クロスアンジュ 遡行の戦士   作:納豆大福

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第13話  サリアの憂鬱

 

「はぁ…………。」

 

第1中隊の副隊長、サリアは深い溜め息をついた。

彼女は今、悩みを抱えていたのである。

 

(今の私は、副隊長としての役割をちゃんと果たせていないわ。

 もっと、しっかりしなきゃ……。)

 

 

副隊長になったばかりのサリアは、慣れない仕事に四苦八苦し、本来副隊長が果たすべき役割を十分に果たせていないと、思い悩んでいた。

なったばかりなのだから仕方がないのだが、元々真面目過ぎるくらい真面目な性格である彼女はそれを良しとはせず、このままではいけないと、ただ気が焦るばかり。

 

 

そして彼女が焦っている理由はそれだけではなかった。

それはヴィルキスの事である。

 

 

 

(ジル………どうしてなの? ヴィルキスは私に任せてって、言ったじゃない。)

 

サリアは、アンジュがここに来るよりも遥か以前より、ずっとヴィルキスの乗り手を目指していたのである。

そのために日々頑張ってきた。

しかしジルはサリアではなく、新入りのアンジュの方にヴィルキスを任せてしまった。

 

(ヴィルキスの乗り手になるのはこの私よ。誰にも渡さないわ。

 いつか必ず私がヴィルキスを取り戻してみせる。)

 

 

サリアは焦っていた。

 

副隊長の仕事を完璧にこなし、個人技量でもアンジュを超える事が出来れば、ヴィルキスの乗り手の座を取り戻す事が出来る筈だと、そう思って寸暇を惜しんで必死に教本を読んで勉強したり、日々の訓練に励んだりしていた。

 

しかし、どうにも上手くはいかない。

教本に書いてある事をどんなに完璧に覚えても、実戦だと中々その通りにはいかない事が多かった。

 

そしてサリアが四苦八苦している間にも、アンジュは更にどんどん腕を上げていったのだ。

ヴィルキスを完璧に使いこなし、ドラゴンを次々と屠っていくアンジュ。

今では第1中隊の実質的なエースとも言えるメイルライダーとなっていた。

 

そんな彼女の姿を見てきたサリアは、アンジュを超えるどころか更に差をつけられていくのを感じ、焦りが募るばかりであった。

 

 

 

 

前回に出撃した時もそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シンギュラーより侵攻してきたドラゴンを、待ち構えていた第1中隊のパラメイルが迎撃した時の事である。

 

しかし、この時はいつもよりも大量のスクーナー級がいて、群れで突進してきたのだ。

 

「くっ……なんて数。」

 

これにサリアは必死で応戦した。

 

他の者達も迫り来るドラゴンを撃ち落としていくが、如何せん敵の数があまりにも多過ぎて、遠距離からの射撃では殲滅し切れない。

かなりの数のスクーナー級が接近して来て、戦いは乱戦の様相を呈していた。

 

 

 

その時、サリアはふと振り返る。

 

「………ッ!!」

 

そして目を見開いた。

 

 

そこにいたのはココが乗っている機体と、その機体の背後から今まさに攻撃しようとしていた敵の姿。

 

(危ないっ!!)

 

サリアがそう思った時には、もう遅かったのである。

助けようにも、もはや間に合わないと思われた。

 

 

しかし次の瞬間、突如高速で飛翔して来た鋼鉄の剣が、敵を貫く。

 

「「!!?」」

 

その瞬間を見ていたサリアも、後ろを振り返ったココも、驚いて目を見張った。

 

 

すると、アンジュの駆るヴィルキスが飛来。

ドラゴンの体に突き刺さった剣のグリップ部を掴むと、そのまま敵を切り裂いた。

 

ドラゴンを貫いたその剣は、ヴィルキスの装備である斬竜刀ラツィーエルだったのだ。

ココのピンチを素早く察知したアンジュが彼女を助けるために、敵へ目掛けて投擲したのであった。

 

「アンジュ様!!」

 

「ココ、大丈夫?」

 

「はい。」

 

ココの無事を確認したアンジュ。

 

今までアンジュは、何かと新兵であるココやミランダの面倒をよく見てきた。

“前回”に死なせてしまった二人に対する責任はもうすでに十分果たしたといえるが、しかしそれでもアンジュは二人を死ぬ事が無いように、こうして戦闘中に彼女達のフォローをよくする。

 

 

 

アンジュはココがもう大丈夫である事を確認すると、そのまま敵の方へと向かって行った。

 

そしてヴィルキスを自在に操り、戦場を高速で縦横無尽駆け巡る。

次々と敵を機銃で撃ち落とし、近づいた敵は剣で切り裂き、一刀両断。

そんな調子でドラゴン屠っていき、かなりのハイペースで敵の数をどんどん減らしていった。

 

(こっちも負けられない!)

 

そんなアンジュに対し、サリアはは対抗心を燃やす。

 

(私だって!)

 

躍起になって機体を駆るサリア。

無我夢中で敵を撃つのだった。

 

しかし、この時の彼女は焦って目の前の敵を倒す事に気を取られるあまり、周囲をちゃんと見渡し切れていなかった。

 

 

「おい、サリア!! 上から来ているぞ!!」

 

「えっ!!」

 

隊長のゾーラの声でハッとして、サリアは頭上に目を向ける。

すると、そこには上方からサリアの機体目掛けて急降下してくる敵の姿があった。

 

「しまった!!」

 

サリアは完全に死角からの不意打ちを受けてしまった。

ドラゴンが牙を剥いて襲いかかってくる。

 

 

しかし、その直後であった。

 

どこからともなく放たれた弾丸が敵を正確に射貫く。

撃ち抜かれたドラゴンは、そのまま力無く落ちていった。

 

「なっ! 今のは!?」

 

サリアは驚き、弾丸が飛んできた方を見る。

すると、そこにいたのはヴィルキスだった。

 

 

すると、アンジュはサリアに言った。

 

「何やってるの!」

 

「アンジュ………。」

 

「しっかりしなさい!」

 

アンジュに注意を促された。

 

「くっ……!」

 

不覚を取ってしまったサリアは、悔しさで思わず顔を歪ませる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、敵を殲滅し、無事に戦闘を終えて基地に帰投した第1中隊。

 

 

帰還後、各員が機体から降りていく中、サリアはしばらくの間、操縦席に座ったまま動けずにいた。

 

この時のサリアの頭の中にあったのは、先ほどの戦闘中にやってしまった失敗の事である。

アンジュを超えようと躍起になって、そして超えるどころかミスをしてしまい、しかもそれをアンジュにフォローされてしまったのだ。

言いようのない悔しさが、その表情に滲み出ていた。

 

 

そんなサリアに、ゾーラが声をかける。

 

「ドンマイ、サリア。 まあ、こんな日もあるさ。あんまり気にし過ぎない方がいい。」

 

「隊長………。」

 

ゾーラはサリアを慰めるように、一言そう言って、去って行った。

 

 

 

その後、サリアは何とか気持ちを切り替えて、機体から降りた。

そして格納庫から出ようとする。

 

「あっ。あれは………。」

 

するとその時、アンジュとココ、ミランダの姿が、サリアの目に入った。

彼女達は何やら話をしているようだった。

 

 

アンジュは二人に言った。

 

「ココもそうだけど、ミランダもまだまだ状況判断に甘さがあったわ。

 そう言うのは、命取りになかねないから気を付けて。」

 

どうやらアンジュは、彼女達に戦闘に関する指導をしていたようだ。

 

「とにかく戦場では一つの事に囚われては駄目よ。

 何をする時も常に視野を広く持つ事………それが生き残るために絶対に必要な事なのよ。」

 

「はい。」

 

「わかったわ。」

 

ココとミランダは返事をする。

その時の彼女達の手元にはペンとメモが握られており、アンジュの言った事を丁寧にメモに書き取っていた。

どうも二人の方から、アンジュに教えを乞い、それに対してアンジュも色々とアドバイスをしてあげていたらしい。

 

「それでも、二人とも最初の頃に比べれば大分上手くなってきたわ。」

 

「ありがとうございます。」

 

「アンジュのおかげだよ。」

 

ココもミランダも嬉しそうに言った。

 

 

そして、そんな三人を離れた所から見ていたサリア。

 

「……………………。」

 

この時の彼女は、何とも言えない気分になっていた。

 

新兵へのアドバイスは本来ならば副隊長の役目だと、サリアは考えていたのである。

それだけでなく、戦闘中における新兵達のカバーも副隊長の役割だというのが彼女の考えであった。

 

しかし先ほどの戦闘では、乱戦の中で目の前の敵に対処するだけで手一杯になってしまい、そこまで気が回り切らなかった。

その間、新兵である筈のアンジュが彼女達の面倒を見て、その挙句にフォローどころか、逆に自分が失敗をしてしまい、アンジュにその失敗のフォローをされるという結果になったのである。

 

そしてココとミランダも、副隊長である自分ではなく、アンジュの方に指導を求める。

しかも、それは今回に限った事ではなかった。

ココもミランダも、いつもアンジュの方ばかりを頼って、自分をあまり頼ってはくれない。

その事で、サリアは副隊長として立つ瀬が無いような思いをしていた。

 

 

 

そんなサリアに声をかける者がいた。

 

 

「よぉ、サリア。」

 

「……………ヒルダ。」

 

そこにいたのはヒルダだった。

この時の彼女は相手を見下すような笑みを浮かべている。

それに対し、サリアも嫌悪感を滲ませた表情をヒルダに向けた。

 

何やら険悪な雰囲気になる二人。

 

 

 

ちなみにサリアとヒルダがこのような険悪なムードになるのは今に始まった事では無い。

この二人は以前から非常に仲が悪かったのである。

 

ヒルダは、真面目な性格であるサリアとはソリが合わず、彼女の事を嫌っていた。

だから何かというとよくヒルダがサリアに向かって嫌味を言う事がよくある。

勿論、サリアもそんなヒルダの事を快く思っていない。

まさに二人は犬猿の仲だった。

 

 

 

ヒルダはサリアに言った。

 

「新兵共の事で、ご不満かい?」

 

「何の話よ。」

 

「とぼけんなよ。あの二人があんたを差し置いて、アンジュの方に教えを乞う事を

 気にしてたんだろ?」

 

「…………ッ!!」

 

完全に言い当てられていた。

サリアは思わず目を見開く。

そんなサリアを見て、ヒルダは鼻で笑いながら更に言う。

 

「ハッ……図星だろ。 いや~ホント、これじゃあ副隊長としての面目丸潰れだねぇ。

 でも仕方が無いよ。あんた頼りないから。

 つうか、あんたさ……副隊長には向いてないんじゃないの? 何だったら副隊長の座、

 私が代わってあげようか?」

 

そのようなあからさまに挑発するような事を言われたサリアは、ヒルダをキッと睨みつける。

しかしヒルダは意にも介さず、ニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。

睨み合う二人。

 

 

「まあ、精々頑張んな。」

 

ヒルダはそれだけ言うと、そのまま去っていった。

 

 

 

「…………………。」

 

この時のサリアの心の中は悔しさで一杯だった。

 

先ほどヒルダが言った言葉……副隊長に向いていないという言葉。

サリアはその侮辱に怒りながらも、言い返す事が出来なかった。

ただ悔しさばかりが募るのである。

 

サリアは拳を強く握りしめる。

悔しさのあまり、その手は震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サリアは自室で、机に噛り付くようにひたすら教本を読んでいた。

まるで何かに憑りつかれたかのように、一心不乱に勉強をしていたのだ。

前回の出撃の際にした失敗で、より一層焦りが募り、その焦りが彼女にそうさせているのだろう。

 

 

そんな中、同室のヴィヴィアンが呟いた。

 

「いや~、アンジュは今日もキレッキレだったにゃ~。」

 

ヴィヴィアンはハンモックに横たわりながら言った。

彼女は何気なく言った一言だったが、サリアは“アンジュ”という単語に反応し、ピクッと動いた。

 

そしてサリアは振り向いて、口を開く。

 

「ねえ、ヴィヴィアン。」

 

「ん? 何?」

 

「私とアンジュとでは一体何が違うのかしら?」

 

「ほぇ?」

 

突然の質問に、ヴィヴィアンは少し戸惑ったような声を上げるが、サリアは構わず続けて言った。

 

「私とアンジュでは、実力に大きな差があるわ。その差を埋めるために頑張ってきたけど、

 差は全然縮まらない。

 一体…………一体、私と彼女とで何が違うの?」

 

サリアはつい自分の抱えていた悩みを漏らした。

 

「そんな事私に聞かれても、難しい事は分かんないもん。」

 

勿論、いきなりこのような事を聞かれたヴィヴィアンは、サリアに答えを与える事などは出来なかった。

 

「そう………。」

 

そしてサリアは再び机の方へ向き直る。

 

「サリア………あんま気にし過ぎない方がいいと思うよ。」

 

そのヴィヴィアンからの忠告の言葉も、サリアの耳に入っていなかった。

 

(一体、私には何が足りないの?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日経った、ある日の事。

 

その日、サリアは司令室に呼び出された。

そこで、ジルから驚くべき話を聞かされる。

 

「私が隊長代行ですか!?」

 

「ああ、そうだ。」

 

ジルが言ったのは、ゾーラに代わってサリアに第1中隊隊長の代理を務めよ、という話だった。

 

 

ジルが言うには、隊長のゾーラが突如体調を崩し、高熱を出して倒れてしまったため、戦線離脱を余儀なくされたとの事である。

そのため隊長復帰までの間、副隊長のサリアを隊長代行に任命すると、ジルは言った。

 

「頼んだぞ、サリア。」

 

「了解しました。」

 

サリアは敬礼すると、司令室を出ていった。

 

 

そして廊下に立ち、一人呟く。

 

「私が……隊長代理………。」

 

その表情には緊張の色がハッキリと浮かんでいた。

いくらゾーラが復帰するまでの一時的な措置とは言え、いきなり隊長の代理をするのだから、相当なプレッシャーである。

 

(今まで以上に、もっとしっかりしないと。)

 

サリアは改めて意気込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サリアが第1中隊隊長代行に就任してからしばらく経った。

しかし、思い通りにいかない日々は続いていたのである。

 

アンジュには実力の差を見せつけられ、ムキになって追いつこうとするが上手くいかない。

ココやミランダは、自分ではなくアンジュの方ばかりを頼っていて、隊長代行としても立つ瀬が無い。

ヒルダからは嘲笑われ、見下され、事ある毎に嫌味を言われる。

 

焦りと劣等感と苛立ちで、サリアの心にはストレスが溜まる一方だった。

 

 

そしてある日、ストレスは限界に達した。

 

(このままではいけないわ。 ここは一度、精神メンテナンスをしないと。)

 

その日、サリアはジャスミンモールに足を運んだ。

 

ちなみにジャスミンモールとは、文字通りジャスミンが経営している施設であり、アルゼナル基地内にある巨大酒保である。

取り扱う品目は、日用品や食品、パラメイル用のカスタムパーツなどまで多岐に渡る。

 

サリアはジャスミンモールに着くと、まずジャスミンにお金を渡した。

 

「いつもの……。」

 

その一言だけでジャスミンは察した。

 

「あいよ。一番奥のを使いな。」

 

 

サリアは奥の方にある試着室の中へ入り、カーテンを閉めた。

そして予め用意しておいた衣装に着替える。

 

 

すると、その狭い試着室の中に異様な光景が出来上がった。

 

サリアが身に纏った衣装はとてもファンシーな物である。

そして彼女の手には、これまた何ともファンシーなデザインのステッキが握られていた。

 

サリアはステッキを振り、体をくるっと一回転させる。

 

「愛の光を集めてギュ♪ 恋のパワーでハートをキュン♪

 美少女聖騎士プリティー・サリアン……あなたの隣に突撃よ♪」

 

決めセリフと思われる言葉を口にして、ポーズを取る。

 

「フフフ………決まったわ。」

 

そして悦に入ったように笑った。

 

サリアがやっていた事……それは所謂魔法少女コスプレというものだった。

それはサリアが密かに隠し持っていた趣味。

 

彼女にとって、それは日頃のストレスを解消する方法としては最適のものだったのだ。

サリア曰く、精神メンテナンスである。

特に鬱憤が溜まっている時にはより一層趣味に没頭するのだった。

 

それは普段の真面目で堅物な優等生タイプの彼女からは想像もつかないほどの、はっちゃけようである。

そしてサリアの趣味の事は、ジャスミン以外の者は誰も知らない秘密だった。

こんな異様な光景を誰かに見られたりしようものなら、笑われるかドン引きされるかのどちらかだろう。

だから、このような密室でコソコソとやっていたのである。

 

ここ最近は非常にストレスを溜め込んでいたので、この日はいつも以上に没頭していたのであった。

 

(今日は思う存分に楽しみましょう。)

 

サリアはそう思いながら、コスプレにのめり込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、アンジュがモモカを連れて、ジャスミンモールを訪れる。

アンジュが向かったのは、衣料品コーナーだった。

 

「本当によろしいのですか?」

 

「いいのよ、モモカ。 あなたメイド服だけ持って、こっちに来たでしょ。」

 

「私は別にそれでも構わないのですが……。」

 

「お金の事なら気にしないで。 遠慮することはないわよ。

 あなただってオシャレとかしてみたいでしょ。」

 

「アンジュリーゼ様………。」

 

 

アンジュはモモカのために服を買いに来たのである。

 

 

モモカは、向こうの世界にいた時も、こっちに来てからも、基本的にいつも仕事服であるメイド服を着ていた。

嘗ては皇室に仕える筆頭侍女として多忙な日々を送っていたため、それ以外の服を着る機会はあまり無かったのだ。

そしてアンジュを追ってアルゼナルへ来た際には、必要最低限の荷物だけ持って密航してきたので、今持っている服はメイド服しかないのである。

 

しかし、モモカだって年頃の女の子であり、オシャレだってしたい筈。

そう思ったアンジュはモモカに服をプレゼントしてあげようと思ったのである。

 

そんなアンジュの心遣いが、モモカの心に沁みたのだった。

 

「アンジュリーゼ様……本当にありがとうございます。」

 

 

 

 

 

 

 

アンジュはモモカに合いそうな服をいくつか見繕った。

そして、ジャスミンに声をかける。

 

「ジャスミン、試着室借りるね。」

 

その時、ジャスミンはちょうど銭勘定をしていた。

 

「ん? ああ。 一番奥のを使いな。」

 

札束を数えながらだったので空返事になっていた。

しかしアンジュはその事を気にせずに、そのまま一番奥の方にある試着室へ向かった。

 

 

 

そして、その直後にある人物がジャスミンの所にやって来た。

 

「ジャスミン、ちょっと試着室使わせてもらうよ。」

 

「ああ………一番奥のを使いな。」

 

またしても金勘定をしながら空返事するジャスミン。

その人は言われるままに、試着室の方へ向かった。

 

 

そして、しばらくしてから彼女はある事に気づく。

 

「あっ…………。」

 

ここに来てようやくジャスミンは思い出した。

一番奥の試着室は今、サリアが秘密の趣味のために使っている最中である。

その事をすっかり忘れていたのだった。

 

「こりゃいかん!!」

 

ジャスミンは慌てて、アンジュ達と、もう一人の人物を止めるために、走り出した。

 

 

 

 

その頃、アンジュはモモカを連れて試着室の前に来ていた。

 

しかしその時、アンジュはふと思った。

 

(あれ? 何か大事な事を忘れているような気が……。何だったかしら?)

 

そう思いながら試着室のカーテンに手を伸ばす。

 

(あっ!!)

 

そして寸前の所でアンジュは思い出した。

 

(確かこの日って、サリアが試着室で、痛いコスプレをしてた日じゃない!!)

 

 

 

それは“前回”の記憶……サリアのコスプレ現場を意図せず目撃してしまった時の事である。

 

あの時も、今と同じように試着室のカーテンを開けようとしていた。

そしてカーテンを開るとそこには、サリアが魔法少女ものの衣装を身に纏って、はしゃいでいるという異様な光景があったのだ。

 

その後はもう大変だった。

誰にも知られたくない秘密を知られてしまったサリアは思いつめ、その結果、口封じのために、アンジュが入浴している時にナイフを持って風呂場に突撃をかましたのである。

何とかナイフは取り上げたが、そのまま掴み合いになり、その後長時間に渡って風呂場で乱闘となったのだ。

 

挙句の果てに、その時の乱闘のせいでアンジュは湯冷めしてしまい、それが原因で風邪を引いて寝込んでしまうという事態に至った。

まさにアンジュにとっては踏んだり蹴ったりである。

 

 

“前回”にそんな事件があった事を思い出したアンジュは、カーテンに伸ばしていた手を即座に引っ込めた。

 

「アンジュリーゼ様? どうかしましたか?」

 

「し、使用中だったみたい。 別の部屋にしましょう。」

 

アンジュはそう言うと、左端の試着室とは反対に、右端の試着室の方へと向かった。

 

(危うく、超面倒くさい事になる所だったわ。)

 

ギリギリの所でトラブルを回避したアンジュだった。

 

 

しかし、その直後である。

 

(ん?)

 

ある人影がアンジュの目に入った。

 

(ヒルダ……。)

 

そこにいたのヒルダだった。

どうやら彼女も試着室を使おうとしているらしい。

 

するとヒルダは一番左にある試着室のカーテンに手をかけた。

 

(あっ! やばい!!)

 

それはサリアが使っている試着室である。

アンジュは慌てて止めようとした。

 

「ちょっ、待っ……!!!」

 

しかし間に合わず、ヒルダはカーテンを開けてしまった。

 

 

 

「シャイニングラブエナジーで、私を大好きになぁれ♪」

 

その時、サリアのテンションは最高潮に達していた。

鏡の前で、決めポーズを取る。

 

 

そして、その背後でカーテンが開かれた。

 

 

「…………あ。」

 

サリアの表情は瞬時に引き攣った。

そして、そのまま凍りついたように固まる。

 

姿見に、背後に立つ人物の顔が映っているため、相手がヒルダである事はすぐに分かった。

振り返る事が出来ない。

 

 

「…………………!!!」

 

それに対し、ヒルダは驚愕の表情をしていた。

普段から、真面目な堅物と評していた相手が、魔法少女コスプレをしている現場に不意に遭遇してしまったのだから無理もない。

 

 

「「……………………。」」

 

しばらくの間、沈黙が続く。

 

 

その沈黙を破ったのはヒルダだった。

驚きの表情のまま固まっていたが、状況を理解出来てから一転、ニヤリと嘲笑する。

 

「へぇ………あんたにこんな趣味があったとは……。こんなコスプレをしてたなんてねぇ。」

 

それだけ言うと、ヒルダはカーテンを閉めた。

 

 

その直後に駆け付けたジャスミンは、手遅れである事を悟り、手を額に当てた。

 

「あちゃー………。」

 

 

そして、その場を少し離れた所から見ていたアンジュ。

 

(サリア………ご愁傷様。)

 

心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

そして試着室の中にいたサリアは崩れ落ち、膝を付いた。

 

(あぁ………何て事を……。)

 

彼女は頭を抱え、嘆いた。

 

(よりによって、ヒルダに見られちゃうなんて………。)

 

まるでこの世の終わりであるかのような表情をしていた。

 

ジャスミン以外の者には、誰にも知られていない……ジルにさえ秘密にしていた事である。

それをよりによって犬猿の仲だったヒルダに見られてしまったのだ。

ヒルダの事だから、悪意をもって言いふらす事は目に見えている。

 

 

 

その後、サリアは制服に着替えてから試着室を出た。

 

「あぁ………もうお終いよ、何もかも。」

 

消え入りそうな声でブツブツと呟きながら、非常に重い足取りで歩いて行くサリア。

その際にアンジュから、かわいそうな生き物でも見るかのような目を向けられるのだが、それに気付く余裕すら無かった。

 

 

サリアは想像してみた。このまま行けばどうなるかを。

 

ヒルダを筆頭に多くの者達からバカにされ、ジルからは呆れられて失望され、その他大勢の人達からはドン引きされる……そんな光景が目に浮かぶ。

そんな事態だけは何としても避けたかった。

 

(こうなったら。)

 

そこでサリアは決断した。

最後の手段を用いる事にしたのである。

 

 

 

 






今回はここまで。
プリティサリアン爆誕の回でした。(笑)

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