クロスアンジュ 遡行の戦士   作:納豆大福

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プロローグ2  絶望の終焉

アルゼナルを脱走し、ミスルギ皇国に辿り着いたアンジュ達。

夜になってから本格的に動き出した。

 

 

まずは移動手段を確保すべく、嘗て通っていた学校に向かう。

そこには競技用エアバイクが置かれており、そのうちの一台を入手するためである。

 

建物に忍び込み、格納庫へ向かって、通路を進んでいく。

 

 

しかし、そこで予期せぬ事態が起こる。

 

こんな真夜中だというのに、人がいたのだ。

 

 

 

(アキホ!!)

 

そこにいたのは、アンジュの嘗ての友人であったアキホだった。

 

アンジュがまだ“人間”として生きていた頃……同じエアリアのチームに所属し、共に汗を流し、

切磋琢磨した仲であった。

 

もしかしたら…親友であった彼女なら、ノーマとなった今の自分でも、あの時を変わらない態度で接してくれるかもしれない……

そんな淡い期待を抱きつつ、アンジュはアキホに声をかけた。

 

 

しかし……

 

 

「来ないで、化け物!!」

 

アキホの叫びによって、その期待は無情にも打ち砕かれた。

そこにあったのは明確な敵意と、拒絶の意思である。

 

それまで親友だった者までもが、ノーマであったというだけで、掌を返してきたのだ。

嘗ての仲間からの仕打ちに、大きなショックを受けるアンジュ。

 

しかし、この時のアンジュには、悲しんでいる暇も、落ち込んでいる暇もありはしなかった。

シルヴィアを助けるためにも、一刻も早く皇宮へ行かなければならない。

 

アンジュはエアバイク一台入手すると、モモカを連れ、逃げるようにその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

皇宮を目指し、エアバイクで夜の闇の中を疾走していくアンジュ達。

 

すると、アンジュはモモカに言った。

 

 

「モモカ………ありがとう。あなたはあなたのままでいてくれて…。」

 

それは心の底からの感謝の気持ちを込めた言葉である。

 

モモカは今まで、どんな時も…何があっても、アンジュの味方だった。

嘗ての友を失くしてしまったアンジュにとって、そんなモモカの存在は唯一の

救いだったのである。

どんな事があっても、決して変わる無く、ついて来てくれた……そんなモモカに対して、

アンジュは感謝の気持ちで一杯だった。

 

 

 

そして、この時のアンジュは思いもしなかった。

この、かけがえのない最高の仲間を、最悪の形で失う事になるとは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気を取り直して、再び前進を開始したアンジュ達。

 

しかし、そんな彼女達の前に突如、警察が立ち塞がる。

どうやら待ち伏せされていたらしい。

 

 

しかし、アンジュは止まらなかった。

 

「そこを、どけ!!」

 

アンジュは即座に武器を手に取り、戦闘態勢を取る。そして、そのまま一気に強行突破。

 

この時のアンジュを突き動かしていたのは……何があっても絶対にシルヴィアを助けなければ

ならないという、強い責任感であった。

だから、どんな敵が相手でも決して怯まない。

何があっても必ずシルヴィアの元まで辿り着いてみせる……必ずこの手で妹を救ってみせる……

そんな思いで頭が一杯だった。

そのためならば、立ち塞がるあらゆる障害を全てなぎ払うつもりでいる。

 

 

実際、アンジュは凄まじい勢いで猛進していった。

 

エアバイクで高速疾走し、追跡してくる警察車両とカーチェイスを繰り広げる。

アサルトライフルをフルオート連射して、追跡車輌を牽制。

それに対して警察は、車輌だけでなく航空機まで動員して、アンジュ達を追跡してきた。

しかし、アンジュはそれを、手榴弾で撃墜するという離れ業をやってのける。

 

 

そんな獅子奮迅の如き立ち回りで、警察の追跡を振り切ったアンジュ。

皇族だけが知っている隠し通路を使って、敵を掻い潜り、皇宮正面にまで辿り着く。

 

あと、皇宮内部に侵入し、シルヴィアを探し出し、救出するだけであった。

 

 

離ればなれになった最愛の妹との再会も目前である。そう思ったアンジュは、逸る気持ちを

抑えながら、モモカと一緒に歩を進めていく。

 

 

 

しかし……その時、突如として眩しいライトに、二人は照らされる。

そして、物陰から次々と衛兵達が飛び出してきた。

 

 

「くっ! これは!!」

 

「アンジュリーゼ様…これは待ち伏せです!!」

 

またしても待ち伏せにあった。

衛兵達に包囲されたアンジュは即座に応戦しようとする。

 

 

 

「お姉様!!」

 

その時、声が響いた。

それは聞き間違える筈もない…シルヴィアの声である。

 

 

「シルヴィア!!」

 

アンジュは即座に、声のする方を向く。

すると、そこにいたのは、衛兵達に取り囲まれるシルヴィアの姿だった。

 

 

「アンジュリーゼお姉様、助けて!!」

 

助けを求めるシルヴィアの声。

 

アンジュは敵を睨み、そして叫んだ。

 

 

「シルヴィアを離しなさい!!!」

 

 

すかさず、アンジュは敵を攻撃する。

 

もう少しで手が届きそうな所にシルヴィアがいる。そう思ったアンジュは今まで以上に必死に

なる。

周囲の衛兵達を次々となぎ倒していった。

 

そして、周囲の敵を蹴散らしたアンジュは、シルヴィアを取り囲んでいる敵兵に向けて、

ライフルをフルオート連射して制圧射撃を行なった。

これには堪らず、敵もシルヴィアから離れて、物陰に身を隠す。

 

 

 

「シルヴィア!」

 

敵をシルヴィアから引き離したアンジュは、間を置かずに全力で走った。

 

「来てくださったんですね。アンジュリーゼお姉様…。」

 

そう言うシルヴィアに、アンジュは駆け寄る。

シルヴィアの無事が確認できて、アンジュもとりあえず一安心した。

 

「良かった、無事で。」

 

そう言って、アンジュは喜んだ。

 

 

 

 

この時のアンジュは気付いていなかった。

 

アンジュに向けられたシルヴィアのその瞳の奥に、殺意の光が宿っていた事を……。

 

 

 

「ぐっ!!?」

 

シルヴィアの所に辿り着いたその瞬間、突如アンジュの腕に鋭い痛みが走った。

上腕部に赤い線が走り、そこから血が溢れてくる。

腕を刃物で斬りつけられたのだ。

 

そして、シルヴィアの手には、血に濡れたナイフが握られていた。

 

それが意味する事は……

 

 

 

「シルヴィア………?」

 

アンジュは呆然とする。

何が起きたか、理解できなかった。

ありえない……そんな事があるはずが無い……シルヴィアがそんな事をするなんて、

ありえない………そんな思考が頭の中を埋め尽くす。

 

 

「アンジュリーゼ様っ!!」

 

モモカがアンジュの傍に駆け寄る。

 

「シルヴィア様! 一体何を!?」

 

モモカは見ていた。シルヴィアがアンジュを斬りつける瞬間を。

何かの間違いであってほしい……彼女もそう願っていた。

 

 

しかし、そんな彼女達の思いは無情にも否定され、残酷な現実を突きつけられる事になった。

 

 

 

「馴れ馴れしく呼ばないで。あなたなんか姉でも何でもありません! この化け物!!」

 

急に打って変わって、突如として声を荒げて罵声を浴びせてくるシルヴィア。

ショックを受けるアンジュ達に、彼女は更に追い打ちをかけるかのように言った。

 

「どうして……どうして生まれてきたんですか? あなたさえ生まれてこなければ、こんな事にはならなかったのに。」

 

アンジュの存在そのものを全否定する言葉。

その言葉が彼女の胸を抉った。

 

ショックのあまり、頭の中が真っ白になってしまったアンジュは、遂に崩れ落ちた。

腕の怪我自体は大した事はなかった。しかし、心の方には大きな痛手を負ってしまったのである。

彼女は力なく、その場で膝をついた。

 

 

 

その隙に、衛兵達がネットガンを撃ってくる。

アンジュは傍にいたモモカと一緒に、敵に捕らわれてしまった。

 

しかし、この時のアンジュはそれすらも知覚できないほどまでに、ショックで打ちひしがれて

いる。

最愛の妹から浴びせられた罵声が頭の中で、何度もリフレインした。

 

 

 

 

 

「無様だな。落ちぶれた元皇女には相応しい。」

 

すると、どこからともなく、一人の男が現れた。

 

「お兄様……。」

 

アンジュが消え入りそうな声で呟く。

 

アンジュの目の前に現れたその男は、ジュリオ・飛鳥・ミスルギだった。

アンジュの兄であり、彼女がノーマである事を暴き、アルゼナルへ追放した張本人である。

 

 

「そうだ。その間抜け面が見たかったのだ。」

 

そのジュリオが楽しそうに、捕らわれたアンジュを見下ろしていた。

 

「これで誘き寄せた甲斐があったというもの。」

 

「…………?」

 

アンジュはジュリオが言った言葉の意味を理解できなかった。

そんな彼女を、ジュリオは嘲笑いながら言った。

 

「お前を誘き寄せて捕らえるための策だったんだよ。

 皇室秘密回線を通して出したSOSサインも……警察や近衛兵が待ち伏せしていた事も……

 シルヴィアの演技も……

 全てはお前という、皇室の汚点を我々の手で始末するために、この私が仕組んだ作戦さ。

 そうとも知らずに、必死になっているお前達の姿は実に滑稽だったよ。」

 

「……っ!!」

 

アンジュは愕然とする。

ここまで言われれば、ジュリオの言葉の意味は嫌でも理解できた。

 

(そんな………。)

 

アンジュの表情が、更に絶望に染まる。

 

 

全てはアンジュを誘き寄せるための罠だったのだ。

 

シルヴィアからの、必死で助けを求めてきたあの声も、実際はただの芝居。

最愛の妹を守りたい……そのためならば、どんな危険も顧みない……そんなアンジュの良心に、ジュリオ達はつけ込んだのだ。

 

助けに来たアンジュの姿を見た時、シルヴィアは喜んでいるようなそぶりを見せたが、それも

ただの演技。

実の妹から騙し討ちをされた上で、罵声を浴びせられ、その事で絶望するアンジュの顔を

見るため。

 

 

(私は一体、何のために……)

 

妹を助けたいという、その一心で、死力を尽くしてここまでやって来たアンジュ。

しかし、そのシルヴィアからは騙し討ちをされた上で、罵声を浴びせられるという仕打ち。

その挙句に、全てが仕組まれたものであったと……家族の情を弄ばれていたという最悪の事実を

突きつけられる。

 

 

「この化け物!! あなたなんか……あなたなんか、死んでしまえばいい!!」

 

更に、止めを刺すかのように、シルヴィアから罵声が放たれる。

もはや、アンジュの心は完全に折れた。

 

そして、その様子を、楽しげに薄ら笑いを浮かべながら見るジュリオ。

 

「さあ、断罪を始めようか。 …………お前という罪をな。フフフ……ハハハハハハハハ。」

 

満足そうな表情をしながら、ジュリオは高笑いをする。

その声も、もうアンジュの耳には入っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

捕らわれたアンジュとモモカは拘束され、連行された。

 

アンジュは、衣服を奪われ、ただの布きれのような囚人服を着せられた。

そして、両手に枷をつけられ、鞭刑台に吊るされる。

爪先がギリギリで足場に付くような高さで腕を吊られたため、枷をつけられた両手首に、ほぼ

全体重がかかった。

金属製の枷が手首に食い込み、その痛みにアンジュは顔を顰める。

 

 

この時、アンジュが吊るされている鞭刑台のすぐ隣には、絞首台が併設されていた。

その事からも、これからアンジュがどのように扱われるかはおおよそ見当は付く。

 

最終的には、その絞首台を使って殺すつもりらしい。

しかし、すぐには殺さず、その前に徹底的に痛めつけようという胆なのだろう。

 

 

そして、公開処刑の事前告知がなされていたのか、処刑場には大勢の人が詰めかけていた。

ノーマが嬲り殺される所を見物しようという者達である。

会場は異様な熱気に包まれていた。

 

「殺せ、殺せ!!」

 

「ノーマを叩きのめせ!!」

 

「ぶち殺せ!!」

 

民衆は興奮し、口々に叫びたてる。

 

それによって、アンジュは大きな失望感を味わった。

嘗てアンジュが、平和を愛する崇高なる民だと思っていた者達。

しかし、そんな民衆の、あまりにも醜い本性を、まざまざと見せつけられる。

 

このような残酷な見世物を喜々として見物する民衆。

全ては、ノーマが悪いという理屈……ノーマになら何をしてもよいという理屈で、何でも正当化

される。

その姿には、理性などというものは一切感じられなかった。

 

そんな彼らに対して、アンジュは大きく失望する。

 

 

そして、同時に自己嫌悪にも苛まれるアンジュ。

何故なら、嘗て人間(アンジュリーゼ)として生きていた頃の彼女自身もまた、ノーマを蔑視していたから

だった。

 

(私はなんて愚かな事を……。)

 

以前は彼女もまた、本当の事を何も知らなかったとはいえ、ノーマを蔑視していた者の内の一人だった。

そして、醜態を晒す彼らの姿を見た今なら、昔の自分の言動を客観的に振り返ることができる。

いかに自分が愚かな事をしてしまっていたのかを……。

 

しかし、そんなアンジュに、アルゼナルの者達は手を差し伸べてくれた。

 

(彼女達は、こんな私を受け入れてくれた。)

 

少なくともここにいる“人間達”よりかはよっぽど、優しくて人間味のある者達だったと、

アンジュはそう思った。

 

故にアンジュは、過去の己の言動を、心の底から恥じて、自己嫌悪に陥ったのである。

 

 

 

 

そして、そんなアンジュを他所に、衆人環視の下で鞭刑が執り行われた。

 

「覚悟しなさい………化け物。」

 

そしてあろうことか、鞭を振るおうとしているのは、実の妹であるシルヴィアであった。

 

「シルヴィア………」

 

消え入りそうな、力の無い声で呟くアンジュ。

しかし、ノーマである彼女が自分の名を口にした事が気に入らなかったのか、シルヴィアは激昂

した。

 

「馴れ馴れしく呼ぶな! この化け物め!!」

 

そして、鞭を叩きつけてきた。

鞭を打ちこまれた背中に激痛が走り、アンジュは思わず苦悶の声を上げる。

 

「うぐっ!!!」

 

鞭で打たれた皮膚が赤く腫れあがり、痛々しい痕を残していた。

しかし、その事を気に留めるそぶりも無く、シルヴィアは続けざまに、容赦無く鞭を

打ち込んできた。

 

「思い知りなさい!これはノーマとして生まれてきた罪!!」

 

「ぐぅ!!」

 

アンジュは苦痛の呻き声を上げた。

打ちつけられた所が酷く痛み、その激痛に思わず表情を歪める。

 

すると、見物している民衆は大きな歓声を上げた。

そして、その中にはアキホや、学生時代にアンジュの友人だった者達の姿までもある。

 

「アハハハ。ノーマめ……いい気味よ。」

 

「惨めね。」

 

「そのまま死ねばいいんだわ。」

 

アンジュの痛ましい姿を見ても、同情どころか嘲笑う有様。

 

(みんな……どうして……………。)

 

嘗ての親友達から向けられる、悪意に満ちた言葉がアンジュの心を更に抉った。

 

 

 

 

そして、その後もシルヴィアが鞭を振るい続ける。

何度も……何度も。

 

その度に見物人からは歓声が上がった。

その有様は、中世の魔女狩りを彷彿させるようなものである。

 

 

アンジュは全身のいたる所に鞭を打ち込まれ、体中傷だらけになっていた。

血が滲んでいる所もある。

 

 

 

「シルヴィア様! もうやめてください、こんな酷い事は!!」

 

堪り兼ねたモモカが必死で懇願する。

しかし、それでもシルヴィアは止まらない。

 

「酷い? 何が酷いというんですか?

 このノーマという名の汚らわしい生き物が……悍ましい化け物が……よりによって、

 私の姉なんですよ。これ以上に酷い事が他にありますか!!」

 

シルヴィアは糾弾する。

 

「さあ、謝りなさい。私がノーマなのがいけないんです、て……生まれてきて

 ごめんなさい、て。」

 

「……………。」

 

アンジュは、その理不尽な言い分に反論する事は出来なかった。

もはや言葉を返す気力すらも、もう残ってはいなかったのである。

 

 

 

そんなアンジュに、更なる襲いかけるかのように、ジュリオが口を開いた。

 

「しかし、父上も本当に愚かな事をしたものだよ。ノーマなんかを皇室に入れようなどと……。

 そんな愚劣な事をしなければ死なずに済んだものを……。」

 

「………!!!」

 

その言葉に、アンジュは目を見開く。

 

「フフ……そう言えば、お前にはまだ言ってなかったな。

 元ミスルギ皇国皇帝のジュライは、あの後、国民を欺いてノーマを皇室に入れようとした罪で、

 処刑された。この私が断罪してやったのだ。」

 

ジュリオは得意げに言う。

 

 

アンジュの顔が更に絶望の色で染まった。

 

(お父様………。)

 

今まで自分を大切に育ててくれた……愛情を注いでくれた父が、もうこの世にはいないという事を知らされたのだ。

母も、嘗てアンジュを庇って死んでいる。

愛すべき家族が、もうこの世に一人も残ってはいない。

 

アンジュは深い悲しみで心が押し潰されそうになった。

 

 

 

 

 

その後も、鞭刑は続いた。

アンジュの体に鞭が打ちこまれた回数はもはや数えきれない。

全身に無数の痕が刻まれ、あまりにも痛ましい姿となっていた。

 

そして肉体的には勿論、精神的にも、もう満身創痍の状態となっていたのである。

 

ここにきて、ようやく気がすんだのか、腕を吊っていた枷が外された。

しかし、すぐさま両手を手錠で拘束され、連行される。

その行先は絞首台であった。

同様に拘束されたモモカも一緒に連れていかれる。

 

そして観衆は、アンジュの痛ましい姿を見ても尚、容赦無く罵声を浴びせ続けた。

 

しかし、アンジュはその言葉に何も反応しなかった。

というよりも、反応する事すら出来なくなっていたのである。

この時のアンジュは、もう心が擦り切れてボロボロの状態になってしまっていた。

その瞳は虚ろである。

 

 

 

 

その時だった。

 

一人の者が突如声を張り上げた。

 

「どうしてアンジュリーゼ様がこんな目に遭わなければならないのですか!!」

 

声を上げたのはモモカであった。

モモカは、アンジュに罵詈雑言を浴びせるばかりの観衆に向かって、毅然と反論した。

 

「アンジュリーゼ様は何も悪い事などしてはいないのに!!」

 

それまで言いたい放題だった観衆は、突然の反論に、一瞬押し黙る。

しかし、次の瞬間には再び罵声が押し寄せてきた。

それでも、モモカはそんな観衆に向かって真っ向から立ち向かった。

 

 

その時、モモカの声を聴いたアンジュの、虚ろだった瞳に光が灯った。

 

(モモカ…………)

 

自分を懸命に庇おうとしているモモカの姿に、アンジュは少しだけ救われた気がした。

実の家族からも裏切られたが、それでもモモカだけは決して裏切らなかったのである。

 

(モモカ……今までありがとう。せめて、あなただけは生き延びて。)

 

 

 

この時のアンジュは思っていた。

ジュリオの狙いは自分一人。だから自分が死ねば、それで全て終わると。

 

 

 

しかし、その考えは甘かった。

 

 

 

(ノーマの分際で王家の血を引く、忌々しいアンジュリーゼ。その顔をもっと絶望に

 染めてやろう。)

 

 

ジュリオの悪意はこの程度では止まらなかった。

 

 

 

ジュリオは立ち上がると、観衆に向かって言い放つ。

 

「今宵、処刑するのはアンジュリーゼだけではない。断罪せねばならない罪人はもう一人

 存在する。」

 

(え……?)

 

突然の宣言に、アンジュは思わず、ジュリオの方へ振り向いた。

 

「それは、皇室を私物化して国民を欺いた前皇帝のジュライ……その愚王の共犯者である、元

 筆頭侍女のモモカ荻野目だ!!」

 

(なっ!!?)

 

 

驚愕するアンジュを他所に、ジュリオは続けて言った。

 

「あの愚王の悪計に加担して人々を騙し、皇室を汚すのに一役買った詐術者……それがこの女、

 モモカ荻野目である!!

 その罪は極めて重大。まさに万死に値する。

 そのような者をこのまま生かしておいていいのだろうか? いや、いい筈が無い!!」

 

芝居がかった身振り手振りを交えながら、ジュリオは高々と宣言した。

 

「よって、モモカ荻野目を銃殺刑に処する!

 モモカとアンジュリーゼ……の二名の断罪を以て皇室の粛正は完了する。

 今夜この国は生まれが変わるのだ!!」

 

 

突然の暴挙に、アンジュはまるでハンマーで頭を殴られたかのような衝撃を受けた。

 

(そんな………そんな事が……)

 

アンジュは愕然とした。ジュリオが持つ悪意の大きさに……。

 

 

すると、衛兵がその場でモモカを跪かせた。

そしてライフルの銃口をモモカの後頭部に突きつける。

 

「やめろ!!」

 

即座にアンジュはモモカを助けようと、彼女の所に駆け寄ろうとした。

 

「くっ!」

 

しかし傍にいた兵に抑え込まれてしまう。

振り解こうにも、手錠をかけられているせいで上手く出来なかった。

 

「モモカを放しなさい!!」

 

それでもアンジュは懸命にもがく。

モモカを絶対に死なせまいと、力一杯もがいた。

 

すると、衛兵の一人が銃床を、アンジュの鳩尾に叩きつけた。

 

「かはっ! ……ゲホッ!!」

 

腹部に叩きつけられた衝撃に、息が詰まり、その場で崩れ落ちるアンジュ。

そして、モモカの頭に銃を突きつける衛兵が、そのトリガーに指をかけた。

 

「ゴホッ……………や、やめ……て。お願い……モモカ……だけは……。」

 

呼吸が乱れ、上手く息ができない状態で、アンジュは必死で懇願する。

 

そんなアンジュを見たジュリオは、邪悪な笑みを浮かべながら言った。

 

「安心しろ、アンジュリーゼ。お前もすぐにモモカの後を追わせてやる。」

 

そう言うと、ジュリオは衛兵に合図を出した。

 

「やれ。」

 

 

「モモカあああああ!!」

 

アンジュは力を振り絞って叫んだ。

 

 

 

 

その時、モモカがアンジュの方へ顔を向けた。

 

「アンジュリーゼ様……あなたにお仕えできて、私はとても幸せでした。」

 

その表情はとても穏やかであった。

己の人生に何一つ悔いは無い……そんな意思が伝わってくるような、そんな表情である。

 

「モモカ………」

 

「今まで本当にありがとうございました、アンジュリーゼ様。願わくば、来世でもまた、

 あなたにお会いしたいです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉がモモカの、最期の言葉となった。

 

 

 

 

 

乾いた銃声が響き渡る。

 

同時に鮮血が飛び散り、モモカが力なく倒れた。

頭部を撃ち抜かれて即死である。

 

その瞬間アンジュの心の中の何かが壊れた。

 

 

 

「お前のようなノーマが生まれてこなければこんな事にはならなかった。

 どんな気分だい?自分のせいで仲間が死ぬ気分は……。

 恨むなら、ノーマとして生まれてきた自分自身を恨むのだな。」

 

そのジュリオの言葉もアンジュの耳には入っておらず、茫然自失だった。

ただ、その瞳からは涙が溢れている。

 

 

(実に愉快だよ。ノーマめ。)

 

そのアンジュの様子を見たジュリオは、満足げな表情を浮かべた。

 

 

そして、衛兵達がアンジュを力づくで立たせ、絞首台へと連行する。

もうアンジュには抵抗する気力など、どこにも残ってはいなかった。

ただ引きずられるように連れていかれる。

そして、アンジュの首に縄をかけられた。

 

もはやアンジュは何も考える事ができなくなっており、ただ絶望だけが心を埋め尽くしている。

 

 

「これよりアンジュリーゼの処刑を執行する。」

 

そのジュリオの声も、民衆の歓声も、もうアンジュには何も聞こえない。

 

 

 

そして、ジュリオが死刑執行人に合図を送った。

 

すると、足場の板が外れ、アンジュの体が下に落下する。

縄をかけられた首が、勢いよく絞められる。

 

「がっ………」

 

呼吸が完全に止められた。

 

 

視界が徐々に暗くなっていき、意識が薄れていく。

 

確実に死が近づいてきている事が感じられたが、恐怖は感じなかった。

 

(モモカ………今私もそっちに行くわ。)

 

 

 

それまでだった。

そこで視界が完全に闇に覆われ、意識が完全に途絶える。

 

 

これがアンジュの最期である。

 

もの言わぬ屍となったアンジュ。

その瞳が何かを映すことは、二度となかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルゼナル管制室へ…こちら107便。廃棄物を持ってきた。着陸許可を求む。

 繰り返す。こちら107便……。」

 

 

「おい。もうすぐ着くぞ。起きろ。」

 

 

どこかで聞いた事あるような言葉が聞こえてきた。

 

 




というわけで、やっと序章が終わりました。
次回からはようやく本編スタートです。

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