◆それは生きている   作:まほれべぜろ

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初めて、自分から持ち主を決めた

 ガード達に敗北した事による、盗賊団への影響は大きかった。

 

 事のあらましを知った周囲の盗賊たちは、

 今までから掌を返してジェイクを嘲り、前の大使館襲撃はマグレだったと吹聴する。

 

 傘下に入っていた盗賊団の殆どは、そんな『ミッドナイトを照らす炎』を見限り、

 あの時の敗北を理由に、袂を分かつ事を告げてきた。

 

 

 

 あれから一か月、ジェイクが荒れていない日は無かった。

 

 仲間に暴力を振るう訳ではないが、粗野ながら人を引き付ける陽気さには陰りが見え、

 何時も不機嫌さを隠さない様に、団員の多くは怯えを見せていた。

 

 そんなジェイクを恐れたのか、『ミッドナイトを照らす炎』の団員が、

 盗賊団を抜ける、と言い出さないのは不幸中の幸いだ。

 

 とは言え、こんな状況で傘下の盗賊団が増える訳もなく、

 また団員たちの士気も、最悪と言って差し支えなかった。

 

 これで仕事に影響が出ないはずもない。

 襲撃では敵を取りこぼすことが増え、死傷者が出ることも前より多くなった。

 

 ジェイク本人は、そうした襲撃で死ぬことはなく活躍し続けているのが、

 辛うじて団員達がジェイクを、未だ強大な存在として立てる理由にはなったが。

 結果を見るたびに、苛立ちを隠せない様子で引き上げを指示するのだった。

 

 

 元々の『ミッドナイトを照らす炎』メンバーのジェイクへの対応は様々だ。

 

 双子の魔術師は、ジェイクに冗談を言って笑わせようとしては『黙ってろ』と突っ放されている。

 チアフーは、襲撃で活躍する度に、ジェイクにその戦果を精一杯の笑顔で報告する。

 カーラは、何とかジェイクを支えようと、献身的に団の立て直しに奔走している。

 

 彼らは自分なりに、ジェイクを元気づけようとしているのだろう。

 ジェイクという仲間の夢を、再び一緒に目指すために。

 

 だから、他の奴らがやらないならと、俺がジェイクを諫める事にした。

 

 夜遅く、一人で酒を飲みながら物思いに耽るジェイクへと話しかける。

 

(ジリ貧だなジェイク、こうして俺たちが止まってる間にも、セビリスはその力を増している。

 目標を変えた方が良いんじゃないか?

 ダルフィの頂点だけが、お前の力を示す方法じゃないだろう)

 

 新入り団員たちは、ジェイクを恐れて諫言することなど出来はしない。

 だが、ジェイクが上を目指す限りは、俺を捨てることはあり得ない。

 安全な立場から、物申すことが出来る訳だ。

 

 そして、俺はこの先の未来をゲームで知っている。

 詳しい時期までは覚えていないが、暫くすればストーリーの中でセビリスは失脚するのだ。

 ならば最適解は、こちらも力を蓄えておき、セビリスが失脚したタイミングでまた活動する事。

 

 転生者である事は隠して俺TUEEEしたいため、この事をジェイクに教えるつもりは無いが、

 それでも十分に、道理の通ったことを言っているつもりだ。

 

(セビリスだって、いつでも成功し続けられるわけじゃない。

 もしも奴が大きな失敗をしたら、その時にまたダルフィのトップを目指してもいい。

 だが、今のタイミングで同じことをし続けても、またセビリスに潰されるだけだろう。

 まずは別の目標を掲げて、奴とこれ以上の敵対を避けるとスタンスを示したらどうだ?)

 

「……んなこたぁ分かってんだよ」

 

 そういうジェイクの声は、いつもよりも弱弱しかった。

 

「だが、俺はセビリスに屈する事に耐えられねぇんだ。

 アイツが来てからのダルフィは、確かに力を付けた。

 他の町の裏組織と渡りをつけ、金と人が勝手に集まってくるような仕組みが出来た。

 今の盗賊ギルドで戦力をかき集めれば、あの戦士ギルドと抗争だってできるだろう」

 

「でもな、俺が好きだったダルフィは、少し前の暴力に満ちてた時だ。

 『欺瞞の翼』の強さを見ただろう?前はアイツらに逆らえる奴なんざ、ダルフィにいなかった。

 盗賊ギルドだって、あいつらに指図は出来なかったのさ、歯向かわれたら終わりだからな。

 強い奴が好き放題できる、だから俺はとにかく強くなって、大盗賊になるって決めたんだ」

 

「セビリスが来てから、ダルフィでは秩序が出来た。

 全体のメリットに繋がらない奴は、囲んで棒で叩かれるようになった。

 強い奴が、自分のためじゃなく周りのために動くようになった」

 

 夢の無ぇ話じゃねぇか、とジェイクは呟いた。

 

 なるほど、それがジェイクの原動力な訳か。

 ジェイクは子供がヒーローに憧れるように、自由気ままに生きる盗賊に憧れたのだろう。

 この町で一番自由な奴が盗賊王だ、って感じだな。

 

 だから、その夢を縛り付けるセビリスを憎悪しているのだ。

 

(『欺瞞の翼』が敵に回ったと聞いたときにキレたのは、それも理由か?)

「ああ、あいつ等は俺の憧れの一つだった。

 そんな奴らが、あのセビリスに尻尾振ってると思うと、我慢がならなかったぜ」

(『欺瞞の翼』が、嫌々従っているとも限らないと思うがな。

 人の幸せはそれぞれ違うもんだ、案外アイツらは今のダルフィが好きかもしれんぞ?)

「……そんなもんかね」

 

 ジェイクがグビリと酒を飲んで、沈黙する。

 

 1分は経っただろうか、空気を読んで黙っていた俺に、またジェイクが話し出す。

 

「俺は足掻くぜ、例え周りの奴らがセビリスの支配を望んでいたとしても。

 俺は、俺の愛したダルフィで、一番強ぇ盗賊になるんだ。

 そのためには、また盗賊団をデカくしなきゃなんねぇ」

(そうか。なら止めてもしょうがないだろうし、好きにすりゃいいさ)

 

 俺は剣だからな。

 ちょっと宿主のためにアドバイスしてみただけで、別に受け入れらずとも構わない。

 持ち主様が血を吸わせてくれる分には、俺の腹は満たされる訳だからな。

 例え、ジェイクの行く末がどうあるとしても。

 

 

 

 次の日のジェイクは、少し落ち着いて見えた。

 心の中の蟠りを吐き出して、スッキリしたのかもしれない。

 

 ちなみに「何かあったのか」とカーラが聞いてきたので教えると、

「そういうの、私がしたかったのに」とカーラに愚痴られた。

 ジェイクは聞こえているはずだが、不機嫌そうに無視する素振りをしていた、

 アレでいて、恥ずかしがる感性も持ち合わせているのかもしれない。

 

 

 

 僅かに残った傘下を集めて、隊商を襲撃する。

 ジェイクが少し落ち着いた位では、最底辺の士気が変わる事は無く、パッとしない成果で終わる。

 

 だが、今日のジェイクはそれでも落ち着いたまま、

 残った盗賊たちに戦利品をかき集めるように指示を出した。

 

「ボス、今日は3人殺したっすよ!相手ちょー雑魚かったっす!」

「おう、よくやったぞチアフー」

「っっっ!はいっす!」

 

 チアフーの髪を、ジェイクがわしゃつかせながら撫でると、

 周りの団員達もボスの空気が違う事を感じ、緊張が緩む。

 

 このまま次の襲撃は、もう少し上手く行くと良いもんだが。

 

 

 

 根城に戻った俺たちは、這い上がった面子も併せて報酬の分配を始める。

 傘下の盗賊団も含めての分配になるが、それでも数が減ったので30人ほどだ。

 最盛期に比べると、かなり速いスピードで終えることが出来たが、それでも夜になってしまった。

 

 山分けが終わったら、仕事の成功を祝っての酒盛りである。

 緊張が抜けなかった様子の盗賊たちも、この時ばかりは誰も彼も楽しそうに準備を始める。

 

 

 来訪者が来たのは、彼らが一口目の酒を頂こうとするその時だった。

 

「お邪魔するわよ」

 

 その女性を一目見たその瞬間から、何故か目をひかれた。

 

 適当に目をひかれた理由をつけるなら、幾らでも漕ぎつけることは出来る。

 

 スレンダーな体を包むのは、ドレスの様に裾が広がった、

 黒を基調に金細工が散りばめられた華奢な鎧。

 そこからスラリと伸びる脚は、気後れするほどに白い。

 赤み掛かったセミロングの黒髪は、根城の灯りを反射して煌々と輝いて見える。

 そして整った顔で強い意志を感じさせるツリ目が、真っ直ぐとジェイクを捕らえていた。

 

 10人中10人が、彼女を美人だと褒め称えるだろう。

 だが、俺は彼女に対してそれだけではない、本能的な何かを感じたのだ。

 

 

 盗賊の酒盛りの場に、そんな美人が現れたのだ。

 普段なら誰かが、下卑た笑みと共に近づくだろう。

 だが、この時ばかりは近づくどころか、誰一人としてその女に声をかける事もなかった。

 

 原因は彼女から発せられるその実力だ。

 恐らく、『欺瞞の翼』のメンバーと同等くらい、レベル40はあるだろう。

 全員で掛かって苦戦するとも思わないが、だからと言って舐めてかかっていい相手ではない。

 

 

「よう別嬪さん、こんな時間に何の様だ?入団希望なら大歓迎だが」

 

 沈黙を破ったのは、根城の奥にあるソファで座っていたジェイクだ。

 

 こんな実力者が今の『ミッドナイトを照らす炎』に入りに来るとは思えないが、

 だからと言って、わざわざ最初から喧嘩腰で臨む必要もない。

 立ち上がって、いつでも俺を抜き放てるよう警戒しながらも、柄に手は掛けずに近づいていく。

 

 そんなジェイクに待ったをかけたのは、盗賊団のメンバーであるスタンリーだった。

 

「近づいちゃダメだ、ボス!知ってるぞコイツ、『鮮血プリンセス』だ!」

「鮮血プリンセスだと!?」

「見境なしに寄る奴を全員斬り捨てて、盗賊ギルドからすら出禁にされてるっていう、あのキチガイか?」

 

 ざわつく盗賊達に、鮮血プリンセスと呼ばれた女がため息をつく。

 

「異名は合ってるけど、別に見境なしに斬ったりなんてしないわよ。

 気分が乗った奴だけだし、大抵はちゃんと斬る前に声をかけるわ」

「なるほど、噂に違わぬ頭のイカレっぷりだな。面白れぇ奴だぜ、どうだ?俺と盗賊やらねぇかい」

「ふふ、悪いけどお断りするわ。今日は別に用件があってきたの」

 

 そういうと、彼女はジェイクの腰へと視線を落とす。

 見つめる先にあるのは、()()

 

「商人さんから、()()とっても良い武器を持ってる人がいるって聞いてね。

 ちょっと頂きに来たのよ。ああ別に気を使わなくてもいいわ、勝手に取っていくから」

「なるほどな。それで一人で来るとは、中々いい度胸じゃねぇか」

「ボス、こいつバカっすよ!一人で勝てるわけ無いっす、ぶっ殺してやりましょう!」

「まあ待て、もう少し話を聞いてやろう」

 

 チアフーにバカだと言われたら終わりだと思うが、確かに言う事は確かだ。

 幾ら実力があっても、30人相手では袋叩きにされて終わりだろう。

 

 ジェイクが余裕をもって対処してるのも、いつでも倒せるという自負があるからだ。

 とうとうジェイクと鮮血プリンセスは、お互いの獲物が届くだろう位置にまで近づく。

 

「コイツは俺の切り札だからな、簡単にやる訳にはいかねぇ。

 そして、不利になった俺がテレポートで逃げりゃあ、コイツはお前の手には入らねぇ。

 そこでだ、俺が勝ったらお前はこの団に入る。お前が勝ったらこの剣はお前にやる。これでどうだ?」

「嫌よ、私は盗賊になる気なんてないもの。さ、先手はあなたに譲ってあげるわ、ヤりましょう?」

「……そうかい、そいつは残念だよ!」

 

 舐めた態度を取られたジェイクは少々苛立った様子だったが、

 懐のナイフをチラつかせながら挑発する相手に、不意打ち気味に俺を抜き放ちそのまま突き刺した。

 

「ワリィな、そこまで情報元から知らされてなかったようだが、これで俺の勝ちなのさ。

 さあ<<エーエン>>、全部ぶっこんで、全部吸い尽くせ!」

 

 ジェイクが俺に、いつもの様に属性攻撃で殺しきるように指示する。

 

 だが、俺は最早それどころではなかった。

 

 

 その血は、濃厚で、軽やかで、甘く、痺れ、暖かく、何よりも満たされた。

 これを知れば、もう他の血液には戻れない。

 彼女の下で振るわれる事こそ幸福であると、そしてその為にどうすれば良いか、俺は既に知っていた。

 

「……どうした?<<エーエン>>」

「ふふっ、この子も私のところが良いんですって。ごめんなさいね?」

 

 異変に気付いたジェイクが、部下に支援攻撃を指示しようとするが、間に合わない。

 『俺の主』が、腹に突き刺された俺の刀身を掴むと、

 俺の所有権は『俺』と『主』の意思の下に、移動する。

 すなわち、俺の真の主である、鮮血プリンセスのもとに。

 

「テメェ、何しやがった、ッ……!?」

 

 驚くジェイクに、力任せに引き抜いた俺の刀身を、逆に刺し返す。

 後はいつも通り、いや、それ以上だった。

 異常なまでに強化された俺の追加属性攻撃が、ジェイクからその命を奪い尽くす。

 

「なるほど、これは便利ね」

 

 上機嫌で俺を引き抜いた俺の主は、ジェイクから受けた傷を完全に癒しきっていた。

 亡骸となったジェイクから奪った体力で、回復したのだろう。

 だが、その回復量は異常だ。彼女の手にある事で、何故か俺の力が格段に増幅されている。

 

「よくもジェイクをっ!」

 

 怒りに震えるカーラが発砲するが、俺の主は『ルルウィの憑依』を発動させ、

 弾丸を避けながら逆にカーラに肉薄する。

 狙撃手のカーラに対処することが出来るはずもなく、そのまま彼女はミンチとなった。

 

「お前ら怯むな、ここでアイツを殺しきるぞ!」

「『ミッドナイトを照らす炎』を舐めさせたまま帰すな!」

 

 首領と腹心を立て続けに失い、恐怖と混乱で統率を失った『ミッドナイトの夜明け』団。

 何とか双子の魔術師がまとめ上げようとするが、その効果は薄い。

 

 魔法と銃弾の弾幕は、確かに鮮血プリンセスの体に傷をつけたものの、

 取り囲む者の内一人でも俺を突き刺されてしまえば、その傷は塞がっていくのだ。

 

 格下相手に体力を回復しながら戦う事こそ、俺という武器の真骨頂である。

 これまでジェイクが振るっていた地獄属性攻撃による、暴力的タフネス。

 その脅威が、逆に盗賊団へと振りかかっていた。

 

「それでも首さえ落としちまえば!」

 

 ならばと、鎌を取り出したチアフーが首狩りによる一発逆転を狙う。

 だが、圧倒的な力量差はその刃を体に当てる事すら許さない。

 斬撃をいなされ、逆に懐へと潜り込まれたチアフーは、一瞬でミンチへと変えられた。

 

 もはや『ミッドナイトを照らす炎』団に逆転の芽は残されておらず、

 悲鳴を上げるものがいなくなるまで、10分と掛からなかった。

 

 

 

 

 

「それで、あの商人はあなたが喋るって言ってたけど、お話はしてくれないのかしら?」

(……すまない。余りにアンタの、いや貴女の血が素晴らしかったので、まともに頭が働かなかった)

「へえ、本当に喋るんだ。少し疑っていたけど、これは面白いわね」

 

 まるで、夢を見ているかのような感覚だった。

 自分が自分でなく、この女性に従うのが当然であると思い込み、

 気づいたら自分からジェイクの手を離れ、されるがままに力を振るっていた。

 

 だが、ある程度の理性を取り戻した今でも、全く後悔はしていない。

 剣として感じてしまうのだ、この人に自分の主であってほしいと。

 

(俺の名前は<<エターナル・ぼっち>>、ただ余り格好がつかないので<<永遠の孤独>>と自称している)

「ふーん、いいわねそれ、格好いいわ。その名前で行きましょう。

 私の名前はリーシャ、人は私を鮮血プリンセスと呼ぶわ。

 今日から、あなたの持ち主となる女よ<<永遠の孤独>>」

(ああ、()()その通りだ。これからよろしく頼む)

 

 リーシャ、それが彼女の名前か。

 彼女が俺の持ち主になるのは問題ない、むしろそれが当然だ。

 だが不思議なのは、何故そう感じるのかだが……。

 

(あー、リーシャ、リーシャさん?何と呼べばいいか……)

「別に何でもいいけど、格好よく呼びなさい。私はそういうのが好みだわ」

(それは何でもいいと言わないと思うが……。じゃあ、我が主とお呼びしても?)

「!!!、ええ、そう呼びなさい!」

 

 満足げに頷くリーシャ、豪奢な鎧からも薄々感じていたが、

 彼女は"ちょっと"カッコつけた感じが好みの様だ。

 

(では我が主に単刀直入に聞くが、さっきから不自然なほどに貴女に好意を持っているし、

 戦闘でも普段とは、比べ物にならない力を発揮できた。

 これはいったいどういう訳か、心当たりがおありか?)

「ええ、勿論よ。これは我が一族が持つ特技である、武器を自在に操る力。

 そしてその中でも私だけが持つ特殊技能「生きた武器を自在に操る力」よ」

 

 なるほど、一種のカスタムスキルだろう。

 ゲーム的に表現するなら「[先天]あなたは生きた武器に愛されている」といった所か。

 

(では、ジェイクを挑発して俺を刺させたのも、最初からそれで奪えると確信がありやった訳だ)

「そう言う事ね。他の武器でも似たことをやった事はあるから、触れば奪えるとは思ってたわ。

 ちゃんと刺してくるかは半信半疑だったけど、

 私に情報を寄越した商人が、『まず間違いなくそうしてくる』って太鼓判を押すから乗ってやったの。

 失敗したら、取りあえず皆殺しにすればいいだけだし」

 

 だいぶ物騒な人だな、これでさっき見境なく斬ったりしないって言ったのか。

 でもまあ、顔が良いから許されるだろう。

 

(なるほどな、しかし商人が俺の情報を流したって情報料でも取られたのか?)

「そんな所ね。何でも「私にあなたを手に入れてほしいから」って安くされたけど」

 

 何だその怪しいセールスみたいな奴。

 普通に考えたら、他に何かメリットがあるんだろうが。

 

(セビリスの子飼いか何かか……?ジェイクから俺を遠ざけたかったとか)

「さあね、この後成功したって報告する事になってるから、その時に聞いてみたら?」

(そうなのか、ただ俺の声は持ち主と触れている奴にしか聞こえないから、

 その時は俺をそいつに触らせるか、我が主に代理で尋ねてもらいたいのだが)

「ま、それくらいはいいわよ」

 

 

 

(誰かと思ったらお前か、ロック)

「おうエタやん!お久しぶりやなー」

 

 リーシャが報告のためにと、今はダルフィにいるという噂の商人の下に向かうにつれ、

 『見覚えのある道が増えてきた』と思ったら、案の定そこにいたのは前々持ち主であるロックだった。

 彼女はにこやかに手を振りながら、俺とリーシャを迎え入れる。

 

 

(ここにいるって事は、新しい我が主に俺の事を伝えたのは、お前って訳でいいのか)

「勿論!というか、エタやんったらお姫さんの事、もう『我が主』とか呼んどんのかい。

 随分とまあ、気に入ったもんやな」

(お姫さんって、リーシャの事か?

 そうだな、武器としての本能か何かなのだろうが、ひと目で尋常でない何かだと見抜いた。

 だから新たな我が主に突き刺された瞬間に、主替えをしたんだ。

 ロック、生きている武器の専門家であるお前の事だから、こうなる事を予期してたのか?)

「そういうこっちゃな!」

 

 俺の質問に、ロックが誇らしげに答える。

 

「順を追って話すと、エタやんと一緒に居た頃から、お姫さんの事は聞いた事があったんや。

 生きている武器を扱う事に、非常に長けた冒険者がいるってな」

(そうだったのか。だがそれなら最初から、俺を我が主に売ればよかったんじゃないのか?)

「それも考えたんやけど、お姫さんについては余り良くない噂も聞いとったからな。

 買い物するときは、金の代わりに首を落として商品を貰ってくとかな」

「失礼ね、お金がある時にはちゃんと払っていくわよ?」

(主よ、その言い分はお金がない時には、首を落としていくのと同義だと思うのだが)

 

 なるほどな、これではロックがリーシャへと、俺を売る事が出来なかったのも仕方がない。

 最終的にリーシャの下に来れただけで、感謝するべきだろう。

 

「そんで、あの忌々しい盗賊どもにエタやんが盗られて状況が変わってな。

 いやぁ人の大事なモン取るとか、とんでもない奴らやで」

(俺、オーディからお前に盗まれた気がするんだが)

「ウチに関係ない所でエタやんが使われるとか許せへんから、

 お姫さんの事をウチのお客さんとして、エタやんの事を奪って貰う事にしたんや」

(そうか、都合が悪いところは無視する方向性なんだな)

 

 上機嫌で事の顛末を語り続けるロック。

 アイツの目的は、商人として多くの生きている武器と関わる事らしいからな。

 それを邪魔したジェイクに、よっぽど恨みを貯めていたのか。

 

「実際に会って色々聞いてみた所、驚くことが分かったんや。

 お姫さんに暫く触れた生きている武器は、誰が所持しているかに関わらず

 なぜかお姫さんへと持ち主を変える。これは実際に試したから間違いない」

(そうだろうな、他の生きている武器も俺と同じことを感じたならば、

 リーシャの元へ来ることを選ぶだろう)

「……よく考えたら、エタやんにそこら辺の詳しい話聞けそうやんけ!」

 

 あとで教えてや、後学のために色々知っときたいねん。というロックに了承の意を返し、話の続きを促す。

 

「後はセビリスの奴に近づいて、一仕事する代わりにジェイクのアン畜生が、

 どんな戦い方をするか確認する機会を貰ったんや。

 そうしたら、案の定エタやんを突き刺して、追加攻撃を流し込むのをメインにしとったからな」

(まあ、それが一番強いからな。我が主にはそれが裏目だったわけか)

「その通り!これで暫く触れる算段はついたから、後は簡単や。

 セビリスのおかげで、ジェイクの盗賊団がボロボロになっとったからな!

 更に弱るのを待ってから、お姫さんにカチこんで貰ったんや」

「私は正直言って、本当にアンタで刺してくるのか半信半疑だったけどね。

 まあ、刺してこなくとも返り討ちにして、改めて奪えば良い話だから乗ってあげたの」

 

 新しい主の蛮族っぷりが凄い。

 持っている特殊能力のせいか、無条件で好感度補正が入るのだが、それでもツッコミに回りたくなる。

 

 

 これまでの経緯を聞いた俺は、その後ロックと少し近況の話などをした。

 リーシャは退屈そうではあったが「約束をしていた報告の一環だしね」と言って素直に待ってくれている。

 ここまでの情報と見てきた様子から、話が通じない系かと思ったが、

 そういった義理堅さは持っているようだ。

 

「そしたらエタやん、お姫さんも待ちくたびれとるし、ここらでお開きにしよか。

 お姫さんも待ってくれてありがとな、エタやん程の近接武器は用意できんけど、

 ウチは遠距離武器も扱っとるから、よかったらまたご贔屓にしてや」

「セールストークを受けたのなんて久しぶりね。

 いいわ、また来てあげる」

「絶対に金持っとる時にしてな!フリやないで!」

 

 セールストークを受け取れない理由を正確に理解したロックが、強く念押しする。

 リーシャはそれに肯定も否定もせず、彼女の元を立ち去ったのだった。

 

 

 

 

 

 団員が根こそぎミンチにされた『ミッドナイトを照らす炎』団の根城。

 そこに一人、また一人と這い上がってきた盗賊たちが現れてくる。

 

「あー、久しぶりに完敗したぜ。この様子だとお前らもダメだったか」

 

 そう、どこか楽し気に呟くのは団長であるジェイクだ。

 悪人面はいつもの物だが、その覇気は魅力を底上げしていた<<エターナル・ぼっち>>を失い、

 これまでよりも大分に落ち込んで見えた。

 

 それを自覚しているのか、変化に困惑する盗賊達に、ジェイクは自嘲気味に呼びかける。

 

「おうお前ら、この様じゃあダルフィのトップになんてなれやしねぇだろうな。

 一味を抜けたい奴らは自由に抜けな、止めやしねぇからよ」

 

 それを聞いた盗賊たちは、戸惑いから隣のものと顔を見合わせてどよめく。

 

 だが、殆どの者はここ最近のジェイクを恐れて、惰性で残っていた者たちだ。

 傘下に入っていた盗賊団たちは一人残らず、傘下を外れることを告げ。

『ミッドナイトを照らす炎』団のメンバーも、その多くがこの場を去った。

 

「また俺とやってくれるか、テメェら」

 

 残ったメンバーの数は少ない。

 だが其処にいるのは、『ミッドナイトを照らす炎』団の主力であった精鋭だ。

 

 狙撃手のカーラ

 

「当たり前でしょう?置いていくなんて戯言、言った方が怒るわよ?」

 

 双子の魔術師、ボレスとゼス

 

「俺たちは元々、ダルフィのトップになりたかったんじゃないしな」

「あんたとやるのが楽しかったから、この盗賊団でやってたのさ」

 

 遊撃手のチアフー

 

「ボスがウチを拾ってくれたんっす!最後までついてくっす!」

 

「ああ、そうだな。これからもよろしく頼むぜ。

 ……で、お前らは出ていかなくていいのか?スタンリー、ビッジ」

 

 ジェイクが視線を向けた先には、新たに加わった盗賊団員の二人が残っていた。

 

「俺は団長のもとで、他の誰よりもデカい仕事がやってみたいんだ!

 これからも、この盗賊団においてくれ!」

「アンタのやり方は正直恐ろしいが、セビリスのやり口はもっと気に食わないんでね。

 今の盗賊ギルドよりは、ここで世話になった方が楽しめそうだ」

 

 スタンリーの真っ直ぐな視線と、ビッジの捻くれた態度。

「どちらも盗賊らしいじゃねぇか」とジェイクは照れくさそうに笑う。

 

「大使館襲撃から始めて、残ったのは新入りの盗賊が2人って訳か。

 十分じゃねぇか、ここからまた『ミッドナイトを照らす炎』団が飛躍していくわけだ」

 

 だが、とジェイクは前置きをする。

 

「今の俺達でセビリスに喧嘩を売る事は出来ねぇ。

 思えば、とにかく頭数を増やして奴に対抗する、ってのも性に合ってなかったのかもな」

 

 そう言ってジェイクは、周りの団員たちをグルリと見まわす。

 

「これからはとにかく、腕っぷしを鍛えてくぞ。

 なぁに、最終的にセビリスの奴が手出しできねぇくらい、地力を付けりゃあいいのさ。

 そうすれば、俺たちはダルフィで一番自由な盗賊になるんだ」

「その意気だぜボス!」

「ようやく調子が戻ってきたんじゃないか?」

 

 意気揚々と語るジェイクに、双子たちが同調する。

 チアフーはよく分からなかったので取りあえず歓喜の声を上げ、

 カーラはそんな彼らを見て楽しそうに微笑んでいた。

 

「よしやるぞ野郎ども!取りあえず今日は酒を飲む所からだ、さっきは邪魔されて飲めなかったからな!」

 

 その日の宴は、朝日が昇るまで続いた。

 

 

 

 これから暫く『ミッドナイトを照らす炎』団の名は、市民の噂に上る事は無かった。

 彼らが再びその名を響かせるのは、数年後に起こる世界中を巻き込んだ騒動の中である。




誤字報告して下さっている方々、ありがとうございます。

結構しっかり校正して投稿しているつもりなのですが、
やはりどうしても抜けが出る物ですね……。

さておき、今回の持ち主変更で、いよいよ最終章のスタートです。
次話からが一番書きたかったところなので、
皆さんにお楽しみいただければ、とてもうれしく思います。

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