クロスアンジュ 遡行の戦士   作:納豆大福

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第8話  ヴィルキス飛翔・前編

 

 

 

この日、アンジュは医務室にいた。

軍医のマギーに診て貰う為である。

 

アルゼナルに帰還したあの日から、アンジュはここで、傷の治療を受け続けていた。

墜落時に負った傷と、ドラゴンとの生身での遭遇戦で負った傷である。

孤島にいた時にも一応は手当てはしていたのだが、完璧に治す為にはちゃんとした設備のある

ここで医師にしっかりと診てもらう必要があった。

 

 

 

そして、これは先日の事である。

その日、アルゼナルへ帰還したアンジュは医務室へ行き、マギーに診て貰った。

 

この時、アンジュは薬を左腕の傷口に塗られたのだが、痛みが走って思わず顔を顰める。

 

「うっ……!」

 

「痛いかい? ねえ、痛い? 痛むの?」

 

マギーは、アンジュの痛がる表情を見て、興奮している。

しかも酒の臭いがしていた。

 

(こいつ、とんだサディストだわ。しかも酒臭いし……。 本当に大丈夫なの?

 この医者………。)

 

そんなアンジュの心を読んだのか、傍にいたジャスミンが言った。

 

「安心しな、アンジュ。そいつは確かにちょっと性格の歪んだドS女だが、医者としてなら

 信頼出来る奴さ。」

 

「いや、ドSって時点で医者としてどうかと思うんだけど。」

 

「まあ、そうなんだが……それでも、ここの医者達の中では一番の腕前さね。」

 

「本当に大丈夫なの?ここの医療体制……。」

 

不安を口にするアンジュ。

 

そんな彼女を他所に、マギーはアンジュの体の傷を診ていた。

 

「おや? アンジュ……この傷だけ、新しいじゃない。」

 

「ああ。その傷は後からできたものよ。 ドラゴンにやられてね。」

 

「えっ!!!」

 

「…………!!」

 

マギーは思わず声を上げた。

ジャスミンも、声こそ出さなかったものの、驚き、目を見開いている。

 

 

 

そこで、アンジュは孤島で起きた出来事について二人に話した。

ドラゴンに襲われた事、ドラゴンと生身で戦闘をした事、そして仕留めた事。

 

 

「危うく腕を食い千切られる所だったわよ。 生身でドラゴンと白兵戦闘なんて……もう二度と

 やりたくないわ。」

 

アンジュは当時の事を振り返って、しみじみと感じた事を口にする。

それに対し、マギーとジャスミンは驚きのあまり、口を開けポカンとしていた。

 

そしてジャスミンが言う。

 

「アンジュ………あんたもしかして、ミスルギ皇国が極秘裏に開発した、人型戦闘兵器だったり

 する?」

 

「そんな訳ないでしょ!!」

 

アンジュは思わず叫んだ。

すると、今度はマギーが言った。

 

「対ドラゴン用、人型戦闘兵器か、なるほどねえ。」

 

「だから違うってば!!」

 

 

そんなやり取りが先日にあった出来事である。

 

 

そして、その後もアンジュは何度も医務室に足を運び、その度に興奮気味な目を向けてくる

ドSドクターのマギーにジト目を向けながらも、治療を受け続けた。

 

 

 

 

そして、今日………

 

 

「OK、問題無し。これで完治だよ。」

 

マギーから完全回復の宣告を受けた。

墜落時に負った体の傷も、負傷した左腕も完全回復したのである。

 

 

 

するとアンジュはこの日からさっそく、本格的にトレーニングを再開した。

走り込み、サンドバックを使っての格闘訓練、射撃訓練、そしてシミュレーターによるパラメイル操縦訓練。

 

常に全力で、がむしゃらに、トレーニングに打ち込んでいく。

そんなアンジュの姿に皆は感心していた。

 

特に操縦訓練では、その熱心で直向きな姿勢に加え、並外れた技量を見せて、周囲の者達から

一目置かれる。

部隊一のベテランであるゾーラでさえも舌を巻くほどであった。

 

 

そして、元々周りから注目を集めていたアンジュだったが、そんな彼女がいきなり髪を

バッサリ切った事によって、周囲の者達は驚愕し、そんな彼女達の注目を更に

集める事になった。

今やアルゼナル中で注目の的となっている。

しかし当の本人はその事を自覚せず、脇目も振らずに鍛錬に精を出すのであった。

 

 

 

 

(アンジュ、今日もがんばってるなあ。)

 

(アンジュ様、今日も素敵です。 ////// )

 

中でも、ミランダやココは、アンジュに熱い視線を送っていた。

 

(あの長かった髪をいきなりバッサリ切って現れた時は、本当ビックリしたし、勿体無いって

 思ったけど…… これはこれで中々様になっているというか………更に格好良く

 なっちゃってる。 ////// )

 

(アンジュ様。 しなやかな長い金の髪を靡かせる姿は良かったけど、ショートヘアもとても

 素敵です。 ////// )

 

元々、アンジュに対して非常に好意的だったミランダやココであるが、前回の戦闘中にアンジュに助けられた事もあり、

二人は更にアンジュに惚れ込んでしまった。

 

そこへ来て、アンジュがその髪を短くバッサリと切って、イメージチェンジ。

元皇女のアンジュであったが、もはや二人の目にはアンジュの姿は、お姫様というよりむしろ

王子様のように映っていたのである。

 

 

 

 

(あいつ………。)

 

そしてヒルダもまた、アンジュに視線を向ける者の内の一人であった。

初めて会ったあの日から、ずっとアンジュの事を気にしていたのである。

いつも気づくと無意識のうちにアンジュを目で追ってしまっているヒルダ。

そしてこの日もヒルダはアンジュの事を遠くから見ていた。

 

 

すると、そこにロザリーが声をかけてきた。

 

「ヒルダ。どうかしたのか?」

 

「え!? い、いや……別に何でもねえよ。」

 

その時、ヒルダはアンジュの方に目を向けており、近づいてきたロザリーに気づかなかった

らしい。

声をかけられて驚き、咄嗟に答えた。

 

するとロザリーは、先程までヒルダが目を向けていた方を見てみる。

そこにはアンジュの姿があった。

 

ロザリーはニヤリと笑う。

 

「ヒルダ……もしかして、アンジュに気があるのか?」

 

「はあ!? べ、別にそんなんじゃねえよ!!」

 

「本当か? あいつに惚れちまって、気になって気になってしょうがない、とかそういう事

 なんじゃないのか?」

 

「そんなわけ無いだろ!!」

 

ニヤニヤしながら揶揄うように言ったロザリーの言葉をヒルダは否定した。

しかしヒルダはアンジュの事が気になっているという事は事実である。

 

(チッ……。 一体何なんだよ、あいつ。)

 

ヒルダアンジュに対して抱いている感情……その感情が何なのか、ヒルダ自身よく分かって

いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新しい機体が用意できるのは来週だ。」

 

司令室にて、ジルはアンジュに向かってそう言った。

ジルが言っているのはアンジュの搭乗機の事である。

 

前回に出撃した際に、ゾーラを庇ってドラゴンの攻撃を受けてしまったアンジュの機体は、原形を留めないほどに大破してしまった。

だから新しい機体が用意出来るまでの間、アンジュは搭乗機が無い状態なのである。

その新しい機体が明日には受領出来るとの事らしい。

 

「そう………。」

 

ジルの言葉に対し、アンジュは一言だけそう言った。

 

アンジュとしては、出来る事ならこの機会に、嘗ての愛機であったヴィルキスに乗せてもらいたい所ではある。

しかし、“前回”とは違い、“今回”ジルはまだヴィルキスの事をアンジュには言っていない。

 

だから間違っても「ヴィルキスに乗せろ」なんて言うわけにはいかなかった。

本来ヴィルキスの事を知らない筈のアンジュがそのような言葉を口にすれば、何故ヴィルキスの

事を知っているのか、と問い詰められる事は必至である。

その時に何て答えればいいのか、アンジュには分らなかった。

時間遡行してきた、なんて言ったりした日には精神異常者のレッテルを貼られる事は避けられないだろう。

そうなればヴィルキスどころか、下手したらパラメイル自体に乗せてもらえなくなってしまう

かもしれない。

 

 

 

短く敬礼して、そのまま退室していくアンジュ。

 

(とりあえず、今はこのままいくしかないけど、出来れば早いうちにヴィルキスに戻りたいわね。

 でも一体、どういう感じにいけば不自然にならずに済むかしら?)

 

どうやってヴィルキスに再び乗るかという算段をアンジュは頭の中でしながら、廊下を歩いて

行った。

 

 

(それにしても、ここ最近、ドラゴンの出現が無いわね。)

 

アンジュが前回に出撃してからそれなりに時間は経つが、あれからドラゴンの襲来は無い。

特に何事も無く、ただアンジュがひたすらトレーニングをするだけの、何も無い平穏な日々が

過ぎ去って行った。

 

(新しい機体を受領するまでの間、敵が来なければいいのだけど……。)

 

そんな事を考えながら、アンジュは歩いていた。

 

 

しかし、このアルゼナルは戦の最前線の砦。

そんな平穏な日々は決して長続きする筈など無い。

 

そして当然、敵はこちらの都合なんかお構い無しである。

 

 

 

 

 

 

突如、アルゼナル中に大きなサイレンの音が鳴り響く。

それはドラゴン襲来を知らせるものだった。

 

 

基地全体で人々が慌ただしく動き出す。

司令部では管制員達の指示が飛び交い、格納庫では整備士達がパラメイルをフライトデッキへと

引き出していく。

 

第1中隊のメンバーも速やかにフライトデッキ前に集合した。

 

 

するとロザリーが周囲を見渡しながら言った。

 

「あれ? そう言えば、アンジュは?」

 

アンジュの姿が見当たらない事を不思議に思ったロザリーが周りの者に尋ねた。

そして、副隊長のサリアが答える。

 

「アンジュは前回の戦闘で搭乗機を失って、まだ補充機を受領してないわ。

 今は搭乗機が無い状態なのよ。」

 

するとゾーラが口を開いた。

 

「そういう事。アンジュは今回はお留守番だよ。

 だからその分、私達だけで何とかするしかないんだよ。

 分かってるな、新兵共。」

 

「「は、はい!!」」

 

アンジュがいない事で不安そうな顔をしていたココとミランダはソーラの言葉に慌てて

返事をした。

 

 

「よし、行くよ。 各員乗り込め!!」

 

「「「イエス・マム!!」」」

 

ゾーラの合図と共にライダー達は一斉に自分のパラメイルに乗り込んでいく。

 

 

 

 

そして一方、その頃の司令室では………

 

「だから言っただろう。お前は今回は待機だ、アンジュ。」

 

「本当に1機も無いの? この際、飛べるならどんな機体だっていいわ。」

 

アンジュとジルが言い合っていた。

搭乗機を失ったアンジュが、何とか出撃させて欲しいと、ジルに頼み込んだのだ。

ジルはこれを却下したが、アンジュは食い下がっていたのである。

 

「何度も言っているが、今は予備機が1機も無い。

 整備中の物も含めて、まともに飛べるような機体は1機も無いんだよ。

 聞き分けろ、アンジュ。」

 

「それだったら、あの機……」

 

そこまで言いかけた所でアンジュはハッとした。

 

「ん? 何だ?」

 

「あ、いや……何でも……。」

 

言い淀むアンジュ。

危うく“あの機体”と言ってしまう所だった。

 

 

「とにかく、我慢しろ。

 今回は敵もそんなに多くは無いし……ヒヨッコ新兵二人のお守りがあるとは言え、

 あいつらだけで大丈夫だろ。

 それに、来週に補充機を受領したら嫌でも戦線復帰しなければいけないんだ。

 今のうちに休んでおけ。」

 

「くっ……。」

 

そのジルの言葉に、アンジュは渋々引き下がった。

 

(仕方が無い。ココとミランダは心配だけど、ゾーラ達がついている事だし……それに

 ヴィルキスに乗せろ、なんて言うわけにもいかないしね。)

 

アンジュは歯痒い思いをしながらも、今回は我慢し、この場所から仲間達を見守る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルゼナルを発進した第1中隊は接敵予想地点に近づいていた。

 

「隊長より各機へ。シンギュラーは既に開かれたらしい。

 敵はガレオン級1匹に、スクーナー級10匹程度だ。そろそろ接敵する頃合いだろう。

 全機、周辺警戒を怠るな。」

 

「「「イエス・マム。」」」

 

隊長のゾーラが各員に注意を促す。

 

 

そして、そのまま大空を駆け抜けていくと、やがて遠方に影が見えてきた。

 

「来たな。 敵影補足! 全機、戦闘態勢を取れ!!」

 

ゾーラの号令と共に各機が人型のアサルトモードに変形した。

 

そして、それぞれの機体に装備されているライフル型機関砲や大口径キャノン砲が、敵に照準を

定め、一斉に火を噴く。

 

たちまち砲火が敵に降り注いだ。

次々とスクーナー級を射抜いていく。

 

それに対し、敵も負けじと抗戦する。

ガレオン級が大口を開けて咆哮すると、その前に魔法陣のような物が展開した。

そして、そこから無数の光の弾丸が飛び出してくる。

 

その光の弾丸はゾーラ達、前衛陣の所に飛来。

彼女達は光弾を機銃で撃ち落としながら、右へ左へと縦横無尽に駆け回る、回避機動を取った。

そしてその隙に突撃をかけてきたスクーナー級達。

 

 

しかし、彼女達は無数の光弾を避けながらも、接近してくるスクーナー級に射撃を浴びせる。

 

「ふん。甘いんだよ。」

 

前衛のヒルダは余裕の笑みを浮かべながら、敵を狙い撃っていった。

 

 

そして、それを後方からの援護射撃で支援する後衛陣。

 

「訓練通りに……。」

 

「落ち着いて冷静に……。 やったー!当たった!!」

 

ココとミランダも、落ち着いて行動出来ている。

そのお陰もあって、後衛陣も順調に敵を屠っていった。

 

 

 

 

こうして戦況は優勢に進んでいった。

元々敵の数がそれほど多くなかった上に、先手を取れたのが大きかったのである。

 

このまま一気に畳み掛けて殲滅するかと思われた。

 

 

 

 

「ん? ………あれは!?」

 

その時、ヴィヴィアンが何かに気づいた。

そして叫ぶ。

 

「隊長! 下から何か来る!!」

 

「何っ!?」

 

ゾーラは即座に下を見る。

 

すると、突如機体下方から大量の光弾が襲いかかって来た。

 

「回避!!」

 

ゾーラは咄嗟に指示を出した。

皆、回避行動を取る。

 

しかし、死角からの突然の不意打ちであったため、躱し切れずに被弾する機体が続出した。

 

「きゃあああ!!!」

 

「くっ………!!」

 

「クソッ……キャノン砲がやられちまった。」

 

エルシャ、クリス、ロザリー、の機体が被弾、損傷してしまう。

幸い墜落する程の損傷ではなかったが、そのダメージによって戦闘力が低下してしまった。

 

 

その時、ヴィヴィアンが敵の攻撃を躱しながら、下方へ目をやる。

すると、いつの間にか海面上に魔法陣が展開していた。

そこから次々に光弾が吐き出されていく。

 

「罠を張ってたんだ!! おのれ、小癪な!!」

 

ヴィヴィアンは気づいた。

これは敵が仕掛けていた罠であるという事を。

 

おそらく接敵前に、あらかじめ海面上に仕掛けておいたのだろう。

ガレオン級ドラゴンの魔法陣はこのような使い方も出来るという事が明らかになった

瞬間であった。

 

 

「こんな事が出来るなんて……データには無いわ。」

 

サリアが言った。

 

彼女達にとって初めて見る、ドラゴンの未知の戦法である。

それによって完全な不意打ちを受けてしまった。

 

 

 

しかし、隊長のゾーラは冷静だった。

 

「一時後退して態勢を立て直す。」

 

即時に判断を下し指示を出した。

 

 

「了解しました、隊長。  …………ココとミランダは私について来て。」

 

副隊長のサリアはも、ゾーラの指示の下、新米二人を先導しながら後退しようとした。

 

 

 

 

すると、その時………

 

 

 

「海中に巨大な動体反応!? 急速接近中!! ……こ、これはガレオン級!?」

 

突如、オペレーターが新たな敵の出現を告げた。

 

 

次の瞬間、水中に巨大な影が現れる。

そして急浮上してきたそれは、激しく水飛沫を立てながら海面を突き破って飛び出してきた。

 

どうやら海中の深い所に身を潜めていたらしい。

これも今までには無かった異例の事態である。

 

 

「チッ……もう1体、ずっと隠れていやがったのか!」

 

これには流石のゾーラも焦り出す。

 

 

部隊を後退させている最中、彼女達の前に立ち塞がる形で突然現れたもう1体のガレオン級による待ち伏せ。

これによって彼女達は前後からの挟み撃ちを受ける事になってしまった。

 

ドラゴンの放った無数の光弾が彼女達に襲いかかっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、司令部では予想外の事態を前に、非常に慌ただしい状態になっていた。

戦いの様子がモニターに表示され、各オペレーター達が状況報告をしていく。

 

「ミランダ機、損傷。推力50%に低下。」

 

「クリス機、被弾。 機体小破。」

 

「ココ機、中破。 機体耐久値が著しく低下。 危険状態です。」

 

次々と上がるオペレーター達の報告からも、どれだけ危険な事態であるかが窺える。

 

 

 

「…………………ッ!!」

 

アンジュはモニターを見ながら、思わず拳を握り締めた。

今すぐにでも自分が助けに行きたいのに、それが出来ない。何とももどかしくて堪らない思い

だった。

 

 

そんな中、司令官のジルが思考を巡らす。

 

(本来ならもっと慎重にいくべき所かもしれないが、ここで予定を繰り上げて奴をヴィルキスに

 乗せるのも良いかもしれん。

 こういう非常時だからこそ試すにはうってつけだ。)

 

その思惑は奇しくも、アンジュにとっては願ったり叶ったりなものであった。

 

 

ジルは言った。

 

「アンジュ。 お前さっき、飛べれば何でも良いと言ったな。」

 

「えっ? そうだけど………」

 

「実は1機だけあるんだ。飛べる機体が。

 まあ正確には、辛うじて飛ばせるって程度の代物……危なっかしいオンボロだがな。」

 

その言葉にアンジュはピンときた。

 

(ヴィルキスの事ね!)

 

 

すると、ジルは立ち上がった。

 

「ついて来い、アンジュ。」

 

 

 

 

そして司令室を出たジルは、アンジュを連れて、格納庫の方へと移動していく。

 

その時、ジルは懐からある物を取り出した。

 

「そう言えば、アンジュ………お前がアルゼナルに入営した時に、これを預かっていたな。

 今、返しておく。」

 

ジルが取り出した物……それは一つの指輪だった。

アンジュの母の形見である、大切な指輪である。

 

(やっと戻ってきた。お母様の形見。)

 

アンジュは今までそれをずっと待ちわびていたのだった。

アンジュはそれを受け取るとすぐさま指に嵌めた。

 

 

 

 

 

その後、二人は格納庫へと到着した。

そして、その格納庫の更に奥へとアンジュを案内するジル。

 

そこにはシートを被せられた一機のパラメイルが置いてあった。

 

そしてその傍には整備士のメイがいる。

彼女はジルに言った。

 

「ジル……本当にこれを出すの?」

 

「ああ。すぐに準備を頼む。」

 

「了解。」

 

すると、メイは機体に被せられたいたシートを素早く引っ張ってどかす。

 

そしてら、その下から出てきたのは、老朽化した機体だった。

全体が色褪せており、塗装も所々剥がれ落ちている上に、装甲表面は錆びついている箇所が

多々ある。

どう見ても、明らかに長年使われていない事を窺わせる有様だった。

 

 

「かなり老朽化した古い機体だよ。

 錆びついた装甲……出力の安定しない古いエンジンに、滅茶苦茶な制御系統。

 何とか辛うじて飛ばせるってだけのポンコツ機だ。」

 

ジルの言った言葉は、この機体の事を何も知らない者が聞いたら間違いなく落胆するようなセリフだった。

 

 

しかしアンジュは違う。

 

 

(久しぶりね……ヴィルキス。)

 

嘗ての自分の搭乗機を前にして、アンジュは心の中で呟いた。

そしてゆっくりと歩いていき、そのパラメイルに手を触れようとする。

 

 

 

すると、その時アンジュの指輪が突如光りだした。

 

そして次の瞬間、パラメイルが突然変化する。

機体が光りだしたのだ。

 

 

「「!!!」」

 

ジルもメイも驚愕し、目を見開く。

 

 

そして、その光が収まったと思ったら、機体の至る所にあった錆が綺麗サッパリ消えていた。

更に、色が落ちて煤けていた装甲は一変し、眩い程の綺麗な純白を基調としたカラーリングに

早変わりしている。

 

先程まで薄汚れた見た目をしていた老朽機が、一瞬のうちに、まるで新品のような姿になって

いた。

 

 

 

「「…………ッ!!!」」

 

驚き固まっていた二人を他所に、アンジュは素早くヴィルキスに乗り込んだ。

 

 

「すぐに出撃するわよ。 準備して。」

 

固まっていたメイは、アンジュのその言葉でハッとした。

 

「わ、分かった!」

 

すぐにメイはリフトを操作して、ヴィルキスを格納庫から運び出そうとする。

 

 

その間に、アンジュは操縦桿を握り、その感触を確かめていた。

 

(久しぶりだけど、やっぱりこっちの方が馴染むわ。)

 

嘗ての搭乗機だけあって、その感触は非常に手に馴染むものだった。

 

 

 

 

そしてアンジュの乗ったヴィルキスがフライトデッキに移送される。

アンジュは計器類等の最終チェックを終え、発進準備を完了した。

 

「アンジュ機、進路クリア。全システムオールグリーン。発進準備完了。」

 

無線機越しに聞こえてくるオペレーターの声が、全ての準備が整った事を告げる。

 

「行くわよ!!」

 

すかさず、アンジュはアクセルを全開にし、エンジンをフルスロットルにした。

スラスターが轟音を立て、機体が急加速。

 

滑走路の先端を越え、空中に飛び出した瞬間、アンジュは機首を上げて機体を急上昇させる。

 

 

 

こうして、ヴィルキスは再び大空へと飛翔したのであった。

 

 

(待っててね。今行くから。)

 

アンジュは全速力で現場へと急行した。

 

 

 

 


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