことながら戦車道の教官を務めてくれている蝶野一等陸尉だった。操縦方法もルールもロクに教えないままやればわかるとばかりに練習試合に放り込み、思いっきりワクワクして特等席に陣取る姿、戦車道が楽しいものだと示す絶好の先生……なのだろうか。ただ単に本人の趣味でやってるような気がしてならない。

 

「ええ、せっかくなので……ぜはー。いいところで……ごふっ、げふっ。見たくて」

「素晴らしい心がけよ。あの子達の頑張り、しっかり見てあげなさい。……それはそれとして、さっきから気になっていたんだけど」

「はい、なんです……かぁ!?」

 

 息を整えていた俺は、突然顔を掴まれ悲鳴を上げる。

 そりゃそうだ。相手が女性とはいえ戦車を操る陸自の人。その腕力は細腕から想像していた範囲を超えて、思い切りぐいと顔を引き寄せられる。

 目の前すぐ近くに蝶野陸尉の顔。眼差しは真剣で、まっすぐ俺の顔を覗き込む。

 

 脳裏をよぎるのは、さっき武部ちゃんによる「戦車道ってモテるんですか」的な質問に返していた「撃破率120%」という答え。

 なんだろう、まさかこの場でズキュウウウンでもされてしまうのか!?

 そんな! そういうのは戦車道を手取り足取り教えつつ生徒の女の子たちにお願いしますよ! その方が燃えるから!

 

 などと、冗談半分に思っていたところ、蝶野陸尉の口からこぼれた言葉は。

 

 

「……あなたひょっとして、『あの人』の弟さん?」

「――おや、気付きましたか」

 

 

 ある意味、予想の範疇だった。

 

 

「あー……やっぱり。良く似てるし、いやってほど聞かされた話の通りだったから、もしかしてって思ってたのよね。大洗にいるとは知らなかったけど」

「こうしていられるのも姉さんのおかげってやつです。感謝してもしきれませんね」

 

 そう、俺の姉さんなら、蝶野陸尉と面識があってもおかしくない。その辺からひょっとしたら気付かれるんじゃないかと思っていたのだが、案の定。その辺りはさすがの洞察力と言ったところだろうか。

 

「この前一緒にお酒飲んだ時、『今日び女の子をお嫁さんにもらうこともできるのに! どうして弟をお嫁さんにしちゃだめなんですか!』って泣いてたわよ」

「いつものことです。姉さんらしいなあ」

「……うんまあ、その辺は割とどうでもいいわ! あなたはあなた、お姉さんはお姉さんだしね。あなたの一族って、どうせどれだけお願いしても値引きはしてくれないし!」

「先祖代々の家訓なんですよ。値引きの相談を受けるくらいなら満額ぶんどってそれ以上の質を提供して黙らせろと」

 

 しかしまあ、さすがにあっさりしたものだ。

 一応はお仕事中でもあるし、俺にあまりかまっている場合でもないのだろう。

 なんやかんやと話しているうちに、各チームの戦車が位置についたと通信があった。

 いよいよか、と俺と蝶野陸尉の目の色が変わる。

 

 監視塔から見下ろす先に広がるのは、川あり森あり橋ありと戦車道に持って来いの地形。その各地から、めらめらと燃えるような戦意が立ち上っている、気がする。そしてその戦意からは焼き芋の匂いが漂ってくるような気も。

 

 ……いかん、あれ戦意じゃなくて食欲だ。

 

「それでは……試合開始!」

 

 しかし、今日初めて戦車に乗る女の子に何かを教えるより先に試合にぶっこむ蝶野陸尉がそんな細かいことを気にするはずもなく、当たり前のように合図を下す。

 あちこちで響き渡るエンジン音が木霊して、ここに大洗女子学園の戦車道が、復活した。


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