好きなものは百合&パンツァーです!   作:葉川柚介

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大洗女子学園大勝利! 希望の未来へレディゴーです!

「やめて! マウスの重量でヘッツァーが潰されたら、闇の戦車道で戦車とつながってるかーしまの精神まで燃え尽きちゃう! お願い、死なないでヘッツァー! あんたが今ここで倒れたら、西住ちゃんや店長との約束はどうなっちゃうの? 干しいもはまだ残ってる。ここを耐えれば、黒森峰に勝てるんだから! 次回、かーしま死す。パンツァーフォー!」

「勝手に殺さないでください!」

「でも死にそうだよ桃ちゃん!」

 

 マウスが出現した団地の側面を通る道路上にて、大洗女子学園がマウスを迎え撃っていた。

 先陣を切ったのは、カメさんチームのヘッツァー。沙織の何気ない発言からみほが思いついた、マウス撃滅作戦。その先鋒を務めるのがヘッツァーだ。

 車高の低さと傾斜装甲を生かし、主砲までも最大限に俯角を取って自らを楔と為して真正面から突撃。見事マウスの下に潜り込み、履帯を地面から引き離すことに成功。これで、ヘッツァーがある限りマウスは身動きが取れない。

 

「ちょっ、カーボン剥がれてきてますよ!?」

「おー、さすがマウス。主砲には耐えられても、マウスプレスは無理なのかな?」

「悠長に言ってる場合じゃありませんよ会長!」

 

 しかし、それはヘッツァーにも逃げ場がないことを意味する。全重量がかかっているわけではないとはいえ、マウスはなにせ180t越えの超重戦車。こうして持ち上げるだけでもヘッツァーに常ならぬ無理をさせていることは間違いない。そう長く持ちこたえることは、できそうになかった。

 

「てなわけで西住ちゃん、よろしくー」

『はい! アヒルさんチーム、お願いします!』

 

 

◇◆◇

 

 

「す、すげえ……!」

「……」

 

 マウスの登場からこっち、俺たち観客はすでに3回くらい度肝を抜かれているが、さらにもう一発が飛んできた。

 ヘッツァーがマウスの下に潜り込んで持ち上げ、さらに今度は八九式がヘッツァーを踏み台に、マウスの車体の上に乗り上げた。

 その直前にM3とポルシェティーガーが側面から攻撃し、砲塔を横に向かせたうえで車体上で方向転換までして、ぴったりと自身の側面を砲塔に押し付ける操縦技術。アヒルさんチームの操縦手、河西ちゃんのすさまじい技量が炸裂したことで、観客席からは驚きや喜びよりもあいつらなにやってんだという呆然の呻きがあちこちで上がっていた。

 

「さすが冷泉ちゃんの直弟子! これまで戦車道の試合はいろいろ見てきたけど、こんなの見たことない!」

「見たことない、どころか前代未聞です。一体何を教えているんです、あの子は……!」

 

 俺のみならず隣の師範が西住ちゃんに風評被害をもたらしてるけど、それも致し方ないことだろう。戦車の上に戦車が乗り上げてさらにその上で戦車がぐるぐる方向転換。いかに戦車道とはいえ、こんな状況が起こりうると想像しろって方が無茶な話。

 

 そう、今まさに、戦車道の歴史が変わりつつある。

 20年来途絶えていた戦車道を復活させた新参の高校が、並み居る強豪校を下して決勝戦に進出。

 その過程、そして今まさに見せているのは誰も見たことがない戦術の数々。

 

 隊長を務める西住ちゃんが西住流だからという注目はあった。

 だが今西住ちゃんが示しているのは、西住流をもとに彼女が見つけた彼女だけの戦車道。

 

 それが、みんなを魅了している。

 

「そのことが、すごく嬉しい。がんばれよ、みんな……!」

 

 こぼれた言葉には万感の思いが乗っている。

 そして、誰にも届くことなく消えていく。

 

 

 Ⅳ号が団地際の斜面から放った砲撃が、上方からウィークポイントを正確に貫く射撃でマウスを撃破したことによる、歓声の爆発によって。

 

 

◇◆◇

 

 

「……私たちに残ったのは4輌。対する黒森峰はまだ多数の戦車を残しています。よって、当初の予定通り敵の狙いである私たち、あんこうチームのフラッグ車で敵を誘引、敵フラッグ車を孤立させます」

「りょうか~い」

「アヒルさんチーム、とにかく敵を引き付けてかく乱してください。相手戦力がフラッグ車の周辺に結集すればするほど作戦の成功率が下がります。……辛い役目ですが、よろしくお願いします」

「任せてください! 私たちの粘り強いレシーブ、見せてやります!」

「速度の関係で最後尾になると思われるエレファント、ヤークトティーガーの火力には特に注意してください。マウス並みの注意が必要です」

「西住隊長、最後尾の相手、任せてもらっていいですか」

「澤さん……お願いします!」

 

 市街地を疾走するのは、試合開始時から戦力が半減した大洗女子学園チーム。

 フラッグ車、あんこうチームのⅣ号。もはや唯一の重戦車、レオポンチームのポルシェティーガー。この期に及んではもはやどれだけ良い所に当たっても黒森峰戦車の撃破は難しいだろうアヒルチームの八九式。こちらも黒森峰を相手とするには火力と装甲に難ありと言わざるを得ないウサギチームのM3。

 

 対する黒森峰は、いまだティーガーⅠ、Ⅱのほか、エレファントにヤークトティーガーといった強力な戦車を有している。こりゃダメだわ、と冷静に考えれば誰もが思うような状況だ。

 しかしそれは、当事者以外ならばの話。

 大洗女子学園のメンバーは誰一人として勝利を諦めず、彼女らは預かり知らないことだが観客たちもまた、応援する陣営こそ違えど大洗が為す術もなく敗北するなど誰一人思っていない。

 

 もちろん、みほもそうだ。

 倒れていった仲間のことを思うと辛い。もっといい方法があったのではないかという思考が頭を埋め尽くしそうになる。それは1年前も今も変わっていない。

 だがいま、みほの目はそれ以外のものも見ることができる。仲間たちから託された分の思いと、それを繋げるべき大洗女子学園の未来。そして、俯き縋るように自分の進むべき道を探していた自分に前を向かせてくれた、あの人の笑顔。

 この試合が終わったら、また必ずあの人に会いに行く。優勝旗を手にして、笑顔で待っていてくれるだろうあの人のところへ。

 

 誰かの思いと自分の思い、二つをまとめて強くなる。それが、西住みほの戦車道。

 

「それでは、これより最終作戦に入ります。目標は敵のフラッグ車。私たちあんこうチームと、フラッグ車同士の一騎打ちを狙います」

「つまり、タイマンですね!」

「アッハイ」

 

 五十鈴華、満面の笑顔。

 そういえば初めて会ったときになんだかんだで一緒に行った保健室でもタイマン張ったりするのか、とかなんとか聞いてきたような、とみほは思い出す。華道の家元の娘なのにどうしてこんなにタイマンが好きなんだろうと友人の謎に一瞬思いを巡らすが、とりあえず今は放っておこう。

 

「え、えーと……フラフラ作戦、開始します。パンツァーフォー!」

『おーーーーー!!』

 

 

◇◆◇

 

 

 市街戦、開始。

 整然とパンツァーカイルのまま突入した黒森峰だったが、それは平野部での話。道幅に阻まれて一列にならざるを得ず、どれほど連絡を密にしても頭数の問題で大洗側ほどの連携は取り辛い。

 

 結果、戦況は大洗の思惑通りに推移した。

 多数の敵戦車に追われながらも、我慢強く発砲を控え、冷泉ちゃんの的確な操縦で逃げ回るⅣ号。

 いつの間にか戦線を外れ、しかしⅣ号からつかず離れず機会を窺うポルシェティーガー。

 ティーガーⅡを含む3輌の戦車を単騎で引き受け、機動力で翻弄する八九式。

 最後尾から迫る最重装甲、エレファントとヤークトティーガーを引き受けるM3。

 

 大洗の、思惑通りだ。

 どの戦況を切り取ってみても、圧倒的な不利であることを含めて。

 おそらく、試合終了時にまともに走れる状態の戦車など1輌だって残らない。それだけの死闘が市街地のあちこちで繰り広げられている。

 西住ちゃんにとっては、身を切られるように辛い選択だったと思う。

 

 だが、西住ちゃんは信じた。

 みんななら、やり遂げてくれると。

 そして、たとえここで全ての戦車が傷ついても、いつか直して再びみんなと一緒に戦車道を出来る日が来ると。

 

 最終決戦の時が、迫っていた。

 

 

◇◆◇

 

 

「ヤークト、西住隊長のところに絶対行かせちゃいけない。ここでやっつけよう!」

 

 ウサギさんチームのリーダー、澤梓の決意がM3リーの車内にこだまする。

 相対するのはヤークトティーガー。いい加減スペック差を考えるのが嫌になってくるほどに層の厚い黒森峰の戦車の中でもシャレにならない大火力を誇る戦車のうちの1輌だ。

 ここに来るまでに昨夜みんなで寝ながら考えた戦略大作戦を駆使してエレファントを倒したが、それでもまだこんな怪物が出てくるあたり、自分たちが戦っている相手の強大さを今更ながらに思い知らされる。

 

 だがそれでも、逃げないと決めた。

 聖グロリアーナとの練習試合のときにやらかした敵前逃亡。それでも再び迎えてくれた大洗の仲間たち。黒森峰で自分の戦車道を否定され、それでも大洗で再び立ち上がったみほの勇姿。

 弱さは自分たちの身から出た。でもそれを乗り越える強さと憧れを、仲間たちからもらった。だから勝ちたい。相手がどんなに強力な戦車であろうとも、知恵と勇気と仲間とともに。

 それがウサギさんチームの戦車道。

 

「よっしゃー! やったるぞー!」

「目指せ重戦車きらー!」

「こっちだって、75㎜あるんだから! ……車体にだけど!」

「このチームを……舐めんなよぉー!」

 

 ヤークトティーガーにめっちゃつつかれながら、少しでも距離を取られれば主砲を回避不能の路地で相手にへばりついて奇跡的に後退を続けるM3。

 桂莉奈がなんだかんだいって操縦に熟達してきているからこその神業で、しかし無限に続く道はない。

 この道が終わるときが、ウサギさんチームの戦いが終わるとき。

 

 

「一か八かだけど……私たちならできる。私たちと、M3、あなたなら!」

 

 

 M3リーにてエレファント撃破と、ヤークトティーガーとの相討ち。

 初めての練習試合で乗員に逃げられた戦車は、強くなった。

 そして、撃破されてもなお誇らしげであったという。

 

 

◇◆◇

 

 

「河西! ちょっとスピード落としてティーガーⅡに張り付け!」

「はい!」

「近藤、他のチームの戦況は!?」

「ウサギさんチーム、エレファント撃破後にヤークトティーガーと相打ち! あんこうチームとレオポンさんチームはフラフラ作戦進行中です!」

「よし! 佐々木、密着次第撃ってやれ!」

「スパイク、行きます!」

 

 アヒルさんチームはティーガーⅡを含む3輌を引き付ける陽動を敢行していた。

 ティーガーⅡである。

 あのティーガーⅠの、単純な強化型とは言えないものの、正面から敗れた記録は見つかっていない、あのティーガーⅡである。

 対するは八九式。主砲でさえも57mm。戦車道のレギュレーションで見ても豆鉄砲も良い所である。と、評すとアンツィオ高校に泣きが入るのだが、ティーガーⅡの装甲の前ではその辺どっこいどっこいなのは変わらない。

 事実、ほぼ密着状態から側面に直撃させてもびくともしなかった。

 

 ……互いに走行中、追われている状況から速度を落として黒森峰戦車隊の陣形の中に割って入り、その後速度を同調させて敵側面に密着、そのタイミングを逃さず射撃という神業混じりではあったが。

 

 その技量は3対1の状況であってもなおゆるぎない。

 

「私たちは、どうあがいても黒森峰の戦車は倒せない。……でも! バレーと戦車道はチームワーク! 私たちにできることは全部やるぞ!」

「はい!」

 

 黒森峰部隊と並走する道路脇の斜面を登り、一段高い道を行く八九式。そこを狙うティーガーⅡの砲撃を、ほとんど兆候がなかったにも関わらず野生の運動部の勘で間一髪減速して回避し、再び前に出る。

 ドイツの重戦車とは比べ物にならない八九式でありながら、引きずり回した距離はどれほどか。少なくとも、みほたちが決着をつけるまでの間に最終決戦の場へ駆けつけることは不可能だろうほどに引き離した。

 

 あとは、最後の時まであがくのみ。

 

「最後まで状況の把握を怠らずに逐一伝えてくれ!」

「はい、通信は任せてください!」

「一瞬だって止まっちゃダメ! フットワークが私たちの武器よ!」

「鍛えた足腰は、この日のために……!」

「倒せなくても諦めない! 隙あらば撃ちまくれ!」

「弱点を狙いすませば、怯ませるくらいはできるかも!」

 

「そして……根性だ、八九式!」

 

 うおん、と一際大きくエンジンが鳴いた気がした。

 

 そう長くは続けられない戦車チェイスが果てるまで、アヒルさんチームはみんな真剣に、そして笑顔で。最後の瞬間まで戦車道を、楽しんだ。

 

 

◇◆◇

 

 

「はーいいらっしゃいませー。……ここは満員だ。入ることはできねーぜ!」

 

 ポルシェティーガー、仁王立ち。戦車が両の足で立つわけもないが、大体そんな感じである。

 

 みほたちあんこうチームが逃げ込んだ廃高校の中庭。間髪入れずにそれを追った黒森峰のフラッグ車。そしてそれに続こうとする後続を全て断ち切ったのが、戦車1台が通るのがやっとの入り口に陣取ったレオポンチーム、ポルシェティーガーである。

 足回りとエンジン回りに欠陥を抱え、普通に走っているだけでも火を噴く危険のある不遇の戦車。実際に決勝戦の間にもエンジンとモーターが死にかけたが、そこは自動車部の腕の見せ所。止まることすらせず走行中に修理して事なきを得るというとんでもないことをしてしのいで見せた。

 そして、今。

 ポルシェティーガーは最後の役目を果たす。

 

「悪いけど、ここから先は通せないんだなあ」

「私らに付き合ってもらうよー」

 

 いつものんきな自動車部は、こんな時も変わらない。

 こんな言葉をこぼしなているが、実際には黒森峰戦車隊の猛攻を浴びている真っ最中である。

 黒森峰フラッグ車に付き従う副隊長、逸見エリカが合流を邪魔されたことにガチギレ。狂犬の勢いで怒涛の砲撃を集中させているのだった。

 

「お前たちも、Ⅳ号の連中も! 西住隊長の邪魔をする者は、みな死ねばいい!」

「……ちょっと怖いかなー?」

 

 戦車乗りは血の気が多い。試合の最中に少々物騒な言葉を口走ってしまう程度、気合の表れの一つとされている。

 

「これまで色々チームの足を引っ張っちゃったこともあったけど、こと門番なら負けないよ」

「足回りを気にしなくていいからね。……自動車部的にはそれもどうかと思うけど」

「ま、あとはのんびりやろうよ。それがあんこうチームのためにもなるし」

「……それじゃ、もう少しだけ頑張ろうか。踏ん張りどころだよ、ポルシェティーガー!」

 

 砲弾の雨の中、それでも揺るがぬ虎がいる。

 この前門、王者をしてやすやすと破れるものではない。

 

 

◇◆◇

 

 

「これが、本当の意味での最終決戦、か……」

 

 観客席が、静まり返る。

 ざわめきすらない静寂が満ちた。

 音と言えば風と鳥、そしてモニターに映る試合状況と遠雷のような砲声のみ。それらがはっきりと耳に入る静寂と、緊張。観客席まで飲み込み、この試合の終わりが近いことを雄弁に語っていた。

 

 大洗女子学園VS黒森峰女学園による、高校戦車道全国大会決勝戦。

 その趨勢は、西住ちゃんが描いた絵図面の通りフラッグ車同士の一騎打ちに収束していた。

 高校校舎に囲まれ、入り口はポルシェティーガーが封じる逃げ道のない中庭。戦車が縦横無尽に走り回るには狭く、しかし戦術を駆使するには十分な遮蔽と道幅。この場で勝利を収めた者こそまさしく最強の名にふさわしいと、誰もが認める決戦場。

 その地に相対するのは、西住流。

 

 西住流そのものと言っていい後継者候補筆頭たる本家長女、西住まほ。

 西住流に生まれ、西住流に否定され、しかし新たに自分の戦車道を見出した次女、西住みほ。

 西住の名が頂点を決する、これはそう言う戦いだった。

 

「いい、試合ですね」

「……」

 

 そのとき、俺のお隣さんの返事は無言。

 目を逸らすことなくモニターに映る空撮映像に心を飛ばし、娘二人を見守るその口から、否定の言葉は出なかった。

 

 対峙し、見つめ合う西住姉妹。

 まほさんが何かをしゃべり、西住ちゃんが返事をして、拳を向ける。

 

 ああ、複雑だ。

 早く決着を見たいという気持ちがある。

 早く西住ちゃんに楽になってもらいたいとも思っている。

 

 だが、願わくばこの時間が永遠に続けばいい。

 戦車道で姉妹の心が通じ合うこの時はきっと西住ちゃんにとっての救いになってくれるだろうと、そう願う心も確かにあった。

 

 

 ……いやだってさ、複数対複数がデフォの戦車道の試合で、マジもんの一騎打ちだよ!? 自動車部が踏ん張る限り外野の無粋があり得ない、本気のタイマン。しかも西住ちゃんとそのお姉さん! 見てるだけで滾るでしょ!?

 

 瞬きをせずにはいられない人の身が憎い。

 当然この試合の中継は可能な限りの高画質で録画を予約してあるが、これからの生涯で何度繰り返し見ることになるのやら。瞼に焼き付くほど心と体に刻むことだけは、確実だった。

 

 

◇◆◇

 

 

「西住流に、逃げるという道はない」

 

 姉の言葉が胸に刺さる。

 逃げて、逃げて、逃げた果てにどういうわけかたどり着いたのは再び姉の目の前で、今は互いのチームでフラッグ車を預かる身。どちらかが倒れるまで終わらない、決戦の二文字が二人の間に横たわっている。

 だがそれでも、これを越えた先の未来を見てみたいと、みほは願う。

 相手は姉。これまでの生涯、常にみほの前を進んでいた相手。

 尊敬していた。見上げていた。

 それは今も変わらない。

 一年前の自分であれば、きっと足が竦んでいただろう。

 

 でも、今は違う。

 

 視線を落とせば、戦車の中からこちらを見上げてくれる仲間の視線に信頼が宿っている。

 目を閉じれば、瞼に浮かぶ店長が根拠もなしに信頼しきった笑顔を向けてくれる。

 ならば戦おう。自分の戦車道は、みんなと笑うためにある。

 

 もとより定めた覚悟を再認識して、みほは口を開く。

 

「大洗女子学園、Ⅳ号戦車、あんこうチーム。……タイマン張らせてもらいます!」

 

 拳とともに宣戦布告。

 学園の命運をかけた最後の戦いの幕が切って落とされた。

 

 

◇◆◇

 

 

 両雄激突。

 いや、どっちも女の子なんだけど、いずれにせよ西住ちゃんとまほさんの対決がついに始まった。

 決戦の舞台である高校の中庭は、中央にいくつかの建屋を囲み、いくつか横に区切りが入った回廊状の構造をしている。必然的に戦いは回廊を巡る形となり、追いつ追われつ、あるいは左右両脇の道を並走しての撃ち合い、そして片端の広場での正面からの激突が行われる。

 当然、逃げ場はない。

 決着はすぐにつく。

 

 そう、思われていたのだが。

 

「おおおおお!? どうしてあの道幅で後ろから撃たれて避けられるの!?」

「シュルツェンって徹甲弾も防ぐんだっけ」

「ちょっと。ねえちょっと。並走してる間、建物の隙間から行進間射撃して、1発目が至近で2発目当ててたんだけど」

 

 戦況は、一進一退の白熱した展開を見せた。

 それもそのはず、ティーガーⅠとⅣ号の車長は西住姉妹。戦車の性能差こそあるが、大洗側の乗員の練度は決して黒森峰のエースチームに劣るものではなく、しかも車長どうし互いの手の内はわかり切っている。

 結果、戦況は全くの互角と相成った。

 この戦いの勝者を決めるのはどちらが強いかより、どちらがより先を見据え、そこに至るための布石を打てるかで決まる。

 

 そのことを、西住ちゃんもまほさんも本能で理解しているのだろう。

 自分の行動すら制限することを覚悟のうえで榴弾によって通路を塞いだまほさん。

 そのがれきの山に突っ込むことなく気付いた西住ちゃんはすごいが、その後背後に回り込まれることを察して激突上等の全速後退での回避なんて、GPSか何かで互いの位置を把握してるとしか思えない。

 まほさんはまほさんで必殺を期したその攻撃が止められても何事もなかったかのように距離を取って仕切りなおすし……控えめに言って、戦車道好きを自認する俺でさえ見たことのない激戦だ。

 1秒1秒に、その10倍では聞かないほどの密度が込められているような錯覚を現実と感じるほどの濃密な時間。

 死力を尽くし、勝利のため、仲間のため、女の子たちがぶつかり合うこの時間。

 俺がこの世で最も尊いと信じる、ガールズ&パンツァー(女の子たちと戦車)がここにある。

 

 ただただ幸せなその時間。

 瞬きは最小限に。涙はあとで枯れ果てるまで流せばいい。

 だから全てをこの目に焼き付けよう。

 この苦しいほどにせつなく、狂おしい程に幸せなこの時間を。

 

 だが、それも。

 

「……次で終わりね」

「はい」

 

 西住師範の言葉の通り、もうすぐ終わりを迎えるだろう。

 最初の対峙と同じく中庭広間で向かい合うⅣ号とティーガーⅠ。西住姉妹。

 きっと残り少ないだろう残弾と、撃破されたポルシェティーガーが回収されるのを待たず強引に侵入しようとするエリカさんのティーガーⅡ。大洗に残された時間は少なく、次の激突が最後のチャンスになるのは間違いない。

 

 広間で向かい合う西住ちゃんとまほさん。

 この決戦が始まったときと同じ構図で、しかし決意も覚悟も段違いであることがモニター越しにさえ伝わってくる。

 もう、ここまで来れば言葉もない。

 自然と組んだ指に力を込めて、瞬きの一瞬すら惜しんで、西住ちゃんたちの勝利を願う。

 

 

 そして、動いた。

 

 

 Ⅳ号が走る。

 ティーガーが旋回してその動きを追う。

 

 決着の時だ。

 

 

◇◆◇

 

 

「……お願い、神様!」

 

 通信手、武部沙織は祈った。

 チーム全体を一つの作戦の元結びつけるために欠かせない通信手であるが、この最終局面に至って、彼女にできることはなかった。

 ウサギさんチームは黒森峰の中でも特に脅威となる2輌を撃破して散った。

 アヒルさんチームは主力級の小隊をこの場から引き離して撃破された。

 レオポンさんチームは倒れてなお中庭への入り口を封じ、時間を稼いでくれた。

 そうしてあんこうチーム以外全てのチームが撃破された今、通信を届けるべき相手はいない。

 だから、沙織にできるのは祈ることだけだ。

 みほの願いが届くように。大洗の未来がつながるように。ただひたすらに祈る。

 

 そして、待った。

 通信手に残された、本当の最後の仕事。

 仲間たちに勝利の喜びを届ける、そのときを。

 

 

 

 

「最後の一撃は、切ない……!」

 

 砲手、五十鈴華は極限の集中状態にあった。

 照準器越しに見る世界は灰色で、1秒が何倍にも引き延ばされて知覚される。それでいて、周りのことは手に取るように分かった。

 ティーガーⅠとⅣ号の位置関係、麻子が歯を食いしばり、沙織が小声で祈り、優花里が叫びながら装填し、みほはひたすら前を見据える。

 空気の流れも感じ取れるほどの境地。何度か花を生けるときに至ったことがある。そんなときは、決まって会心の作品と出会えた。

 だから、今回も同じだ。一瞬一瞬の景色をついさっき見たように思える、予知と言えるほどにさえ状況を見通すいまの華が放つ一撃に、必中以外はあり得ない。

 

 この試合が終わったら、花を生けよう。

 店長のところから適当に気に入った花を分けてもらってこよう。

 ここで見た景色を華に託せば、きっとまたいいものになるはずだから。

 

 トリガーに指をかける。

 勝利はこの手の中にあると、疑いなく信じた。

 

 

 

 

「はいだらあああああああ!」

 

 装填手、秋山優花里は吠えていた。ちなみに叫ぶ内容に意味はない。

 みほから「装填をもっと早く」と言われたならば、たとえ火の中水の中草の中森の中、土の中雲の中みほのスカートの中。どこからだって砲弾を引っ張り出して最速で主砲に叩き込んで見せよう。日々の筋トレは伊達ではない。

 

 装填手はその役割上、外からは極めて目立たない。だが決して欠かすことのできない役割を担い、ましてみほに頼りにされた。

 1年前の決勝でみほの戦車道に憧れて、偶然からとはいえ同じチームで、同じ戦車でここまで来れた。その歓喜がどれほどのものか、みほでさえ正確には量れていないだろう。その辺理解しているのは、それこそ店長くらいなもんである。

 

 勝敗の瀬戸際、勝つか負けるかはチーム全員の働きにかかっている。みほの指揮のもと、そんな状況に関われたことが優花里は嬉しくて仕方がない。麻子による、豆腐屋のハチロクで峠の下りでも攻めているのかというレベルのドリフトで横Gが掛かる中、優花里は戦車道が求める女子としてのあれこれを彼方へぶん投げて砲弾を持ち上げ、主砲に装填する。

 これこそが、まぎれもなく勝利のカギだと信じて。

 

 

 

 

(……すまん)

 

 操縦手、冷泉麻子は心中でⅣ号に謝った。

 麻子ほどの操縦手にしてみれば、戦車はもはや手足と同じ。Ⅳ号が可能な挙動は全てが実現可能な機動となり、同時にその身に受けた痛みの全ても我がことのように知覚する。

 Ⅳ号はボロボロだ。勢いをつけてドリフトに入ったが、その慣性を使い尽くせばもう自力では動けない。

 みほに宣言した通り、右の履帯は千切れた。転輪も弾け飛んだ。それを人の身に移し替えればどれほどの痛みになるか、想像するだけで眩暈がする。

 

 だが、それでも。麻子は操縦桿を通して命じ続けた。

 

 吠えろ、Ⅳ号。

 お前が真に軍用馬(ワークホース)と讃えられたものならば、友の想いも彼方に運べ。

 かつて彼女が家族と別れたその道が、再び交わるその地まで。

 

(手が届くのに手を伸ばさなかったら、死ぬほど後悔する。……だから西住さんは、必ず届ける)

 

 試合時間は長く、操縦桿を握る手はしびれてきた。

 だがそれでも、麻子の握力は揺るがない。

 

 もしかしたら、この手を誰かが支えてくれたのかもしれない。あの日以来、どれだけ手を伸ばしても届かなかったあの人たちが。

 愚にもつかない妄想を、しかし真実であると、麻子は信じた。

 

 

 

 

「グロリアーナの時は失敗したけど、今度こそ……!」

 

 車長、西住みほは勝利を誓う。

 みほが為そうとしている、後方に回り込んでの一撃。それは決して簡単なことではなく、全乗員の高度な練度と連携を必須とする、黒森峰時代でさえ実現できたかは怪しい絶技だ。事実、聖グロリアーナとの練習試合の時にはできなかった。

 ダージリンに行動を読まれていたことが大きかったが、あの時点ではそうでなくとも無理だったかもしれない。

 だが、今なら必ず。みほは仲間たちを信じる。

 

 思えば、自分の人生はままならないことばかりだったようにみほは思う。

 恵まれていたのは間違いない。戦車道の宗家に生まれ、幼いころからその道を歩んできた。いまもこうして全国大会決勝の地に立っていることから、適性もあれば運もあったのかもしれない。

 だが、自分が見ていた道と家族が望んだ道は交わらなかった。

 1年前に起きたことは、きっと生涯みほの心に刻まれるだろう。

 

 それでも、みほは自分が幸せだと信じられる。

 仲間がいる。みんながいる。勝利を届けたい人がいる。

 そのために、戦える。

 戦車道は乙女の嗜み。強く優しく美しく、女性を育む鉄の道。

 

 今のみほは、その道を歩むことに迷いがない。

 

「負け続けの私だけど……今度は私の勝ちだから!」

 

 たとえ姉にだって勝って見せる。戦車の上でありながら横に流れる視界の中で、みほは前を、勝利を、見据えていた。

 

 ティーガーⅠの砲塔がこちらを追随して旋回する中、背後に回り込むⅣ号。俯角を取る互いの主砲。

 そして、轟音。

 

 

 視界を覆う煙と吹き付ける熱風。

 誰もが固唾を飲んで見守る中、風が勝者を教えてくれる。

 

 複雑な表情のみほ。

 吹っ切れたように笑うまほ。

 

 そして。

 

 

『黒森峰女学園フラッグ車、行動不能。よって、大洗女子学園の勝利!!』

 

 

 歓喜と称賛の叫びが、爆発した。


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