クロスアンジュ 遡行の戦士   作:納豆大福

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第7話  帰る場所

 

 

「ん………んぅ……。」

 

タスクは目を覚まし、ゆっくりと瞼を開いた。

 

「あれ? ここは?」

 

気づくと、そこは寝泊まりに使っていた洞窟だった。

そっと手で頭を触ってみると、頭には包帯が巻いてあったのである。

 

(えっと……俺は確かドラゴンと戦ってて………あっ!そうだ! アンジュはっ!?)

 

タスクは思い出した。

ドラゴンと戦っている最中に、強烈な打撃を食らって気絶してしまった事を。

アンジュの安否が気がかりである。

彼は慌てて起き上がった。

 

すると…………

 

「目が覚めたのね、タスク。」

 

「ア、アンジュ! 無事だったんだね。」

 

「ええ。辛うじてだけどね。

 あと、ここに置いてあった医療キットなんだけど、勝手に使わせてもらったわ。」

 

そこにはアンジュの姿があった。

彼女の左腕には包帯が巻かれている。

 

「そう言えば、あのドラゴンは?」

 

「あのドラゴンなら私が倒しておいたわ。」

 

「えっ!?」

 

タスクは驚愕する。

 

アンジュが言うには、タスクが気絶してしまった後も、アンジュは一人で敵と交戦し、手傷を

負いながらも、一人でドラゴンを倒したらしい。

しかも、手負いの状態でタスクをここまで運んで、更に医療キットを使って腕の治療をした上で、タスクの手当てまでしたのだ。

 

「ありがとう。アンジュのおかげで助かったよ。」

 

「別に、礼には及ばないわ。 それに、今まであなたには世話になったし、

 これくらいはね……。」

 

事も無げに言ってのけるアンジュ。

タスクの目にはアンジュの姿が非常に頼もしいものに見えた。

 

 

そしてその時、タスクはアンジュの姿に今は亡き母の面影を見たのである。

 

(アンジュ………。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日。

 

タスクは引き続き、パラメイルの修理を行なった。

完了まで、あと少しという所まで来ている。

 

 

「よし。電源が入った。」

 

タスクは声を上げた。

遂に機体の電源が復旧したのである。

電源さえ入れば、あとは通信機で救難信号を発信出来る。

 

「良かった。これでアルゼナルへ帰れる。」

 

アンジュは喜んで言った。

 

 

 

するとその時、通信機からノイズ混じりの音声が聞こえてきた。

 

『アンジュー。 生きてますかー? 生きてたら生きてるって言ってくださーい。』

 

この声はヴィヴィアンだった。

久しぶりにヴィヴィアンの声を聞く事が出来、アンジュは一安心する。

彼女は思わず笑みを浮かべた。

 

すぐさまアンジュは答える。

 

「こちらアンジュ。生きてます。」

 

『え!!アンジュ!? ……本当にアンジュなの!?』

 

突然、無線で応答があった事に、ヴィヴィアンは驚いた様子である。

アンジュは続けて言った。

 

「救助を要請します。」

 

『りょ、了解!!』

 

すると、アンジュは無線を使って位置座標のデータを送信した。

これで救助隊がすぐにやって来る筈である。

 

 

タスクとの別れの時が迫っていたのだ。

 

 

 

「これで仲間達の所に帰れるわ。 あなたのおかげよ。ありがとう。」

 

「…………うん。」

 

 

すると、タスクはとても寂しそうな表情をしながら言った。

 

この時のタスクの心境は複雑である。

アルゼナルへの帰還はアンジュの望みであるから、タスクはその望みを叶えてあげたいと

思っていた。

しかし同時に、アンジュを戦場であるアルゼナルなんかには行かせたくないという思いも、

心の中にはある。

 

そして何よりも、アンジュと別れたくない……一緒にいたい、という思いがタスクの中で

燻っていた。

無人島でずっと一人孤独に暮らしていたタスクにとって、アンジュとの出会いは一筋の

光明となっていたのである。

そして、アンジュと共に日々を過ごすうちに、彼女に対する強い情が芽生えていった。

 

しかし、そんな彼女ともここでお別れである。

 

 

 

その時、タスクは意を決して言った。

 

「なあ、アンジュ。やっぱりアルゼナルに戻るのなんてやめよう。

 俺と一緒に行こう。」

 

「え?」

 

突然のタスクからの申し出である。

 

「アルゼナルへ戻ったら、また戦場に出なければいけなくなるだろ。

 死の危険と隣り合わせの戦いに………いつ死んでもおかしくない日々に戻らなければ

いけなくなる。

 そんな所にわざわざ戻る事は無いよ。」

 

そしてタスクは更に続けて言った。

 

「アンジュ、俺と一緒に行こう。

 戦いなんかからは足を洗って、人里離れた所でひっそりと暮らすんだ。

 死の危険とは無縁の場所で平穏な日々を………。」

 

タスクはアンジュを説得しようとした。

 

 

しかし、それに対してアンジュは首を縦には振らなかった。

 

「悪いけど、それは出来ないわ。」

 

「どうして?」

 

「今の私の帰る場所は、あのアルゼナルだけよ。」

 

アンジュには、戦場に戻る事に何の躊躇いも無いようだ。

 

「そうか……。」

 

「ありがとうね。誘ってくれて。 でも私にはまだやらなければならない事があるの。

 だから私はあの場所に帰らないといけないのよ。」

 

「やらなければいけない事って?」

 

すると、アンジュはタスクの目を真っ直ぐに見ながら言った。

 

「大切な人がいるの。命に代えてでも絶対に守りたい、大切な人が……。

 その人を守り抜く事……それが私の責務よ。

 その為に、私はアルゼナルへ帰って、戦う。」

 

「そう…………。」

 

その言葉は、大切な人達を全て失ってしまったタスクにとっては、とても重い言葉だった。

 

 

 

「それじゃあ、ここでお別れだね、アンジュ。 ……さようなら。今まで楽しかったよ。」

 

「元気でね、タスク。」

 

すると、タスクはその場を立ち去った。

アンジュはその背中を見送る。

 

 

 

 

二人が別れた、その後。

 

アンジュのいる海岸上空に一機の航空機が飛来する。

それはアルゼナルの救助隊だった。

 

その機体はアンジュの目の前で低空まで降りると、空中でホバリングする。

すると、機体のハッチが開いた。

 

「アンジュー! 迎えに来たよー!」

 

中から顔を覗かせたのはヴィヴィアンであった。

アンジュの無事をその目で確認したヴィヴィアンは満面の笑みを浮かべる。

 

「アンジュー! お前、生きてたんならもっと早く連絡よこせ!マジで心配したんだぞ!!」

 

続いて聞こえてきたその声は、ゾーラの声である。

その時のゾーラの表情は、どこか嬉しそうだった。

 

 

「アンジュ様ー!!」

 

「アンジュー!」

 

そこにはココとミランダの姿もあった。

彼女達も、アンジュの姿を見て、とても嬉しそうな表情を浮かべる。

特に、ココに至っては感極まって、涙まで流している。

 

 

「皆……。」

 

この時のアンジュもまた喜びの表情をしていた。

仲間達と再会出来た事に、安堵と喜びを感じたのである。

 

 

 

こうしてアンジュは無事にアルゼナル帰還の途についたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、アンジュと別れた後のタスクは、ある場所に足を運ぶ。

そこは、タスクの両親や戦友達が眠る墓場であった。

 

その墓前で、タスクは決心する。

 

(父さん、母さん……俺はやるよ。 もう一度、この戦いを……。)

 

タスクの決心………それは再び戦いに身を投じる事である。

 

アンジュとの出会いが、タスクにその決意をさせたのだ。

 

 

嘗て、戦いで両親や仲間達を失ったタスクにとって、守りたいものなんてもう何も

残ってはいなかった。

だから、戦いに嫌気が差し、ある日、タスクは使命を放棄し、戦いから逃げ出したのである。

しかし、今は違う。

 

(俺は、アンジュを守りたい。)

 

アンジュと出会い、共に過ごすうちに、彼女に対する強い情を抱くようになったタスク。

アンジュを守りたい……彼女を絶対に死なせたくない………タスクは心の底からそう思うようになったのだ。

 

(守りたい大切な人が、また出来た。 一度は逃げ出してしまった俺だけど、今度は絶対に

 逃げない。)

 

心の中で決意表明をするタスク。

 

(だからもう一度、俺はヴィルキスの騎士に………いや、違う。 アンジュの騎士に

 なるんだ!!)

 

 

すると、彼は荷物を持って立ち上がった。

 

「それじゃあ……父さん、母さん……………行ってくるよ。」

 

そう言い残し、タスクは歩き出した。

再び戦場に舞い戻る為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルゼナルへ、無事に帰還したアンジュ。

 

そんな彼女を待っていたのは………

 

「「「お帰り、アンジュ。」」」

 

第1中隊の面々だった。

 

 

「よく生きてたな。」

 

「全く、心配かけやがって。」

 

ヒルダとロザリーがアンジュに声をかける。

二人もまたアンジュの身を案じていたのだ。

彼女達も、アンジュがゾーラを助けた瞬間を目撃しており、そのためアンジュに対して、非常に

好感を持っている。

 

「アンジュ………ゾーラを助けてくれて、本当にありがとう。」

 

クリスは感謝の言葉をアンジュに言う。

クリスはゾーラの事を慕っていたので、そのゾーラを助けた恩人であるアンジュに対して、

心の底から感謝していたのである。

 

 

「別に礼には及ばないわ。」

 

アンジュは、そう言いながら思った。

 

(“前回”とは、偉い違いね。

 まあ“前回”の時は、とんでもない失態を演じた挙句にあんな事になってしまったのだから、

 当然の事なんだけど……。)

 

 

こうして、アルゼナルへ戻ったアンジュは、第1中隊の皆から大いに歓迎されたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその後、アンジュはある場所に足を運んだ。

 

そこはアルゼナルの一画にある、戦没者を埋葬する為の土地。

戦士達の墓場である。

 

 

そこにアンジュは佇んでいた。

彼女は何も言わずに、物思いにふける。

 

そんなアンジュの目の前には、何も無い空き地があった。

そこは墓地の空きスペース。

次の戦没者が出た時に、そこに墓石が建てられる予定の場所である。

 

アンジュはその場所をじっと眺める。

その時にアンジュが思い起こすのは、“前回”の記憶。

 

アンジュの記憶では、そこはココとミランダ、ゾーラの墓があった筈の場所であった。

“前回”に、アンジュが死なせてしまった仲間達の墓。

しかし、今そこには墓石は無かった。

何も無い空き地が、アンジュの目の前にある。

 

その土地を眺めて、アンジュは改めて実感出来た。

彼女達を死なせなかった……守る事が出来たと。

 

 

すると、アンジュはナイフを取り出す。

そして髪を後ろで一つにまとめると、その髪をナイフでバッサリと切った。

 

皇女だった頃に、大切にお手入れし続けてきた、金色の長くてしなやかな髪。

それを“前回”と同様に、短く切り落としたのである。

その手に握られた髪は、アンジュが掌の力を抜くと、風に流されて散っていった。

 

 

(まずは一つ……乗り越える事が出来た。 これで私は新たな第一歩を踏み出す事が出来る。)

 

それはアンジュにとって、一種の儀式のようなものだった。

再び歩み出す為の儀式。

 

 

夕焼け空の下、アンジュは改めて誓った。

決して足を止めずに、この道をどこまでも突き進むと……。

 

 

 






こうしてアンジュはめでたく第二形態(ショートヘア)へ進化しました。
次回は遂に・・・というか、やっとヴィルキスが飛翔します。


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