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『魔物は人間の敵である。』
誰が言ったかもわからないそれは、いつのまにかこの国、この世界の常識となっていた。
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ルカは鬱蒼と生い茂る草木の中を突き進んでいた。その草木の纏わりつくような感覚にイラつきが貯まる。
彼の腰には鞘に収められた剣がぶらぶらと下げられていた。そのような格好はこのご時世そう珍しくはない。なにせ自分の身は自分で守らなければならないのだ。人里離れ、魔物がいつ襲ってきてもおかしくない森の中をたった一人武器を持たずに行くなんて正気の沙汰では無い。
男がこんな獣道を歩いている理由はただひとつ……。
「……くそぅ! カワイイ娘はどこなんだ!!」
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事の発端は七時間前の友人との会話であった。
夜の繁華街。いくつもの外灯が夜の寒さを暖かくし人々を照らし出す。王宮のある街というだけに辺りは大勢の人間で賑わっていた。
人混みの中ルカは一人で宛もなくその場をさまよっていた。夕食はまだ済ましていなかったが特別何処かの店へ行こうなどとは考えていなかった。
そんな彼の肩を突然叩く者がいた。
「よぉ、ルカ」
ルカが振り返るとそこには見知った友人が立っていた。少しウェーブの掛かった髪の毛を風になびかせその聡明そうな顔に笑みを浮かべている。
「おお! ヨハンじゃないですか!」
男とルカは互いにハイタッチを交わす。
「この人混みの中よくわかりましたね」
「まあな、目は良い方なんだよ。ま、とりあえずどっかで飲もうや」
丁度いい。そこで夕食を済ませてしまおう。ルカはそう考え承諾した。二人は近くの居酒屋に足を運んだ。運良く二人席を見つけヨハンは席につくと早速エールと焼き鳥二人前を注文した。すかさずルカもエールを頼む。
「いやぁー、久しぶりだな」
「ええ、そうですよね」
「ホントだな。なんか、こう……大人びたか?」
「そんなこたぁないですよ」
「そうか? ハハハ。」
他愛のない話をしていると早速2つのエールが運び込まれてきた。
二人は無言でジョッキを取ると互いに軽くぶつけ合った。
カコン。
そんな音が周囲の喧騒のなかに溶け込んでいく。
『乾杯!』
エールはジョッキを伝い胃の中へと流しこまれる。
「……で。どうよ、ルカ」
「どうよって……なにがです?」
「どこかに冒険出たりだとか探索とかしたのか?」
「いや……どこにも行ってませんよ」
「えぇ!? なんでだよ? お前はその剣の腕をかわれて勇者の一人に選ばれたんだぞ!?」
心底驚くヨハンを見て、ルカは乾いた笑みを浮かべる。
「剣術に優れてるからってなんですか……」
ルカは1口エールを飲むと続けた。
「それに、目的がないじゃないですか。誰かを守るわけでもないですし」
「そりゃあお前、魔王討伐して人類を守るってがあるじゃねぇか」
「じゃあヨハンさんがやってくださいよ。ヨハンさんの方こそ剣強いですし」
ルカはジョッキについた水滴を手で拭き取りながら黙ってしまった。そういう話はあまり興味がないらしい。
やっぱり変わった男だな、とヨハンは感じた。
そこへ二人前の焼き鳥が届く。機嫌が悪いのかルカは次々に口の中へ放り込んでゆく。
そんなルカを見ながら彼はなんとなしに新しい話題へと移った。
「そういやこの前ギルドにいた時にな、そこにいたよれよれのじーさんと話したんだけどな。どうも聞いた話によると魔族にはカワイイ娘がおおいんだってよ」
ガタッ!
ルカはその言葉を聞くといきなり席を立った。
「ど……どうした? ルカ」
「ヨハンさん……それ、本当ですか……?」
「……え?」
「俺……行ってきます。美女探しに!」
「は……?」
そう言うとルカは颯爽と店を後にしたのだった。
残されたヨハンはつくづく変わった男だな、と再び思いつつ焼き鳥の皿に手を伸ばした。しかしそこにあったのは油まみれの串だけだった。
「あれ……。あいつ焼き鳥全部食べやがったのか………」
♦♦♦
ガサガサガサッ!
ルカが黙々と獣道を歩いていると奥の方からなにか大きな音がした。何かが空から落ちてきたようだ。ルカは急いでその音がした方へ駆ける。
「この辺からだと思うけど……」
あたりを見渡してみると背の高い草の一部分がヘコんでいた。近くまで草を掻き分け進むと、ひょっこりとヒトの頭のようなものが見えた。
「人間か……?」
確かに人間そのものであった、その胴体は。だが、その腕には立派な翼が生え、下半身は体毛で覆われ、猛禽類の様な足には鋭い爪が付いていた。
そう、そこに居たのは半分は人間、半分は鳥の紛れもないハーピーであった。
「!!」
ルカは思わず息をのむ。
ルカの存在に気づいたハーピーは振り向いた。サラサラとした桃色の髪の毛が宙を踊る。ハーピーはその鋭い眼でルカを睨みつけた。
「来ないで!」
しかしルカは更に一歩ハーピーに近づき片膝をついた。そして片手をハーピーに差し出して言った。
「結婚しよう」