◆それは生きている   作:まほれべぜろ

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ヴァリウスの策

 ヴァリウスとの邂逅から5日後の夕方近く。

 俺とリーシャは再び、ポート・カプールへとやって来た。

 

 目的は勿論、サイモアとヴァリウスの首を取る事だ。

 

 エーテル製の武器を用いて、這い上がれなくなるまでエーテル病を引き起こすつもりは無い。

 両親の事はあったが、それでも故郷に対する隔意はリーシャに残っているからだ。

 

 2度と舐めた態度をとる事が無いよう、何度も殺してやるけど、再起不能にするほどではない。

 と、リーシャは話していた。

 

 加えて、サイモアたちを生かしておけば、原作ストーリーが起こる可能性が残る。

 そこで活躍すれば、英雄としての名声を得れるという打算もあった。

 

 とは言え、まずは此処で無事に勝つことからだ。

 ヴァリウスが、無策で此方を呼び込んだとは思えない。

 油断なく事を進める必要があるだろう。

 

 

 

 ザナンからの使節が滞在する来賓用の館へは、苦労なく辿り着いた。

 向こうは、特に所在を隠している様子もなく、

 サイモアとヴァリウスが、この館に入る姿を見た、という情報も手に入った。

 

 まあ、その後に館の中から転移している可能性もあるが、その時は一度引けばいいだろう。

 目的がいないのであれば、リーシャも撤退に難色を示す事はない、はずだ。

 

「お邪魔するわよ」

 

 行儀よくベルを鳴らす等という事はせず、扉を切り捨てて中へと侵入する。

 

 玄関に灯りは点いておらず、窓から漏れてくる夕日だけが光源となる。

 人が動く気配もなく、およそ他国の使節が滞在しているとは思えない様子だった。

 

「静かな物ね、怖気づいて逃げたかしら?」

(異常な様子は迎え撃つ準備を整えているともとれる。くれぐれも気を付けてくれ)

「ええ、不意うたれるような真似はしないわ」

 

 そう言って、リーシャは奥へと進んでいく。

 

 館は中々の広さを誇っているが、

 同時に重要な来客が滞在する部屋の所在も、分かりやすい造りになっていた。

 

 本来サイモアがいるならば、ここだろうという部屋の前へと立つ。

 そして、館へと入った時と同じく、扉を切り捨てた。

 

 中はさほど広くないが、高級そうな家具が取り揃えられている。

 そして、中心に位置する、ひじ掛け付きの椅子に腰かけるサイモアと、

 その横で長剣を佩いて直立するヴァリウスが、リーシャの事を出迎えた。

 

「随分と乱暴なご登場だな『鮮血プリンセス』、リーシャ殿。

 本日は如何いったご用向きか、伺うとしようか」

 

 突然の侵入にも、サイモアは動揺する様子を見せていない。

 ヴァリウスの方も澄ました顔をしており、リーシャの返答を待っている。

 

「そちらの従者さんから、熱烈な招待を受けてね?

 私、受けた挑戦は全て叩き潰すと決めているのよ。

 安心なさい?『もう許して』と乞うまで殺したら、帰ってあげるわ」

 

 リーシャの宣戦布告を受けたサイモアは、

 悪戯気な笑みを浮かべ、横のヴァリウスに顔を向ける。

 

「ほう?

 我が腹心の話では、リーシャ殿は過去にあった事を恨んでおり、

 前々から我らを襲うため、機を伺っていたとの話だったがな?」

「賊の戯言に惑わされてはなりません、サイモア様。

 自分を正当化するための稚拙な小細工です。

 粛々と、処断されますように」

 

 どうやら、少々胡麻化した内容を報告していたらしいヴァリウスが、

 何食わぬ顔でサイモアへと進言する。

 

 サイモアもさして構う様子はなく、改めて此方へと向き直った。

 

「ふむ、確かにその通りだ。

 聞いたな、忠勇たるザナンの近衛兵たちよ!

 賊は一人だ。必ずや仕留め、ザナンの力を示して見せよ!」

 

 サイモアの号令と共に、にわかに館中が騒がしくなる。

 

 まず、隣の部屋に隠れて様子を伺っていたらしき兵たちが、

 次々と部屋へ入ってきて、リーシャを包囲し始めた。

 

 それだけに留まる様子もなく、

 廊下や窓の外からも、駆け寄ってくる足音が聞こえてくる。

 

「まあ、随分とご丁寧に準備していたようね。

 それで、数で押せば私を殺せるとでも思っているのかしら。

 以前、アナタたちが殺した奴らと、私では格が違うわよ?」

 

 リーシャの言葉に対し、ヴァリウスが穏やかな笑みと共に返す。

 

「無論、そう簡単にいくとは思っていませんとも。

 彼らはあくまでも、アナタを逃がさず押し留めるための人員です。

 本命は彼、我がザナン最高峰の戦士ですとも」

 

 ヴァリウスの言葉と共に、包囲していた兵達が道を開ける。

 

 崩れた扉を踏み越えて部屋に入ってきたのは、一人の男だった。

 

 髪は、暗い室内を照らすかと思う程に紅く、

 単純な身体能力だけならば、リーシャよりも上であろう鍛えられた身体。

 その力量に伴い、自信と傲慢さに溢れている事が、その表情から見て取れる。

 

 そんな彼の話は、遠くノースティリスに住むリーシャの耳にも届いていた。

 

「ザナンの紅血『ロイター』。

 へえ、わざわざぶつけて来る程度には、評価されてるって訳ね」

「俺は貴様程度の女のため、呼び出されたことに納得していないがな。

 それと、紅の英雄と呼べ。そっちの異名は気に入っていない」

 

 ロイターの挑発に、少々苛立った様子のリーシャ。

 ある程度、実力が伴った上で見縊られたことに、腹が立ったのだろうか。

 

「へぇ、言ってくれるじゃない。

 紅血『ロイター』私はその異名悪くないと思うけど?」

「ふん、趣味が悪い女だ。自分を血に例えられて喜ぶなどと」

「……はぁ?」

 

 少々どころではなく、完全に苛立った様子のリーシャが降臨した。

 先ほどの考察は訂正しよう。

 見縊られたこと以上に、血にまつわる異名を否定されたことに苛立ったようだ。

 

「まぁいいわ。今から主君を守れず、地に落ちる異名の事を気にしても仕方ないもの、ね!」

 

 言い終えると同時に、リーシャがロイターへと高速で斬りかかる。

 

「下らん。この程度で俺に挑んできた無謀を、その身で思い知らせやる!」

 

 不意打ちとまでは言えないが、急速に飛んできた斬撃。

 ロイターはそれを難なく盾で弾き、もう一方の手に持つ大剣をリーシャへと振り下ろす。

 リーシャの方はそれを盾で受け止めず、後ろへステップを踏んで回避した。

 

 

 今のリーシャの装備は、フリージアに挑んだ時とは異なる。

 彼女本来の戦闘スタイルに基づいた、回避重視の軽い防具を主軸としたものだ。

 

 エーテル製で神器の籠手を始めとした、優秀な装備はそのまま使っている。

 だが、基本的には異なる物を身に付けており、あの時ほどの防御力はない。

 盾や鎧も出血エンチャントではなく、能力を重視した物を使っている。

 

 そのため、防御力に物を言わせたフリージア戦での立ち回りとは異なり、

 ロイターの攻撃を避け、傷を負わないよう戦っていく必要があるのだ。

 

 

「ロイター殿、加勢します!」

 

 とは言え、大した脅威でない一般兵の攻撃ならば、さして警戒する必要もない。

 

「あら、ルームサービスかしら?一国の皇子の部屋となると流石に気が利くわね」

 

 横から割り込んだ兵士が斬りかかってきたと同時に、リーシャがルルウィの憑依を使う。

 そして、兵士の振り下ろした剣が体に食い込むのも気にせず、俺の刀身を突き刺した。

 

「なっ、ぐああぁぁぁ!!!」

 

 当然ながら、俺が流し込んだ地獄属性の攻撃によって、兵士は瞬時にミンチと化す。

 

 リーシャが兵から受けた傷は、吸収した体力で塞がる。

 そして、ルルウィの憑依で失ったスタミナも補填でき、

 その効果で得た、速度上昇のバフだけが残った。

 

 様子を見ていたロイターは、ただ状況が悪化しただけなのを察し、舌打ちをする。

 

「ちっ、ヴァリウス!雑魚共が邪魔に入らぬよう徹底しろ。

 こんな小娘程度、俺一人で充分だ」

「分かりました、遠距離攻撃を()()援護も不要ですか?」

「要らん、槍でも構えさせておけ」

 

 

 周りの兵たちは、ロイターの指示に従い槍衾を作り包囲する。

 この戦いに付いてこられるであろうヴァリウスは、サイモアを守る為に傍を離れない。

 

 必然、戦いはリーシャとロイターの一騎打ちの形となった。

 

 最初こそ、ルルウィの憑依のおかげで一方的な攻勢を仕掛けることが出来た。

 だが、速度上昇のバフが切れてからは、そう上手くはいかなかった。

 

 ロイターは盾の扱いも巧みで、此方の攻撃はほとんど通らない。

 しかし彼方も、大剣の大ぶりな攻撃では、リーシャを捕らえる事はかなわない。

 

 一進一退の攻防が続くが、それで不利になるのはリーシャだ。

 

 原因は、俺の血吸いエンチャントにある。

 普段は地獄属性でごまかしてはいるが、本来俺は体力を奪い続ける呪いの装備だ。

 

 盾等で受け止めきられ、ダメージを与えられない状況では、

 回復できるという利点が発揮されず、持ち主を傷つけるデメリットだけが残る。

 

 それでも並大抵の相手なら、隙を見てポーションで回復すればいい。

 だが、相手はザナン最高峰の戦士、ロイターだ。

 防御力の低い今の装備で、そんな隙を見せれば、直ぐに切り捨てられかねない。

 

「どうした、威勢の良い事を言った割には、斬られる前から虫の息じゃあないか」

「言ってなさい。この程度、負傷した内には入らないわよ」

 

 リーシャは啖呵を切るが、このまま進めば負けるのはリーシャだ。

 その事は彼女も理解しているだろう。

 

(我が主、攻め口を変える必要があるだろう。算段は付いているか?)

「ええ、問題ないわ。コレは防ぎきれないでしょう」

 

 そう言ってリーシャが取り出したのは、生きた武器の散弾銃だ。

 それを見たロイターが身構えると同時に、引き金が引かれる。

 

 一つの盾では、複数の面を同時に攻撃する散弾銃に、対処しきる事は出来ない。

 ロイターもある程度は防いだようだが、明らかに傷を負っていた。

 

「ちっ、道具に頼るとはやはり三流だな」

「あらゆる武器を扱えてこその一流でしょう。

 銃も扱えないようなお猿さんは、石ころでも投げている方がお似合いよ?」

「……言っていろ」

 

 リーシャの挑発に対して、ロイターは直ぐに言い返すことが出来ていない。

 知っていて揶揄しようとしたのでなく、素で出てきたリーシャの石ころ煽り。

 遠距離武器が投石の男であるロイターは、これに思いのほかダメージを受けているようだ。

 

 ともあれ『このまま先ほどと同じ展開を続ければ不利になる』、と判断したのだろう。

 これまで徹底的に、此方の攻撃を盾で受けていたロイターは、

 多少の傷を負う事を厭わず、今度は果敢に攻めかかってきた。

 

 致命傷を負わぬように、重装備で攻撃を軽減するロイターと、

 出来る限り攻撃を喰らわぬよう、軽装備で回避するリーシャ。

 

 ダメージレースに近くなったこの状況ならば、俺の地獄属性も生かすことが出来る。

 結果として、スタミナも吸収できるため、ルルウィの憑依も使えるようになった。

 

 この状況ならば、有利になるのはリーシャの方だった。

 

 身体能力こそ向こうの方が上ではあるが、装備では明らかに此方が勝っている。

 ネフィア産の高品質な武器は、外部のそれに比べて強力無比。

 

 ザナンから此方へ来たばかりのロイターとは、身に纏う装備の質が違う。

 無論、リーシャが持つ中でも最も質の高い装備と言える、俺を含めてだ。

 

 自分が傷を負う度に、回復するリーシャに焦りを見せるロイター。

 

「大丈夫ですか?ロイター、やはり援護を入れた方が良いのでは」

「黙っていろ!俺は助け等なくとも、こんな小娘くらい始末して見せる」

 

 見かねた様子のヴァリウスが、援護を申し出るもロイターは突っぱねる。

 自分での戦いに拘るのは、その実力から来るプライド故の者だろうか。

 

(だが、素直に頼った方が良かっただろうな。もうそろそろ終わりか)

 

 地獄属性の攻撃は、相手のスタミナも奪っていく。

 疲労した状態に入り、肩で息をし出したロイターに深々と俺が突き刺さった。

 

「はい残念、これで決着よ。

 まあ、今まで戦った中で2番目くらいには強かったわ」

 

 リーシャが言い終えると同時に、俺は混沌属性をフルに叩き込む。

 

 およそ人が耐えられるものではない、混沌の力が刀身から身体へと広がり蝕む。

 人類最高峰の力を持つロイターでも耐えきれず、そのまま混沌に飲まれミンチとなった。

 

「さて、これで最高戦力は失ったようだけど、まだ演目はあるのかしら?」

「勿論です。ここからは私たちがお相手しましょう」

 

 ヴァリウスがそう言うと同時に、取り囲んでいた兵下達が槍の穂先を上げる。

 

「正気?さっきの様子を見てなかったのかしら。

 雑兵じゃあ、私の動きは邪魔できても、マトモに傷を付ける事なんて出来ないわよ」

「分かっていますとも。しかし、それで5分も時間を稼げばロイターも這い上がってくる」

 

 ヴァリウスの発言を、リーシャは鼻で笑う。

 

「それこそ正気とは思えないわね。

 死んで這い上がる度に、彼の身体能力は落ちていく」

 

 それに、と言ってリーシャは、ロイターがミンチになると同時に落とした防具を踏み砕く。

 

「死んだ際には、どうしたって幾つか防具を落としてしまうわ。

 2、3回くらいなら何とかなるでしょうけど、死ぬ度に戦力差は開いていく。

 幾ら時間を稼いだところで、私に勝てる時は訪れないわよ?」

 

 リーシャの見立てに、間違いはないだろう。

 

 ロイターのリーシャに対する、最大のアドバンテージだった身体能力の低下。

 恐らく、手元にある中で最良だっただろう防具を失っていく損失。

 

 これらが合わされば、いくら同じ展開を繰り返そうとリーシャが有利になるばかりだ。

 

 だが、ヴァリウスがその程度の事を理解していないとも思えない。

 俺からそれを伝えられたリーシャも、軽口を吐きながら油断をしている訳ではなかった。

 

「確かに、同じ展開ならばアナタに勝つことは叶わないでしょう。

 しかし外部からの援護があれば、話は別だ。

 先ほどは彼の拒絶で控えましたが、一度敗れた以上は彼にも受け入れて貰います」

「へぇ。外からの攻撃があれば、私を倒せるって?」

 

 変わらぬ澄まし顔で語るヴァリウスを、リーシャが嘲笑する。

 

 その自信の根源は、俺の地獄属性攻撃と、集団での遠距離攻撃の難しさにある。

 

 遠距離攻撃では、直に斬り結ぶのに比べて、一度に甚大なダメージを受ける可能性は低い。

 ならば俺の地獄属性で、十分に回復を追いつかせる事が出来るだろう。

 

 また、こうやって集団で囲んだ状況では、リーシャが躱した矢玉が別の味方に当たる。

 そうなれば、持久戦は難しくなる一方だろう。

 

 しかし、ヴァリウスはそんなリーシャの挑発に乗る様子はない。

 

「ええ、倒せると思っていますよ。

 ロイターは()()の援護について、ザナンの誇りにかけて拒否する等と言っていましたが」

 

 そう言ってヴァリウスは、チャキリとわざとらしく長剣を構えなおす。

 

 それを合図に、囲んでいた兵士の一部が一斉に動き、人が通れる間隔を作って。

 パァンと、間髪を容れずに鋭い銃声が響き渡った。

 

「私は目的の為ならば、例え野盗とであろうと手を組みます」

 

 ヴァリウスの言葉に、少しだけ意識が割かれていたその数瞬の間で、

 

「は?」

(こいつは……!)

 

 リーシャの腕から、神器製の篭手が失われていた。

 

「何が起こって……!?」

(俺が見ていたから説明する!

 だから、早く篭手を装備しなおしてくれ、我が主!)

 

 リーシャが戸惑いながらも、耐性を補完するために用意していた、予備の篭手を装備する。

 元の装備に比べれば雲泥の差だが、装備しないよりはマシだろう。

 

 ヴァリウスは、この程度でリーシャを無力化出来ない、と分かっているのか。

 特に動き出す様子はなく、包囲する兵士に指示を出す様子もない。

 

 その隙を有難く使わせてもらい、俺はリーシャにありのまま今起こった事を話す。

 

(窃盗スキルだ!篭手を盗んだうえで、直ぐに篭手ごと転移された!)

「窃盗ですって?いくら何でも、早業が過ぎるでしょう」

 

 当然だが、納得しきれないリーシャに、俺は詳細を説明する。

 

(さっき、一発銃声がしただろう。アレが時止弾だったんだ。

 そこからシャドウステップ*1か何かで近づいて、窃盗スキルを使われた。

 そして、時止めが解除されると同時に、待ってた他の奴が紐で転移させたんだろう)

「……確かに、理屈は通るわ。だけど、他の可能性もあり得るんじゃないの?」

(いや、間違いないだろう。一瞬だが篭手の近くにいた俺には、実行犯が見えた。

 暗くて見えにくかったが、見慣れた顔だから間違いない)

 

 そう、俺には下手人の顔に見覚えがあったのだ。

 アイツは手先が器用で、窃盗の腕も一流だった。

 

(あれは、前に居た盗賊団『ミッドナイトを照らす炎』のカーラって奴だった。

 あの窃盗も、街中でのスリによく使っていた手口だから間違いない)

「盗賊団、<<永遠の孤独>>を奪ってやった奴らね。

 専門職っていうなら、こうも素早く盗まれたとしても、おかしくはないか」

 

 手口を理解したリーシャが、苛立ちながらも納得した様子を見せる。

 そんなリーシャの言葉に『おやバレてしまいましたか』、などとヴァリウスが惚ける。

 

「彼らは、あなたを倒すためと言えば、喜んで協力してくれましたよ。

 どうやら、随分と方々で恨みを買っている様子ですね」

 

 俺とリーシャが、ネフィアで得た努力の結晶を盗ませておきながら、

 おどけた様子で挑発を続けるヴァリウス。

 

 しかし、これは確かに厄介だ。

 

 リーシャが今身に付けている装備は、回避を重視する攻勢になっている。

 当然、身軽に動けるように、軽い素材で作られている装備も多い。

 しかし窃盗スキルは、軽い物ほど素早く盗むことが出来るのだ。

 

 特に、優秀でエーテル病が恐ろしくないからと、

 多く身に付けていた、軽いエーテル素材の装備が致命的だ。

 

(リーシャ、篭手は既に取られたが、外套と腰当もエーテル製だ。

 後、元々が軽いスピードリングや首輪も、相手に盗まれる可能性がある)

「厄介ね、対策として考えられるのは?」

(時止弾は使用に多くのスタミナを消費する。

 だから、長期戦ではなく短期決戦で挑めば、勝ち目もあるだろう

 勿論、俺としては装備の損害は大きすぎるし、退却も視野に入れた方が良いかと思うが……)

 

 言っておいて難だが、俺はリーシャが退却を選ぶとは思っていない。

 案の定、彼女は首を横に振って否定を示した。

 

「撤退はしないわ。

 いくら装備が失われるとは言え、退いたときに失う名声に比べれば軽い物よ」

(……分かった。

 確かに勝てば、我が主の名声は不動の者になるだろうしな。

 一時的に、大幅な戦力低下を食らう事は避けられないだろうが)

 

 あるいは、それがヴァリウスの狙いなのだろうか?

 

 戦力を奪ってしまえば、リーシャの出来る事は大きく減るだろう。

 そうなれば、ヴァリウスの求める新秩序において、

 リーシャが対抗馬として現れる可能性は、著しく減ると考えたのかもしれない。

 

 だが、そうだとしても此方が回避する方法は一つ。

 出来る限り短期決戦で戦いを済ませ、失う装備を最小限で済ますことだ。

 

 最悪でも、1対多数でもロイターを倒せる程度には、装備を残して戦う必要がある。

 そうでなければ、まずこの戦いで勝つことが出来ないからな。

 

(よし、それなら我が主よ。

 取り囲む兵どもを殺し尽くして、人影に隠れているカーラを引きずり出すとしよう。

 出きればロイターが這い上がってくる前に、始末しきるのが理想だな)

「ええ、それじゃあ始めましょうか!」

 

 言うが早いか、リーシャは手当たり次第に、周りの兵士を斬り捨て始める。

 

「怯むな!時間は我らの見方だ、ロイターが戻ってくるまで踏み止まれ!」

 

 ヴァリウスはと言うと、やられる兵士に加勢する事はなく。

 サイモアの傍を離れずに、周りへ檄を飛ばしている。

 仮にも皇子の側近と言う立場である以上、余り離れる事は出来ないのかもしれない。

 

「この分なら、2分もあれば部屋の兵士位なら片付けてやれ……っと!」

 

 不意にまた銃声が聞こえ、目の前にカーラが現れた。

 そしてリーシャが斬り付けようとしたときには、転移して姿を消している。

 

 確認すれば、今度は外套が奪われていた。

 篭手ほどではないが、エーテル製の強力な装備だ。

 仕方なく、代わりに周りの兵士が、死ぬ間際に落とした外套を身に纏う。

 

「少なくとも、何も装備できなくなる心配は無さそうね」

(ああ、供給源がこんなにあるからな。

 だからと言って、トロトロと戦っている暇はないが)

「分かっているわ」

 

 そう言って、リーシャはまた果敢に兵士たちへと踏み込んでいく。

 

 ゴミの様に蹴散らされていく仲間の姿に、兵士たちの士気も下がってきた様子だ。

 槍の穂先は心なしか下を向いているように見え、数が減って包囲も疎らになってくる。

 

 すると、兵士たちの隙間に、見慣れた黒髪の女の姿を見かけることが出来た。

 

(あそこだ我が主!あの狙撃銃を持った女が、窃盗の使い手だ)

「なるほど、あいつね。待ってなさい、方をつけさせてやるわ」

 

 そういって、リーシャは矢のように駆け出し、カーラへと肉薄する。

 

「おっと、ウチの狙撃手はやらせねぇぜ」

 

 そこへ、大柄な男が割って入り、手に持つ刀でカーラを目前とした俺を阻んだ。

 

 此方も見覚えがある。

 ガッシリとした肉体に、悪人面の髭男。

 間違いない、『ミッドナイトを照らす炎』団の首領、ジェイクだ。

 

「よう『鮮血プリンセス』。あの時は派手にやってくれたからな。

 借りを返させてもらいに来たぜ」

 

 ジェイクと鍔迫り合いをする間に、カーラが魔法の杖を使用する。

 すると彼女の身体はテレポートによって、どこかへと消えてしまった。

 

「自分達だけじゃあ勝てないからって、兵隊さんに助けて貰ってまで勝ちたかったの?

 随分とプライドの欠片もない事ね」

「なに、お前を倒したくて来たのは確かだが、あくまで俺と奴らは対等さ。

 この戦いが終われば、セビリスの野郎に関する情報を貰える手はずになってる。

 分かるか?お前をここで潰すのは、俺達の通り道の一部に過ぎないってこった!」

 

 激しく剣を交えながら、お互いに煽り合うリーシャとジェイク。

 

 いくらリーシャと言えども、ジェイク程の手練れを瞬殺するのも、無視するのも不可能だ。

 カーラを放置してスタミナを回復されるのは厄介だが、まずは此方を始末するのが先だろう。

 

(と、リーシャ。魔法が飛んできそうだぞ)

「了解」

 

 突如、リーシャの死角において、

 不自然に兵士が道を開ける動きを見せたので、リーシャへ警告をする。

 すると案の定、開けられた射線から、二筋のボルト魔法が放たれてきた。

 

 予め知っていたリーシャは、余裕をもってその二つを切り捨てる。

 

「ちっ、魔法での不意打ちは失敗か」

「中々に悪くないタイミングだと思ったんだがな」

 

 開いた射線の先に姿が見えるのは、双子のボレスとゼスだ。

 

「残念、こっちにはあなた達の手の内を良く知ってるのがいるのよ?

 その程度の不意打ちじゃあ、私には通じないわ」

「エーエンのやつか。あの野郎、気軽にこっちの事を売りやがって」

「この私を優先するのは当たり前でしょう。

 あなたみたいな二流の盗賊風情とは、格が違うのよ!」

 

 リーシャが再び、ジェイクへと斬りかかっていく。

 

 勢いに乗った今度の彼女は、捨て身で踏み込んでいる。

 そうなれば必然、もう片方の時間稼ぎをしたいジェイクも、

 ある程度のダメージは覚悟して、カウンターを狙っていくほかない。

 

 そして当然ながら、地獄属性の回復がある分、斬り合いならば此方が有利だ。

 周りの兵士や双子達から、弓や魔法の援護もあるが、リーシャは意に介さない。

 一方的に、ジェイクを追い込んでいった。

 

「これで終わりね、まあ盗賊にしては頑張ったんじゃない?」

 

 程なくジェイクは力尽き、リーシャが止めの一撃を叩き込む。

 

「ああ、やっぱタイマンじゃあ適わねぇな。

 だが俺の役割は果たしたぜ?」

 

 対するジェイクはそう言うと、せめてもの抵抗か俺を握りしめてそう言った。

 

 瞬間、また銃声が鳴り響く。

 

 次の瞬間には、カーラが再び現れて、今度は腰当を奪っていった。

 

 今度は、紐を使って引っ張るジェイクがいないためか、

 自分でテレポートの杖を用いて、逃げ去っていく。

 

 瞬時に逃げ去られた、という訳ではないが、俺を握られた状態で、

 こうも素早くテレポートの杖を使われては、リーシャも対処する事はできなかった。

 

(くそっ、これでエーテル装備は全滅か。

 これじゃあ、防御力は相当下がってくるだろうな)

「でも、厄介な奴もこれで片付いたわ。

 もうそろそろ、盗めるような防具も少ない。

 さっさと盗人を片付けて、勝負を決めに行きましょう」

 

 そう言ってリーシャは、そこらに落ちている腰当を装備しながら、

 自分を取り囲む、残された兵士たちへと向き直る。

 暗い室内の限られた空間で、殺気を向けられた兵士たちがたじろいだ。

 

 

 そこからの戦いは、一方的だった。

 兵士たちが構える槍衾は、リーシャの動きを僅かに阻害する事は出来た。

 

 しかし、それ以上には至らず、リーシャが回復する糧となりながら倒れていく。

 一人、また一人と倒れていく仲間たちに、もはや兵は怯えるばかりだ。

 それでも逃げ出さないのは、武を重んじる国であるザナンである故だろうか。

 

 だからと言って、結果が変わるわけでも無かろうが。

 

 兵はもはや、三分の一も残っておらず、隠れていたボレスとゼスも始末した。

 そして今、最後のまとまった兵の陰に、カーラの姿を発見する。

 

「ようやく見つけたわよ、コソ泥さん」

 

 もはや逃がすつもりは無いと、リーシャはカーラの下へひと息に迫る。

 

「くっ、せめてこれだけでも!」

 

 カーラがそう言って、横にいる兵士を撃ったかと思うと、

 その一瞬後には、リーシャが身に付けていたスピードリングが握られていた。

 

 しかし、まだスタミナが回復しきっていなかったのだろう。

 窃盗に手間取った様子のカーラは、まだテレポートの準備が出来ていない。

 

「そんなにその指輪が欲しかったのかしら?

 それじゃあ、ソイツを握ったまま死になさい!」

 

 ようやっと、厄介な相手を潰せる高揚のままに、リーシャは俺を振り下ろす。

 後衛職のカーラが耐えきれるはずもなく、そのまま彼女もミンチとなる。

 

 人が減り、随分と疎らになった部屋で、

 リーシャはヴァリウスへ、握った俺の切っ先を向けた。

 

「これで、手の内は終わりかしら?

 少々手間取ったけど、私を殺すには随分と足りなかったわね」

「確かに、これほどの実力を持つとは私も予想外でした。

 あなたを侮っていた事は認めましょう、

 もっと余裕をもって、対処できると思っていた」

 

 しかし、明らかに不利になった状況でも、ヴァリウスは余裕を崩さない。

 

 もうこの部屋に、リーシャに勝る実力者はいない。

 ヴァリウスも見た所、弱いわけではないが、ジェイクと同じ程度かそこらだろう。

 まだ何か、追加の対策があるとでも言うのだろうか。

 

「しかし、彼ら盗賊団は十分な仕事をしてくれている。

 あなたから装備を奪った上で、彼の復帰に間に合わせてくれた」

 

 そう言って、ヴァリウスが視線を送る先には、

 何処かで這い上がってきたのだろう、ロイターの姿があった。

 

「まさか、装備の質が落ちたからって、いまさら彼が私に勝てるとでも?

 例えあなたと二人掛かりだって、私は負けやしないわ」

 

 俺としても、まだロイターに負ける要素はないと考えている。

 

 ロイターは一度死んだことで、装備の質も能力も落ちたはずだ。

 まだ残った敵兵と複数人で掛かってきたとしても、

 対弱者に対する消耗戦に定評のある、俺がいる限り優位は崩れないだろう。

 

 体力を削り合うように戦いをすれば、

『ミッドナイトを照らす炎』が這いあがってくるよりも早く、倒しきるのは難しくない。

 

 しかし、ヴァリウスはリーシャの言葉に対して頭を振る。

 

「いえいえ。先ほどのロイターは、一対一で正面から戦っていました。

 それは、彼が私の立てた作戦に不服があり、真向から打ち破ると主張したからです。

 しかしそれで敗北したからには、私の指示通りに動いて貰う」

 

 いいですね?とヴァリウスが聞けば、ロイターは苦虫を潰したような顔をする。

 どうやら、奴が話す内容は真実の様だ。

 

「それで、あなたの作戦ってのを、今から見せてくれるのかしら?」

「勿論です。とは言えロイターにお願いする役目は、力任せの平押しですが」

 

 ヴァリウスがそう言うと、ロイターはリーシャへと向かってくる。

 

 一口に向かってくると言っても、先ほど戦った時とはまるで様子が違う。

 

 余りにも愚直が過ぎるのだ。

 此方の構え、動きを考慮する様子がまるで無く、真っ直ぐリーシャへ突っ込んでくる。

 

 先ほどリーシャを相手に、優れた太刀捌きを見せた男とは思えない挙動。

 リーシャも不審に思ったのか、相手の動きに合わせられるよう、俺を低く構える。

 

 しかし、ロイターの動きは警戒するリーシャでも、対処しきれない物だった。

 

「何を……っ?」

 

 ロイターは、構えられた俺に()()()()()()()()、リーシャへ組み付いてきたのだ。

 当然ながら、深々と俺が刺さったロイターの腹部からは、夥しい血が流れ始める。

 

(リーシャ。何かわからんが、取りあえず混沌属性で攻撃している)

「分かったわ」

 

 俺は戸惑いつつも、混沌属性の追加攻撃を行い、事後承諾でリーシャに状況を伝える。

 リーシャの方も困惑しているようだが、放っておく訳にいかない事は間違いない。

 了承を得たので、そのまま混沌属性を流し込み続ける。

 

 ロイターの目的は恐らく、リーシャの動きを止める事なのだろう。

 実際この状況では、殆ど身動きも回避行動もとれない。

 

 だが、それだけだ。

 最大火力だろうロイターは、身動きが取れなくなっている。

 周りの兵士が、多少飛び道具を撃ったところで即座に死にはしない。

 

 対して腹に刃物の刺さったロイターは、長くはもたないだろう。

 流し込む属性を地獄属性に切り替えれば、ロイターが死ぬまでは十分に回復が間に合う。

 

 ヴァリウスが、あんなにも自信満々で弄した策だ。その程度の事ではあるまい。

 ならば、身動きが取れない短時間に、ダメージ以外で損害を与える何かがあるのか。

 

 そこまで考えた所で、誰かが背後から急襲してくる事に気が付いた。

 金髪で小柄。背に付けた翼で、文字通り飛びながら駆ける少女。

 

(そう言えば、お前がまだ姿を見せてなかった)

 

『ミッドナイトを照らす炎』主要メンバー最後の一人、チアフーだ。

 

 飛んでいるが故に、音も無く急速に死角から近づいてきているが、

 リーシャの背後が見れる俺には関係ない。

 だからチアフーの手に、大量の注射器のような物が握られてる事にも気づいた。

 

 注射器、という事は入っているのは薬液だろうか?

 パッと思いつく、今リーシャが打たれて困る物と言えば……

 

(リーシャ。背後から注射器持って、特攻してくる奴がいる。

 敵の狙いは、状態異常か何かだろう。

 呪いの変異ポーションでも大量に打ち込まれれば、致命的になりかねん)

「なるほど、相手の狙いは私を弱体化させて仕留める事って訳ね。

 でも、どんなポーションでも、私を戦闘不能に追い込むことは出来ないわ。

 だって、私にはエーテル病が効かないんですもの」

 

 リーシャと、念話で素早く情報共有を行う。

 俺の話を聞いたリーシャの判断は、戦闘の続行だった。

 

(少しリスクが高くないか?

 今なら俺が血吸いをすれば、余分な損害を負わずに死んで拠点に戻れる。

 相手が自信満々で出してきた策を、甘んじて受ける必要もないと思うが)

「ここで勝たなければ、彼ら相手に完全勝利と言える物を掴める日は来ないわ。

 変異治療のポーションも、十分に持ってきてる。

 さっさとこの赤髪を殺せば、巻き返しは可能よ」

 

 リーシャの言葉にも一理ある。

 

 素早くロイターを殺す事さえできれば、大した損害にはならないだろう。

 そして、一国の皇子が簡単に殺せる場所で、這い上がってくれる事等、そうそうにないのだ。

 

 何より俺はリーシャの剣、彼女が決めた事ならば支えるのが務めだ。

 

(分かった。なら俺は、とにかくロイターを殺すことに注力する)

「ええ、頼んだわよ」

 

 方針を纏めるのにかかった時間は、数秒程度だ。

 発声を介せず、お互いの脳内で処理できる念話である以上、大した時間はかかっていない。

 

 それでも、リーシャと話し終わった時には既に、チアフーは彼女に肉薄していた。

 

「これでも喰らえ!っす!!」

 

 ロイターに剣を絡めとられ、まともに動けないリーシャ。

 装備を身に付けておらず、むき出しとなっている彼女の顔。

 その右側に、チアフーは容赦なく注射器をぶっ刺した。

 

「くっ、私の顔に傷が……!」

(リーシャ、おかしな所は無いか?)

 

 細い針程度とは言え、美貌を損なう行為に静かな怒りを見せるリーシャ。

 そんな彼女に、何が撃ち込まれたかを知る為、体に異常が出ていないかを確認する。

 

「ええ、今の所は問題なさそう……!?」

 

 数秒は、何も起こらなかった。

 だが、リーシャが異常を感じると共に、針が刺された場所が轟き始める。

 

 そして、明らかに変異をし始め……いや、これは。

 

「くっ、悪性の変異!?

 でもそろそろロイターも死ぬはず。その後に変異治療をすれば」

(いや、駄目だリーシャ!今すぐ死に戻る!!)

 

 リーシャの顔が赤い肉塊へと変わり始めた時点で、俺はすぐさま血吸いを始める。

 

「<<永遠の孤独>>!?あなた、何を勝手に……」

 

 リーシャが、俺の独断に怒りと困惑を見せるが、恐らく今はそんな場合ではない!

 彼女の顔に現れた肉塊、それに類似した物を俺は見たことがある。

 ゲームの本編ではないが、その二次創作ともいえるヴァリアントにおいてだ。

 

 elonaplus、この世界にもその影響があると知っている、有名ヴァリアント。

 そのストーリーで出現した()()に、リーシャの顔に出た肉塊は似すぎていた。

 

(メシェーラだ!恐らく主の身体に、メシェーラが撃ち込まれてる!

 このまま進行が進めば、体を乗っ取られかねない!)

「……メシェーラがですって?」

 

 怒りが消え、困惑のみが残ったリーシャが、思わずと言ったように言葉を溢す。

 

「おや、気づいてしまいましたか。そして素早く退却しようとする判断。

 素晴らしいですが、させる訳にはいきません」

 

 そう言って、ヴァリウスは治癒の雨を詠唱する。

 その回復対象には、()()()()()()()()()()()

 

 周りの兵士の中にも、魔術師が紛れ込んでいたらしい。

 其処かしこから、詠唱が聞こえてきて、治癒の雨が降り注ぐ。

 

 俺は全力でリーシャから血を吸う物の、

 その傍から回復されることで、リーシャの生命力は中々尽きることが無かった。

 

「あなた達一族がソレ(メシェーラ)に蝕まれないのは、常に装備(エーテル)を身に付けているから。

 ならば、身に付けている装備(エーテル)さえ奪えば、ソレ(メシェーラ)に抗する手段はないのです。

 盗賊達と手を組んだのは、あなたから装備(エーテル)を引き離す為ですよ」

「ソレだのコレだの、何を訳の分からん事を言ってるっすか!いいから、こっちを手伝うっす!」

 

 肝心なところ(エーテルとメシェーラの関係)をぼかしながら、おしゃべりを続けるヴァリウスに、

 チアフーは毒づきながらも、次々と新しい注射器を取り出しては、リーシャへと打ち込んでいく。

 リーシャがそれから逃れようとするも、組み付いたロイターがそれを許さない。

 

装備(エーテル)さえ奪ってしまえば、ソレ(メシェーラ)に対する耐性はない。

 むしろ、ソレ(メシェーラ)との共生関係を築けていない分、常人よりも弱いとさえいえるでしょう。

 まあ、その事はあなた達の一族を襲撃した時に、初めて確認することが出来たのですが」

 

 それでもヴァリウスは、治癒の雨を放つ合間に、此方へと話しかけてくる。

 恐らく、重要な話をする事で、此方の集中力を落とす腹積もりだろう。

 無視して、とにかくリーシャが死んで這い上がれるよう、血吸いに集中する。

 

「一度ソレ(メシェーラ)に体を蝕まれれば、元に戻す手段は存在しません。

 細胞がソレ(メシェーラ)に置き換わり、支配されるからです。

 そして宿主は、絶えず苦痛に苛まれます」

 

 ようやく、回復を乗り越えてリーシャの死が近づいてきた。

 だが、既にメシェーラは彼女の顔半分まで侵食している。

 

「あなたの親族達は皆、苦痛に耐える事は出来ず、一日と持たずに死を選びました。

 さあ、あなたは耐えることが出来ますか?

 耐えたとして、その醜くなった顔で、苦痛に苛まれながら生きていけるでしょうか」

 

 ようやっと、リーシャの身体が、回復を超えてミンチへと変わる。

 俺も無事、その場に残ることなく、彼女に付いていくことが出来た。

 

 だが、それは欠片の安心すらもたらすことはなく。

 

 俺はリーシャが這い上がるまでの間、不安と焦燥に脅かされ続けたのだった。

*1
距離を詰める戦技


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