クロスアンジュ 遡行の戦士   作:納豆大福

8 / 16
第6話  敵襲

 

この日、タスクは海岸に足を運んだ。

その海岸は、アンジュが漂着した場所である。

アンジュの乗っていたパラメイルの残骸が、その浜に打ち上げられていた。

 

それは、手足が引き千切られ、装甲が剥がれ、完全に大破している。

人のような形をしているだけあって、その無惨な姿は、どこか痛々しかった。

タスクが調べたところ、通信機も含めて完全に破壊されており、飛ぶどころか連絡を取る事すら

出来ない状態になっている。

 

そこでタスクは早速、修理に取り掛かった。

工具箱を開け、中から修理道具を取り出して、作業を始める。

その動きは、どこか手慣れた感じだった。

 

(流石に飛べるようにする事は無理だが、せめて通信機だけでも修復しよう。

 そうすれば救難信号を出せるし、アンジュが仲間達の所へ帰れる。)

 

 

すると、タスクの頭に、ある考えが過り、彼は手を止めた。

 

(でも、アルゼナルに帰ったら、アンジュはまた戦わされるんだよな。)

 

タスクは思った。

確かに、パラメイルの修理はアンジュからの依頼である。

アンジュは仲間達の所に帰る事を切望していたのだから、その願いを叶えてあげたいという思いはタスクの中にあった。

しかしアンジュがアルゼナルに帰還すれば、そこで待っているのはドラゴンとの血みどろの戦いである。

常に死の危険と隣り合わせの戦場に、再び戻る事を意味する。

 

出来る事なら、そんな事にはしたくないと思うのも、また事実であった。

 

(本当にそれで良いのだろうか?)

 

タスクは迷いながらも、作業を進めていった。

 

 

 

 

 

 

そして日が落ち、暗くなってきた頃。

 

「とりあえず、今日はこれくらいにしておこう。」

 

タスクは作業を切り上げて、帰路につく。

 

「そうだ。今日は皆の所にも顔を出しておくか。」

 

するとタスクは、アンジュの待っている洞窟へ帰る前に、ある場所へと足を運んだ。

 

 

タスクがしばらく森の中を歩き続けていると、別の場所の海岸に出る。

 

そこにあったのは、地面に突き刺さって並び立っている無数のライフル銃だった。

そしてそれぞれの銃には、上からヘルメットを乗せてある。

 

それは兵士の墓標であった。

タスクはその墓標の前に立つと、黙祷を捧げる。

 

(父さん……母さん……皆……。)

 

タスクは、今は亡き者達に思いを馳せた。

 

 

 

すると、そんなタスクの後ろから声が掛けられる。

 

「タスク、こんな所にいたの。」

 

「アンジュ!」

 

タスクが振り返ると、そこにはアンジュがいた。

 

「アンジュ、大丈夫なのか? じっとしてた方が……。」

 

「大丈夫よ。もう痛みは治まったし……それに適度に動かないと、体が鈍っちゃう。

 それはそうと………。」

 

すると、アンジュはタスクの隣まで歩いて来た。

そして、立ち並ぶ墓標を前にし、アンジュは問いかけた。

 

「タスク……これは一体……?」

 

「それは………。」

 

アンジュの問いにタスクは答える事が出来ず、言い淀んだ。

 

 

 

その墓は、タスクの仲間達……戦いの中で命を落としていった者達を弔う為の墓標であった。

 

嘗て、タスクは彼らと共に、戦いに身を投じていた時期があった。

そしてその戦いの中で、両親も戦友達も……大切な者達が皆死んでいったのである。

 

タスクは、そんな失うばかりの戦いに、嫌気が差した。

だからある日、彼は戦いから背を向け、全てを投げ出し、逃げ出したのである。

そのような経緯があって、タスクは今、このような無人島で一人孤独に暮らしていた。

 

だからタスクはアンジュの問いに答える事が出来なかった。

自分が戦いから逃げて来たなんて事を、知られたくなかったのだ。

もし知られれば、軽蔑されてしまうかもしれない……そう思い、タスクは口籠った。

 

 

 

しかし、そんなタスクを他所に、アンジュは墓標の前に立った。

そして何も言わず、ただ目を瞑って合掌する。

 

 

「…………………。」

 

その後しばらくの間、沈黙が続く。

アンジュは墓前で黙祷を捧げ、死者達の冥福を祈った。

 

 

 

 

 

そして、しばらくの沈黙の後、アンジュは目を開き、立ち上がった。

 

「行きましょう。」

 

そう言うと、アンジュは踵を返す。

 

そんなアンジュを、タスクは思わず呼び止めた。

 

「なあ、アンジュ。聞かないの?」

 

「聞くって何を?」

 

「いや、それは………」

 

「言いたくないんでしょう? なら、無理して言う必要な無いわ。 私も聞かないから。」

 

「……すまない。」

 

「別に謝る事は無いわよ。………さあ、戻りましょう。」

 

そう言いながら、アンジュはタスクと一緒に、来た道を戻っていく。

 

 

 

この時、アンジュはタスクの事について考えていた。

 

(もしかして、タスクも私達と同じ……?)

 

アンジュの頭にはある考えが思い浮かんでいた。

それは、タスクも自分と同じノーマなのではないか、という考えである。

 

何故なら彼は今まで、一度もマナを使っていない。

“前回”のパラメイルの修理の時だって、マナを使えばいいものを使わずに手作業で修理していた。

ならばそれは、使わないのではなく使えないのだろう。

それは乃ち、彼がノーマだという事である。

 

本来ノーマは女性にしか生まれない筈なのだが、もしかしたら例外というものがあるのかも

しれない。

アンジュはそう思ったが、敢えてタスクには聞かないでおいた。

“前回”、タスクに問いかけた時、彼はハッキリとは答えずに、はぐらかされてしまったのである。

 

(何か言えないような事情があるのかしら?)

 

そう思ったから、詳しくは聞かずに、そっとしておく事にした。

 

 

(詳しい事は分からないけど、タスクが嘗て何らかの戦いに身を投じていた事は確かだわ。)

 

そしてアンジュは、多数の墓標が立ち並ぶあの光景を思い出す。

タスクが今まで、どこでどんな戦いをしてきたかはアンジュには分からないが、その戦いで多くの仲間達を失ってきた事は確かである。

だからアンジュは、たとえタスクがその戦いから背を向け逃げてきたとしても、決してその事を

軽蔑する気は無かった。

むしろ、その気持ちは痛いほどよく分かる。

 

今でもハッキリと思い出せる、モモカが目の前で殺された時に味わった深い絶望と悲しみ。

アンジュの場合は、時間遡行によってやり直す事が出来たし、モモカがこの世界のどこかで今も

生きているという事が心の拠り所になっている。

だからこそ、立ち上がる事が出来たし、戦いに身を投じる事が出来た。

しかし、もしそれが無かったらどうなっていたか……。

 

(もし自分がタスクと同じ目に遭わされたら、それでも立ち上がる事なんて出来ただろうか?

 全てを投げ出す事無く、戦う事なんて出来ただろうか?)

 

仲間を失ったタスクに対し、その痛みや悲しみを知っているアンジュは心の底から同情した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンジュがこの島に漂着してから、数日が過ぎる。

 

タスクの看病のお陰もあって、アンジュの体の傷も回復し、今ではすっかり元気になって

いたのである。

そして、パラメイルの修理の方も進んでおり、通信機復旧まであと少しといった所だった。

 

 

そして、この日もタスクは修理作業を行なう。

本当にこれでいいのだろうか、という迷いを抱きながらも……。

 

すると、そこへアンジュがやって来た。

 

アンジュは彼に飲み物を手渡す。

 

「お疲れさん。」

 

「ありがとう、アンジュ。」

 

 

するとその時、アンジュはふと空を見上げた。

 

「それにしても………綺麗ね。」

 

浜辺の砂の上に座り、頭上を見上げたアンジュの目に映ったのは、満天の星空であった。

 

(そういえばあの時も、丁度こんな感じで夜空を見上げたっけ。)

 

アンジュは“前回”の時の事を思い出す。

今見ている星空は、あの時に見たのとほぼ同じだったが、それは何度見ても良いものであった。

 

「こうして夜空を見上げるのなんて久しぶりだけど、本当に綺麗ね。」

 

すると、タスクがアンジュの隣に座る。

そして、タスクは言った。

 

「君の方が綺麗だよ。」

 

「え……!」

 

アンジュは咄嗟にタスクの方を見る。

すると、彼と目が合った。

そして、彼の言った言葉を反芻し、アンジュは思わず頬を赤くする。

 

その言葉は“前回”も言われたのだが、アンジュにとっては慣れないものであった。

 

「なぁ、アンジュ……」

 

「な、何よ! /////」

 

「もし………もし良かったら、このまま……」

 

タスクはアンジュの瞳を真っ直ぐ見て、手の甲にそっと自分の掌を重ねながら言った。

 

 

 

「「!!」」

 

次の瞬間、二人はほぼ同時に何かに気づいた。

そして、頭上を見上げる。

 

「あれは!?」

 

アンジュは思わず声を上げた。

 

上空に突如飛来したのは複数の大型輸送機と、その輸送機が小さく見えてしまう程の巨大な

ドラゴンの死骸だった。

氷漬けにされた巨大な死骸は輸送機に牽引され、どこかへ運ばれようとしていたのである。

それはアンジュが“前回”この島に来た時に目撃した光景と同じだった。

 

(あれは一体?)

 

しかし、その事についてじっくり考えている時間は無い。

 

(まずい! もし“前回”と同じ展開なら………この後は確か……)

 

アンジュの記憶だと、この後すぐに一頭のドラゴンが襲来する筈だったのだ。

 

 

そして、それは直後に実現してしまう。

 

飛行中の輸送機が突如爆発炎上した。

そして輸送機は、そのまま高度を落としていき、墜落する。

 

「今すぐここを離れましょう。」

 

アンジュはタスクと一緒にその場から離脱しようとする。

 

しかし……

 

(くっ……遅かったか。)

 

その場から離れようとしていたアンジュ達の前に、一頭のドラゴンが落ちてきた。

そして、そのドラゴンはアンジュ達の方へ目を向けると、呻き声を上げながら向かってくる。

もはや戦闘は避けられそうもなかった。

 

「チッ!」

 

アンジュは舌打ちすると、即座にホルスターからハンドガンを取り出して構える。

そして、戦闘態勢を取ったアンジュは叫んだ。

 

「タスク! パラメイルのコクピットにライフルが置いてある筈だから、それを取って来て!!」

 

「分かった。」

 

 

タスクが走り出すのを確認したアンジュは、タスクを庇うように前に出た。

 

「かかって来い、ドラゴンめっ!!」

 

すると、ドラゴンは咆哮する。

そしてアンジュの方へ向かってきた。

 

すかさずアンジュは発砲した。

しかし放たれた弾丸は、ドラゴンの厚い皮膚に阻まれ、致命傷にはならない。

 

そのままドラゴンはアンジュ目がけて突進して来た。

それをアンジュは素早く横飛びで回避すると、すぐさまドラゴンに向かって発砲し、2,3発

撃ちこむ。

 

「チッ! やはりこれでは威力不足か。」

 

ハンドガンでは何発撃ちこんでも決定打にはならなかった。

アンジュは思わず歯噛みする。

 

 

その時、銃声と共に飛んできた複数の弾丸がドラゴンの胴体に着弾した。

アンジュが、音のした方を見ると、そこにはアサルトライフルを構えたタスクがいたのである。

 

「アンジュ! 離れて!」

 

タスクはライフルをドラゴンに向けフルオート連射した。

すると、ドラゴンの体から血が噴き出す。

それに合わせて、アンジュもハンドガンを連射し、敵に弾丸を浴びせた。

 

しかし、それでもドラゴンは止まらなかった。

 

(これでもまだ倒れないの!?)

 

 

するとその時、アンジュのハンドガンのスライドが後退したまま戻らなくなった。

これは弾切れを意味する。

 

「くっ……弾切れか!」

 

アンジュはハンドガンに装弾されている弾薬を全て使い切ってしまった。

予備弾倉も無い。

 

アンジュはドラゴン目掛けてハンドガンを投擲した。

それは敵の額に命中。

勿論、大した効果は無いが、一瞬怯ませる事は出来た。

その隙にアンジュはナイフを取り出す。

 

 

 

すると、ドラゴンが再び咆哮した。

そしてアンジュへ突進してくる。

 

「アンジュ!!」

 

タスクはそれを阻止しようとライフルを連射するが、ドラゴンは止まらなかった。

タスクよりも近くにいるアンジュを先に仕留める腹積もりなのか、一直線にアンジュへ

急接近してくる。

そして鋭い爪を突き出し、アンジュを切り裂こうとしてきた。

その鋭利な爪を生身で受けたら一溜まりも無い。

 

その時、アンジュは突き出された爪にナイフの刃を当て、その攻撃を弾いた。

その直後、今度は反対側の爪で切り裂こうとしたのを、同じようにナイフで防御する。

次々と繰り出されるドラゴンの攻撃を、アンジュは卓越したナイフ捌きを以てガードしていった。

 

 

その間、タスクは全力で走り、敵との距離を一気に詰めていく。

そして、タスクはドラゴンの顔面に銃口を向けトリガーを引き、高速連射の弾丸を浴びせた。

すると、発射された弾丸の内の一発がドラゴンの眼球を直撃。

ドラゴンは悲鳴のような叫び声を上げた。

 

「やはり弱点はそこか。」

 

タスクの目論見通りである。

いくらドラゴンと言えども、やはり目は弱点だったようだ。

 

今の攻撃で片目を潰されたドラゴンは怯んで、完全に動きを止めている。

 

(このまま一気に……)

 

タスクはこの機を逃さずに一気に止めを刺すべく、ドラゴンとの距離を詰めた。

狙うは近距離からの確実な弱点射撃である。

 

 

しかし……

 

「危ない!!」

 

アンジュは叫んだ。

 

その直後、ドラゴンが動く。

体を回しながら尻尾を大きく振り出した。

 

「しまっ!!」

 

タスクが気づいて回避しようとした時には、もう間に合わなかった。

リーチの長い強力な打撃武器と化した尻尾がタスクに襲いかかる。

 

「ぐぅっ!!」

 

硬い尻尾に体を強打されたタスクは数メートルもふっ飛ばされた。

 

「タスクッ!!!」

 

そしてアンジュは、飛ばされたタスクに気を取られて、大きな隙を作ってしまう。

その隙にドラゴンは牙を剥いてアンジュに突進した。

 

「くっ!!」

 

アンジュは咄嗟に回避行動を取ろうとするも間に合わなかった。

その鋭い牙が、アンジュの左腕を捉える。

 

「ぐうぅ!!」

 

腕に激痛が走った。

ドラゴンの牙がアンジュの腕に突き刺さり、そのまま持ち上げられる。

 

しかし、アンジュは怯まなかった。

激痛を堪えつつ、右手に握ったナイフをドラゴンの眼球に突き刺す。

 

これにはドラゴンも一溜りも無かった。

喰らい付いていたアンジュの腕を放す。

 

「がっ!!」

 

そのまま地面に落下するアンジュ。

アンジュの反撃があと少しでも遅かったら、そのまま腕を喰い千切られる所だった。

 

「うぅ……。」

 

ドラゴンの牙で穿たれたその左腕は、深々と肉を抉られ、鮮血が溢れ出ている。

凄まじい痛みに襲われるアンジュ。

 

しかし、アンジュは痛みを堪え、すぐに立ち上がった。

 

 

(こんな所で死んでたまるもんですか。 少なくともモモカに再び会う、その日までは

 絶対に……。)

 

 

アンジュの胸中にあったのはモモカへの強い想いだった。

 

あの日にアンジュは誓った。

必ず生きて再会すると………必ずこの手で守ってみせると………。

その誓いがアンジュの力になっていたのだった。

 

だからアンジュは立ち上がる。

生きるために………誓いを果たすために………。

 

 

 

 

再び、ドラゴンが牙を剥いて、アンジュに喰らいつこうとした。

 

しかし、その直後に鈍い音が響く。

アンジュの鋭い蹴りが炸裂していた。

アンジュに噛みつこうとしたドラゴンの顎を思いっ切り蹴り上げたのだ。

 

これで敵が怯んだ隙にアンジュは駆ける。

そして敵の側面に回り込み、跳躍した。

 

アンジュの狙いはただ一つ。

先程アンジュがドラゴンの目に突き刺し、そのままになっていたナイフである。

 

アンジュはその刺さったナイフの柄に、跳び蹴りを叩き込んだ。

その蹴りによってナイフの刃がより深く突き刺る。

そして刃が眼球を貫通し脳にまで達した。

それが致命傷となる。

 

ドラゴンは一際大きな呻き声を上げると、そのまま倒れて動かなくなった。

 

 

「ハァ……ハァ………やった。」

 

敵が完全に息絶えた事を確認したアンジュ。

 

 

こうしてアンジュは辛うじて危機を乗り越えたのであった。

 

 

 

 





今回はここまでです。
無人島での対ドラゴン戦はパラメイル無しで勝ちました。
アンジュを強化した成果がここで現れました。

あと、遅くなってすいませんでした。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。