◆それは生きている   作:まほれべぜろ

28 / 34
フリージアは死体を玩具にして遊び……

「ニ゛ャ゛!!!」

 

 白のTシャツに、デニム生地の短パン。

 あまりにもラフな服装をした茶髪の猫耳娘、猫の女王『フリージア』は、

 何処にでも居そうなその容貌に反し、その爪であまりにも凶悪な猛撃を繰り返す。

 

「っく、なんて出鱈目!これだけの装備でも戦いにならないなんて!」

(だが生き残ってる!それも体力を十分に保ちながらだ!)

 

 対するリーシャは、尋常でない速度から来る相手の手数、

 そして回避能力に対抗できず、まともに攻撃が出来ていない。

 

 しかし前回と異なる点は、防御に極振りした装備によって、

 ポーションによる回復が間に合っている点だ。

 

 それこそ、回復ポーションや防衛者のポーションを"飲み続ける事さえできれば"

 俺の地獄属性によるスタミナ吸収も合わさり、戦い続ける事が出来るだろう。

 

 だが、それは机上の空論だ。

 

 現実には持てるポーションの量には限りがある。

 それに本当の超長期戦になれば、集中力が落ち此方の動きは鈍る。

 

 対して、猫の女王『フリージア』の特徴はその速度だ。

 

 闘いながらでも少し間をおいて呼吸を整え、容易にスタミナと集中力を回復できる。

 それでも此方はその速度に対処しきれず、

 盾を用いて相手の攻撃を捌こうとするので精いっぱいだ、一呼吸を置くことも難しいだろう。

 

 あまりにもジリ貧、ただポーションを飲んで戦い続けるだけでは、意味がない。

 だから、ここからは『相手に何が有効か』を確かめる時間に移る。

 

「まずはこいつよ!」

「ンニャ!?」

 

 リーシャが投げた硫酸瓶は、彼女が立つ場所以外を、酸の海へと塗り替えた。

 格闘戦が主体のフリージアはそれを避けられず、体を酸で溶かされていく。

 まともな傷を初めて負った猫の女王は、思わずと言った様子で驚きの声を上げる。

 

 ……だが、それだけでは不十分なようだ。

 

 フリージアはダメージを負っている様子でこそあるが、構わず果敢に攻め立ててくる。

 その表情に、負った手傷への頓着は見えなかった。

 

(効いてはいる、だがこれで倒せそうという訳ではないな)

「そのようね。ならこいつも行きましょうか」

 

 次に投げたのは、鈍足ポーションだ。

 

「んにゃあ~?」

 

 酸の海と混じった結果、酸性が与えるダメージは減ったようだが、

 その分、魔法の効果によって、フリージアの動きが鈍る。

 

 リーシャはある程度まで余裕をもって、フリージアの攻撃を捌くようになった。

 

「取った!」

(こいつはどうだ!?)

 

 そして、回避能力も鈍ったフリージアに、初めて俺の刀身が突き刺さる。

 その瞬間に俺はありったけの力で、神経属性の追加攻撃を叩き込んだ。

 

「んむっ!」

(よし、動きが止まった!)

「風のルルウィよ、私に加護を!」

 

 神経属性の効果によって、フリージアに麻痺が入ると同時。

 リーシャがルルウィの憑依を使って速度を上げ、フリージアに斬りかかる。

 

「動けるようになったニャ~」

「はや、クッ!」

 

 が、速度の高いフリージアは麻痺が直るのも早く、即座に回復してカウンターを入れてきた。

 動けない相手への大ダメージを狙い、大きく振りかぶっていたリーシャに、手痛い一撃が決まる。

 

(ちょうどいい、回復手段を試そう)

「そうね、出てきなさい!」

 

 まだ効果が残っているルルウィの憑依の、速度上昇に任せ、

 リーシャがサモンモンスターの杖を振る。

 

 すると、巨大リスや餓鬼などの、低級モンスターが4匹現れる。

 

 突然の行動に一瞬戸惑うフリージアの前で、リーシャはモンスターに俺を突き刺した。

 すかさず発動させた地獄属性の攻撃によって、ポーション以上の速度で、リーシャの傷が回復する。

 

 1匹仕留めた所で、フリージアは此方の目論見に気づいたようだ。

 

「じゃあ、殺しとくニャ!」

 

 リーシャが次のモンスターに狙いを定めた頃には、

 既にフリージアは、呼ばれたモンスター達を根こそぎ始末していた。

 

(当然そうなるか、見逃してくれたら良い回復リソースになったんだが)

「ちょっと考える頭があったら、邪魔するわよね」

「んー、なんか馬鹿にされてるニャ?」

(ちょっと猫頭だったらという願望はあったな、頭ゆるそうな服してるし)

 

 俺の聞こえていない陰口を咎めるかのように、フリージアは再び驚異的な猛襲を仕掛けてくる。

 ルルウィの憑依は既に切れたが、なんとか捌きながらポーションを飲み、回復を図る。

 しかし、先ほどカウンターで受けた傷は深く、何かの拍子に殺されそうな状況だ。

 

(後、試しておきたいのはアルコールだったか)

「まだ酸の海が消えてないけど、さっさと試さないと先に死ぬかもしれないわね」

(そうだな、もうやってしまおう)

 

 リーシャは呪われたウィスキーを取り出し、辺りへとばらまく。

 気化した悪性のアルコールは、思わず顔を背けるような不快感を与える物だった。

 

 来ると分かっていたリーシャは息を止めていたが、フリージアはそうはいかなかった。

 

「き、きぼち悪いニャ……うぼぇ」

 

 思わずと言った様子で、口からゲロを戻す。

 幾ら天上の魅力を持つ最強の猫の神とは言え、その姿は少々、いやかなり正視に絶えなかった。

 

 だが、だからと言って戦闘に支障をきたすフリージアではない。

 多少の酔いはあれども動きに大きな淀みはなく、そのままリーシャに襲い掛かる。

 

 気化したアルコールを吸わないよう、息を止めたリーシャの動きは鈍い。

 だからと言って悪酔いをすれば、それこそマトモに捌ききる事は出来ないだろう。

 呪い酒の影響下でない場所に移動しなければ、呼吸は出来ない。

 

 リーシャは、構わず攻めてくるフリージアを、止めきる事は出来ず、腹部に重い一撃が突き刺さる。

 

「か、勝ったニャぁ~~」

 

 ヘロヘロと勝鬨を上げるフリージアの前に、ドサリと倒れるリーシャの躯。

 

「にゅ、にゅぐぅ」

 

 いつもの様に、挑戦者の死体で遊ぼうと近寄ったフリージアに、

 再びアルコールによる不快感が、急激に訪れる。

 

 喉からこみ上げたソレに抗う事が出来ず、猫の女王はそのまま挑戦者へとぶちまけた。

 

 

 

「取りあえず、本番で絶対にアルコールは使わないわ。嫌よ私、吐瀉物にまみれて戦うのは」

(呪い酒を使ったのが悪かったな。

 しかも、酔ってもそれほど、戦闘力が落ちたように見えなかったし)

 

 這い上がったリーシャと俺は、威力偵察の反省会を拠点にて行っている。

 

 最初の議題は、良くも悪くも。

 いや、明確に悪い方向で印象に残った、最後に使用した呪い酒についてだった。

 

 あれは別に、ゲームの時の裏技のように、ハメ殺しを狙ったものではない。*1

 酔ったフリージアの動きが、鈍る事を期待してのものだ。

 呪い酒を使ったのは、通常の酒がフリージアに通じるか、疑問だったからに過ぎない。

 

 結果として、酔ってもフリージアは問題なく動き続けた以上、本番で使う価値は低いだろう。

 

(同じく無意味だったのは、神経属性の攻撃か)

「相手に麻痺が通ったところで、斬り付ける前に回復するんじゃあ、ね」

 

 速度の速いフリージアは、状態異常の回復も早い。

 暗闇や混乱をもたらす、混沌属性を用いた場合でも、これは同じ結論になるだろう。

 

「とはいえ、その攻撃を当てるための、鈍足のポーションは有効だったわね」

(アレで初めて、フリージアにまともな攻撃が決まった。

 攻撃が当たるほどに地獄属性での回復も増えるから、ダメージレースで有利になるな)

 

 通常では、攻撃を捌こうとしても、小さな被害に収めるのがやっと、という具合のフリージア。

 それでも鈍足のポーションで、最大の特徴である速度を抑えれば、攻撃を加える事は出来た。

 

 最初の偵察で瞬殺されたことを思えば、大きな成果であると言えるだろう。

 

(だが問題は、アレをやると酸の海が薄くなってしまう事だな)

「今回の戦いで、一番フリージアに負担を与えたのは、間違いなく硫酸よ。

 私の斬撃が当たったとしても、硫酸で負う以上の傷が加えられるかは怪しい」

 

 悔しいけれど、ね。とリーシャが付け加える。

 

 ゲームでの硫酸は、フリージアに有効な攻撃手段として有名だったが、

 この世界でも、それは変わらないようだった。

 

 フリージアは高速で移動する事で、多くの酸と強い勢いで接触している。

 結果、明らかに自然治癒を上回る速度で、酸によるダメージを受けていた。

 

 地球の感覚だと、そんなの当たり前では?と思うかもしれないが、ここはノースティリス。

 速度が高く治癒能力も高い生物は、負うダメージ以上に回復する事はザラなのだ。

 

 前世の例えを持ち出すならば、

 

「10秒あたり400ってところか、それがあんたら7人が俺に与えるダメージの総量だ。俺のレベルは78、HPは14500、バトルヒーリングスキルによる自動回復が10秒で600ポイントある。何時間攻撃しても俺は倒せないよ」

 

 ってことである。

 

(硫酸のダメージソースを手放すのは惜しい。鈍足のポーションは諦めるべきか?)

「かと言って、明らかに攻撃できる機会を失うのも惜しいわ。

 鈍足のポーションは傷を与えるより、むしろスタミナの回復に使いたいわね。

 ルルウィの憑依は大きく疲労するから」

(なるほど、俺の地獄属性でスタミナを吸収するって事か)

 

 リーシャの言も最もだ。

 彼女が使うルルウィの憑依は、非常に強力な速度上昇スキルではある。

 だがそれと引き換えに、他のスキルと比較にならないスタミナを消費する。

 

 それを連続して使い続けられたら、戦闘は非常に安定するだろう。

 そのためならば、少しの間ダメージソースを手放してでも、

 鈍足のポーションを用いて、攻撃を加える価値はあると思われる。

 

「回復には、この地獄属性とポーションを使うべきね。

 モンスターを召喚してそいつらを回復にするのも、回復量は多かったけれど」

(すぐに蹴散らされたから、全く安定はしなそうだな。

 もし何らかの隙がフリージアに生じた時には、使ってもいいかもだが)

 

 そんな隙が生まれるほど、猫の女王は甘くないだろう。

 もし生まれるとしたら、よっぽど追い詰めて、向こうが逃げ出した時くらいか。

 

「ポーションでの回復は、辛うじてだけど追いついていたわ。

 英雄、防衛者、加速、肉体復活、精神復活。

 これだけの能力上昇ポーションも併用して、の話だけれど」

(ああ。つまりダメージを与えながら回復し続けられれば、

 フリージアに勝ちの目はあるって事だ)

「問題はいくらポーションが軽いと言っても、持ち運びには限界がある事」

 

 大量のポーションや硫酸、そして防御力重視の重装備。

 これらを大量に持ち込んだ上で、

 フリージアの攻撃を捌ける程度には、持ち物が軽い必要がある。

 

 ゲーム的に言うのならば、重荷状態で止めなくてはならないだろう。

 圧迫状態になって速度が落ちれば、フリージアに嬲り殺される。

 

「方法は、前から話していた二通りかしら」

(そうだな、基本方針はそれが良いと思う)

 

 これに関する対策は、威力偵察を行う前からリーシャと話し合っていた。

 

「一つ目、羽の生えた巻物をかき集めて、装備の重量を軽くする」

(装備が軽くなれば、その分だけポーションを持ち込めるようになるからな)

 

 羽の巻物は、対象の重量を軽くする優秀な巻物だ。

 だがその分お値段は高く、それ以上に希少である。

 

 装備を整えるためのネフィア巡りで、ある程度の蓄えはある。

 しかし更なる装備更新にも金を使いたいので、こればかりに金も使えないのが難しい。

 

「二つ目、『攻撃相手に切り傷を与える』防具を準備する」

(これなら、相手が攻撃する度にダメージを与えられる。

 異常な手数を誇るフリージアには、間違いなく有効なはずだ)

 

 防具の中には、攻撃してきた相手にも逆にダメージを与える物がある。

 

 固定アーティファクトの<<棘の盾>>が想像しやすいだろうか。

 これでフリージアの拳を受ければ、此方もダメージは受けるが、向こうも切り傷を負う。

 

 ゲームでもフリージア対策として有名だったので、

 この世界でも、真っ先に思いついてはいたのだ。

 今回は偵察だから、防御力を優先して用意していなかったが。

 

 本番では、大いに役に立ってくれることだろう。

 たしか盾装備と胴体装備の二種類に、この特性を持つ防具が存在し得るはずだ。

 出来れば二つとも確保しておきたい。

 

「問題は、このエンチャントを持つ防具が少ない事ね」

(少ないって事は、性能が高いものが見つかりにくい、って事だからな)

 

 この半年間で、ネフィアから多くの防具を体に入れた。

 だが今の所は、切り傷エンチャントを持つ防具は、一つも見つかっていない。

 

 鎧を探すときもそうだったが、こういうのは何か一転狙いで探すと、恐ろしく沼りえるのだ。

 

「仕方がない、余り望ましくはないけれど、他冒険者から奪うのも考慮しましょう」

(神託の巻物で、以前言った<<棘の盾>>を探すのもだな)

 

 リーシャが望ましくないと言ったのは、別に良心が咎めるとかそういう話ではない。

 他冒険者が使う程度の装備は、余り高い性能が見込めないのだ。

 

 今更な話だが、リーシャは優秀な冒険者だ。

 彼女が潜るネフィアは、このノースティリスでもトップクラスである。

 

 そして優秀な装備と言うのは、基本的にネフィアを攻略した報酬品だ。

 困難なネフィアを潜れば潜るほどに、良い装備も手に入りやすい。

 

 ならば、それよりも弱い冒険者が手に入れるような装備は、

 性能面ではリーシャが手に入れる装備に劣る、と考えるのが自然だろう。

 

 だから、他の冒険者から奪うという手段では、

 余り良い装備が手に入る見込みはないのだ。

 

 しかし1つのエンチャントを一転狙いするなら、ある程度の妥協は必要。

 多少は性能が劣っていても、切り傷エンチャントの防具を装備したい。

 

 そう言った事情からくる『望ましくはないけれど他冒険者から奪う』発言である。

 

 俺の『神託の巻物で<<棘の盾>>を探す』という件も同様だ。

 

 <<棘の盾>>は優秀な切り傷エンチャントを持ってはいる。

 持ってはいるが、この防具は縦の中でも最弱の、小盾カテゴリーなのだ。

 軽さこそ優秀だが、その防御力は貧弱に過ぎる。

 

 フリージア戦で必要とされるのは防御力だ。

 出来れば、優秀な切り傷エンチャント持ちで、重くとも堅い盾を使いたいのが本音である。

 

 

(更に言うなら、切り傷を与える防具が優秀でなかったときの為に、

 他の防具をより充実させておきたい)

「羽の巻物、神託の巻物、エンチャントを持つ防具、優秀な防具。必要な物は山積みね」

 

 リーシャは呆れた様子でため息をつく。

 だが、諦める様子はサラサラない。

 

(それでも揃えることが出来れば、フリージアへの勝ち目が見えてくる)

「ええ、今度こそ勝利を掴む。

 この私が、2回も地を舐めさせられたのよ?必ず成果を掴んで見せるわ」

 

 目を爛々と輝かせながら、リーシャは強く俺の鞘を握りしめる。

 

 道はまだ長いかもしれない。だがそれでも、途切れている訳ではなかった。

*1
詳細は省くが、elonaには呪い酒で相手に嘔吐させ続けることで、大ダメージを与える裏技が存在する


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。