冷たい夜風が地表を舐めるように通り過ぎていく。
「えー、紹介しよう。彼はこの度我々とともに行動する事となったルカ君だ」
団長は馬車の横に団員を集めてそう宣言した。強面の顔はお酒のせいかニヤけた表情になっている。
団員たちはわけがわからず、皆呆気にとられた。
一つ咳払いをするとルカは固まる団員に向かって挨拶を繰り出した。
「あー、どうもどうも。えーとね、うん、みんな僕の隣に来たい余りに争ってケンカしないように仲良くね?」
そう言ってルカはウインクをしてみせた。もちろん皆は無反応である。
「……だ、そうだ。それじゃあみんな仲良くな」
「ちょっ! 団長! 本気なんですか!?」
話を締めようとした旅団長に団員であるランは食いかかった。
「なんでいきなりこんな人を旅に連れて行くんです!?」
ランのその言葉に団員たちは頷く。ルカという未知の介入を快く思っていないようだ。それもそうだろう。突然見ず知らずの男性と行動をともにしろと言われて喜ぶ者はいないだろう。
「もちろん俺は本気だぞ」自信有りげに団長はそう言ってルカの肩に手を置いた。「彼からは非凡なものを感じるんだ。そう、君達のように」
「イェーイ、ピースピース」
無駄にVサインをつき出すことによってルカは団員の苛立ちを順調に積み重ねていく。
「周知の通りに君達は俺が可能性を感じたからこうして団員として迎え入れているんだ。それと同じことだろう」
「そうですけど、あんまりいきなりすぎると言いますか……」
「ハハハ、心配するな! 君達もルカ君とならすぐに打ち解けられるだろう!」
「えぇ……」
「さあ、そろそろ出発だから、乗って乗って」
何を言っても耳を貸さないとわかったのか、団員たちはしぶしぶ馬車の中に乗りこんだ。
ルカも彼らの後を追って馬車の中に入る。
屋根付きの立派な馬車は高さ約三メートル、全長四メートルほどの大きさを誇り、馬車内の半分は向かい合わせの椅子に、もう半分には食べ物から金品といった商業用の荷物が積まれていた。
団員は――ルカを合わせると男二人女二人の合わせて四人だ。ルカの隣にはルカよりも少し年上の男が座った。
「チッ……野郎かよ……」
ルカはあからさまに嫌な顔をした。たまげるほどの態度のデカさである。
「おいおい、聞こえてるよ」
優しそうな顔つきに爽やかな笑顔を浮かべたその男はルカに右手を差し出した。きょとんとした瞳でルカは男を見た。
「あの団長がああ言っているんだ、少しは君のことを信頼してみるよ。ボクの名前はギルティさ、よろしくね」
なめらかに歌うようにギルティは挨拶をした。
「ん」
その握手のために差し出された右手に対してルカは自分の左手を差し出した。これではどちらかが差し出す手を変えなければ握手することは不可能だ。なんて自己中な男だ。
ギルティは怒りに震えながらも右手を引っ込めて左手を差し出した。そして半ば強引にルカの手を取り握手をした。
「よろしくね……っ!」
目にも握る手にも力を入れてギルティは言葉を絞り出す。
「あ、はい」
しかしルカは興味なさげにギルティを一瞥すると手を引っ込め、服の裾で素早く手を拭いた。そして長いため息を漏らした。
――ため息つきたいのはこっちの方だよ!
その叫び声は今すぐ掴みかかってやりたい気持ちと共にギルティの心の中に閉じ込められた。場所が場所だ。それにいつまでかはわからないか共に行動するのだ。自分が我慢するだけで険悪な雰囲気になることを防げるのならばそれでいいじゃないか。ギルティはそう自分に言い聞かせて緩やかにウェーブのかかった長い髪を手でかきあげた。
軋む木の音を響かせて馬車がゆっくりと動き出した。荒い地面の感触が伝わる馬車の中、ルカは声を上げた。
「そこの可憐なお嬢さんは……名前、なんていうのかな?」
それは先ほどのギルティに対する態度とは天地がひっくり返ったかのような違いである。
話しかけられた少女は長く垂らした茶色い髪に表情を隠し口を閉ざしている。
「さあ、遠慮することは何もないんだよ?」
ルカが甘く優しい声を出すが彼女は依然として口を開かない。そこに助け舟を出すかのようにギルティが口を開いた。
「彼女の名前はルキさ。僕らの中では一番新しく入った新人だよ」
ギルティは僕ら、という言葉を強調した。ささやかな抵抗だ。そんな言葉にルキは口を尖らせた。
「もう一年以上いるんスから新人じゃないッス」
「ハハッ、そうだったね。ごめんよ」
爽やかな笑みを浮かべながらギルティはルカの方にちらりと目をやった。
ルカは睨んでいた。まるで獲物を横取りされたことに腹を立てる肉食獣かのような鋭い目つきでギルティの方を睨んでいたのだ。
と、不意にルカは睨むのをやめて再度ルキに話しかけた。
「ねぇ、ルキちゃん、今歳はいくつなの?」
「…………」
今度もルキの口はつぐまれたままである。するとギルティが再び口を挟んだ。
「そうそう、この前団長が、ルキ君は若いのによく働いてくれるって褒めてたよ」
「それホントッスか?」
ルキのテンションがぐーんと上がった。
「ああ、もちろん本当さ」
「へ~……へへっ」
ルキは嬉しそうに人懐っこい笑顔を浮かべた。団長に褒められたということが相当嬉しかったようだ。
「あ、でも早く馬には慣れて欲しいなって笑っていたよ」
「そっ、それは仕方ないんスよ! アタシが撫でようとすると馬の方がなんでか怒っちゃうんスよ!」
「ハハハ、何か恨まれることでもしたんじゃないのかい?」
「そんなことしてないスよ〜!」
ギルティはルキとの会話に花を咲かせ、笑みを浮かべた。横目でルカに一瞥をくれてやる。
ルカはものすごい形相でギルティのことを睨んでいた。限界まで見開かれた目はそれだけで人を殺せてしまうんではないかと感じる程だ。
ギルティはこのささやかな優越感に浸り、ほくそ笑んだ。
♦♦♦
「ん……」
ルカは目を開けた。明るい光が差し込む馬車の中だ。どうやらいつの間にか寝ていたらしい。
馬車内に人影はなく外から声が聞こえてくる。
ルカはのっそりと動き出し、馬車の外に出た。座って寝たせいか腰の骨がポキポキと鳴る。ルカは大きな伸びをしながら周りを確認した。
木々がポツポツと生えていて目の前には流れの緩やかな大きい川が通っていた。
「おう、ルカ君」
突然ルカを呼ぶ声が聞こえた。旅団長だ。馬の隣に立って毛づくろいをしている。奥にはギルティの姿もある。
「よく眠れたか?」
「ええ、おかげで」
「そいつは良かった」
団長は大きな口を曲げニンマリと笑った。
「ところで、ここで一体何をするんですか?」
ルカは辺りを見回りしながら尋ねた。民家などはなく、とても商売をするところのようには見えない。
「ああ、ここで一旦水浴びをしてから街に行くんだ。そっちの方が印象がいいだろう」
「なるほど確かにそうですね。じゃあ早速」
そう言ってルカは川に向かって歩きだした。
「ああっ! 待って待って!」
そんなルカを慌ててギルティがとめる。
「男女で時間をわけて入るんだよ! それで今は下流で女の子が入ってるからここで待っていてくれ!」
ルカは一瞬だけ振り返ってギルティを見ると、全速力で走り出した。
「おい!」
慌ててギルティが後を追いかける。流石にそうやすやすと行かせるわけには行かない。
長い手足を活かしてなんとか川の手前でルカを捕まえることに成功した。
「ヤメロォ! 離せぇ! うおおおぉっ!」
「離すもんか!」
「神よ、僕に、紳士に自由を!」
「暴れるなって!」
ルカは激しくもがき、やがてギルティの脇をすりぬけ川に飛び込んだ。
「ヒャッハー! 自由を勝ち取るんだぁ!」
「くそっ!」
ギルティの視界から逃れようとしたのかルカは川底に潜り込んだ。だが上からはルカの服がまる見えだ。それは川の流れに乗ってぐんぐんと下流へ進んで行く。
「させるかよ……っ!」
ギルティはすぐさま並走するように岸を走り出した。ぐんぐんと速度を上げて川の中に見える服を追い抜いた。
――スピードはこっちのほうが上だ!
ギルティは数メートルの差をつけて川に飛び込んだ。そして手を伸ばして流れてくるルカの服をつかんだ。
「つかまえたぞ!」
ギルティは意気揚々とその腕を引っ張り上げた。
が。
「あ、あれ!?」
そこにルカの姿はなく、あるのはただ単にルカの服だけであった。川に飛び込んだ隙に服を脱いでそれだけを流したというのか。
愕然とするギルティは背中に鋭い視線を感じて振り返った。
そこには優雅に水浴びを楽しんでいた二人が真顔でこちらを見ていた。
「あっ、いやこれには訳があって……!!」
ギルティは必死に弁解しようと試みるが二人の表情は変わらない。
するどランは無表情のまま、川底の巨大な石を引っぺがして軽々と持ち上げた。彼女の華奢な肢体のどこからこんなパワーが湧き出しているというのか。
「違うんだ! 本当に! ねぇ! 聞いて僕の言葉に耳を貸してぇ!!」
ギルティの制止も彼女の耳を通り抜けていく。
「ウォォォオオラァァアッ!!!」
ランはその巨大な石をギルティめがけてぶん投げた。
「うぎやぁぁぁぁぁああっ!!」
悲惨なギルティの悲鳴が辺りにこだまする。その様子をルカは団長の隣で遠巻きに見ていた。
「どうだい? あいつら」
団長がおもむろに口を開いた。
「そうですね。集団に対する配慮と自己犠牲が凄いですね。普通だったらもう何発も殴りかかってくるレベルですよ」
「ハハハハ、そうだな」
「まあ、あなたにぴったりの仲間じゃないですか?」
「フッ……君にとっても、だろう?」
男二人は互いに顔を見合わせると、高らかに笑い出した。
まあ、まだ意味がわからないと思うんで、適当に。
つぎ→遅い