――勝利、名声、友。
戦車道の全てを手に入れた少女、軍神・西住みほ。
彼女が優勝インタビューで放った一言は、少女たちを戦車へ駆り立てた。
「私の戦車道ですか? 欲しけりゃくれてやります。かかってきなさい! 人生に大切な全てのことをそこに置いてきました!」
少女たちは、大洗女子学園を目指し戦車道を突き進む。
世はまさに、大戦車道時代!
「そんなこと言ってないですうううーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
優勝の立役者となってなお、引っ込み思案な根っこは変わっていないと自認するらしい西住ちゃんの、なんかこれまで聞いたことがないほどの大音量シャウト、炸裂。
真っ赤な顔もかわいいなあ。
「なんなんですか店長さん!? その……それは!?」
「なにって、西住ちゃんの優勝インタビューが乗ってる記事の煽り文だけど」
ここは、俺の店。
全国大会決勝を終え、優勝旗をなびかせての凱旋パレードも済ませて学園艦に戻り、一息ついてうちでお茶をしようと来てくれた西住ちゃんたちあんこうチームのみんなをおもてなししている最中だが、不良店長たる俺は常連さんがいてもネットを漁ったりするわけで。
そして見つけたのが、この記事。優勝直後に簡単にだが西住ちゃんにインタビューをした記事が載っている、なかなかの情報鮮度を誇るいい記事だ。
と、俺は思ったんだけど西住ちゃん的にはそうでもなかったらしい。真っ赤な顔でカウンターに身を乗り出すようにしてノートPCの画面をのぞき込んでくる表情は、羞恥100%に染まって綺麗に紅い。
「うあぁ……本当に書いてある……! ただ、これからもがんばりますって答えただけなのに……!」
「西住殿、お気を確かに!」
まるでベランダに干される蒲団のようにくったりとしてしまった西住ちゃんを、装填手の腕力を駆使して引っ張り戻す秋山殿。そのままだとスカートが大変なことになりそうだからね、仕方ないね。
「やだもー、みぽりんのインタビューが記事になったってことは、私のインタビューも全国に知れ渡ってモテモテになっちゃうかも!」
「沙織さん、インタビューされてましたっけ」
「されたんだろう。脳内で」
いつも通りのメンバーが、いつも通りのおしゃべりに花を咲かせている。
恋愛脳の武部ちゃん。笑顔で地味に辛辣な五十鈴ちゃん。クールに容赦のない冷泉ちゃん。
……こうやって挙げていくとギスギスしてるようにしか思えないけど、普通に仲がいいんですこの子たち。
日常が戻ってきた、というにはまだ学園艦を包む興奮の熱が冷めやらない。
西住ちゃんたちも、普通に街を歩けば声をかけられたり注目されたりするから、そういった目を逃れてうちの店に来てくれたという側面があるようだ。
そんな感じで試合が終わってからも、いや勝利に終わって未来がつながったからこそ、いろいろある。あり続けることができる。
だから今日は、そんな日々を少しだけ語ろう。
西住ちゃんたちが勝ち取った、大洗女子学園の日常を。
◇◆◇
「ばかもの、なにをやっておるか!」
俺の叱咤が舞台袖に響く。
相手は西住ちゃんたち、あんこうチームの5人。息を切らして必死に食らいついてくるそのさまに、たとえ心を鬼にしてでも厳しく、しかし正しく導かねばならないと決意を新たにする。
「ええい、ちがう! 何度言ったらわかるんだ……!」
そう、全ては西住ちゃんたちのため。正直この子たちにこんなふうに接するなんて俺には大分荷が重いけど、それでも頑張らなければならない。
なぜなら。
「バルパンターの変身ポーズはこうだ!」
「おい待て店長。そんなヒーローはいない」
大洗女子学園、戦車道全国大会優勝を祝う宴会にて、チーム対抗のかくし芸大会開催が発表されたことにより、ヒーローショーをやると決めた西住ちゃんたちからアドバイザーを頼まれたのだからして。
「みんな、楽しくやってね」
という杏ちゃんによる2秒スピーチで始まったこの宴会、大洗らしく見事なフリーダムさで始まり、杏ちゃんがマッサージチェアで干しいもを食べるなど進行もいい感じにグダグダ。そして突如発表されたのがこのかくし芸大会なのでしたとさ。各チームともに専門である歴史ネタやら自動車ネタやらネトゲネタやらを禁止されたうえでの無理ゲー状態ではあるが、その点割と縛りが緩いのがあんこうチームの良い所。西住ちゃんたっての要望でヒーローショー的なあれこれをやることになったのだそうな。
で、こうやってポーズやら何やらを教えているわけだ。
いや、さすが西住ちゃんたちだね。元ネタとしたヒーローの名乗りポーズは、変身前を演じる役者さんたちができるようになるまで1年かかったという噂もあるくらいのキレッキレアクションを要求されるというのにすぐ覚えちゃうし。戦車道をやってると身体能力も上がるのだろうか。
なんにせよ、平和っていいよね。
ちなみに、かくし芸大会の優勝は生徒会でした。
ついでに景品は10万円相当の干しいも一年分。当店の提供でお送りします。
◇◆◇
その後、八月も終わりごろ。
例年、陸の方の大洗では八朔祭と呼ばれる祭礼が執り行われている。
磯前神社を基点として、山車が町を巡り神輿が騒ぎ出店が商店街に満ちるにぎやかなお祭りだ。
大洗女子学園も本拠地たる大洗で行われるお祭りなので毎年この時期になると寄港して、生徒たちもめいめい街に繰り出して祭りを楽しんでいる。
……そう、すなわち俺にとっての狩場ということだ。
出店の一環として例のごとくいもスイーツやら何やらを売るのはもちろんのこと、夏ということで涼し気な装いをした女の子や、あまつさえ祭りの夜には浴衣姿の女の子まで町に現れるこの時期だ。俺としても外すことは出来ない。
なにせ大洗女子学園はその名の通り女子校。彼氏持ちの子たちも当然いるが、近場で、友達と手軽にお祭りを楽しもうという子たちも一定数存在する。
たとえば。
「浴衣で祭りを巡る女の子たちはいいねえ……。リリンの生み出した文化の極みだよ」
「そ、そうなんですか?」
今まさにうちの出店で商品を選んでいる3人の女の子たちとか。
比較的背が高く活発そうな子と、小柄なのになんだか血の匂いを感じさせる隙のない子。そしてその二人から一歩下がって疎遠ではなくプロデューサー的な雰囲気をした子たちだ。
祭りだけあっていろんな人がいるけれど、この子たちは特別目立つ。
なにせ、彼女たちが足として使っているのが九七式軽装甲車なのだからして。
戦車道にも使えるとはいえ、八九式よりさらに小型なこの戦車。二人乗りだし、俺の言動に引き気味な背の高い方の子なんかは多分車内に入るだけでも難儀するんじゃなかろうか。
まあそんな感じで、当然というべきか戦車道の試合で見ることはまずない。
なにせ軽戦車豆戦車の類。アンツィオ高校のようにそれでもなんとかかんとかやりくりしているところもあるけど、他にも選択肢があるならそっちが優先されるはず。
だが実のところ、ここ最近はこの手の軽戦車や豆戦車が結構人気で市場でも値上がりの傾向を見せているらしい。
「そうなんです。というわけで楽しんでいってね、ムカデさんチームのみなさん」
「うむ、かたじけない」
その理由が、彼女たちがここにいる理由。
戦車道と同じく戦車を使い、でもちょっとだけ戦車道とは違うこのごろ流行りのあの競技。
それが祭りの余興として、明日奉納試合が行われることになっている。
「というわけで、そろそろ店じまいするからお嬢さんたち、良かったら焼き芋とスイートポテトもついでにどうだい!」
「あ、ありがとうございます。こんなにおまけもらっちゃったよ姫!」
「ああ。どれも美味なり」
「いやー、すいませんねどうも。大洗の人たちみんな優しいなあ」
そう、彼女らこそ、明日のために呼ばれたゲストたる新進気鋭の一騎当千。
楯無高校のムカデさんチームなのだ。
◇◆◇
「で、さっそく試合が始まったわけだけど」
「アヒルさんチーム、いきなり飛ばしてるであります」
「地元が戦場ですし、聖グロリアーナとの練習試合のときと比べて練度もけた違い。すごいです」
翌日。
俺は西住ちゃんたちと一緒に大洗八朔祭りの余興として行われているタンカスロンの奉納試合を、大洗ホテル屋上で見物していた。
大洗の町が一望できる好立地で、このあたりなら流れ弾の危険もそうはないだろう。
「それにしても、楯無高校のムカデさんチーム、よく来てくれたよねー」
「私なら絶対に無理だ。眠い……そして暑い……」
「冷泉ちゃん起きて。水分補給しないとシャレにならないから」
そして、見下ろす町の中を縦横無尽に駆け回る2輌の戦車。
諸々パーツを外してスリムになったアヒルさんチームの八九式と、今回のゲストとして呼ばれた楯無高校のムカデさんチームが戦車戦を繰り広げている。
それは、一言で行ってしまえば戦車で行われるなんでもありの試合、バーリトゥードだ。
一応試合の場所とチームは決めたうえで行われるが、観客席と戦場の区別はないに等しく、観客の身の安全は「自己責任」の言葉の元ほぼ放置されている、見るだけでもスリル満点の競技だ。
使える戦車の種類は基本的に戦車道で使用される車両に準拠。ただし、重量が10t以下のものという制限がある。加えて試合形式はフラッグ戦となっているが、あとはもう本当になんでもあり。
数の差がどれだけあろうと合意があれば試合が成立するし、試合途中でさらに戦車を投入しても文句を言われないし、あまつさえ第三者の乱入さえありと来た。
そんなわけで戦車道とはまた違った魅力があり、最近人気が高まっている。
西住ちゃんたち大洗女子学園によるジャイアントキリングが戦車道の人気を一気に後押ししたため俄かに競技人口が増えたはいいものの、本格的に戦車道をやるには人も場所もお金もいる。
その点タンカスロンなら1輌だけでもやりようはあるし、軽戦車や豆戦車なら比較的安価で、人数も最低2、3人いれば何とかなる。その辺が門戸を広く初心者を受け入れる受け皿になっているようだ。
……まあ、前述の通りなんでもありなんで対戦ネトゲ並みの地獄めいた様相を呈している試合も一部にあったり、普通に戦車道をやっているチームなんだけど保有戦車が軽戦車や豆戦車ばかりなところがガチで参入していたりもするんで、結構厳しい世界らしいけど。
「あ、ムカデさんチームの車長さんがこっち見たであります」
「みほさんに気付いたようですね。……店長、また変な気を起こさないでくださいね」
「変な気って何さ」
そして、この試合。
いろいろ必須ではない装備を引っ剥がして10t以下になった八九式が圧倒している。
装備の面からしても、余裕で10tに収まる九七式軽装甲車と無理矢理軽量化してその範疇におさめた八九式中戦車。ボクシングでいうなら、事実上階級差を無視した試合のようなものだ。
加えて、乗員の人数と技量の差もある。
アヒルさんチームはバレー部の5人に対し、ムカデさんチームは元から乗員2名の戦車。いろいろ役割を兼務しなければならないムカデさんチームの方がいろいろ大変なのは当然のこと。
そしてなにより、練度の差。ムカデさんチームもこうしてみる限り新造チームとは思えない息のあった動きを見せているが、それでもアヒルさんチームはさらにその上をいく。
全国大会優勝チームの一員は伊達ではない。アヒルさんチームはあの八九式で全試合を戦い抜いた優秀なメンバー揃いだ。戦車道を始めてからの日数こそ浅いが、そんじょそこらの戦車道女子には負けない実力を備えている。
そう考えると、むしろここまで粘って大洗の町を駆け回っているムカデさんチームをこそ賞賛すべきだろう。
昨日の祭りのときにもうちの店に来てくれて、その時からただならぬ雰囲気を感じて吐いたけど、これから彼女たちの活躍を追うのがますます楽しくなりそうだ。
「店長のことだ、どうせ西住さんを見上げる目線に憧れとかそういうのを見出すんだろう」
「信頼されてるなあ、俺。……でもさ?」
それはそれで後の楽しみに取っておくとして、今はまさに眼下で繰り広げられている試合だ。
序盤は住宅街から商店街にかけての遮蔽物が多いフィールドでの様子見を選んだらしいムカデさんチームだったが、そこは「大洗は庭」と豪語するキャプテン率いるアヒルさんチーム。いくら何でも分が悪く、逆に遮蔽の合間合間に存在する、戦車からしてみれば針の穴のような隙間を縫った攻撃や、地形を完全に把握していることによる動きを読み切った戦術に大苦戦。仕切り直しを余儀なくされて磯前神社に上ることを選択したらしく、俺たちが観戦している大洗ホテルの下までやってきた。
そして、何かに気付いたようにこちらを見上げる車長の鶴姫しずかさん。
その目に宿る、感情。
「いま西住ちゃんを見てるあの子は、どっちかってーと『今のはメラゾーマではない……メラだ』って言われた勇者みたいな顔に見えるよ?」
「おめでとう西住さん。ついに大魔王認定されたぞ」
「最近、戦車道関係の記事で『軍神』って呼ばれ方が定着してきてるんだよね……あはははははは!」
「西住殿ー!? お気を確かに!」
そしてがっくりうなだれる西住ちゃん。
清楚なワンピースに麦わら帽子という、夏のお嬢さんといった装いであるのにめっちゃ打ちひしがれている。
先日見た優勝インタビューの記事が流行ったのか、最近の戦車道関係のニュースを漁ると少なからず「軍神」と評され、ネット界隈ではもはや完全に通称として定着しつつある現状に大分疲れているようだ。
「あ、でも操縦手の子からはかぐわしい百合の香りを感じるよ? 昨日ちらっと見たときもそうだったけど、戦車に乗ると特に」
「姿も見えないのによくわかりますね、この変態」
そして俺は俺で、ついに五十鈴ちゃんから直接の罵倒を賜りました。
でも何だろう、この胸のときめき。ちょっと気持ちいい!
そんな感じで、新しい戦車道の側面を知った日もあったりして、夏休みは終盤を迎えつつある。
この時は、まだみんな素直に9月からの新学期と、その直前に行われるイベントへの想いを馳せているだけだった。
大洗を苛む苦難は、まだ完全に終わったと誰もが思いもよらないままに。
◇◆◇
「うーむ、眼福眼福」
夜の営業時間。
一応店を開けてはいるが客が少ない、どころか一人もいない時間帯。
こんなときは、気に入った本を読むに限る。
自分で入れたコーヒーを飲みながら過ごす時間は、この店で女の子たちがデートしてくれているときと並んで心安らぐいい時間だ。
道楽で店をやっていると、こういう贅沢ができるのがいい。
――カランカラン
「いらっしゃい。……おや、西住ちゃん」
「こんばんは、店長さん」
そしてそんな時間が終わってしまったとしても、訪ねてきてくれたのが西住ちゃんなら惜しくはないどころかおつりがくるほどに嬉しい。
夏の蒸し暑い夜だからか、少し薄着な西住ちゃんがカウンターのいつもの席に腰かけるのに合わせてお冷を出して、用意するのは最近西住ちゃんが気に入っているハーブティー。すっとするからこんな暑い日にはより一層美味しく感じてもらえるだろう。
「はい、お待ちどうさま。西住ちゃんは、明日の準備かい?」
「そうです。少しだけ、場所を貸してもらおうと思って」
「好きなだけ使ってくれていいよー。……ふふ、こうしてると、全国大会のころを思い出すねえ」
「……はい。あの頃は、まさか優勝できるなんて思ってもいませんでしたけど」
そして今日も西住ちゃんは作戦を練る。
今回のお題は、明日に控えたエキシビジョンマッチ。
全国大会に優勝したことを記念して、聖グロリアーナ・プラウダの連合チームと大洗女子学園・知波単学園の連合チームでの試合が大洗の地で行われることになっている。
正直なところ、下手すりゃ全国大会決勝の黒森峰戦以上にヤバい戦いのような気がしないでもないけど、学園の存続が掛かって負けられない状態だったあのころと比べて、資料を広げて地図に線を引き、作戦を立てる西住ちゃんの表情が明るい。そのことが、とんでもなく嬉しかった。
「うーん」
「……」
俺は、そんな西住ちゃんの表情を時折横目で楽しみつつ、再び本を開く。当店はお客様に居心地のいい時間を過ごしていただくため、過度の干渉はしない方針でして。
西住ちゃんがペンを走らせ資料を整理する音と、俺がページをめくる音だけが響く。この店は学園艦の幹線道路からは離れたところにあるし、この時間になればお菓子を買いに来る人もさすがにいない。静かなものだ。
「……ところで、店長さんはさっきから何を読んでるんですか? 雑誌みたいですけど」
「ああ、これ?」
そんな時間は尊いが、続けばそのうち他の刺激を欲しくなるのが人間というもの。作戦を考える合間に西住ちゃんがこうして話を振ってくることはこれまでもよくあった。
なので俺も普通に答える。
「月刊戦車道の全国大会決算号だよ。ほら、表紙は胴上げされる西住ちゃん」
「……きゃあああああああああああああああああああああああああああ!?」
そして、夜の闇をつんざく西住ちゃんの悲鳴が響き渡りましたとさ。
「え、ちょ、なになに!?」
「だ、ダメ! それ見ちゃダメです! すすす、スカートが!」
「スカートって……ああ、表紙の写真? 大丈夫、この世にパンチラなんて現象はないんだから」
「でも太ももが見えてますっ! というかどうして店長さんはそうやって変なのばっかり見てるんですか!?」
「そりゃまあ、せっかくの西住ちゃんの活躍に関する記事だし……」
カウンター越しに繰り出される西住ちゃんの百裂グラップルと、それを必死に避ける俺。今の西住ちゃんに雑誌を奪われたら、そのまま粉々に引きちぎられてしまいそうだ。
……まあ、この雑誌は保存用含めて1ダースくらい買ってあるから全く問題ないけど。
「どうどう、西住ちゃん。恥ずかしいかもしれないけど、すっごくいい写真だと思うよ。胴上げしてるみんなの笑顔なんかもすっごく温かいし」
「そうでもありますけど!」
いやー、思い出深いね。この写真が撮られたところには俺も出くわすことができたから、昨日のことのように思い出せるよ。
◇◆◇
「よっしゃー! 西住ちゃんを胴上げだー!」
「伝統ですね!」
「えええ!?」
優勝セレモニーの後、興奮冷めやらない大洗女子学園チームはその熱気を発散させるべく、はけ口をみほに求めた。
パンツァージャケット+スカートの女子高生に対して胴上げなど正気の沙汰ではないが、この世界にパンチラという現象は存在自体を許されないので何も問題はなかった。
「そーれ、Wasshoi! Wasshoi!」
「Wasshoi! Wasshoi!」
「その掛け声、何か違いませんか!?」
そして始まる胴上げ。人数もそれなり以上いるのに加え、装填手として鍛えに鍛えた少女も混じった土台のパワーはみほを東富士演習場の空に高く舞い上げた。
その瞬間、まさにシャッターチャンスである。
「お、いいねいいね! すいません一枚お願いしまーす!」
「おめでとう、心から祝福するよ。ついでに俺も撮らせてもらっていいかな」
「ふん、まあまあだな」
そりゃもう、近くでスタンバってたカメラマンが一斉にシャッターを切るほどに。
閃くフラッシュよりもなお眩しい、少女たちの笑顔がフィルムに刻まれる。
「……っておい、士! お前またそのトイカメラかよ!? そりゃ味のある写真は撮れるけど、こういう時に使うもんじゃないだろ!」
「うるさいぞ、剛。俺の腕にかかればこれでも最高の写真が撮れる」
「ははは、二人は相変わらずだな。どれ、俺も負けてられないな」
「いやいやいや、負けてられないも何も一文字さんは雲の上の人ですからね!?」
「そんなことはないよ。昔取ったなんとやら、さ。剛くんこそ最近、いい写真が撮れてるじゃないか」
「あ、あざーっす!?」
どうやら知り合いらしく親し気に会話をしながら大洗女子学園歓喜の様子を次々フィルムに収めていくカメラマンたち。
当事者のみならず回りにまで楽しげな雰囲気を広げる、そんな空気。大洗女子学園がつかみ取った、得難い宝だ。
◇◆◇
「うぅ……店長さんも、あの時胴上げされてるの、見てたんですよね?」
「うん、カメラマンさんたちのすぐ近くで。その時見えた角度とこの写真の構図が近いから、たぶんあの人たちの誰かが撮った写真なんだろうね、これ」
西住ちゃんがあまりにも雑誌を引っ張るものだから、俺もカウンター側に出て西住ちゃんの隣に座り、二人で眺める。
ぺらぺらとページをめくり、各試合の解説なんかもちらほらと見たりして。この中の何校かは、来年の全国大会で西住ちゃんたちと戦うことになるのだろうか。
「……あの、店長さん」
「なんだい、西住ちゃん」
そんな物思いにふけっていた俺を現実に引き戻す、西住ちゃんのためらいがちな声。
元から遠慮しすぎなきらいのある子だけど、今日はなんだかいつも以上のように思える。
膝の上で握った拳が震え、俯く顔を前髪が隠し、垣間見える耳が先まで赤い。
はて、一体どうしたんだろう?
「……わ、私!」
「うん」
言葉に、詰まった。
西住ちゃんが俺を見上げる顔は近い。そのせいか、顔を上げたときの勢いはどこへやら、しゅうしゅうと頭から湯気を吐きそうなほど顔まで赤くして固まってしまった。
なんだろう、こんなに必死な様子ということは、きっと大事な話があるに違いない。なら、西住ちゃんが落ち着くまで待つべきだろう。
俺はその決意に応えるべく、まっすぐに西住ちゃんの目を見つめ返して待った。
「……」
「……」
待った。
「…………」
「…………」
……待った。
「………………」
「………………」
…………西住ちゃんの目、きれいだなー。
「……んー」
「……西住ちゃん?」
「はっ!?」
待っていたのだが、西住ちゃんはなんか目を閉じてしまった。眠くなったのだろうか。さすがに外はもう暗いけど、花の女子高生が眠くなるような時間じゃないと思うんだけどなあ(冷泉ちゃんを除く)。
暢気にそんなことを考えていたのだが、なんか西住ちゃんが今度は顔中首まで真っ赤になって、目には涙がじわり。
え、なにこれ!?
「あ、あわわわわ……! ご、ごめんなさい! 今日はもう帰りますっ! 一人で!」
「ちょ、西住ちゃん!?」
だばだば、ばっさーと適当に明日の試合の資料をまとめ、鞄にぶっこみ、どたばたと扉へ向かっていく。しかしめちゃくちゃ遅い。人は走るとき手足を全身を連動させるものなのだが、今の西住ちゃんは妙にちぐはぐだ。ひょっとして、あれが噂に聞く西住ちゃんのスキップ、通称西住ステップなのだろうか。
「……店長さん」
「は、はい」
しかしそれも、扉に手をかけて止まった。
勢いそのままに飛び出して行ってもおかしくない様子だった西住ちゃん。
そんな彼女をその場で踏みとどまらせる理由は、何なのだろう。
さっきまで死ぬほど慌てていた子と同一人物とは思えないほど、扉に向き合う西住ちゃんの背中から、試合中の姿にも似た決意と気迫と覚悟を感じる。
「……明日、エキシビジョンの試合があります」
「うん。必ず見に行くよ」
「相手は聖グロリアーナとプラウダ。ダージリンさんとカチューシャさんです。知波単学園のみなさんと一緒でも、勝てないかもしれません」
「まあ、エキシビジョンだから勝敗にこだわる必要はないけど、西住ちゃんは本気でがんばるんだろう?」
「はい。……その試合が終わったら、店長さんに、その……話したいことがあるんです。明日、またここに来てもいいですか?」
どんな状況でもよどみなく言葉を紡ぐのは、指揮官として鍛えた賜物か。
背中を見ていると全身プルプル震えているのに、しっかりはきはきと伝えられたその言葉。俺の流儀に断るという道はない。
「もちろん。西住ちゃんが来るまで開けておくよ」
「……ありがとうございます。明日、がんばりますね。おやすみなさいっ」
そして西住ちゃんもなんか緊張の糸が切れたらしく、両耳からぷしゅーと湯気を吹く幻覚を俺に見せ、カランカランと鳴るベルの音を置いて帰っていった。
「はて、話って何だろう。……まあ、明日になればわかるか」
西住ちゃんからの話、とは。
そりゃ気にはなるけど、あえて日を改めるというのなら時を待つのがマナーというもの。あえて考えないようにして、時を待つことにする。
なあに、焦らなくても明日試合を見て、そのあとになればわかることだ。
エキシビジョンは朝から。全国大会前に行われた聖グロリアーナとの練習試合の時と同様に大洗市街地を戦場とし、しかしあのときよりも広範囲が戦場として指定されているから、楽しみで仕方がない。
だからこそ、しっかり準備をしないとね。
今日はこれにて閉店。いろいろ経理の処理をして、掃除をして、明日に備えないと。
エキシビジョンは朝早くから始まるから明日店を開けるのは試合が終わってからになる。
戦車道チームのみんなが来てくれるかもしれないし、もし余裕があればローズヒップや同志ノンナも来てくれるかもしれない。そして、今日のようにいい感じで人がはけたころに、西住ちゃんも話とやらをしに来てくれるだろう。
あまりにも楽しい予想にルンルン気分。
そんな気持ちのまま、扉にかかったOPEN/CLOSEDの札をCLOSEDの面にひっくり返す。これにて本日の営業は終了。また、明日のお越しをお待ちしております。
そんな風に機嫌よく、鼻歌を歌いながら店内を掃除していたその時の俺は、予想だにしていなかった。
まさか、もうこの札をOPENにすることが、できなくなるなんて。