◆それは生きている   作:まほれべぜろ

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だからよ、止まるんじゃねぇぞ

ガキキキガキキキキと、金属と金属がぶつかり合う音が、ネフィアに絶え間なく響き渡る。

 

ダンジョンの支配者である強化されたヴァルナが、

その4本の腕で、リーシャの鎧を高速で斬り付け続けている音だ。

 

その猛攻は、リーシャに数え切れないほどの傷を付けているが、

高い回避技能を持つ彼女は、致命傷になるような大きな傷は避ける事が出来ている。

 

俺がヴァルナに地獄属性の攻撃を加えて、体力を吸収し回復を追いつかせたいところだ。

 

だが相手のヴァルナは、尋常でない攻撃速度には比べるべくもないが、回避能力も十分に高い。

無理に攻撃を当てに行けば、手痛い反撃を食らう事は間違いないだろう。

 

リーシャは猛攻の中で大ぶりの攻撃を出すことは出来ず、

浅く斬り付けて、僅かにだけ体力を吸収する事を繰り返している。

 

結果、ジリジリとお互いの体力を削り合う、消耗戦へもつれ込んでいた。

 

 

「グギャオォォオオオ!!」

「邪魔、よっ!」

「ギャ!?」

 

戦いの途中、ネフィアの最深部と言う事もあり、

横合いから殴りつけてくるモンスターも、当然ながら現れる。

侵入者を発見したティラノサウルスが、一直線にリーシャへと突撃して来た。

 

しかし、俺が地獄属性攻撃を必ず発生させられるのだ。

なら中途半端な横やりは、むしろ望ましくすらある。

 

リーシャは、肉薄したティラノサウルスの突撃をあえて受け止め、その体の下に潜り込む。

そして、その体の奥深くまで俺の事を突き刺した。

 

こうなれば、格下のティラノサウルスが出来る事など何もない。

厄介なヴァルナの方は、ティラノサウルスの巨体が邪魔で思うようにリーシャを狙えない。

 

 

痛みに苦しむティラノサウルスが、必死でリーシャを振り落そうとするのをいなしつつ、

ぐりぐりと、俺をティラノサウルスへと抉りこませる。

竜鱗で作られた俺の刀身は、いともたやすくティラノサウルスの身体を掻きまわす。

 

そして俺は、地獄属性の追加攻撃を流し込み続けた。

リーシャの身体が、ティラノサウルスから奪った生気で満たされていく。

 

 

ティラノサウルスが力尽き、ドシンと大きな音を立てて倒れた。

 

その下から這い出てきたリーシャに、ティラノサウルスの突撃で負ったダメージは無く、

ヴァルナに受けた傷までもが、半分は塞がっていた。

 

「お待たせしたわね、続きと行きましょうか?」

 

傷を回復して不敵に笑うリーシャに、ヴァルナは苦々しい視線を送る。

 

だが、ダンジョンの主として怖じる事は無く。

雄たけびを上げると共に、再びリーシャに無数の斬撃を加え始めた。

 

呼応して、リーシャがティラノサウルスから奪ったスタミナを使い、

ルルウィの憑依を再発動する。

 

神の加護により速度の上がった一太刀が、ヴァルナの腕に傷を刻んだ。

 

 

 

「……なかなかの強敵だったわ。

 純粋な実力としては、私が倒してきた相手の中で、過去一番かもしれないわね」

「だが、倒した。これでこのネフィアは制圧完了だな」

 

長く苦しい戦いだった……。

 

ネフィアへ持ち込んだ回復ポーションの類を8割方消費し、

およそ2時間に及ぶであろう、リーシャとヴァルナによる泥沼の戦い。*1

 

 

膨大な体力と回復リソースの削り合いは、我が主へと軍配が上がった。

 

ボスを倒すと同時に、その見返りとなる宝石細工の宝箱が、リーシャの前へと現れる。

血まみれの手で開けた宝箱の中には……。

 

「リーシャ、エーテル製のガントレットだ。これは期待できるんじゃないか?」

「ええ、奇跡品質より上だったら、今使っている籠手よりも優秀でしょうね」

 

強大な敵を倒したにふさわしい、褒賞が収められていた。

 

 

 

 

 

時は遡り、ヨウィンにて竜鱗製の素材槌を手に入れたその日。

強大なモンスター、猫の女王『フリージア』に関する情報を、俺はリーシャに伝えた。

 

今食べたケシーが所属する猫の神と言う種族は、けた外れの魅力が特徴である事。

ケシーのレベルは、そこらのモンスターに毛が生えた程度でしかない事。

そして、フリージアはその3倍近いレベルを持っていたはずだという事。

 

話を聞き終えたリーシャは、目を爛々と輝かせて言った。

 

「決めた、そのモンスターは必ず私が仕留める。

 最も強い猫の神を口にして、私は英雄として名乗りを上げるの」

 

自分より明らかに格下であった、猫使いケシー。

にも拘らず、その肉を食べる事で、目に見えて美貌に磨きが掛かった。

これはリーシャにとって、大きな衝撃だったようだ。

 

素材槌の入手で、俺の情報に信頼を置いたリーシャは、

当面の目標をフリージアを食べ、その魅力を我が物とする事に定めたのだった。

 

 

 

その日から、打倒フリージアの準備が始まった。

まず行ったのは、フリージアの居る混沌の城への偵察だ。

 

偵察の目的は、ゲーム通りの場所に彼女がいるかの確認、

そして居た場合に、どれほどの実力なのかを知る事である。

 

フリージアはelonaと言うゲームの、終着点の一つに挙げられる程の強敵だ。

這い上がれるとは言え無駄死にをしないために、慎重に準備をした。

 

リーシャは、撤退を前提とした俺の作戦に不服を感じたようだったが、

(神と呼ばれるモンスターの威容を目の当たりにして、

 『今は勝てない。ここは退くが、いつか必ずコイツを倒すと心に決めた』

 とかいうの、英雄譚にあったら良くないか?)

と言う俺の提案を良しとして、その案に乗る事を決めた。*2

 

竜鱗製の素材槌を、俺に使用した。

今回はマトモに斬り合うつもりは無いが、余裕があればどの程度ダメージが入るか確認したい。

これにより、俺の攻撃力は今までに比べて飛躍的に上昇した。

 

加速のポーションを飲んだ。

防衛者のポーションを飲んだ。

予め、帰還の巻物を読んでおいた。

 

リーシャは、性格的にも魅力上昇という欲しい能力的にも、自分に合致する神である、

風のルルウィを信仰しており、その信仰と実力から「ルルウィの憑依」の使用を許されていた。

 

なので、これも使用してそこらの冒険者に追いつけない速度を手に入れて。

 

 

混沌の城に入った途端、ロクに動くことも出来ないまま切り刻まれて死んだ。

 

 

 

這い上がったリーシャは、暫く呆然としていた。

 

そして著しく取り乱した。

 

恥ずべき行為と思いながら、尻尾を巻いて逃げるつもりだったにも関わらず、

自分が何も出来ないまま無様に負けた事に、そのプライドを酷く傷つけられていた。

 

彼女は、理想とする英雄への道から外れる事を恐れている。

その事を俺は、余りにも軽く見積もっていたのだ。

 

結果、理想の主と定めた相手が、最も大切とする物。

それこそ、彼女が埋まってでも(死んでも)守りたいものを、壊しかけた。

 

 

相手の戦力への予想、リーシャの理想にかける想い。

俺がどちらへの認識も甘かったことをリーシャに謝罪したが、

取り合ってもらえず、お前を使ったからだ、他人の考えに乗るんじゃなかったと詰られた。

 

そのままリーシャは自室にふさぎ込み、

俺は鞘に入れられたまま壁へと放られ、会話も許されない。

 

リーシャが、言葉も食事も口にしないまま1日が立ったころ。

合鍵で勝手にドアの錠を開け、メイドが訪れた。

 

 

部屋に押し掛けたメイドは、リーシャに無理やり食事をとらせ、

その後、懇懇と彼女に話しかけ続ける。

 

内容は距離が離れていて聞こえなかったが、

それでもリーシャが、メイドの言葉は確りと聞いていることは分かった。

 

1時間が立つ頃にはリーシャも少しずつ話し始め、

最後にはいつも程でなくとも、落ち着いて話すようになった。

 

 

「自分が弱くて負けたからって、アンタのせいにして悪かったわ。

 こんな所で止まるつもりはない、また手を貸して頂戴」

(勿論だ。そして重ねて言うが、今回のは俺のミスだ。

 リーシャが大切にしている物への認識も、相手の強さへの判断も間違えた)

 

壁から俺を拾い上げたリーシャは、俺への対応への対応を詫び、

すまなかった、と改めて言った俺からの謝罪は受け入れられた。

 

「お嬢様は、()()()であるにも拘らず、急に繊細になったりするので、お気をつけ下さいね」

 

リーシャが眠りについた後、メイドが俺を拾い上げて声をかける。

その声色は何でもない事を言っているかのようで、

俺の作戦でリーシャが傷ついた事への険は、感じられなかった。

 

(これからは留意する。今回は本当に助かった、礼を言わせてくれ)

「いいえ、アナタが来てからお嬢様は、とても良く感情を表現なさるので。

 私もお嬢様に、新しい友人を失ってほしくは無いのです」

 

メイドは無表情のままに、恥ずかしげもなくそんな事を言う。

それでありながら『お嬢様にはこんな話、内緒にしてくださいね』等と嘯いた。

 

 

翌日、気力を取り戻したリーシャと俺は、よく話し合ってこれから必要な物と行動を考えた。

 

(どんなに速度を上げた所で、アイツに拮抗できるようにはならないだろうな)

「なら、強靭な装備を準備しましょう。

 今の私の装備は、回避のために動きやすさを重視しているから」

 

「あの速度じゃあ、私の攻撃がマトモに入るとは思えないわね」

(ゲームでの対応手段の一部が、そのまま使えるかもしれん。説明させてくれ)

 

(先の一戦では、どれだけ強くなればフリージアに対抗できそうか、分からなかったな)

「……装備が一通り整ったら、今回の様にもう一度偵察を行いましょう。

 ただ、次は死ぬまで戦うつもりで行くわよ」

 

「じゃ、まずは装備集めからね。店売りで簡単に集まればそれが一番だけれど」

(そう上手くは行かないだろうな。ネフィア巡りで装備を固める事を、前提にするべきだろう)

 

 

「こんな所かしらね」

 

半日かけて方針を定めた頃には、蟠りもとけた。と、少なくとも俺は感じた。

 

 

 

それからの3か月は、たまに各所の店を覗きながら、高難易度のネフィアを探し続けていた。

店で優秀な装備を見つけられたのは、

ダルフィ、ポート・カプールのブラックマーケットで、外套と靴の一個ずつだけだった。*3

 

対して、ネフィア探索では優秀な装備を、複数発見してきている。

 

魔法帽とフェアリーハット、騎士盾、合成腰当、指当てと指輪。

どれも、奇跡以上の品質を持っている品だった。

 

そして時を冒頭に戻し、今回潜ったネフィアの話をしよう。

 

今回のネフィアは、深度50階には相当するであろう難易度である。

リーシャのレベルは、出会った頃から一つ上がって41であるため、

少々背伸びした場所だと言えよう。

 

だが、フリージアに挑むのであれば、背伸びしてでも貪欲に強さを求める必要がある。

俺と、特にリーシャはそう感じていた。

 

 

道中出てきた、ゲーム風に言えば雑魚モンスター相手は問題なかった、

リーシャの戦闘に対する才能は、間違いのないものだ。

 

俺の力を十二分以上に引き出す才能は勿論、

戦術や長剣を扱う戦闘技能なども、非常に高い水準でまとまっている。

 

囲まれれば、俺で体力を奪いながら各個撃破し。

距離を置かれれば、ルルウィの憑依で速度を上げて肉薄し。

レベルが上のモンスターにも、高い戦闘技能で的確に攻撃を当てる。

 

深度が10上のネフィアでも、手古摺ることなく最深階にまでたどり着けた。

 

 

とは言え、ネフィアの主であるヴァルナは、簡単には倒せなかったが。

 

4本の腕から繰り出される、4刀流の斬撃。

ネフィアの主となったことで得た膨大な体力。

それでいて、回避能力が高く、致命傷になる攻撃を相手に当てさせない。

 

時折あらわれる雑魚モンスタ―から、体力を吸収できなければ、負けも見えていたかもしれない。

 

しかし、最終的に勝ったのはリーシャだ。

そして今回得た装備はまだ持っていなかった、腕を守る装備。

しかもエーテル素材で作られたものだ。

 

エーテルで出来た防具は、エーテル病を引き起こす代わりに優秀な能力を持つ。

体質からエーテル病にならないリーシャにとっては、利点しかない素材だ。

 

「鑑定の巻物は……通らないか。なら奇跡以上の品質を持つ可能性が高いわね」

(強い装備程、鑑定が難しいからな。

 しかし、素材が良い上に品質も高いとなれば、いよいよ期待が膨らむという物だ)

「そうね。早速鑑定して貰うとしましょう」

 

言うが早いか、リーシャは帰還の巻物を読み上げる。彼女自身も、相当に期待しているのだろう。

程なく空間がねじれ、リーシャはネフィアを後にするのだった。

 

 

 

自宅へと戻ったリーシャは、今回倒したヴァルナの肉をメイドに預けると、

そのままルミエストへと向かった。

 

町に入ると、ガードがチラリとリーシャへと視線を向ける。

彼は少し警戒した様子だったが、引き留める事無く彼女を見送った。

 

リーシャは商人を襲撃したりしているが、犯罪者という訳ではない。

 

善良な市民であるとは言いがたいが、

貧乏だと思われたくないので、自宅に徴税箱を置き欠かさず納税しているし。

興味がわいた場合には、モンスターの討伐依頼を受けるし。

気まぐれに、そこらの人間を殺してみたりする訳ではない。

 

なので、要警戒の扱いこそされているものの、ガードに問答無用で襲われたりはしないのだ。

 

「あれ、鮮血プリンセスじゃないか?」

「装備も容貌も目を引くという聞いたが、確かに目立つな」

「しっ、余り騒ぐと目を付けられるかもしれんぞ。機嫌を損ねた奴が殺されたって聞いたぜ」

 

ルミエストの市民からも、要警戒扱いされている。

注目が集める当のリーシャは、内心がどうかはともかく、

雑音を気にしていない様子で、魔術師ギルドへと歩いていく。

 

「ようこそ魔術師ギルドへ、ご用件を伺いましょう」

「鑑定の依頼よ、この籠手を見て頂戴」

 

そういって差し出されたエーテルの籠手を、魔術師は慎重に受け取る。

 

「ふむ、こちらが鑑定結果ですな」

 

そう言って、魔術師は鑑定の結果と共に籠手をリーシャへと返す。

その内容は満足いくものだったようで、彼女はにんまりと笑顔を作った。

 

 

 

(神器品質の合成篭手か。これ以上ない位の成果じゃあないか)

「ええ、これで籠手の調達は必要がなくなりそうね」

 

次の偵察でフリージアに殺された時に、奪われなければだけどと、リーシャは付け加える。

 

「後は鎧が手に入り次第、一度フリージアと戦いに行くわよ」

(そうだな。それだけ用意して戦力差も測れないなら、暫く討伐は無理と考えるべきだ)

 

第2次フリージア偵察計画。

その実行日は、もう目前まで迫っていた。

*1
自分の戦いを泥沼と評価されれば、リーシャは不機嫌になるだろうが

*2
メカクレメイドが「お嬢様が人の言う事を聞くなど、明日は槍が降るのか」と言い、リーシャと口論が始まった。

*3
どちらも高すぎたので襲撃して奪った。2回目の後からは、商人が商品を隠しだしたので、品定めをするのが大変だった


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