クロスアンジュ 遡行の戦士   作:納豆大福

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第3話  贖罪の機会

 

 

あれからアンジュはひたすら鍛錬に励んでいく。

隊の訓練以外にも、空き時間を使って、自主的にトレーニングをした。

 

パラメイルシミュレーターを使っての操縦訓練に加え、トレーニングルームでの各種器具を

使っての体力練成。

己の体をいじめ抜くかのように、がむしゃらにトレーニングをやり込んだ。

そして、いつもトレーニングの締めには、ランニングマシーンでの、スタミナが尽きるまでの

走り込み。

 

これらが終わる頃には、もう夜も遅くなっている。

くたくたに疲れ切った状態で部屋に帰っては、泥のように深い眠りについた。

 

しかし次の日は朝早くに起床。

寸暇を惜しんで、トレーニングに打ち込む。

 

 

そんな生活をずっと繰り返していったアンジュ。

そのおかげで体力は大きく向上。

“前回”の最期の時点での身体能力をも超えるほどに強化された。

 

 

そしてアンジュは、体力強化がある程度進んだ時点で、次は格闘訓練にも着手し始めた。

 

トレーニングルームの中には、格技訓練用の設備も備えられている。

アンジュはそこに設置されていたサンドバックを使った。

 

一心不乱にサンドバックへ、パンチやキックを叩きこんでいく。

繰り返していくごとに、その打撃はキレが増して鋭くなっていった。

 

 

更にアンジュは格闘訓練と並行して、射撃練習にも取り組む。

 

射撃場へと足を運んでは、銃を手に取り、それを構える。

レンジに設置された的に銃口を向け、トリガーを引き、的を射抜いていった。

 

何度も何度も射撃場に足を運び、ひたすら訓練に精を出す。

こうする事によって銃火器の扱いも、“前回”以上に習熟していったのである。

 

 

 

このようにして、アンジュはアルゼナルに入営してから、ずっとこの調子であった。

暇さえあれば、鍛錬に没頭する。

 

そして、そんなアンジュを興味深そうに遠目で見ている、アルゼナルの者達。

 

その中にはヒルダの姿もあった。

 

(あいつ………今日もやってたのか。)

 

アンジュの、一生懸命鍛錬に打ち込む姿を見たヒルダは思った。

アンジュの必死さは、遠目に見ていたヒルダにも伝わってくる。

 

(何でそんなにも必死になってんだ?)

 

アンジュの胸の内など、ヒルダには知る由もない。

しかし彼女は、初めて会ったあの日以来ずっとアンジュの事が気になっていたのである。

 

(まあ、私には関係ないし、どうでもいい事か。)

 

ヒルダはそう思いながらも、気がつけば無意識のうちにアンジュの事を目で

追ってしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時は流れていき、ある日の事……。

 

その日、アルゼナル隊員達の各種能力テストが行なわれた。

勿論アンジュもそれを受けさせられる。

シミュレータを使ってのパラメイル操縦テスト。

重荷を担いでの障害走や、ロープを使っての壁登りなどの、体力テスト。

その他にも、射撃テストや格闘テスト等々……。

 

そして、アンジュはその全てのテストで、非常に優れた好成績を叩き出した。

まさに、群を抜くほどである。

その事によって、アンジュはたちまち、アルゼナルの皆から注目の的となった。

 

 

 

「凄い……。」

 

この時、アンジュの奮闘ぶり見ていたココは思わず呟いた。

そして、ココはアンジュに対する、強い憧憬の感情を抱いたのである。

 

 

「へぇ……やるじゃないか。」

 

同じく、アンジュの姿を見ていたゾーラも呟いた。

舌なめずりをしながら………。

 

(うっ……!! 何か変な視線を感じる。)

 

その時、アンジュの背筋に悪寒が走る。

ゾーラの、獲物を見るような視線で、ゾワゾワとした感覚がして、身に危険を感じたのであった。

 

どうやらアンジュは、ゾーラから完全に目を付けられてしまったようだ。

 

 

 

 

 

 

一方その頃………。

 

 

「例の新人なんですが、パラメイル操縦能力や基礎体力、反射神経、白兵戦対応能力、

 戦術論の理解度……その全てが平均値を大きく上回ってます。」

 

「ほう。優秀じゃないか。」

 

司令のジルは、アンジュのテスト結果に関する報告を受けている。

ジルが言った通り、実際にアンジュの成績はすば抜けており、目を見張るものがあった。

 

「アンジュ………元皇女……………使えそうだな。」

 

ジルはそう呟きながら、格納庫の奥の方へと歩いて行った。

薄暗い、格納庫の奥へと………。

 

 

すると、そこには一機のパラメイルが駐機していた。

 

「パラメイル操縦適正……特筆すべきものあり、か……。」

 

ジルの目の前にあったのは、シートを被された、古ぼけたパラメイルであった。

ここ最近使われたような形跡が一切無い機体である。

 

「もうしばらくの間は、様子見だな。」

 

そう言うと、ジルは懐から指輪を取り出す。

それは嘗てアンジュが持っていた、皇族の指輪であった。

アルゼナル入営の際の身体検査で没収した物である。

 

その指輪を眺めながらジルは言った。

 

「ミスルギのお姫様は、果たして“ヴィルキス”の鍵となるのか。

 見極めさせて貰おう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、それから翌日。

 

「そんでさー、アンジュったら凄いさー。」

 

その日、アルゼナルの食堂にて、ヴィヴィアンがエルシャと一緒に食事を取っていた。

 

「アンジュったら、本当にもうキレッキレでさ!」

 

ヴィヴィアンは興奮気味に話している。

 

「もう、ヴィヴィアンったら……。ほら、口の周りが汚れてるわよ。」

 

そんなヴィヴィアンを窘めるエルシャ。

こうしていると、エルシャはまるでヴィヴィアンの保護者みたいに見える。

ヴィヴィアンの口の周りを拭いてあげている彼女は、まるで母親みたいだった。

その事からも、エルシャが世話焼きな性分だという事が窺える。

 

 

 

すると一人の者が、そのテーブルの所へやって来た。

 

「ここ、空いてる?」

 

「あ! アンジュ。」

 

ヴィヴィアンが振り返ると、そこにいたのはアンジュだった。

 

「空いてるよ。どうぞ。」

 

ヴィヴィアンがそう言うと、アンジュはトレーをテーブルの上に置いて、椅子に座った。

 

すると、ヴィヴィアンがアンジュに積極的に話しかけていく。

 

「ちょうど今、アンジュの事を話してたんだけどさ。」

 

「私の……?」

 

「うん。 アンジュ、この前のテストでぶっちぎりの成績を出してたよね。

 いや~、あの時のアンジュって凄かったよ。

 それにアンジュって普段から一生懸命に自主練とかしてたけど、アンジュってば仕事熱心

 なんだね。」

 

話しかけるやいなや、ヴィヴィアンはテンション高めでペラペラと喋りだす。

思った事を率直に話していったのだった。

 

 

(ヴィヴィアンは本当に………無邪気というか、何というか……。)

 

アンジュは思った。

 

明るく無邪気な性格のヴィヴィアン。

そんなヴィヴィアンを見て、アンジュは心が和んだ。

 

 

「そうよね。でも、あまり無理をしちゃ駄目よ、アンジュちゃん。

 ちゃんと適度に休んでる?」

 

そう言ったのは、エルシャである。

 

(相変わらず、優しいのね………エルシャ。)

 

自分の事を気遣ってくれるエルシャの優しさに、アンジュは心が温まるのを感じた。

 

 

そんなエルシャに、アンジュは微笑みながら返した。

 

「大丈夫よ、エルシャ。睡眠だってちゃんと取ってる。」

 

「そう。ならいいんだけど。」

 

すると、ヴィヴィアンが言った。

 

「むぐむぐ……エルシャは……むぐむぐ……心配性だなー。」

 

「ヴィヴィアン……とりあえず、食べるか喋るか、どっちかにして。」

 

すかさずツッコミを入れるアンジュ。

 

そんな感じで、アンジュはエルシャとヴィヴィアンと一緒に、楽しげに談笑しながら一時を

過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あくる日も、アンジュは体力練成に精を出した。

トレーニングルームで汗が流すのが、もはや日課となっている。

 

「ふぅ……。今日はこの辺にしておきましょう。」

 

アンジュがタオルを手に取って、汗を拭う。

そんな彼女に駆け寄る者がいた。

 

「あ、あの……。」

 

「ん?」

 

「よかったらこれ、どうぞ。」

 

そう言って、スポーツドリンクを手渡そうとしたのは、ココであった。

 

「ココ………。」

 

「アンジュさん……私の名前、覚えていてくれたんですか!?」

 

アンジュが自分の名前を口にした事に感激するココ。

 

 

すると、そこにもう一人の者がやって来た。

 

「あら? 意外だね。 ココの名前、ちゃんと覚えてたんだ。」

 

そう言ったのは、ミランダである。

 

「ミランダ……。」

 

「私の名前も覚えていてくれたの?」

 

ミランダも、自分の名前をアンジュが覚えていてくれたことに、少々驚く。

 

 

すると、ミランダは言った。

 

「ココったら、アンジュにベタ惚れでさ。」

 

「だってアンジュ様って凄いんだもん。

 強くて、ストイックで、何でも出来て………本当に格好良かった /////」

 

ココは頬を赤くしながら言った。

彼女はここ最近のアンジュの様子を、ずっと遠くから見てきた者である。

そんな中でアンジュの姿に惚れ込み、憧れの感情を抱いているのだ。

 

そして、かく言うミランダもまた、アンジュに対して興味津々だった。

アンジュは元皇女であり、それはココやミランダにとっては、それこそ絵本の中でしか見た事が

無いような存在である。

だから二人はアンジュに対して強い関心を持っていた。

 

特にココは、そういうものに対して、ずっと以前から憧れ続けていたため、こうして話が出来るという事が、夢のような心地なのであった。

 

(本当にあったんだ……魔法の国。そして、その魔法の国の王女様が今、こうして

 目の前に……… ////// )

 

ココの心臓が高鳴りっぱなしだった。

 

 

すると、ココはある話題を切り出した。

 

「あの……アンジュ様……。」

 

「何?」

 

「アンジュ様のいた国って、どんな所だったんですか?」

 

するとアンジュの表情が急に険しくなる。

しかし、ココはそれに気づかずに続けた。

 

「詳しくは知らないけど、外の世界は夢のよう魔法の国だと聞いていました。」

 

 

 

その時、アンジュの脳裏に浮かんだのは、嘗て自分を迫害したミスルギ皇国の民衆の姿だった。

 

 

―― 殺せ、殺せ!! ――

 

 

―― ノーマを叩きのめせ!ぶち殺せ!! ――

 

 

今でもハッキリ思い出せる。心を抉るような罵声の数々。

 

 

 

―― この化け物め!! ――

 

 

―― 思い知りなさい!これはノーマとして生まれてきた罪!! ――

 

 

―― 死ねばいいんだわ ――

 

 

嘗て親友だった者達が……最愛の家族が……ノーマであるというだけで掌を返して、

迫害してくる。

民衆も思考停止し、魔女狩りの如く、たった一人の相手を寄ってたかって痛めつけて、その事に

何の躊躇も無く……それどころか皆で愉しむ有様。

それは、あまりにも醜悪な者達のいる世界である。

 

そんな実態を知らずに、外の世界に幻想を抱き、憧れてしまっているココ。

アンジュは、そんなココが哀れに思えて仕方がなかった。

 

だからアンジュは、ココの質問に対し、ありのままの事を話した。

 

「腐敗に満ちた、汚い世界よ。」

 

「えっ!?」

 

ココの驚愕の表情を浮かべるが、アンジュは続けて言った。

 

「腐った家畜共が溢れかえっている醜悪な世界……思い出しただけで、反吐が出そうになるわ。」

 

アンジュは吐き捨てるかのように言い切った。

その上で、アンジュはココに、諭すように言う。

 

「夢を壊すようで悪いんだけど……あんな腐った世界なんかよりは、このアルゼナルの方がまだ

 マシよ。

 魔法の国だなんて、そんな幻想は捨てた方がいいわ。

 そんな物はこの世には有りはしないのだから。」

 

そう言った時、アンジュはどこか悲しそうな表情を浮かべていた。

そのアンジュの表情を見たココとミランダは察した。

 

(アンジュ様……………なんて悲しそうな顔を……。)

 

(向こうの世界で、辛い事があったのね。)

 

 

 

 

嫌な事を思い出させて辛い思いをさせてしまった……そう思うと、ココはとても申し訳ない

気持ちになった。

 

「ごめんなさい、アンジュ様……。」

 

 

しかしそんなココに、アンジュは優しく微笑みながら言った。

 

「別にあなたが謝る事なんてないわ。 気にしないで。」

 

すると、アンジュは改めて、ココとミランダへ向き直った。

 

「私達、同じ新兵同士だけど……これから、よろしくね。」

 

そう言ってアンジュは手を差し出した。

 

「は、はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

ココその手を握り返す。

 

そして、アンジュはミランダとも握手をしようとする。

 

「よろしくね。」

 

ニコッと笑顔を浮かべるアンジュ。

 

 

「…………!!」

 

その笑顔を間近で見たミランダは思わずドキッとした。

ミランダには、この時のアンジュの顔がキラキラと輝いて見えたのである。

 

「よ、よろしく /////」

 

眩しくて直視できず、少し目を逸らしながらも、ミランダは何とかその手を握り返した。

 

 

 

 

「それじゃあ、また明日ね。」

 

そう言うと、アンジュはその場を立ち去って行った。

そのアンジュの後姿を見送ったココとミランダ。

 

「あぁ……………アンジュ様の手を握っちゃった /////」

 

ココは頬を朱色に染めながら、その手をさする。

この時の彼女の表情は、どこかうっとりとしていた。

 

そんなココの姿を横目で見ながら、ミランダは思う。

 

(今ならココの気持ちがよく分かるわ。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方……アンジュは先程までとは打って変わって、再び険しい表情をしていた。

 

(ココ……ミランダ………。)

 

アンジュは思い起こしていた。

“前回”で二人が死んだ、あの瞬間の事を……。

 

人間の体がまるで紙切れの如く、いとも容易く切り裂かれる……

化け物に体を引き千切られ、食い殺される、無惨な光景。

 

その断末魔の映像が脳裏でまざまざと蘇ってくる。

 

「うっ………!!」

 

アンジュは、思い出した途端に強烈な吐き気を感じた。

しかし、何とか堪える。

 

 

(ごめんなさい………。)

 

アンジュは心の中で、謝罪に言葉を呟いた。

再び罪悪感が込み上げてきたのである。

 

本来だったら取り返しのつかない過ち。

しかし、奇跡によって、罪滅ぼしの機会が巡ってきた。

だから、アンジュは改めて決意した。

 

(今度は絶対に死なせない。 私が必ず守る。)

 

アンジュはその拳を強く握りしめ、そして心に誓った。

贖罪の思いと共に……。

 

 


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