《桂side》
「どけや、銀時ぃ!!」
「うるっせぇ!!!てめぇ、なんでこっち来んだよっ!!」
「……てめぇには負けねぇ。」
「はぁぁぁぁ!? バカじゃねぇの!?あ、バカだったなぁ!!そういや!!!」
「あんだと、ごら。てめぇだけ、葵にいいとこ見せられると思うんじゃねぇぞ!!」
……いつも通り。
いつも通りといえば、いつも通りだが……。
「お前ら最近、よく喧嘩するな。」
「「あ゛ぁ゛!?」」
「喧嘩するほど仲がいいということか。」
「「黙れ!ヅラァァァァ!!!」」
「ヅラじゃない!桂だぁぁぁ!!!」
口を動かしながらも、戦闘の速度が遅くなるわけもない。どちらかと言えば、二人は張り合えば張り合うほど速くなっていく。
──ザシュッ!
──ドガッッ!!
──ズシャァァァァ!!!!
「やはり……レベルの差というものか。」
圧倒的な実力の差。それが、この血に満ちた戦場に目に見える形で現れている。それは……数の差。
葵殿の切り伏せた敵の数は、五人の中で群を抜いていた。
そして、それは……、
──シュンッ!!
──ヒュンッ!!
「!」
「大丈夫?」
「……葵、ど、、の……。」
それは、自らの目の前の敵だけではない。
知らず知らずのうちに、自分以外の味方の敵を、少しずつ削っていっていた。
俺の前には、確かに、葵殿が背を向けていた方向にいた俺の元にいた敵が、心臓を投げた刀で貫かれ倒れていた。
「大変だねー、あの問題児二人と一緒にいるのは。」
「あ、……いやっ。葵殿が手綱を握られていたおかげで一緒に居られるだけです。」
「握ってたのは父上だよ。私なんかには、あの二人は抑えられないしね。」
喋りながらも、敵を切り伏せるその動作が途切れることなどない。俺は、その滑らかな動きを、目で追いそうになる自らを制するのに苦戦しかけていた。
「おっと。」
「!」
葵殿が見えなくなり、その代わりに普段は絶対に感じることのない箇所から、安心感を感じた。
「さっきの言葉、やっぱり訂正。」
「?」
「手綱、握ってたのは、やっぱり小太だよ。」
「!!」
その言葉を最後に聞いたのはいつだろう。
そんなふうに、あなたにもう一度、名を読んでほしいと願ったのはいつだろう。
あなたの笑顔を見たいと思ったのはいつだろう。
「さてと。あの二人を暴走させておくわけにはいかないし、さっさと片付けよっか。」
「っ……、はいっ。」
公園で初めてあなたを見た日、あなたの強さを目の当たりにしたあの日から、
こんなふうに、あなたに背中を預けられたいと思い続けてきたんです、葵殿。
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──ズシャッ!!
──ガンッ!!!!
「……ったく、どんだけ湧いてきやがるんだよ。」
「なんだぁ?もうへばってんのか、銀時。」
「誰がへばったなんて言った、バカ杉。」
──ズシャァァァァ!!!!!!!!
「!!」
再び、言い争いが始まりそうになったところに攻撃してきた奈落は、二人の元に到達する前に血肉になって散った。
「出たな、白髪野郎。」
立っていたのは朧。葵に劣るとはいえ、彼が倒してきた敵の数もまた、相当であった。
「同じ師の元で育ったとは思えんな、あの長髪男とお前らとでは。」
「……よく知ってるじゃねえかよ、俺らのこと。」
──グシャッ!!
──ドシャッッ!!!
「「……。」」
そして、気づく。
三人の息が異様に揃うことに。
葵が大丈夫であると言った人物、というだけで銀時と高杉は無意識のうちにお互いをかばいながら戦うようになり、葵から全てを知らされている朧は、彼女が命をかけて守りたいと思っていた者を見捨てることなどしない。
何より、
「同じ師の元で育ち、同じ女に愛を教えられれば、仕方の無いことか。」
「!」
「……は?それって、どういう……」
「説明している暇などない。そのままの意味で捕えろ。来るぞ。」
朧の言葉で、各々が眼前の敵に集中することで自動的に、互いに背中を預けるような形になる。
「んだよっ、っつーことは、てめぇも松陽の生徒ってことかよ。」
「お前らよりも前だ。その頃は葵はいなかったがな。」
「葵姉を狙った理由はなんだ。」
「……元々、俺の狙いは葵ではない、……松陽だ。」
「「!?」」
口を動かし、その言葉に衝撃を受けながらも、確実に目の前の敵を仕留めていく。三人の周囲にいる奈落は、次々とその数を減らしていった。
「詳しいことは、葵自身から聞け。俺から言える、お前らが聞きたい言葉は、
葵が話す八割のことは、松下村塾でのお前らの話だった。」
「「!!」」
「何に執着しているのかも知らないだろうが、あいつの行動の第一理由は大方お前らだ。」
そう信じていた。
そうであって欲しいと、どれだけ願ったか。
周囲がなんと言おうと、誰がどれだけ絶望しようと、
あの笑顔が、その存在が、偽りだと信じることが出来なかった。
「あんだ、銀時。泣いてんのか。」
「あぁ!?てめぇに言われたかねぇよ!!」
目を伏せる二人の頬に、一筋の涙が流れた。
「ったく、優しすぎる姉を持つと苦労するもんだな。」
「文句を言ってやれ。葵にはいくら言っても言い足りない。それに、言われれば、言われたで喜ぶだろう。」
「まじかよ。」
三人の口元に僅かに笑みが浮かんだのは、それぞれの知るところだ。
「じゃあ、さっさと片付けようぜ。」
「あぁ。」
「てめぇに言われなくても、そのつもりだ。」
と言っても、構える三人の周りにいる奈落の数はあと僅か。あともう少しすれば、葵のもとに援護にいけると、
誰もが信じていた。
──ズン
「「!!??」」
銀時たちだけではない。奈落の動きまでもを止め、そしておさえつけた。
「っ!?……っんだよ、これっ!!!」
それは、まるで実際に手で押さえつけられているような感覚。自動的に地面に膝をつき、そして空気までもを掌握してしまうような……オーラ。
「まさか……っ、そんなっ!なぜだっ!!!」
「どういうことだ……っ、白髪野郎っ。」
先程までの朧からは想像もつかないような、焦りよう。信じられないものを見るような、見開いた目。
「おいっ!答えやがれっ!!!」
「……急げ。」
「あぁ?」
朧に掴みかかる高杉の手を、逆に強くつかみ返した。
「急いで葵の元へ行け!!ここは俺が何とかする、手遅れになる前に急げっ!!」
その切羽詰まった朧の形相に、二人は何も言い返すことが出来なかった。が、感じ取った緊急事態にすぐに、葵と桂の元へ向かった。
「松陽は……死んでない。なぜ……、二つの気配を感じるっ!!」
「葵姉っ!!!!」
「グハッ!!!」
「ヅラっ!?」
走ってやって来た銀時と高杉の方へ投げつけられたのは、傷だらけの桂だった。
「おいっ!葵はどうした!!!」
その問に答えたのは桂ではなく、
「ほぅ。あれが松陽の教え子たち、そして、あなたの大切な弟ですか。」
「「!?」」
それは聞き慣れた声。だが、そこに心はない。まるで機械が話しているような、そして、恐怖に突き落とすようなそんな声。
「てめぇ、誰だ。」
「あら。普段から会ってるんじゃないですか、……銀時?」
「!」
違うとわかっているのに、どうしても自分の師と重ねてしまう。それくらい、目の前の異様な雰囲気を持つ男は、吉田松陽と似ていた。
──ギーンッッッッ!!!!
「「!!!」」
「……その声で、その容姿で、
その名前を呼ぶなっ、……偽物っ!」
「その傷でまだ動けるとは……、不良品の中ならば、最高傑作ですね、あなたは。」
──ブルッ
何故か、その葵の姿を見て、身震いがした。
葵が纏うそのオーラも、目の前の松陽に似た人物と同じ感じがしたから。
「葵姉っ!」
「来るなっ!!!」
「「!?」」
それは、いつも優しくて冷静だった葵の、聞いたことのない感情的な声。
「それ以上動いたら……っ、葵姉がっ!!」
「大丈夫。」
そいつにやられたのであろう。葵の脇腹からは、止まることなく出血していた。
「大丈夫だから。……お姉ちゃんを信じなさい。」
そう言って少し笑いかけると、再び目の前の敵に向き合った。
「まさか……、あなたが現れるとは、ね。」
「私のことは知ってるようですが……、これは、あなたの未来には無かった出来事のようですね。」
「……そこまで気づいてますか。」
その時浮かべた苦笑いは、目の前の敵の圧倒的な実力にというだけではない。
「歯車が……、狂った。」
吉田葵の改変が崩れる音が、頭に響いた気がした。