「このままでは………何とかならないのですか?」
「まあ……少なくとも、私には"人間"達の作ったルールをどうこう出来るような権限なんて
ありません。」
モモカがアルゼナルにやって来たその日、司令室にて監察官のエマとジルが話していた。
その話題は勿論モモカの事である。
アルゼナルに物資を搬入する輸送機に便乗する形で密航してきたモモカ。
しかし、このアルゼナルに足を踏み入れるという事は、決して知ってはいけない世界の秘密を知るという事を意味する。
ドラゴンやアルゼナルの事……そしてノーマ達が"人間"の領域を防衛するために、命懸けで戦っているという事実……
それは、この世界における最高機密であり、各国首脳などの極一部の限られた人達しか知らない秘匿事項。
万が一その秘密が外部に漏れ、世界に広まってしまったら、ノーマに対する差別や迫害で成り立っている社会システムの運営に支障が出かねない。
故にその秘密を知ってしまったモモカは、このままでは口封じに抹殺されてしまう。
とりあえず、しばらくの間はアルゼナルにモモカを置いておくとして、次の定期便がアルゼナルに行った時にそのまま連行して、秘密裏に消す……というのが”人間”達の委員会が下した決定である。
エマは同じ"人間"として、そのような悲惨な末路を辿るであろうモモカに対して心の底から同情していた。
何とか救いの手を差し伸べる事が出来ないか、と思い悩んでいたのである。
しかし、その悩みはすぐさま解消される事になる。
エマが悩んでいる所に、アンジュがやって来る。
その時の彼女は大きなアタッシュケースを持っていた。
「アンジュ……何ですか?それは……。」
エマが怪訝そうな顔をしながら言った。
するとアンジュはアタッシュケースの蓋を開ける。
その中には大量の札束が目一杯に敷き詰められていた。
「これは……!!」
驚くエマ。
そして、そんな彼女を他所に、アンジュは言った。
「モモカの身柄は私が買い取るわ。」
「………ッ!!?」
突然の事に、エマは絶句した。
アンジュはここに来る前に、アルゼナルの銀行に寄って、そこで今まで貯めてきた金の内の大部分を下ろしていた。
ケースの中に入っていた金は、それである。
アンジュは今回も"前回"同様に、モモカの身柄を金で買収し、彼女を自身の物にする事によって、このアルゼナルに置いておくという方法を取ったのだ。
人を金で買うという、一見すると非人道的にも取れる行為。
しかしこの場合は、それがモモカを救う最善策なのである。
このままいけば、いずれモモカは向こう側の世界へ帰還しなければならない。
そうなれば、その時こそ口封じで消される事になる。
しかし、こうしてモモカの身柄をアンジュが買い取れば、彼女をアルゼナルにずっと置いておく口実が出来る。
向こう側の世界の連中にとって、アルゼナルという名の"牢獄"にモモカを閉じ込めておけるなら、口封じをする必要は無い。
ただ、ノーマが"人間"を金で買うというのは前代未聞の事態である。
「こんな紙切れで"人間"を買うですって!? アンジュ……あなた、いくら何でも冗談が
過ぎるわよ!!」
この事態にエマは憤慨した。
ノーマは劣った存在だと、幼い頃からずっと刷り込まれて生きてきた"人間"としては、いくらモモカを助けるためとは言え、素直には同意できないのだ。
しかしそんなエマを他所に、ジルが言った。
「金さえあれば何でも買える。 ……それがここのルール。」
「えっ!? し、司令!?」
「いいだろう、アンジュ。 今日から、モモカはお前の物だ。」
そう言い切ったジル。
これではエマも渋々ながら認めざるを得ない。
それを確認したアンジュは、そのまま司令室を出る。
すると、そこにはモモカがいた。
「アンジュリーゼ様。」
そんなモモカにアンジュは言った。
「あなたはずっと、ここにいて良いのよ。」
その言葉に、モモカは喜びで胸が一杯だった。
「部屋に案内するわ。ついて来て。」
「はい。」
モモカはアンジュに連れられ、一緒に廊下を歩いて行った。
すると、モモカが言った。
「あの、アンジュ様………御髪、短くされたんですね。」
そう言いながら、モモカは思った。
(アンジュリーゼ様………しばらく見ないうちに、雰囲気が変わられましたね。)
モモカの記憶の中のアンジュは、金色の髪を腰の辺りの丈まで伸ばしていた。
しかし、それが再会した時にはバッサリと短く切られていたのだ。
突然のイメージチェンジである。
それに加え、ミスルギ皇国で皇女をやっていた時とは、明らかに顔つきが変わっていた。
強い決意と覚悟の表われなのか、その顔には凛々しく精悍な雰囲気があったのである。
それはまるで戦士の顔であった。
その変りように、モモカは思わずときめいてしまったのだ。
(ずいぶんと逞しく、格好良くなられてしまったのですね、アンジュリーゼ様 ////// )
歩きながらも、アンジュの横顔につい見惚れてしまっていたモモカ。
胸はドキドキし、頬は赤く染まる。
「どうかしたの?モモカ……。」
モモカの視線に気づき、彼女の方へ振り向くアンジュ。
「えっ!? い、いや、別に何でもありません、アンジュリーゼ様 //////」
「そう?」
アンジュの顔を正面から見たモモカは、頬が更に真っ赤に染まる。
そして、そんなやり取りをしているアンジュ達を陰から見ている者がいた。
「アンジュ様………。」
ココである。
以前からずっとアンジュの事を慕っていたココ。
そして、ある日突然に現れたモモカに、そんな彼女と仲睦まじそうにしているアンジュ。
ココからすれば、アンジュを取られたような気分なのだ。
「アンジュ…………。」
そして、その場にはミランダもいた。
彼女もまたココと同様である。
突如現れたモモカに嫉妬してしまっている、乙女二人であった。
ある日の事である。
その日、モモカは一人で部屋にいた。
「これで良しっと。」
彼女はアンジュが出かけている間に、ベッドメイクをしていたのである。
するとその時、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
「おや? 一体誰でしょう?」
モモカは部屋のドアを開けた。
「あんたが噂の、元皇室侍女かい。」
すると、そこにはゾーラがいた。
「あなたは?」
「私はゾーラ。よろしくな。 ……それにしても中々、美味しそうじゃないか。」
その時のゾーラはモモカに対し、上から下まで舐め回すかのような視線を向けていた。
モモカは、ゾーラの言った言葉に意味自体は分からなかったが、それでも目の前の人が危ない人物であるという事はすぐに理解できた。
「あ、あの………」
「フフ……きっと良い声で鳴くんだろうね。」
思わず後ずさるモモカに、迫るゾーラ。
その時だった。
ゾーラの背後で、金属音がした。
同時にゾーラが、自身の後頭部に、何やら鉄の感触を感じる。
「モモカに手を出すな。」
その直後に聞こえてくるドスの利いた声。
「アンジュリーゼ様!!」
モモカの言った言葉で、ゾーラは察した。
今自分の背後にいる人物が誰なのかを。
ゾーラがゆっくり後ろへ振り返ると、額に青筋を立てながら自分に拳銃を突きつけるアンジュの姿が見えた。
しかも、よく見ると引き金に指がかかっている。
この時のアンジュは鋭い眼光が宿る目でゾーラを睨みつけており、凄まじい殺気を放っていた。
「冗談だよ、冗談。 そんなムキになるなって。」
ゾーラは両手を上げて降参のポーズを取った。
するとアンジュは銃口を下ろした。
しかし目はゾーラを睨みつけたままである。
「次はないわよ。」
アンジュは短く一言だけ、そう言った。
(アンジュの奴、とんでもない殺気を放ってたな。ありゃあ、まるで獣だ。
これじゃあ、あの女の子に手を出すのは命懸けだな。)
ゾーラは思った。
モモカを背に庇いながら自分を睨みつけてくるアンジュの姿は、まるで子連れの虎を連想させられるようなものだった。
そのうち、「ガルルルル!!」なんて鳴き声が聞こえてきそうな有様である。
「アンジュリーゼ様…… /////」
一方、この時のモモカの目には、アンジュの姿が、まるで守護騎士のように映っていた。
勇ましく、頼もしい……そんなアンジュの姿を見て、モモカはますます胸が高鳴るのであった。
タスクがアンジュの騎士になろうと誓っていた頃には、もうアンジュはすでにモモカの騎士になっていたのです。
タスク……哀れ………。
そしてココとミランダが泥棒猫案件になりそうな件について……。