「自動車部! 徹夜してでもその戦車を次の試合までに整備するんだ!」
「無茶言わないでくださいよー。これ、只者じゃないみたいですよ? あと徹夜作業は明日都先生が許してくれないんで無理です」
「ティーガーのようでティーガーじゃない、でも一応ティーガー。ポルシェティーガー、か」
「だがあれはレアだぜ」
「何言ってるんですか店長と会長」
大洗女子学園艦深部。
今日はこの地でかなり大規模な発掘が行われていた。
地上からここまでの層を構成する床と天井を取り払い、作り出された巨大な穴の上にクレーンを置き、ウサギさんチームが遭難しつつ発見してくれた新しい戦車をいよいよもって引き上げている。
戦車の置かれた場所が場所。どう考えても戦車が入れるはずがなく、建造途中に入り込んで取り残されたか、あるいは一度バラして持ち込んで組直したかという、大洗の戦車の中でも屈指の謎を秘めたポルシェティーガー。
さすがに今の状況ではバラして地上へ運んでそこで組みなおす、などとやっている暇はなく、生徒会権限で一時この一帯の区画を封鎖して一気に地上へ釣り上げるという方法をとることとなった。
「なんかいろいろとヤバそうなんで、まともに動かすためにはちょっと時間かけないとダメみたいですねー。……その代わり、実戦投入できるようになったらこの子の面倒は私たちが見ますよ。だいぶいじりがいのある子みたいですから」
「頼んだよー、ナカジマー」
「任せて店長ー。また夜遅くまでかかるかもしれないから、お店開けといてねー」
「了解。ドリンクバーも用意しておくってツチヤに言っといてー」
しかし前途多難だ。
ティーガーの名は伊達ではなく、性能は折り紙付きといえなくもない。ただこう、ポルシェティーガーは安定性に欠けるというかいろいろ不安要素も多い戦車なわけで。イメージ的には、コンペティションで爆発四散した試作機みたいなヤツだ。
だが、それでも自動車部なら、自動車部ならなんとかしてくれる。
これまでも数々の戦車を直して性能アップまでしてくれた自動車部のみんななら、きっと使いこなしてくれるはず!
ゆっくりと釣り上げられて、目の前を上がっていく戦車のパーツを眺めながら、俺はそう信じた。
「……ねえ、みんな。ポルシェティーガーって腕生えてたっけ?」
「はい? ……あ」
「かーしま。たぶんこれ、違うヤツ」
「なんですって!? ……ああああ! ほんとだ! なんだこれ……車体の上に砲塔じゃなくて人の上半身みたいなのがくっついてる!?」
信じたんだけど、なんかうっかり別のものをほじくり出しちゃったみたいでね?
きっと、名もなき傭兵たちの戦場から紛れ込んじゃったんだろう。
「やっぱ店長いるとダメだね」
「次に戦車を探すときからは近くに来たら追い払いましょう」
「みんな、ひどい」
だがまあ、とりあえずは目の前の試合だよね!
「……お? さっきの戦車っぽいヤツの下に主砲発見! 会長ー! これどうしますー?」
「……ねえ杏ちゃん。あれ主砲じゃなくて主任砲に見えるんだけど」
「……厳重に封印させておくよ」
そう、目の前の試合。
今目の前で発掘されたものなんて、見えないですよ?
◇◆◇
戦車道全国大会、2回戦。
今回のフィールドは、1回戦以上に開けた場所の少ない荒地と山岳地帯だ。
森林がフィールドの大部分を占め、街道こそ整備されているが見晴らしのいい地形はほとんどなく、あったとしても起伏に富んだ荒地程度。偵察と機動力を有効に活用して、相手に気付かれず自分たちだけが有利な状況を作り出すことができたチームに勝利がもたらされるだろう、なかなかにテクニカルな地形だ。
そんな感じのことを、西住ちゃんが試合直前のミーティングで話していた。
ちなみに、俺はみんなに差し入れ配り中。うちの店の商品が中心だけど、試合中に戦車の中で食べられるようにしたさつまいものお菓子類や普通のジュースなどの飲み物を提供させてもらってます。
特に干しいもは大洗女子学園生徒会推奨品とされていて、最近杏ちゃんの写真をパッケージに使った商品も開発しました。そのうち陸の方の大洗のまいわい市場にも置かせてもらえないかなー。
「試合が始まったら、まずはアヒルさんチームとウサギさんチームで斥候をお願いします。相手の戦車は小さくて軽いですが、だからこそこの地形では隠れやすくて奇襲を受ける可能性があります。みなさん、常に周囲を警戒してください」
「はーい!」
うんうん、西住ちゃんも隊長が板についてきた。
元々指揮官としての能力は申し分なく持っている子だったけど、戦場以外でもチームを、それもロクに経験者もいない愚連隊をまとめ上げているんだから、そのすごさは並大抵のものではない。
ほんともう、立派になって……!
「たのもーう!」
そんな感慨に浸っていた、そのとき。
大洗女子学園チーム全員に届く声がする。
振り向く先から近づいてくるのはオープントップのトラック。戦車道連盟のものでもなければ、大洗のものでもない。そう、あれはアンツィオの車だ。
運転しているのは金髪の女の子。アンツィオ生にしては珍しい、落ち着いた雰囲気。
そしてもう一人目立つのが、フロントガラスの縁に片足を付けて自信満々な顔をした、やたらとカリスマのあるツインテールの子。
戦車道雑誌を愛読する俺は各校の隊長くらいは一応把握しているが、仮にそんな前情報がなくても一目見ればわかっただろう。
彼女こそ、アンツィオ高校のリーダー。
ドゥーチェこと、アンチョビだ。
「やあチョビ子」
「チョビ子言うな! アンチョビだ!」
「何の用だ、安斎」
「アンチョビだ! もしくはドゥーチェ!」
早速杏ちゃんと桃ちゃんに弄られているが、ほぼ焼け野原だったアンツィオ高校の戦車道を3年間で全国大会でも十分戦えるチームにまで持ち直した手腕は本物で、近年設立されるというプロリーグに参戦しそうな実業団チームから目をつけられているとかいないとか。
そんなアンチョビが試合前の挨拶にやってきた。アンツィオらしい、煽りと礼儀正しさの同居した行いだ。
大洗もアンツィオと似たような状況なので、いろいろと学ぶことはあるだろう。強敵であると同時に先達でもある彼女とも、仲良くなれると嬉しいな。
その時の俺は、確かに幸せだった。
だが、甘かった。
この試合に臨むとき、俺は実際に戦う西住ちゃんたち以上の覚悟を持って、この場に立たなければならなかった。そのことを知ったのは、すべてが手遅れになった後だったが。
◇◆◇
「たかちゃん!」
「ひなちゃん?」
聞き覚えのある声に、カエサルは振り向いた。
忘れもしない、親友からの呼び声。予想はしていた。だがこんなところで会えるとは思っていなかった、小学校のころからの友達。今でもネットや電話では毎日のように話している彼女が、そこにいた。
「わあ! 本当に戦車道始めたんだ!」
「うん! ひなちゃんと一緒だね!」
幼いころから戦車道をやっている彼女の姿を見て、少しだけうらやましいと思っていた。チャリオット道だったらなーと当時は思わないでもないカエサルだったが、今はいろいろあって、二人は同じ道の上にある。
重ねた手の暖かさは昔から変わらず、それでも少しだけごつごつした感触はきっと戦車が彼女に与えたもので、今は自分にも備わっている。親友との絆がまた深まった気がして、カエサルはますますうれしくなる。
「どの戦車に乗ってるの?」
「秘密ー。でも、もし機会があったらタイマンしよ」
「うん、もちろん! 楽しみにしてるね!」
二人は親友だ。
だからこそ、互いの全力を尽くすことにためらいはない。数えきれないくらい笑いあって、数えられるくらいには喧嘩もして、喧嘩と同じ数だけ仲直りしてきた。だからこそ、知りたい。自分と相手の全力を、打ち込んできた時間の全てを。砲火をかわせば、それはきっと通じ合う。
試合開始までの時間はもう間もなく。すぐに離れるこの手はきっと脅威として立ちはだかる。だがそれが、今はどうしようもなく楽しみだ。
その気持ちを共有し、最後に少しだけ名残を惜しんで強く握り、手を放す。
「それじゃあ、もう行くね。試合、がんばろう」
「負けないよ」
試合前に交わせる言葉はこれが限度。あとは戦車で語るのみ。
だがそれは決して悲しいものではない。湧き上がる興奮と期待。ひなちゃんはずっとこんな思いで戦車道をしていたのかと思えば、選択必修で仲間たちと一緒に戦車道を選んだことを改めて誇りたくなってくる。
「……なんだ」
なってくるのだが。
「カエサルの意外な一面、だな」
「たーかちゃん、ぜよ」
「ひゅーひゅー、お熱いねえ」
「っ! うるさい!」
ここぞとばかりに煽ってくるのだけは、勘弁してもらいたい。
まったく、別にいいではないか。少し旧知の親友と会ったのだから、喜ぶことくらい……とまで考えて、カエサルはふと気づく。
なにか、静かすぎやしないか。
カエサルはひなちゃんと昔から仲がいい。そこに恥じることなど何一つないし、アンツィオとの試合で顔を合わせる機会もあるに違いないから、そのときはこうなるだろうと大体予想していた通りでもあった。
だが事前の予想では、このときもっと別のことが起こるだろうと思われていた。
そう、こういうのが大好きなバカが、やたらと興奮するはずが。
「あれー、店長こんなところでお昼寝ですかー?」
「きっと死ぬほど疲れてるんだよー。寝かせてあげよう」
「……店長ー!?」
なんか物陰で、ものっそい幸せそうな表情で天に召されかけているのだからして。
「て、店長さん!? しっかり!」
「ん? 『ひなちゃん たかちゃん』。これは……ダイイングメッセージ!」
「いや、一応まだ生きてるぜよ」
戦車に背を預けた店長の体からは力が抜けきっている。ぐったりと垂れた首。しかしその顔に浮かぶのは満足げな表情で、まるで引ったくりを成敗した後、逆上されてナイフで腹を刺されながらも友の結婚式に駆け付けたかのように安らかな顔だった。
そして、その手元には地面に書いたダイイングメッセージ。死因や犯人を書くものだが、まさしくこの男の場合はカエサル達こそが直接心臓を止めに来た凶器であったことだろう。
「ひなちゃんとたかちゃんが繋ぐ掌の間で潰される蚊になりたい……」
「正気に戻ってください! 店長さん!」
「店長の場合、割と平常運転のような気もしますが」
襟をつかんでがっくんがっくんと必死に店長の首を揺らして呼びかけるみほ。
この期に及んで全く心配していない華の評こそが正しいのは、特に気にしていない周囲の反応からも明らかだろう。この男がこの程度でくたばるわけがねーのである。
ちなみにこの後も恍惚としたまま現世と天国のはざまをうろついていた店長であったが、しびれを切らしたみほがビビビビーンとビンタをかますことでなんとか意識を取り戻すに至った。
「ハッ!? あ、危ないところだった……! 起こしてくれてありがとう、西住ちゃん。西住ちゃんの呼びかけと、15個の眼魂がなければ即死だった……」
「いつの間にそんなの持ち込んだのでありますか」
そもそも当人がばっちり対策仕込んでいるのだから、なおのこと。茶番臭さがひとしおである。
2回戦でさっそく緊張とは無縁になりつつある、大洗女子学園戦車道チーム。
アンツィオ相手にはこのくらいでちょうどいいのか、彼女らが置かれた状況を知らぬが仏なのか。
彼女たち自身がそれを判断する日は、まだ少しだけ先の話である。
◇◆◇
二回戦で注目すべきは、何といってもどちらが先手を取るかに尽きる。
視界が狭く、入り組んだ地形での戦車戦。
アンツィオ高校の主力たるCV33は八九式でも撃破可能な紙装甲。だがアンツィオにも大洗の戦車を撃破可能なセモヴェンテ、あるいはフラッグ車であるP40がいる。
CV33が機動力と小柄さを生かして奇襲をかけ、その混乱をついてセモヴェンテの一撃、などといったことが極めてやりやすい地形だ。
当然その危険性はアンツィオ側にもある。
P40は重戦車とはいえⅣ号と近い車両だから、Ⅲ突辺りに待ち伏せを食らえば即落ちすらあり得る。
そのためこの試合の勝敗は、いかにして相手の動きを読み、誘導し、優位な状況に立つことができるかにかかっている。
指揮官の腕と頭脳、仲間との連携。似た境遇にある大洗とアンツィオの絆の勝負。それがこの、全国大会第二試合だ。
で、結果は。
「あぁ……うぅ!」
『アンツィオ高校フラッグ車、行動不能! よって、大洗女子学園の勝利!』
総評を述べるなら。
アンツィオ高校は弱くない。いや、強い。
主力の戦車が小さく小回りが利く点を生かし、フラッグ車の護衛を最小限にして最大速度で展開。街道上の主要地点を瞬く間に抑え、デコイで大洗の行動を抑えつつ包囲を狙う。
作戦は悪くない。索敵と慎重を旨とし、相手の出方を見て臨機応変に対応する、言い換えれば会敵時は後手に回りがちな西住ちゃんの指揮に対する相性も良かったし、それを遂行できていた。
勝負は時の運。
強い方が勝ち、至らなかった方が負けるのが世の常だが、番狂わせは常に存在する。戦場はイレギュラー。そこで舞う女神の機嫌は1秒で反転し、祝福のキスは寸前で逃げられ相手にもたらされるなどザラなこと。
では、アンツィオは何が悪かったのか。
戦車の質か。練度か。地形か。運か。
否。
それらすべて、アンツィオは大洗に対して劣るものはあっても劣悪ではなかった。
だがただ一つだけ、足りないものがあった。
悲しいことにそれは、「オツム」と評されるものだった。
「いやー、すんません姐さん! うっかりデコイ全部使っちゃって!」
「ああ、うん。……仕方ないな。CV33部隊の子全員に2個は予備だって言っておいたのに、きっちりしっかりがっつり全員で忘れたんだもんな」
「はい!」
「忘れてましたすんません!」
「ついノリと勢いで!」
よよよ、と涙をこぼすドゥーチェの悲哀がそこにはあった。
副隊長の片割れ、ペパロニは決してバカではない。先遣隊を率いての行動は迅速だったし、そもそもからして人数が増えれば増えるほど弱くなるというイタリア式の弱点を発揮させず、八九式との機動戦でも立派な戦いを見せた。なんというか、暴走族の副長みたいな子だ。
ただまあ、アンツィオのノリと勢いを純粋培養したような子なのが長所にして短所でもある。突っ走るとどこまでも行けるのだが、方向を間違えるとそのまま気付かず明後日の方に走り去る。そんな子なのだ。
結果として、今回の試合は大洗が勝った。順当、ともいえる結果だ。
だが、その中で得たこともまた多いだろう。
アヒルさんチームは一丸となってCV33を5輌も撃破するという快挙を成し遂げた。
カバさんチームはセモヴェンテとの一騎打ちを演じた。俺ほどの者になると、ぶつかり合うⅢ突とセモヴェンテの背後に二人の少女達の賢明な表情が見えるくらいなわけで、ほぼイキかけました。
ウサギさんチームも、なんと試合での初撃破をマーク。敵の合流を阻止するために追いかけながらもあえて停止射撃を敢行する冷静な判断力は、きっと今後大いに彼女たちの助けとなることだろう。
試合会場には、ちらほらと他校の生徒の姿も見えている。
かつて大洗と戦った聖グロリアーナとサンダースの制服姿も見かけたが、それでも他校からの注目自体はさほどでもないはずだ。強豪校はきっと黒森峰やプラウダの動向に注目して、この試合はまぐれで一回戦を勝ち上った弱小校どうしのぶつかり合い、くらいにしか思っていないはずだ。
だが、今日の試合で大洗は強くなった。
技術も心構えももちろんのこと、彼女たちの戦車道が、今日間違いなく、強くなったんだ。
◇◆◇
「いやあ、負けたよ。見事だったな、大洗女子学園!」
「あ、アンチョビさん……」
試合後。
勝利を喜ぶ大洗女子学園メンバーの元を訪ねてきたのは、アンツィオ高校のアンチョビだった。試合前の不敵な宣戦布告とは明らかに違う、和やかな雰囲気。
その姿に、みほは少なからぬ衝撃を覚える。
ついでに、そのときアンチョビがみほにしたハグを見て店長はまた死にかけた。
「店長殿がまた死んでおられるぞ!」
「放っておけ。勝手に蘇生するから」
試合に負けたのに、相手とこんな風に話をすることができるなんて。そんな戦車道があるなんて。
みほはまた、新しい戦車道を知る。
「おめでとう。まあ次は勝たせてもらうがな!」
「はい、ありがとうございました」
「うん。……さて、これで試合の諸々はいいだろう。お楽しみは、これからだ!」
「お、お楽しみ……?」
エンタメ感溢れるドゥーチェの叫びは、アンツィオのくびきを外す主の合図。待ってましたとばかりに現れたのは、大量のアンツィオ生だ。
「それいけー!」
「テーブルOK! クロスかけろ!」
「料理、いい感じにあったまったよ!」
「配膳急げ! 温かいものは温かいうちに! 冷たいものは冷たいうちに!」
「おー!」
「……すごい物量と機動力」
「電撃戦でありますな」
そして始まる、アンツィオの真骨頂。
試合中以上の機動力で駆けつけたのは、いわゆるフィールドキッチン。移動式調理機材だ。
そしてあちこちに並べられる組み立て式のテーブル、そこにかけられる純白のテーブルクロス、次々並べられる皿と器とごちそうの数々。
戦車道の試合直後にいきなり何が始まったのかと気圧されていた大洗の面々だったが、アンツィオがイタリアの流れを汲む学校だと思い出せば納得もいく。
「我が校は食事のためならどんな労力も厭わない! ……この熱意を、もう少し戦車道に注いでくれたらなーとかドゥーチェ思ったりしてないぞ? 本当だぞ?」
そんな現状にドゥーチェとして思うところがないでもない様子だったが、同時に深い諦めも感じる。
確かに、とみほは思う。あの超楽しそうな顔、ご飯をお預けされたらきっと生きた屍になるだろうことは確実だった。
「……だけど、本当に楽しそう」
「そうですね、西住殿」
デュエルをすればみんな仲間、とは海老のような頭をしたカウンセラーの人が言ったとか言わなかったとかいう言葉。アンツィオにもそれは当てはまるのだろう。
自分たちのチームと、対戦相手と、関係者スタッフをねぎらう試合後の宴会。準備をしているアンツィオの生徒は一人の例外もなく楽しそうだ。
みほは、大洗に来て初めて戦車道の楽しさを知った。
仲間と一緒に乗る戦車はそれまでの人生で乗ったどの戦車よりも楽しく、尊く、そして強かった。
きっとこの空の下、全ての女の子の数だけ戦車道がある。もちろん、みほの歩むこの先にも。
それは、どんなに素晴らしいことだろう。これからも大洗で戦車道を続けて、こんな風に仲間とも対戦相手とも笑いあって、胸を張って自分の戦車道だと誇れる何かを見つけられたら。
アンツィオの笑顔には、そう思わせるだけの何かがあった。
「さて、それでは準備はできたな! せーの!」
「いただきます!!」
「さすがアンツィオ! これだけパスタマシンがあれば湯水のようにパスタが作れるぜえー!」
「うおー! このパスタうめー! ……って、アニキ!? アニキじゃないッスか! どうしてここに!?」
「お、久しぶりだなペパロニ。試合見てたぞー。……もう少し隊長の指揮はしっかり聞こうな?」
「うああああ!? アニキに恥ずかしいところ見られてたー!?」
「……店長さん、すっごくなじんでるね?」
「サンダースの時もそうだったけど、なんでか一度は対戦相手の側にいるよね」
一方、ひなたかショックから復活を遂げ、試合もばっちり観戦し、アンチョビのスキンシップによる衝撃からも復活した店長は、なんかパスタを作っていた。
当人も忘れかけていたが、一応自分の店でもパスタをメニューに載せている身。しかもアンツィオはいかにもらしく、パスタマシンすら持ち込んできていた。生地の方はどこから持ち出したのか知らないが、それらを駆使して次々パスタを作り、ソースを作り、フライパンで絡めて料理をどんどこ作り足している。そしてパスタに目がないアンツィオ生と華が作るそばから食べている。
「あ、西住ちゃん。それにみんなも。この前は機会がなかったけど、よかったら今日はパスタも食べていってね」
「なに、アニキのパスタ食ったことないのか!? めちゃウマだぞ! ほらほらどんどん食え! あたしの名前はペパロニだ!」
「あ、はい。どうも。……なんだろう、ペパロニさんはお姉ちゃんに似てるわけじゃないけど、なんでかお姉ちゃんっぽいような」
「お、そうか? いやー、実は私もなんとなく妹っぽくてほっとけない気がしててさ」
そんな店長の元に行ってみると、次々作られるパスタを華と並んで一品も逃さず食べているペパロニに絡まれた。テンションが高い、アンツィオの副隊長。アンツィオらしさの粋を集めたような子なのだが、みほななぜだか他人のような気がしない。それもまた、この楽しい雰囲気のなせる業なのだろうと、とりあえずそう納得しておくことにした。そうでないと別の次元から謎の記憶がよみがえりそうだ。
「アニキ! そこらに生えてたバジル摘んできました! これでジェノベーゼ作ってください!」
「いいだろう。誰か、松の実とすりばちを持てい!」
「よし、そろそろペペロンチーノ作るか。ニンニクたっぷりのヤツ。明日彼氏に会えなくなる業を背負う覚悟のある者共、であえい! ……全員か! さすがアンツィオ生!」
「くやしい……っ! でもニンニクの匂いが食欲をそそる!」
「……店長大活躍だな」
「大皿で分け合ってるのを見てすごくほっこりした顔してるし、趣味に合ってるんじゃない?」
もはや、完全にアンツィオ側、提供側に回っている店長であった。たくさんのアンツィオ生と華に囲まれ、店長がふるまうパスタは食べる者すべてを笑顔にしている。
楽しい時間、楽しい戦車道。みほははっきりと自覚はしないままに知る。
これもまた戦車道。
これもまた許されるのが、戦車道なのだと。
かつて逃げ出した過去を忘れたわけではない。だがそれでも笑える今は尊いはずだと、みほは静かに確信した。
大洗女子学園、全国大会2回戦突破。
次はいよいよ準決勝。
その対戦相手は、聖グロリアーナ、サンダース大付属、黒森峰と並び称される四強の一角にして、前年度の全国大会において10連覇を目前にしていた黒森峰を破った覇者。プラウダ高校。
そして何より、みほが戦車道を離れるきっかけとなった因縁の相手。
プラウダの主力であるT-34はオーパーツじみた強さで知られ、しかも準決勝からは試合に投入可能な戦車の数が20輌へと倍増する。不利に不利が重なって、1回戦のサンダース戦以上に勝ち目のない、そんな試合になるだろう。
しかしそれでも、大洗は勝たなければならない。
勝たなければ、未来はない。
みほたちがそのことを知るのは、次の試合のその最中。
誇張ではない。
大洗女子学園チームが真価を問われるのは、その瞬間だ。