「ここまでとは……。」
その言葉を聞き、三人は貫いていた刀を引き抜いた。
いかに最強と言われようと、刀が刺さっていた場所からは当たり前のように血が流れる。支えられる形になっていた刀を抜いたことで、虚はそのまま前に倒れた。
「よく気づいたじゃねえか、銀時。」
「……あぁ?」
「葵殿の狙いだ。最初に気づいたのは、お前だろ。」
「あぁ……、」
葵が自身に虚の集中を向けさせて、銀時たちにその一瞬の隙を付いてほしいという葵の狙いを、最初に感じ取ったのは銀時であった。
だが、
「んなの……、お前らだって気づけただろうよ。」
「「??」」
銀時が最初に気づいたのは、偶然などではなかった。
小さな合図ではあったが、確かに葵から銀時に向けて何かメッセージが発せられていたのだ。
とは言っても、あの虚と戦闘を行いながらすべての指示を出すことなど不可能で、やはりそこには、銀時だからという理由があるのだが……。
「離れてっ!!!」
「「「!?!?」」」
力なく倒れた虚の死以外の選択を考えていなかった三人に向けて、葵の声が響いた。
──キーンッッッッ!!!!!!
刀が交わる甲高い音が周囲に響き渡り、その衝撃波は近くにいた銀時たちだけでなく、遠くから見ていた真選組や将軍の元まで届いた。
「っ!?」
「何だってんだっ!?」
「まだ生きてやがんのかィ、あのバケモンは。」
飛び込んだ形になり、三人を守るために動いた葵も、男の大人の力で振り下ろされた刀の力に押される。
「っ、」
「これも防ぎますか……、全く、やはりあなたを殺すのは惜しいですね。」
「あなたに殺される気は無いっ。」
葵に促される形でひいた銀時たちのもとに、松陽が現れた。
「大丈夫ですか、三人とも。」
「っ、あぁ……、」
「あやつは……、不死身なのですかっ……!」
四人が見つめる先には、葵と虚の姿があった。
「やはり、知っていたようですね。私が不死身であること。」
「別に確信してた訳ではありませんよ。」
「あら、そうでしたか。」
そう。葵の中で、目の前にいる虚が不死身であることの確信は無かった。だが、最大限に警戒していたのは事実だった。
なぜなら、葵が知る未来で虚が不死身であるのは、殺された松陽から生き返った虚が銀時の前に現れたことで、証明されるのであって、松陽が生きるこの世界では、確信できる事実は何も無かったのだ。
「銀時たちが油断してると思って、気が緩みましたね。あなたなら私なんかにバレることなく、彼らを切り伏せることなど容易なはずです。」
「そうですねぇ。ただ、別に油断した訳ではありませんよ。」
「……。」
「今殺さなくては、と囚われていなかったからですよ。」
「いつでも殺せる、ということですか。」
「そういうことですね。」
表情一つ崩すことなく、淡々と事実だけを並べているかのように虚は話した。
「……色々と確信できたので、良かったということにしますよ。」
「ほぉ……、何を確信できたのか知りたいものですね。私を倒せる策でも思いつきましたか?」
少し俯いた葵が顔を上げた時、その表情は少し柔らかくなっていた。
「それは、私が探さなくとも私の大切な人達が見つけてきますので、安心して下さい。」
「……。」
「私が確信したのは、
私の父上の事ですよ。」
「!?」
「松陽のこと……ですか?」
名前があがった松陽自身も、元は松陽と同じ身体であった虚も、そして松陽に関わった全ての人が驚いた。
「私はずっと考えていました。どうにかして、父上を解放することは出来ないか、と。」
虚の身体からイレギュラーで現れたとはいえ、松陽であっても中身は虚であることに変わりはない。虚の身体を持っている以上、これからも天導衆から狙われることは間違いない。
「こんなにも人に愛され、たくさんの人を育ててきた父上が、あなたの身体を持っているという理由だけで、その生活を制限される。
その事実を、どうにかして変えたいと思ったんですよ。」
葵がこの世界に転生して、自分のするべきことを見つけていく上で、虚が現れるという最悪の展開を回避するために動いていくと同時に、それは自分が愛する父である松陽を守れるのでは、と考えついた。
「あなたにとっては雑兵でしかない天導衆たちでも、今、その数を極端に減らされては、例えあなたでもどうにかして父上から離れるのではないかと考えたんですよ。」
そう。もちろん、将軍や銀時たちを守るためでもあったが、天導衆を倒すことで無理矢理、虚を引きずり出していたのだ。
「……。」
葵の話す言葉についていけない者、そして、自らの身体を自分以上に理解していることに驚く者。
三者三様の理由だが、その事実に全員が声を出すことも出来なかった。
その静寂を消し去ったのは……
「では……、賢いあなたなら気づいていますよね?」
虚だった。
まだ、葵を試すかのような表情で聞いた。
「……、
元々、父上の持つ不死の力というのは、一つの身体が持つであろう能力です。
そして先程、目の前であなたが復活しました。
つまり今、父上には不死の能力は無いということです。」
「素晴らしい。
では、……答え合わせをしてみましょうか。」
「!?」
松陽が不死身であることすら知らなかった者でも、その意味と虚の性格を考えれば、何をするのかすぐに感じた。
そしてその思考の速度を上回って、虚は松陽の元へ近づいた。
「松陽っ!!」
銀時が叫ぶ。
だが、例え不死の力を失ったとしても、備わっていた剣の力までもが消失する訳では無い。
元は同じ身体なのであれば、いきなり急所を突かれるという訳では無いのだ。
ただ、そこにある不死身と不死身でないのでは、大きな差があった。
──ズシャッ!!!!!
残酷なまでに響き渡る、人を貫く音。
そして、
「葵っ!!!」
「あなたに……っ、父上は渡さない。」
流れる血を気にも止めず、松陽に向かっていた刀を自らの脇腹に刺して受け止め、そのまま虚の手を掴む。
「?」
「例えあなたでも、その力を受け継いだ子どもにまでは、干渉できないみたいですね。」
「まぁ、そうでしょうね。
ですが、それは余裕でいられる理由になりますか?あなたの偽物の不死の力は、既に機能の低下が著しいことは知っているんですよ?」
そう言われても、葵は表情を崩すことは無かった。
「父上から受け継いだのが『私だけ』なんて、いつ言いましたか?」
──シュンッ
──ザシュッ!!!!!
風を切り裂くような音、そして次に聞こえたのは間違いなく何かを斬る音。
「父上から受け継いだのが、私だけはずあるわけないじゃないですか。
私には大切な弟がいるんです。」
葵が掴んでいた虚の腕だけが、葵の手元に残った。
葵の横に立つのは、黒い制服を着て、血のついた刀を握る葵のただ一人の弟。
例え似てないように感じても、二人が並べば、確かに感じる二人の血の繋がり。
──間違いなく、ここに最強の姉弟が揃った。