クロスアンジュ 遡行の戦士   作:納豆大福

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いよいよ……というかやっと本編に入ります。



第1話  遡行

 

 

それはまるで、眠りから覚める直前のような感覚だった。

 

(ん……………ここは?)

 

アンジュは瞼を閉じたまま、ぼんやりと考えていた。

 

(ここは……あの世?)

 

自分は間違いなく死んだ筈なのに、この眠っているような感覚。

死んだ自分には、もう何も感じる事は出来ないはずなのに、薄っすらではあるが、確かに感覚はあった。

 

という事は、自分は今、あの世に来ているという事なのだろうか……アンジュはそう思った。

 

(ここは、天国?それとも地獄? ……もしかしたら、モモカが待っているかしら?)

 

そう思い、アンジュはゆっくりと瞼を開こうとする。

 

 

「おい、起きろ!!」

 

その時、突如、怒鳴り声が響く。

アンジュの意識が一気に覚醒した。

 

「………!!!」

 

アンジュは勢いよく上体を起こした。

 

「ここは!?」

 

アンジュは周りを見渡す。

そこには数人の兵士達がいた。

 

よく見ると、自分の両手と首に枷が嵌められていた。

ふと自分の体を見ると、ドレスを身に纏っている。

そのドレスは所々が破れて、汚れていた。

それは、どこか見覚えがあるような物である。

 

「……………?」

 

いまいち状況が呑み込めず、更に周囲を観察する。

すると、自分が輸送機の機内にいる事が辛うじて分かった。

 

(なぜ私はこんな所に? 私はミスルギ皇国の処刑場にいた筈。いや、そもそも私は死んだ筈。)

 

そんな事を考えながら、周りをキョロキョロと見渡すアンジュに、兵士達は怪訝そうな顔をした。

 

「おいおい、寝ぼけてんのか?」

 

「放っとけ。さっさとこの廃棄物を引き取ってもらって、帰ろうぜ。」

 

そんな兵士の言葉も、アンジュの耳には入らなかった。

今の彼女は、自分の置かれた状況を把握するので手一杯だったのである。

 

 

 

その時、ある物がアンジュの目に入る。

それは時計であった。

 

「!!!!」

 

アンジュは思わず目を見開いた。

アンジュが目にしたもの……それは時計に表示されていた月日である。

 

(4月11日!? 私が死んだ日よりも前じゃない!!)

 

表示されていた日付は、なんとアンジュがミスルギで殺されたあの日よりも過去の日を

示していた。

まるで時間を遡ったかのように。

 

そして、その日付はアンジュにとって、忘れたくとも忘れられない日だった。

アンジュの人生における最大の転換点となった、あの日……何もかもが一変した日。

 

間違える筈も無い。

それは“アンジュリーゼ”の洗礼の儀が行われた日……皇女から奴隷(ノーマ)へと堕ちた、あの日である。

 

 

(まさか、あの日に戻ったというの!?)

 

しかし、アンジュはすぐさま、その考えを自分で否定した。

 

(いや、そんな事はありえないわ。 時間遡行なんて、そんなSFじゃあるまいし。………でも)

 

だが、それでも完全には否定しきれなかった。

 

(だとしたら、あの日付表示は一体何? それに、このドレス……私があの日に着ていた物と

 同じ。

 そもそも死んだ筈の私が、何故こんな所に?)

 

まず、自分が死んだのか否か、という点に関しては、まず間違いなく死んだ筈である、と

アンジュは断言できた。

あの時に味わった“死の感触”は今でもハッキリと覚えている。

 

縄が首に食い込む痛み。

気道が押し潰され、塞がれる苦しみ。

そして、呼吸が止まった瞬間から、じわじわと死が近づいてくる感覚。

そのどれもが決して夢や幻なんかではなく、本物であった。

 

アンジュは改めて周囲を見渡すが、やはり自分がいるのは輸送機の機内で間違いはない。

少なくともここが、あの世だとは思えなかった。

 

それに何よりも、今見えている光景が、あの日に見た光景と、あまりにも重なりすぎている。

見覚えがあるどころの話ではない。

あの時に見た光景と全く同じである。

 

(私は……一体………)

 

 

 

アンジュがそのような思考を巡らせている、その時だった。

 

「これより着陸態勢に入る。」

 

兵士の一人が言った。

もうすぐ目的地に着くらしい。

 

すると、アンジュは窓から外を見下ろす。

そこで見えてきたのは、大海原にひっそりと浮かぶ孤島であった。

暗闇の中に灯る航空灯火や、岩礁に無理矢理鉄板を敷いた作った滑走路。

その無骨な全景には懐かしさを感じる。

 

(あれは、アルゼナル…………。)

 

 

 

 

 

 

こうしてアンジュを乗せた輸送機はアルゼナルに到着。

 

 

それを出迎えたのは、やはり見覚えのある人だった。

 

監察官のエマ・ブロンソン。

そしてアルゼナル司令官のジル。

 

輸送機の兵士達は、アンジュの身柄を彼女達に引き渡すと、そのまま輸送機に乗って撤収して

いった。

 

 

「ようこそ、地獄へ。」

 

ジルがアンジュに向かって言い放つ。

その言葉もまた、アンジュの記憶にあったものと全く同じであった。

 

(このセリフも、あの時のと同じ。)

 

 

 

そのままアンジュは取調室へと連行されていった。

 

「1203・77号ノーマ、アンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギ。出身地、ミスルギ皇国。

 年齢、16歳。」

 

監察官のエマが、アンジュのプロフィールを読み上げていく。

 

「今日からあなたは、このアルゼナルに入営し、兵員として戦う事が義務付けられます。」

 

(このセリフも、あの時のと同じ。)

 

そのエマの言った言葉もまた、アンジュの記憶にあった言葉をそっくりそのままなぞったような

言葉だった。

そして何より、ここに来るまでに見てきた光景全てが、どれもこれもあの日に見たものと全く

同じである。

 

そうなると、一度は否定しかけた仮説が、いよいよ現実味を帯びてきた。

そう……つまりは時間遡行である。

信じられないが、そうでないと説明がつかない。

 

 

「所持品を没収します。」

 

そう言って、エマがアンジュの身に着けていた装飾品を取り上げようとする。

 

「………………。」

 

しかし、アンジュは抵抗しなかった。

ただ黙って大人しく従い、身体検査が終わるのをじっと待った。

 

すると、抵抗の意思は全く無いと判断され、エマの手によって枷が外される。

 

 

 

その時、アンジュが口を開いた。

 

「一つ……聞いてもいいかしら?」

 

「何です?」

 

それはエマへ向けられた問いかけであった。

 

「今日は何月何日?」

 

その問いに、エマは怪訝そうな顔をした。

しかし、ここまで大人しくしていたため、心証が良かったのか、すぐに答えてくれた。

 

「今日は4月11日だけど……それがどうかしたの?」

 

その答えを聞いたアンジュは思った。

 

(間違いない。)

 

アンジュが輸送機の機内で見た時計の日付表示は誤表示ではなかった。

 

ここにきて、仮説は確信へと変わる。

自分は、ミスルギ皇国で殺されたあの日から時を遡って、アルゼナルへやってきたあの日へと

戻ったのだと。

所謂、タイムスリップというものである。

 

 

 

 

 

 

アンジュは自分の胸に手を当ててみる。

すると、心臓の鼓動が感じられた。

トクン……トクン……と確かに脈打っている。

 

(生きている…………私は生きている。)

 

アンジュは己の生を実感する事ができた。

一度、確かに死んだ筈だった自分が、こうして生きている。

 

何故、死んだ筈の自分が生き返ったのか。

何故、時間遡行ができたのか。

分からない事だらけではあるが、これだけはハッキリと分かる。

 

モモカが殺されたあの日より前に、時間が戻っているという事は、つまりモモカはまだ生きているという事である。

 

(モモカは生きている。この世界のどこかで、今も生きているんだ!!)

 

そう思うと、嬉しさのあまり、体が震えた。

 

一度は失った大切な仲間………その大切な人と再び会えるのである。

こんなにも嬉しい事は他にはない。

 

 

そしてアンジュは、ある一つの決意を抱いた。

 

(モモカ……今度は絶対に死なせないわ。次は必ず私が守る……この手で!!)

 

アンジュは心に誓った。

 

(強くなろう。大切な人を守れる強さをこの手に。)

 

生きる……生きて、強くなる……そして守り抜く………そんな思いを胸に秘め、アンジュは再び

戦いに身を投じていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(意外だな。)

 

ジルは思った。

 

(16年間も向こうの世界で生きてきた者。しかも皇族。

 さぞや周りからはチヤホヤされて、それこそ何不自由無く生きてきたのだろう。

 それが一転して、ノーマとしてアルゼナルへ強制収容。まさに天国から地獄だ。

 現実が受け入れられずに悪足掻きすると思っていたのだが……。)

 

ジルは、あの時のアンジュの様子について振り返った。

 

(あっさりしすぎていて拍子抜けだな。順応力が高いのか?)

 

身体検査の時、アンジュは特に抵抗する事もなく大人しく従っていた。

だから手荒な事はせずに終わったのである。

 

あの時のアンジュは、目の前の現実をすんなりと受け入れる様子だった。

 

(全てを諦め、もうどうにでもなれ、と自暴自棄になったのか?)

 

その時、ジルは思い出した。

あの時のアンジュの瞳………。

 

(いや、違うか。あの時のあいつの目は、そんな目じゃなかった。)

 

ジルから見たアンジュの瞳……

その瞳の中には絶望の色はなかった。

むしろ希望すら感じられる、そんな瞳である。

そして強い決意に満ちたような瞳でもあった。

 

 

(まあ、何でもいいか。 王室生まれのノーマ……使えるのなら私の計画に組み込もう。

 全てはリベルタスのために……。)

 

 

 




というわけで身体検査における、けしからんイベントは無事に回避されました。
次回はいよいよアルゼナルメンバー達との再会です。

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