◆それは生きている   作:まほれべぜろ

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秘密は埋めてやってもミミズのようにはい出てくる

 「あ、また神託の巻物発見!これで今回の探索で4つ目です」

 (いい調子だな、今日は特によく見つかる。だが、もうそろそろ回復薬の備蓄が少なくなってきた、一度引き上げてはどうだ?)

 「えー、まだ行けると思いますよ?ほら、こんなに元気!」

 (まだ行けるはもう危ない、っていう至言があってだな。それに、もうお前もレベル5に到達した以上、死んだら能力にペナルティがあるんだぞ?これまでよりも慎重に立ち回るべきだ)

 

 この世界に来て最初のエーテルの風から1ヶ月。

 子犬の洞窟でモンスター狩りとアイテム集めをしていた甲斐あって、オーディのレベルは既に5に達していた。

 これはオーディが、そこらに居るようなちょっとしたモンスターには負けなくなったことを示している。

 しかし同時に、納税の義務や死亡時の能力低下が発生したということでもあるのだ。

 今までのように、とりあえず突っ込んでみて死んだら仕方ない、という訳にはいかない。

 そこら辺の意識が、オーディにはまだ薄いようだった。

 

 「うーん、今回いい感じだから、このまま探索したかったんだけどなぁ……」

 (そんなに無理せずとも、神託の巻物を売ったおかげで、税金を納めても余裕でお釣りがくるほどにたくさん蓄えはできただろう。何か買いたいものでもあるのか?)

 「エヘカトル様に、タラバガニを奉納したいんです!ほら、こんなに一杯神託の巻物が見つかるなんて、絶対エヘカトル様のおかげだと思うんです。だから、感謝の気持ちを込めてタラバガニを送りたいんですけど、とっても高いんですよね……」

 (いや、別にそんなにタラバガニに拘らなくてもいいんじゃないか?普通に何か魚を奉納するだけでも、十分喜ぶと思うんだが)

 「え?神様への捧げものって、タラバガニじゃなくてもいいんですか?」

 

 えっ、なにそれこわい。

 

 

 

 (なるほどな、確かにエヘ様帰る時にタラバガニ欲しいって言ってたわ。俺も何を供物にすればいいのかまではお前に言ってなかったし、勘違いしても仕方ないかもな)

 「そっかー、生き物の死体か魚っぽい物を祭壇で捧げればいいんですね。勉強になりました」

 

 お互いの認識の齟齬が発覚した後、俺は改めてオーディに、神への供物についての説明をした。

 

 「でも、本当に腐った後の物でも良いんですか?そんなのを渡したら逆に怒らせちゃんじゃ……」

 『ぜんぜんいいよ!いっぱいいっぱい待ってるよ!うみゅみゅ!』

 「あ、エヘカトル様!分かりました、それじゃあお魚用意しますから、待っててくださいね」

 『うみみゃあ!』

 (これだけを言いに来るとは、相変わらずフットワークの軽い神様だなー。よし、そんじゃあ早速神託を換金して、魚買いに行こうぜ)

 「はい、それじゃあ引き返しましょうか」

 

 

 

 それから半日ほどかけて、俺達はヴェルニースへと戻ってきた。

 今は町の道具屋で、手に入れた戦利品を買い取ってもらっている最中である。

 

 「……が2つに、テレポートの杖が1つ、それと神託の巻物が4つか。合わせて8000gpってとこでどうでおじゃる?」

 「はい、ではそれでお願いします」

 「まいどあり。どうであろう?何かついでに買っていかないでおじゃるか?」

 「いえ、ちょっと今他に欲しいものがあるので、今日はやめておきます」

 「そうでおじゃるか?ま、入り用になったらいつでも来るがいいであろう」

 「はい、では失礼します」

 

 

 

 「結構な金額になりましたね。それじゃあお魚屋さんに行きましょうか」

 (待て待てオーディ、もしかしてこの町の魚屋で供物を用意するつもりか?)

 「はいそうですけど、どうかしたんですか?タラバガニは1杯20000gpだったから無理でしたけど、普通のお魚なら十分買えますよ?」

 

 タラバガニそんなに高かったのか。核兵器の2倍近い値段の蟹とか引くわ。

 

 (念のために聞くけど、いくら使って買い集める気だ?)

 「今回で結構お金が貯まったので、18000gpくらいですかね?これなら何十匹も買えますね!」

 (そんな爆買いするなら、ヴェルニースで買うべきじゃないだろう。港町のポート・カブールで魚を買うべきだ)

 

 俺がそう提案をすると、オーディは不思議そうに首を傾げる。

 

 「ポート・カブールですか、どうしてそこで買うといいんですか?」

 (オーディは、あー、買い物をする機会が少なかったから知らなかったのかもだが、店の売り物には流通コストってものが入ってるんだよ。運ぶ手間がかかればかかるほど、希少価値が上がって値段も上がっていくんだ)

 「えっと、するとポート・カブールで魚を買うと安いんですか?」

 (ああ、1匹2匹なら手間がかかるしここで買えばいいが、18000gpも使うなら話は別だ。移動にかかる時間で稼げる金を考えても、その方がよっぽど多くの魚を買えるだろうぜ)

 「なるほどー、剣さんは何でも知ってますね」

 (何でもは知らないさ、知っていることだけだ)

 「……?そうですか?それじゃあそっちで買いましょう。そうと決まったら旅糧を用意しないとですね」

 

 オーディはそう言って、旅糧を買うために宿屋へと向かう。

 

 旅糧と言うのは、腹を満たして動くためのエネルギーを補充するためだけの食料である。

 俺は慌ててオーディを止めようとしたが、彼女のあまりにも意気揚々とした顔を見て踏みとどまった。

 本当は食事については、能力の成長やらを考えて栄養のあるものを買うべきなんだろう。

 だが、それを言っても今のオーディは聞かないだろうと思う。

 

 もう何十日もオーディと過ごしてきたので分かってきたが、あれで結構頑固な面もあるのだ。

 どう戦うべきかとか、何が必要かとかのアドバイスは大抵聞いてくれる。

 しかし、一度何かを決心すると、驚くほど自分の意志を貫こうとするのだ。

 その意志の強さのおかげで、あの不細工時代の劣悪な環境でも、埋まらずにやってこれたのかもしれない。

 

 で、そのオーディが今、エヘ様に少しでも多くの魚を捧げるために、節約モードに入っているのだ。

 こうなったら栄養と成長の関係を説明しても、お金がもったいないの一心で、上手い事受け入れて貰えないだろう。

 なら、一度目的を達成した後、改めて旅糧があまり好ましい食べ物でないことを伝え、快く栄養ある食品に切り替えて貰うとしよう。

 

 オーディが強くなれば、俺も強くてイキのいい奴の血を吸う機会が増える。

 オーディも冒険者として成長出来るし、win-winと言う奴だな。

 

 「よし、旅糧も買ったし、準備万端ですね!」

 (配達依頼もポート・カブールまでの物は無かったな。それじゃあ行くとするか)

 

 準備ができた俺達は、ポート・カブールへと出発する。

 何気にこっちに来てから初めてだな、ヴェルニースより西に行くのは。

 

 「私、ポート・カブールには行ったことがないんですよね。生まれてこの方、パルミア付近育ちでしたから」

 

 どうやら、オーディもこれが初めてだったようだ。

 いや、ヴェルニースより西がどうかは知らんが、少なくともポート・カブールは初めてらしい。

 

 (ほう、それじゃあ海を見るのも初めてなんじゃないか?)

 「はい、ずっと水が続いてるんですよね。何で無くならないんでしょうか?」

 (そりゃまあ、川から流れてくるからだろうよ)

 「はー、なるほどお」

 

 益体も無さそうな話をしていたら、一つ思い出したことがあった。

 

 (そうだ、オーディ。それじゃあ戦士ギルドにも入ってないんじゃないか?)

 「戦士ギルド?冒険者の認定や鑑定とかをしてくれる、冒険者ギルドじゃなくてですか?」

 (おう、そこに入ってノルマを達成すると、鑑定や癒し手の料金が割引されるって、酒場の奴等が言ってたぜ。ついでだから行ってみて、話を聞いたらどうだ?)

 「えっと、でももし危なそうだったりしたら、どうしましょう」

 (そんときゃ断ればいいさ。聞くだけなら損することは無いだろ)

 「じゃあ、着いたら行ってみることにします」

 

 よしよし、多分入っておいて損はないだろうからな、思い出せてよかった。

 後はまあ、実際に行ってみてから、本当に入って問題なさそうか考えればいいだろう。

 

 

 

 

 

 「うわあ!お店が沢山ありますよ、剣さん!」

 (そうだな、パルミアよりも多いんじゃないか?)

 

 さすがは交通の要衝、港町と言ったところか。

 其処ら中に露店が存在しており、どっちを見ても人と人とが商取引をしている。

 この中から目当ての魚屋を探すのは、少し骨が折れそうだ。

 

 「あ、魚屋さんありましたね。早速買っていきましょうか」

 

 ごめん、別にそんなことは無かった。港町だもんね、すぐ見つかるよね。

 

 (幸先がいいな、でも、とりあえず後回しでいいんじゃないか?嵩張るし、もっと安そうな店が見つかるかもしれん。とりあえず商品だけ軽く見ておいて、先にギルドに行ってみないか?)

 「確かに、他にもお店はありそうですものね。それじゃあ、ギルドが何処にあるのか調べてみましょうか」

 

 そういって、オーディは町の地図が書かれているタウンボードへと近づく。

 お目当てのギルドの場所はすぐにわかった。

 

 「こっちの方角ですね、それじゃあ行きましょう」

 (おう)

 

 

 

 「こ、ここが戦士ギルドですか。中々威圧感がありますね……!」

 (いっつも言うけど、入り口で止まるなって、ほらはよ入れ、血ぃ吸うぞー)

 「分かりましたって!失礼します、戦士ギルドはこちらでしょうか?」

 

 オーディが声をかけると、中から鉄だか何だかわからないが、上質そうな素材でできた鎧を着た男が出てきた。

 明らかに格上の実力を持った奴相手に、オーディは益々委縮した様子だ。

 

 「いかにも、ここが戦士ギルドだが、用件は何か?」

 「わ、私冒険者をやっています、オーディと言います。戦士ギルドと言うものがあると聞きまして、どういったものなのか伺いたく参りました!」

 

 おお、テンパってるのがなかなかに伝わってくる。

 だが、戦士ギルドの男はそれを軽く流し、破顔して答える。

 

 「ああ、駆け出し冒険者君か。見た所ある程度の経験は積んでいるようだ。よろしい、私から戦士ギルドについて説明させてもらおう。申し遅れたな、私は戦士ギルドの門番ディノと言う」

 「ディノさんですか、よろしくお願いします」

 「さて、それでは戦士ギルドが何のための組織か、から説明させてもらおうか」

 

 

 

 ここからの説明は軽く省略しよう。

 どの程度の給料が出るか、ギルドマスターの名前は何かとかまで長々続けてもつまらんからな。

 

 軽くまとめると、戦士ギルドというのは、国がモンスターの間引きの為、冒険者を支援する目的で作った機関である。

 トレーナーの手配や鑑定費用への支援、課せられたノルマをどれだけ達成できたかに応じた、給料の支払いなどをして貰える。

 その上、ノルマを達成できないことへのペナルティも特に存在しない、ということだった。

 

 「何だか、とっても良いことづくめですね。何でそんなに国は良くしてくれるんですか?」

 「それはもちろん、モンスターを狩るなどと言う、危険な仕事に就きたい人間は少ないからだ。その分、既存の冒険者達に積極的にモンスターを討伐してもらい、国内の安全を確保しようという訳さ」

 「そっか、それでも野原に一杯モンスターがいるってことは、これだけしてもまだ危険がある、ってことですものね」

 「そういう事だな。それでも最近は、なかなか治安が良くなっているのだ。現国王のジャビ王は、国内の安定に対して非常に積極的だからな。お陰で戦士ギルドへの援助も厚く、中々に潤っているよ」

 「へええ、国民を死なせない為だけにお金を使うなんて、ジャビ王って優しいんですね」

 

 補足すると、この『死なせない為だけにお金を使うなんて』発言は、死んだってしばらくしたら地面から這い上がってくる世界観が故の発言である。

 誠、elona世界は修羅である。

 

 「それもそうだが、もちろん利益あってのことだ。治安が上がり、移動中の安全を確保しやすくなれば、物価も安くなり、引いては国益へと繋がっていくからな」

 「安全になると、物価が安くなる……?あ!私知ってます、りゅーつーこすとという奴ですね!」

 

 オーディが元気よく答える。

 この前の話覚えてたのか、それにこういった場面で知識を応用できるとは、こいつそこまで頭悪くはないのかもしれんな。

 

 「ほう、その年で冒険者をしているにしては、中々見識が広いではないか。ご両親が勉強に熱心だったのかな?」

 「いえ、私は小さいころに捨てられてしまいましたので……」

 「そうか、悪い事を聞いたな。では、どこでそのような知識を得たのか聞いても?」

 「はい!私の持っている剣さんが教えてくれたんです!」

 「何……?」

 

 それを聞いて門番、ディノはピクリと眉毛を動かす。

 あー、これ言わんほうが良かったのかな?思えばオーディ以外の誰にも俺が話せると教えてないし、教える流れになったこともなかったから、そういう事については考えたことが無かった。

 

 「剣が教えてくれた、とはどういうことかね?君は剣とお話ができる、とでも言いたいのかい?」

 

 とは言え、ここで誤魔化してもあまりよくないかもしれん。

 隠すということは自分に疚しい事がある、と相手に教えるということだ。

 実際には疚しいことなどないが、相手にそう思われてしまっては同じこと。

 戦士ギルドの門番を務めるような、地位と責任がある人間に睨まれれば、後々に支障が出る可能性がある。

 

 (オーディ、俺のことを伝えちまえ。ここで変に誤魔化したりしたら、不審に思われる可能性があるからな)

 「元からそのつもりでしたけど……、とりあえず分かりました」

 「ふむ、良く分からないが、それは剣と話ができると認めるという事か?」

 「違います。いえ、今のはこの剣さんと話していたんですけど。剣さんは生きている武器で、意志を持っているというフィートや、装備している人とお話ができるフィートを持っているんです」

 「にわかには信じられんな……。事実かどうか確認させてほしいのだが、未鑑定品のようだ。ひとまず鑑定させてもらっても?」

 「はい、いいですよ」

 

 

 しまった!思いっきり藪蛇踏んだ!

 糞っ、糞っ!このままでは俺の名前が完璧にばれてしまう!

 オーディに頼んでやめるよう言って貰うか?

 いや、その上で鑑定を強行されれば、<<エターナル・ぼっち>>の名を隠したかったことが、完全にばれてしまう恐れがある!ていうか多分バレる!

 ならばどうする、いきなり血吸いが発動したことにしてオーディをミンチに「それでは*鑑定*の巻物を読ませてもらおう」「はーい」ああああああああああああああああああ!!!!!!

 

 

 

 「なるほど、確かに君の言う通りだったな。こんなフィートを持った剣を見たのは、これが初めてだ」

 「えへへ、エヘカトル様のおかげなんです。この剣さんと巡り合えるようにしてくださって」

 「なんと、そうだったか。ふむ、だがそうだな……この剣を持っていることは、あまり言いふらさない方がいいだろう」

 「え、どうしてですか?」

 「危険だからだ。見たところこの剣の能力は呪われていることを加味しても、異常に高い。本来君のような駆け出し冒険者には過ぎたものだ。しかも会話ができるなどという、恐らく世界に1つの特徴を持つ。そんなものをレベル5の冒険者が持っていたらどうなると思う?」

 「えっと、殺してでも奪い取ろうとする人たちがいる、ということですか?」

 「理解してくれたようで何よりだ。なに、きっと直に実力が追い付いてくるさ。それと、生きている武器の育ち具合から見て、戦士ギルドに入る実力は十分だろうと判断させてもらった。良かったらこの場で入ってみないか?」

 「はい、断る理由もないですし、勿論お受けさせていただきます」

 「そうか、将来有望な物がギルドに入ってくれると嬉しいよ。これからよろしく頼むぞ。では最初のノルマだが……」

 

 

 

 

 

 「では、オーディ君のこれからの活躍に期待するとしよう」

 「色々とありがとうございました、では失礼します」

 

 そう言って、俺達は戦士ギルドを後にした。

 通りを歩きながらオーディが話しかけてくる。

 

 「戦士ギルド、中々良い所そうでしたね。剣さんの言う通り、行ってみて正解でした!」

 (……ああ、そうだな)

 「どうしたんですか?途中から妙に静かでしたよね、いつもなら色々とこれ聞いたらどうだー、とか言ってくるのに」

 (ほっといてくれ……)

 「そういうのならそうしますけど……。あ、そうそう、話は変わりますけど、剣さんの名前ちょっと面白かったですね!」

 (話が変わってねえよチクショウ!)

 「話が変わってないって……?ああ、そのことで悩んでたんですか。たしかにあの名前は恥ずかしいかもしれないですね」

 (ああもう、誰だよ俺の名前<<エターナル・ぼっち>>にした奴は!これよりひどい名前の奴いんのかよオラ!)

 「私の二つ名、醜すぎる童貞なんですけどね」

 

 ……

 

 (正直、すまんかった)

 

 すごく落ち着いた。下には下がいると思うと。

 

 「まあ、名前なんてそれほど気にすることないですよ。特に実害があるわけではありませんし」

 (そう言ったって嫌なもんは嫌だぜ。オーディ、名前の巻物見つけたら俺に使ってくれよ)

 「名前の巻物ですか、アーティファクトの名称を変えるアイテムでしたっけ?それじゃあ、ダンジョンでそれを見つけたら使ってあげますから、元気出してくださいね」

 (おし、約束だかんな。それじゃあ元の目的の方を果たしに行くか)

 「はい、魚屋さん巡りです!」

 

 

 

 

 

 「たくさん買えましたねぇ、剣さん。これだけあったらきっと、エヘカトル様も喜んでくれます」

 

 そう言って振り返ったオーディの目線の先には、荷車一杯の魚が積み重なっていた。

 全てこのポート・カブールで買い集めたものだ。この量を炭鉱街の魚屋なんぞで買い集めたりしたら、恐ろしい額になっていたことだろう。

 

 (ああ、わざわざ港町にまで来て良かったってなもんだ。それじゃあ今度はこいつを捧げるために、祭壇のある街に行くとするか)

 「はい、確かアクリ・テオラのはマニ様の祭壇なんですよね。それじゃあパルミアまで行くことにしましょう」

 

 そう言って、オーディは荷車を引きながら歩き出す。

 そのまま歩き続けてポート・カブールを出て、2,3分ほど歩いた頃だろうか。

 不意に後ろから声をかけてきたものがいた。

 

 「お~い、ちょっと待ってんか!アンタ今日、戦士ギルドに入った奴やんな?」

 

 正直驚いた、俺も一応盗賊やらを警戒して周囲の見張りをしていたのだが、声をかけられるまで気づかなかったのだから。

 何故か関西弁のイントネーションで話すその女(声からして恐らくだが)は、茶色のフードで目元と服装を隠しており、見るからに怪しい恰好をしているのにだ。

 恐らく隠密の技能が非常に高いのだろう。見た所オーディより少し実力が高そうだし、隠れながら声をかけてきたところを見ると、少し警戒した方がいいか。

 

 

 (オーディ、中々強そうなうえにちょっと怪しそうだ。用心して対応しとけよ)

 「は、はい。そうですけど、何か御用でしょうか」

 「いや~、実はあの時戦士ギルドの近くにおってな、ついつい聞いてもうたんやけど、あんためっちゃ珍しい武器持っとるらしいやんか」

 

 狙いは、俺か。

 誤魔化してどうにかなる状況じゃなさそうだ。

 

 「剣さんのことですね、それがどうかなさいましたか?」

 「いやな、ウチはブラックマーケットの方で武器の取り扱いをしとる、ロックってもんなんやけどぉ。その剣とやら、ウチに譲ってくれへん?」

 「……お断りします」

 「ああ、いやいや!もちろんタダでって訳や無いで、500000gpで買い取らせてもらうわ。それに、これはアンタのためを思ってのことでもあるんやで?」

 「どういう、事でしょうか」

 「そら勿論、あんたみたいな未熟モンが、そないなエエ武器持っとったって碌な事にならんからよ。どっかでまたこの事がバレて、身ぐるみ剥がされんのがオチや。悪い事は言わんから、ウチに任せとき。その剣にふさわしい持ち主を捜したるさかい」

 「すみません、それはムリです。私は剣さん無しではやっていけませんから」

 「……ふぅん、ならしゃーなしやな。気が向いたらいつでも声かけてな、ウチは暫くこのポート・カブールに居るさかい」

 「はい、ご忠告ありがとうございました」

 

 俺とオーディは商人のロックに背を向け、パルミアへの道を再び歩き出す。

 ロックはそれに対し、特に引き留めることもなく見送った。

 ふむ、随分とあっさり解放してくれたな。

 てっきり、暴力に訴えてでも奪いにかかってくるんじゃないかと思ったから、拍子抜けだ。

 

 「びっくりしましたね、剣さん。まさか剣さんを買おうって人がいるなんて思いませんでした」

 (まあ、俺は超絶ハイスペックだからな、こんなこともあるだろう。だが次も穏便に終わるとは限らないからな、これからは俺の事はあまりばれないよう、気ぃつけにゃあならんな)

 「はい、頑張りましょうね!」

 (頑張るの基本お前だけどな)

 

 

 

 

 

 甘かったかもしれんな。

 街を出て1時間と経っていないのに、怪しい奴らが近づいてきている。

 

 (オーディ、後方に武装集団がいる。明らかにこちらに追いつこうとしているし、盗賊団の可能性が高い)

 「盗賊団!?もしかしてこの魚を狙って……」

 (かもしれないし、そうじゃないかもしれない。とりあえず迎撃の準備をするべきだ、このまま逃げてもどうにもならん)

 

 オーディが立ち止まり、俺を手に取って構える。

 盗賊団もそれに気づいたようで、ゆるゆると横に広がりながら近づいてきた。

 人数は6~7人と言ったところか、全員フードや鎧で顔を隠している、

 その中から一際体格の良い、リーダーらしき男が一歩前に出て、呼びかけてくる。

 

 「そこの女、我らは盗賊団、鷹のシャイム様だ。大人しく積み荷を渡せば、手荒な真似はしないと約束しよう」

 「お断りです!この魚はエヘカトル様に捧げる大事な供物なんです。盗賊団なんかに渡せません!」

 「なら仕方ないな。やれ!野郎ども!」

 

 リーダーの号令に合わせ、取り巻き達が一斉にこちらに飛び掛かってくる。

 奴ら一人一人のレベルはオーディの少し上くらいのようだが、これだけの人数となると中々きつそうだ。

 

 (オーディ、戦うなら一人一人確実に止めを刺していくぞ、複数人相手ではどうにもならん)

 「、はいっ!」

 (どうした?いつもに比べ動きが鈍いぞ)

 「なんでもありません、大丈夫です!」

 

 いや、どうみても普段よりも敵を斬る動作が弱い。

 見た所怪我をしているという訳でもなさそうだが、一体何故……ああ。

 

 (そういや、人間を斬るのは初めてだったか、少々戸惑うのも仕方ないのかもな)

 「でも、大事なエヘカトル様の魚を狙う奴らです。斬って見せます!」

 

 やはり、そういう事か。

 剣になってからは、殺すという事への忌避感が全くなくなったからか、思い当たらなかった。

 しかし、ここで負けたら大分まずい可能性もある、ハッパをかけておくか。

 

 (おうそうだ、だがそれだけじゃない気がするぜ。恐らくだがこいつらの後ろに、俺の事を盗もうと企んでいるやつがいる)

 「!それって……」

 (あの商人の女だろうよ、こんな町近くの街道に盗賊が待ち伏せてたなんて、そうそうあることじゃない。あの女が唆して俺らを襲わせた、って考えた方がしっくりくる。気ぃ抜いてやってたら、俺の事を取られるかもしれんぞ)

 「そんなこと、させません!」

 

 俺の言葉で、オーディの剣技はようやく、いつもの冴えを取り戻したようだ。

 いや、いつも以上に気合入ってるんじゃないか?

 鬼気迫った彼女の一振りは、一刀両断に敵の盗賊達を切り裂いていき、瞬く間に3人をミンチにしてしまった。

 どうやら、俺の事を失い、元の生活に戻るかもしれないという恐怖が、彼女に火事場の馬鹿力を出させているようだ。

 オーディの余りの勢いと仲間のあっけない死に、敵も少したじろいだようだ。

 見かねた敵のリーダーが前に出てくる。

 

 「お前ら情けねえぞ!大したレベルも持ってないガキのまぐれ当りにビビりやがって!」

 「まぐれなんかじゃありません。私には神器の剣が付いているんですから!」

 (おい、オーディ。それできるだけ言わないようにしようってした奴だろ)

 「あ、そうでした」

 「神器の剣だと?くそっ、そんなことあの野郎言ってなかったじゃねえか、今度金返してもらうぜ!まあいい、この俺が腕ごと斬り落として、その剣もいただいてやる!」

 

 やっぱり、誰かに唆されてきたか。

 オーディのうっかりで情報が漏れたが、肝心の事は言ってないしこの事も知れたから、結果オーライかもな。

 

 (オーディ、やってやるぞ。あんなケチな盗賊団何ぞに、この俺が居て負けるはずがない)

 「もちろんです、やっちゃいますよ」

 「何をボソボソ言ってやがる、神様へのお祈りかぁ?すぐにその神様の近くに送ってやるよ!」

 「あなたを倒すと言っているんです!やあーーーーーー!」

 

 気合自体はちょっと気の抜けた声だったが、オーディは敵のリーダーと残り二人の取り巻き相手に、互角以上に戦っている。

 元々野原育ちで戦い方(体の動かし方)をよく知っている上、カオスシェイプの血を引いた身体が持っている、鉄の如き意志と鋼の如き筋力を持っているオーディだ。元々只のレベル5では収まらない程に強い。

 そのオーディが敵意を剥き出しにし、このチート武器たる俺を振るっている以上、ちょっとレベルが高いだけの盗賊団に劣ることは無いのだ。

 たちまち取り巻き達は息絶え、残るはリーダーだけとなった。

 

 「さあ、残るはあなた一人です。絶対に倒します!」

 「チクショウ、駆け出し冒険者だから楽勝だとかぬかしやがって、あの野郎とんだ厄ネタだぜ!」

 「その情報って、誰から聞いたんです?」

 「誰がてめえに教えるかよ!こうなりゃ自棄だ、まとめて吹っ飛ばしてやる!」

 

 そういうと、敵は手榴弾を取り出してそのピンを取り外した。

 

 「剣さん、何ですかアレ!」

 (爆弾だな。グレネードって言ってかなり強い武器だ。場合によるが、喰らえば野原に居るような雑魚モンスターはまず死ぬだろうな)

 「ええ!ど、どうしよう」

 (どうにもならん、気張って耐えろ)

 「そ、そんなあああ」

 「死ねえ!」

 

 奴が叫ぶと同時に、辺りに轟音が鳴り響く。

 瞬間、目も眩む凄まじい光が辺りを包みこみ、その間何も見えなくなる。

 そしてその光が収まったとき、盗賊団のリーダーはミンチに成り果ててその持ち物だけが残り、オーディは普通に立っていた。

 

 「あれ?あんまり痛くありませんでしたね」

 (そうだろうな、グレネードって音属性の攻撃で、謎の貝のおかげでめちゃくちゃ耐性ができてるからな)

 「ええ!それじゃあそこまで危なくないじゃないですか、言ってくださいよ剣さん!」

 (悪い悪い、気を抜くよりは身構えてた方がいいだろうと思ってな。それよりあいつらの血を吸わせてくれよ、戦ってる最中も飲んだけど、なかなか美味かったんだ。特にあの鎌持ってた奴!女の子っぽいんだが、中々まろやかでいて後味も悪く無くてな!)

 「血の味の話されても分かりませんよお。それならとりあえずその子から血を吸いましょうか」

 (よろしく!)

 

 

 

 そうして奴らの血を吸い取った後、落ちてた分の奴らのアイテムを物色する。しかし……

 

 「なんだか、荷車で運ぶようなものばかりですね。とてもバッグには入らなそうです」

 (そうだな、名残惜しいが使えそうなポーションの類だけ集めて、後はここに置いておくか。俺たちの目的は荷車の魚を運ぶことだからな)

 「はい、元々私たちの物じゃありませんし、気にせず放っておきましょう」

 

 クリスマスツリーやらピアノやらを持って歩くのは、流石に厳しいからな。仕方のない処置だ。

 しかし、あいつらの血は美味かったな。

 やっぱり人間種の血がうまかったりするのだろうか?それとも魅力が関係しているとか?

 まあ、おいおい考えるとしよう。色々と血を飲みながらな、唯一の娯楽なのだから。

 

 「では、気を取り直して出発ですね」

 (また1時間後に、新しい盗賊団とか来たりしてな)

 「うう、気が滅入ること言わないでくださいよう」

 

 荷車をガラガラと引きながら、オーディが弱気な声で言う。

 ま、俺は来てもいいんだけどな、盗賊団の血また飲みたいし。

 

 

 

 

 

 「うーん、あの子一人なら鷹のシャイムで十分行ける思うたんやけど、アカンかったか」

 

 オーディ達の戦闘跡地に、フードをかぶった女、ロックが足を踏み入れる。

 彼女は懐から狙撃銃を取り出し、悩ましげに見つめながらため息をついた。

 

 「戦ってる隙をついて、こいつで剣を吹き飛ばして後で回収しようと思ったんやけどなぁ。予想以上にあの子が強かったもんで、どうにもならんかったわ。手榴弾喰らってもビクともしないって、どないなっとんねんあの女」

 

 そう言いつつ、手元の狙撃銃片手に辺りの警戒をしながら、盗賊団の遺留品を探る。

 

 「ま、あの盗賊からもらった金と、この盗品共で十分な黒字やし、今回はこれでええとしとこ。それに戦士ギルドに入った以上、あの子はまたこの町に来る。チャンスはまだあるやろ。いつも通りブラックマーケットでアンテナ伸ばして機会を待つとしよか」

 

 そう言いながら、ウヒヒと笑う。

 一世一代の大物狙いに、ロックの心は熱く昂っている。

 それに応えるように、手元の狙撃銃がブルリと震えた。


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