ナンパ勇者と魔物たち   作:図らずも春山

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「男にゃ興味ないっすから」

「何なんですあなた! 冷やかしなら帰ってください!」

 

 声を荒げた少女はルカに向かってそう言った。

 

「冗談ですよ冗談。本当は仕事の話をしに来たのです」

 

 ははは、と爽やかに笑いながら話すルカ。少女から見るととんでもなく怪しい男だ。限りなく黒に近いチャコールグレーだ。

 

「……本当です?」

 

 そう少女は訊ねられずにはいられなかった。顔面ボコボコ爽やか笑顔の青年は表情を崩さずに頷く。

 

「紳士、人、騙さない」

「は、はぁ……。じゃあその内容はなんです?」

 

 しぶしぶといった感じで少女はルカに聞いた。

 ルカはひとつ咳払いをして喋り出した。

 

「事は一刻を争います……。近いうちに魔物たちが人間を襲って来るとのことなんです」

「え……えぇっ!?」

 

 ルカの口から飛び出した予想外の言葉に少女は驚いた。

「なんでまたそんな事を……」

「魔物が……私を襲った魔物がそんな事を言っていたのです……」

「魔物に襲われたんですか!?」

「えぇ、先程……」

 

 少女はルカの膨れ上がった顔を見て納得する。

 ルカは少女の表情を確認すると更に言葉を重ねた。

 

「そして貴女には魔物が攻めてくると言う事を噂程度でいいので各地に広めて皆の警戒心を上げてほしいのです……!」

 

 先程とは打って変わってルカの真剣な表情に少女は深く頷いた。

 

「わかりました! アタシに任せてください!」

「あぁ……助かります! ありがとうございます!」

「そんなとんでもない。こんな一大事ですから!」

 

 少女はルカの頼みを快く承諾した。

 

「僕の方でも詳しい事を調べていくので、また何かあったら連絡したいんですけれど、名前やこの先の予定を聞いても大丈夫ですか?」

「はい! 今紙に書きますね!」

 

 またもや少女は快諾し、ペンを走らせルカに名前とこの先行く予定の街々の名前を書いた紙を渡した。

 

「……ランさんですか。いい名前ですね」

「は、はあ。ありがとうございます」

「僕はルカです。どうぞよろしくお願いします」

 

 そう言ってルカはランの前に手を出した。ランはなんの躊躇いもなくそれを握り返した。実に純粋な娘だ。

 

「はい! こちらこそよろしくです! 一緒に人類を守りましょう!」

 

 ルカはにこやかに微笑んだ。

 

「あっ、そうだ。あと一つだけ質問いいですか?」

 

 思い出したかのようにルカが言った。

 

「はい、なんですか?」

「今何色のおパンツ穿いてるんですか?」

 

 その質問によって、ルカは新たにもう一つたんこぶを作ることとなった。

 

 

♦♦♦

 

 

 湖のほとりでは精霊によるセラの気の扱い方の練習が続いていた。

 

「まずは意識を一点に集中させるのだ」

 

 セラは精霊に言われるがまま、意識を集中させた。

 

「そしてその意識を外へ向けるのだ。集中させたままだぞ」

 

 セラは内側に集中させた点をそのまま外へ移動させるイメージをなんとか作ろうとする。

 この感覚がどうにも掴めないでいた。

 

「ぐぐぐ……」

「気の流れと言う概念を身体で理解するんだ。そのイメージをもて」

 

 ゼロからのスタートというものは予想以上に大変なものである。頭で理解したつもりになっていても身体がその感覚がわからなければどうしようもないのだ。

 

「気の流れ……気の流れ……」

 

 と、不意にセラは周りの音がすーっと遠くから聞こえるような感覚に陥った。

 肌に触れる空気がひしひしと伝わり、今までとは違うものであるかのように感じる。

 

「来た! 今一瞬だったけどなんか違った!」

 

 気を感じられたのは僅かな時間だったがセラは大きな声で喜んだ。

 まるでそれを祝福するかのように湖のほとりに柔らかな風が吹き抜けていった。

 

「ねぇ! 来た! 来た来た!! ねぇ! 来た!!」

 

 かなりの時間を使ったこともあって彼女の興奮は中々冷めやらない。

 

「その感覚を感知できたということは変身まであと少しだな」

「本当に!? 案外行程ははやいわね」

「ゼロから一の感覚を自分の力だけで掴むことが一番重要だからな」

「それには苦労したわ……」

「次はその感覚の強化なんだが、ここは我に任せてみろ」

 

 そう言うと精霊の姿は揺らぎ、元の青白く揺れる玉の姿になった。

 

「な、なにするの?」

「……少しの間だけ我慢しておけ」

 

 そして精霊はピザの生地のように薄く大きく広がっていき、すっぽりとセラを包み込んでしまった。

 

「え!?」

 

 するとその驚き開かれたセラの口をめがけて精霊は飛び込んできた。

 

「!?」

 

 鼻や耳など、穴という穴全てから次々と精霊が入り込んでくる。

 上から下から、色々な場所から様々な感覚が大いに刺激される。それにより、セラの身体は大きく、ゆったりとした痙攣を起こした。

 

「……がっ……んっ……ゴッ……」

 

 気がつくと精霊は既にセラの体の中に入っていた。それは一瞬であったのだが、セラにとっては数十秒の出来事のように感じられた。

 呼吸が大きく乱れている。

 

「な、何をしたの?」

 

 いつの間にか座り込んでいたようである。セラは体毛に覆われたその猛禽類のような足腰に力を入れて立上がりながらそう言った。

 

(気の流れの感覚強化のために、お前の身体に入ったのだ)

 

 セラの頭の中に精霊の声が響く。

 

「そう……。なんか、あたしの中に入るのにもうちょっと別の楽な方法とか無かったわけ?」

(あったぞ)

「あったの!? じゃあなんでわざわざきつい方にしたのよ!」

(そっちの方がみんな喜ぶかな、って思って)

「誰が!?」

 

 頭の中の声と言い争うセラの姿は、はたから見ると近寄りがたい変人である。

 

(まあそんなことより、感じないか?)

「感じてなんかないわよ!」

(違う、そうじゃない。わからないか?)

「はぁ? 何がわかるかって……」

 

 そこまで言って、セラは口をつぐんだ。

 気がついたのだ、自分の中を流れ抜けていく大量の気に。

 

「うわぁ! すごい! 感じるわ!!」

 

 それは先程セラが頑張って感じられた気の何百倍も強く感じられる。

 

(ふふ、そうだろう? それではこの調子で次のステップへと行こうか)

「そうね!」

 

 セラの特訓はまだまだ続くのだった。

 

 

♦♦♦

 

 

「ありがとうございましたー」

 

 本日何本目かわからない団子を食べ終わったルカは食事処の外へ出た。昼間の明るさが傾き始め、時折ひんやりした風が吹き込んでくる。

 ルカはそんな新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 

「よし……!」

 

 決意に満ちた顔でそう吐き出すと、ルカは再び街の中心部へ歩きだして行った。

 中心部へ続く道は相変わらず寂しいものであった。人影は少なく、そびえるようにぴったりとくっついて建つ家々があるのみである。

 そんな染みったれた道を数分歩くと広場となっている中心部へ着いた。

 そこそこな人数が行き来しかうその広場には、稼ぎを確認するランの姿もあった。

 ルカは少女の所へと駆け寄っていった。

 

「ランさーん」

 

 その声にランは反応して顔を上げた。

 

「あぁ、先ほどの! どうしたんですか? 何か新しい情報でも?」

 

 ランは軽く拳を握り、いつでもパンチを繰り出せるような体制で訊ねる。

 

「いや、違うんですけど。も一つ頼みたいことがあって……」

 

 ランの拳に入れる力がにわかに強くなった。

 

「……なんです?」

「いやぁ、僕、この後アロガントっていう国のリユニオンっていう街に行こうとしていたんですよ」

「えぇと、リユニオン……。確かコロシアムがある街です?」

「そうですそうです、そうなんですが、実は魔物に襲われた際にお金を奪われてしまったみたいなんですよ」

「はぁ」

「それで、そのー、あなたが乗る馬車にですねー、連れて行ってもらえないかなぁ? と思いまして〜」

「はぁ……随分と身勝手なお願いですね……」

 

 ランはそう苦笑した。

 

「んー、そういうことはアタシからは何とも言えないんで、アタシらの旅団長に聞いてみてください」

「その方は今どこに?」

「旅団長ならそこの出店で呑んでやがりますよ。帽子被ってるんで行けばわかると思います」

 

 ランは広場にポツポツと存在する出店の一つを指差した。

 

「まあ、あの旅団長がokを出すとは思いませんけどね」

「はぁ。ところでその方は女の人ですか?」

 

 ルカは更に質問を重ねる。

 

「いや、男の人ですよ」

「チッ……はぁ……そっすか。情報どーもっす。はあぁぁ……男かぁ……」

「露骨にテンション下げてくるんですね……」

 

 途端に元気をなくしたルカにランは再び苦笑いを浮かべた。

 

「男にゃ興味ないっすから」

 

 ルカはそう返して、大きなため息をつきながら出店へふらふらと歩いていった。

 

 そんな背中を見てランは言葉を漏らす。

 

「ほんっと変な人……」

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

「旅団長中々戻ってこないッスね」

 

 馬車の中でくつろぐランに同じ旅団員の女がそう話しかけてきた。

 

「そうね……」

「あの人呑むからなぁ。面倒臭そうな人に絡まれてなきゃいいけど」

 

 別の団員が声を上げる。

 その言葉にランはルカを思い浮かべる。よく考えるとスッゲェ面倒臭い奴を旅団長の元へ送り込んでしまったではないか。

 どうか面倒くさい事になっていませんように、とランは心から願った。

 

「あっ、団長帰ってきた!」

 

 団員の一人が声を上げる。

 

「な、なんか知らない人と肩組んでるっス!」

 

 ――まさか……。

 

 ランの体に悪寒が走る。

 

 窓から体を乗り出し外を見た。

 そこに広がっていた光景は……。

 

「だんちょーのせてくれるなんてほーんとこころひっろいねぇ〜!」

「なーっはっは! だろぉ!? まあルカ君、行き先は君の好きなよ〜にしてい〜から!」

「ひゅ〜っ! だんちょーカッコいー! 抱いて!」

「なーっはっはっは!」

「いえーい!」

 

 酔っ払った男性二人組が互いに肩を組み合い上機嫌で歩く姿であった。


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