大きく羽を広げながら降り立ったクイーンハーピーの元にルカが駆け寄る。
「いやぁ、いつ見てもお美しいですね姐さんは」
「姐さんじゃないって言っておるだろうが。ついばむぞ?」
「是非!」
「アホめ……」
クイーンハーピーはどうしようもないアホに呆れてため息をついた。
「そんなことよりももうそっちの方にも噂は広まっていたんですか?」
ルカはひとつ咳払いをするとクイーンハーピーにそう尋ねた。
その問に彼女は首を縦に振った。
「ああ、そうだ。ニンゲンはよっぽど根も葉もない噂話が好きなのだな」
そう言って肩をすくめる。
「まあ、僕もこんなに早く噂が広がるとは思ってませんでしたけどね。それでも早いにこしたことはありませんよ」
「ふん、そうだな。それで、いつ出発するというのだ? 今からか?」
「いや、明日でお願いします」
「明日だと? それまでどこに居ろというのだ」
女王がそう聞くとルカは北東の方角を指差した。
「向こうに湖のある森があるのでそちらに居てください。セッちゃんも居ますから」
「セッちゃん……?」と、ハーピーは首を傾げたがすぐさま「わかった」と首肯した。
「それでは、明日のこの時間にこの場所で。よろしくお願いします」
ルカは深々と頭を下げた。慈愛に満ちたハーピーの長は、その大きな翼を広げて一振りすると宙に浮かんだ。
「ルカよ。そうかしこまることはない。我はお主に協力をしたいのだ」
そう言って優しい笑みを浮かべた。
「姐さん……」
「ふん、誰が姐さんじゃ」
女王はそう微笑むと翼をはためかせて飛び去っていった。
♦♦♦
「うぉっ! 見ろよキレーなハーピーが飛んでるぜ!」
見晴らしのいい草原の中、スイは大きな声を上げた。高速で飛んで行く優雅なハーピーを目で追う。
「もう、スイったら! 街が近いんだから声の大きさには気をつけなさいよね」
そんな脳天気なスイをラーは叱った。
ラーはロングドレスを履き、車いすに乗っていた。蛇のようなその下半身を隠し、ニンゲンにマモノであるとバレないようにするためだ。そしてその車いすを人に化けたウェアウルフのレナが押している。
これをみてマモノだと即座に気づく者はまずいないだろう。
ラーはそのまま言葉を繋いだ。
「もし見つかりでもしたら私の計画は台無しよ」
「そ~だけどよー。オマエの作戦ってなんか、こう、今ひとつじゃんかよ」
辛辣なスイの言葉にラーは反応した。
「なんですって!?」
対するスイは毅然とした態度で身体をぷるぷる揺らしている。
「まずあっこの村を襲えってデュラ様に言われた時にはよ、適当に行こうって言って失敗したしよー」
「あれはあのニンゲンが邪魔してきたから……!」
「次にそいつの情報を集めろって言われた時にはよ、あのニンゲンを虜にさせていろいろ聞き出そうって言って結局何も聞き出せないまま帰っちまうしよ〜」
「あ……あれはあのニンゲンがレナに告白していたのを利用としたから……!」
「ふーん。まあでも、レナもよくあんな作戦やろうと思ったよな。普段とは真逆のキャラじゃんかよ」
話を振られたレナはおもむろに口を開く。
「……ワタシはデュラ様のためならなんだってするよ」
その言葉にスイは大きく頷いた。
「まあ、そうだよなぁ。やんなきゃひどい目に遭うだろうし」
「そうじゃないよ、ワタシはワタシのしたいことをしてるだけ」
「ふーん、健気だな」
スイはつまんなそうに呟いた。それを聞いたラーが振り返ってスイを見る。
「あなた拾ってもらった御恩を忘れたの?」
スイはラーから逃げるように目を逸らし頭の後ろに両手を組んだ。
「忘れたわけじゃねーけどさ……」
「なら私の作戦に文句をつけないの! あと少しでリユニオンなんだから、ほら、中に入って!」
ラーは車いすの横につけられた大きめの筒を指差した。そこに入って身を隠せということだ。
渋々と言った感じでスイはその筒の中に入り込む。
「それじゃあ、進みましょう」
そうして一行は首都、リユニオンへと再び足を進め始めた。
♦♦♦
風が木々の間を縫うように通り、開けた湖のほとりへと吹き抜ける。座禅を組んでいるセラの髪も風に煽られたが、彼女は全く気にする素振りをみせなかった。
「良い集中だな」
様子を見ていた精霊が声をかける。
「ええ、なんか色々通り越して逆に清々しい気分よ」
すっきりとした表情でセラはそう答えた。腹の虫は空腹によって力尽き鳴くことをやめ、心は張り詰められた水面のようにひどく落ち着いているのだ。もはや一種のトランス状態だ。
「……そうか。ならばそろそろ次の段階へ行ってみようか」
少女の姿をした精霊は顎をさすりながらセラに言った。
「ええ、お願いするわ……」
セラは座禅を組んだまま答えた。
「まずは空気中から気を取り込み身体の中に貯めるのだ」
「……出来てるわ」
そう応えるセラは涼しい顔を浮かべていた。つい数日前までは気を感じることさえもままならなかった者とは思えない。
「次に、それを維持したままなりたい姿を想像するのだ」
「なりたい姿……」
セラは言われるがままに翼、下半身を覆うふさふさの体毛、猛禽類のような鉤爪のない姿を思い浮かべた。
「出来たわ」
精霊は頷くと次の言葉を発した。
「最後に、そのイメージを気を使って具現化するのだ。気で変換する、といったほうがいいだろうか。ここはどうしても感覚的なことになって難しいのだが……」
精霊が言い切らない内にセラが声を上げた。
「あっ……出来たわ……」
「えっ?」
精霊は大きく目を見開いた。確かにセラの姿は羽もなければ深く曲がった爪もなく、人間の姿をしている。
「えっ……ええっ!? はやっ……怖っ……」
本人もわけがわからずにポカンとした表情を浮かべているが、精霊の方は若干引いている。
トランス状態であったためであろうか、とにかくそれだけ異例すぎる速さなのだ。
セラはふらふらと立ち上がった、その綺麗な裸足で。
「お……うおぉ……」
感嘆の声を漏らしながら彼女はペタペタと歩き回る。
自身の腕をベタベタと触る。
ふるふるっと震えたかと思うとセラは仰向けに倒れ込んだ。
「やったーー!」
喜びの雄叫びを上げた。努力がやっと報われたのだ。
セラはそこに倒れたまますぐに眠りに落ちてしまった。心身の限界はもうとっくに通り越していたようだ。
と、精霊が変身の解けたセラの元へ近寄ろうとした丁度その時、どこからか大きな羽音が聞こえてきた。