◆それは生きている   作:まほれべぜろ

30 / 34
対決、猫の女王

 英雄気分のポーション、防衛者のポーション、加速のポーション、

 肉体復活のポーション、精神復活のポーション、トロールの血。

 

 いずれも祝福された、良質なバフをかけられるポーションだ。

 これだけでも馬鹿にならない金がかかっているが、惜しげもなく飲み干す。

 

「準備は完了、行くわよ」

(おう)

 

 リーシャが掛け声とともに、ルルウィの憑依を発動した。

 極限まで加速した世界の中で、一服だけ用意してきた、スタミナ回復用のラムネを口にする。

 

 いっそお約束すぎると笑い飛ばしてしまう程に、不気味な造形をした混沌の城。

 その扉が、今リーシャの手によって、再び開かれた。

 

 

 城の中は静寂で包まれており、カツン、カツンとリーシャの足音だけが響き渡る。

 

 十秒ほど奥へと歩いた、その瞬間。

 

 

「また来たのニャ?なかなかに懲りない奴ニャ!」

 

 何もなかったはずの目の前の空間に、全く前触れもなく奴はあらわれた。

 

 ボロくなった白のTシャツと、デニム生地の短パン。

 雑に切り揃えられた茶色の短髪と、その上に生えた猫耳。

 そして余りにも凡庸なその外見に反し、寒気だつほどに溢れる、圧倒的な存在感。

 

 猫の神

 

 この混沌の城の主である、猫の女王『フリージア』だ。

 

 

「でもま、」

 

 ガガガガァン!と、辛うじて向ける事の出来た盾に、強い衝撃が連続で走る。

 余りに早すぎるフリージアの拳は、構えた盾を殴った回数を数えることも出来ない。

 受け損ねた連撃は、リーシャの肉体に無視できない損傷を与える。

 

 だが、

 

「暇だから相手するのは大歓げ、っっったいニャああああ!」

 

 余裕たっぷりに、獲物を弄ぶ眼でこちらを見下ろしていたフリージアが、

 この三度に渡る挑戦の中で初めて、苦痛の声を上げた。

 見れば、何の躊躇もなく盾を殴ったその手に、無数の刺し傷が残っている。

 

(効いてる!しかも今までの中で一番にだ!)

「そうね、改めてコイツも振舞わせてもらいましょうか!」

 

 そう言って、リーシャは辺りへと硫酸をバラまく。

 前回の戦闘で、最もフリージアにダメージを与えた手段だ。

 

 微妙に涙目になったフリージアが、手の傷と、リーシャの盾と鎧に付いた棘を目にし、

 そして、一面に広がった酸の海を恨めし気に睨む。

 

「こ、狡い。狡いニャぁ……。誉れが足りてないニャあ……」

「悪いけど、私の優秀な仲m、下僕が差し出した獲物ですもの。

 余り好みの手段ではないけれど、多少無理にしてでも獲らせて貰うわ?」

 

 ……どうやらリーシャがフリージアを狙う理由には、俺が提案したからというのもあるらしい。

 最初の失敗を含め、フリージア絡みの時には余りらしくない手段をよく使う、と思っていたが。

 俺の為だったりする?ちょっと舞い上がってしまうのだが?

 

 さておき、リーシャが鋭い笑みと共に、怯んだフリージアへと斬撃を行う。

 

 勿論、多少の尻ごみがあろうと、フリージアにその一撃がまともに入る訳もない。

 しかし足元の硫酸、棘の防具が加わる事で、猫の女王に攻めあぐねさせる事が出来た。

 彼女の攻撃は明らかに、今までと比べて勢いが落ちている。

 

 そして時間の経過は、こちらよりも向こうに傷を刻む。

 速さに任せて動き回る戦闘スタイルのフリージアは、

 此方よりも遥かに多く、酸の海のダメージを受けていた。

 

「んむむ、でも殴ってればいつかは死ぬニャ!」

 

 そう言って、此方の攻撃を掻い潜りながら殴りつけてくるフリージア。

 

 彼女の発言はあまりにも脳筋だが、大きく間違ってはいない。

 時間は相手の方に多くの傷を刻んでいるが、こちらも酸の海とフリージアの猛撃で傷ついていく。

 

 かかっているバフが切れるのも問題だ。

 最初に飲んだポーションでのバフもそうだが、ルルウィの憑依はそれより更に早く切れる。

 ルルウィの憑依による速度上昇は莫大だが、効果が切れるのも早い。

 

 切れてしまえば、フリージアの攻撃に対処するのは、更に難しくなるだろう。

 しかし、ルルウィの憑依をかけなおす為に動きを止めれば、そこも攻撃の的となる。

 各種バフポーションを飲みなおすときも、勿論同様だ。

 

 絶え間なく攻撃を続けてくるフリージアは、単純な暴力ならではの脅威であった。

 

 

 解決方法は一つしかない、受けるダメージ以上に回復する事だ。

 

「風のルルウィよ、私に加護を!」

 

 まずは迅速な行動の要である、ルルウィの憑依を発動し直す。

 まだ効果が切れていないが、切れてからではフリージアの行動に対処しきれない。

 

「貰ったニャ!」

 

 攻撃の切れ目を見たフリージアは、リーシャに大振りの攻撃を放つ。

 勢い任せの一撃を受け、口から血を溢しながら、吹き飛ばされるリーシャ。

 何とか受け身は取れたものの、飛び散った酸も彼女を苛んだ。

 

「あっぐぅ!」

(早く回復しろリーシャ、俺なら大丈夫だ!)

「分かってるわ!」

 

 そう言ってリーシャは、俺を強く握っていた右手を開いた。

 

 通常、戦闘中にポーションを飲む行為には著しい隙が生まれる。

 

 盾や剣を握っているにも関わらず、懐からポーションを取り出して飲むのだから当然だ。

 どんなに訓練していようと、手早く飲む事には困難を伴う。

 

 だが、リーシャに使われた俺は違う。

 全く彼女が握っていないにも拘らず、俺はその右手に張り付いていた。

 

「て、手品ニャ?浮いてるニャ!」

「フハハハハ、怖かろう」

 

 驚くフリージアに対して勝ち誇る俺、聞こえていないんだが。

 

 

 正直、何で俺がリーシャに張り付けているのか、理論は分からない。

 だが気合を入れたら、何か彼女の手にあるままでいられるのだ。

 

 推測としては、俺が呪われた装備な事が関係して、装備が外せないという所から、

 『手元から離れない』という所まで、リーシャの力で強化されているのかもしれない。

 

 しかし、結局その検証は出来ない。

 なので取りあえず、気合でくっつける事を利用だけしている。

 

 

 右手がフリーになったリーシャは、左手の盾をそのままにポーションを取り出す。

 癒し手オディナのポーションだ、飲み干したリーシャの傷はみるみると塞がり出した。

 

 フリージアもその動作に合わせて攻撃を繰り出すが、

 ポーションを飲む隙が小さかったおかげで、被害は少なく抑えられた。

 

 

(上手く行った!これなら十分に長期戦に持ち越せるぞ)

「ええ、後は物資が尽きる前に、フリージアを削りきるだけね」

 

 リーシャが冗談めかして言うが、当然それは困難な道のりだ。

 だが、最初に挑んで呆気なく負けた時とは違い、確りと勝利への道筋が見えている。

 

「回復するなら、出来なくなるまで殴るだけニャ!」

 

 フリージアも、こちらに限界がある事は理解している。

 こちらの回復に戸惑う事はなく、怒涛の連撃を再開して来た。

 

 攻撃を捌きながら軽く斬り付けるリーシャと、構わず殴りつけるフリージア。

 目まぐるしい戦闘が繰り広げられる。

 

 途中、俺からリーシャへと声をかける。

 

(リーシャ、さっきから地獄属性でちょこちょこ吸ってはいるが、スタミナの方はどうだ?)

「あまり回復出来た感じがしないわね、次はスタミナ狙いで行くわよ」

(了解だ)

 

 スタミナは即座に無くなる訳ではないが、

 継続的に戦い続けるならば、ルルウィの憑依のコストで直ぐに尽きるだろう。

 

 戦いの最中で、スタミナを回収し続けられることが望ましい。

 ならば俺の地獄属性攻撃だ。

 

 リーシャは俺の攻撃を当てるために、鈍足のポーションを辺りにばらまく。

 

「んニャ、またこれかニャ!」

 

 鬱陶しそうにするフリージアの動きが、明らかに鈍った。

 おかげで、今までよりも深く、リーシャの攻撃が猫の女王へと届く。

 

「ふふ、体力のご提供に感謝するわ!」

「むぅぅぅぅ、そんな痛くはないけど体がダルいニャ~~」

 

 彼女の言葉は強がりではないだろう。

 酸の海や棘のダメージに比べれば、リーシャの攻撃はあまり効いていそうには見えない。

 

 だが、俺が加えた地獄属性による攻撃は、

 目に見えないところで、リーシャとフリージアに影響を与えている。

 

 今吸い取ったスタミナで、リーシャはルルウィの憑依に使えるスタミナを確保できただろう。

 

 逆に、フリージアの方は失ったスタミナを回復するため、一呼吸を入れている。

 その合間を縫って、リーシャは再び辺りに酸をバラまいた。

 

「さあ、続きと行きましょうか。ステージはいくらでも整えるから、安心して頂戴?」

「ああもう、本当に狡いやつニャ~~~~!」

 

 苛立たし気に殴りかかってくるフリージア。

 常人ならばその怒りに任せた暴風雨の中で、10や20で済まない回数は死んでいるだろう。

 

 しかし、数々のポーションやスキルによるバフ。

 神器と奇跡の品質で固められた、重厚な装備達。

 そして俺とリーシャの持つ才覚が、圧倒的な性能差を戦いとして成り立たせていた。

 

 

 

 鈍足のポーションで相手の動きが鈍った隙に、防衛者のポーションを飲み干す。

 これでまた、リーシャのバフは万全の状態へと戻った。

 

 戦闘が始まってから、どれだけの時間が経っただろうか?

 少なくとも30分は経っているだろう。

 

 『戦闘中とは言えど、たかが30分』、ではない。

 ルルウィの憑依と加速のポーションで、引き延ばされた時間感覚。

 リーシャの体感では、既に2~3時間は過ぎているはずだ。

 

 リーシャはポーションと地獄属性で、傷もスタミナも回復できている。

 にも拘わらず、最初よりも被弾が多くなっているのは、俺の思い過ごしではない。

 長時間の戦闘が、リーシャの脳から集中力を奪っているのだ。

 

 まさか戦闘中に睡眠をとる訳にもいかない。

 リーシャの集中力が、この戦いで回復する事はないだろう。

 

 対するフリージアには、集中力の低下は見られない。

 元々の種族が違うからか、それともスタミナ回復に適宜ひと息入れているからか。

 その攻撃の速度は、一向に衰える様子を見せなかった。

 

 しかし、体に残る傷は少しずつ増えていっている。

 ポーション等を持たないフリージアは、自然治癒の他に回復手段がない。

 その自然治癒を酸と棘が上回っている以上、体力は減る一方だ。

 

「もうそろそろ、ポーションも尽きるんじゃないかニャ?

 尻尾まいて逃げるか、このまま死ぬか、決めとくといいニャ!」

「おかしなことを言うのね。

 それより負けた時の言い訳を考えとかないと、間に合わないわよ?」

 

 フリージアの言う程ではないにしても、ポーションは既に半分以上を消費している。

 リーシャは軽口を返しているが、内心では焦りも出てきたはずだ。

 

 ネフィアで稼いだ金を用い、戦闘の邪魔にならない重さの範囲で、

 持てるだけのポーションを用意したというのに、だ。

 恐るべきは猫の女王『フリージア』、その生命力も半端ではない。

 

 だが、焦りを感じているのは此方だけではないはずだ。

 挑発するフリージアの表情は、声の軽やかさに比べて険しい。

 

 酸の海で爛れた肌と、棘で負った切り傷からの流血、負い続けたダメージは莫大だ。

 異常な速度から来る、高速の自然治癒が無ければ、とっくに致死量だっただろう。

 

 格下の相手に、思いのほか追い込まれている事実。

 それに猫の女王が焦燥を感じている事は、リーシャと俺を大いに勇気づけた。

 

 拳を鎧で受け止めた金属音と、棘が拳を貫いた鈍い音は絶え間ない。

 リーシャとフリージアを取り囲む酸の海は、お互いの血で真っ赤に染まっている。

 

 凄惨な戦場と、焦りを隠しきれない双方の様相は、決着がそう遠くない事を感じさせていた。

 

 

 転機は、鈍足のポーションでスタミナを奪っている時に訪れた。

 

「体力とスタミナは十分回復したわ」

(了解した。もしフリージアに当たった時には、混沌属性をお見舞いする)

 

 俺が持つ属性攻撃のレパートリーは地獄、神経、混沌の三属性だ。

 だが、麻痺を素早く回復するフリージアに、神経属性は効果が薄い。

 だから毒などの状態異常を狙って、混沌属性の追加攻撃を行う。

 

 結果は、大当たりの様だ。

 

「頭痛がする。は、吐き気もニャ!このフリージアがこの程度の毒で気分が悪くなるとニャ!?」

 

 俺の混沌属性は、フリージアに毒を与える事に成功した。

 いや、あの弱った様子から見るに、ゲームで言う混乱も入っているかもしれない。

 

 なんにせよ、毒と出血で急速に体力を奪われるフリージアは、明らかに弱っている。

 

「こ、ここは一旦態勢を立て直すニャ!」

 

 だが、そこに追撃を加える事は出来なかった。

 目に見えだした敗北の可能性。

 恐怖したフリージアは、一度ゆっくり自然治癒で回復を図るために、

 酸の海から離脱し、リーシャと距離を取った。

 

 気分が悪くなった程度の変化では、フリージアの速度に此方は追いつけない。

 このまま放置すれば、みすみす回復を許すことだろう。

 そうなれば、ポーションを失った此方が、ただただ不利になる。

 

 だが、リーシャが得意とするのは『生きている武器』の取り扱いだ。

 そこに含まれるのは、近接武器だけではない。

 

「久しぶりの出番よ。

 猫の女王の生き血が吸える絶好の機会、確りとモノにしなさい」

 

 リーシャが取り出したのは、ルビナス製の生きた機関銃だ。

 彼女は生きた武器の専門家として、当然ながら遠隔武器も取り扱っている。

 最近は俺を育てるためにあまり使っていなかったが、この状況なら当然使う。

 

 ガガガガガガガと、フリージアの連撃以上の速さで轟音が響く。

 生きた武器として強化されている機関銃は、

 リーシャの手の中で、その驚くべき性能を更に開花させた。

 

「んぎぃ、銃も使うとか反則ニャ!」

 

 流石のフリージアと言えども、銃弾の速度より早く動くことは出来ない。

 慌てて跳ねまわりながら避けようとするが、全てを躱すには至らない。

 

 本来の彼女ならば、そんな相手にはすぐさま近づいて、八つ裂きにする事だろう。

 だが、酸の海と毒がそれを許さない。

 

 下手に近づけないフリージアは、機関銃の的に甘んじる他なかった。

 

 

 それでも彼女は、偉大なる猫の女王だ。

 その恐るべき代謝能力は、彼女が死に至る前に毒の影響を排除する。

 

 

「距離を置いて回復が出来ないなら、やっぱり前に出るしかないニャ!」

 

 動きの冴えを取り戻した猫の女王は、一瞬でリーシャの目の前まで距離を詰めてきた。

 機関銃を構えるリーシャの腕を弾き飛ばし、再び襲い掛かってくる。

 リーシャも銃をしまって俺を持ち直し、また牽制の斬撃を繰り出した。

 

 一進一退の攻防が続くが、その様子は今までとは違う。

 体力を著しく失ったフリージアの動きには、陰りが見えていた。

 溢れ出す生命力にも、とうとう限界が近づいてきたようだ。

 

 対するリーシャは、まだポーションを四分の一は残している。

 フリージアを殺しきるには十分な量だろう。

 

 それを彼女も察したのか、はたまた神たる猫の野生の勘か。

 急にフリージアの動きが変わった。

 

「こっちが死ぬ前に、殺しきるニャ!」

 

 一か八かの特攻攻撃。

 フリージアは此方からの反撃を意に介さずに、力任せに近づいてきた。

 そのまま斬り返されるのを無視して、強打を撃ち込んでくる。

 

「カハッ!」

 

 リーシャもそれに耐える事は出来ず、口から夥しい血が溢れた。

 このままでは朦朧として、まともに剣を振るのも難しいだろう。

 

(だが、それは俺に対して余りいい手とは言えんな!)

 

 フリージアが守りを捨てた事で、リーシャがその腹に深々と俺を突き刺せた。

 俺は最大出力で、神経属性の攻撃を叩き込む。

 

「ぐっ、ニャ……」

 

 深く身体を貫かれたフリージアは、麻痺の追加効果から逃れる事は出来ない。

 そしてまともに動けない状態で、深く刺さった俺を引き抜くことも出来ない。

 

「はぁっ、はぁっッ。勝負、あったみたいね」

 

 血を吐き、息も絶えそうなリーシャだが、それでも不敵な笑みを崩さない。

 俺を強く握りこんだまま、もう片方の手で回復ポーションを何とか飲み干した。

 

 

 

「負けたニャー」

 

 終わりは呆気ないものだった。

 神経属性の麻痺から抜け出すことの出来ないフリージア。

 彼女は、腹部の傷と既に負っていた裂傷による出血で、あっさり力尽きて行った。

 

「勝った、のね」

(ああ。猫の女王、無事に討伐完了だ)

 

 リーシャに目立つ傷は残っていないが、今回は正しく長く苦しい戦いだった。

 

 彼女は疲労困憊といった様子で、俺を杖の様に地に突き立て、肩で息をしている。

 酸の海も蒸発しているし、いっそ横になって休む方が楽そうだが、

 そうしないのは彼女のプライドが許さないからか。

 

 ともあれ、勝利したからには戦利品の確保だ。

 地面に刺された俺の方には、フリージアの死体から流れた血液が触れている。

 

(疲労している所に悪いが、お先にフリージアの血を吸ってもいいか?

 このままだと、乾いてしまいかねない)

「そうね。せっかくの戦果だもの、余すことなく手に入れましょう。

 さっさと血抜きをした方が、メイドも料理しやすいでしょうし。

 でも、この子も一緒に吸わせてあげて。今回の立役者の一人だもの」

 

 そういって、リーシャは生きた機関銃を取り出した。

 そのまま銃口をフリージアの死体へと押し当てる。

 

(確かに、俺だけじゃあ距離を置かれたフリージアに手も足も出んからな。

 コイツが居なかったら、フリージアは倒せなかっただろう)

「それはアナタも同じだけれどね。

 さ、この子は意思疎通が出来ないんだから、早く飲まないとなくなっちゃうわよ」

(おっと、それじゃあ俺も頂くとするか)

 

 早々にフリージアの血を飲み始めた機関銃の身体が、ブルリと震える。

 先に飲み干される前に、俺もフリージアの血を吸い始めた。

 

 ……戦闘中には味わう事が出来なかったが、今まで吸ったどの血液よりも味が良い。

 いや、我が主であるリーシャから得る、活動用の血液も格別なのだが。

 こと栄養、滋味という面だけ見れば、これに勝る味はないとすら思える。

 

 横の機関銃と一緒に、夢中になって血液を摂取する。

 女王の血を飲み干してふと気づいた頃には、また一つ俺のレベルが上がっていた。

 当然だが、我が主のカリスマを引き上げるために、魅力エンチャントへと振り分ける。

 

 機関銃の方も非常に満足したようで、ブルリどころかブルブル震えていた。

 

(……素晴らしい味だった。これはメイドの料理にも期待できると思うぞ)

「あら、アナタから手放しで褒める感想が出るなんて珍しいわね。

 それなら私も、楽しみにする事としましょう」

 

 我が主の血を吸ってからという物、舌が肥えていたからな。

 主の血以上の物など存在するはずもないと思っていたが、

 流石は猫の女王『フリージア』、全てに置いて格別の存在だ。

 

 

 息を整えたリーシャが、フリージアの死体と遺品を回収する。

 今回、最大の目的である美容の素を携えて、俺とリーシャは拠点へと帰還するのだった。

 

 

 

 帰還したリーシャは、さっきまでの疲労が嘘のように、一目散で館を突き進む。

 そしてメカクレメイドを見つけると、満面の笑みを浮かべてフリージアの死体を突き出した。

 

「メイド!フリージア、倒してきたわよ。

 こいつで英雄譚の幕開けにふさわしい、最高の料理を作りなさい!」

「……その前に、靴を履き替えてはいかがでしょうか、お嬢様。

 英雄の歩んだ跡が、絨毯から取れなくなってしまいますので」

 

 言われて振り返って見れば*1、フリージアの血だまりとまき散らした酸。

 二つをふんだんに吸い込んだ靴の跡が真っ赤に残り、絨毯を溶かした煙が立っている。

 

「ええい、口やかましい奴ね!

 後で買い替えるから、今日くらいは無視なさい。無礼講よ!」

「無礼講は、お嬢様の側が粗相する事を流すものではないか、と思いますが」

「いいから!料理を!作りなさい!」

 

 リーシャはフリージアの身体をメイドに押し付けると、着替えるために部屋へと向かう。

 その背中を見送るメイドの、深いため息が聞こえたような気がした。

 

 

 

「お、美味しい……。

 人型であまり肉厚じゃなかったのに、嘘みたいに柔らかい。

 なのに弾力があって、濃厚で芳醇な味わいがある!」

 

 1時間ほどたって、メイドが調理して来たステーキを、

 いつもの流しテーブルで口にするリーシャ。

 

 俺と同じく、猫の女王『フリージア』、その極上の味に目を見開いた彼女は、

 地球人なら余りにも猟奇的に感じるであろう、食レポを繰り広げる。

 

「筋肉が異常に発達しているにも関わらず、極限まで"しなやか"でしたので。

 本来、筋肉の付いた肉は固く、ステーキに使っていないのですが、

 この肉はその濃縮された筋肉を、柔らかい肉の様に味わう事が出来るようです」

 

「よく分からないけれど、でかしたわメイド!」

「左様ですか」

 

 喜色全開なリーシャの賛辞を無表情で受け止める、銀髪ゴーレムメイド。

 

 肉がしなやかだと言うのは、速さを追い求めた猫の神である故だろうか?

 何にしても、これほどリーシャに美味いと言わせしめたのは、

 肉の良さだけではなく、球体関節メイドの料理の腕も、大きく寄与している事だろう。

 

 と、喜ぶリーシャの顔を見ていれば、明らかな変化が訪れている。

 

 どうやらメイドの方もそれに気づいたようで、

「鏡を持ってまいります」と席を外したが、

 料理に集中しているリーシャは、余り気にしておらず生返事だ。

 

「ふう、満足したわ。これ以上ないほどに」

(そいつは何よりだ)

 

 リーシャが食事を終えた余韻に浸っていると、メイドが姿見と共に戻ってくる。

 

「お嬢様、こちらをどうぞ」

「鏡?わざわざ持ってきて何を……」

 

 姿見に映った自分、その容姿を確認したリーシャが一呼吸ほどの時間、静止する。

 

「クク、アッハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 

 そして今度は、ステーキを食べた時の屈託無い笑顔とは異なる。

 野心の灯った傲岸な笑顔と共に、館中に高笑いを響かせたのだった。

*1
俺に振り返る機能は無いのだが


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。