クロスアンジュ 遡行の戦士   作:納豆大福

4 / 16
第2話  再会の第1中隊

この日アンジュは、アルゼナルに来てからの最初の朝を迎える。

朝早くに目が覚めたアンジュは素早く起き上がると、事前に支給された制服に袖を通した。

 

「これでよし、と。」

 

着替えを終えたアンジュは、これからの行動について考えた。

 

(たしか、最初は座学だったわよね。ドラゴンについての……。

 そして、それが終わったら、そのまま部隊配属。)

 

アンジュは“前回”の記憶を辿りながら、今後の事について、思考を巡らす。

 

アンジュがアルゼナルに入営してからの初日。

まず最初にやったのはドラゴンに関する基礎知識を学ぶ授業だった。

そして、その後にパラメイル第1中隊への配属。

 

そう……嘗ての仲間達との再会である。

 

 

 

今でも思い出せる。

 

アルゼナルで完全に孤立していた、あの頃。

意地を張って、孤独なのに強がっていた。

 

 

しかし、そんな自分に手を差し伸べてくれた者達………自分を受け入れてくれた者達がいた。

 

(ヴィヴィアン……エルシャ……)

 

頻繁に衝突し合いながらも、共に戦うチームの一員として和解した者達がいた。

 

(サリア……ロザリー……クリス……)

 

互いの境遇……背負っているものを知り、通じ合うものを感じ取って、友情のような感情が

芽生えた者がいた。

 

(ヒルダ……)

 

その誰もが、今では信頼できる仲間達。

本来ならもう二度と会えない筈だった仲間達。

それが、もうすぐ会えるのである。

 

 

 

そして………

 

 

(ココ……ミランダ……ゾーラ……)

 

嘗て、死なせてしまった者達がいた。

 

“前回”は冷静さを失った自分の行動が原因で、彼女達を死に至らしめてしまう。

本来なら、償いようのない過ちであった。

 

しかし、そんな彼女達が、今はまだ生きている。

 

(今度は死なせないわ。同じ過ちは絶対に繰り返さない。)

 

贖罪の思いを込めて、アンジュは誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時空を越えて侵攻してくる巨大敵性生物、通称ドラゴン。

 このドラゴンを迎撃し、人類の領域を守るのが、ここアルゼナルと、私達ノーマの

 役目なのです。」

 

講師がドラゴンに関する基礎知識を解説していく。

そして、授業を受けている者達は、アンジュ以外は皆、アルゼナル初等部の年端もいかない

子供達。

 

 

(フライトモードで一気に間合いを詰め、アサルトモードで敵の懐に飛び込んで、斬り込むか。

 いや、フライトモードのままで一撃離脱というのもいいかもしれない。)

 

そんな中、アンジュは講師の話を聞きながら、頭の中でドラゴンとの戦闘をシミュレーションしていた。

 

子供達の中にいる、唯一の16歳であるアンジュ。

幼女達の中に混ざって授業を受けている、アンジュの目は真剣そのものである。

 

その時のアンジュの様子を見ていたジルとエマは、その光景に何とも言えないシュールさを感じていた。

しかし、アンジュはその事を気にも留めず、対ドラゴン戦術を頭の中で

組み立てていったのである。

 

 

 

そして、講師が必要な事を一通り説明し終える頃、ジルは動いた。

 

「アンジュの教育課程はこれで修了だ。これよりアンジュは第1中隊配属となる。

 行くぞ。」

 

「……………。」

 

ジルがそう言うと、アンジュはただ黙って席から立ち上がった。

 

 

いよいよ皆に会える……そう思うと嬉しくて、自然とアンジュの口元に笑みが浮かぶ。

逸る気持ちを抑えながら、アンジュはジルについて行った。

 

 

 

 

「ふーん。あれが噂の皇女殿下か。」

 

その時、アンジュの姿を遠方から、双眼鏡で眺める者がいた。

 

「止ん事無きお方の穢れを知らぬ体。甘くて美味しそうじゃないか。」

 

舌なめずりしながら言ったその女………彼女がゾーラである。

パラメイル第1中隊の隊長。

 

彼女は隣に寄り添うようにして立っていた少女の胸に手を這わせる。

 

 

「もぅ……そうやって誰彼かわまず手を出して。女の子なら誰でもいいんでしょう。」

 

その少女が口を尖らせながら言った。

彼女はヒルダである。

 

そして彼女の言葉に、うんうん、と頷く者達。

二人はロザリーとクリスである。

 

 

「何だ、妬いているのか? 可愛いな、お前達は。」

 

ゾーラは更に絡みつくようにヒルダの体に手を這わせていった。

 

 

すると、それを見かねた一人の者が声を上げた。

 

「隊長、スキンシップは程々にしてください。新兵達からも揉み方が痛いと苦情が来ています。」

 

声を上げたのは第1中隊副隊長のサリアであった。

 

「はいはい。気をつけるよ、副長。」

 

サリアの苦言にも、ゾーラは一切悪びれもせずに言った。

 

 

そんなゾーラを他所に、一人の者がアンジュのプロフィールを手に取る。

 

「年上の新兵さんですが、仲良くしてあげてくださいね。お二人とも。」

 

そう言ったのはエルシャである。

彼女はニッコリと笑いながら、二人の新兵に向かって言った。

 

「「は、はい!」」

 

緊張気味に答えた二人の新兵は、ココとミランダである。

彼女達は第1中隊に配属されたばかりの新米ライダーであった。

 

 

「ねぇねぇサリア。クイズ。」

 

おちゃらけた調子で言ったのはヴィヴィアンだった。

彼女は明るいムードを発しながら言う。

 

「誰が最初に死ぬのかな。」

 

明るい雰囲気で、さらっと恐ろしい事を言ってのけたヴィヴィアン。

 

「コラッ!!」

 

すかさずサリアがヴィヴィアンを捕まえ、ヘッドロックをかけた。

 

「死なないように教育するのが私達の役目でしょう!!」

 

「痛い痛い痛い!死ぬ死ぬ!!」

 

そして、エルシャは笑いながら、二人のやり取りを見ていた。

 

「あらあら。今日も仲良しね。」

 

そんな彼女らの下に、アンジュ達は向かって行ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジルに連れられ、訓練所にやって来たアンジュ。

そこでは第1中隊の面々がライダースーツを身に纏って、待っていた。

 

「司令官に敬礼!」

 

ゾーラの号令と共に、全員で一斉に、司令官のジルに向かって敬礼をする。

 

「それじゃ、後は頼むぞ、ゾーラ」

 

「イエス、マム。」

 

ジルはアンジュの事をゾーラに任して、去っていった。

 

 

 

 

「死の第1中隊へようこそ、アンジュ。 隊長のゾーラだ。」

 

そう言うと、ゾーラは中隊メンバーの者達を、アンジュに紹介していく。

 

「右からエルシャ、ヴィヴィアン、サリア、ロザリー、クリス、ヒルダ、ココ、ミランダだよ。

 まあ、仲良くしてやんな。」

 

ゾーラは簡潔にそれだけ言った。

 

 

この時のアンジュは、内心嬉しさで胸が一杯だった。

待ち望んだ仲間達との再会である。

 

(みんな………。)

 

アンジュは、今すぐにでもみんなの所に駆け寄って、抱きしめたい衝動に駆られたが、我慢した。

喜びの感情も極力顔には出さないように努める。

 

何故なら、アンジュにとっては懐かしい顔ぶれでも、相手側からすれば初対面だからである。

それは時間遡行によって生じた、認識のズレだった。

故に、アンジュは嘗ての仲間達に対して、あたかも初対面であるかのように振る舞わなければ

ならない。

アンジュは、その事が非常にもどかしく感じていたが、それも致し方ない事である。

 

だから、アンジュは努めて顔に出さないようにしつつ、演技をした。

 

「初めまして。今日からこちらでお世話になる事になった、アンジュよ。 みんな、

 よろしくね。」

 

友好的に挨拶をするアンジュであった。

 

 

 

(ふーん…………こいつが元姫様か。

 お高くとまっているんじゃないかと思ってたが、意外だな。)

 

その時、アンジュを見ていたヒルダは思った。

 

アルゼナルの、お世辞にも快適とは言えない環境で働かされる事に対して、不平や不満を一切

漏らさず、自身の境遇を普通に受け入れている様子のアンジュ。

そして、ノーマである自分達を蔑視した態度も全く見られない様子である。

何不自由なく暮らしてきたであろう元皇女で、ノーマ差別が酷い“向こう側の世界”で

長年暮らしてきた人間にしては、その態度は非常に意外だと、ヒルダは思った。

 

(見下した態度をとったら、シメてやろうと思っていたが……まあ、いい。)

 

 

すると、その時、不意にアンジュとヒルダの目が合った。

 

そしたら、アンジュはそっと微笑んだ。

 

「…………ッ!!」

 

その笑顔を見た瞬間、ヒルダはハッとした。

そして胸の鼓動が高鳴る。

 

「よろしくね。」

 

「お、おぅ……。 //////」

 

アンジュの言葉に、ヒルダは咄嗟に一言返す事しか出来なかった。

この時のヒルダは、頬が少し赤く染まっていたのである。

 

(こいつ………なんて笑顔をしやがる。 //////)

 

元皇女恐るべしと、ヒルダが思った瞬間だった。

 

 

 

何はともあれ、こうして第1中隊のメンバー達と合流したアンジュ。

第1中隊の面々からは、中々の好印象を抱かれたのであった。

 

 

 

 

 

その後、更衣室でライダースーツへの着替えもすませたアンジュは、これからパラメイル操縦

シミュレーターでの訓練を受ける。

 

 

「これがメインスロットルね。そして、これがインジケーター。」

 

アンジュは今、サリアから、各計器類や操作部に関する説明を受けていた。

 

「各部の説明は以上よ。これから実際にシミュレーターを起動して、操縦をしてもらうわ。」

 

「分かったわ。」

 

本当は前回で経験済みだから、説明などされなくとも最初っから知っていたのだが、勿論

アンジュはその事を顔には出さず、サリアの説明を聞いていた。

 

(すでに知っているような事を、あたかも今初めて聞いたかのように演技をする。

 これって、やってみると結構疲れるわ。)

 

少し気が滅入りそうなアンジュ。

そんな彼女をよそにサリアはフライトシミュレーターを起動する。

 

「アンジュ。誰でも、最初から上手くいったりはしないわ。

 今回はとりあえず空を飛ぶ感覚というものを体に覚えさせて。」

 

サリアはそう言うと、ハッチを閉めた。

 

そして、他の新兵達も次々と準備を終えていく。

 

「ココ機、コンフォームド。」

 

「ミランダ機、コーンフォームド。」

 

そこで、アンジュは最終確認を行なった。

 

「アンジュ機、コンフォームド。」

 

 

全機の準備が完了したことを確認したサリアは、各機に告げた。

 

「これよりシミュレーションを開始する。 ミッション07、スタート。」

 

サリアがスタートボタンを押す。

すると、カタパルトによって機体が加速した。

 

「………!!」

 

急加速によって、体に大きな負荷がかかる。

しかし、アンジュはそれをものともせず、操縦桿を握る手に力を入れた。

そして、そのまま機体が空中に射出された。

 

勿論、あくまでもこれはシミュレーターなので、実際には空を飛んでいるわけではない。

しかしシミュレーターとはいっても、風圧や、慣性によって体にかかる力など、かなり高い

レベルで再現されていた。

体感的には、実際にパラメイルで空を飛ぶのと何ら変わらない……そんな感覚である。

 

(久しぶりね。この感覚。)

 

アンジュにとって、久々の空であった。

その空を、風を切りながら高速で駆け抜ける感覚に、自然と気分が高揚してくる。

 

 

すると、インカム越しにサリアの声が聞こえてきた。

 

「これより急降下訓練に移る。降下開始。」

 

アンジュはサリアの指示と同時に、素早く操縦桿を倒して機首を下げた。

そしてアンジュはそれだけでなく、メインスロットルを操作し、機体を一気に加速させる。

 

その事にサリアは驚いた。

 

「なっ、速過ぎる! アンジュ、減速を!!」

 

サリアはすぐに制止すようとするが、アンジュは構わず急降下していった。

スラスターの推力に、重力加速が加わり、どんどんスピードが上がっていく。

アンジュの機体は、海面めがけて真っ逆さまに突っ込んでいった。

 

「海面に激突するわよ! 機首を上げて!!」

 

サリアは慌てて言うが、アンジュは急降下を続けた。

 

「アンジュ、早くっ!!」

 

サリアがそう言っている間にも、アンジュの機体は高度を落としていき、もはや墜落寸前の所まできていた。

 

サリアが緊急停止装置のボタンに手を伸ばそうとした、その時である。

 

 

アンジュは、機体のエアブレーキを全開にし、減速をかけた。

そして、操縦桿を力一杯引いて、急激に機首を上げる。

 

「はああああああああ!!!」

 

すると、海面激突寸前の所で機体は水平飛行になった。

 

 

「……ッ!!」

 

サリアは驚き、目を見開いた。

一歩間違えば墜落しかねない、危ない所だったのに、この時のアンジュはなんと

笑っていたのである。

 

大抵の新兵は、初飛行の時は極度の緊張で、全く余裕が無い精神状態に陥るものである。

それこそ普通に飛ぶだけでも精一杯といった状態になるのが、普通なのだ。

 

にも関わらず、この時のアンジュはまるで楽しんでいるかのような、そんな表情をしていた

のである。

それは、サリアにとって信じ難い光景だったのだ。

 

 

 

(昔、エアリアをやってた時もそうだったけど、やっぱ空を飛ぶのは気持ちがいいわ。)

 

そんな事を考えながら、アンジュは操縦桿を握っていた。

 

アンジュはそのまま海面すれすれの所で、風圧で水飛沫を上げながら、超低空飛行を行なった。

 

すると、今度は一気に機首を上げ、ほぼ垂直に急上昇。

そして再び水平飛行に移ると、左へ右へと鋭く急旋回していった。

 

もう完全にパラメイルを乗りこなしていたのである。

 

 

「いやああああああーー!!!」

 

「きゃあああぁぁぁーー!!!」

 

ココやミランダが、パラメイルを上手く操れず悪戦苦闘し、半ばパニックになっているのを

よそに、アンジュは縦横無尽に空を駆け抜けていった。

楽しそうに笑いながら……。

 

 

 

サリアは驚きを隠せなかった。

 

新人である筈のアンジュが初飛行で、まるで自分の手足のように、パラメイルを自在に操って

みせたのだ。

それはまるでベテランのような、非常にレベルの高い、精練された動きだった。

 

「一体何なの!? この子……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

訓練終了後、第1中隊の面々はシャワールームで汗を洗い流していた。

 

 

「ハァ……ハァ………うっぷ! お゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛。」

 

ココは真っ青な顔をしながら、バケツの中に嘔吐していた。

新兵がシミュレーション初飛行をした後は、よくある事らしい。

 

「ココ、大丈夫?」

 

ミランダがココの背中をさすっていたが、彼女自身もまた、顔色は決して良くはなった。

 

 

そんな中、クリスとロザリーに、まるで付き人のように自分の体を洗わせていたゾーラが言った。

 

「いやぁ、流石だねぇ。元皇女殿下は……。」

 

ゾーラが口にしたのはアンジュの事だった。

 

「初めてのシミュレーターで漏らさないなんて。 ねぇ、ロザリー。」

 

「え!? いや、私の初めては、そのですね………。」

 

ゾーラに初飛行の事を言われたロザリーは、羞恥に顔を赤く染めながら口籠った。

 

その時、隣にいたヒルダがゾーラに言った。

 

「気に入ったみたいね……あの子。」

 

「ああ。 ますます気に入ったよ、あの子……。」

 

どうやらゾーラは、アンジュの事について非常に興味を持ったようだ。

 

そして、ヒルダもまた、アンジュに対して強い関心を持っていた。

 

(温室育ちの元皇女って聞いてたのに………一体何者なんだ?あの女。)

 

 

すると、同じくシャワーを浴びていたヴィヴィアンが、楽しそうに言った。

 

「ねぇねぇ、サリア。アンジュって何なの? 超面白いんだけど!」

 

ヴィヴィアンもまたアンジュに対して興味津々であった。

 

「さあ? ミスルギって所からやって来た元皇女って事以外は何も分からないわ。

 それにしても、あのパラメイルの操縦技量…………一体何者なの?」

 

アンジュの事を気にしていたのはサリアも同じだった。

 

「元王女様かー。 て、あれ?そう言えば、アンジュは?」

 

その時、シャワー室内を見渡したヴィヴィアンが、アンジュがいない事に気づく。

 

すると、傍にいたエルシャが答えた。

 

「アンジュだったら、居残りでシミュレーターをやってたわよ。」

 

「へぇ~。アンジュって仕事熱心なんだなー。」

 

ヴィヴィアンは感心しながら言った。

 

 

 

 

 

 

 

その頃、アンジュは一人訓練所に残って、パラメイルシミュレーターを居残りでやっていた。

 

(スピードを落とさずに、旋回軌道の半径をもっと小さく……もっと鋭く旋回を。)

 

アンジュは現在の時点でも、メイルライダーとして十分な実力は備わっていると言えよう。

 

しかし、アンジュはそれに満足しなかった。

もっと腕を磨こうと、熱心に鍛錬に励んでいたのである。

 

 

 

そして、ようやく終わったのは、それからしばらく後の事だった。

 

「ふぅ……。」

 

タオルで汗を拭うと、ペットボトルに口を付け、水を飲む。

乾いた喉に水が染み込んでいく。

 

「さてと……。」

 

アンジュは時計を見た。

 

「この後、まだ空き時間があるわね。

 今日はパラメイル操縦の方は、これまでにしておいて……次はあれをやるか。」

 

どうやらアンジュは、今度は別の鍛錬をやるつもりのようだ。

アンジュはそのまま着替えて、操縦訓練所を後にする。

 

 

そしてトレーニングウェアに着替えたアンジュが、次に足を運んだのは、トレーニングルーム

だった。

アンジュは、その中にあったランニングマシンに所へ行った。

 

「とりあえず……これくらい走ろうかしら。」

 

すると、アンジュはランニングマシンの走行距離の設定を行なった。

 

(基礎体力の方も、ちゃんと鍛えておかないとね。)

 

アンジュはパラメイルの操縦技量だけでなく、身体能力の鍛錬も徹底的にやるつもりだった。

その手始めとしてやっているのが、脚力と持久力の強化である。

 

そしてアンジュがスタートボタンを押すと、ピッという機械音と共に、ランニングマシンの

ベルトが動き出す。

 

 

 

 

それから数十分後。

 

 

 

アンジュはひたすら走り続けていた。

 

汗を流し、息を切らしながらも、足を止めない。

 

「ハァ……ハァ……まだまだ!」

 

体力を消耗して、辛くなってきたが、それでもただがむしゃらに走りこんだ。

ある一つの目標を目指して……。

 

(この程度で音を上げてたら、強くなんかなれない。)

 

 

アンジュが目指している事は、ただ一つ。

それは、とにかく強くなる事である。

 

大切な人を守るために強くなると、あの日に決意したアンジュ。

かけがえの無い仲間を失った時の悲しみは、今でもハッキリと思い出せる。

もうあんな思いは二度としたくはない。

 

だから、アンジュは力を欲した。

今やろうとしている体力練成は、その一環である。

まずは体力を鍛え上げ、その次に戦いの術を精練する。

モモカと再会するその日までに、何としても力をつける。

それが、今のアンジュの行動指針である。

 

 

アンジュは、その後も全力で走り続けた。

 

 

 

「アンジュったら、どこに行ったのかなぁ?

 シャワー室にも操縦訓練所にもいなかったし……。」

 

その時、ヴィヴィアンがトレーニングルームの前を通りかかった。

 

「もしかして、ここかな?」

 

すると、ヴィヴィアンは部屋の中を覗き込んだ。

そして、そこで走っているアンジュの姿を見て、ヴィヴィアンは驚いた。

 

「アンジュったら、まだやってたんだ!!」

 

そんなヴィヴィアンをよそにアンジュはずっと走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、更に走り込んだアンジュ。

ようやく目標走行距離を走り終えた時には、もうクタクタに疲れ切っていた。

 

「ハァ………ハァ………ハァ………。」

 

アンジュは長椅子に腰かけ、タオルを頭から被って、俯く。

そのまま、息を整えようとした。

 

 

「ここにいたのね、アンジュ。」

 

すると、そこへサリアがやって来た。

 

「ハァ……ハァ……さ、サリア………。」

 

アンジュはまだ息が切れた状態のままだった。

その状態で喋ろうとすると、かなり辛いのである。

 

「何してたの? ……まあ、いいか。

 はい。これ、部屋の鍵ね。」

 

そういうと、サリアは部屋番号が刻み込まれた鍵をアンジュに手渡した。

 

「今日から、そこがあなたの部屋よ。次の新兵が入って来るまでは一人で使っていいわ。」

 

「ありがとう。」

 

鍵を受け取ったアンジュは、短く一言だけ言った。

 

「それじゃあ、また明日。 おやすみ。」

 

そう言うと、サリアはその場を去っていった。

 

 

 

 

 

「さてと………」

 

その後、ようやく息が整ったアンジュは立ち上がった。

 

「今日はこの辺にして……明日も早いから、そろそろ寝よう。」

 

アンジュはトレーニングルームを後にした。

 

 

 

そして一人でシャワー室で体を洗うと、自分の部屋に向かう。

 

「……………。」

 

ドアの鍵を開けて、中に入る。

すると、そこには殺風景な部屋があった。

 

あの日に見た光景と全く同じものが、そこにはあったのである。

 

(あの日のままね。)

 

部屋の中を見渡して、自分があるべき場所に戻って来た事を改めて実感する。

 

部屋の壁にカレンダーが掛けてあった。

すると、アンジュはそのカレンダーの、“ある日”に印を付ける。

 

それは前回にモモカと再会を果たした、あの日である。

 

(待っててね、モモカ。また会える、その時までに……私、必ず強くなるから。)

 

 

 




というわけで今回はここまで。
次回は引き続き、アンジュのトレーニングと、アルゼナルメンバー達とのコミュニケーション回です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。