全然平気だし、マジだし
今、俺とロックは、ダルフィにある裏通りで露店を構えている。
治安の悪い事で有名なダルフィだが、商品を並べても盗んでいこうなんて奴はそうそういない。
街の中でも影響力のある、ブラックマーケットの店主相手にそんなことすれば、犯罪者や屑の溜まり場であるここですら居場所を無くす。
それを皆、理解しているからだ、
たった今、一人の男との取引を終え、金と商品の引き渡しあいが行われた。
「毎度おおきに!またエエもん仕入れるさかい、見に来てやー」
「ああ、生きてる武器が売ってる店なんざそうそうないからな、また来させてもらうさ」
男もロックも、満足そうな顔で別れの挨拶をする。お互い納得のいく取引となったのだろう。
どちらも喜べる形で商談をまとめ、リピーターも確保するロックの交渉術は、流石と言った所か。
「いやー、あの斧ええ値段で売れよったわ、見たとこ大した切れ味もなくて、10万ちょっとってとこだったのが、11万gpや!」
少し訂正しよう、取引の内容はあまりお互いが喜べるはずのものでは無かったようだ。
(ぼったくりか、いい商売してんな)
「そんなんとちゃうって、カワイイ女の子の前ではええカッコしたいもんや。ウチはその本懐を遂げさせたってるだけー」
(所詮、武器のエンチャントによるまがい物だろうに、悪びれもなくそれを言える所は褒めてもいいんじゃないか?)
「もー、またそないなこと言うて。折角の旅の連れなんやから、仲ようしようや?アレについてはウチだって想定外やったし、謝ったやんか。久しぶりに連れができたのに、いつまでも拗ねっぱなしとか、ウチ悲しいわー」
(はあ?何回も言ってるけど、俺全然気にしてないし?これが俺の素だから)
話はオーディと別れてからすぐの頃、そう、3日ほど前にまで遡る。
宿屋の爆発騒ぎから逃げ出してきた俺達は、町から少し離れた見晴らしのいい草原に来ていた。
「うっし、ここなら安全やろ。よーし剣君、お待ちかねのお名前変更の時間やでー」
(流石に気分が高揚します)
生前のネタを言ってみた所、急に何言ってんだコイツ、的な目で見られたので、何でもないと返しておく。
オーディの時もよくこんな感じの反応あったな、大胆なパロネタは転生者の特権だからやめないけど。
「じゃあ読むさかい、気合入れやー」
そう言って、ロックは先ほど俺に見せたスクロールを拡げ、俺に向かって読み上げる。
なるほど、俺に対して何らかの力が働いてきているのが分かる、恐らくこれが名前を変える力なのだろう。
さあて、どんな名前になるのか。確かゲームでは幾つもの並べられた名前から、1つ好きな名前を付ける方式だったよな。
この世界ではどうなのかは分からないが、もしゲームと同じく選べるのなら、変な名前になる可能性は万に一つ、億に一つもない。そうでなくともまあ、今の名前より酷くなることはそうないだろう。
さあて、どんなもんかロックに聞いてみるか……って?
なんでアイツ、困ったような半笑いを浮かべてるんだ?
「えーと、初めに言うとくけど、この巻物、呪われてるって訳や無いからな?ウチはお客さん以外ならともかく、自分の取引相手には誠実にがモットーやし、今回の場合しっかり使う前に鑑定してきてあるんや」
(……?おう、それで?)
「ま、見た方が早いか。えーっと、多分この中から名前を選ぶんと思うんやけど」
ふむ。
俺は、ロックから突き出された名前の巻物、厳密にはそれに浮き出ている文字へと目を向ける。
こんなんばっかだった。
『エターナル・ぼっち』
『友達のいない翼』
『孤高という虚構』
『ずっとひとりぼっち』
『知り合い亡き寂しさ』
……
……
こ ん な ん ば っ か だ っ た。
孤高と言う虚構とか、ちょっと韻踏んじゃったりしてんのが逆に腹立つ。
いや、しかしさすがにおかしいだろう!
ゲームでの名前の巻物は、どういった名前が出てくるかは、予め決まっていたはずだ。
現実世界に変わって法則が変わったにしても、いくら何でもこんなのばかりが出てくるとは思えない。
十中八九、何かしらの問題が発生していると見ていいだろう。
問題とやらが何なのかが分からないのが、そもそもの問題ではあるが。
一つ心当たりがあるとしたら、やはり、俺が願いの神の力によって転生したことか。
その場合、願いの神に頼まないと改名できないかもしれないし、最悪は願いの神でも変えられないかもしれない。
その後、ロックがゲームで言うリロールをする方法を見つけて、巻物に浮かんだ名前を変更した。
そして当然というかなんというか、それで浮かんできた名前も、『わたし・ロンリネス』だの『究極的な孤立』だの、俺を煽るような名前ばかりだった。
ご丁寧に、毎回リロールの一番上に、『エターナル・ぼっち』を置いてくるのも苛立ちポイントである。
結局ロックは、「取りあえず、今回はこれくらいにしとこか」と言って、名前を変えずにこの件を終わらせた。
御蔭で未だに俺の名前は<<エターナル・ぼっち>>のままだ。
別にロックが悪いわけではない上、あの後あっちの方から「こうなるとは思わなかった、約束を不完全なものにしてしまって済まない」といった内容の謝罪もしてきた。
だが、ようやっとこの名前からおさらば出来ると思った矢先にこれでは、少々不機嫌にもなるというものである。
結果、あれからずっと、ついついトゲの入った対応を取ってしまっているのだ。
……別にそのことについては忘れてきているのだが、何だか世渡りが上手そうなロックの客対応を見て、
友達の輪に上手く入れなくて一人で過ごした学校生活や、取引先を怒らせてよく怒鳴られた、外回り時代等を思い出し、
ちょっとした僻み根性が湧いてきた訳では……ほんの少ししか無い、と言い訳を付け加えておく。
しかし、結局会話ができる相手なんかはこのロックしかいないわけだ。
ある程度の歩み寄りは必要、色々と聞いてみるとするか。
(なあ、この3日お前と行動してきたが、商品を眺めて帰った奴はいても、商品を買うまでいった奴は、さっきの斧買った奴が初めてじゃないか。そんなんで商売やって行けるのか?)
「お、なんやウチの事心配してくれてるん?優しいやんか、エタやん」
(そのエタやんっていうのもあまり気に入ってないんだがな……)
エタやんと言うのは、ロックの奴が考えた俺のあだ名だ。
エターナル・ぼっちの、頭からきたあだ名らしい。
俺としては、こんな名前から来たあだ名は面白くないと言えばない。
だが、ロックにあだ名は何でもいいと言ってしまったし、何よりぼっちからとった、ぼっちゃんよりはマシなので、甘んじて受け入れている。
(別にお前だからという訳ではないが、新たな持ち主が見つかるまでは、一応俺の持ち主なわけだからな。商売繁盛しているのか位は気になるさ)
「はいはい、全く素直じゃないやっちゃなー。話し相手が欲しくて仲ようしたいんなら、そう言えばええのに」
そう言って、ロックは片目をつぶって、ふうと息を付きながら肩をすくめる。
いや、話し相手が欲しいのは事実だが、そんな感じで言われると腹立つな、まあ今まで邪険にしてきた俺にも原因があるのだが。
「まあ商売の方は心配するようなことあらへん。ブラックマーケットってのは、通常の仕入れルートでは手に入らないような掘り出しもんを売る店や。その分、価格設定なんかは高めやから、そうポンポン売れるもんでもないんよ。
しかも、ウチの店は生きてる武器専門やから値段も相当お高め、1週間に1つ売れれば上々ってとこやんな。
ま、そう簡単に幾つも売れた所で、生きてる武器がその分入荷できるわけやなし、これくらいで丁度ええんや」
(なるほど、まあ確かに今の斧だって10万gp以上なわけだからな、仕入れがいくらかは知らんが、利益は十分手に入るのか)
「そういうこっちゃ、ちなみにあの斧は3万gpでとある冒険者から買い取ったもんやで」
(利益率たけぇな!?)
およそ仕入れ値の3倍の価格ってとこか。
確かゲームの中でもそんなもんだったし、ここら辺の相場みたいなのも、そっちに影響されているのだろうか?
ふむ、ということはだが……。
(ロック、確か俺の事50万gpかけて、オーディから買い取ろうとしてたよな、と言うことは俺を売る時は150万gp程の値段にするつもりなのか?)
「いややなー、エタやん。そんな全部おんなじように捌くわけないやん。こちとら商人やで?商品に合わせて値段設定くらいするわ」
(それもそうか。すまんな、ちょっと気になったんだ)
流石に、150万gpではないらしい。
そんな商品そうそう売れないだろうからな、当然と言えば当然か。
「エタやんは400万位は貰う予定やで、そんな安く売るわけないやんか」
(400…っ!?)
思わず、念話なのに驚いて言葉に詰まってしまった。
それだけ400万と言う、見たこともないような桁の額の話に驚いたのだ。
(400万って、そんなにしてまで買う奴いるのか!?一応だけど、俺は呪われた武器だし、この前話したように解呪をすれば、俺の優位性は失われかねないんだぞ?)
「そら、おるに決まっとるやろ。生きてる武器ってだけで、大した事ない性能の武器が10万gpはするようになるんやで。それに喋るっちゅうプレミア価値が付くだけで、収集家なら100万は出すやろ。
しかもあんた、付けるエンチャントをある程度選べるらしいし、その上追加攻撃エンチャント、ある程度制御できるんやろ?400万なんて安い安い、あんたが呪われてようが、いくらでもお客さん集まるっちゅうもんや」
自信満々にロックは言い切る。
よっぽど自分の目利きに信用を置いているのだろう。ならば、その方面に素人である俺には、その言葉を信じることしかできない。
(ぬう、そういうものか。追加攻撃の方は、ある程度時間が経つと弱まるし、大分に血液がいるから役に立たないかと思ってるんだけどな)
「まあそうかもしれんな。でも必要かどうか決めんのはお客さんの方や。収集家のお客さんなら、強い武器を集めんのが目的やから、そういうデメリットは気にする必要ないしな」
(確かにそうだが、前にも言った通り、収集家みたいな戦う気がない奴の下へ行くのは御免だぞ?その場合、血吸いでお前を殺してでも抵抗するからな)
「わかっとるがな、物の例えや例え。それに、そういった収集家を引き合いに出せば、冒険者相手でも値段を釣り上げられるわけやからな。ええ冒険者にエタやんを売って、ウチはぎょうさんお金をもらう。お互いにお得な付き合いで行こうや」
言いながら、ロックがニヤリと笑って、ピンと俺の事を指で弾く。
まあ俺としては、しっかりとした売り先を用意してくれるなら問題はない。
そこら辺はロックに任せておくとしよう。
(その辺りを心得てくれるなら、俺としては問題はない。……ところで、オーディの所では索敵とかもしてたんだが、そういうのも利点に入るのか?)
「ん~?駆け出し冒険者ならそれもアリかもやけど、上になってくると探知の技能が必須になってくるからなあ。そういった方面だとあまり役に立たんのとちゃうか?
あ、でも戦闘中に後ろ見て貰ったりとかは、ペット連れ歩いてないソロの人とかは有難いかもしれへんな。ティリス大陸広しと言えども、頭の後ろに目が付いてようなんは、ウチも一人くらいしか見たことあらへんし」
……逆に、一人は見たことがあるのか。魔境だな、ノースティリス。
しかし、そうなると索敵面でのオレTUEEEは少々難しいという事か。
オーディは駆け出し冒険者だったから、そういう面でも活躍できたという訳だな。
そういえば、アイツ今頃どうしてんだろうな。既に元持ち主だから、気にしてもしょうがないと言えばしょうがないんだが。
それより、どういう方面から転生TUEEEをやるかが問題か。
やはり、知識面からのアプローチかね?どういう方面からなら、俺の知識を活かせるかが問題になるが。
まあ、おいおい考えていくとするか。
そんなことを考えている内に、今日の商売を終えたらしいロックが、並べていた武器を片し、露店からの引き上げ準備を始めている。
しかし、一つ気になるのは、この3日間引き上げの際に片づけてなかった、武器を並べるための絨毯等までも片づけていることだ。
(ロック、今迄は絨毯まで仕舞ってなかったのに、どうして今回に限ってコイツまで仕舞ってんだ?)
「ああ、エタやんにはまだ話してとらんかったな。ウチの店は、毎月決まった日から3日間だけ、ダルフィとポート・カブールでそれぞれ店を出すんよ。だから、ダルフィは今月はこれでお終い、また来月や」
(随分と短いな、それで本当に商品売れるのか?)
「ウチはこれでも、ブラックマーケット業界ではそこそこ名前が通っとるからな。店を出す日付さえちゃーんと決め取ったら、ええ武器が欲しいっちゅう人は、その日に合わせて顔出してくれんねや。だから、その他の日は別の用事を済ましとくんよ」
(別の用事ね。誰が生きてる武器持ってるかとかの、情報収集か?)
「それをする事もあるわな。でも今回はちゃうで、さっき情報屋が来て、とある中堅冒険者が生きてる武器を持っとるって教えてくれよったさかい」
(そんなん来てたか?俺そんな奴見かけた覚えなかったんだが)
「人の情報売りに来とるわけやからな、当然隠密スキルで人目に付かんよう来とったんや。エタやんも索敵とかするんなら、あれくらいは気付けるようにならんとアカンで」
なんか耳が痛い事を言われた。
しかし、生きてる武器の在処が分かっているということは……。
「ほな、明日からは生きてる武器の仕入れ作業や、その冒険者が今いるっちゅー、ヨウィンに向かうで」
まあ、そうなるわな。
だが一つ気になっていることがある。
(生きてる武器を持ってるっていう冒険者、中堅だって言ってたが、どうやって仕入れをするんだ?生きてる武器なんて、金で譲ってくれって言っても、早々手放してはくれんだろう)
「んー、たまに生きてる武器とか使いにくいから言うて、普通に売ってくれよる取引先さんもおるけど、大概はエタやんの言う通りやな。その時は、エタやんの元持ち主の時みたいに、誰かに襲わせてどさくさ紛れに盗むのを狙ったり、私が自分で戦って奪ったりや。この前みたいな色仕掛けは、余りやらへんな。よっぽど『気持ちいい事』に慣れてない奴やないと、気絶とかさせられへんし」
やはり戦闘で奪うのが基本なのか、そこに疑問があるのだ。
(ロック、お前って確かレベル15だったよな。相手は中堅冒険者だって言ってたが、そいつ相手にその生きてる武器とやらを奪えるのか?)
そう、ロックは別に高レベルだという訳ではないのだ。
レベル15と言えば、ゲームで言えばようやく3つの魔石クエストに挑むかと言う頃合、俺からすればまだまだ弱いという感覚すらある。
もちろんオーディよりは強いが、ある程度場数を踏み、実力も兼ね備えているであろう冒険者に、彼女の力が通じるのだろうか。
「奪える時もあるし、奪えん時もある。当然っちゃ当然やけど、相手の出方次第やな。まあダメやったらダメで諦めるか、それとも別の方法探せばええねん」
命の価値が低くて喧嘩っ早い、ノースティリス民らしい答えが返ってきた。
「おったおった。あれが今回のターゲット、『煌めきの重戦車』デトロンや」
俺達が草陰で待ち伏せしながら見張っていた、ヨウィンから繋がる街道。
そこにやってきたのは、シルバーと思われる分厚そうな重鎧に包まれた、要塞のような大男だった。
レベルは恐らく25以上と言った所、ロックでは残念ながら、奇跡が起きなければとまで言わずとも、勝つのは難しいだろう。
(これまたユニークな二つ名だな、名前に恥じず鎧が太陽で光ってやがる)
「エタやん程ユニークでもないんちゃう?って、痛っ!無言で血ぃ吸うのやめーや!別に血吸いで死んだりするほど軟やないけど、めっちゃ気持ち悪いねん!」
ロックが俺の静かな抵抗に対して、ベシベシと剣身を叩きながら抗議の声を上げる。
しかし、激しい語調ながら、待ち伏せ相手に気付かせないような声量に抑え、事実気付かれていないのは、流石の隠密術と言った所か。
(で、ここからどうするんだ?)
「どうやら相手は重装備の防御型。片腕に剣を持って、もう片腕に盾を持つ戦闘スタイルか、ウチの一番やりやすいタイプや。エタやんは取りあえず見とき、ウチのやり方を見せたるわ」
そう言うと、ロックは相手に見つからないよう、こっそりとデトロンの進む先、視界に入らないほどにまで先回りをして、何食わぬ営業スマイルで、デトロンへと接触する。
「およ!冒険者さんやんけ、ウチは行商やってるロックってもんなんやけど、商品見て行ってんかー?」
「ほう、商人さんか。では一度見せてもらうとしようか」
折角隠れていたのに、自分から出ていくのか。
まあ、金で解決できる可能性もあるだろうから、敵情視察をできたと思えば、十分な成果だったのかもしれないが。
しかし、デトロンとかいう奴、さっきからチラチラと、ロックの顔の方へと目が行っているな。
今のロックの魅力値は俺のブーストもあってかなり高く、前世と合わせてもかなり可愛いと形容できる容姿になっているし、気持ちは分かると言えばわかるのだが。
やはり、これで交渉が有利に運べたりするのだろうか?
そういった方面からTUEEEしたとしても、俺としてはあまり実感がないし、そこまで興味はない。が、一応何もしてないわけではないと思わないと、それはそれで何か癪である。
「驚いたな、全部生きている武器じゃないか。これ集めるの大変だっただろう」
「分かりますう?いやー、ウチ生きてる武器集めんのが、好きで好きでしゃーなくてな!貴重ってのもあるけど、やっぱり一つ一つ個性のある生き物だと思うと、何だか愛着が湧いてくるんですわ。それで色んな生きてる武器が見たくて、この商売やってるところもあるんよー」
そういうロックの顔は本当に満面の笑みである。
恐らく営業トークとは別に、多分に本音も交じっているのであろう。
そんな楽し気なロックの様子に、話の種にでも使おうと思ったのか、デトロンがこう申し出てくる。
「実は、俺も最近一つ生きてる武器を見つけてな。良かったら見てみるか?」
「ホンマですか!?見たい!是非お願いしますわ」
そう言って、ロックはデトロンのすぐ傍へと寄りそう。
気を良くした様子のデトロンは、腰から一振りの大剣を抜き取り、ロックに見せた。
恐らく鑑定をしているのだろう、ロックが真剣な眼差しでその武器を見つめる。
「うわ、ホントに生きてる武器やんか!わー、大剣に嬉しい筋力増加エンチャントも付いとる。お客さんええのん見つけたなー」
「ふふふ、この前ネフィアを潜ったときに、主が守っていた宝箱から見つけてな。いやあの時は大変だったぜ」
そう言って、デトロンはその時の武勇伝を話し始める。
多分6割方位美化されてそうなそれを、ロックは楽し”そう”に聞いていた。
そして、デトロンの話が一段落着いた頃に合わせて、ロックが仕掛ける。
「なあなあ、お兄さんこの剣ウチに譲ってくれへん?もちろんお金は出すで!多分この剣だと18万は行くやろうから……8、いや9万!9万で買わせてくれへん?」
「ええ?参ったなあ、前に使ってた武器はもう売り払っちゃったし、しばらくはこの剣を使っていくつもりなんだ。確かに値段の方は悪くないけど、それでもちょっとなあ……」
「うう、如何してもダメぇ?」
「すまないな、コレばっかりは無理だ。それじゃあ先を急ぐから失礼するよ」
涙目(ウソ泣き)で拝み倒すロックにバツが悪くなったのか、デトロンは踵を返し、先ほど行こうとしていた道を進もうとする。
其処にロックが走って追いつき、
「ちょいと待ってデトロンさん!」
「いやロックちゃん、如何したって無理な物は無理」
ガシャン!と音を立て、断ろうとしたデトロンのその顔面で、投げつけられたポーションの瓶が割れた。
ポカンとしたデトロンに、ロックが笑顔で告げる。
「あれ、おかしいな。甲斐性無しの玉無しカタツムリ野郎が調子乗っ取ったから、塩水ぶっかけたのに全然効果ないわ。しゃーない、これとこれで我慢したるわ」
言うが早いかロックは口から唾を吐き、デトロンの目元へと飛ばす。
流石に冒険者、咄嗟に目を片手で防いだデトロンに、今度はいつの間にやら懐から取り出していた散弾銃で発砲する。
それでも格上の冒険者だ、大したダメージを追った様子もなく、デトロンは逆に怒りで奮い立っていた。
「てめえ、優しくしときゃあ付け上がりやがって!今すぐミンチにしてやる!」
「んん?カタツムリに何ができんのん?じゃあ、ウチはもう用は無いさかい、これ以上は塩水勿体ないしな」
言いながら、デトロンが斬りかかって来るより早く、ロックはテレポートの杖を使い、相手との距離を取る。
流石に敵が見失うほど遠くには飛ばず、まだまだ追いかけてこれそうな範囲内へと、杖はテレポートさせた。
「逃がすか、俺のスタミナをなめるなよ!どこまで逃げようが、嬲り殺してミンチだ!」
デトロンは、その重そうな装備からは想像もできない程、機敏に追いかけてくる。
「めんどっちい奴やなあ、追加でアメちゃんあげるから、お子ちゃまはこれで我慢しとき」
ロックは装備していた銃を狙撃用のソレらしき物に持ち替え、デトロンの利き腕の肩へと発砲する。
狙撃銃から放たれたライフル弾は、あからさまに頑丈そうなデトロンの装甲を射抜き、その肉体に刺さったところで止まった。
が、その弾を引っこ抜いたデトロンの様子が何やらおかしい。
「この野郎!どこまでも俺をおちょくりやがって、態々飴を紙に包んで打ち込んで、余裕のつもりか?絶対にぶち殺すから覚悟しろよ!」
なるほど、どうやら宣言通り本当に飴玉をプレゼントしていたようだ。
ここまで来れば流石に、目的は相手を煽って怒らせ、自分に執着させることで、確実に武器を手に入れることだと分かる。
しかし、後はどうやって、相手がしっかりと握っている、その右手の大剣を奪うのかだ。
「もう来なくてええっちゅうのに、面倒いやっちゃなあ」
そう言いながら、ロックはテレポートの杖で飛び回り、手に持った狙撃銃で執拗にデトロンの利き腕を狙う。
ダメージを与えて、剣を持てなくするのが目的かとも思ったが、紙の弾丸では敵の回復に追いつかないだろうし、実際に敵はロックを追いかけながら軽傷治癒のポーションで傷を回復してしまっている。
ただいたずらに時間が過ぎ去る。
しかし、テレポートの杖がランダム移動である以上、極端にデトロンとの距離は離せず、いつかはテレポートの回数切れを起こし、追いつかれるだろう。
いったい何を狙っているのか、俺が訝しんでいたその時。
突如、辺りに耳が避けるかと思うような轟音が鳴り響いた。
音源は、デトロンの腕にめり込んだ紙の弾丸だ。
デトロンの腕の半ばまで入り込んだその弾丸は、轟音と共に多大な振動を引き起こし、その衝撃でもってデトロンの利き腕、生きた大剣を持ったその腕を、吹き飛ばして見せた。
一瞬、ポカンとした表情を見せるデトロンだったが、慌てて吹き飛んだ大剣を残った腕で掴もうとする。
しかし、当然その瞬間を待ち構えていたであろうロックが、見逃すはずはない。
またまたいつの間にか取り出していた、ボウガンらしきもので、吹き飛ばされたその腕を射抜いていた。
どうやら、そのボウガンはいわゆるフックショットと言う奴らしく、飛ばす際の余りの衝撃に、今度はロックの腕が吹き飛んでいたが、その弾丸はしっかりと飛ばされた腕に突き刺さった。
すかさずロックはテレポートの杖を振り、もはやただの物質となった腕と一緒に、自分とフックショットをテレポートさせる。
当然デトロンは剣には追いつけない。
回復をしながら、走ってロックを追いかけてきてはいる。
しかし、現在進行形でフックショットを巻き上げながら、適度にテレポートの杖を振るロックに、辿り着くことは無いだろう。
「はいはーい、生きてる武器いっちょあがりぃ。毎度ありがとー、またよろしく頼んますわ」
フックショットを巻き上げ、剣を回収したロックが、先ほどまでの営業スマイルとは違う、厭らしいニヤニヤ笑いと共にデトロンに拳銃(またいつの間にか、新しく持ち替えていた)を向ける。
激昂しているデトロンは構わず突っ込んでくるが、ロックがその拳銃から弾丸を打ち込んだ途端、急にその動きを止めた。
いや、デトロンが動きを止めたというのは少々間違っているか。
この世界が全てが、止まっていた。
恐らく、あの拳銃には時止弾が入っていたのだろう。
その効果で、ごく短時間だがこの世界の時間が止まったのだ。
この世界でただ一人動けるであろうロックは、――俺も装備されてるからか動けるけど――その一瞬の時が止まった間で、いつも通り滅茶苦茶な早口で帰還の巻物を読み上げる。
先ほどまでだったら、いくら何でも追われながらで、スクロールを読み切る隙は作れなかっただろう。
なるほど、このための時止弾か。
そして時は動き出す。
デトロンはロックが帰還の巻物を読んだことに気付かず、先ほどまでと同じく追いかけまわっているが、テレポートの杖で逃げ回るロックを、どうすることもできない。
とうとう次元の壁が開き、ロックはその中を通って、自らのアジトへと舞い戻ったのだった。
「まあざっとこんなもんや。どや、完璧やったやろ」
アジトに着いて、すぐに窃盗の技能で、取ってきた武器を自分の物にし、
吹き飛んだ腕を体力回復のポーションで生やしながら、ロックは自慢げに笑って言った。
(確かに言うだけの事はあったな、レベル差も覆せる上手いやり口だった。でもあれなら、オーディにも同じようにやったら良かったんじゃないか?)
「あれは、相手が逃げないから上手くいくんねや。あの子にやっとったら、すぐさま跳んで逃げ帰ってまうやろ?」
(なるほど、違いない。ところで、さっき使ってた銃だが、あれらも生きてる武器なのか?)
「お!よう聞いてくれたな!よっしゃ、じゃあウチの仕入れのやり方を通しで説明しながら、その子たちについても紹介したるわ」
そういって、意気揚々とロックは今回の手口について語りだす。
「まず、ターゲットに接触、生きてる武器を売ってくれんか交渉や。売ってくれるか、買い物して行ってくれんなら、襲う必要は無し。ウチはお客様に手ぇ出す気はあらへんからな」
(オーディには商品見せずに終わらせてたが?)
「だって、あの子ウチの商品買える程、お金持ってへんかったやろ、聞くまでもないわ。で、交渉不成立なら、目一杯怒らせて、テレポートで逃げ回りながら撃ちまくる。その時に役に立ってくれんのがこの子や」
そう言って、ロックはバックパックから狙撃銃を持ち出す。
「こいつは闇を照らす狙撃銃『ライト・ハッカー』言うて、貫通弾を装填できるんやけど、実は生きてる武器でな。ちょっと育ててみたら、轟音の追加攻撃が付きよったんや!こいつで貫通弾を撃ち込んで、運が良ければ爆発がボン!相手の武器は腕と一緒に吹っ飛ぶっちゅう訳や。いやー、こいつを手に入れんのは苦労したで。なんせノースティリスには狙撃銃が無いから、狙撃用の生きてる武器を探すため、わざわざサウスティリスに出向いたのがこいつとの出会いで……」
こっから苦労話が長いから、聞き流す。
なるほど、貫通した状態で爆発させることで、より効率よく敵を破壊できるという事か。
物理法則やらが絡んでくるから、ゲームだと無かった戦法だな。
紙の弾丸で敵を油断させるのもポイントかもしれん。違うかもだが。
「で、吹っ飛んだ腕を、このフックショットで絡めとる。こいつは東の海越えて、イェルスから輸入したもんやな。ちょっと衝撃強くて、撃つと腕吹っ飛ぶのが玉に瑕やけど。別に生きてる武器って訳や無いで」
さっきまでと打って変わって、フックショットはサラッと流される。
俺としては割とそれに興味あったんだけどな、ゲームでは無かった武器だし、色々と気になる存在だ。
だがまあ、今はロックの話に耳を傾けておくとしよう。
「そいつとテレポートの杖で逃げだしたら、いよいよコイツの番や!奇跡を呼ぶ拳銃『グローリアス喜び』!当然生きとる武器や!まあ付いてるエンチャントの方は只の耐性上昇なんやけど、こいつの装填できる時止弾がすごい!こいつと出会ったのはウチが13歳の頃……」
過去語りが長いから、聞き流す。
しかし、時止弾とはなかなかチートな物を持っている。
ゲームでもチートだったが、この世界でも先刻みたいにヤバい性能そうだな。
只、ダメージを与えたり自分が何かをしたりは出来ても、止まってる相手の位置を動かしたり、物を盗んだりはできないそうだ。
よくわからない制約である。
また一通り語った後、今度は最初にぶっ放していた、散弾銃を取り出す。
「いつもは、こいつの出番もあるんやけどな。翼を折られし散弾銃『洞窟プリンセス』!こいつも育ててみたらエンチャントが良かった口でな、なんと暗黒属性の追加攻撃や!こいつで敵を盲目にして、『ライト・ハッカー』で、安全に狙撃するっちゅう訳やな。今回は相手がシルバー装備で、暗黒耐性あったから使わんかったけど。こいつは火力がとにかく半端ないねん!こいつを持っとったのは、ダルフィで店構えとる知り合いのおっちゃんなんやけど……」
ぶっちゃけ、興味ないから聞き流す。
なんでも、この武器が戦闘ではロックの主力になるらしい。
ロックに聞いたところ、火力もあって追加攻撃もあって、俺がゲームをしているときでも、序盤の頼りにできそうな武器だった。
「こいつらを使いまわすのが、ウチの戦い方って訳やな。どや、参考になったやろ、次の持ち主さんの所で参考にしてもエエで、その人もウチのお客さんになるわけやからな」
一通り語り終えて、満足そうにロックが言った。
もう、途中から大体生きてる武器とその戦い方の話で、どうやって盗みやってるかの話ほとんど無かったな。
しかし、語っている途中のロックの目の輝き用は半端じゃなかった。
恐らく、本当に生きている武器の活用と言うものに、喜びを感じているのだろう。
妙に俺に馴れ馴れしい気がしてたのも、俺が生きている武器だからだろうか?
(しかし、聞いているとテレポートの杖に特殊弾、フックショットによるダメージの回復と、金がかかりそうな話だな。実際それだけ使って大丈夫なのか?)
「まあ、バンバン稼げる、ブラックマーケットの店主だからこそ使える戦法、って感じやな。それでも確かに、経費で大分儲けは飛ぶし、危険の割には実入りが少ないってのはあるわなあ。この稼業好きでやっとるから、やめる気はあらへんけど」
(ふむ、それはやはり、生きてる武器が好きだからか?)
「まあそうやろなー。自分が使うのも好きやけど、何もかんも手元に置くのは無理やろ。それだけの財力は無いし、そもそもウチ一人では使い切れんから、ずっと一人きりで可哀想な子が出てくるやんか。
で、ウチの扱えない子には、ウチの大切なお客さんの元に行ってもらうわけ。そうやって、できるだけ多くの生きてる武器と、関わって居られるこの仕事は天職、って訳やな」
なるほど、ちょっと変則的なコレクターという訳か。
お客さんに云々ってのは俺にはわからないが、貴重な物を集めたいって気持ちはよくわかる。
俺も、前世でelonaやってたときは、博物館マスターだったからな、とにかく集めて並べるあの快感は、病みつきと言うものだ。
ところで、もう一つ少々気になっていることがある。
(そう言えば、さっきの話を聞いていて思ったんだが、近接戦闘とかする機会は無いのか?)
「ウチ斬った貼ったは苦手やからなー。基本そういうのは無いと思ってええよ。あ、血が吸えないことを心配しとるなら大丈夫やで?耐久にはある程度は自信あるから、声かけてくれればウチからちょっとくらい血ぃ吸うてええし。今度、武器成長用の屠殺場連れてって、ぎょうさん吸わせてやるさかいな」
そうじゃないんだよなあ。
血を吸うのも好きなんだけど、俺は敵を相手に、超活躍したいんだ。
頼んでも難しいだろうし、例えやってくれたとしても、下手に出るみたいで嫌だから、言わないけど。
【悲報】俺氏、ニートになる
早急なトレードが望まれるな。はよ次の持ち主の所行けるといいんだが。