レナたちが声に反応して振り返ると、やけにニコニコしたずぶ濡れの男の姿があった。
「ルカ!?」
「いえーいピースピース」
Vサインをしながらルカは答えた。この男、相変わらずである。
「なぜお前がここに!? しかもびしょ濡れだし……」
「なぜって、あなたがいるからですよ、キラッ」
ルカはそう言った。自分で「キラッ」と言った。
「うっわ、きっつ……」
いつも通りのルカの態度にレナは天を仰いで呆れた声を上げた。
「なぜそんな暴言を……。あなたは僕に惚れていたはずでは……!?」
ルカがそう尋ねると、レナは鼻で笑いながら答えた。
「んなわけないでしょ。あんたから情報を聞き出す作戦よ作戦」
「そんなぁ……しょんぼり」
事実を知ったルカはその言葉通りにしょんぼりとする。しょんぼりとしていてもどことなくムカつくような顔をしているあたりはさすがと言えよう。
「ていうかあの時、コロシアムのある街なんて知らないとかなんとかって言ってなかったけ?」
「あ〜、いや、え~、そんなことあったかなぁ〜?」
「…………」
ルカの煮え切らない返事に鋭いガンが飛ぶ。まさにケモノの眼だ。
ルカは逃げるように言い返す。
「それだったら僕にもなんでそんなことを聞いたか教えてくれますよね?」
「うっ……」
そこに周りを気にしながらラーが割り込んだ。
「話をするのはいいんだけど、まずはひと目のつかない所へ行きましょう」
♦♦♦
一行は人の寄り付かない路地裏へと場所を移した。
「えーと、じゃあ改めまして、みなさんは何しにここに来たんですか?」
ルカがそう問うと、レナとラーは顔を見合わせた。数回のアイコンタクトの後、レナが答える。
「私たちはこの娘のお姉さんを取り戻しに来たわ」
唐のロロはルカを一瞥もせずにうつむいている。そんな彼女にルカはいつもの調子で喋りかけた。
「ねぇ、君と会うのはこれで二回目なんだけど、僕のこと覚えてる?」
物憂げなサテュロスの娘はルカの言葉に反応を示さない。
「ほら、森の中で会いに来てくれた僕のファンの子だよね? 覚えてるよ〜」
微妙にねじ曲がった事実をすらすら話すルカに、ロロは一言言い放った。
「劣等種め……」
「…………」
風が吹き溜まる路地裏に重たい空気が訪れる。
「劣等種、ですか?」
「劣等種よ! あなたたちは!」
荒げた声は辺りに響く。
「劣等種だから……わたしたちから全てを、そうやって、姑息に、奪っていくのよ……」
涙を乗せた声が彼女からこぼれ落ちる。
「わたしたちが何をしたっていうの? なにもしてないじゃない! わたしたちの土地を、仲間を、家族を奪っているのはあなたたちの方じゃない!!」
真新しい洋服で頬を拭き、再びルカを睨みつけた。
「ああ……わからないでしょうねあなたには……。ねぇ! わたしたちの気持ちなんてわからないんでしょう!?」
「ええ、わかりませんよ」
淀みも間もなくルカは即答した。
「ちょっ、あなたねぇ……」
火に油を注ぐかのようなその対応に、ラーが思わず言葉を漏らす。
「いや、わかるわけがないでしょう?」
当然といった顔でルカは語る。
「あなたは僕の気持ちがわかりますか? 何を考えてるかわかりますか? わからないでしょう?」
「そうだとしても想像ぐらいできるでしょ! 彼女がどんなつらい思いをしているのか!」
「それはあなたの気持ちじゃないですか」
「はあ?」
「自分がその立場にいた時に感じる自分の気持ちですよ。当人とは考え方も違うし感じ方も違う。なのに想像しただけでわかってるだなんて、そんなこと言えませんよ」
「…………」
ラーの口はそこで悔しげに閉ざされた。だがルカの話はまだ続く。
「て、言うのが僕の考えてたことです。はい、これもう伝わりましたよね? 僕のきもち。人の気持ちがわからないなら聞けばいいし、わかってほしいなら話してくださいよ」
そこでルカはロロの方へ向き直した。
「ひとつ言っておきますが、確かに僕はあなたの考えから行くと僕は劣等種です」
ルカは数秒間ロロを見つめると、言った。
「なぜなら僕はあなたの心を奪うつもりですからね」
ルカはドヤ顔のままウインクをした。